咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『偽神暗奇』先鋒戦④

 ――南一局二本場、親アン――

 ――ドラ表示牌「{二}」――

 

 

 渡瀬々は、自分の中にあるオカルトが、本物の神によって与えられた、ある種の権能であることを知った。別段、それ自体はさして衝撃ではない。瀬々にとって衝撃的であったのは、何よりもその神が一部であるとはいえ、自分自身に宿っているということだった。

 

 ――神、それは瀬々がもっとも信じてこなかったであろうもの。

 

 かつて、一度帰る場所すら失って、自分の存在すら粉々にして、それでもなおもう一度、自分自身を全てとしてたちあがった瀬々には、神という言葉は、まるで別世界の存在だった。

 

 神を恨んだことがある。

 神を呪ったこともある。

 

 ――感謝したことは、一度だって無いはずだ。

 

 だからこそわからなくなる。

 なぜ、瀬々に神は宿った? ただの後付? 単なる予備電源? だとしたら、なぜ瀬々が神を呪ったその時に、神は瀬々に愛想をつかさなかったのだ?

 

 わからないことばかりが、瀬々の感覚には届かないところへ生まれていく。神が与えたはずの権能も、神そのものに対する答えにはならないということだろう。

 

 

 牌に愛された子、そんな呼称がこの世界にはある。それはきっと、神に愛された子、そう呼び替えることもできるはずだ。

 

 

 天江衣、龍門渕透華、そして渡瀬々。

 彼女たちが愛されたわけとは、一体何だ? それに対して自分たちが浮かべる感情とは、一体何だ?

 

(――あたしは、今、変な感情を抱いている。そしてそれは、あたしにチカラを与えた神に対するものだ。おかしいな――こんな感情を、最近一度、あたしは別の誰かに浮かべたことが、あるきがするぞ?)

 

 その答えは、瀬々のこころに由来するものだ。人の心が理解できない――無論、それは本当に深層としての意味合いではあるが――瀬々が、自分自身を理解できようはずもない。

 もやもやと、感情に巣食う不可思議なそれを、瀬々は首をひねって考える。

 

 ――やってしまったと、思う感情に、負けたくないと、思う感情。いまこの対局に向かっている自分自身とは、全く別のものが、そこにはあった。

 

 右手を動かしながら、牌を見て、嘆息。意識を切り替えるようにして――直後。

 

 

 ――瀬々の表情が、この日始めてといっていいくらい、明確に揺れた。

 

 

「……?」

 

 目敏くそれに気がついたアンではあったが、その揺れの正体にまでは至らなかったのだろう、手牌から流れるような動作で牌を動かして、打牌する。

 

 それから三回、牌が叩かれる音がした。

 

 ――発声が起こることは、一度としてなかった。

 

 ――瀬々手牌――

 {一22三八九二6北87七北}

 

 理牌の済んでいない、その状況からでも、その異質は伝わってくることだろう。瀬々は動揺し、剥がれ落ちた無表情の仮面を隠すように顔を伏せ、それから二度、三度大きく深呼吸をしながら、自分自身の牌を掴む。

 

(――あぁ、)

 

 勢い良く、それはしかし、どこかふらつくようでもありながら揺らめいて振り上げられて――更に力なく、失速するように、卓の上へと置かれた。

 伏せるように、青い背面を表にし――瀬々は両手を勢い良く動かし始める。

 

(――そうかよ、)

 

 

 ――瀬々手牌――

 {一二三七八九22678北北}

 

 

()()()()()()()()

 

 

 出来上がったテンパイ、そして、瀬々だけがしれる、力によって解るツモのありか。

 

(“今はそれで満足しろ”ってか、まぁなんだ、――なんだな)

 

 ――瀬々/ツモ{2}

 

 

「――――――――ツモ!」

 

 

 その言葉は、アンの顔すらも、歪ませるには十分だった。

 ――第一ツモ、たった一巡のツモでだけ、許された和了がある。翻数測定不可能、しかしその答えとして確かに存在する役。

 

 

「――()()。8200、16200」

 

 

 瞬間、地を割らんばかりの歓声が、インターハイの会場に響き渡った。

 ――そして、

 

 

 ♪

 

 

『先鋒戦、終了――――!』

 

 

 その半荘二回は、波乱と呼ばれるには十分だった。

 

 

 ――先鋒戦最終結果――

 一位臨海 :153900

 二位龍門渕:101500

 三位永水 :75100

 四位宮守 :69500

 

 

 ♪

 

 

『先鋒戦の結果は、臨海女子、アン=ヘイリーの一方的な展開で終了――! しかし、終盤はそれぞれ何とか焼き鳥を回避、点差は大きく広げられましたが、まだまだ十分挽回できる地点に着地しました!』

 

『特に際立ったのは龍門渕高校の渡選手ですね☆ 結局ヘイリー選手に討ち取られたものの、南一局の一本場でテンパイまで漕ぎ告げた所が特に☆』

 

 ――インターハイ会場。

 夏の照射と、観客の熱気、会場中の空調を束ねてもなお足りないほどの熱量。その中心となる対局室の入り口にて、アンと瀬々は対局を終えたもの同士、友人同士である一個人として、また逆に、明日を望む雀士として、相対した。

 

「南一局の地和、お見事でした――とは、さすがに言いがたい雰囲気と、内容でしたね」

 

「……まったくだな」

 

 心底つまらそうにして見せながら、アンは言う。瀬々もそれはまったくだ、という様子で同意した。理解して言う。――この対局、瀬々がアンに対して上回った要素は何一つなかった。

 さすがに、同時に闘った清梅や心音とはひとつ段階が違うが、それでも瀬々がアンに“届いていない”のはまた事実。追いつける立ち位置が、そのままきっちり、追いつくことのできる場所であるとは限らないのだ。

 

 アンは決して歩みを止めない。同じ速度で歩いていては、何時まで経っても瀬々はアンに届かない、そういうことだ。

 

 それでも、瀬々はこの対局を微差ながらプラスで終えている。一歩遅れているとはいえ、勝者として準決勝先鋒戦に名を刻んだのである。

 その原動力となったのは――何か。

 

「前半戦の東場を除けば、私の親を流したのはどれも瀬々でした。――が、それは瀬々の実力によって為されたのではない。瀬々、私とあなたの実力差は、あの一本場ではっきりと示されている」

 

 辛辣な言葉、しかし瀬々はさしてそれを気に留めた様子もなく答える。――挑発だと、判断したのだ。瀬々の中にある何かのチカラ、それを見極めるための。

 

「ずばり、と言うな――悪いが答える気はないぞ? どれだけ探りを入れようと、あれはあたしのチカラじゃなかった、それ以上はいうこともないし、言うつもりもない」

 

「――いえ、別に気にする必要はありませんよ、さすがに完全初見では対応ができませんでしたが、あの地和、大体その性質は読めました」

 

 間髪入れずに、瀬々の言葉へアンが答えた。

 まるで当たり前のように、アンは言うのだ。たったアレだけの情報量で、瀬々のオカルトを、性質すら見ぬいた――と。さすがにそれは聞き捨てがならない、といった様子で瀬々は声をどこか剣呑にしながら言葉を紡ぐ。

 

「あたしが地和を和了ったのはたった一局だぞ? それを持ってあんたは、あたしの全部をわかった、というのか? そもそもだ、アン、あんたは前半戦の東発からして、まるであたしのオカルトを全部わかっているかのようじゃなかったか? 一応言っておくが、私のオカルトはそうそう判断の付くようなものじゃ――」

 

 だが、それを差し止めるように、アンは人差し指をピンとたて、瀬々の目元で左右に揺らす。まるで瀬々を嘲笑ってみせるかのような気障な所作。いよいよ一層、瀬々の顔が険しく歪んだ。

 

「それ以上はダメですよ、瀬々。あなたは私のすべてを見透かせなかった。しかし私は見透かせた。――それでいいじゃあないですか」

 

 ――返答は、なかった。

 人差し指を下げて、どことなく不敵に笑うアン――眉をひそめたままの瀬々、たっぷり数分も、沈黙を続けていただろか――否、それは両者の感覚による判断だ。それだけ、意識の集中が、瀬々にはあった。そして同時に――アンにも。

 

「……ふふ、ここまでにしましょうか」

 

「――そうだな」

 

 挑戦的な笑みを引っ込めて、優しげな笑みに切り替えるアン、瀬々もやれやれと言った様子で嘆息とともに首を振るった。

 

「まぁ、そうですね」

 

 話はここまでだ、とアンが体を翻し、それから付け加えるように顔を振り向かせる。

 

「……?」

 

 軽く小首を傾げながら、瀬々は言葉を待つ。――観察するように、そんな目つきは、結局今も変わっていない。それはきっと瀬々の強さ、したたかさだと、傍目から見てアンは感じた。

 そして――

 

 

「しいていうなら、私がアン=ヘイリーである、ということは――大きな理由になるでしょうね」

 

 

 言うだけ言って、アンはその場から消えていった。――言った言葉の意味は、自負、アン自身の、強者としての自己理解によるものだ。

 だとすれば、まるでそれは――

 

「……勝利宣言か、ってーの」

 

 吐き出すように、瀬々は唐突に体中のチカラを脱力させた。これまで溜まっていた負荷が、ようやく表層に現れた――現すことのできる状況に至ったのだ。

 

「なんだかなぁー」

 

 対局室に、もう人はいない。瀬々とアンが出てきたのは、そそくさと清梅、及び心音が出て行った後のことだったのだ。――対局後の牽制が、今まで続いていたということである。

 

「卓の外……一人でいてもいい部分でまで、気を使う――こんなのあたしの柄じゃ、ねーっての」

 

 随分と、熱心になったものだと瀬々は嘆息する。

 それもそうだ。さきほどまで、対局が終わってもなお、瀬々はアンと会話の中から相手の情報を探り合おうと口を回していたのである。言葉の上では一応お互い情報を封はしたものの、その中から読み取れるものは、瀬々の感覚が読み取った。性質を把握しているという言葉の意味も、まぁ大体理解はできた。――しかしこれは相手もまた同じこと、馬鹿げた洞察力だと嘆息しながら、瀬々は痛み分けを実感する。

 

(でもまー、終わったぁ……厳しいと思ってた準決勝は乗り切った。あとは衣に全部任せとけばいいやー)

 

 ――未だ、渡瀬々は未完の大器である。それはあの時、自分自身のチカラを、“使う”と決めたその時から、変わっていない。

 

(……そう、あの時から、な)

 

 大きく息を吐きだして、――それは嘆息に近かったが、同時に安堵も交わらせているように、思えた。

 

 

 ♪

 

 

 波乱の先鋒戦、しかし終わってみれば第二回戦の収支トップ二名がプラス収支で対局を終え、さらには予てから認識されていた結果の推察通り、状況は完全にアン=ヘイリーの勝利という結果に収束した。

 渡瀬々の地和という完全なイレギュラーをもってなお、できたのはたった千点ちょっとのプラスのみ。アンとの点差は五万点――団体戦という舞台ではなく、各個人の成績としては、あまりに絶大的なもののように、思えてならない。

 

 ――そして迎えるのは、次鋒戦、

 焦点は、いかに臨海女子が点棒を守るか、という点だ。それこそ稼いだ点棒は()()とある。しかしそれは、役満の親被り一つで消え去ってしまう点差であるし何より――この準決勝、大将戦には二人の魔物がいる。

 

 無論大将戦自体にも焦点はあるが、それ以前、次鋒戦から中堅戦にかけてのこともまた、重要ではある。それを踏まえての次鋒戦、臨海女子が送り出すのは、自他共に認める世界最強クラスの防御力を誇る雀士――

 

 ――シャロン=ランドルフ:三年――

 ――臨海女子(東東京)――

 ――153900――

 

 対するは二回戦にて臨海女子とは相まみえることのなかった一年生、二年生の下級生組――

 

 ――国広一:一年――

 ――龍門渕高校(長野)――

 ――101500――

 

 ――臼沢塞:二年――

 ――宮守女子(岩手)――

 ――69500――

 

 その表情は、緊張と覚悟に満ちた、真剣そのものなものとして共通している。第二回戦での両者の成績は対照的とすら言えた。しかしこの状況において、両者は等しく、挑む側の人間なのだ。

 最後――彼女はオカルトに身を寄せたものが跋扈する永水女子において、唯一常人としての割合が殆どを占める雀士、そして第二回戦の次鋒戦では、シャロンと互角に渡り合った相手でもある。

 

 ――(そなえ)(みこと):三年――

 ――永水女子(鹿児島)――

 ――75100――

 

 かくして、準決勝次鋒戦、すべての準備は整った。残すは対局の開始を待つのみ。――これはこの準決勝卓に座る四校の、すべてを賭けた対局であり――死闘である。

 

 席順。

 東家:国広

 南家:備

 西家:ランドルフ

 北家:臼沢

 

 この日三回目の麻雀。三度目の、意地と意地がぶつかり合う戦場が、そこから始まる。




前回のカットした分と、詰め込んだ次回の冒頭部分です。
さすがにこれをアン無双のあとにやるのはどうかと思ったので……
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