――オーラス一本場――
――ドラ表示牌「{一}」――
振り上げられる右手、何のためらいもなく掲げられたそれが、断頭台に備え付けられた刃の様に、決定的な終了を告げる。
たたきつけられるのは死、ではない。敗北という明白な答えだ。
卓上に響いた音は、いつもよりも鈍く、重く響いていた。まるでそれが、彼女の威圧によって成されているかのように。
彼女――渡瀬々が、なんの気負いもなく声を上げる。同時にそれは、この半荘戦の終了を告げる意味もある。
「――ツモ!」
――瀬々手牌――
{三四五六六④④④⑥⑦⑧57} {6}(ツモ)
ドラ表示牌:{一} 裏ドラ表示牌:{五}
「2100、4100!」
・龍門渕『123100』(+8300)
↑
・姫松 『88000』(-2100)
・宮守 『98700』(-2100)
・晩成 『90200』(-4100)
『前半戦、終了――!』
アナウンサーの豪放な声音が、勢い良く周囲に飛び散った。対局室は照明が落とされ、室内を照らしているのは一部のスポットライトのみである。
夜天のようにも思える部屋が、一気にして反転、光の世界に回帰する。
半荘に加わっていた四者のウチ、もっとも早く立ち上がったのは、当然のごとく瀬々であった。無言のまますくっと席を離れると、軽く会釈をしてその場を離れる。
視線の中心が、対局者ではなく卓上の牌にあったのが、印象的と言える。
――渡瀬々:一年――
――龍門渕高校(長野)――
――123100――
続くのは宮守女子、鵜浦心音である。彼女の表情はなんとも言えない難しいもので、どちらかと言えば思考の海に沈んでいると評するのが適切だ。
立ち上がり、軽く「それじゃ」と一言だけを残して対局室から消えた。後半戦が残っているのだから、改まる必要もないのだが。
――鵜浦心音:三年――
――宮守女子(岩手)――
――98700――
「――一人で悩むべきではない、な」
そう一言、誰にも聞こえないような音量で漏らすと、車井みどりもその場をはなれた。どこか思考に疲れが見えるのか、目元を何度も瞬かせていた。
――車井みどり:三年――
――晩成高校(奈良)――
――90200――
そうして一人、対局室に残されたものがいた。末原恭子、現状彼女の順位は再開、さして目を覆うほどの失点ではないとはいえ、彼女はもう一度、同じ相手と半荘を打たなくてはならないのだ。
(……あぁ――しんど)
思考が止まったわけではない、しかし彼女は疲労を隠せずにいた。同様に失点した、みどりは全くそれを、表情に出してはいないというのに。
(考えな…………多分あの先鋒、龍門渕のは別に特別なタイプやないとはおもう。けど、何かあるんは間違いない。どうやったっけな、牌譜)
――末原恭子:二年――
――姫松高校(南大阪)――
――88000――
そういえば、と思い出す。たしかこういった引っ掛けの牌譜は、どこかで見た覚えがある。――そりゃあ、姫松のレギュラーである以上、そんな牌譜は既視感があるし、たしか天江衣も、そういった玄人然とした打ち方が得意だったはずだ。
瀬々のそれとは、どこか趣の違うものがあるが、間違いなく今回だけのものではないだろう。
(そういえば――東発と、その次、凄い手ができてたはずやんな。せやったらもしかして、それが素なんか? そもそも、そうやなかったら自摸り四暗刻なんて聴牌できへんはずやし)
ならば、瀬々自身のオカルトは、異様なほどの爆運体質ということになる。迷彩の類は、それを利用した“他人よりも高いアドバンテージ”によるものだとすれば、納得が行かないでもない。
(……あれ? でも、なんかそれやと違和感あるな。なんかデジャヴみたいなんもあるし、何か、引っかかるんやけどなぁ)
しかし、それ以上の答えは出ない。――すでに、前半戦と後半戦、その中継における時間も残り少なくなってしまった。今から控え室に戻っても時間が足りない。
恭子はそう判断すると、一人自身の椅子に沈み込むのだった――
♪
――データ上の瀬々は、対局中のような無表情ではなかった。どちらかと言えば憮然とした、少しやぼったいような表情に近かった。
感情の揺らぎはさほど大きくはないだろう。どちらかといえば感情を表すことそのものを、面倒臭がっているようだ。それはたとえば、宮守の大将に近かった。
薄く、タブレットとほとんど変わらないように思えるノートを抱えて、晩成の大将――小走やえは前半戦を一人浮きのトップで終えた龍門渕の先鋒、渡瀬々のプロフィールをスクロールさせながら眺めていた。
――渡瀬々
――年齢:15 誕生日:9月10日
いくつかに目を通した所で――控え室のドアが開くのに彼女は気がついた。
「……お疲れ様です、部長」
少しばかり機械的にも思える、例えるならば軍人のような声の調子で、やえは言った。控え室に戻ってきた部長、車井みどりは困ったように苦笑する。
「いや、そちらもデータ検分ご苦労様――だ。悪いが時間がないので、手短に聞こう。……どうみる?」
「――牌の偏り、には見えませんでした。ですがかなりそういった手を“好む”タイプのようです」
「なるほどね。ということは姫松のあいつと同じタイプか」
そういえば、と思い出す。姫松のあいつ――エース、愛宕洋榎も時折、何かを見透かした闘牌をすることが在る。
あれはおそらく本人の観察眼からくるものなのだろうが――
「そこがオカルト……ってことになるか?」
「他人の性質を見抜く? ――少し違うような気もしますが」
髪を軽くふるって払いながら、やえはたったまま腕組みをする。そもそも瀬々という雀士が、如何な打ち方をするのか、その資料がたりていないのだ。
全中に顔を見せたことはなく、公式戦での牌譜は、団体戦と個人戦での、合計37半荘だけなのだ。そのほとんどで優秀な成績を残していたとはいえ、それは単なる調子の波であるとも取れる。
「準決であたる可能性のある彼女もそうだが、初出場の選手というのは対応が難しいな。どうにも嫌な感じだ」
「オカルトか、はたまたアナログか、わかっているのは、デジタルとしてはまだ龍門渕の先鋒は二流である、ということだけ。本当に、嫌になりますね」
辟易する――だけではない。
みどりはそれ以上に、こうも考えているのだ。
――嫌な予感がする、と。
♪
そうして、ここは会場の一角、人と人が行き交う通路であるが、対局室に近く、観客たちはここに立ち入ることができない。
そんな中で――制服姿で佇む少女がいた。
宮守女子の制服、本人の趣向か、それは冬服に分類されるものだった。
鵜浦心音、宮守の先鋒は一人、控え室へ足を向けていた。――状況の確認という意味もあるが、これはどちらかと言えば気分転換、という意味合いが強い。
意識を入れ替えるのだ。今までの自分から、次の自分へ。
歩みにチカラを込め、大きく息を吐きだした――直後、心音は自身と同一の――夏服を纏った少女に声をかけられた。
「……先輩」
そうやって、そこには心音の後輩がいた。
――臼沢塞:二年――
――宮守女子(岩手)――
「おや、来てくれたのか。いやね、こっちが出向こうと思ってたのに」
「あ、その、飲み物を持って行けって……シロが」
「白望が? それで早海じゃなくて塞をよこすってことは……なるほどね、じゃあ軽く聞かせてくれるかな」
「そうですね。まずかるくすれ違った感じでみると……ちょっと気配が弱いみたいです」
――臼沢塞、彼女には特徴的なチカラがある。それは他者よりもオカルトを感じ取るチカラが強い、ということだ。それは特に個人の存在に対して当てられ、人を探し当てるようなチカラだ。
彼女の親友――シロ、小瀬川白望はそれがよくわかっていた。オカルトのように思える龍門渕、渡瀬々のチカラを感じ取るために、塞をここまで行くように言ったのだ。
「それはつまり、オカルト自体がよわっちぃものだってこと?」
「いえ、逆です――すごく強い、はずなのに気配は弱々しい。例えるなら……何か神話の英雄がもつ、武器を見ているような――」
「……なるほど、つまりそれは“一部”ってわけだ」
強大なチカラを持つモノが居る。そのモノが持つ武器がある。その武器は特別で、強大なものであるが、あくまでそのモノの一部である。
「――だったら、本体はどこに在るんでしょう」
「さてね、別の誰かがもってるか、はたまたあの子が自覚すらせず、眠ったままになっているのか」
そうやって、心音は体を翻す。どこか視線を遠くに移し、そこに塞が問いかける。
「行くんですか? あの龍門渕のは、大丈夫なんでしょうか」
「あぁ――それは多分大丈夫、私だってあれの中身がわからないわけじゃーない、むしろなんか、似てる気がするんだ」
それは――塞が問いかけようとしたその時には、すでに心音の表情は凛としたものになっていた。一点だけを見据え、その一点を、こじ開けようとするかのように。
塞もそれを見て理解する。――似ているのはチカラそのものだ。瀬々という個人を、心音は知らない。それでも、そのチカラが似通っているから、理解が及ぶ。
「あの子のチカラは、何かを見通す力だ。それは私と似てる。私に近い何かを持ってる」
ならば、その心は? 解らない、そんなもの、心音に解るはずもない。それでもなんだか瀬々の顔が、眩しく見えたから、羨ましく思えたから。
心音は越えようと思うのだ。
そのために、
「ここからは、
言葉に、塞はすぐさま頷いた。もとより、第二回戦後以降は、様子を見て自身のチカラを開放する、それは決めていた事だ。
宮守の持つ、唯一にして最大の隠し球。ここまで、それは隠し通しても十分戦えていた。それだけ心音の雀力は一流として通用するものだった。
それが、届かなくなる。心音のデジタルだけでは届かなくなる。
だから、そこにもう一つを加える。心音のオカルト――その、真髄を。
♪
――後半戦、長い長い半荘十回の、その入口にして華形である、エース区間の決着地点。そこに、四者の雀士が会い集う。
席順
東家:車井みどり(晩成高校)
南家:渡瀬々(龍門渕高校)
西家:鵜浦心音(宮守女子)
北家:末原恭子(姫松高校)
順位
一位龍門渕:123100
二位宮守 :98700
三位晩成 :90200
四位姫松 :88000
――東一局、親みどり――
――ドラ表示牌「{7}」――
親番、みどりの攻め。この局、みどりは苛烈に攻めた。瀬々のことも、心音のことも脅威ではある。しかしみどりの役目は、そんな彼女たちを相手に、少しでも多く稼いでくることなのだ。
――緑手牌――
{
この時、四巡目、手牌の中に潜む字牌三枚を、すべて排除した状況だった。
確かに無軌道に攻めれば危険では在る。しかし相手の打ち方は、いうなればこちらの守りをこじ開けるような打ち方なのだ。開始から延々と、攻め続けるのであれば話は違う。
ようは期待値の問題だ。満貫に振り込む可能性があろうとも、親ッパネを和了れる可能性があるのなら、みどりはその可能性を最大限望む。
みどり/打{一}
(要するに、私が攻め続ける限り、渡の迷彩に対する、危険度は同一だ――!)
相手がそういう特徴を持つ相手なのだとすれば、それに対応する打ち方をすればいい。守って振り込むくらいなら、攻めて振り込むほうが、よっぽどいい。
みどり/ツモ{九}・打{七}
心音のシャンテン数察知に関しても同一、あれは単に危険察知のためのチカラでしかない。ならば速度で上回ればいい、受態を特徴とする能力ならば、攻めには対応という形で回るしか無い。
要するに、速度との勝負。
それが瀬々の打ち筋を牌の偏りではない、つまり――攻めのチカラではない、と判断した晩成の結論、そして対処法なのだ。
そしてその結果は――
「リーチ!」
宮守の先制という結果を、許すこととなる。
――心音捨て牌――
{白西②9三北}
{發⑦横2}
(とりあえず解るのは……字牌は通るということくらいか。いや、そんなもの私の手牌にもないが)
第一打からの役牌、おそらく字牌はほとんど手牌になかったのだろう、使うとしても、雀頭としてオタ風が対子になっているかもしれない程度。
(中張牌が多く切られているのなら……ドラを直接切らない限り高くはならないだろう)
そうして、姫松のツモを流し――自身のツモ。
(……おや?)
――みどり手牌――
{
(まさかドンピシャとはね、ならまぁリーチと行こうか? ――いや、そんな物、打ちとってくれと言わんばかりだな。宮守のツモでリー棒が無駄になるのも怖い、
みどり/打{三}
瀬々の打牌は特に特筆することもない、何か仕込みをしているのかもしれないが、この時打ったのは現物だ。
――おそらくは、オカルト。しかしそれも、この状況では余り意味が無い。
「ツモ!」
――心音手牌――
{一二三①①①⑥⑦23466} {⑧}(ツモ)
ドラ表示牌:{7} 裏ドラ表示牌:{四}
「1000、2000!」
・宮守 『102700』(+4000)
↑
・姫松 『87000』(-1000)
・龍門渕『122100』(-1000)
・晩成 『88200』(-2000)
(……特筆するべき所はないね)
和了られてしまったものはしょうがない。一発ツモなどよくあること、だとすればこのくらい、大して気にする必要もない事象ではあった。
親被り――二千点を即座に吐き出すと、それを着に求めた様子はなく、みどりは対局へと帰還した。
――それを、そんな彼女たちを、少しばかり“引けた”目線で眺めるものがいた。蚊帳の外、とでも呼ぶべき者。
少女の名は――鵜浦心音。
寂しがり屋の、臆病者。東発の、最初の和了を決めた彼女は、自分をそんな風に思っているのだ。
♪
鵜浦心音はどこにでも居る普通の少女だった。当然だ、生まれも、育ちも、彼女に特別なところは何もない。
天江衣のような、特別な血筋もなければ、依田水穂のような何かを背負って生き続けたような過去もない。
それでも、彼女には一つだけ、大切な思い出があった。
それはとても小さな頃の記憶。ちっぽけで、それでも彼女が、その一つこそが“自分の世界”なのだと、胸を張って高らかに言える。
そんな、誇らしげな記憶。
心音が小学校に通うほど幼かった頃。心音の周囲ではいじめが横行していた。
何も不思議な話ではない、世間ではよく聞く話で、これもそんな特に言うほどのことはない、単純な軋轢からくるいじめの一つだったのだから。
その時、心音はいじめの側に加わることはなかった。心音とは少しはなれたグループの中で起こったことだから、それに加わる意味も、仲裁する意味も無かった。
心音はよくある、いじめを見逃す側、傍観者の立ち位置にいた。それに罪悪感を感じることこそアレ、心音は臆病な性分であったから、そのいじめの中に、割って入る勇気など、あるはずもなかった。
それが、本当に長い間続いた。
一年ほど、二年ほどだっただろうか、それくらい続いて、そして変化が訪れた。それはそのいじめグループ内だけのものではなかった。
転校生がやってきたのだ。彼女は両親の都合で母方の実家に越してきた少女だった。
――名を、
彼女はとにかく豪放な性格で、どちらかといえば男子の中に混じって野を駆けまわることを趣向としていた。そんな彼女は転校早々に、学校内で起こっていたいじめを解決した。それも本当に、あまりにも強引な手段で。
学校中――どころか、地域中全てを巻き込んで、いじめの存在を大々的に触れ回ったのだ。両親、近所、そして果てには赤の他人にも、とにかくいじめの存在を大きく騒ぎ立てた。世論という、力ある何かの助太刀を得るために。
やがていじめは世間に明るみとなり、学校も、教育委員会も、見てみぬふりが困難になった。いじめを行なっていた子どもたちは転校を余儀なくされ、いじめを受けていた少女は、なんだかんだ早海と――そして心音とも親交を持つに至った。
この時の一件、実のところ心音も中心人物として関わっていたのだ。いじめの存在を早海が知った直後、彼女は近くにいた少女――心音に声をかけた。
――力を貸してくれ、と。
彼女のやり方は、一人では解決しないものを、強引にあらゆる人間を巻き込んで解決するという荒業。そのためにはどうしても、協力者が必要だった。
それに選ばれたのが心音である。
それからだ、心音と早海の付き合いが始まったのは。――結局、助けた少女とは中学の進学先を別としたために離れ離れになってしまったが。聞けば彼女は生徒会長を務め、学校を盛り立てているらしい。
それが鵜浦心音という少女の世界がはじまった瞬間。
五日市早海という少女と出会い、そしてひとつのあり方を得た。
早海はとにかく自由な人間だ。世界に、そして誰かという存在に縛られることはない。そんな彼女に――少しでも心音が近づけたのだから、
心音はこう、思うのだ。
(――これほど、これほどうれしいことはない)
ただただ純粋な思いで。
自分という存在に、声をかけてくれた早海に、心音はずっと、感謝し続けているのだ。
――東二局、親瀬々――
――ドラ表示牌「{一}」――
(……くっそ、姫松に鳴かれたせいで牌がずれてしまった。畜生、後一巡で和了れてたのに)
東二局、すでに終盤に差し掛かっていた。
瀬々はこの局、和了りに向かってストレートに手を進めていた。――というよりも、進めざるを得なかった。
とにかく手が重かったのだ。時間をかければ形になるが、速度では絶対にかなわない手。それをなんとか十三巡で聴牌したまでは良かったのだが――
「リーチ」
晩成のリーチ、これが瀬々の手を邪魔した。
今回、瀬々はコネクトで他家の手を大体把握している。そしてこのリーチも、ある程度は織り込み済みなのだが、それを避けるため、手を回さざるを得なくなる状況があったのだ。
しかも悪いことに、聴牌直後、姫松が動いた、おそらくは聴牌だろうが、この鳴きでツモ番がずれたことにより、瀬々の和了り目はきえてしまった。
(しかも、前局からだけど――ついに宮守が切り札を切ってきた)
宮守女子、鵜浦心音のオカルト、それはシャンテン数を知る――だけではない。それはあくまで本来のチカラの派生でしかないのだ。
故に、彼女本来のチカラはいまだ使われてはいない。
この時、この瞬間、初めてそれが解禁となるのだ。
とはいえ瀬々は、そのチカラも、正体も――ほぼすべて理解しているのだが。
思考が――回顧へと陥る。思い出すのは数日前、宮守の勝ちあがりが決定した直後の話――
「――手牌察知? なんだそりゃ」
室内は豪奢な細工の凝らした高級ホテルだ。龍門渕は超の付く金持ち学校。特にその理事長の娘である透華とその仲間たちが、一ヶ月近くの間日本最高クラスのホテルに止まることは造作も無いことだ。
とはいえここは、あくまで一等クラスのホテルだ。
龍門渕レギュラー陣はむしろ特待生などによって入学した一般人の方が多い。庶民派の多い彼女たちは、そんな高級リゾートホテル、気後れするに決まっている。
豪奢とはいっても、ホンモノに近しい程度だ。
そんな室内で、瀬々、衣、そして純と智樹の四名が揃い踏みになっていた。
「そーだぞ! なんでも瀬々が言うには、割りと瀬々のパチモノらしい」
純の問いかけに、衣が元気よく両手を振って答えた。その所作は完全に小学生のそれにしか見えないが、とかく。
「……でも、瀬々は他人のは…………」
「まぁ、そうだな。あたし自身、そこら辺は知るつもりもない。あくまでコネクトからの間接的察知だけだ」
智樹の言葉を肯定し、それを含めて改めて衣が口を開く。あくまで楽しそうに。――相手は先鋒、瀬々がこの話の主役であるのだが。
「牌の声を聞く――といったところか。神の声を聞いたものが神になったという話を、衣も聞いたことがある。おそらくは、その類だな」
「それってつまり、どういうことだよ」
抽象的すぎてわかんねー、と純は若干放り投げ気味に吐き捨てる。無論衣の言葉を正確に理解しようと思えば瀬々辺りならできないわけではないが――それをするよりも早く、衣はふむ、と両腕を組んで言葉を開いた。
「まぁ、簡単に言えばだ。牌が自己主張を始めるのだよ。それによって牌の在り処、自分のツモる牌や他人の手牌など――な」
「……それは、チート、というやつでは…………」
智樹がふと、抗議の声を上げるように言う。衣の言葉通りであるのなら、それは瀬々のチカラ寄りもさらに上の部分、ノーリスクでの全知ということになる。
――だが、そうではないと、今度は瀬々が口火を切った。
「いや、どうも完全じゃあないみたいだ。あくまで宮守の先鋒さんは人間だからかね。なんて言うかな、リミッターみたいなものがかかってて、本当なら全部わかるかも知れないが、現状そうではないみたいだな」
――詳しく言うと、そうやって瀬々は一拍呼吸を入れて繋げる。
「相手の手牌で解るのはシャンテン数、自分のツモはせいぜい大体の雰囲気と、ツモ和了できる牌だけみたいだ」
ようするに、リーチ一発がほぼ確定、無駄ヅモも全くのごとくしない。それだけでも強力だが、シャンテン数を知れる――というのは、たとえコネクトでも、他人の手牌を全容が知れる時と、そうでない時がある瀬々からすれば羨ましい限りだ。
シャンテン数が知れれば、聴牌と同時に速度で逃げにかかることもできる。それを容易にするチカラを心音は持っている。
厄介な相手だ、少なくとも――明確に他者に対して手を打てるわけではないというのが――もっとも瀬々にとっては厄介と言えた。
(――で、結局ハイテイの直前に、これだ)
「…………リーチ」
瀬々の思考を尻目に、心音が
そうして、なんとか瀬々は鳴いて牌をずらせればよかったのだろうが、それもできず、自身のツモをつかむ。
(わかってはいたけど、和了れなかったか。んでそうなると、あたしは誰かに差し込まなくちゃいけないんだけど……姫松には無理だな、当たり牌掴んでないし)
よってここで瀬々が攻めこむべきはみどりか心音。しかし心音は不可能だろう、一発とはいえ、ハイテイとツモがついて倍満になる手、態々出和了りで満足するとは思えない。
――いや、差し込んだ所で、訝しんで和了ってくれるはずがない。こっちはトップ、何を考えているのかと怪しまれること請け合いだ。
ならば、みどりは――?
(和了るだろうな、自摸切りリーチは不可解だ。それを潰せるなら、それも自分の和了っていう絶好の形なら、和了もやむなしと考えるはず。でもなー、この人の手、跳満なんだよなぁ)
大問題だ、面倒くさそうに瀬々はそう口の中だけでつぶやく。無論それは感情として表層から飛び出る必要はなく、瀬々の目は、どこか剣呑に、あくまで無常に、ただその卓を観察している。
ただ、彼女のそれは、精神力を最大限に利用したポーカーフェイスだ。揺れない心、それを体現するための、感情の抑制。
だからそれ以外は、間違いなく瀬々らしい感情が噴き出しているのだ。
(どっちが御しやすいかっていえば、どっちも同じくらい面倒くさい。真っ向からぶつかってくるタイプじゃないから余計に)
その感情が、状況へ冷徹に判断を下す。
(そもそもこの対局は、真っ向からのぶつかり合いじゃない、一列に並んでの競いあいだ。あたしは他の連中よりも一度は前に出たけれど、それでもスパートをかけた奴が、あたしの前をすり抜けていくこともある)
楽しいな、と思った。隣にたって、強い人間を自分なりの目線で見る。それは水穂との壮絶なぶつかり合いとは違う、全く別の闘いが、そこに在る。
(――うん、面白い。ほんとに、こんな“世界”も“答え”もあるんだな。あぁほんと、麻雀ってやめられない)
この日、瀬々の表情が初めて歪む。
そこに浮かぶのは、狂喜。あくまで敵として、真っ向からの敵意と打ち合う喜びを交えた、そんな表情。
(いいぜ、和了ってみろよ――)
「――ツモ!
(あたしが直ぐに――抜き返してやるからさぁ!)
・宮守 『119700』(+17000)
↑
・姫松 『83000』(-4000)
・龍門渕『114100』(-8000)
・晩成 『83200』(-5000)
隣立つ、下家――鵜浦心音はどうだろう。
彼女は笑っていた。和了を決めた喜びと、達成を融け合わせ、一つの形に変えたのだ。
対局が、続く――瀬々の顔が、そうして無貌のそれへと変わる。続くそれに、思いを馳せたものに、なる。
姫松の次鋒が名前間違えてたので修正しました。
先鋒戦二回目は宮守の人の話。なかなかIPS力の高い御人です。