――東四局、親蘭子――
――ドラ表示牌「{發}」――
「ノーテンやわぁ」
――蘭子手牌――
{六七八②②⑥⑥東東西西中中}
「テンパイだ」
――衣手牌――
{八八八②③④3333678}
「……ノーテン」
――白望手牌――
{三四五九九③④245東西中}
「ノーテン」
――やえ手牌――
{六六六七七七②⑥24東西中}
――龍門渕控え室――
『――流局ッ! 東四局は静かな進行、静かな終局! これで前半戦の東場は終了! トップは龍門渕で折り返し――――ッッ!』
「全員手牌キモいな」
「いや、それはさすがに身も蓋もないと思うよ」
流局直後、純がなんとも言いがたい様子で呟いた。ポロッと漏れでたようなそれに、一が苦笑気味にそれに反応する。純は悪びれもせず、言葉をつないだ。
「しょーじき、何をどう見たらこうまで牌を止められるのかわからないね、掴みたくないんだったら自分で流れを作ればいいだろうがよ」
「そうはいっても、それをするにはどうしても鳴かなくちゃいけなくなる。もし追いつかれた時、狙い撃ちされるのは自分だよ?」
自分が和了りに行くのなら、そのための“流れ”をつかめばいいと純はいう。無論それは正解だろう、自分が流れをつかめば、それだけ他家の流れが淀むことになる。
しかしもしも、それを踏み越えて先に進むものがでれば、どうか。
――場を無自覚に乱していく鳴きの雀士にして、そういった調子の善し悪しに人一倍大きな影響を受ける水穂が苦言を呈する。事実、彼女でなくとも、一度“ずらされようが”調子をなかなか失わない雀士は多くいる。
「まぁ、そう簡単にそれすらつかめばいい、とは行かないだろうな。なにせ相手は鳴いて手を進めることすら許してくれない。……まぁその筆頭が衣なんだけどさ」
衣の下家、白望の手配は最終的な形こそとっちらかったものでは在ったものの、それはテンパイにこぎつければ切り出していた牌を、テンパイではないために抑えざるを得なかった結果だ。
だからこそ、周囲が手をこまねいた状況で、和了り目なしとはいえ、手を進めた衣の異質が、大きく周囲にうつるのだ。
「前局もそうだけど、手を進められれば強いのはやっぱり衣だね。やっぱり衣は流れを自分のものにできるみたいだ」
「元々は、もっと具体的に配牌事態にすら手を加えられるようなとんでもだったんだけどな、あの大沼プロとかにカモにされた結果、トラウマになってそういう打ち方はしなくなったみたいだ」
――何をしても、振り込む。そんな状況、麻雀をしていて最も考えたくないような地獄だ。――結果生み出したのが、自分がその“振り込ませる側”に回ることだというのだから、やはり衣は衣、といったところなのだろうが。
「――けどよぉ、いつまでも衣ばっかりいい目を見られるもんかねぇ」
純のいうことは最もだ。相手は衣の手牌どころか、衣の視点すらも利用する雀士だ。そんな狡猾な玄人達が、よもやただ一方的にやられるだけの展開を許すだろうか。
「そんなわけないじゃん。二局っていうのは、あの人達からしれみれば十分な時間だ」
「……つまり?」
――水穂の言葉に、催促するように智樹が合いの手を入れる。
そして、水穂の目が勢い良く鋭いものへと変わる。カメラのシャッターが切り替わるような、そんなシャープな動きで、意識をまっすぐに、差し向ける。
「――そろそろ、仕掛けてくるよ。攻めっけを持って、乱打戦になるんじゃないかな」
小瀬川白望が、
赤路蘭子が、
小走やえが、
――おのが麻雀を、貫き通しに、挑みかかってくる。――否、衣に対してだけではない、自身の勝利のため、あらゆるものが、あらゆるものを蹴落とそうと、前に出る。
――南一局、親衣――
――ドラ表示牌「{②}」――
静かな暗闇に満ちた世界。広がり続ける夜闇の中に、ただ数名の少女たちの姿と、卓上の牌だけがうつる。そこで振るわれる牌の打牌音は、けっしてリズミカルになることはない。
それぞれの思考が、打牌の速度を著しく遅くしているのだ。規定上、打牌の思考時間に制限はないものの、さすがに数分にも及べば注意が入るだろうが、――それはない、その程度の速度には至らないし、感覚の中の世界が、あくまで超過して感じられるだけだ。
六巡、たっぷり時間を使っての、捨て牌切り返しの段階。――小走やえがふと、手を止めて思考へと入る。
(――ここまで、この局の速度で先行しているのは間違いなく私だ。手牌がそうだと答えてくれる)
――やえ手牌――
{
(完全一向聴、ここに追いついてくるとすれば――)
――白望捨て牌――
{19南⑧北6}
――衣手牌――
{西北9一東八}
(――さすがにこの辺りでは、ないだろうな。――宮守の小瀬川はおそらく二向聴、手を進めるより前にこちらの危険牌を引き寄せそうな状況だ。なまじ対応できるだけに、対応せざるをえない状況だな。……天江は論外だ。まだ三向聴にも行ってないんじゃないか?)
ちらりと見遣ったうえで衣の様子を語るなら、あくまで平然としている、といった様子だ。麻雀において五向聴スタートの和了れる気がしない手という状況は多く在る、平然としていることもなんらおかしくはない。
とはいえそれが、衣のような全能感すら持ち合わせたバケモノ雀士が、ではなければだが。
(さすがにこの中でも別格なのは認めよう。しかしさすがに先ほどの流局がたたったみたいだな。流れを今から引き寄せるのは至難の業だぞ?)
――流れを支配することができず、周囲にそれを放出してしまったようなこの状況、その恩恵を受けている自分が言うのもなんだが、拍子抜けというほかにない。
視点を自分の手牌へと落としながら、やえは思考を一転へと集中させていく。
(とはいえ、そのうち流れを持っていかれる以上、出来る限りこの場は自分で稼ぎに行きたいが……少なくともこの親番が、天江の親被りで流れるだけでもだいぶ違うな。そのためにも最大の障害は――)
ぐん、と顔を上げ、睨みつけるように目を向ける先は――姫松高校、赤路蘭子。楽しげに赤みがかったセミロングを片手でいじりながら、手牌を眺めて沈黙している。
――蘭子手牌――
{4八發⑦五③}
(――こいつ、だな)
その捨て牌は異様の一言、發を三巡目に切ったことから、国士無双だけはないだろうが、それでもチャンタ系の手牌か、もしくは索子系の手牌か。どちらにせよ、やえのような素直な平和系でないことだけは間違いない。
(開幕からして、さほど手は進んでは居なかったのだろうが、それでも一気に速度を上げてきたようだ。すでに二向聴はかたいか――一向聴とは、考えたくもないが)
それでも、状況を見越して動くのは最善である。即座に叩きだされた計算が、やえの進退を決める大きな指標となるのだ。
(私がテンパイするために使える有効牌は全十九枚。対して赤路蘭子に対して私が“切っていけない”牌は二十七枚。ただしそのうち六枚は私が握り、四枚は場に切られている。さらに言えば、赤路が有効に使えるであろううち、四種類は私が手を組み替えずとも、握りつぶすことが可能だ――!)
不要な牌を掴まされることで、速度を著しく阻害される可能性はある。しかしそれよりも、自分が有効に牌を使える可能性のほうが高い。
(不要牌をつかむ可能性は考えずに行く。テンパイすればリーチを打つし、もしも不要牌を引いたのならば、その時はその時だ。――今は攻めの選択をとる!)
やえの長い思考は終わった。とはいえ、さしてそこに実質的な時間の消費は殆ど無い。スーパーコンピューターのごとく動きまわる思考のさなかに、そんな不要なプロセスは必要ない。
それでも時間という感覚が異様なほど長く感じられるのは、想いの元に、時間が連なり重なって、広がり続けているからに他ならない。
結果、あくまで勝利への執念が積み重なったその卓の上には、想いをのせた月光が、照りか輝いて見えるのだ。
――そして、十一巡目。
(く、ゥゥうううううッッッ!)
やえの顔が、あからさまに苦渋へ歪んだ。しかしそれが周囲に漏れることはない、あくまで歪んだのは思考の中での自身のイメージ、やえ自身はあくまでも沈黙を貫くのみ。そしてその沈黙に、自身の執念、勝ちへの欲求を重ねるのみだ。
――だからこそ、その裏では猛烈なジレンマが彼女を襲っていた。選択をしたのは自分だ。そしてその選択は、あくまで前に進むための理由付けでしかない。だからこそ、前に進んだ結果が、転落であれば、やえは大きく自身の精神にダメージを受けるしかないのだ。
――やえ手牌――
{
(切れない、これだけは――これだけは切れない……!)
やえ/打{三}
攻めへのイメージと、これまでの前進が在ったがゆえに、その選択は間違いなく不本意なものだった。誰の目にもそれは明らかで、果たしてこの場において、だれかがそれを見ぬいていただろうか。
それを知るものは、そこにはいない。
――{三}はこれの前巡、蘭子が落としたものである。よって現物、手を進めるために切れる牌は、これしかない。
続いて蘭子は打牌、{2}。ここに来て、ようやくと言ったヤオチュー周りの打牌。
――そして、
やえ/ツモ{三}
再びやえの顔が、悔し気なものへと変わる。――ここで、{三}は安牌であり、{一}もほぼ安牌ではあるが、やえは打牌を{三}とする。意思は曲げない。曲げられないから、一度曲げてしまえば、貫く他に選択肢はないのだ。
そして、蘭子打牌は{1}。――一気に、周囲へと緊張が高まってゆく。
続く、ツモ。
(――来るか)
蘭子が牌を掴んだ途端、ニィっと、その顔が喜悦へと歪む。――表情に感情を持ち出すのは下の下の下策。だとすれば、その表情の意味するところは――もはや、そんなことを考える必要すらない、ということだ。
「――ツモ!」
――蘭子手牌――
{一一七七七①①①33789横3}
「1300、2600の一本場は、1400、2700!」
・姫松 『101000』(+5500)
↑
・宮守 『97700』(-1400)
・龍門渕『117000』(-2700)
・晩成 『84300』(-1400)
「……ッ!」
やえの口元から、思わずいきを呑む音が響いた。周囲にそれは伝わっただろうか、否、その答えよりも、もっと異質なものがそこには在る。
(――三暗刻!? {一}は通っていたのか? ――いや、なぜその手牌から、ためらいなく{12}を切っていける……! こっちの手を読んだ上で、守りまで計算に入れていたか……!)
点棒の受け渡し、速やかに行われるそれの後、卓は更に先へと進行していく。
――南二局、親白望――
――ドラ表示牌「{3}」――
開始直後、小瀬川白望の手牌は以下のとおりであった。
――白望手牌――
{一三七八①⑥⑧⑨48西發中}
ほとんど完成の見えないゴミ手、前局の手の遅さを鑑みてもそうだが、どうにも手が重い状況が続いている。白望はそれを衣の支配が流れの鈍感として広がっているのだろうと考えているが――とかく。
八巡の間に、白望の手牌は大きく姿を変えた。ほとんどムダヅモもなく、手を進めたのだが――そこからが止まってしまった。
――白望手牌――
{三五六七八九⑥⑥⑥⑦⑧44}
ドラ対子はできることならば和了っていきたい。しかしドラの存在が焦燥を呼ぶのもまた事実。白望がそれに同様を覚える類の雀士とはいえ、むしろだからこそ、和了れる気配というものが失せてしまっているのだ。
(……このメンツとの勝負は正直異常なんだよなぁ。
どういうことも何も、まったくもってその通り、白望の言葉通りであるし、その意味するところは白望もよく理解している。つまるところ、鳴いていくような手牌は、まず鳴いていく事ができないのだ。この手も、ドラ対子であればまず間違いなく鳴いていくし、それ以外のところは、{⑥}が出れば鳴くだろう。
しかし、それゆえに、他家がその牌を出さないのだから手を付けられない状態が起きてしまう。
鳴いたほうが手が遅くなる、というよりも、鳴くための手がハナから作ることができないのだ。ここまでは順調でも、一度止まってしまった白望の流れ、引き戻すには数巡が必要で、それではツモまでの時間が短すぎる。
(どちらにしろ、普通じゃないのは確か、かぁ。正直、こんなダルい麻雀始めてだ)
だからこそ、他家の動向はそれだけ白望に影響をあたえるのだが、とかく。――状況が動いたのはそれから更に三巡後。やえが勢い良く点棒ケースを開くと、そこから取り出したリーチ棒を、自身の置き場所に、投げ入れる。
「――リーチ!」
それが納まるよりも早く、宣言の咆哮が響き渡った。
やえ/打{4}
(……ん)
――思考、否、それは逡巡だ。伸ばそうとした手を、一度引っ込めようとして、それから再び手牌を倒す。待ったほうがいいだろうか、そう考えたのを、計算を振り捨てて、止めた。
行くしかない。この状況で、それ以外の選択肢を許してくれる人間は居ない。
「…………ポン」 {44横4}
(テンパイ――かぁ、でも)
――白望の手牌から浮いた{九}、それはやえの安牌である。他家はこれを拾い上げることはないと、白望は確信しているし、切らない理由は一切ない。だからこそ、面倒だ――そう思う。
――白望手牌――
{三五六七八九⑥⑥⑥⑦⑧} {44横4}
白望/打{九}
(やっぱりワンテンポおくれた。それに確か宮守の人の手もかなりおどろおどろしかったはずなんだよなぁ。――勢いが違うって、ところか)
――お互い、ゴミ手でのスタートであることは理解している。だからこそ、先制を許したというその事実は、この状況に大きく意味を持ってくるのだ。
やえ/打{西}
白望/打{一}
――やえの自摸切りも含めて、再び場が一巡して、つづくやえのツモだった。白望の顔が苦々しいもの――面倒だという感情が表層を支配するそれは、その変質を見ぬくことは不可能に近いが――へ、そして衣の顔が関心へと変わる。同時に蘭子もその状況は理解していた。
「ツモ! 2000、4000!」
――やえ手牌――
{一二三②③12367899} {①}(ツモ)
――ドラ表示牌:{3} 裏ドラ表示牌:{⑧}
・晩成 『92300』(+8000)
↑
・姫松 『99000』(-2000)
・龍門渕『115000』(-2000)
・宮守 『93700』(-4000)
やがて、状況は更に、次の局へと移っていく。
――南三局、親やえ――
――ドラ表示牌「{二}」――
長く続いた半荘の、終わりも終わりの南三局、オーラスへむけて、現在唯一の一人浮きで実質の独走状態に入った衣。それに対し残る三校はほぼ完全に横並び、どこが突出することも可能な状況。
そんなこの局、特筆すべきは――その横並びにあった三校のウチ、二校の闘牌であった。
一人は宮守女子――二年生の小瀬川白望。
――白望手牌――
{
そして、姫松高校――三年生の、赤路蘭子。
――蘭子手牌――
{
この両名であった。
奇しくも対面という、身体を向かい合わせた二者は、自身の手牌を眺めて、直後、一瞬だけ視線を交錯させる。それはけっして意識の中にあった邂逅ではない。互いを過剰に警戒し続けているわけではない。
――だからこそ、その一瞬はこの二人が向かい合う、もっともわかりやすい構図となった。――そんなほんの一瞬の、出来事だった。
ここでそれぞれの見せた動きは対照的とも言えるものだった。第一打、深く思考する白望と、思考をすでに終えていたのか、迷うことなく手牌を切り裂く蘭子。
――そしてその手牌の推移も、また対照的な物へとなった。
白望/打{1}
蘭子/打{①}
この第一打、さほどおかしなものはない、あくまで平常に、手牌を切り出したに過ぎない。その上で、白望は第二巡、蘭子は第三巡で大きな展開を見せる。
まず動いたのは白望、二巡目でのツモは連続での{④}、混一色の形を残したツモであったが、それが結果的に功を奏した。――自分自身が、“迷った”結果だ。
小瀬川白望にはチカラがある。迷うことで手を挙げる。迷うというファクターを、自分の中でのオカルトに変える。実際のところ、面倒くさがりが美少女に変じたのが白望であるのだから、変な“悩み事”と彼女は無縁であるべきだ。
しかしそれでも彼女が悩むのは、あくまでそれが、本人の直感を引き出すための手段に過ぎない。――それだけ、白望の直感と洞察力、そして判断力は高い精度でまとまっているのだ。
続く三巡目に、蘭子は白望の“染め手の可能性”を見て取った。無論それは、本当にごくごく小さな可能性である。しかし他家の見えてこない可能性よりは、少なからず現実性のある可能性だった。――事実それがそのとおりだとして、その可能性を考慮するのは、本来数巡先になるであろうが、蘭子の選択は異様なほど慎重だ。
そうして選んだのは筒子ツモからの索子打牌、{34}とならぶ両面の塔子を、なんのためらいもなく切り裂いたのだ。
――赤路蘭子には特筆すべきチカラも、特徴的な打ち筋もない。可能性を考慮する、というのもどこか消極的で、とにかく計算を多用し前へ前へと進めてくる晩成の車井みどりとは、似ているようで、どこか対極にある雀士だ。
しかしそれが、蘭子の蘭子たらしめるところである。この選択は、同時に在る布石でも在る。ここで両面塔子を落とすことで、他家にはこの手牌がどう見えるだろう。
染め手迷彩だ。それ以外にほかはない。
だからこそ、第一打の{①}も、後に嫌になるほどこびりついていく。筋引っ掛けのような形ではあるが、染め手の筋、誰が警戒できようか。――この卓に座る、本人である蘭子を除く全員が、そうだといえばそうなのだが。
それでも、この手が抽象的に語るなら、“鼻につく”手牌であることは間違いはない。
迷うがゆえに、埋もれた直感を、感覚の奥底から引きずり出す雀士、小瀬川白望。
可能性を考慮するがゆえにとられる、異常なほどの慎重策が、結果として他家の目を欺く手牌を作り上げる雀士、赤路蘭子。
ともにそのチカラは、精度の高い洞察力によって成り立つものだった。それがあるからこそ、白望は迷い、手を高めるし、蘭子は考慮し、手を控えめにする。
それが両者の闘いだ。
――その決着は思いのほか早く、あっけなく、そしてそれでも華美を伴って、訪れた。
「――ツモ」
これまで、起こり続けた和了の宣言と何一つ変わらない、そう、それまでとほぼ同一の勝利宣言。
「……3000、6000」
ここで和了をしてみせたのは――小瀬川白望の手牌であった。
――白望手牌――
{①①②②④④⑥⑥⑧⑧⑨西西} {⑨}(ツモ)
・宮守 『105700』(+12000)
↑
・姫松 『96000』(-3000)
・龍門渕『112000』(-3000)
・晩成 『86300』(-6000)
純粋に、この結果はある種当然と言える。白望の手は一直線に和了へ向かった。しかし蘭子の手は、一度ではない回り道をしている。
白望が蘭子の手に対応し、自分の足を止めない限り、その勝敗は明らかだった。蘭子の打ち筋はむしろ、混戦にこそ、効力を発揮するのである。
そして対局は、オーラスへとうつる。
この、異質で、しかしそれを感じさせない対局は、ようやくここに来て、終わりを告げようとしていた。
――オーラス――
――ドラ表示牌「{八}」――
前局、この半荘が明確な異常であるということはすでに明らかにしていることだ。
ではなぜ、この対局が、異質であるか。
異様なほどの深度において、読み合いが行われているからか。
――否。
天江衣という魔物が、この卓に参加しているからか。
――これも、否。
答えはあくまで単純だ。この半荘、誰一人として、
そう、すべての局で、全員の点棒が動いているのである。――麻雀はツモ和了りこそが本領のゲームだ。出和了りよりも、そちらが主となることは何一つおかしなことではない。
――しかし、それが完全な極端に至れば、どうか。
これはかつて龍門渕透華の別宅にて行われた、かの大沼秋一郎プロとの対局にも言えることではあるが、完全にどちらか極端でゲームが進行することなど、まず構造からしてありえないのだ。
どれだけデジタルが優れていたとしても、振り込みはありうる。三位、四位の可能性は十分にある。
だからこそ、この状況はあからさまなまでに“異質”であるのだ。
そんな異質な対局の、
動いたのは十六巡、すでに状況も切迫してきた所での事だった。――この局、全員が掴んだ配牌は、鳴きを前提として高感触のもの、しかしそれは、他家の、いわゆる“絞り”によって、全員が一向聴で手を止めることを余儀なくされていた。
だれも手を進められない状況で、下手に動けばすぐさま他家がそれを食い物にする。――そんな状況を打開していたのは、この南場において、完全な沈黙を保っていた、地に伏した獣であった。
そう、それは魔物と呼ばれるような、得意な“バケモノ”である。
打牌は、生牌の{南}、それの意味するところは、もしそれが不要なのであれば、一向聴に進む段階で、すでに切られているはずだということ、――そこから同時に、すでに暗刻で誰かが手にしていると予測がされるものだった。
そして暗刻にされているということはつまり、その{南}を鳴いていけるという意味であるが、それで手を進められる保証は誰にもない。テンパイに至らないこの状況で、それは決しておかしな打牌ではなかった。
――その暗刻を持つ存在が、天江衣でさえなければ。
「…………カン!」
たったその一言で、その一瞬で、周囲の雰囲気は完全に姿を変えた。――まるで、卓を囲む少女たちを捉える様相が、姿を変えたかのように。
そしてそれは同時に、“海に呑まれた”かのようであった。
嶺上牌、手牌に加えて、そしてそれは同時に、衣が抑えていた牌を、誰かが鳴き返す、ということでもあった。
――と、するならば、どうなるか。初期において許されていた、あるツモが、再び衣の元へと舞い戻ったのだ。
通常、麻雀において南家は、ある牌をつかむ立場に在る。――そう、海底牌だ。無論大明槓でハイテイはずれてこそいるものの、それが結果として、衣のツモへと繋がった。
嶺に咲く華、嶺上牌を天辺とするなら、この海の底に眠る月は、さながら地点。ただ一人、たった一人のプレイヤーにのみ触れることが許された牌。
この場合、大明槓によるテンパイを確信し、そして同時に、自身が鳴いた牌によって、水面に揺らめく月を、掬い上げることを理解していた、衣だけがそのツモを許されるのだ。
まさしく、それは異次元、他者とはひとつ違う高みに在るからこその選択。
天の華を手中に収め、そして水面にうつる幻影の月さえも、衣の手は――なんの苦もなく、引き上げるのだ――!
「――――ツモ! 海底撈月……ッ!!」
ダブ南、ドラ一、海底ツモ。
大明槓での符ハネを揃えて、きっちり満貫での和了。
結局のところ対局は、全国第二回戦どころか、準決勝でも十分に通用するはずの猛者たちを相手にしてなお、衣の一人浮きという結果。
――月を手にする幻想の如き少女が、頂点を、その目に捉えて手におさめているのだ。
・龍門渕『120000』(+8000)
↑
・姫松 『92000』(-4000)
・宮守 『103700』(-2000)
・晩成 『84300』(-2000)
大将戦最終戦がすごい勢いで書きあがりました。
昨日あんな事行ってたけど実際はフラグだったりとか、GW中はガツガツいきたいとか、そんなこと思ってたりします。
そして衣ちゃん久々のハイテイ、今後も多分要所要所で使っていきますが、基本ハイテイ付ける意味あんまないのはいつものことです。