咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『己にこびりついたもの』次鋒戦③

 前半戦が終わり、状況は果たして、大きな変化は訪れなかった。この前半戦でもっとも大きく暴れた尊も、自身の順位を上げることまでは成功していない。

 それというのはやはり、先鋒戦でアン=ヘイリーの稼いだ点棒が、それだけ大きな意味を持っている、ということだろう。

 

 ただ一人の点棒だけでは何一つ意味を成さないほどの存在。それほどまでに、アン=ヘイリーは強大で、後続にまで意識をこびりつかせるほどの、異質であった。

 

 だからこそ、誰もが臨海に勝ちたい、と思う。トップをとるのではない、臨海よりもひとつ上に居たいと思うのだ。――結局のところ、このインターハイは二位以上が決勝に進める舞台である。トップを取るのは、決勝だけでも構わない。

 

 故にこの次鋒戦、勝とうと思うものは、それ相応の意識を前に見据えるものだ。それこそ一のように、自分の実力不足を痛感し、できうる限り波風を立てず、自身の半荘二回を終えようというものもいるのだが。

 ――とはいえ、一自身もこの前半戦、決して焼き鳥では終わっていない。

 

 ――国広一:一年――

 ――龍門渕高校(長野)――

 ――95500――

 

 それはまた宮守の臼沢塞も動揺、この次鋒戦、ほとんどいいところはなかったものの、点棒は目を背けたくなるほどではない。十万点近いトップとの点差は、それでもまだ残された半荘七回を思えば、全く絶望だと思えるようではなかった。

 

 ――臼沢塞:二年――

 ――宮守女子(岩手)――

 ――64400――

 

 この局、最大の躍進を遂げたのは永水女子の備尊、完全に他家を封殺し、その点棒は二位の龍門渕にほぼ一万点差にまで迫っていた。

 危うい均衡、いつ爆発するかもしれない状況は、それでも臨海の支配下に在る。尊が崩そうとしているのは、まずそれだ。――尊には、それを成さなければならない責任があったし、実力もまた、在った。

 

 ――備尊:三年――

 ――永水女子(鹿児島)――

 ――85700――

 

 そして、最後の一人。臨海女子が最強の守り手。とにかく血の気の多い臨海女子レギュラーメンバー切っての猪突猛進娘。それは大将にしてバトルマニアの、タニアと並び称される少女だ。

 名をシャロン=ランドルフという。――和洋折衷、プラチナブロンドの西洋的顔立ちを、日本の女学生的装いに収めた、リボンの似合う少女であった。

 

 ――シャロン=ランドルフ――

 ――臨海女子(東東京)――

 ――154400――

 

 これから始まるのは、次鋒戦後半、臨海と、その他と、拮抗し得ない均衡のなかで衝突しあう、四者四様の麻雀模様である。

 

 

 ♪

 

 

 席順。

 東家:臼沢

 南家:国広

 西家:ランドルフ

 北家:備

 

 

 ――東四局、親尊――

 ――ドラ表示牌「{二}」――

 

 

「リーチ」

 

 八巡目、仕掛けたのは、ここまで無難に半荘を進めながらも、今一歩及ばない感のある、龍門渕の国広一だった。勢い勇んでといった様子で、自身の次鋒戦初リーチをかける。

 じゃらりと右手の鎖が、その一の手に載せられた錘の重量を、ずっしりと伝える。

 それくらい、一の意識は前を向かざるを得なくなっていた。

 

 刹那、

 

 

「ポン」

 

 

 鳴いた。誰か――備尊である。まるで今その瞬間を待ちわびていたかのように、即座に、一瞬に、率直に、その牌を勢いだけで手中に収めた。

 

 尊/打{二}

 

(ドラ側強打……しかも無筋だ!)

 

 一の思考に、焦りという文字が浮かんだ。振り払う、しかしそれでもこびりつく、それはそうやって、一の奥底にそれはそれは前からずっと、張り付いていたのである。

 

 そして――

 

(……ぐっ)

 

 掴んで、めくって、現れたのは――{三}。丁度先ほど、尊が強打した、{四}の裏筋。思わず手を止めた一の意思は、何も間違ってはいないのだろう。

 恐る恐る、と言った様子で切られた牌は、しかし。

 

 

「ロン――5800」

 

 

 ――尊手牌――

 {三四五六⑥⑦⑧234横三} {横③③③}

 

・永水 『94300』(+6800)

 ↑

・龍門渕『80700』(-6800)

 

(――ッッッ!)

 

 息を呑む。なんだ、その待ちは、――と。一の中のあらゆる感情が、一斉に不可思議の感情を掲げる。まるでデモ行進日のようなそれは――しかし、

 

「……はい」

 

 ――一の、静かな点棒を差し出す声でかき消された。その様子に、遅ればせながら尊が気がついたのだろう、不思議そうに目を細めている。

 

(……いや、そうだよ、これは確かに不可思議ではある。異様なほど、異様と言って何も差支えは、多分どこにもないんだろう。……けど、それでもやっぱり――ちょっと違うんだよね)

 

 一はもう、尊の不可思議な手牌は歯牙にも賭けないように、自身の手牌を崩して中央に空いたスペースへと放り込んだ。同時に、意識に昨日の麻雀がフラッシュバックされる。

 

 衣のあの化け物じみた麻雀。衣自身、つまらないと言い放ったあのいくつかの半荘は、一の中にこびりつき始めていた。――否、衣の存在だけではない。一向聴地獄の中で平然とテンパイまで手を持っていく瀬々や、あの手この手で食らいついてく透華もまた、一の中で楔となっていた。

 

(――本物は、こんなものじゃない。それがわかるから、永水の人の、オカルトはまったく、怖くなんかない……!)

 

 尊の回したサイコロが、止まる。

 ――浮かび上がる山へ、果たして一は、一切の気負いもなく、手を前へと伸ばしていくのであった。

 

 

 ――東四局一本場、親尊――

 ――ドラ表示牌「{發}」――

 

 

 数巡、八巡ほどで、それまでノータイムで手を作っていたシャロンが、ここに来て手を止めた。一瞬だけ何かを考えると、牌を手牌の右端に寄せて別の牌を手出しする。

 

 シャロン/打{七}

 

 何事か――なんとなく一にはそれが知れていた。

 

(……当たり牌が解るなら、他家の手の進行状況なんて、一切考える必要なく正着打だけを、臨海の人は打つことができる。だから打牌がとにかく早い。それが時折止まる状況――つまり、誰かの当たり牌を掴んだってことだね。そしてこの打牌の意味は――)

 

 瀬々いわく、シャロンが感じ取っているのは当たり牌だけではない。他家の手の気配、高さと低さ、速さと重さ、それ以上に、手を進める状況の流れなんかも、シャロンは考慮していると言った。

 ならば、状況が動いて直後の打牌は、きっと何か意味がある。

 

(そして――テンパイはきっと永水の人。これは単純な勘だけど、捨て牌はかなり早そうだ。流れを掴んでいるのなら、テンパイでも何もおかしくはないはず!)

 

 では、シャロンが打牌をした意味は――果たしてそれだけか? 否、絶対に違う。

 

 ――一手牌――

 {二四六七七③④⑤⑧⑨12}

 

 一瞬だけ手牌に目を落として、それから尊の姿を見る。今にも牌に手を伸ばそうと、何かを待ちわびるように意識が向いている。このまま鳴かなければ、アレは必ず尊が手にする。

 ――それだけは、させてはならないような気がした。

 

(ボクの手にある唯一の対子、それをわざわざ切ってきた意味。――ここはそれを、確かめさせてもらう!)

 

 

「――ポン!」 {七七横七}

 

 

 ビクリと、すでに振り上げられていた尊の手が止まる。――止まった。その一瞬を隙と見て、すかさず一は右手を振るう。――ガァッ! と、いつになく周囲に響く強い音で、一の明刻が卓を滑った。

 

 同時に、打牌。――一に尊の当たり牌はわからない。だから切るのは、彼女の現物と――そしてシャロンの現物と、なる牌だ。

 

 一/打{⑨}

 

 続き、尊がつかむ筈だった牌をシャロンがツカミ、手牌に引き入れて、手出し。打牌{二}、混じりっけなしの危険牌、ドラ側強打。――それは先程の尊とよく似ていて、しかし決定的に違う信念から来る打牌であった。

 

 和了は、ない。在るわけがない。シャロンのスタイルはどこまでも辺りをかわし続けるというところにある。どこまでもブレず、ただ遠回りだけをして、和了に直進しつづける。

 ――そしてそれができるほどの、不思議に満ちた、力があるのだ。

 

 結局、その局の行き着くところは、この攻防に参加することのできなかった、宮守の放銃。――精一杯なやんでの、安め放銃。

 

 ――尊手牌――

 {二三②③④23456788横一}

 

・永水 『96100』(+1800)

 ↑

・宮守 『64900』(-1800)

 

 首の皮一枚繋がった、というところだろうか。点数の申告に、ほっと息をつく宮守。――しかし、今だ尊の連荘は続行中。――対決は、二本場へと移ろうとしていた。

 

 

 ――東四局二本場、親尊――

 ――ドラ表示牌「{9}」――

 

 

 おかしい、明らかにおかしい。

 それに気がついたのは、前半戦を終わってみてから、半荘を振り返ってからのこと。次鋒の前半戦は、完全に尊とシャロンがそれぞれ別個で目立っているだけだった。

 序盤こそ空気の沈殿から、宮守の臼沢がチカラを多少は振るっているようにも見えたが、他者の足を止めるには、それこそ同じ宮守の、五日市ほどのチカラが必要になるだろう。

 

 とはいえ、問題はそこではない。気にするべきことは、龍門渕の次鋒だ。――第二回戦では、龍門渕内で最も失点した人物でもある。――副将前半戦のあれは、まぁまた別の問題として。

 無論、実力がなかったわけではないだろう。しかしそれでも、永水の中では、準決勝まで上がってくるような高校の中でも珍しい、弱点となりうるような存在、それが龍門渕、国広一だと認識されていた。

 

 だが、どうだろう。ここまでの半荘、国広一は一方的に備尊に敗北したか? 否、そんなことはない。先の一局、シャロンの行った催促じみた打牌に、答えたのは一である。シャロンが読み取ったのは、尊ツモの気配であろうが――一は一体何を見た?

 

 彼女には、何かを見るようなチカラはないはずだ。

 

 それこそ尊のように、純粋な感覚と、高い判断力から“あたりを付ける”ようなやり方をしない限り、常人に流れを汲むことは不可能である。

 

 だからこそ、一は一体何を読み取った? もしも尊と同様に、“何か”を持ってシャロンの打牌に判断をつけているのだとしたら――その判断を、正しいと思える根拠はなんだ?

 

 分からない。

 

 分かるわけがない。

 

 第二回戦までの国広一は、清梅の秘密を知る前の、尊自身と同じように、ただただ普通の少女だったのだから。たった数日を空けるだけで、劇的に、何が一を変えたのか、など、全く分かるはずもない。

 

(――それでも、逃げることはできない、のよね。残念ながら、私はこの永水女子で次鋒を務めるたった五人のレギュラーの一人、なんだかから)

 

 真正面から、相対するべき相手は多くいる。

 それを前にして、尊は一歩も後ろへは退くことができないのだ。後ろには仲間がいる。清梅がいる。彼女たちに、ふがいない姿は見せられない。だから尊は、負ける訳にはいかない。

 

(さぁ、やってやるわよ、国広一、シャロン=ランドルフ、あなた達の麻雀が、果たして私の上を行くのか、確かめさせてもらうわよ!)

 

 

 ――そして、対するように、一は理牌の済んだ手牌を見て、思う。

 これなら行けるか……? と。

 

 ――一手牌――

 {六②③1236689南發發}

 

(混一色……一通も見える好配牌。{發}を鳴いて喰い一通込みの満貫でも十分。当然これは、染めていかざるを得ない手。でもそんなことをすれば、また永水の人が流れを全部持っていっちゃう。全局も、アレを鳴いたって和了は止められなかったんだ。――だから)

 

 一/ツモ{②}

 

(――ここは、いつものボクとは違う手段をとる!)

 

 一/打{六}

 

 打牌の音に傾く思考。思い出すのは少し前の、尊の牌譜を検討している時の事だった。そこには丁度瀬々がいて、一は瀬々に、ある質問をしたのだ――

 

 

 ♪

 

 

「――一体、備尊がどうやって流れを読んでいるか? だって?」

 

「うん、ちょっと気になって。純くんや衣に聞いても、実のある答えが帰って来なかったんだ」

 

 お互い椅子に腰を下ろして、向い合ってシワっている。手元には飲み物が中ほどまで入ったペットボトル――この部屋、衣と瀬々が宿泊している部屋を訪れる直前に買ったものだ――が置かれている。

 周囲は長閑で、月は空の天辺で輝いている。静まり返った室内は、テレビの音一つすらない。瀬々も、そして一も、そんな夜の闇へと、自身を委ねている様子だった。

 

 一口含んだペットボトルを机に放り出すと、中身を全て飲み込んでから、瀬々がどうとも言えないぼんやりとした声音で答える。――思考が、正しく答えという形で出来上がっていないのだろう。

 

「あー、なんていうか、あたしもオカルトに関してはよく理解が及んでない。分かるのもせいぜい、そのオカルトがどんな効果を作用させるのか、ってことくらいだ。だからまぁ、あいつらのオカルト、流れの根源なんざあたしにもわからん」

 

 ――そもそも。、衣も純も、そういったオカルトに関しては完全な感覚だよりで認識を持っている。どちらも決して説明下手なわけではないが、そもそも自分でも論理的に理解していないことを、しっかりとしたロジカルで伝えることなど不可能に近い。

 その日の夕食をカレーにするかシチューにするか。そこに持ち出される直感の理由を、誰かに伝えることはまったくもって不可能でしかないはずだ。

 

「だよね、でも瀬々なら、どういう原理で永水の人や純くん達が流れに手を加えてるのかが分かるんじゃなかって思って」

 

「――あぁ。それだけどな。永水のアレはオカルトじゃない、純粋な技術と超感覚めいた直感だ」

 

「……え?」

 

 ――思ってもない答えが、瀬々の口から飛び出した。まったく予想もしていなかった言葉に、一瞬だけだが、一の思考が停止する。復旧には、きっちり十秒の時間を要した。

 

「どういう、こと?」

 

「簡単に言うとだな、永水の備には、純や衣みたいなオカルトセンサーはない、ごくごく普通の人間だ。けども、オカルトをかなり抵抗なく受け入れてるんだ」

 

 ――通常であれば、オカルトは信じるに値しない愚者の論理だ。一般的な考えでは、そう。しかし実際にオカルトを理解していれば、百パーセントそれを受け入れられるかといえば、そんなことは全くない。

 どれだけオカルトを事実と思おうと、それは別世界の理論だ。自分の中にある常識にはない論理、それがオカルトの本質なのである。

 

 瀬々や透華が自身のチカラを御することに、苦戦している理由はそれだ。少なくとも瀬々は準決勝には間に合わなかった、その大半がこのオカルトに対する異質感から着ている。

 どれだけ理解しようとも、壁のようなものを感じてしまうのが、オカルト。

 ――しかし尊にはそれがないのだと、瀬々は言う。

 

「だからだな。本来ではありえない、捨て牌という常識的な情報の中から、オカルトという、非常識な流れを全部汲み取ってるんだ。一般人からしてみれば、そのあり方自体そもそも異質(オカルト)だよ」

 

「なるほど、ね。――ってちょっとまって、捨て牌? ほんとにそれだけで流れを感じ取ってるの? それは確かにすごい――けど、ちょっと、気になることが在るんだけど」

 

 瀬々の言葉の締めくくりに、何事か、一がはたと気づいて声を上げる。軽く瀬々が小首を傾げて、言葉を待つ。少しだけ考えて――思考を整理していたのだろう――一が要約言葉を紡ぐ。

 

「それってさ、つまり捨て牌に迷彩を施せば――永水の人は、()()()()()()()なるんだよね?」

 

 あぁ、と瀬々は思い出したように、言葉を漏らして、そして続けざま――本当になんの気負いもなく、ただただひたすらに何気ない様子で、答えた。

 

 

「――そうなんじゃないか?」

 

 

 ――――と。

 

 

 ♪

 

 

(――瀬々は、)

 

 一/自摸切り{⑨}

 

(瀬々は、迷彩や何やらのことを、本当に何気ない様子で言った。それは瀬々にとって、そういう小細工が当然のことだから、そんなふうに言ったんだ)

 

 一/ツモ{7}・打{②}

 

(当然だよね? 瀬々には答えを知るオカルトがあって、自由に手を作ることができる。そういう普通じゃない方策も、瀬々にとっては平常なんだ)

 

 一/自摸切り{⑤}

 

(でも、ボクはまったく、そうじゃない。今も打とうとしている策は本場の――衣とかからすれば本当にちゃちなもので、しかも、混一色にしたほうがいいって、決めてもまだ思ってる)

 

 続くツモは、{東}、それを手牌の右端において――一瞬の逡巡。何かが一の瞳に、心の底から浮かび上がってきた。――迷いだ。進むべきか、進まざるべきか、それを考えてそして、そっと、{南}を切る。

 

 それは、一枚切れの字牌。いつかはくっつくかもしれない牌。そして最後には、暗刻になるかもしれない牌なのだ。――それを、切る。切って、その上で前に進むことを、一は選んだ。

 

 ――それから、だれもその場で鳴くことも、リーチをかけることもなく、ただ打牌の音だけが響いた。そうしてそれが、一の下で、ようやく止まった。

 八巡目の、事である。

 

(――できた)

 

 ――一手牌――

 {②③123566789發發(横7)}

 

(でも、まぁ安めなんだな。{發}も重ならないし、手牌としてはすごく微妙だ。――けど決してボクの手としては、悪くない出来栄えだ)

 

 一の中には、まだ何かが足りていない。一はそれを自覚している。かの大沼プロとの半荘、そして昨日の衣との半荘、一の麻雀観を変えるのにこれほど大きなきっかけは無い。そんな体験を、一はしたのだ。

 それらが一に訴えかけてくる。必要な物が在る、手にするべきチカラがある、と。

 

(ボクに必要なもの、それはまだわからない。――けど、それを探しだすために、ボクは前へと進むべきなんだ――!)

 

 

「――リーチ!」

 

 

 一/打{6}

 

 ――卓上の空気を、一のリーチ宣言は大きく揺らがし、震わせていた。見せた反応は、それぞれ一つずつ。尊が思わず驚愕したようにして、塞は難しそうな顔をしていた。

 

 ただ一人、シャロンだけは違った。彼女だけは――少しだけ楽しそうな笑みを浮かべて、そんな様子を見守っているのだ。

 

 

 ――龍門渕控え室――

 

 

「これはまた、随分奇矯な待ちをするようになったものだ!」

 

 衣が楽しそうに声を張り上げる。さほど狭くはないもの、あくまで個室であるといった風情の室内には、その声は非常に響いて聞こえた。

 とはいえそれに反応するものは居ない。衣の言葉は、至極当然のものだったからだ。

 

 ――染め手見せかけの両面待ち、しかも片方は{②}二枚切れの、一枚でも{②}を持っていればワンチャンスになる手。実に衣好みの待ちなのだ。

 とはいえ、

 

「けどよ、なんとなく国広くんっぽい手じゃない感じだぜ?」

 

 純がなんとはなしに言うように、国広一はこういった小細工はほとんどしない、超正統派のデジタル雀士なのである。さすがに二年の差がある水穂には、及ぶところは少ないだろうが、門前での手作りのセンスは、透華ですら舌を巻くほどの技術がある。

 万年素人の瀬々あたりからしてみれば、それはかなり羨ましいような技術だろう。

 

 それが、こうして引っ掛け染みた曲芸的闘牌をするというのは、確かに一見すれば違和感がある。そしてそれは、一の人となりを、知れば知るほど深くなるのだ。

 ただし――

 

 

「――そうでも、ありませんわよ?」

 

 

 それも更に一定を超えれば、ごくごく当然の結論に、行き着く。

 純の言葉を、透華が何気なしに否定する。一気に純を惹きつける絶妙なタイミング、純自身、相応の興味が惹かれたのだろう。ほう――と、少しだけ視線を揺らし、透華の元へと向けた。

 

「あの娘の配牌は濃厚な索子臭が漂うものでしたから、染め手に向かうのはデジタル的に間違ったことではありませんわ、当然{②②③}から{②}を切るのはおかしくないですわ」

 

 透華や水穂の場合は、{4}か{6}を掴んだ時点、もしくは{發}が飛び出した時点で喰い一通を含めた速攻に移行する打{南}を取るが、一の場合はそうはならない。彼女はどちらかと言えば門前派の人間であるから、ここは門前で染めていくための{②}を切るのが正解となる。

 

「最終的に{①④}待ちでリーチをかけたのも、{①}と{④}が場に一枚も出ていない以上、同時に手に役がない以上、何らおかしい選択ではないですわね。――言うなれば、この奇策は、結果としてそうなったから奇策として成立したのであって、あくまで選択は一らしい正統派なものですの」

 

「それに、わざわざ策を弄するというのなら、そのための手段を一つしか用意しないのは全くの愚策だ。本物の玄人――秋一郎のような人間は、どんな策でもテンパイに取れるような、選択肢というものをいくつも抱えているものだ」

 

 透華の締めに、衣が補足するようにいう。

 それから、沈黙。――モニターの向こうで、状況が動き出すまでのいっとき、静寂が控え室を席巻した。

 

「でも、――この一手はそんな奇策として、成立したんだよね。しかも……」

 

 そんな沈黙を突き破るように、水穂がなんとはなしにいう。

 ――直後。

 

 

『チー!』 {横③②④}

 

 

「――そんな奇策に、どっぷり“嵌る”相手もいる」

 

 水穂が、続ける。

 

「高い手の気配に、この鳴き。まるで図ったかのように……」

 

 智樹が答えて――

 

 

「――手牌の中の、{①}が浮く!」

 

 

 ――瀬々が、締めた。

 

 尊/打{①}

 

 一の先進全霊がこもったそれは、

 

 ――果たして、

 

 

『ロン』

 

 

 ――備尊の、急所を抉った。

 

・龍門渕『83900』(+3200)

 ↑

・永水 『92900』(-3200)




一ちゃんのターン! 透華や瀬々といっしょにころたんにボコられたおかげで覚醒しましたの図。
いや、別に覚醒もしてませんし、まだ答えも出してませんし、雀力自体は二回戦と変わってないんですけど。

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