咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『灼熱の信条』次鋒戦①

 ――東一局、親塞――

 ――ドラ表示牌「{二}」――

 

 

 第二回戦、姫松シードの第四ブロックでは、この次鋒戦はとにかく重たい場であった。その中を縦横無尽に駆け巡ったのは、速度の雀士、晩成の北門美紀と、その重たい場を作る原因となった、オカルトの持ち主、その二名であった。

 ――そしてそのオカルト雀士は、この準決勝でも健在である。

 

 当然のように、空気は重く、冷たいものになった。手牌は軒並み四向聴から五向聴、テンパイに程遠いような両面塔子一つない手牌。――役牌すら、重なる気配は見えなかった。

 

 しかし、それはオカルトを放つ張本人には通用しない――そう、この対局、先制したのは臼沢塞、塞ぐオカルトの持ち主であった。

 

(……よし、配牌は微妙な四向聴だったけど、ツモは悪くない、この手なら、十分勝負に持っていける!)

 

 ――塞手牌――

 {三四五④⑤⑤⑤345788(横③)}

 

 手牌の上においた有効牌を勢い良く滑り込ませ、そのまま勢い良く切り出す牌を選択する。手牌の右端、{7}の牌を勢い良く掴んだ。

 

「リーチ!」

 

 かん高く響き渡る声、対局のうねりが、いまここにスタートしたと見て、何も問題はないだろう――

 

 

 ――実況室――

 

 

「先制リーチだー! 次鋒戦最初のリーチが、宮守女子の臼沢選手から飛び出したー!」

 

「三色が付きますし、今はまだ八巡目、とうぜんリーチを選択しますね☆」

 

「しかし高め平和の付く三色確定の{8}切りリーチではなく、{7}切りリーチですか」

 

 ちらりと、実況者が確かめるようにはやりの顔を見る。いつもどおりののほほんとした“ような”顔。そしてそこから飛び出るのは、彼女特有の鋭い洞察力からくる発言だ。

 

「たしかに平和は魅力的ですが、そのために必要な{6}が一枚切れ、{9}が三枚切れで受け入れがシャボ待ちと変わりません。更に{7}は三枚切れていますから、{8}を釣りだしやすい、と考えたのでしょう☆」

 

 ――それに、とはやりはシャロンの捨て牌をちらりと見やりながら、実況者へ指摘する。

 

 ――シャロン捨て牌――

 {北9①③發7}

 {9五⑦}

 

「それに、序盤にランドルフ選手が{①③}を落としています。{①}は手出し、に対しての{③}ノータイム自摸切りから、{②}は使われていない不要牌だと判断したのでしょう。加えて{二}と{⑦}、これはどちらも手出しですから、急速に手が進んだとも受け取れるわけですから、押してくる可能性はある、と判断したのでしょう」

 

「ですけど、ランドルフ選手は全国トップの低い放銃率を誇っています。極希にリーチをかけて、それで放銃スつことはありますが、ダマでの放銃はありえないのでは?」

 

「そうですね――と☆」

 

 軽く頷いて、そこで件のシャロンが牌をツモった。その意味に素早く気づいたはやりが会話を中断、ほぼ同時にアナウンサーもまた、その喉を震わせて絶叫する。

 

「おおっとぉ! ここでランドルフ選手当たり牌の{②}を掴んだァ! これは振り込んでしまうのか!?」

 

 モニターの向こうで、シャロンが右端に牌を置く、それから手をよどみなく動かして、手牌の中から牌を取り出す。

 

 ――シャロン手牌――

              {6}

 {五五六六八九⑦⑧⑨11} {6} {②}(ツモ)

 

「ろ、{6}だー! {345(サシゴ)}が場に全く出ていない状況で、何のためらいもなく危険牌を打っていったー! {7}が三枚場に出ていますが、これは……」

 

「通常であれば、ありえない選択です。――が、これは各個人個人の視点の問題ですね☆ さきほど(はやり)は臼沢選手の打牌をリーチからの釣り上げと言いましたが、有効牌の枚数から言ってもあれは{7}切りリーチだと思います。これも同じように、個々の性格による打牌といえるかと思います☆」

 

「なるほど、確かに臼沢選手の選択は傍目から見ての妥当性と、臼沢選手自身の妥当性が一致していましたが、そうでない場合も十分に考えられますね」

 

「麻雀は十人十色のゲームです。時にはそういった雀士の存在も、ゲームを盛り上げてくれますね☆」

 

 ――直後、とはいってもそれは三巡後のことではあるが、塞のリーチ後、始めて状況が動いた。状況を動かせる人間が、塞か、未だ手を押しているシャロンの他にないのだ。

 一はシャロンの{6}強打の時点で降り気味、尊は全く動く様子を見せず沈黙しきっている。打牌はここまですべて安牌の手出しであるが、それがベタオリといえるかどうかは少し微妙だ。どうやら安牌として字牌を抱えていたようで、ここまで全く手牌を垣間見せる様子はない。

 

 そして、シャロンのツモ、これで大きく状況が動いた。

 

 ――シャロン手牌――

 {四四五五九九②⑦⑧⑨⑨11(横⑦)}

 

 稲光が、シャロンの手牌を駆け巡る。待ってましたと言わんばかりのテンパイ、どことなく、無愛想にみえるシャロンの顔が、笑みに歪んだような気がした。

 

「――リーチ!」

 

 シャロン/打{⑧}

 

 シャロンはその打牌を、迷わない。全く何の気負いもなく、リーチを掛けて、牌を切り出す。そしてそのリーチ宣言牌は当たることはありえないのだ。

 

 

(……来た、一向聴で喧嘩するには、ちょっとボクじゃチカラ不足かな?)

 

 ――一手牌――

 {一三五②③④23488發發}

 

 一/ツモ{⑤}・打{發}

 

 

(やはり、このままではまずい……かしらね?)

 

 ――尊手牌――

 {六七七九②③③⑨⑨1234}

 

 尊/自摸切り{八}

 

 

 それぞれの手は、これに対して動くことは決してなかった。故に、ここでの勝負は完全に、塞とシャロンのまくりあいとなる。塞は――自摸れなかった。シャロンの一発ツモに次ぐツモは現物、それをそのまま何の気なしに切り捨てて、そのまま終了。

 

 ――衝撃はその直後、シャロンの第二ツモにある。勢い良く右手を振り上げたシャロン、そこからまさに、“何かとしか言いようのない何か”がシャロンの奥底から爆発的に噴出する。

 音が、響いた。

 

 それは決して、牌を卓にたたきつけるだけの音――だけではない。

 

 

「――ツモ! 1600、3200!」

 

 

「……っ!」

 

 ――リーチツモ、チートイツ。二十五符四翻の手を、塞は驚愕を持って受け入れた。同時に、納得もまた、思う。シャロンのそれは、当たり牌を見透かしているかのようなものだったのだ。それはこの対局が始まる前、牌譜を検討していた時に指摘されたことである。

 

 故に、納得。塞は単純に引き負けたのだ。和了り牌を掴んで、それが当たりだとわかっても、リーチしてきたのなら話は別だ。途端にそれは運まかせのダービーに変わる。

 だからこそ負けたくない、とも思える。

 

 シャロンが強く意思を持つ限り、塞もまた――否、塞だけではない、この卓を囲むすべてのモノが、そう思うのだ。

 

 

 ――東二局、親尊――

 ――ドラ表示牌「{9}」――

 

 

 この局、まず最初にテンパイしたのは臼沢塞、さきほどの局は流れを逸したとはいえ、この状況において最も有利であることは変わらない。すんなりとテンパイの入った手牌を、ダマで選んで待ち構える。

 手役は先程のシャロンを思わせるチートイツ。いくらでも待ちを作ることが可能な、無限の手役である。

 

 だが、それにひるまず、前に進むものがいた。

 国広一――この準決勝、彼女最初のテンパイである。

 

 

 ――龍門渕控え室――

 

 

『龍門渕、国広選手にテンパイが入ったー! 綺麗に嵌張を埋めましたが、これはリーチでしょうか』

 

『いえ、それはないと思います。この手牌は三色への振り替わりもありますし、出和了り可能な形式テンパイだと思います☆』

 

「一! やっておしまい!」

 

 実況と解説の言葉をバックグランドに、龍門渕の控え室は一斉に、一へと意識を注視させていた。まず透華が画面の前にかぶりつき、ほかもどことなく前傾になりながら対局を見守っている。

 

「十三巡目かぁー」

 

 水穂の嘆息、ここまで来るのにかなりの時間がかかったことは事実、透華もどこかうんざりしたようにそれに肯定の意を述べる。

 

「そうですわね、おかげでリーチも儘なりませんの」

 

 当然、さらに巡目は早かろうと、透華はリーチをかけないだろうが、他家の牽制や、自身のインパクトを考慮して、どうしてもリーチを仕掛けたくなってしまうこともある。

 

「まーしかし、二回戦のを引きずってはいねーみてーだな」

 

 どことなく他人ごとのように、井上純が嘆息気味に言う。思い出されるのは第二回戦、後半戦の終盤に見られた一の表情、あれは到底見ていられるものではなかった。まさしくアレは、心のなかに在った支えがぽっきりと折れてしまっているのだ。

 

「そんなことで消沈してる自分が馬鹿らしくなったって言ってたぞ? ムリもないね、さすがにあれは一にとっては地獄だっただろうから」

 

「…………あぁ」

 

 瀬々の言葉に、今度は恐ろしく遠い目をしながら純が同意する。というのも、原因は衣と瀬々、そして透華の特訓にある。――オカルトを使いこなすことを宣言した瀬々と透華、それに対して衣は、オカルトを理解することが必要だといった。

 麻雀の中で、直にオカルトの感覚を理解しよう、そういうことになったのだ。

 

 しかし、衣が想定しているのは四人麻雀、三人では面子が足りない、そこで主にそこへ巻き込まれたのがとうの一であったのだ。

 

「インハイへの荒療治として打ってもらったけど、まぁそりゃ問題無くなるよな、アレより酷い麻雀が世界にいくつあるか……」

 

 瀬々のげんなりするような物言い。それと同時に向かった視線の先には、楽しげに対局を見守る衣がいる。――視線に気がついたのだろう、しかし話は聞いていたかどうか、なんともとぼけた表情で衣は小首をかしげていた。

 ちなみに、絶対にないとは言わない。主にとある女流雀士などを見ればそれはよく分かるだろう。

 

 ――と、そこで状況が更に変じた。

 動かしたのは臨海女子、シャロン=ランドルフのツモ。彼女が一の当たり牌を放たなければならないテンパイを入れたのだ。

 

『おーっと、ここでランドルフ選手もテンパイ、しかし浮き牌は国広選手の当たり牌だ。これはベタオリでしょうか……?』

 

 一の捨て牌を見れば、テンパイしていると仮定すれば当たり牌の察知はさほど難しくはない、加えて一の打牌は思考の末の強打。テンパイだと判断するものもいるだろう。

 

『いえ、ランドルフ選手はベタオリをしませんから、回し打ちですが……あと五巡では追いつけそうにないですね☆』

 

『おーっと、瑞原プロの言葉通り、ランドルフ選手はどうやら回し打ちのようだ。難しいところを切っていったぞー!』

 

「これは……流局かな?」

 

「でしょうねぇ」

 

 透華と、水穂、どちらも雀士としての経験が豊かであるからこその一言。同時に瀬々と衣も視線をかわして頷き合う、この局は、テンパイ流局。誰もの認識がそうだ。

 ――結局、その認識は覆されることなく、東二局は塞と一の二人テンパイで終了となった。

 

 

 ――東三局流れ一本場、親シャロン――

 ――ドラ表示牌「{⑦}」――

 

 

 ――シャロン=ランドルフはベタオリをしない。それは彼女の決して少ないとはいえない牌譜の中から、その特徴は大いに言えた。

 たとえそれが親の役満を相手にした時であろうと、オーラスで二位とたった千点差という極限状態であろうと、絶対に手を崩すということはしない。そう、いつであろうとシャロンは回し打ちにこだわり続けているのだ。

 

 今年の臨海女子レギュラーは恐ろしいほど血の気の多い雀士が多いといわれるが――事実それはその通りなのだが――その筆頭がシャロンである、というのは有名な話だ。

 無論、アンのようにそもそも相手の当たり牌を引く前に自分で和了るようなバケモノもいるが、それは本当にごくごく例外的存在である。

 

 とかく、シャロンはベタオリをしない。しかし同時に、放銃率も異様なほど低い、普通であれば放銃しても仕方ないとすら言えるような状況ですら、とにかくシャロンは放銃をしない。

 時折その血の気の多さからリーチをかけて他家との殴り合いを演じる時以外は、まったく。

 

 その強さの秘訣は、たとえば衣や大沼秋一郎のような化け物じみた観察力ではない。そのような、人の至る場所の、強さではないのだ。

 

 

(――さて、これ――――龍門渕の当たり牌なンか?)

 

 ――シャロン手牌――

 {一三三七八八九九④④79發(横3)}

 

({發}は永水に振込むし……めンどくさいまちがおーいなぁ)

 

 シャロン/打{7}

 

 当たり牌を、まるでわかったかのように見透かすシャロン、そのシャロンの思考の通り、それぞれ一の待ちは{3}―{6}の両面待ち、永水、備尊の待ちは{發}と{東}のダブルバックだ。

 

(宮守のアレがあるのに、よくもまぁそうポンポンとテンパイするもンだ。そもそも宮守自身が手を作れてないってーのに)

 

 まぁ、宮守の支配は本人にこう配牌をつかませるわけじゃないしな――と、シャロン特有のぶっきらぼうな物言いで、吐き捨てるように自身の捨て牌を見る。――異様としか見えない捨て牌、チートイツか、はたまた純チャン系か、周囲はそんなところだろうと見る捨て牌。

 それは事実、しかしチートイツともなれば、捨て牌から待ちを予想するなど不可能もいいところ、もしシャロンのテンパイを察すれば、ベタオリしかないだろう。

 

(が、しかしだ――あたしにはその心配がないンだよ。チートイツだってすぐさま見破っちまうし、その待ちも――ベタオリする必要なく、“解る”)

 

 それこそ、東東京の県予選決勝、ドアの向こうにいる、何一つ行動を起こさず存在を知らせなかった、アンの存在すらわかってしまうほど――

 

 

 シャロンは、何かを感知する感覚に、優れているのだ。

 

 

 シャロン/ツモ{發}

 

(――いいじゃンか)

 

 ニィ、と表情が楽しげなものへと変わる。シャロンは、強者には二種類の闘牌スタイルがあると考えている。その一つが、まるで仏像のように表情を隠し、相手を伺うようなスタイル。

 

 そしてもうひとつは――

 

 シャロン/ツモ{3}

 

 あくまで貪欲に――好戦的に――すべてを押しのけていくような、好戦的な気配を噴出させるもの。

 

(あたしは、後者。あたしの麻雀に“後退”はない。あたしの打ち筋は、それだけ絶対ってことなんだよ!)

 

 

「――――ツモ! 一本付けましてからに――――1700オールゥ!」

 

 

 快活な、声。

 シャロン=ランドルフの麻雀が、そこにある。




今回は点数移動無し。忙しい理由を考えればすぐに色々理由が浮かんでくる程度には忙しく、また理由を考えてしまう程度にはモチベーションが落ちているのでした。

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