咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『龍門渕透華、氷空に散る』副将戦①

 龍門渕透華は燃え尽きた

 一切合切なんの跡形も残すことなく、見るも無惨な灰燼に帰した。

 

 わなわなと肩を力なく震わせて、あんぐりと空いた口元からは、なんとも言えない気配のような何かが漏れた。

 おそらく、魂のようなもの――とおもわれる。

 

「あ、え、えっと……ダブリー一発、ドラ4、裏4は――――」

 

 ――漫手牌――

 {七七七七八九②③④789北横北}

 

 ――ドラ表示牌:{六} 裏ドラ表示牌:{六}

 

 

「36000です」

 

 

 もはや何の言葉も無く、東一局、あらゆる終局がそこにはある――ように思えた。

 

 

 ♪

 

 

 インターハイ第二回戦もついに副将戦、長かった一日が、ようやく終わろうとしていた。龍門渕透華、及び龍門渕高校がこの副将戦で対局する三名が対局室にあつまり、いざ対局が始まろうかというところだった。

 

 席順。

 東家:上重

 南家:龍門渕

 西家:小林

 北家:鹿倉

 

 一位龍門渕:104900

 二位宮守 :104700

 三位姫松 :98300

 四位晩成 :92100

 

 しかしその東一局から――この第二回戦、もっとも波乱に満ちた半荘が、幕を開けるのだった。

 

 

・姫松 『134300』(+36000)

 ↑

・龍門渕『68900』(-36000)

 

 ――龍門渕控え室――

 

「おいおい、かわせないっつーのは解るがよ、こりゃいくらなんでも酷いだろ」

 

 完全な交通事故に巻き込まれる形でのスタートとなった龍門渕高校控え室、若干の意彩いやな沈黙を切り裂いたのは、理不尽に対する不満であった。

 ――わかっていたことだ。姫松高校の上重漫は時折、異様な点棒を稼いで勝つことがある。おそらくこれはその一つということだろう。

 

「わかっててもかわせないからねー、いやいや困った」

 

 大して、こちらは逆境など慣れたもの――しかもある程度逆境における耐性が出来た水穂が、あっけカランとした様子で言い放つ。

 同時に衣も、楽しげに手を叩いて笑った。

 

「いや、誠に愉快、痛快。ここまでの催しを見せて貰えるとは、正直思わなかったよ」

 

「とはいっても、これ……かなりピンチだよ? 透華だってきついんじゃないかな」

 

 一の苦言、しかし衣はそれに対してまったく気兼ねした様子もなく応える。――そも彼女は、負けるつもりなど一切合切ないのだ。

 何せ自分が大将に座っている。ならば、たとえそれまでがどんな結果であろうと、勝つのが彼女の仕事である。

 

「どれだけ稼ごうが、衣が全て取り返してやるさ。相手は面倒だが、勝つのは衣だ――それに」

 

 一拍タメて、

 

「それに?」

 

 瀬々がそれに問いかける。――わからないのか? 視線で問いかける衣に、瀬々は一つ横へと首を振った。

 ほう、と衣が一つ息を吐きだし、

 

「意外だな、瀬々。お前なら答えの一つ、解るのではないか?」

 

「衣が透華にたいして何か言おうとしてるのはわかるけど、そこまでだよ」

 

 まーったく解らない、とお手上げのポーズを取る。それには周囲が首を傾げていた。瀬々はオカルトの専門家――というよりも、あらゆる答えの専門家である。衣の澑め(・・)が謎である以上、瀬々は答えを得るはずなのだが。

 

 それから瀬々は一つ大きなため息を吐き出し、眠そうに何度か目を瞬かせた。衣の言葉も、話半分と言った様子だ。

 

「ま、どちらにしろ瀬々にわからないならボクたちには永遠に解らないからさ、出来れば答えを教えてくれないかな」

 

「……なにゆえ」

 

 一の言葉に追随し、パソコンに目を向けていた智樹も衣へと目を向ける。

 

「なぁに、簡単さ……龍門渕は少しばかり特殊な家系なのだ」

 

「衣や瀬々なんかが生まれてくるくらいだしね」

 

 異常な存在――というには少し常世に慣れきっている面はあるが、衣も瀬々も、日常にすら麻雀の“魔”を持ち込むような存在だ。

 その根源は龍門渕の血筋にある、と衣はいう。

 

「とはいってもよ、透華はお手本のようなデジタルだぞ? 変な感じなんざ全然しねーだろ」

 

「――いや、普段は感じられないから、気が付かなかっただけじゃないかな?」

 

 純の言葉を、一がふと否定する。衣の言葉を待つことなく、透華に居場所が近いからこそ、一は透華の事をよく知っているのだ。

 それでも気が付かないというのなら、それは単純に気が付かない理由があるのだと、一はすぐさま考えた。

 

 そして、衣はそれを首肯しながら、言葉を紡ぐ。

 

「その通り、透華の“それ”は普段深淵のまどろみの中にある。そして故に、彼奴は己に見過ごせないほどの、大河の氾濫にのみ、鎌首をもたげ、眼を開くのだ」

 

「――場が荒れに荒れてれば、それだけ目を覚ましやすくなる、って感じかな」

 

 水穂の言葉は、すぐさま衣の肯定によって補強された。――この瞬間、モニターの向こうに座る、対局者達の姿は、夜闇の嵐に揉まれる船に思われた。

 ――ただ今は眠りにつく龍が、果たしてそれを厭と煩わうか。

 

 その瞬間は、もう少し遠い。

 

 

 ――東一局一本場、親漫――

 ――ドラ表示牌「{中}」――

 

 

 目を覆いたくなるほどの直撃だったはずだ。爆発時の上重漫にとっては、さほど珍しくない状況ではあるが、この全国第二回戦、地方で一度だけしか爆発をしていない以上、実質初お披露目となるこの第二回戦、おおきく場が荒れるであろうことはほぼ確定的となっていた。

 

 ただ、漫にとってもっとも予想外だったのは、この状況における三倍満直撃を受けた対局者、龍門渕透華の反応である。第一打、漫の手からこぼれ落ちた牌を、彼女はすかさず拾い上げた。

 

「――ポン!」 {横白白白}

 

 第一打のドラ打牌にしてもそうだが、ここで勢い良くドラを鳴きにかかって来た。それはつまり、透華がいまだ死んでいないことを示している。

 それは配牌によっても、透華の“眼”によっても明らかであることだ。

 

 刃を振りぬくように、前傾で牌を右端へ叩きつけた透華の眼が、その長い金髪に覆われながらも横の漫の眼へと映された。

 そこにあったのは、真っ向から漫へ噛み付く闘争心である。歓喜に打ち震えるようにしながら、獰猛にその口元から八重歯を白く、光らせるのだ。

 

(……姫松で、こんな眼をするのは、洋榎先輩と、主将くらいやった。強い人っちゅうんは、こんなに曲がらへんもんやろか)

 

 漫には、まだ手を伸ばすことすらできないような境地であった。どれだけ爆発的に勝利しようとも、それはあくまで一時の勝利であり、単なる幸運でしかない。

 ――その幸運が、極端に発揮されるのが漫の雀風だ。それが間違っているかどうかはともかく、勝つことに実感というものが希薄であるのは、間違い用もなく真実である。

 

「――ポン、ですわ!」 {7横77}

 

(飛ばされたッ!)

 

 勢いの良い副露、そしてそれによって、本来ツモるはずだった漫のツモ番が飛ばされた。一つ手が進まなかったことにより、漫は少しだけ自身が取り残されたかのように感じる。

 

 ――しかし、それでも今の漫は、この場を制圧するだけの力がある。

 

(……とにかく、ウチがここで麻雀しとるんは、あくまでこれがあるからこそなんや、稼げる以上――誰かが死ぬまで稼いで見せるで!)

 

 ――漫手牌――

 {③③④④⑤⑥⑧⑧⑧⑨北北北(横②)}

 

 漫/打{⑥}

 

 直後、透華の打牌、ここは手出し。まるでわきまえたかのように、透華のツモが好調な滑りを見せているようだ。――ならば、この手はそれとの決戦になる。

 

 漫/ツモ――{九}・自摸切り

 

 動じない、ただ手が進まなかった――和了れなかった程度では、動じない。

 逆に、漫が思わず苦々しげに顔を歪めたのは、更にその後、透華のツモの段にいたってから。――透華の右手が大きく振り上げられる。いっぱい、目一杯のタメを持たせて、それは勢い良く――卓を牌の打つ音で震わせた。

 

 

「――ツモ!」

 

 

 龍門渕透華は、奈落の底から声を響かせる。

 すでに黄昏は地に満ちて、その時散った透華は、戦線の空から姿を消した。――しかし今、三度また、透華はここに姿を現す。

 

 ――まだ、龍門渕透華は死んでいない。

 

「四十付四翻――2100! 4100!」

 

 

・龍門渕『77200』(+8300)

 ↑

・姫松 『130200』(-4100)

・宮守 『102600』(-2100)

・晩成 『90000』(-2100)

 

 上重漫を、くぐり抜けてなお、そこにいる。

 

 

 ――東二局、親透華――

 ――ドラ表示牌「{1}」――

 

 

 鹿倉胡桃は、嘆息気味に手牌を倒した。この東二局、すでに大勢は決しているのである。

 

「――カン」 {2裏裏2}

 

 ドラカン。これだけならば、まだ戦い用は在ったかもしれない。当然回し打ちを必要とはするが、胡桃の手は安牌が多く在った、攻められないわけではなかった。

 それでもなお、胡桃は手を止めたのである。ハナから手を出すつもりはないと、諦めてしまったのだ。無理もない。

 

 ――新ドラ表示牌「{1}」

 

 まったく同種の牌が、そうしてその場に二つ並んだ。

 

(なんか、調子のりすぎ!)

 

 ちろりと姫松の副将のデコを眺めながら、そんな風に胡桃は考える。どちらにせよこの状況は行けない。誰かが和了ってくれればいいのだが、この卓ではそうも行かないだろう。

 

 ――姫松のカンドラがモロ乗りした途端、三者はまったく同一の反応をした。

 ノータイムでの現物手出し、つまりベタオリである。

 

 胡桃の動きと同様に、透華も晩成副将――小林百江も、躊躇うことなく手を崩した。

 

(龍門渕の人は、たしかインターミドルでも名前残してたっけ。晩成の人はとにかく守りに特化したタイプだって聞いたな。まぁ、知らないけど)

 

 面倒そうに周囲の状況を伺って確認し、それから改めて、大きく息を吐きだした。

 ツモを確かめた漫の顔が、ぱっと晴れやかな物へと変わる。――それを観察するだけで、その直後の光景までもが頭のなかに浮かんできた。

 

「――ツモ! 4000、8000です」

 

 

・姫松 『146200』(+16000)

 ↑

・宮守 『98600』(-4000)

・龍門渕『69200』(-8000)

・晩成 『86000』(-4000)

 

 それの後を追うように、漫が和了、点数を申告した。すでにドラで最低の打点が明らかにされているがために、その打点までもが、胡桃の想像をあと追った。

 

(龍門渕のも大変だよねー、せっかく稼いだ満貫を、すぐさま倍にして返されたんだから。……まぁ、そういうことだったら、ね)

 

 ゆっくりと、目を閉じて感覚を切り替える。ここからは、鹿倉胡桃が本領を発揮する番だそのためには、必要な勘定はすべてかき消して行かなければならない。

 

(私が、潰してあげちゃうよ――)

 

 いつものように、感情を読ませないような笑を浮かべて、自信たっぷりに、胡桃は大きく眼を、見開いた。

 

 

 ――東三局、親百江――

 ――ドラ表示牌「{9}」――

 

 

(よーし、まだまだ行けるでぇー)

 

 ――漫手牌――

 {一二三七七九⑦⑧⑨1178(横八)}

 

 八巡目、最高の引きによる絶好のテンパイ。調子の波に乗っているときは、このくらいであればだれでもあることだが、それが極端なのが漫だ。

 よって、そこからさらに、そして貪欲に、漫は次なる一手を打つ。

 

(こーいう調子のええときは、絶対にベタオリしない、一度振り込んでもその後更に取り返せるんやから。主将や末原先輩に言われたとおり、ここは絶対に押していく!)

 

 リーチは、かけない。今がまだ八巡目であること、それは他家がリーチでなければ押してくる可能性を示唆している。当然全国トップクラスの防御力を持つ三者がそう簡単に、振り込んでくれるとは思わないが、それでも。東一局のような万が一が、訪れるかもしれないのだ。

 

 それが上重漫の、姫松レギュラーとしての役割であり、最低限の存在意義なのだ。

 

(ウチはただの凡人や、末原先輩や、天海先輩みたいに、曲がらない精神を持っているわけじゃない。主将や愛宕先輩みたいに、超人じみた観察眼を持っとるわけでもない。それでも、誰かよりちょっとだけ、団体戦で活躍できるチカラがあるから、ウチは今、ここにいるんや!)

 

 ――打牌、まようことはない。そもそもこれは、たとえ誰であろうと迷わない打牌を、更に自分の意志で掲げるだけだ。デジタルであろうと、オカルトであろうと、この手牌にベタオリはない。

 

 そして、

 

 漫/打{七}

 

「――ロン」

 

 そこに、誰かが待って、待ち受けているのだ。

 

・宮守 『105000』(+6400)

 ↑

・姫松 『139800』(-6400)

 

 ――和了ったのは、鹿倉胡桃、リーチを選択肢の中から排除した、少女であった。

 

 ――胡桃手牌――

 {二二四四七⑧⑧114455} {七}(和了り牌)

 

(……全然読めへんかった。――ちゅうか、それ、ただヤオチュー牌切ってるんやないんかいな!)

 

 ――胡桃手牌――

 {一九發白中3}

 {北北9}

 

 ほとんどの打牌が手出しからのもの、役牌三つに、対子が一つ、かなり手に苦しんでいるように思えた。そもそもだ、最終手出しは{9}ではなく{北}――裏目を引いたのならばともかく、胡桃は間違いなく狙ってチートイツの気配を隠したのだ。

 

(狙い撃ちっちゅうことかいな! こっちの捨て牌がごっつチャンタっぽい感じやから、そこから必要にならないであろう、{七}とか{3}とかを狙い撃とうとしたんかいな!)

 

 別に筒子や萬子のそれに限定したわけではない、純チャンである以上、完成形に至るまでその辺りの牌は手牌に残ることが多く、待ちとしては優秀である。

 胡桃はそのうち、{3}ではなく{七}を選んだ。これは単純に、ドラの{1}を雀頭とする過程で、すでに漫が{3}を手牌から切っていたためだ。

 

 そして、そのあとの{七}、これはたとえ別の、{⑦}や{7}を引いても待ちを変えることはなかっただろう。胡桃が{七}を選んだのは単純に、{七}が生牌になっているから――つまり、漫が特に抱えていそうな{七}が最も狙いやすいから狙ったにすぎない。

 

 これが――これが違いかと、漫は考える。

 

(なんや、なんやこれ。そんな複雑に麻雀を考えてうたなアカンのか? おかしいやん、それをやってのけるのも、それにウチが実際引っかかるのも――!)

 

 勝負強さ、というものだろうか、同卓して、どのような状況でも趣向を凝らして和了する、そんな者たちを見ていると、自分にはそれが足らないのではないかと思ってしまう。

 それは間違ってはいないのだろう。だからこそ、一瞬でも誰かを出し抜けるような状況を漫は嬉しく思うのだ。

 

 そして、もう一度勝ちたいとも、思うのだ。

 

 

 ――東四局、親胡桃――

 ――ドラ表示牌「{北}」――

 

 

 ――漫/自摸切り{白}

 

(っぐ、暗刻ってもうた。こっち切らんかったらもっと手良くなってたやん……)

 

 この局、漫は一向聴の段階で、打点を選ばず手広さを選んだ。たかだか一翻が必要になるほど、漫の手は安くないのだ。だからこそ、このムダヅモはひどく痛い。

 しかし、くよくよしていられないのもまた事実。

 

 次いで、ツモ。ここで漫の喉が、ゴクリとなった。

 

(よし、ドンピシャ! 紆余曲折あったけど、これで何とか、けりを付けたる!)

 

 ――漫手牌――

 {三三四七七⑧⑧⑧888東東(横七)}

 

 麻雀において最も高い役、役満がひとつ、四暗刻、いまの漫ならば、十分それは狙えるシロモノだ。これを和了れば――そんな逸る気持ちと、震える指先を何とか抑えて、打牌する。

 

 漫/打{四}

 

 ふぅ、ふぅ、と何度か深い呼吸を繰り返し、大舞台での緊張と、とんでもないレベルの化け物手からくる圧迫感を、なんとか胸の内で消化する。

 それぞれのツモが周り――自身のツモが訪れようとしていた。

 

 

 ――それから、二度、三度、漫は嘆息混じりにツモ切りする。バレても構わない、この手はそういう手だ。そしてその上で、自分自身の昂ぶりを抑えるためには、どうしてもそれが必要だった。

 

 そんな漫の様子を眺めながら、クスリと笑むものがいた。

 ――鹿倉胡桃だ。元来彼女はどこか小動物を思わせる丸っこい笑を浮かべているため、その変化に気がつくものは果たしていない。

 

(なんか、全然つもれなくてやきもきしてるみたいだね)

 

 明らかな高火力を匂わせる漫、それを見とって、そんなふうに胡桃は笑うのだ。

 

(ま、シャレにならないから――これでその手には消えてもらうの、ね?)

 

 胡桃の手には、自身のツモが収まっている。小さな右手が、牌を大きく高らかに、掲げてみせる。そうしてそれが、軽快な音を立てて、場に現れた。

 

「ツモ――! 4000オール!」

 

 ――胡桃手牌――

 {三三五⑥⑥⑨⑨22東東發發} {五}(ツモ)

 

・宮守 『117000』(+12000)

 ↑

・姫松 『135800』(-4000)

・龍門渕『65200』(-4000)

・晩成 『82000』(-4000)

 

 激震、おそらく漫は、そんな風といった表情をしていた。胡桃の予想どおりであれば、{三}、もしくは{五}、これは漫の和了り牌であるからだ。

 もちろん胡桃には中堅戦での洋榎のように、卓越した観察眼があるわけではない。それでも胡桃は、ごくごく単純に“あたりをつけた”のである。

 

 その原理はいたってシンプル。胡桃はこの局を極端な対子場だと読んだ。自身に対子が集まり、他家にも同じように、といった風情を想像したのである。

 それは自身の手牌と、漫が{白}を対子落としし、更にその後裏目させていることでも想像がついた。

 そしてその{白}対子落としでテンパイが近いことを知った胡桃は、その後の最終手出し、{四}の周囲である{三}と{五}を掴んだ後、当たり牌だと決めて打ったのだ。

 

 それは結果として当たっていた。事実漫の手は自摸り四暗刻テンパイ。胡桃は七対子で和了っている。胡桃の読みは当たっていたのだ。――あたり牌を読むという技術に関しては、守りに特化した打ち筋を持つ胡桃には一日の長がある。その到達点が、これ、だ。

 

(もしかしたら{東}も、かな? 誰かが重ねてるとは思ってたけど。残念だったね、この{東}は、最初から抱えるつもりで手放さなかったんだから)

 

 そうして、4000オール、二連続での七対子ツモ。ふふん、と胡桃は少しばかり得意げに吐息を漏らした。

 

(さて、それじゃあ一本場、行ってみようかな――)

 

 三倍満、倍満と、未だ状況は上重漫を味方している。しかし、失点をできうる限り少なくすることはできるはずだ。更には全局のように、漫の浮き牌を狙い撃つ事もできるかもしれない。

 それが現実的である限り、胡桃は自分のできる範囲で、その現実を、黙して狙う。

 

 

 ――東四局一本場、親胡桃――

 ――ドラ表示牌「{4}」――

 

 

(――ん? なんか、変な感じかな?)

 

 自身のツモを手牌の上に乗せ、改めて捨て牌を見て考える。――この局、特徴的なのはおそらく、晩成とそれに対する龍門渕だ。――相変わらず姫松は、他家を正面からぶち殺しにかかってきているのだが。

 

 ――百江捨て牌――

 {一北北⑧三1}

 {4}

 

(たぶん張ってるね。まぁそれ以上となると難しいけど……)

 

 ドラ側を切って、そこが待ちなら話は早い、危険牌は裏筋、筋は切れるとかんがえればすぐに話しは決着がつく。しかし気になるのはそれに対する透華の捨て牌。

 

 ――透華捨て牌――

 {南北1發中9}

 {2}

 

(ここでこの打牌、{1}はまだわからないでもないけど、その捨て牌から攻めてきてるの? んーってことは、多分この待ちは……)

 

 ドラ周りはおそらく危険ではない、ということだろう。その上で出来るだけ攻めを残した安牌として、それを切ったのだろうと考える。

 ――おそらく、透華の手牌では、{4}が三枚、更には別の牌が揃っているのだろう。ドラの対子などが、考えうる限りでは最悪だろうか。

 

(それに気づけるかどうか、かな?)

 

 どちらにせよ、こちらはまだ二向聴、勝負するには少し遅い。役牌に気をつければそうそう振り込むこともなかろうが――それでもこの状況、振り込まずとも、自摸られずとも済む可能性が十分にある。

 ならば、わざわざ攻める必要もないだろう。

 

(どちらにせよ、解っていても攻めてくるタイプがいる。だったら私は、その人が晩成にかかるのを待つだけだね)

 

 回し打ち、というのも得意ではあるが、ここから切り替えるなら七対子の他にない。間に合うことはまず、ないだろう。ならば――

 

(さぁ、出しなよ姫松。もう一歩、足を止めて振り返ってみな――!)

 

 姫松の上重漫はとにかく爆発的な勝ち方をする。それがいかなる意味があるのか、どうやら白望にも解っていないようだが、それでも、その勝ちに食らいつくのが自分の仕事だ。

 そのための、一手。

 

 

「――ロン、5500」

 

 

 ――百江手牌――

 {一二三②③④⑥⑦⑧55東東横東}

 

・晩成 『130300』(+5500)

 ↑

・姫松 『87500』(-5500)

 

 透華はそれに追いつけなかった。胡桃は端から諦めた。その和了りはきっと、百江の勝利であり、同時に胡桃が軽く、笑むようなものだった――




かれこれウン年ほど創作活動してきましたが、おそらくその中でもトップに君臨しうるほどのインパクトあるタイトルで持って副将戦スタートです。
ぶっちゃけ第二回戦で一番重要な対局であり、一番盛り上がりのありそうな対局でもあります。

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