――東四局二本場、親透華――
――ドラ表示牌「{八}」――
(一緒に座っていて、わかったことが在る)
ただモニター越しに映像を見ていてはわからないようなこと。ただ牌譜だけを見てもわからないようなこと。それは実際に共に座って“実感”できるようなことだ。
無論、形の上では解っていたことを、――第三者の視点から理解することはできても、それを実感によって“納得”にまでもっていくことができるということもある。
それらを統合し、対局者に対する“対応策”を作り出す。胡桃の打ち方はそれが出来る程度には柔和であった。だからこそ、目の前の存在は胡桃にとって踏破されるべき壁であり、乗り越えられるべき敵であった。
龍門渕透華、彼女の猛攻と、それを受けた漫の対応。そこから見つけ出した少しばかりのほころび。打破することはできずとも、一瞬であれば上回れるような、足元の隙。
(――姫松の爆発が圧倒的すぎて、それの“支配”に対して全力を傾けすぎていること)
通常であれば見上げることすら困難な実力差すら“反転させる”ほどの爆発力を持つ漫の最高潮。それこそ漫が本来であれば、食らいつくことすらできないはずのバケモノ、龍門渕透華の中の何かに対し、あくまで一対一の形にもつれ込むこととなる瞬間。
無論その一対一の結果は惨憺たるものではあるがそれでも、水を支配する神であろう透華が、漫の支配にばかりかまけ、胡桃や百江に何もできていないことからも窺い知れる。
それを利用できるような状況ならばともかく、間違いなく透華は、自身の出和了りだけを前提に手を進めている。そのために、ここまでの親番、透華は速度で漫をねじ伏せる他になくなっているのだ。
(さっきの和了りで、よーやく姫松がここまで降りてきた。だからもう、神様の好きなようにはさせないよ――!)
――胡桃手牌――
{
手牌にまとわりつく何かが在ることくらいはわかる。それによって、本来であれば好調なはずの、胡桃の手牌が淀んでいることも、またわかる。
胡桃は支配というものがいかなるものか、よく知っている。――ウン年来の付き合いとなる幼馴染がそうであるように、去年の終わり、麻雀部の輪に加わった先輩の一人がそうであるように、胡桃の身近には、それに特化したチカラの雀士が多くいた。
(支配を受けた時の心得その一! 思い浮かべる最善のツモは、絶対引っ張っては来れない!)
――胡桃/打{中}
鳴いていくことを考えるなら、まず第一に切るべきは{西}であることは間違いはない。字牌を捌いていくうえで、まず必要なくなるのはオタ風の牌だ。
それをわざわざ残して、胡桃はまず第一打を{中}とした。わざわざ他に切る牌はあるだろうに、役牌を最初に落としたのだ。初心者のブレならばともかく、胡桃は手堅い打ち筋に定評のある類の雀士である。
続くツモは{北}、これを手牌に加えて、{發}を切る。鳴くものはいない。どころか追従するように、百江が手牌から{發}を落とした。タイミングだと見て取ったのだろう。
とにかく守りを第一に考えながら、それでも決して和了を放棄しない打ち筋。これは胡桃にも共通する項だ。前半戦に見せた“切るつもりがないのだから、重なるまで持つ”という選択は、おそらく百江も取っていくことだろう。
(心得その二! 重なった字牌は最期まで抱える。暗刻になることもあるし、手牌が悪い時はチートイツ前提だから、無駄にはならない)
胡桃/ツモ{西}・打{北}
わざわざ役牌と入れ替えた直後に、{北}は切りだされてしまった。一つでも有効な牌を引けばそのまま切り出される牌であるということは、事情がいかに特殊であろうと変わらない。後に切ることを“前提として”、胡桃は{北}を手牌にのこしたのだ。
必ずどちらかの字牌が対子になるという確信があったからこその、打牌順。他家にはこの打牌がどう映るだろう。モニターの向こうでは、一体どのように語られているだろう。
気にすることはない、あくまで胡桃は透華の隙をつこうとしているのだ。そのために必要なのは、舞台の上で踊る資質ではない、舞台を根底のところから、一切合切ぶち壊してしまう才能だ。
百江/打{⑨}
透華/打{東}
(――ついでに言うなら)
――胡桃手牌――
{
(これも、いらないっ!)
胡桃/打{二}
(こないだ藤白プロが言ってたけど、筋対子だっけ? 片方自摸れればもう片方も自摸れるかもしれない、そう考えるとこれが待ちとして最善になるよね。テンパイまで行けるといいなぁ)
胡桃/ツモ{六}・打{一}
透華に食ってかかりながら、自分自身の和了は目指す。それがあくまで必要なものであり、それ以上は臨むべくもない。水神が漫への支配で手一杯であるという隙は当然があるが、そこまでその隙を、付ききれるとは思えない。
(さて――と)
胡桃/ツモ{⑨}
(とはいったものの、この{⑨}は抑えておく、真ん中残すと、あとが怖いから、ね)
胡桃/打{六}
打牌の選択にはいくつかの理由が用意されるが、その中でも特に、この{⑨}は何かが胡桃をかすめたがために、こうして手牌に残されることとなったのだ。
その何か、今はまだわからずとも、自然とわかる時が来る。
それは胡桃の中にある、オカルトに敏感な“感覚”によって生まれるものに、他ならない。
数巡後、漫の打牌。
漫/打{⑨}
そして百江の自摸切りを挟んで、透華、手出しで{⑧}を打つ。瞬間、漫の顔が苦々しげに歪み、稲妻のような衝撃が、胡桃の脳裏を駆け巡る。
衝撃に、意識がハッと、そちらへ向いた。
――透華捨て牌――
{2九4東發3}
{五白⑧}
(……ちょっとわかりにくいけど、これチンイツかぁ)
序盤に必要のないヤオチューを払って、更にその後役牌を払う。{東}から字牌をさばいていることもポイントだ。{發}は安牌として残しておく算段が在ったのだろう。ちなみに{白}は自摸切りだ。――それはあくまで通常の人間の思考ではあるが、とかく。
そうしてそこから見えてくる卓上の状況。端的に表せば、それはまず透華のチンイツテンパイが、漫を狙ったものであるということ。
(チンイツテンパイから直接出和了りを狙いに行く――この状況を鑑みれば、龍門渕の人は、きっと私を利用して攻めに来る)
おそらく漫の手牌には安牌がないだろう。{⑨}を落とした直後にこのテンパイ気配、嫌な顔をしているのだからよく分かる。
その上で、考えるべきは透華が、漫からいったい何を引き出したいのか――だ。
胡桃ツモ/{四}
(ここを掴ませてくるのかぁ、ってことはつまりだよ? これを切ることで、姫松が切りやすくなる牌があるんだね。例えばここの筋――{一}とか、{七}とかかな?)
どちらにしろこの{四}はほぼ間違いなく通る。わざわざ通すために透華が掴ませたのだから。だからこそ、胡桃はこれを切らずに手を進める。
(この状況、龍門渕さんが“絶対に切ってほしくない牌”っていうものが在るはずだ。それは例えば現物の{⑧}そして例えば――――
漫の打牌は{⑨}、場には二枚の{⑨}が見えていて、残る二枚のうち、一枚は胡桃が持っている。ならば最後の一枚は――? 透華ではない、漫が持っているのだ。
(これは私の推測だけど、姫松の人は{⑨}の対子を落とそうとして、その最中に{⑧}を落とされたんだ。つまり、落とそうと思っていた{⑨}が、危険な染め手の裏筋になって、切れなくなってしまったとしたら――!)
――胡桃手牌――
{
(この{⑨}は、間違いなく通る牌になる――!)
もしも最後の{⑨}を透華が待っているのだとしたら、胡桃は跳満以上の直撃を受け、大きく点棒を失うことになる。ハイリスクな賭けだ。しかし同時に、そこから生まれるリターンもある。
上重漫は、すでに多くの失点をした。自分自身の得点のなかから、その失点は補えるとしても、もうかなりの疲労が溜まっていることは想像に難くない。
――ならば、
(もうここが引き時だ、水神様――! もひとつここで、眠ってくれないかな!)
振り上げた右手に、透華の視線が重なる。表情はない、神に、人が浮かべる表情が、理解できるはずがない。――当然、その逆もまた然り、胡桃は透華がこの打牌を、どう見ているのかはわからない。
それでも、それだからこそ、迷うことなく、躊躇うことなく、打牌した。
――胡桃/打{⑨}
勢い良くたたきつけられたそれは、空気を引き裂き、そのヒビ、白煙の渦をまとって降り落ちる。鈍い音が響いた。卓は揺れ、牌が乱れて――飛沫が跳んで。
胡桃の視線の先には、透華が在る。
(……和了る?)
その視線の問いかけに、透華は――手を――
同時に漫がほっとしたような息をついて、ツモ、すぐさま{⑨}を切り出す。胡桃の打牌直後、百江が驚いたようにしながら、それでも冷静に安牌を切って、オリの姿勢だ。
そうして透華の打牌、自摸切りの――牌。
――胡桃/ツモ{四}
(裏目の結果が、これか――!)
最善とも言えるツモ。支配に抗ったからこそのツモ。当然透華の現物、{⑧}を切ってテンパイにとる。
(相手は、水神、水を統べる神。けれど――世界のすべてを覗けるわけじゃ決してない)
そこにいるのは、いま胡桃が真っ向からぶつかっているのは、間違いなく本物の魔物だ。オカルトの一端をその身に宿した程度では、決して辿りつけない現象の結果。
圧倒的だからこそ、きっと“それ”にはわからない事があるはずだ。
(安堵して、けれども緊張を解かず打牌を選ぶ姫松の感情)
上重漫の世界を――
(緊張を常にまとって、油断なく、手牌を進める晩成の感情)
小林百江の世界を――
(そして何より――)
――鹿倉胡桃の世界を、神が理解できようはずがない。
(人の世界を理解できない、しようとしない存在が、ここに座る資格は――ないんだよ!)
たとえそこにある魔物が全治の支配を体現しても、全知の知恵を体現しても、人の心は理解できない。人の心によって生み出された。胡桃の待ちは、理解できない。
――だから、切る。躊躇うことなく、それを切る。
――透華/打{三}
「――ロン!」
その一声で、世界は動き出す。
神の瞳が――透華の中に宿った何かが、一瞬揺れた。驚愕だろうか、怒りだろうか――それともはたまた、人の身で、神に牙を向けようとする、胡桃に対する好色の笑みか。
そんな透華の変化とともに、胡桃の和了を、漫と百江が、盛大な驚愕で持って受け入れて――
「……6400は――7000!」
・宮守 『100800』(+7000)
↑
・龍門渕『107000』(-7000)
第二回戦副将戦、卓の上は大いに揺れた。波間も、爆炎も、すべてがそこから吹き上がり――消えていった。長かった嵐もようやく過ぎ去り、その卓には、静かな平常が――訪れようとしていた。
♪
水面だ。あまりにも静かで人の気配を感じない、黒く、深く、そして寂しい海の底。
渡瀬々はゆっくりとその中にある自分を感じ取る。ここはどこだろう、そんな疑問には、自分の中だという答えを受け取った。感覚は告げる、ここは渡瀬々の心の奥底、海は彼女の心象風景だ。
なぜ? 自分の心に、水面が映るのは理解できる。水面は鏡、自分という光を還す影。しかしそこに、なぜ海という要素が加わるのだろう。海は揺れ、そしてその姿をいかようにも変える。
果たして人の心とはそうも簡単に揺れ動いていくものだろうか。――否、そんなはずはない。自分の中の答えをまとめる。その上で、悩むというファクターがある以上、ただ答を出すだけではいられない。
だからこそ、それが海である訳がわからない。答えもない、人の心を、瀬々は知るすべはない。かつて瀬々が答えを失った時、瀬々は答えを支えとして再び起き上がった。しかし瀬々の精神は膨大で、自分の心にすら、すがる必要はなかった。答えに対する忌避感の排除、それこそが瀬々のもたらした、自分への変化だったのである。
海、心の中に張り付いた風景は、まさしくそれを表している。海の底、自分はそこに果たしてどうしているのだろう。閉じ込められているのだろうか、それとも閉じこもっているのだろうか、ただ住処としているだけだろうか。
多くの考えが浮かんで、しかしどれも答えの感覚を震わせない。答えはすでに出ているのだから、考える必要は、本当はないのだから。
なぜ? なぜ? そう考えているうちに、ふと自分の中である考えがよぎった。――自分ではないだれかが、自分の心の底に巣食っているのではないか?
それは、思いの外すんなり自分の内へ腑に落ちた。
それも決して悪い風ではなく、暖かく、そして委ねるような心中だった。
(――悪くない、かな)
不思議とそれは、決して不愉快ではない感覚だった。意外なものだ、生まれてこの方、ほんとうの意味で心を交わらせた友人もなく、八方美人で過ごしてきて、そんな自分が、それを甘受して受け入れるというのは。
(ま、そこまであたしの心も、擦り切れてはいなかったってことかな)
夜の海、何も見えない黒の底。しかし、そこから浮かぶ水面はどうにも、ゆらめき光を伴って、自分自身を祝福するかのようにただ在った。
人の心が、影の部分がぶれて崩れて、それはきっと誰かの思いを受け止めているのだろう。
心の波は決して穏やかではない。神がどれだけしばろうと、それだけは絶対に変わらない。
(流れて、落ちて、流されて、それでもあたしは、こうしてそこに――たどり着いて、いるのだろう)
夢をみる時間はもうおしまいだ。自然とそう考えて、まるで空からゆっくりと下降するように、沈んで、消えて、溶けていく。
――一瞬だけ、意識が完全に心から溶けた。記憶の空白が、生まれてそして、どこかへ消えた。
光の眩しさを瀬々は感じる。
ここは、どこだろう。オレンジ色の光が、青い空を照らして染めている。――きっと夕方だろうと思って、その光の先には、誰かがいることに気がついた。
(――だ、れ?)
疑問。
感覚が答えた、すぐに瀬々も理解した。
「……ころも」
海の底から帰還して、海の底に寄り添って、そこには天江衣が、佇んでいた。
――見慣れない室内だ。きっと自分にとって特別な場所なのだろう、違和感がまず浮かんで、それから答えの理解を受け入れた。
(いつの間に、眠ってたんだろう)
記憶を手繰り寄せながら、部屋を見渡す。中はさほど広くない、けれども、人が一人クラスには十分だろうし、ソファーが三つ、それぞれモニターの前に設置されている。
まず目のつく先、自分はどうやら寝かされていて、その隣に衣が座っているのだろう。
衣の姿は堂々としていて、それこそすべてを受け入れる海のような度量を持ち合わせているように思えた。これはいつの日か、アン=ヘイリーに見たカリスマと、同様のものだろうかと瀬々は思う。
「――おぉ、瀬々!」
そうやって、周囲を確かめているうちに、衣も瀬々に気がついたのだろう、笑みを大きく輝かせて、起き上がろうとする瀬々の肩を持つ。目をこすりながら瀬々は起き上がって、それぞれ――透華を除く龍門渕メンバーの顔を確かめる。
(今は――そうか、副将戦か)
時刻は夕方、太陽と、月が支配をすり替える時。ちょうど副将戦が終わろうかという時間帯で、透華がいないのもそのためだ。
「良き目覚めかな? 瀬々、深い眠りだっただろう」
「……ん、いや、どうだろうな、なんか変な夢を見てたんだけど、正直頭のなかが未だにぱっとしないんだよ」
「如何な夢であろうと、いい。瀬々は今、何がしかの感傷を得たはずだ。それを忘れないように、それを胸に秘めておくように、ゆめゆめ忘れぬようにな?」
衣の言葉は、どうにも瀬々を惑わせるばかりだ。それもこれも、瀬々の理解の及ぶ場所に、衣は目線を置いていないためだろう。神だとか、オカルトだとか、瀬々にはそんなことさっぱりだ。
「というかさ、私が寝る前に、確か透華が三倍満に振り込んでた気がするんだけど、どうなったんだ?」
「ん、見よ……残念ながらもう面白みはないが、これはこれで麻雀らしい戦いだぞ?」
面白み、一体何のことだと瀬々は嘆息しながら、自身の目前にあるモニターへ、ようやく意識を移す。そこでは透華が映っていた。――彼女は、自信たっぷりの笑みを浮かべて、そこにいた。
――南三局一本場、親百江――
――ドラ表示牌「九」――
気がつけば、半荘が終わろうとしていた。どうにも状況が追いつけないが、それでもどうやら、対局事態は続行されていたらしい。――一体誰が自分の代わりに麻雀を打っていた?
周囲の目のほとんどがどこか怯えを抱いている。何かが在ったのは間違いない。自分の代わりに麻雀を打った何か、それが大暴れしたのだろうことも、想像に難くない。
事実だろう、点棒の推移を見れば、それはしれた。
――順位。
一位姫松 :105200
二位宮守 :104700
三位晩成 :99000
四位龍門渕:91100
あれだけあったはずの姫松の点棒が、すっかり綺麗サッパリ消え去って、龍門渕透華の失点も、小林百江の失点も何処かへ消え失せてしまっている。
それを見て、透華は思わず何とも言えない、苦と楽を併せた複雑な表情を浮かべた。無理もない、この状況は喜ぶべきことで、しかし目立ちたがりの透華が、自分の活躍の機会を、他でもない自分自身に奪われたのだ。心中察してなおあまりある。
(こ、こぉんな結果、断じて認められませんの……私が! 私が、よもや私に見せ場を奪われるなど……! あれ? 私は一体何を言っているのでしょう)
憤慨と、それから困惑と、目を覚ました直後の状況に対する、透華の混乱が直に周囲へ伝わっていた。何かが終わった、というのは気配からしてわかることでは在るのだが。
(普通の麻雀が、戻ってきたわぁ。……でも、どっちにしろぉ、めんどくさい相手では在るしぃ、姫松さんのあれも終わっちゃったから、あんまり嬉しくないよぉ)
守りに徹しながらも、機会さえあればここぞとばかりに高打点を叩く、そんな打ち筋で、なんとかここまで点棒を持ち直したものの、それでも状況が切片していることには変わりない。
とりあえずの目標は、できうる限り、この小さな点棒差で大将のやえにバトンを繋ぐことなのだが……
(まずは字牌から、――多分、ここで切らないと切るタイミングがないわぁ)
――百江手牌――
{
美味しいツモではある。それを踏まえても、先へ進みたい手ではある。百江は守りの雀士であるが、副将という立場は、攻めに転じなければならない状況を大いに必要とする場所でも在る。
百江/打{發}
「――ポン!」 {横發發發}
覚悟を決めての、第一打、その直後だった。先程まで、手牌を眺めて困惑を強めていたはずの透華が、一瞬にして目つきを鋭く尖らせて、声高らかに副露を宣言した。
一瞬のこと、途端に気配を取り戻した透華が、牌をもぎ取り、自身の手の中へと納めていく。
(……特急券――――ッ!)
(――やっぱり戻ってくるかぁ、ま、そうだよね)
胡桃はそんな透華と百江のやり取りを観察しながら、わかりきったことだと納得して頷く。無論そこには半荘二回分の経験が、それ以上に公式戦にて残された牌譜の記憶が裏付けとして現れている。
目の前に座っている少女の中で、百江と透華は特に公式戦の牌譜が多い。研究材料は、多く在る。
小林百江はとにかく守りに特化したタイプで、手堅いデジタルが特徴的だ。けれども、それ以上に彼女を彼女たらしめている言葉を昔、百江はインタビューの際に答えたことが在る。
――最初に役牌を切っておいたほうが、後で安牌にできる、と。
単純に、ただ守るために打牌を選ぶのではない。最初に攻めるべき道筋を決めつけて、そこからこぼれ出た牌は、後に守りの要として利用する。
そうすれば、どうだろう。攻めてよし、守ってよしのハイブリットが、打牌の癖から見えてくる。
逆に、龍門渕透華はとにかくスタンダードなデジタル特化だ。速度を信条とするネット麻雀などで主流な牌効率再優先主義。そこに独自の理論からくる他家への嗅覚と、普通では考えられないほど、派手な和了りが好きだということ。
彼女のデータを見て最も驚くべきことは、そういった派手な和了りを狙うためのセオリー外な打ち筋が、結果として彼女の成績を上げているのだ。ある意味始末におえないものがある。
どちらも、デジタルとしてある種完成された粋にいながら、デジタルだけでは測れない“魅力”のようなものを持ち合わせているのだ。
(その点私は、ばかみたいな爆発力もないし、とにかく地味なんだよね)
胡桃は嘆息しながらそんな風に考える。しかしどうだろう、嘆息を浮かべる胡桃の顔は、しかし小動物のような丸っこい笑みが張り付いている。生来のものとはいえ、それはあまりにも、彼女の風采を見栄え良く整えてならない。
――自負であると、そう見えるのだ。
(だからまぁ……今は自由に和了るといいよ? でも全部が全部、好きにさせてあげるわけじゃ、ないんだからね?)
「――ロン! 役牌ドラドラの3900は4200、点棒マシマシで払っていただきますわよ!」
・龍門渕『95200』(+3900)
↑
・晩成 『94700』(-3900)
――和了宣言。如何な守りの天才といえど、速度で安牌を見失ってはどうしようもない。電光石火、四巡目の出来事であった。
――オーラス――
――ドラ表示牌「{2}」――
続く親番、波に乗った透華は、たった三巡にしてリーチをかけて勝負に出た。
――透華手牌――
{三四五八八八①②③66北北}
単なるリーチのみのゴミクズ手、しかしそれも、たった一巡で、大きく姿を変えることが、できないはずは決してない。
「――ツモ! 裏がのりましてぇ…………4000オールですわ!」
「ひゃえ!?」
・龍門渕『107200』(+12000)
↑
・姫松 『101500』(-4000)
・宮守 『104100』(-4000)
・晩成 『90700』(-4000)
これに、漫が思わず声を漏らした。
(う、一発……? 心臓に悪いわ、っつーか、全然追いつける気がしーひん、なんやろ、ウチってこんな弱かったやろか)
――単純に自摸れないのであれば、それを気にして注意力を散漫にさせない限り、それは本人の落ち度ではない。とはいえそう考えられないのが麻雀の良いところであり、悪いところだ。
これこそ、本当に嘆息として、漫から抜け落ちていくものだ――
そして、一本場。
(さぁ、さぁさぁさぁ! 一気に弾んできましたわよ!)
――透華手牌――
{
(カン、ペキ! だいぶ調子もあったまって参りましたし、ここは一気に勝負に出させていただきますわ!)
自分が目立てるというのなら、その打牌がデジタルで、あろうとそうでなかろうと、透華は自身の打ち方を信じる。前を向いて、先を見て、心を束ねて、一歩を進める。
自分ではない誰かが、自分を上からくらおうとも、どれだけ深いヤミの底へと引きずり込まれようと。黒に呑まれるその瞬間すら、龍門渕透華は変わらない。
人の心が、単なる河の流れのように、変質し続けるものではないように。心がそう単純に、その根底を帰ることがないように、
龍門渕透華は、迷わない。
――透華/打{②}
「リーィチ! ですわ!」
――それこそが、この対極の全てであった。
猛進し、すべてを蹴散らす無類の獣に――
――待ったをかける、大世界の小さな小さな一人の童。
「――うるさいそこ!」
響き渡る声。
「リーチをかけるにも、もう少し静かにしてくれないかな」
それに透華は、怪訝な顔をして眉をひそめる。――嫌悪しているのではない、警戒でもって、状況を静観しているのだ。ここまで黙して語らないことを信条としていた少女の、そんな小さな自己主張。それが果たして、単なる忠言にとどまるだろうか――
否。それだけでは、ない。
「それに、そのリー棒もいらないよ」
同時、手牌を倒して。
「――ロン」
宣言を伴う。
「タンヤオチートイは、3200の、3500」
そうして胡桃は、漫と、百江が見守る中で――
――上重漫:一年――
――姫松高校(南大阪)――
――101200――
――小林百江:三年――
――晩成高校(奈良)――
――90800――
「これで副将戦終了――だよね?」
足を止めた龍門渕透華へ――
――龍門渕透華:一年――
――龍門渕高校(長野)――
――103800――
――言い放った。
――鹿倉胡桃:二年――
――宮守女子(岩手)――
――104200――
副将戦終了です。くぅ疲。
ところでこの話、もう四十話になるわけですが、このたびどうやらお気に入りが300件を超えたみたいです。
それ自体はありがたいことなのですが、前作のそれと比較してみるとえらい成長ぶりです。
なぜなんでしょうね? 完結させた補正があるのか、それとも純粋なクオリティの向上なのか。
後者だとうれしいので後者だということにしておきます。