――東三局、親心音――
――ドラ表示牌「{三}」――
「――ツモ! 2600オール」
――心音手牌――
{五五五⑥⑦⑧123南南南東横東}
・宮守 『127500』(+7800)
↑
・姫松 『80400』(-2600)
・龍門渕『111500』(-2600)
・晩成 『80600』(-2600)
四巡目、心音が和了に要した巡目だ。――和了のツモを合わせれば、五巡ということになる。もとより、速さには十分な手牌であったが、そこへ待ちに対する照準を合わせれば、すぐさま一発でこの手の出来上がりだ。
速攻を決めた心音に、四者はそれぞれの反応を見せる。
――この中で、最も鎮痛そうに頭を抱えるのが末原恭子だ。彼女はまずなによりも場数が足りない。先鋒として、相手にした異常はさほど多くはない。
むしろ、彼女が相手にしたのは千里山の江口セーラなどに見られる、熟達者であった。せいぜいが、春季大会の折に激突した臨海のエース程度だろうか。しかしそれも――
(なんやねん、なんやねんホンマ! なんで一人や思っとったバケモンが二人に増えるねん)
――恭子手牌――
{一三五九九⑦⑧3389白發}
異常な状況、それをまさしく異常と断言することは簡単だ。二度の一発ツモが、どちらも特殊な状況、待ちに応じてのツモだ。
ハイテイツモはもちろんのこと、この{東}単騎待ちも、捨て牌をみれば直ぐに異様であると知れる。
――心音捨て牌――
{西3⑧横四}
三面張を捨てての単騎待ちというのは、通常であれば正気の沙汰ではない。目に見えて解る異常から、この心音が行ったリーチは、間違いなく“わかってやった”と思わざるをえないのだ。
だからこそ、恭子はそれに恐怖を覚える。――今、自分が相手をしているのは“普通”じゃない。そんなの、麻雀をやっていればいつかはであう相手ではあるのだけれども。
(……アカン、こんなん、こんなんアカン、なんでや……なんでこんな…………っ)
それでも、今の末原恭子にとって、先鋒というポジションは人外魔境の至る所にあった。自分自身が座っている事自体が、何かの間違いではないかと思ってしまうほどに。
だが、状況は無情にも流れ行く。
まるで恭子一人を、置き去りにしているかのように――
(……ふむ、ここは引いたのが{1}か、はたまた{2}であったことを幸運に思うべきか)
侮っていた――わけではないだろう。しかし可能性として、認識すべきであったのはまた事実。手牌を読むというのなら、それは手牌以外にも対象を持たなくてはならなかったのだ。
(姫松のアレあたりならその辺りも完璧なんだろうが……私は計算に則った可能性しか算出できないからな。発想力の問題といったところか)
ここにはいない人物の事を思い浮かべながら、みどりは何気なしに手牌へと視線を落とす。
――みどり手牌――
{二三三四八九⑦⑦678發發}
(一応、私は晩成のエースだ。周囲からはそれなりに認められているからこそのエース、そして部長という立ち位置なのだろうが……それでも後一歩、どうしても届かない存在というものを見ると、少しばかり参ってしまうよ)
車井みどり。今年の三年生を代表する県内のスター選手にして、氷山の一角。だけれども、そんな彼女だからこそ、壁というものを知っている。
一年という、学生という立場ならば如何様にもしがたい差を持っていながら、自分の上を行く全国最強クラスのエース。千里山、姫松の大阪組は、きっと自分ではかなわないだろう。
彼女たちや、それすらも凌駕する、宮永照、アン=ヘイリーといったバケモノ。
そういった人間は――否、魔物は、自分の立っている先に、立っていない者達だ。決して、どこまでみどりが進んでも、そこに彼女たちはいない。
(……それを思わなくとも、目の前の少女たちは私よりも前の場所にいる。……あぁ本当に、嫌になってしまうな)
牌を押し込めて、そこから一つ進んでサイコロを回すのはみどりではない。その合間に、少しばかり椅子に沈み込み、みどりは大きく息を吐きだした。
片手で額を抑え、何かを耐えるように頭を抱える。
みどりと瀬々に心音は、向い合ってこそ居る。しかし、けっして隣たってはいない。少女と少女、異質と凡夫の間には、明白な程の“溝”がある。
――それでも、
(とはいえ……それで終わってしまっては、私はここに座る資格など無い)
――それでも、車井みどりは、自分の道を邁進する。目の前の視界を奪われても、正しい道を見失っても、みどりは先へ、進むしか無いのだ。
(私はもう――後戻りなど、とうの昔にできなくなっているのだから…………!)
体を勢い良く起こして、みどりは手を目前へ伸ばす。てにするのは牌の山、自分自身が、彼女達に喰らいつくための牙――!
――東三局一本場、親心音――
――ドラ表示牌「{⑨}」
(……まぁ、解ってはいたことだけど、普通にやっちゃ躱されるよな)
前局、瀬々の手牌は心音がリーチを駆けるよりも早く仕上がっていた。もとより七対子の二向聴から手牌はスタートしたのだ。そこに、ツモが巧く絡めば、数巡での聴牌もさほど難しくはない。
とはいえ、それが和了れるかどうかは別問題なのだが。
(あそこで{東}で待ってなけりゃあたしのツモ番で自摸って和了ってたのにな)
悔やんでもしかたのないことである。そも現状、状況はすでに東三局ではあっても、一本場、手牌は次のモノへ入れ替わっているのである。
(――さて、この手牌なら――――)
――瀬々手牌――
{
――五巡目、ヤオチュー牌を切り捨てての、この形。当然瀬々が選ぶのは、最後の不要なヤオチュー牌だ。
瀬々/打{中}
(常識的に考えて、あんまり{6}は使えそうにないけど、ずれたらここも使うだろうしねぇ)
同時に、状況を整理する。
瀬々は現状心音に対する有効打は持ち合わせていない。リーチ一発までも戦術に組み込み始めた心音は、相対してみればその厄介さが解る。
(どうも、手牌とは関係ない牌でも一発になる牌は解るみたいなんだよね。前局の浮いた{東}とか、まさしくその類。――んで、あたしもやろうと思えばそれもできるけど――宮守の場合、鳴いても支障なくツモが狙えるんだよね)
――瀬々手牌――
{
瀬々/打{④}
――そも、宮守の心音には直接他家の手牌を読み取るチカラがある。鳴かれそうな牌も理解した上で――その辺りは無自覚ではあろうが――自分のツモを読み取れるのだ。
瀬々の場合、そこを考慮しても、そう簡単に和了れるわけではないのだが――ここばかりは、完全にあちらが上位であるといえよう。
(んで、そうなると問題は、さっきみたいにこっちの聴牌に反応して、直ぐにリーチ一発で待てるってことだ。特に前局はドラまで捨ててリーチを打ってきた)
――瀬々手牌――
{
瀬々/打{北}
一発が確定したリーチをするということは、他家に一発消しを強いるということだ。それはつまり、リーチをした者以外の誰かに当たり牌をつかませるということでもある。
これがもし、オタ風の生牌ともなれば、その他家は当たり牌を切れなくなる。鳴いたものが完全に、手詰まりの状況に陥るのだ。
(他家一人を木偶の坊に変えるリーチ、それをさせないためには、一向聴の段階で手を止めなくちゃならない。テンパイしたら逃げられるからね)
瀬々/ツモ{⑧}・打{北}
――とはいえ、一向聴であっても悠長にしてはいられない。あくまで心音の本領は、全く無駄ヅモがないということなのだ。
同一のアドバンテージを持つ瀬々が心音を越えるには、純粋に手牌の良さで勝負をかけなくてはならない。
瀬々/ツモ{③}・打{6}
そう、
「リーチ!」
心音に、追いつかれる訳にはいかないのだ。
(……やっぱり、こっちの一向聴を見とってリーチを仕掛けてきたな)
リーチ一発、それを絡めた戦法はいくつかあげられる。
待ち牌を一発の牌に据えての単騎、もしくは愚形待ち。
あえてリーチをかけないことにより、敵の油断を付くような奇襲戦法。
そして特筆するべきは――他家の手の様子を知れることを利用した、先制リーチだ。これを利用すれば、たとえ一発消しが行われたとしても、直ぐに巻き返すことができるだろう。
(ずらせないから実際にはわかんないけど、こういう先制型の一発リーチは、多分かなりの多面張だ。最低でも合計枚数十枚を越えるようなものには違いない)
――心音捨て牌――
{西北⑨①東8}
{②3北⑤横6}
この捨て牌、とにかく萬子が高い。恐らくは萬子偏重型の待ち、一通辺りがついてくるだろうか、やもすればチンイツもありうるのやも知れない。
(――しかしまぁ、完全な理解が及ばないっていうのは、やっぱり不便だよな、こういうのは、全知でこそ、だろうにな)
ふと、そんな風に“理解できるだけの精神を持つからこそ”思う嘆息を口元から吐き出す。ツモは――{③}。
(先制すれば、確かにあんたは誰にも追いつけないかもしれない。特にこの状況、確実に先じていることが、わかってるんだからな)
――だが、瀬々はそのアドバンテージを、真っ向から否定する。
(……あんまりあたしを舐めるなよ。あんたは、今この瞬間だけ、あたしの前にいることを――許しているだけだ……ッ!!)
「――カン!」 {9裏裏9}
――新ドラ表示牌「{①}」
一向聴の手牌から、たった一巡で和了する方法が、1つだけある。それがこれ、暗槓による追加ドロー、新たな牌を引き寄せる手法である。
――嶺上牌{②}
これはつまり、心音の持つシャンテン数を知るというチカラを、実質的な機能停止に陥らせるということだ。
たとえシャンテン数を知れても、カンで手が進むという状況までは――読み取ることができるわけではない。そこを利用した動き。
これで、瀬々の手の様相は変わる。三暗刻一向聴の手牌が――三暗刻ドラドラの聴牌へと変わる。
だが当然、この手はこれほどでは止まらない。――瀬々は、ここで手を止めるようなタイプではない。
「更に――カン!」 {③裏裏③}
これで――聴牌に加え、更に追加で嶺上牌を握ることができる。――――連槓だ。そうして振り上げるのが――瀬々の手。
心音のリー棒を、完全に通り抜けて、瀬々は嶺上牌へと手を伸ばす。その瞬間、瀬々の指先を見つめる、心音の視線に瀬々は気がついた。
――驚愕。
唖然としたその表情が、瀬々に克明なまでに感情の揺らぎを伝えている。自分自身が持っていたはずのアドバンテージが、一瞬にしてかき消えていくのだ。
これほど、彼女にとって恐れ得ることも無かっただろう。
それこそ今瀬々は、完全に心音の上を――超えているのだから。
――嶺上牌を手にする右手の隙間から。瀬々の両目がかいま見える。そこにあるのは――純粋な闘志に彩られた、心音やみどり、恭子達と同様のもの、ではない。
あるのは、純粋なまでの無。
まるで圧倒的な勝者として、後ろに倒れる心音達に、流し目をしているかのような――そんな瞳だった。
そうして瀬々は、嶺上牌を親指で抑えながら、高々と心音達に見せつける。
勝敗の行方を――
「――ツモ! 三暗刻、ツモドラドラ」
――自身の、絶対性を。
「――――嶺上開花! 3100、6100ッッ!」
・龍門渕『124800』(+13300)
↑
・姫松 『77300』(-3100)
・宮守 『120400』(-7100)
・晩成 『77500』(-3100)
――東四局、親恭子――
――ドラ表示牌「{2}」――
(あかん……アカンわ、全然勝てへん。別にウチが上がれてない訳やない。振り込んだわけでもない。せやけど、なんか、――全然届く気しーひん)
前半戦、心音と瀬々が暴れ始めてから、決して恭子は和了れなかったわけではない。同時に、この後半戦、和了れてこそいないものの、振り込んでもいない。そんな物、麻雀にはよくあることだ。
(団体戦は一回の結果が全て、負けてもうたら、それが世間様の評価ってやつや。――そんなん、全然おもんない。勝つも負けるも、全部運で決まる麻雀とか、全然おもろいはずがない)
――それでも、そんなもの、敗者の言い訳に混じった幻想だ。現実は、強いものが強いものと激突し、凌ぎを削り合って勝敗を決する。
人はその境地に、自分の努力でたどり着くことができるのだ。
――恭子とともにインターハイを闘う、愛宕洋榎がそうであるように。
北大阪最強の高校、千里山女子のエース、江口セーラがそうであるように。
強くある人間は、その強さに似合った結果を残す。明確な実力差を魅せつけるのだ。
(解っとる、解っとるんや。勝敗を決めるのは時の運、せやけどそれを引き寄せるのは、いつでも
――恭子には実力がある。それは自身の努力によって、姫松という強豪の“捨て駒”に至るほどだ。
時には洋榎にも、蘭子にも勝利するだけの実力はあるし、それもまた麻雀の醍醐味だ。
だからこそ、恭子は誰にも“負けたくない”ただいっときも、誰かに負けて入られない。
――恭子手牌――
{
(ドラの対子は、あんまり和了るには適さない。配牌もそこまでいい形じゃあない五向聴。和了るには、いつも以上の何かが必要)
恭子/打{西}
(和了れないんが分かりきっとるんやったら、和了れた時の見返りを、もっとも高い選択をする。和了れんでもいい、和了れなかった時に、悔しいと思える手を作る――!)
恭子には、何かを背負うものが足りない。
なにせ彼女はそれを“捨てる”ためにこの場所にいる。強豪姫松の先鋒は、エースではない。だからこそ、恭子はエースの待つ後陣に、点棒を渡す義務がある。
恭子/ツモ{7}・打{⑨}
和了ることもそう、ただ和了るのではない、自分がツモって、意義を感じられるものでなくてはならない。
相手がどれだけ強くとも、ただ引くだけではいけない。それは状況に流されている――団体戦は、二回の半荘を打てば、それでおしまいなのだ。
続きがあるかは、自分以外の誰かが決めること。――その場その場で、全力投球のできない雀士は、順々に蹴落とされて、消えていく。
恭子/ツモ{三}・打{中}
(それだけは――それだけは嫌や。負けたまま、振り落とされて消えていく。――それだけは、それだけは絶対に、絶対に……ッッ!)
――恭子/ツモ{③}
(……あれ? これって――――)
――恭子手牌――
{
(行ける――か?)
恭子/打{一}
少しだが、形が見えた。
そこに、典型が奔る。――瀬々の打{3}。一瞬ためらいを見せるものの、恭子はすぐさまそれに食いついた。
「――ポン!」 {3横33}
瀬々が何がしかを考えているのなら、この打牌はそれに対する布石なのかもしれない。それでも――ここで手を引けるほど、恭子に余裕は一切ない。
(何が狙いなんか知らんけど、こっちはそれにありがたく乗らせてもらうで。せやから……最初から足元掬わせるつもりで――かかってきてるんやろうなぁ!)
恭子/打{9}
だがそこに――待ったをかける、者がいた。
「リーチ!」
――晩成高校、車井みどり。
恭子が切り裂いた――すり抜けたはずのツモの隙間から、自分の手を、ひとつ進める。聴牌、恭子の顔に焦燥が奔る。
だが、同時。あることにも恭子は気がついた。
――リーチに対する、瀬々と心音の反応だ。両者はそれぞれ、想定の隅から突如として現れたらしい、みどりの姿に驚愕する。
瀬々は感情を覆い隠す鉄仮面のまま、ちらりと視線だけを向け、心音は心底面倒そうに瀬々とみどりを見比べている。
(どっちも、想定外やったってことか。……多分やけど、宮守のが何か手を作ってて、龍門渕がそれを阻止しようとした。そのためにウチのドラ対子を危険を承知で利用したんやけど……)
――裏目に出た。みどりの最終手出しは当然といえば当然であるが、リーチ宣言牌。それは恭子が、ずらさなければ手にしなかったはずのものだ。
(宮守の捨て牌は……少し筒子が高い。多分やけど、染め手。もしくは一通なんかの手役。リーチをかけて一発なら、倍満は覚悟せんと如何かも知れへん。……けど、それがずれて――晩成に行った)
蚊帳の外であったようだと、憤慨してみせるべきだろうか。――恭子は思いの外冷静な思考で、そんなことを考える。
(やっぱ、三人とも強いわ。龍門渕は間違いなくこの場の最強やろうし、宮守もそれに喰らいついとる。晩成やって――ただマイナスで終わるわけや在らへんやろ)
三者が、末原恭子という存在よりも――圧倒的に強いというのなら、背が立つというものだ。
(主将も昔行っとった。先鋒ゆうのは、勝つために闘いに行くんやない、強くなるために、行くんやって)
――昔、一年前も、今の姫松部長、赤路蘭子は先鋒を務めていた。一年生ながらもレギュラーであった末原は、結局の所副将という、姫松の安全圏からその後姿を眺めているしか無かったのだけれど。
(ボロ負けして帰ってきて、悪びれもせずに後は頼んだと、主将は言った。自分は次の姫松を――背負って立つから。そうして先輩は――主将は今、対象として姫松の行く末を担ってる)
恭子の顔に、少しばかりの笑みが灯る。――ちらりと、瀬々と視線が行き交った気がした。彼女はどこまでこの卓を掌握しているのだろう。それは恭子にはちっともわからない。解るはずがない。
だからこそ、恭子はこの卓の行く末を見守る。晩成のツモ、一発のそれを、注視する。
――そして。
「――ツモ! 2000、4000!」
――みどり手牌――
{五六七七八九①①①②南南南横②}
・晩成 『85500』(+8000)
↑
・姫松 『118400』(-2000)
・龍門渕『122800』(-2000)
・宮守 『73300』(-4000)
みどりは、和了った。迷いもなく、一発で、自分の勝利を引き当てた。それはおそらく、一瞬とはいえ瀬々の上を言ったのだ。瀬々の想定を越え、自分の和了を引き当てた。
――いや、みどりの和了自体は織り込み済みだったのかもしれない。それでも、この卓の勝者は、間違いなく車井みどり。
恭子は思う。
その場所に、自分の勝者として立ちたい。無惨に敗れた敗者ではなく。ただ一人の、その場所に立ち尽くすことを許されたものとして――そこに。
♪
――オーラス――
――ドラ表示牌「{中}」――
ここまで、半荘が二回、それぞれの命運は、はっきりと記されようとしていた。当然、一歩抜きん出るもの見れば、大きく後退するものも居る。
この場合、抜きん出たものは、渡瀬々であり、交代したものは、末原恭子だった。
(さて……ラス親や。いつもなら無理にでも和了りを狙いたいんやけど、一度和了って、次の二本場でそれ以上の点棒を持っていかれたら台無しや)
――恭子手牌――
{
手牌は、決して好いとはいえないものだが、しかし何もないゴミクズというわけでもない。十分な可能性を身にまとった、勝利に近しい結果を持つ手。
(――当然、このラス親が最後の親番や。連荘はせーへん。この配牌なら、ツモで
恭子/打{北}
恭子の打牌が――唸る。親番、第一打――ここから第二回戦、半荘十回メドレーの一つ。先鋒戦後半最後の一局が、始まる。
(――ここまでは、順調ってところか。最後の一局、ここで足元を掬われることだけはないようにしないとな)
瀬々は一人、自身の世界にこもりながら考える。
速度を考えるなら、この巡目で聴牌できるような人間はいない。
(幸いこの局で宮守のが和了る可能性は殆ど無い。それより早く、晩成か姫松が和了る)
――瀬々手牌――
{
(あたしの手牌もひっどいな。ここから無駄ヅモなし、他人の鳴きなしで聴牌まで十三巡か。晩成の手は{中}が二枚あるっぽいから、そこに鳴かれる可能性が高いのも問題だ)
和了れるかどうか――どころか、聴牌できるかどうかすら危ういような状況で、ならばここで狙うべきは何か。他家から他家への出和了りだ。
自身への振込だけならば、瀬々は簡単に回避できるが、それはともかくとしても、ツモ和了も出来る限り勘弁願いたい状況だ。
(まぁその前に……多分姫松がテンパイする。おめでとう、初めての和了はすぐそこだ……?)
瀬々/打{⑨}
そこからは、瀬々も特に意識を向けることはなく、打牌の音だけを無心に、無情に受け入れていく。瀬々の手に進展はない。
これ以上はおそらく進むこともかなわないだろうという状況。動いたのは――
「リーチ!」
姫松だった。
(来たか……この状況、姫松の手は多分こんな感じ)
――恭子手牌(瀬々予想)――
{二二三三七七⑥⑥22558}
(別に{8}はあたしも持ってるわけじゃないからどうでもいい、むしろここですべきは……如何に宮守が振り込むかどうか)
晩成は、もはや攻めることはないだろう。宮守も、ここで攻めを選択するとは思えない。――しかし、もしもここで安牌が存在しないとすれば?
当然、安全そうな牌を切るしかなくなる。
だったらそれを、瀬々が作ることも可能だろう。
――瀬々手牌――
{
(――行くぞ!)
手牌の右寄り、そこに手をかけて、瀬々は一つ息を吸い込む。ぐっとチカラを込めると――一気に手牌を前へ倒した。
「……カン」 {7裏裏7}
恭子は至って平静に、心音もみどりも、それを驚愕によって受け止めることは無いようだった。すでに慣れられた――のかもしれないが、心音に関しては、この{7}カンは福音にもなりうるためだろう。
瀬々も、それを解った上で牌を倒した。
自分自身もまた、そのツモで手を進める。
瀬々/嶺上牌{三}・打{六}
――これで、{7}の右、{89}は、ノーチャンスになる。
(……さぁ、お膳立ては全部ととのった。出せよ! つかむんだろう、宮守の! あんたの{8}を、ここで打て――!)
恭子の捨て牌は、多少不可解であれど平常のモノ。{9}は序盤に打たれ、{7}は全て枯れ果てた。ここで、誰が恭子の手牌を七対子だと思うだろう。
――思わないから、瀬々はこの状況を、狙って作ったのだ。
瀬々の打牌、少しの風を伴って、しかしそれに手牌が倒されることはなかった。牌はずらされることも、そこで和了りによって局が終わることもなく、心音のツモへと移る。
ツモ、盲牌だけして、心音は安堵と共にその牌を切り出す。
――ためらいはない。
――違和感も、ない。
そうして放たれる――心音の打牌は。
――心音/打{8}
(――――そいつだ!)
そこで、ようやく、瀬々の顔が笑みへと変わる。対局中、ほとんど剥がれることのなかった瀬々の仮面が、対局の終わりとともに、剥がされる。
――そこから浮かんだのは、勝利の確信と、絶対の自信。
「……ロン!」
気がついた時には、もう遅い。瀬々の狙いに、今になって恭子と心音は気がついたのだろう。それだけはもう間違いない。
それでも、両者の表情は両極端にあった。
「リーチ、チートイ、タンヤオ……裏――――二!」
柔らかく、瀬々に対して笑みと共に視線をやる恭子と、愕然として瀬々と恭子を見比べる心音。――ここに、勝敗は決した。
――恭子手牌――
{二二三三七七⑥⑥22558} {8}(和了り牌)
――ドラ表示牌:{中}{北} 裏ドラ表示牌{一九}
「……18000ッッ!!」
どこか苦々しげなものを噛み締めながらも、恭子はそれを何とか笑みに変え、倒した牌ごと、右手を前方に突き放す。
つつ――と、頬を流れた冷たい何かは、彼女の感情を、正反対から表すものだった。
――末原恭子:二年――
――姫松高校(南大阪)――
――82300――
同様に、心音は何か苦しげなものを抱えるようにして、それを真正面から受け取った。意気消沈気味に、はい、と一言。彼女の声は、それだけだった。
――鵜浦心音:三年――
――宮守女子(岩手)――
――94700――
そんな生気を体中にまとった二者とは対照的だったのが、瀬々の安堵を交えた表情だ。こわばらせていた顔には、一体どれほどの緊張があっただろうか。それを感じさせるものはどこにもない。
ただ。やりきった――そんな表情で点棒のやり取りを見守った。
――渡瀬々:一年――
――龍門渕高校(長野)――
――122700――
どこか不満気に、しかしそれをほとんど感じさせず。みどりは両目を閉じた。何かを思いに乗せてそのまま、ふぅ、と大きく一つ――息を漏らした。
――車井みどり:三年――
――晩成高校(奈良)――
――100300――
そうしてみどりが、パタンと、手牌を伏せる。その音が、契機となった。
室内に、けたたましいアナウンスが――響き渡る。
『先鋒戦、終了――!』
それは四校の、明暗をくっきりとさせるものだった。
最後まで麻雀は何が起こるかわからない。まぁ瀬々は普通に勝って勝ちました。
団体戦的にはこれが初陣ですからね、華々しく飾ることと相成ります。