初めてあったその人は、彼女にとってなんでもない、クラスメイトの一人であった。永水女子は少し不思議な高校で、その人もそれに違わず、不思議な雰囲気を持つ人だった。
麻雀部に入り、始めて会話をかわして、友人、と呼べるような仲になれたとおもう。それから一年、時折その人を巻き込んで、友人たちと出かけることもしたし、夜通しチャットで語り合ったりもした。
楽しい思い出は多くあり、それら一つ一つが、その人と彼女の、大切なつながりであったのだ。それでもきっと、その人にとって自分は、日常の中にある一人の友人であっただろうし、彼女自身、いつかは別れていくような、親友たちの一人と、その人のことを見ていたのだ。
それが大きく変質したのは、ある忘れられない夜のこと。
少しだけ肌寒い、夏の終わりの、ある、夜のこと――――
――東三局二本場、親シャロン――
――ドラ表示牌「{7}」――
ここまで、いよいよ沈黙を極めていた尊の手牌が、この東三局二本場で、大きく変質しようとしていた。手牌の中を渦巻いているであろう気配の群れを考えて、一層尊は思考を回す。
(全体的に重い場の雰囲気が、複数人のテンパイで崩れだしているのかしら、手の進みがだいぶ早いわ)
――尊手牌―ー
{
(三色も見えないわけではない手牌、ここで切るなら{88}を残すことを想定しての{34}か{四四}落とし……けど)
ちらりと、シャロンの手牌から感じ取られる“ような気がする”気配を意識し、{四}に合わせた手を止める。それから視線は、シャロンの捨て牌へと移った。
――シャロン捨て牌(「」手出し)――
{「西」「發」9「二」①東}
{「⑧」「五」1}
(この卓で唯一和了しているシャロン=ランドルフがかなり脅威ね、{東}の自摸切り直後、急速に手を進めている。こういう手の進み方は、一向聴が最低でも濃厚、ってとこかしらね)
場面の情報だけ見れば、シャロンの手はかなり速度のあるタンピン手に思える。当たり牌を掴ませればまた違ってくるだろうが、ここから攻めていくならおそらく、シャロンは尊とブッキングすることになる。
(攻めてくるのに、食いついてくれればそれで結構。そうでなければ、私がここでその流れをもらっていくだけよ)
尊/打{
これは――果たしてだれも、動かない。鳴いて牌がずれるなら結構、しかしなかないというのなら、それはそれで、尊の手役の、糧となる。
――対向するシャロンは、勢い良く牌を掴むと、盲牌だけして自摸切り――無筋ドラ側、{7}の強打であった。当然、それは誰にも当たらない。
当たるとすれば――それこそ自分自身で掴むのみなのだから。
直後、宮守は自摸切り安牌、迷う必要はない。回るにしろオリるにしろ、気づいていないにしろ、この牌は完全に不要であろうと思われた。
よって、続く一、こちらは悩みどころだ、安牌が無いのか、難しそうに顔をしかめて、それから牌を選んで切る。――切ったのは、
一/打{③}
前巡に、尊の切った{③}、山越しである可能性もあったが、おそらく一の手には、それくらいしか信用のおける牌は何一つなかったのだ。
しかし、
(――お待ちどう様、ね)
「――チー!」 {横③②④}
待ちわびていた瞬間を、尊が見逃すはずはない。すぐさま牌を晒すと、勢い良くスライド、牌が卓の端に、軽快な音を伴ってたたきつけられた――!
(おンや、トリッキーな攻め手が一人。まぁ当然、そんな切り方するってーなら攻めてくるよねー。オカルトオカルト)
流された、シャロンのツモはムダヅモだ。それも先ほどのような、状況が状況であればキモを冷やしてしまうようなツモではない、全く見当違いな、当たりでもハズレでもないトンチンカンなモノ。
まるでその場にいながら、いないものとして阻害されているかのようだ。
(解る、解るンだよね、流れがかなり変わってる。不可思議な鳴きは、流れの想定を超えたか。――どこまでわかってやってるンだろーな)
シャロンの感知は、決して当たり牌という即物的なものだけではない。全体的に受け身がちな偏りがあるものの、シャロンの読み取れるものは様々だ。
気配や当たり牌、裏ドラなどが彼女の領分だ。――しかしその最もたる部分は、今この時のような、流れの察知によるものに、他ならない。
(あたしの持っていた流れ、全部どこかにとンじまったみたいだ。それをあの永水女が掴ンだのかどうかはともかく、警戒する必要は、あるな)
そして、宮守のツモ、これはシャロンのツモが流れたものだ。それを見た塞は、一度だけ嫌な顔をしてから、安牌であるヤオチューを切った。ベタオリ、だろう。
更には続く尊のツモ、手牌の左端に引き寄せ、打牌――両面塔子落としの打牌{4}。そして、
(――当たり牌、これは{⑤⑧}待ちか?)
軽く当たりをつけて、安牌落とし。シャロンにとっては、手牌すべてが当たり牌にならない限り、あらゆる牌が安牌である、どれだけ危ない牌であろうが、躊躇なく、それを切る。
――結局、これでシャロンはテンパイ崩し、和了したのは――
「ツモ、二本あるから、1200、2200ね」
――尊手牌――
{四四四六七八⑥⑦88横⑤} {横③②④}
・永水 『74900』(+4600)
↑
・臨海 『162700』(-2200)
・宮守 『66700』(-1100)
・龍門渕『96900』(-1100)
備尊、異常のようにうつる、少女が和了った。
――東四局、親塞――
――ドラ表示牌{④}――
空気の乱れ、場のあれ具合からつながる、状況のよどみ。そうしてそれらが生み出す、誰かの焦り。シャロンはそれを、どこか俯瞰した様子で見守っていた。
「……ポン!」 {東横東東}
宮守が、鳴いた。これによりシャロンの手はツモ番のスキップにより更に遅れ、前に無理にでも進もうとする他家から少しずつ引き離されていく。
――放銃がないのなら、それに合わせて手を打つことができる。それでも、その当たり牌ツモが、シャロンの手を遅らせるという弱点にもなる。
無論、放銃してしまえばそれ以上の失点は避けられないのだから、それもまた悪くはないだろうが……
「チー」 {⑧⑦⑨}
こんど鳴いたのは龍門渕だ。おそらくは喰い一通あたりが狙いだろうか。やもすれば混一色もありうる牌の偏りが捨て牌からみられる。
――状況が淀んでいるから、場が荒れる。これで龍門渕も宮守も二鳴きだ。手牌を短くして、果たして速度は本当に伴っているといえるのだろうか。有効牌が自摸れなければ、和了もテンパイもできないのは、なこうがなくまいが変わらない。
それだけずれて荒れる場は、シャロンの感覚を鈍らせる。――もしくは、異物を感覚に押し込める、といったほうがよいだろうか。それはまるで、粘りついた膜のように、シャロンの体を覆ってしまうのだ。
(これは別に、あたしに限らず門前派には誰にも言えることなンだけどさ。やっぱこーいうのは、めんどくさい)
それがあるからこそ、シャロンは難しそうに顔をしかめて、牌を掴む。――それが当たり牌だ。すぐさま手牌に治め、別の牌を切り出す。
(それをなしてるのが、まぁこの永水なンだろーけどさ、でもなンでかな、やっぱおかしい)
直後、龍門渕の打牌――手を進めようとして、尊の手牌に引っかかったのだ。
「――ロン、2600」
・永水 『77500』(+2600)
↑
・龍門渕『94300』(-2600)
尊を見る。
自身に満ちた顔、肩より前に垂らした茶色気味の髪を撫でながら、何かを抱えるように点棒を前にして微笑む。――きっとその動作一つ一つが、彼女の生き様を表しているのだろう。
アレは何かを支えにして生きる人間の目だ。それも、そんな支えを、人に見出しているものの眼だ。
(ウチのハンナに少し似てンな。ハンナの場合、もう少し我が強いンだけど。――ともかく、だ。こいつの可笑しさは、そういう方向性の違いみたいなもンじゃ、ない)
宮守、臼沢塞を見る。どこか不可思議な気配、オカルトに依るものだ――加えて、目を向ければすぐに、こちらに気がついたように視線を返した。
目と目で語り合うつもりはない、すぐに視線を外すと、今度は尊の方を見る。
臼沢塞のチカラは明らかだ。おそらくはシャロンでなくとも、オカルトに敏感な人間ならば、すぐに感じ取ることができるだろう。
しかし、尊は違う。
(――こいつには、そんなオカルト的気配が
懐疑的なシャロンの視線、それに尊は気づいているのかいないのか、すました顔で浮かび上がる牌を眺める。南入だ。前半戦も中盤、備尊の不可思議な闘牌が、ついにこの卓で、顕になろうとしている。
――南一局、親一――
――ドラ表示牌「{發}」――
「ポン!」 {44横4}
尊の手が、勢い良く牌を叩いて卓上を跳ねまわる。スライドによって叩きつけられた牌と反発するように、尊の右手は強引に牌を河へと叩きつけた。
鳴かれたシャロンは少しだけ面倒そうに顔をしかめてから、続く自身のツモを引き寄せる。
(第二回戦の時も思っていたのだけど、やっぱりこの人は流れを読み取っているのかしら。そうだとすればまこと羨ましいったら無いわね)
当たり牌を察知するだけなら、問題は何一つ無いだろう。こちらもそれに対応してツモ和了を狙っていけばいい。しかし流れを察知できるとなれば話は別だ。
臼沢塞の存在もあって、この混沌とした状況は非常に尊にとって好ましい場だ。
しかしそれが、シャロンの察知によって変じてしまうのは、尊にとっては絶対に避けたい状況なのだ。尊は決して、オカルトを自在に操れるわけではない。流れを感じ取れるわけでもないのだ。
ならば尊は、何を持ってオカルトとするか。
答えは簡単――情報である。
(二連続和了でこっちは波に乗っている。ここでさらにもう一度和了して、一気に流れを決定づけてあげる!)
――塞/打{三}
(生牌の{三}、流れはここかしら? どちらにしろ、この乱れている
――尊手牌――
{三三三⑤⑥⑥⑧888} {44横4}
「――カン!」 {三三横三三}
――尊/ツモ{④}
(――掴んだ! けど、これじゃあまだ、ダメ、完全じゃない。私にはまだ、捉えていない流れがひとつある)
勢い任せに掴んだ嶺上牌、絶好とは言わずとも、完璧とすら言える亜両面は、しかし尊の思う手牌には至らない。これではダメだ。これでは尊の手が、単なるゴミ手のような何かに変わってしまう。
だから、尊はその牌を一瞥し、そのまま勢い良く前へ向かって切り出した。
尊/自摸切り{④}
――テンパイ拒否、それが尊の選択だった。
――新ドラ表示牌:{⑤}
これに反応するのが龍門渕、国広一。――尊が意識を向ける、最後の相手。尊の狙いは流れの統括。これまでよどみ続けていたはずの流れを、他家からすべて引き寄せて、尊のものへと変質させるのだ。
だからこそ、他家の牌をなく。鳴いて空気をかき回せ、一気にそれをストップさせる。
尊のもとに――顕現させる。
それに必要な、最後の牌、{④}を嫌ってまでもなお、龍門渕からこぼれ出た牌。
一/打{⑦}
(ここね、これを鳴かない手は普通、無い。わざわざ手を嫌ってまで待ったのだから、これをなかない理由はない。その上で、私がなく牌は――これ)
「――チー!」 {横⑦⑤⑥}
異様に、それはうつるだろう。無論フリテンになるのだからこれ自体はおかしなことではない。しかしそれでも、さきほどのテンパイ拒否からして、異様は異様にしか映らない。
尊/打{8}
(普通なら、フリテンでもいいから両面を選びそうなもの、いいえむしろ、さっきの自摸切りがなければ、私は両面をフリテンなしで自摸っているのだわ、それを考えても、これはつまり、異常になる待ち)
――だが、そんな異常を求める流れがあるのだとすれば? それだけ今の状況が混迷しているのだとすれば?
むしろ、お手本のような教科書スタイルでは、この状況は引き寄せられない。
(それに――{④}打牌の警戒で、龍門渕は手を止めた、龍門渕はヤオチュー牌をとことん嫌うタンピン手、一度役牌が重なっても、嫌そうな顔一つしてないわ。{⑦}をこの子が切ってくれたわけだし――三枚目の新ドラはここ、ね)
とはいえ、手牌としても微妙なところだろうと、尊は見ている。オリ気味だが、{⑦}は切ることのできる手牌、テンパイの可能性も十分あるが、さほど高くないように思える。
三副露に萎縮気味、ということだろう。
(一番面倒そうなのは臨海女子ね、私の大明槓前の両面塔子落とし、一向聴はほぼ間違いない。その後は自摸切りだから、テンパイはありえないとも言えるけど……この人に{⑦}はまったくの不要牌、つかめば足を止めるだけのチカラになる)
尊の思考の根源となるのは、シャロンの捨て牌。シャロンの捨てた両面塔子は待ちとしては七枚も在る。それに対して{⑥}が一枚、{⑨}が二枚切れている。待ちは合計五枚だ。他にも{⑦}を利用した待ちには{⑤⑧}待ちもあるが、{⑤}がすでに切られているから、これはない。考えられるのは{⑦⑨}の嵌張待ちだが、シャロンはそういった両面を落として嵌張で待つような変態的な打ち筋はしないだろう。
(最後に……宮守、彼女の待ちはそもそも染め手よ、{三}切りが危なく見えるけど、先に自摸ってしまえば問題はないわ)
三者の状況は、尊にしれた。――あらゆる情報、そこから見えてくる状況を、尊は流れとして変換させる。尊にとって流れとは、状況と、そこからくる場面の転換だ。
それはたとえば、清梅や後続の巫女衆たちのオカルトとは違う、純然たる技術なのである。
尊がたどり着いた境地、それこそがオカルト、流れを操る不可思議スタイル。
――そう、
(……さぁ、これですべての準備は整った、すべてをかき回し、すべてを掴んで、不可思議な待ちを選んだ、これを和了ってしまえば、流れは私の手の中に、あってしかるべきものになるのよ!)
――単なる一人の少女でしかなかった尊の、とてもとても大切な、かけがえのないたった一つの、尊のひめごと。
「――ツモ! 1300、2600!」
――尊手牌――
{⑥⑧88横⑦} {横⑦⑤⑥} {三三横三三} {44横4}
・永水 『82700』(+5200)
↑
・臨海 『161400』(-1300)
・宮守 『64200』(-1300)
・龍門渕『91700』(-2600)
備尊が右手を伸ばす。サイコロを回し、自信のフィールドを築くために、尊の思いが、すべてのチカラが備わった、彼女だけの親番が始まろうとしている――
♪
備尊のパーソナリティは、平凡であることだった。どこにでもいる少女、両親がいて、親友がいて、未来を憂いて過去を悔やんで、なんでもないように日常を送る、ごくごく普通の少女だった。
彼女には小学生の頃から続けてきた趣味があった。――麻雀である。友人が始めた習い事に、自分も自分もと参加したのが始まりだった。
それから、中学、高校と麻雀を続けて、それなりに県でも有数のプレイヤーになった。全中県予選での成績は一桁、鹿児島で十本の指に入るだけの実力が、尊にはあった。
けれども、それだけだったのだ。
どれだけ優秀だろうと、全国トップクラスのプレイヤーには届かない、県の強豪で、レギュラーをとるだけの成績もない。そういう自覚が彼女にはあったし、きっとだれも否定はしなかっただろう。
そんな尊が永水を選んだのは、ごくごく単純に、実家から最も近い、麻雀強豪校だったからだ。
永水女子は元来からそれなりに県で名の通った高校で、全国への出場経験もある、しかしナンバー2、ナンバー3の評価が拭えない、そんな高校だった。
尊の実力であれば、そこでレギュラーをとることも、決して夢ではない。それを含めても、高校における青春の一幕として、部活に熱を入れるのも、おかしなことでは決して無い。
一年目は二軍と一軍を行ったり来たりするような成績で、控えメンバーに入ったのは、二年目のこと。――そしてこの二年目の夏、尊に大きな転機が訪れることとなる。
“二年目の夏”、インターハイが終わってすぐのことだ。尊は一人、夜闇の帰路を急いでいた。
その日は麻雀部の引き継ぎなどで、部活が長引いてしまったのだ。エースは去年から引き続き、同一の人物が務めているが、部長まではそうもいかない。丁度そのエースに部長の座が明け渡されて、彼女の麻雀部がスタートしようか、としている頃だった。
尊も友人の一人として彼女に協力し、下級生などの指導に熱を入れ、時間も忘れるほどに一日を充実させていた。そんなある夜のことであった。
帰宅が遅くなり、家族も心配しているだろう。そのために多少の近道をしながら、人気のない道を急いでいた。霧島の人気のない田舎道、車すら寄り付かないような場所で、何か一つでも事件が起これば、近所中で大問題となるような場所、何かが起きるなど、考えようのない場所だ。
そんな場所を通ろうとしていた時、尊は何かに襲われた。
“そこ”には形容のしがたい何かがいた。尊の目の前、数歩先の場所にいるのだ。夜闇には、ほとんど人影も映らない。目の前すら、月明かりではどうにも危うい。尊の目には数寸先の世界すら闇にまみれているはずなのだ。
――だが、分かった。そこに何かがいるのが、感覚でわかった。
眼の前にいる、形の無い何がしかが、尊の喉元を狙おうと、機を伺っているのが、なんとなくわかった。――それは尊が、自分自身の感覚から訴えられる、情報によって読み取ったことだった。
――死。
圧倒的な、死の気配。
ただ在るというだけで、尊そのものを喰らい尽くしてしまいそうな、暴力的な存在感。
恐怖を覚えるには、十分だった。
――それを忘れるほど、狂乱するには十分だった。
まず、家族を思った。父と母、少し年の離れた妹二人、それから友人、走馬灯といえるだろう尊の回想は、しかしそれっきりで終わってしまった。――その程度しか、尊には思い出がなかったのではない、その程度しか、何かは尊に猶予を与えてはくれなかったのだ。
――そうしたからこそ、最後に思い浮かべたのは、きっとその日一番、印象に残っていたことだっただろう。日常を生きる少女は、日常の刹那を、最後に思い浮かべた。
新たに部長へ就任し、活き活きと、後輩たちをしごいていた友人の顔。
――土御門清梅の、後ろ姿だった。
直後、
「みことォォォオオオオオオ!」
最後に思い浮かべたはずの少女――清梅の声が、尊の耳を貫いた。
♪
平安時代から続く陰陽師の大家、土御門家――というのが、清梅の冠する苗字の、けったいな肩書きらしい。完全なる非日常の存在が、日常と隣合わせとなる、尊の頭が混乱するのは、ムリもないことだった。
「――つまり、あなたはその陰陽師っていうので、私はあなたに助けられたわけね?」
「そうであるなぁ、よもや尊にこのような形で私の顔が割れるとは、いやはやけったいけったい」
「……ありがとう、助けてくれて」
「いや何、当然のことをしたまでである。私の職務はこの霧島を守ることであるがゆえ、な」
そうやって豪快に笑う、土御門清梅はいつもどおりの土御門清梅だ。どことなく宮司のような服装も、改造制服がどことなく似ているからか、なんとなく既視感のあるものだ。
「……なんだか納得がいかないわ、こっちが盛大に混乱してるっていうのに、そっちはいつもどおりのあなたで。私はあなたの麻雀部における活動を手伝って、あなたの問題に巻き込まれたのよ、少しくらい文句をいう権利はあるのでなくて?」
「はっはっは、そうかもしれんなぁ」
怪訝そうな尊の言葉は、そんな清梅の飄々とした言葉で、簡単に流されてしまった。むぅ、と頬をふくらませても、清梅は一向に、いつもどおりの様子を崩さない。
――と、そんな時だった、清梅の顔が、豪勢な勢い任せのものになる。
「まぁそれなら、私と同じように、こちらがわに手を出してみるのはどうだ?」
「……は? オカルトに?」
「そうだぞ? いや別に、私の切ったはったを手伝えというわけではない。むしろそんなことをさせれば連中に私が殺される」
「……まぁ、なんとなくわかったわ」
清梅は陰陽師である――らしい。そこら辺は未だに理解が及んでいない。が、しかし、だ。オカルトの存在は、尊に取ってはすんなり受け入れられるものではあった。
目の前で見たこともないようなバケモノが――今にして思えば、化け“モノ”であったのかどうかすら曖昧だが――現れて、それを清梅が救ってくれたのだ。だからすんなり、信じることは可能なことだった。
だからこそ、解る。清梅が何を言おうとしているのか、清梅が何を期待して、自分に言葉を投げかけているのか。結局のところ清梅自身も、一人でこの暗黒に満ちた世界を歩き渡るには、心細いものがあったということなのだろう。
嘆息。それから、尊は自分の感情に、喜びの色が浮かび上がるのを、どこかで感じた。
「――そうね。いいわ、乗ってあげる」
そう、清梅は陰陽師であり、同時に――永水女子を率いる雀士でもあるのだ。
そして尊もまた、そんな清梅とともに、牌を握るチームメイトだ。そうして、尊は今の自分が、清梅と隣り合って立っているのだと気がついた。
――隣にいる清梅が、どうしようもなく愛おしく、思えた。
「清梅、あなたは私に、知られてはならないことを知られた。――だから私とあなたは運命共同体よ、――違うかしら?」
ど娘にそんな脅し文句めいた口説きがあるのだと、清梅は一度、照れくさそうに笑った。それからポリポリと髪を何度か掻いて、それから――
「……あぁ、よろしく頼むよ、――尊」
照れくさそうな笑みを、優しげな、慈愛のような、そんな笑みへと、それが変質した。――きっとそれは、自分も同じなのだろうと、尊は思いを馳せるのだった。
――かくして、この時を境に、備尊の闘牌は大きく姿を変えた。永水女子は、土御門清梅を始めとし、優秀な四人の雀士、そして魔物、神代小蒔をくわえ、九州赤山高校を下し、全国の舞台を踏む。
備尊は、自身の唯一無二の親友という、最高の彩りを人生に加え、麻雀を打つ。
♪
「――ツモ!」
隣に立つ、彼女が自分の世界を作ると、尊は考えている。
世界が誰かとのつながりで出来上がるのなら、――尊のつながりは、そこに在るのが明らかだからだ。
「――4000オール!」
――尊手牌――
{二三四六六六④⑤⑥6788横8}
――ドラ表示牌:{①} 裏ドラ表示牌:{5}
・永水 『94700』(+12000)
↑
・臨海 『157400』(-4000)
・宮守 『60200』(-4000)
・龍門渕『87700』(-4000)
そして、つかみとった流れは、尊を支える土台となり、尊をつなぐ――糧となる。
まだ関係ありませんが次鋒戦がわりと長くなりました。全部一ちゃんが悪い。
タイトルの元ネタは某ラノベ、ぶっちゃけ一つ目全部読んでないのに続編読んじゃったよ! 面白かったです。