席順
東家:上重
南家:鹿倉
西家:小林
北家:龍門渕
順位
一位姫松 :164200
二位宮守 :95900
三位晩成 :70400
四位龍門渕:69500
それは、他者の目から見て明らかなほどに、異様だった。否、そこに立つのが如何な凡夫であれ、体全てが、その感覚を告げていることだろう。
姫松の上重漫、宮守の鹿倉胡桃といった、特殊な才能に準じるチカラを持つ雀士だけでなく、単なる一雀士に過ぎない晩成の小林百江でさえそれは明らかな“異質”、オカルトのような類であると判じるに十分だった。
それぞれの控え室、もしくは意識を切り替えるための休憩から戻ってきた少女たちを出迎えたのは、異様なほど冷えきった室内だった。――冷房が聞いているにしろ、それはもはや水の底、初冬の寒さを思わせるようなものだった。
ただいるにはいいが、外との温度差が、三者の体に突き刺さる。
それに慣れてきた頃には――同時に魔物が、それぞれを無情の顔で出迎えた。
「――はじめましょうか」
恐ろしいほど氷張った声で、凍てつくように言葉を吐き出す少女が一人、それは先程までの、灼熱を超える蒼の焔を瞳に宿していたはずの、龍門渕透華ではなかった。
彼女の体は、凍りついた冷気を伴うような、白い霧を吐き出して――まるで冷凍に固められた氷の彫像を思わせる居住まいで、自身の席についた。
休憩時間の間に何が起こったのか、百江は首を傾げながらもその後に続き、漫は先程から感じていた寒気の正体を知る。前半戦を終えて今より、漫は何かの違和感を感じ取っていたのだ。
同様に、思わず息を呑むのは、鹿倉胡桃。彼女自身はオカルトに属さないような、“特殊な打ち筋”によるオカルトの体現者であるが、それでも日常的に異質なそれに触れてきたことは事実、この中の誰よりも、感覚は敏い。その上で、厄介なものが目覚めたものだと――そう考えるのだ。
「……よろしくお願いします」
それでも吐き出した、胡桃の言葉を皮切りに――準備を終えた彼女たちは、副将戦二度目の半荘を始める。
――東一局、親漫――
――ドラ表示牌「{6}」――
静まり返った龍門渕高校控え室。その注目の先は透華――ではない、透華の覚醒と同時に眠りについた、瀬々の方へと注がれていた。
というのも、透華の中から何か――治水と称されるものが目を覚ました時、すでに衣がその説明を終えていたのだ。
曰く、あれは透華が生まれでた時から体の中で飼っていた“魔物”、普段はその強大なチカラ故に眠りに付いているが、時折強大なチカラ――この場合は、衣や瀬々のようなチカラから、同卓している漫のようなチカラまで。あらゆるものだ――に惹かれ、現出してくる事がある。
当然宿主である透華を傷つける意思はなく、少しすれば透華は目を覚ますらしい――のだが、瀬々の場合は事情が違った。
透華のように、奥底から生まれ出る某かを、衣が把握していなかったのである。結果、龍門渕控え室は大いに慌てふためき、阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「ね、ねぇ瀬々? なんか体が冷たいよ?」
「いや冷たいっつーか、これ、完全に凍ってるじゃねーか! こっちまで手がダメに成っちまうぞ」
ソファーに寝かされた瀬々は、ゆっくりと寝息を立てながら眠りこけている。しかし同時に、その体は動かなくなったかのように冷たい。生気というものが、感じられない。
「……これは、いや、まさか――」
衣が腕組みをしながら意識を廻す中、冷静に活動したのは水穂、そして智樹だ。智樹は自身のパソコンを操作し、体を簡単に温める方法などを探し、状況に対処しようとする。水穂は慌てる一と純、両名を宥めるように声をかけた。
「落ち着いてふたりとも! 瀬々のこれは多分オカルト的なものだよ。そうでなくともまずは智樹に対処してもらった方がいいし、衣が何かわかってるみたいだし」
本人も多少は冷静さを欠いているのだろう、その声音は安定せず、そして強い。荒い口調に、それでも一と純は一度気を持ち直すきっかけとなったのだろう、慌てた様子を引っ込めて、黙りこくった。
そうやって、ある程度状況が一定の鎮静を見た頃だろうか、考えをまとめたらしい衣が口火を切る。
「なぁ――瀬々と透華、この二人の出生がいつか……わかるか?」
純粋な問いかけ、裏付けを求めるようなそれは、本人の中で生まれ出た答えを、改めて正確にするためのものだろう。――すぐに一が返答する。
「透華は九月十日生まれ、すごくわかりやすいからね、前に調べた時にそれだけは覚えたよ」
どうやら某かのプロフィールをまとめ読みする機会があったのだろう。おおかた大きな大会の牌譜を閲覧する際のプロフィールかなにかだろうが、透華の誕生日としてこれほどわかりやすいものはない、無理もないといえた。
「あー、確か瀬々も同じだ、九月十日……前に一度聞いたはないしだと、時間的には透華のほうがあとらしい」
瀬々は自分が朝頃に生まれたらしいと語り、透華は夜頃だと答えた。それに関しては、単に記憶に付随して思い出したものを答えただけだが――それもまた衣には十分な材料となる。
「ふむ、どうやら当たりのようだな」
それからひとつ頷いて、そうして続けてまず放つべき言葉を繰り出す。
「瀬々に関しても問題はない、透華のそれと関連して、少し因果があったというだけだ」
「――それってつまり、瀬々のチカラが、透華のそれと関係あるってこと?」
「……そういう、ことになる」
そうして衣は語りだす。――それは、今よりも昔、神が人とともに在ったことから紡がれる、龍門渕の歴史であった。
――対局室――
「――ツモ! 6000オールです」
・姫松 『182500』(+18000)
↑
・宮守 『89800』(-6000)
・龍門渕『63400』(-6000)
・晩成 『64300』(-X00)
東一局の和了は、上重漫。たった五巡、電光石火の和了であった。
それはつまり前半戦での爆発は今だ健在であることを、高らかに証明するようなものであった。上重漫の猛攻は続くのだ、この半荘においても、彼女がこの卓の支配者である――はずなのだ。
しかし、そんな漫の顔はどこか浮かばない。理解しているからだ。この後半戦、突如としてこの場に、どうしようもない魔物が現れたということを。
(これでだいたい後半戦の流れがわかったかな? ……できれば飛ばないようにしないと行かないな。それに二位は守らなくちゃ行けないし――)
点棒を差し出しながら、胡桃は暗がりに浮かび上がった三方の対局者たちの様子を鑑みる。漫に意識を向けつつも、時折透華を気にしている百江、逆に漫は透華だけを完全に眼中としていた。
胡桃はといえば、思い切り体を椅子に沈めながら、さほど目立たないようにしながら三名全員の様子を確かめている。
卓の切れ端、牌と並行するような視点は、顔を下向きにしようともわかるほどに、相手の顔色が完全に臨める。
その上で、最も異様なのはやはり透華だ。――突如としてその雰囲気をガラリと変えた少女、凍えるほどの冷気を伴って、我が物顔でこの卓に座っている。
彼女の雰囲気そのものが問題なのだ。ただ強いというのなら恐ればいい。ただ不気味だというのなら畏れればいい。だがそこにあるのは見まごうことなき“魔物”の証左。心を糧にしなければ、挑むことのできない相手だ。
自分自身が持ちうる心、つまり曲がらない精神こそがこの対局には必要なのである。
ならば自分は――鹿倉胡桃はどうだろう。絶対的な精神性とまではいわない。そもそも自分自身の精神が、果たして自分の中にどれほど強さがあるのかもわからない。
(――まぁ、それでもいいよね)
別に胡桃は、自分が弱いとか、強いとか考えたことはない。個人戦ではそれなりの成績を残し、宮守は団体で全国に進んだ。一定水準の強さは得ているのである。その上で、超えない壁を感じたことは、胡桃にはない。
(私はただ……いつもどおりに、いつも以上に、闘って、闘って、闘って――勝っていくだけなんだからさ)
たとえそれが勝利でなくとも、結果であればそれでいい。
そうやって、黙して打つのが、胡桃の闘牌だ。
――東一局一本場、親漫――
――ドラ表示牌「{六}」――
いよいよ持って、世界を支配する冷気が無限に拡散していく。否、それは人々を凍えさせるようなものではない。対局室の冷房は正常に作動しているし、その表示する温度も、至って常識的なものだ。
その“冷たさ”を感じているのは間違いなく、その氷の主、透華と同卓する雀士だけだ。
もはやそれは恐怖というには些か重く、そして同時に、弾圧的だ。
誰よりもなお全能たるチカラ、神のごとき所業を伴った、暴君のそれに、押しつぶされそうになる。
もはやそこに在るのは“人”ではない。
人はこうも“表情”を失わない。人はこうも“感情”を律しない。人はこうも、何もかもを凍りつかせるような眼はしない。
ただひたすらに、苛斂であった。
そうしてそれは、激烈に、鮮烈に、猛烈に、人の座る卓上へと降臨する。
そも“それ”は、人の位置にはいないのだ。“オリ”なければ対等にならない。人はそも、本当のそれを、理解することすらかなわない。
たとえ人間が、全知のチカラを持ったとしても、それら“何か”の本質を、心の奥から理解することは、かなわないだろう。――それができるほどの精神を、人間が生成することができないのだ。
だからこそ、それは神と崇められ、畏れられ、人の世から隔絶される。神というのは如何様に、人の世にはただ在るだけで、それに近いものを掃討していく、災害が――神と扱われる所以はそこだ。
この神は、すなわち治水を伴うもの。河の流れに手を加えるような、そんなチカラを有している。そして同時に、神は全治をも、おさめているのだ。
そう、その支配は全治にして全知。すべてを治め、すべてを知るチカラ。
――龍神、そしてそれを宿した眠り姫。
それがここに座る、神じみた何かの正体である。
そうしてこの場は――そんな神が眼を覚ました、瞬間である。
冷えきった周囲の空気、照明を落とされ、いくつかのライトにのみ照らされた屋内を、まるで白の薄氷が、覆って色すら書き換えるように――
爆発的な気配は、勢い任せに広がった。
反応を見せるのは、鹿倉胡桃と、上重漫。
莫大な気配は、常に笑みに近い丸っこい表情を浮かべる胡桃のそれを完全に崩した。理解していてもこらえきれないほどに、それは膨大で、避けきれぬ、受け止めきれぬものだった。
「っぐ…………ッッ!」
同様に、漫は大きく呻いて見せた。胡桃がこぼさなかった言葉の音色を、彼女はこらえきれずにいたのだ。ムリもないことでは在る。あくまで漫は、少しだけ特殊な“特徴”を持つ、一介の雀士に過ぎないのだから。
「…………チー」 {横435}
それは、ただそこに鎮座するのではない、動き出せば、上重のそれが、単なる児戯にしか思えなくなるほどに、爆発的な加速を持つのだ。
(――ここからが本番、やで)
――漫手牌――
{
(七対子テンパイ、さっきみたいに四暗刻まで行かへんかったんは残念やけど、一日に三回も役満テンパイしたら心臓が死んでまう、ここは無難にいくんやで)
――透華手牌――
{二⑧9西七北}
{中7}
(ちょっと捨て牌が変やけど、中に安くて外に高い、チャンタとかそんな感じに思えるけど、泣いたのは{345}。手のいい状況から鳴いて三色テンパイ、やろか)
{北}と{中}を落とす前、{七}切りは気になるが、現状それに最も警戒を向けるべき{八}が手牌に収まった。故にこの手牌――全く引く理由が、存在しないのだ。
(どちらにせよ{4}はわざわざ鳴いた牌、筋でそれなら……当たる可能性は殆ど無い。それにもし、例えば{3445}みたいな形から雀頭にするために鳴いたのなら、この牌はもう、山に一枚も残っていないことになる!)
攻める理由はごまんとある。引く理由は驚くほどない。今の自分がとにかく昇り調子である以上、透華の様子が今にも人の形を崩しそうなほど不可解である以上、この手は、とにかく攻めなければ――終われない。
(行くで!)
漫/打{4}
「リィー――――」
「ロン」
気がつけば、振りぬかれていた。
透華の右手が、牌を倒していた。
・龍門渕『75700』(+12300)
↑
・姫松 『170200』(-12300)
(――な、に?)
自分に起こった衝撃を、己に奔った痛烈を、漫は呆けて、そして理解する。その間数瞬、まるで唐突な衝撃によって宙を待ったかのような漫の眼界に、龍門渕透華の瞳が映った。
倒した手牌、それを起こした右手――それに呼応するかのように、大きくうねる金の髪。
それは――異様なほど冷たく。そしてまた、言葉も出ないほどの、劇物だった。
――透華手牌――
{4666白白白發發發横4} {横435}
(……は? なんや、その待ち。いや、いやいやいやいやいや、ありえへん、絶対これはありえへんって。これつまり、面前と小三元と、その他もろもろ、全部捨てて、鳴いたんかいな!)
三面張で、この捨て牌ならば、そのうち誰かが出すかもしれない。安めでも、跳満はほぼ確定的なのだ。リーチまでかけて、倍満を確実にするのが常道である――はずだというのに。
その上で、小三元を残さないことは選択肢だ。しかし、すでに完成していた{345}を捨て、{4}単騎での待ちなど、普通の人間が打つ待ちではない。それこそ本物の魔物が行うような、不可思議な御業の一つでしかないのだ。
(――これが、龍門渕透華? いやいや、さっきまでとは全然ちゃいますけど、それでも……これが、これがホンマモンの、バケモノかいなッッッ!)
間違い用もなく、龍門渕透華はそこにいて、跳満和了の点数申告をして、直撃させた漫へと向けて、何がしかの目線を向けて、佇んでいるのだ。
麻雀を打ってきて、強いと思う相手はいた。どうしようもないほど強い相手はいた。それでも、漫は自分が負けるつもりなど毛頭ないから、こうして勝って、時には同しようもないほど強い相手を、地につけてきたのだ。
それでも、――この少女は、無理だ。本物のバケモノは、得体のしれない透華という何かは、目の前にいて、そして同しようもない現実を、漫に突きつけてくるのである――
――東二局、親胡桃――
――ドラ表示牌「{八}」――
(……おやぁ、テンパイかぁ)
――百江手牌――
{
先ほどの和了、異常な和了りであることは当然として、それでも随分と静かに進行した。迷彩と撹乱、それがうまくハマった以上、透華のチカラが、表立って猛威を振るうことはないのだ。
そうである以上、むしろ百江は、透華の異常をその場にいながら、実感持って接することができずにいるのだ。
その上で、九巡目でのテンパイである。速度は十分、手牌から見ても、単なる三翻では些かもったいないような手だ。ツモれば実に四分の一近い確率で裏が乗りハネマンとなる。それを考慮するのなら、この手はリーチ以外の選択肢はない。手変わりもないのだから当然だ。
更に打点を望むのなら{七}を掴んでフリテンでリーチをかけるかというところだが、それはさすがに百江の信条に反する。わざわざそれをする必要性もとにかく薄い。
(いやまぁ、周りが龍門渕さんを気にしてるのはわかるけどぉ、でもなんか、そこまで気にする程でもない気がするんだよねぇ。なんでだろぉ)
――透華捨て牌――
{北1發3七①}
{白9}
(やーまぁ、リーチかけるための牌が安牌輩っていうのもあるんだろぉけど、この捨て牌に、何ら恐ろしい部分があるようには思えないのよねぇ)
むしろこの状況でこの捨て牌、親番の胡桃がリーチをかけない以上何とも言えないが、かなりリーチをかけやすい環境だ。だからこそ、百江はむしろ透華による後押しを受けているような気分になる。
(むしろぉ、こっちが気になってるのはぁ、そんな龍門渕さんに対して百面相してる姫松さんと宮守さんなんだよねぇ)
滑稽だと、面白がっているのではない。むしろその輪の中に自分が加わっていないという事実がどうしようもなくしこりになっているのだ。
百江の強みは防御力、影が薄くてなんぼのものではあるが、それでも、蚊帳の外というのは、些か寂しい。
(だいぶ失点も重なってるしぃ、やっぱりここはぁ――攻めていくしかないよねえッ!)
「――リーチ!」
百江/打{2}
龍門渕透華、今の彼女は確かに異常なのかもしれない。それでも、百江はそれを気にするつもりはないし、もし自分がそれを理解できないほどの格下なのならば――引っ掛かりはあるがまぁ――納得しなくもない。
その上で、このリーチが、手のひらの上なのだとすればそれでもいい。ようは最後に勝利すること。そのためにすべき自分の仕事は何よりも――副将戦前半で積み上げられた異様な点棒、絶望的な点差を、少しでも埋めること。
透華/打{3}
胡桃/打{二}
透華はさして語るものはなく、胡桃は、現物。{一二三}を作るときに切り捨てた牌。
漫/自摸切り{東}
こちらは現物をツモで引き寄せたようだ。テンパイしているのなら攻めているのだろうし、やもすれば現物といえる現物がないのかもしれない。たとえば透華の手牌が、漫の視点では恐ろしく映っている――かもしれない。
ならば、こそ。
――漫/打{七}
「……ロン!」
・晩成 『72300』(+8000)
↑
・姫松 『162200』(-8000)
百江は声を大にして叫ぶ。その叫びが、自分のものであることを信じて。
続く東三局、この親番でもまた百江が和了する。リーチ後の一発こそ透華の暗槓に潰されたものの、それがなければ六翻の和了り、ハネマンであった五翻での満貫和了。
そして一本場では、鹿倉胡桃が和了を見せた。明らかな染め手に見せかけた通常の手牌に、上重漫が振り込んだのだ。ここまで、異様なほど透華は沈黙している。――否、沈黙以外の何がしかは為されていたのだ。それはただヤミに沈んで、淡い蒼の氷が支配する、情景に溶けこみ消えていただけ。
――気がついているのは、そも胡桃を除いて他にいない。
そんな彼女が和了して次局。ついに龍門渕透華が、前進を始める。
――東四局、親透華――
――ドラ表示牌「{2}」――
ここまで、大きく流れはうねり始めた。気がついているだろうか、上重漫は。――おそらくは、違和感は抱いているだろう、がしかし、彼女はごくごく一般的な打ち手だ。特殊なチカラとそれに伴う感覚があれど、そこを理解する程の経験が薄いであろうと、胡桃は考えている。
(これまで、この半荘の進行はかなり特徴的だ。親番のストップこそ龍門渕の人がやったけど、それ以外は他家が漫への直撃させている。――そのどれもが、龍門渕の人を警戒した結果のことだ)
――漫の手が止まっている。ということではあるだろうが、それこそ透華の支配によるもの、胡桃にも、百江にも、とうの漫にも手を加えることのできないような領分だ。
どうしようもならないのなら、ならないなりに手を打てばいい。東三局、透華は百江の和了を、一発消しで満貫にとどめただけで、無理に止めようとはしなかった。
(やっぱり目の前のこの人は今、間違いなくバケモノだけどさ、それでもどうも、不安定な感がある。それだけ上重が異次元だってことなんだろうけど)
どうにも上重漫の爆発力は特殊なチカラの中でも上位に位置するようなものであるようだ。だからこそ、同等クラスの異次元であるような透華は、どうにもそれに対応しきれていないようだ。
そうでなくとも、それ以外の違和感がどこかにあるように思えるが、しかしどうにも、胡桃はそこに辿りつけずにいた。
ともかく答えが確定的である以上の意味は無い。そう、あくまで状況は、上重のチカラが弱まったことにより、透華の主導であるとはいえ、ある程度和了に余裕ができたということだ。
特に東二局での和了りは、透華を警戒しすぎたがゆえの漫の振り込み、透華を隠れ蓑とした横合いからの攻撃が可能となっているのだ。
(だとしたら、それこそコッチにとってはチャンスなんだけど……それを龍門渕が許してくれるとは思えない――よね)
とはいえ、その状況がこの親番ではガラリと変わる。ラス親とはいえ、透華に残された親番は二度、それを鑑みれば、素直に和了までこぎつけられるとは思えない。
(だったらもう、犬に噛まれないようにするしかない、かな?)
そんなつもりはないことを、もっともらしく心中で語る。
(利用できるものは出来る限り利用する。この状況で最も削るべき相手が私じゃない以上、まずは見させてもらうよ、そっちのやり方を、ね?)
ここで透華が動き出すというのなら、それは自分にとって不足となることはないだろう。上重の点棒は健在、故に透華の狙いは当然漫に向くということになる。
だからこそ、真っ向から向かい来る、透華の様子を横から臨む――
広がりきった薄氷の上、少女はそこに立っていた。
水を治める。それは果たしてどのように映るだろう。――静かで、無道で、そしてなおかつ、その存在を“知らしめている”ものであろう。
だからこそ、それは例えば水を
(とりあえず……手が重いのはしょうがないかな。まるで何かにまとわりつかれているみたいに)
――胡桃手牌――
{
四巡目からの手牌、可もなく不可もなく。目にするべきはメンツの無さ。手は完成に近いとはいえ、それが実際に芽を出すまでにどこまでかかるかわかったものではない。
典型的な“押し負ける”手牌。無論追いつくこともないではないだろうが、麻雀は和了るよりも和了られることのほうが多いゲームだ。当然和了れない場面のほうが多くなる。
――透華捨て牌――
{9⑧四東}
通常で考えれば、ここで胡桃が切るべきは{5}。速度が欲しいなら、それ一択だし、手牌の広がりはむしろ、{八九}を落としていくような選択肢も十分考えられる。
しかし、胡桃はここで{四}を切る。安牌であるからだ。龍門渕透華は、未だその底が見えない。ならばここは、その底に迫るようなことはしない。攻めを残すにしても、あくまで防御に特化した攻め。――小林百江も、このような打ち筋を見せるだろうか。
――とかく。
(足を前に進められないわけじゃない。何かに塞がれているわけでも、縛られているわけでもない。早海先輩も水の人だけど、あの人は決して水“そのもの”じゃない)
目の前に立つ少女、龍門渕透華とは今、なんであるか。水を支配するものである。ただ、それだけだろうか。はたして彼女は、単体として支配者のなかで完結したものであろうか。
否、そうではない。
臼沢塞のように、何かを塞ぎ、遠ざけるようなチカラではない。
五日市早海のように、何かを閉ざし、縛り付けるようなチカラでは、ない。
龍門渕透華は、そう――
(――龍門渕透華は、水、そのものだ)
「――ロン」
直後、どこまでも透き通るきらめきを伴ったかのような、そっと短く、しかし響くような声が辺りに散らばった。まるで水が吹き上がるかのような飛沫であるように、佇んでいる。
――透華手牌――
{三四五③④⑤⑧⑧22234横5}
漫が振り込んだ先。
それが、透華の和了に繋がったのだ。糸と糸を紡ぐように、水流が、また別の運河に合流するように。――取り込まれて、行くように。
「……18000」
(――今度は、速さかッ!)
・龍門渕『89700』(+18000)
↑
・姫松 『132200』(-18000)
まさしく水のごとく、変幻自在に姿を変えて、――まさしく玄人のような渋い打ち筋から、他者の誘導、そして高火力の強襲。あらゆるものを利用して、他者の動きを支配する。
――波のゆらめきを、極端に嫌って、押さえつけようとしているのだ。
龍門渕透華、水神は自身が望む身勝手な支配のために、最大の障害を、打ち破らんとする。
続く、一本場。
――透華手牌――
{1234455667789横7}
「――24300」
・龍門渕『114000』(+24300)
↑
・姫松 『107900』(-24300)
自身が思う最高のために――龍門渕透華が、その手を、振るう。
冷やし透華本作ヴァージョン。
瀬々となにやら関係があるみたいです。