咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『未だ見えぬ未来』次鋒戦①

 対局を終えて、それぞれは自分だけの表情と、足取りで控え室へと戻っていった。この半荘二回、決して手を抜けるような闘いではなかった。

 大きく勝利した龍門渕の渡瀬々ですら、一つ気を抜けば、そのままずるずると最下位に転落して何ら不思議なことはなかったのだ。

 

 事実、オーラスまでプラス収支を保っていた宮守の鵜浦心音は、最後の一局、末原恭子からのまさかの直撃を受け――三位に転落した。

 結局のところ、明暗を分けたのは一瞬の判断と、天運。勝利をつかむ機運の差とでもいったところか。

 

 ――無論、四者全てにそれはあった。捨て駒として先鋒を任された恭子にすら、負けたくないという意地があった。それでも彼女たちが敗北したのは、まるでボタンの掛け違えでも起きたかのように、タイミングを(たが)えてしまったが故のことだろう。

 負けたものがいた。

 勝ったものがいた。

 

 その結果は、大将戦にまで持ち越される。団体戦は五名のチームメンバーによる半荘メドレー、十回戦の結果が最終の勝敗を分ける。

 

 今はその一つが終わった。それぞれは自身の思いだけを胸に乗せ、仲間が待つ控え室へと去っていく。吉報と悲報。自分自身の答えを携え、持ち帰る。

 

 

 ♪

 

 

 ――次鋒戦は主に先鋒戦からの結果を引き継いで、チームのナンバーファイブやナンバーフォーが、中堅にて待つメンバーへ、タスキを繋ぐための闘いだ。

 基本的に後方を任された三人の存在から、十分に逆転の望める状況。先鋒での勝利により点棒を稼いだものであれば、更に余裕を持って対局へ臨むことができる。

 比較的、そういった状況で“経験を積む”ことを前提としたメンバーが大きく集まる場所だった。

 

 無論、例外もある。例えば姫松であれば、次鋒に座るのは大概がチームのナンバースリーである。意外に思われるかもしれないが、姫松ではエース、大将に続いて、次鋒が三番目に強い。

 

 これは姫松というチーム事情を大きく反映した、特殊なオーダーであるのだが――とかく。

 

 次鋒戦会場、最初にそこへ現れたのは晩成高校の選手だ。

 

 ――北門美紀:三年――

 ――晩成高校(奈良)――

 ――100300――

 

 手慣れた様子で卓上に載せられた四枚の牌のウチ、一つをめくる。すると{東}の牌が底に現れ、勢い良く美紀は仮東の席へ座った。

 小柄な体と、ハネ気味のショートはどこか野性味のある小動物のようだ。ハムスターなどが近いかもしれない。

 

 続いて現れたのは宮守女子の次鋒。こちらは少し緊張した様子で会場内に入ると、ゆっくり全体を見渡しながら歩を進める。

 

「――おやぁ、宮守の人は確か初出場だったねぇ。あっはは、ハジメテってことか。いいね、緊張せずにもっとこっちに来なよ」

 

「え? あ、え、えっと。……まぁはい」

 

 ――臼沢塞:二年――

 ――宮守女子(岩手)――

 ――94700――

 

 こちらはゆっくり階段を登って、そわそわした様子で卓上の牌へと触れる。ピクピクと震える指先を抑え、まくった先から現れるのは――{南}。美紀からみて右側、下家の席へと座る。

 

 そうして最後に、のっそりとした様子で一人。更にガチガチに凝り固まった手足の動きで前にロボットのような進み方をする少女が一人、同時に別方向から現れた。

 一人は姫松、一人は龍門渕の次鋒を務める少女である。

 

 ――天海りんご:三年――

 ――姫松高校(南大阪)――

 ――82300――

 

 ――国広一:一年――

 ――龍門渕高校(長野)――

 ――122700――

 

 三番手に牌をめくるのは天海りんごだ。ぼーっとしたまま、なんとも言えない様相で{西}を顕にさせる。そうして最後に一が{北}をめくると、四者の席順は決定した。

 

「よろしくおねがいしまぁーす」

 

 すでに深々と椅子へ腰掛けていた美紀が片手を振りながら大きめに広げられた袖を揺らす。西家の席にたったりんごが、追随するように頭を下げた。

 

「よろしゅう」

 

「よろしくお願いします」

 

 大きく息を吐き出しながら、席についた塞がその後に言葉を発する。最後に残った唯一人、一が締めを担当する。

 勢い良く体を前傾にし会釈をすると、上ずった声で言った。

 

「よろしく、お願いしますッ!」

 

 

 席順

 東家:北門(晩成高校)

 南家:臼沢(宮守女子)

 西家:天海(姫松高校)

 北家:国広(龍門渕高校)

 

 一位龍門渕:122700

 二位晩成 :100300

 三位宮守 :94700

 四位姫松 :82300

 

 ――東一局、親美紀――

 ――ドラ表示牌「{西}」――

 

 

 すぅー。

 はぁー。

 

 猛然と、息を吸っては吐いて出し。嫌に響いて聞こえる心音をゆっくりと正常に近い状態へ変化させていく。

 無論それをした所で、いつもどおりのパフォーマンスに自分自身が完全に至るわけではないのだが、それでも深呼吸一つに、重苦しい何かを載せれば、少しは体が楽になった気分になるのだ。

 

(……あんまり長くやってもしょうがない、か)

 

 一は嘆息気味に現在の状況を省みると、そのまま手牌に意識を落とす。すでに高速で手牌の理牌は住んでいる。手先の器用な一らしい早業といえた。

 

(なんというか、座ってみて解る――この、感覚)

 

 テレビの向こうで、何度か麻雀を打つ少女たちを見たことがあった。スポットライトが照り付く大舞台で、遺憾なく自身の実力を発揮する者達。

 当然中には敗北して、悔し涙とともに消えていくものもいたが。そこに居る少女たちは誰ひとり違いなく、輝いて思えたものだ。

 

(――昔、ボクが手を伸ばそうとして、届かなかった場所)

 

 考えながら、自分自身の第一ツモへと手を伸ばす。ゆっくりと卓上を征くその右手から、ジャラ――と、金属的な異音が響いた。

 否が応にも向く意識。しかし顧みず、すぐさま手のひらに合わさった、自分のツモへと意識を向ける。

 

 ――一手牌――

 {一三四九九②⑧46北中中發(横②)}

 

(手牌が重いのは、まぁしょうがないよね――)

 

 ――ちらりと、宮守の少女、臼沢塞へと視線をやって、気づかれない内にすぐ手牌へと舞い戻る。

 

(じゃあ、まずはいつもどおりに……)

 

 一/打{一}

 

「チー」 {横一二三}

 

 手牌から浮いた一枚、それをすかさず一の下家、北門美紀が喰いとった。両面の萬子から仕掛けていく、そこには一切のためらいも見られなかった。

 

(手が遅いなら、自分から鳴いて手を進めればいい。単純だけど、この巡目で両面を仕掛けられるタイプは、早々いないよね)

 

 デジタルの境地とでも呼ぶべき、鳴きの麻雀。ある種得意とすら言えるその打ち筋は、しかしあらゆる速攻の中でも、頂点に属する速度を誇るのだ。

 それはつまり、攻めるが故の打ち筋。ひたすら鳴いて鳴いて鳴きまくって、とにかく手を早くする、それを目的とした打ち筋。

 

(こっちの手が重いのに、副露ばかり重ねられるから……なんだか置いていかれた気分になる…………)

 

 一/自摸切り{西}

 

 それでも、一は速度で、追いすがる他にないのだ。続く美紀、手出しの{中}、ここに勢い良く喰らいつく。

 

「ポン!」 {中中横中}

 

 同時に打牌、発声した{中}の他に、{發}もまた晒し、勢い良く右端に滑らせた{中}とは正反対に、河へと叩く。

 

 美紀/自摸切り{9}

 

 塞/打{⑧}

 

 りんご/自摸切り{一}

 

「ポン」 {一横一一}

 

(――飛ばされた!?)

 

 よもや、というほどではないにしろ、ツモ番を飛ばされた焦りが一の心中に襲いかかる。自身の鳴きを合わせれば、これで二巡はもう、牌を自摸っていないことになる。

 速度のある美紀を相手に、余り悠長なことはしていられない。だというのに――この状態だ。

 

(自分で鳴けば、晩成の人にツモ番を回すことになる。逆に鳴かれればこっちのツモが飛ばされる。――最悪じゃないか!)

 

 嫌な予感が体中を駆け巡る。

 

 美紀/打{⑤}

 

 塞/自摸切り{⑦}

 

 りんご/打{7}

 

 それぞれは美紀の鳴きなど気に求めていないかのように、何事も無く打牌を続ける。この状況、危機感を煽られているのは一だけのようだ。

 無理もない、一のそれは麻雀における不調の典型とでも言うべき状況を、恐れているだけなのだから。

 

 ――一手牌――

 {三四九九②②⑧46北(横3)} {中中横中}

 

(手が進んだけど、安牌がない。じゃぁ、ここで)

 

 一/打{⑧}

 

 聴牌という可能性は十分に考えられる状況だった。故にここで一は安全策を取る。打牌が長引けば、きっと安牌は増えるだろう。しかし、この状況、この一打は一自身が選ばなくてはならないのだ。

 だからこそ――

 

「ロン、1500」

 

 ――その一言は、大きく一に突き刺さる。

 

 ――美紀手牌――

 {①②③⑧123横⑧} {一横一一} {横一二三}

 

「はい……」

 

・晩成 『101800』(+1500)

 ↑

・龍門渕『121200』(-1500)

 

 

 恐らくは、ドラのオタ風、{北}あたりを自摸るか、何がしか良さげな牌があれば、取り替えるつもりの形テンだったのだろう。

 そこに筋を読んだ一の打牌が突き刺さった。未だ巡目は二段目に切り返されもしていない――ほんの刹那の事だった。

 

(安くて良かった、とか。そんな待ちなのかって、普段なら考えるところだけど。マズイ、これ……多分今のボク――最悪の調子だ!)

 

 よりにもよって直撃された。この状況、巡目であればそれはだれにでも言える。しかしそれを引いたのは一であった。

 ツモ和了でも、流局でも、数巡の自摸切りでもなく、一発で――すぐさま一が当たり牌を切ってしまった。

 

 その意味が。その現実が――重苦しく、一の心中にのしかかる。

 

 

 ――東一局一本場、親美紀――

 ――ドラ表示牌「{⑥}」――

 

 

「――ポン」 {七横七七}

 

(……ちょっ)

 

 ――一巡目の事だ。姫松の天海りんごが放った牌に、すぐさま美紀が食いついた。当然、一は牌を自摸れずに他家の二巡目へとツモを映す。

 

(ただでさえ重いのに、これじゃ全然手が進まない……)

 

 ――一手牌――

 {一二四五五七九⑦89白中}

 

 萬子が出れば、どこからでも仕掛けていって構わにような牌姿、特に{三六八}は完全な急所だ。早和了りを狙うにしても、この形なら十分喰い一通が選択肢となる。

 場合によっては、染め手にすら移行できそうな手だ。

 

 美紀/打{②}

 

 塞/自摸切り{八}

 

 思わず顔が引きつるのを、一は隠せないでいた。この自摸切り、鳴かれなければ一が掴んでいたはずなのだ。

 完全に調子が崩されている。

 それを理解していながら、一の手の内から、そこに切り込む手立てはない。

 

 りんご/打{五}

 

(攻めて、それがツモだったら良かったのに――)

 

 一/自摸切り{④}

 

 美紀/打{3}

 

(一打目は役牌、二打目からは中張牌、対子鳴きといい、早そうな感じでイヤだな)

 

 塞/打{發}

 

 りんご/打{2}

 

「ポン」 {2横22}

 

(――またか……っ)

 

 辟易してしまうような流れだ。何もかもが一に向いてきていない。こんな状態で、自分は麻雀を打っているといえるのだろうか。

 

(こんなんじゃ、ボクがここに、座ってる意味もない)

 

 ただ座っているだけ、ツモもなければ、打牌もない。振込だって、あれは一でなくとも振り込んでいたはずだ。だからこそ、一は自分という存在の意義を、見失いかけているのだろう。

 

 自摸切り、不要な{①}を、切って捨てる。

 安牌にすることも考えなかった。喰いタン狙いであろう美紀には当たらない牌であるが、染め手を狙う以上、この牌は必要ない。

 

 自摸切り、自摸切り、何度か続いた。

 その間、手出しが特に多かったのは美紀で――七巡目。

 

「ツモ! 1100オール」

 

・晩成 『105100』(+3300)

 ↑

・姫松 『81200』(-1100)

・龍門渕『120100』(-1100)

・宮守 『93600』(-1100)

 

 配牌は、さほど良くはなかっただろう。今の場は唯一人を除いてとにかく重い、その一人すら、思うがままに聴牌に至っているわけではない。

 この状況で――速攻の手を仕上げた。

 

 晩成高校の次鋒、北門美紀はとにかく速攻に特化した雀士だ。その精度はおそらく水穂と同等、晩成は奈良一強の強豪だ。全国への出場経験も多い。そんな晩成でレギュラーを張っているのだから、少なくとも経験としては……おそらく水穂以上。

 

(相手にする上で、一番やっかいなタイプだ。鳴き麻雀は、こっちが追いつこうとしてる間に、対局が終わってる……)

 

 近しい所に、同タイプの雀士がいるからこそ解る。

 間違いなく次鋒戦最強の強敵は――晩成だ。

 

 

 ――東一局二本場、親美紀――

 ――ドラ表示牌「{②}」――

 

 

「リーチ」

 

 静かな発声だった。塞のツモだけを考えれば、九巡目。早くはないが、しかし順当な聴牌ではある。気をつけなくてはならないのは、間違いなくこのリーチだ。

 一は嘆息気味に手牌を眺める。

 

 ――一手牌――

 {二三四六⑤⑦⑧223479}

 

(いいところまでは、来てたんだけどな)

 

 余り勝負できる手ではないだろう。両面待ちに取れて、平和がついてもリーチをかけられなければ二翻ほどの手にしかならない。

 

 りんご/打{發}

 

 姫松の天海りんごは無難な打ち回し。{發}は二枚切れの役牌だ。危険ではないとは言い切れないが、塞の捨て牌を見ればさほど危なくは見えない。

 

 ――塞捨て牌――

 {北9(中)⑧7一}

 {④二横三}

 

 自摸切りは{一}オンリー、極めて良好な手牌だったと見える。両面塔子落としからのリーチは、おそらく切り捨てなかった両面が巧く噛み合ったがためであると考えられる。

 

 一/ツモ{五}・打{7}

 

(一応、できるところまでは回してくしかないな。安牌はそれなりにあるし、多分姫松も降りると思うし――)

 

 美紀/打{北}

 

(――やっぱり晩成はオリてきた。凄いな……二副露まで鳴いてれば、どんな形でもボクだったら攻めちゃうよ)

 

 続く打牌、再び美紀は手出しからの{北}、その後に塞の{2}切りが続く。

 

 これが晩成、北門美紀の打ち方だ。

 すでに美紀はここまで{横213}及び{中中横中}と二つの副露を晒している。役牌対子から、一向聴はほぼ確実だろう。

 それでも、美紀はためらいもなくオリを選択した。

 

(ヤオチュー含みをためらいなく鳴いて、速攻を得意とする雀士は、それなりにいる。聴牌に対して、即ベタオリを選択するような、とにかく守りに特化した雀士は、それなりにいる)

 

 打牌、塞の安牌を自摸切りだしながら、意識を晩成の少女へと向ける。

 

(――でも、その両方を同時にこなす雀士は……ほとんどいない。この人は、北門さんは、そのほとんどの――例外に立つ雀士!)

 

 一の視線に、勢い良く打牌を切り出す少女が見えた。よどみなく、彼女は自身の打ち方を貫く、奮われた右手は、そのまま卓の端、定位置と呼べる場所に――よどみなく収束した。

 

 晩成という高校は、自身の高校の中で特化した形態を持つ高校だ。県内に対抗馬がいないがために、高校内での上位層と下位層に大きな開きがあるのだ。

 そしてその上位層に立つ者達は、全てがデジタルとしてある種の極致に達したものでもある。

 

 速度、という面でいえば、否、“速度の伴った守備”という点で言えば、間違いなく北門美紀は全国最強クラスの雀士と言える。

 

(実力がないから配置されてるんじゃない。大火力を持つ選手が大暴れした時、稼げないから次鋒に配置されてるんだ。少なくとも、ボクからみて、晩成高校には、隙と言える部分は――全くといっていいほど、ない)

 

 そうして――一は自身の自摸へと立ち返る。

 

(……聴牌、一応攻められる手だ。だけど多分、これはこのまま、和了れずに終着するんだろうな)

 

 ――一手牌――

 {二三四五六⑤⑦⑧22234(横四)}

 

 一/打{⑧}

 

 {⑧}は塞の安牌だ。ここまで、完全に姫松と晩成のベタオリが明らかとなっている。回し打ちで追いついた一は、ダマでその手を張った。

 ベタオリを考えたのではない。たしかにそれも、同しようもない引きであれば考えるが、それよりも、リーチ棒を無駄にしたくはなかった、というのが正解だろう。

 

 調子の悪い時は、追いついて直後、場が動くことが時たまある。これもまたその一つであると、一が考えたのだ。

 その考えは、ピタリと的中していた。塞が手元で牌を晒して、手牌を勢い良く前方へ倒したのだ。

 

「……ツモ、1300、2600の二本場は、1500、2800」

 

 ――塞手牌――

 {|七七③④⑦⑧⑨345678} {②}(ツモ)

 

・宮守 『99400』(+5800)

 ↑

・姫松 『79700』(-1500)

・龍門渕『118600』(-1500)

・晩成 『101300』(-2800)

 

 やれやれ、と嘆息気味に渡す分の点棒を取り出す。今のところ、一は何もできていない。……瀬々の稼いできた点棒が、再び少し、か細くなった。

 

 

 ――東二局、親塞――

 ――ドラ表示牌「{北}」――

 

 

 その局は、驚くほど変化のないまま進行した。十八巡、なにかの変化があるでもなく、それぞれのテンパイノーテンだけを晒したまま、流局した。

 

 原因は単純だ。とにかく四者の手が重かった、それに尽きる。

 

「テンパイ……」

 

 ――塞手牌――

 {一三四五六九九②③④345}

 

「ノーテン」

 

 ――りんご手牌――

 {四六八②②③⑦⑦⑧⑧⑨北北}

 

「…………ノーテン」

 

 ――一手牌――

 {一三七八⑨⑨⑨78發發中中}

 

「ノーテンだよー」

 

 ――美紀手牌――

 {三四五六七⑤⑦234東東東}

 

 四者の手牌は、それぞれだ。とはいえここで、開かれたのは一つだけ。臼沢塞、彼女だけがこの重たい場を抜けだして、テンパイにまでこぎつけている。

 速度のある美紀ですら、突破口が見えず四苦八苦した状況で――塞だけが、何の苦もなく手を前進させているのだ。

 

(全然手が進まなかった。ボクの調子は最悪ってくらい悪いけど、それでも他家だって手が重くないわけじゃない)

 

 何も今回の不調、一だけに原因があるわけではないのだ。というのも、宮守女子、臼沢塞には特殊なオカルトがある。

 それは他家の流れを“塞ぐ”タイプの手の支配であるという。

 

(塞の神なんていう神様が世の中にはいて、この人はその同種だって瀬々はいってた。そんなホンモノの“オカルト”のことは、ボクはさして詳しくは知らないけど――肌に感じて、支配っていう言葉はしっくり来る)

 

 ピリピリと、指先を焦がすかのような感覚が、自身の中にじんわりと広がっているのを感じ取る。今、一は塞の支配を受けているのだ。

 

(別に和了れないわけじゃない。一点集中すれば、オカルトを封殺することも可能らしいけど、今の彼女は単純な垂れ流し状態、速度があれば、十分追いすがることも可能だ)

 

 ――ちらりと、先ほどの対局を回想する。東一局の平場と一本場、どちらも和了したのは親の美紀だ。鳴きによって手を進める速度の打ち手。彼女は、塞の支配を破ったのではなく、支配の中にあっても和了を決めたのだ。

 鳴きによって流れがぶれたというのもあるだろう。東発の和了において、美紀の手牌にあった{②}は、おそらく一が自摸っていたハズのものだ。

 

(宮守に、晩成――そして全国最強クラスである姫松のレギュラー。誰も彼も、間違いなくボクより格上の相手だ)

 

 ――一は、ほんの半年ほどしか、麻雀を打ってはいない。実力はあっても、ブランクがある。龍門渕の五番手、言ってしまえば隙のようなものだ。

 それを踏まえた上で考える。

 

(ボクには……一体どんな闘いができるんだろうか――)

 

 ――と。

 

(とーかは、ボクのまっすぐな打ち筋を好きだといってくれた。どうしようもない過ちを冒してしまったボクに、もう一度だけチャンスをくれた)

 

 ――国広一には、想いがあって、過去がある。それは誰にも言えないような一の楔で、一生付き合って行かなければならない疵痕だ。

 きっと、誰も一を許してはくれないだろう。

 

(ボクが今できること、それは透華に――もう一度だけ、ボクにチャンスをくれた透華に報いること。そのために、ボクは自分の麻雀を打つしか無い!)

 

 もう嫌だ。

 喪うことは。自分のせいで、誰かが自分の元から離れていくことは、もう嫌だ。絶対に――――

 

 

 ――四月のランキング戦で、瀬々と水穂が直接ぶつかって、その時瀬々は水穂に勝利した。抱えていた悩みも、過去も全部振り切って、今の瀬々は――多分あの場所にいる。

 普通じゃない人生だっただろう。瀬々という存在を形作る、“答えを得る異能”にあまりにもふさわしい人生を送ってきただろう。

 

 それでも、瀬々は立っている。自分の足で、自分の生き方で、衣の隣に――立っている。それは普通じゃできないことだ。衣は――おそらく今の衣は、それでも“マシ”な部類なのだろう――常人では計り知れないほどの何かを持っている。そんな少女を、全肯定して隣に立つ、それが瀬々にはできるのだ。

 

 ――ランキング戦が終わってから、水穂の打ち方はどこか変化した。別に彼女のデジタルも、オカルトも、劣化したわけではない。だが、どこか打ち筋に、刺のような物がなくなった。

 

 国広一の仲間たちは、昔の自分を越えてここに居る。

 だけれども、一には一切それがない。

 

(大沼プロは、自分の“信念”を見つけることが、ボクに必要なことだといった。それはきっと、ボクの麻雀を見つけるということだ。だったら、だったらボクの――)

 

 瀬々や衣には、彼女たち自身とすら言える根幹が存在し、透華や水穂には、確かな技術がある。――それなら、自分は?

 

 

(――――国広一の麻雀は、どこにある……?)

 

 

 ――東二局二本場、またしても対局は硬直、流局に終わる。

 結局この局も一はテンパイを逃す。長い、あまりにも長い対局だ。少しずつ、熱気に包まれていた会場もその熱を奪われ、どこかに霧散させていった。

 息を呑み、誰もが口をつぐんだまま対局を見守る。一度口を開いてしまえば、後はもう――単なる呼吸の音しか残らないような、そんな静寂すら奪われた次鋒戦。

 

 誰もが明けぬ夜を想いと変えて、対局は続く。けしてそれは片隅にはない。この闘いは――世界すらも支配する、そんな対局であったのだ。




北門さんみたいな、超速攻型の雀士は割と好きです。
憧みたいな巧く立ちまわってプラスで帰ってくるタイプは尊敬します。

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