咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『シャロンと一』次鋒戦④

 ――南一局、親塞――

 ――ドラ表示牌{南}――

 

 

 ただ純粋にすごい、シャロンは一の和了りを見てそう考えた。ごくごく自然な、一切の気負いもない思いであった。

 

 一のやったことは、狙ってやれるものではないだろう。しかし同時に、やろうと思わなくては、決して完成しない手であろう。

 本線の染め手混一色は完成しなかった。高めの一通も来なかった。ここまで流れがないのであれば、普通アレは自摸れないだろう。せいぜい振り込まず、リーチ棒だけを持っていかれるだけ。

 しかし、この場では、そうなるはずだった“流れ”をかき消すものが、一人いる。

 

(すっごいなーこいつ。あたしにゃそンな曲芸、狙ってできるもンじゃない。いや――意識した上で、可能性の一つとして手の中に内包する事はできない。宮守なンかもそうだし、普通はそうだ)

 

 どれだけ手を安くしてでも、この一手を打つ、それは狙えば狙おうと思うたび、意識が高打点の誘惑に引き寄せられ、意識を減退させられていく。例えできたとしても、ためらうし――そうなれば、機を逃すことだってままにある。

 

 それでも、そんな状況を一は意識して、なおかつ和了りへ持って行ってみせたのだ。どれだけ状況が、その一手に有利に働くことがわかっていようと、普通は打てる、手段ではない。

 

(――だからこそ、備尊はそンな可能性、考慮して来なかった。だから手立てを打てなかったわけだけど――そもそも、これは単純な事故なわけだから、気にする必要もないンだけど)

 

 見れば、尊はどこか納得していないような表情をしながらも、それでも特に意識を見だしたようなこともなく、自身の打牌を選んでいる。尊が腑に落ちていないのは、一切のオカルトも持ち合わせていないはずの一が奇策を打ったという事実だけで、その中身自体は気にしてもいないようだ。

 

(ま、あのお姫様にボコられたンだろうけど、それは別にどーでもいいや。備は強い――けど、それはあたしとは全く、関係のない強さだ。こいつは結局、あたしの超えるべき敵でしかない)

 

 シャロンにとって、尊ほど手を伸ばす必要もない雀士は、この場にはいないだろう。越えなければならない相手、しかし手を伸ばすような相手ではない。それはシャロンの中に生きる、感情と呼べる感情と、信念と呼べる信念すべてが、高らかに宣言している。

 尊は不確かな世界を、己の足だけで踏破しようというたぐいの人間だ。冒険家、とでも呼べばそれが正解にあたるかもしれない。逆にシャロンは、限られた明白な世界の中で己を練磨するたぐいの人間だ。格闘家、とでも呼べばそれが正しい答えだろう。

 

(けど、こいつはあたしに割りと似てる。まっすぐっていうか、打ち筋は一つのブレもない、お手本のような正統派。……あたしはまったく正統派なンかじゃないンだけどさ)

 

 似ている、と思うのは、ごくごく単純に、一があまりにも、真っ直ぐ前を向いて見えるからだ。それをするのは、果たして何かの過去があるのか、それともシャロンのように、何か特別な立ち位置が、彼女にはあるのだろうか。

 

(……二回戦では、その真っ直ぐさが、また別の真っ直ぐと衝突しているように思えた。そしてこの準決勝では、そんな反発しあうはずのあたしのチカラを、全く気にしていないように、思える)

 

 手牌の向こう側に、彼女はいる。自分の手牌とにらめっこをして、それから勢い任せに、打牌を選ぶ。それから自分が牌を掴んで、シャロンはゆっくり、それを見下ろす。

 

 ――シャロン手牌――

 {二二五五七七⑧⑧14556(横4)}

 

(――羨ましいな、本当に、今もまだ飛翔を続けようとする、こいつがあたしは羨ましい。どうしようもないほど――羨ましいンだ)

 

 自分の後ろにいると、思っている類の人間は、どんどん前に進むことができて、シャロンはそれが羨ましい。決してシャロンも負けてはいないとおもう。むしろ、勝っていると思うからこそそう思う。

 

(そして同時に、勝ちたいと思う。あたしはこいつに勝ちたい、勝ってあたしを、知らしめたい!)

 

 シャロン/打{1}

 

(さぁ――かかってこいよ、あたしが全部、叩き潰してやるからさ!)

 

 直後、――シャロンはテンパイした手を和了した。出和了り、3200の手であった。――国広一が、振り込んだのだ。

 

・臨海 『161500』(+3200)

 ↑

・龍門渕『80700』(-3200)

 

 

 ――南二局、親一――

 ――ドラ表示牌「{1}」――

 

 

「チー!」 {横768}

 

 シャロンの声が高らかに響く、無理もない、それに力がはいるのは。シャロンの鳴きで、彼女の手はガラリとその姿を変えた。

 

(テンパイだ!)

 

 ――シャロン手牌――

 {二三四五五⑥⑦⑧244} {横768}

 

 ――シャロン/打{4}

 

 それはまさしく電光石火。それはたった三巡での手牌であった。――しかし、他家から見れば、それはたかだか一副露、攻め手を止めるに、値するようなものではない。

 直後から、決してそんな鳴きを臆することのない打牌が続いた。さすがに宮守の臼沢塞は消沈気味であったが、のこる両名、国広一と備尊は、まるでシャロンの存在など意に介してすらいない様子で、自身の手牌を強引に前へと進めた――そうなれば、

 

 シャロン/ツモ{②}

 

(……っち、先に相手の当たり牌を掴まされたか――!)

 

 単なる嵌張待ちでしか無い、シャロンでは些か分が悪い。だからこそ、それが諦めに、変わるわけではない。当たり牌を掴んだ、引かざるをえない、回らざるをえない。――それがなんだ? そんなもの、シャロンには一切の壁とすらならない――!

 

(けどよ、こちとら最後まで全力で、全開で、何もかもさらけ出してでも、殴り合いを止めるつもりは、無いンだよォッッ!!)

 

 シャロン/打{五}

 

 勢い良く、視線を向ける。――その先にいるのは、備尊だ。彼女の流れは未だ死んではいない。故にそのテンパイは相応のもので、相応の広さとなる待ちのはずだ。

 ――だからこそ、ここで掴んだ当たり牌、それはきっと大きな意味になる。

 

 シャロン/ツモ{3}

 

(張替え――)

 

 シャロン/打{二}

 

(完、ッ了――!)

 

 だが、シャロンのもとに押し寄せる、牌の勢いは底で止まらない。もう一人、シャロンに肉薄する者がいる。――国広一だ。彼女もまた、テンパイ。無筋の強打で、尊とシャロン、二名の三年生へ宣戦布告を堂々と掲げる。

 

 それにハマったのは――まず、シャロンだった。

 

(ぐぅ)

 

 ――シャロン/ツモ{五}・打{三}

 

 引き寄せたのは、すでに自身が一度切り捨てた不要牌、それが再び手牌に回帰した、一の当たり牌という、非常に厄介な枷を伴って。

 しかし、それでもシャロンは一切顔を陰らせはしない。意思を曲げる、ことはない。

 

(――いいや、マダだね! まだ、あたしの手牌は、死ンでない!)

 

 ――シャロン/ツモ{②}

 

(もう一度、張り直した。ここまでかかったのに、十二巡、一枚切れのシャンポン待ちで、でる確率なんて無に等しい。けど、ここであたしが、それを考慮するはずがねーンだよ!)

 

 シャロン/打{四}

 

 これで、尊も一も、そしてシャロンも、完全にテンパイといえるだけの状況が作られた。もう、あとに退くものはいない。若干の有利不利はあれども、それが決定的な差になることはない。

 

 そんな状況。

 

 ――一歩前に、誰取りも早く踏み込んだのは、

 

 

「――ロン!」

 

 

 シャロン=ランドルフをおいて、他にない。

 

 

 ――南三局、親シャロン――

 ――ドラ表示牌「{發}」――

 

 

 国広一には信念が足りない、かつて神の域に足を踏み入れんとする最上級雀士、大沼秋一郎によって語られた、一が今、最も不足しているもの。

 それがあるからこそ、あの第二回戦、一は大きく失点したのだろう。――それくらい、一が相対した雀士、北門美紀は真っ直ぐだった。

 

(――大きな敗北があって、それからボクはここにいる。結局のところ、それがあるから、ボクはまだ、前に踏み出せずにいる。多分きっと、昔のこと以上に、今の自分がボクを引っ張っている)

 

 ――透華は、強い。文句のつけようがないほど。水穂もまた、彼女には全国の最強クラスとやりあうだけの実力がある。

 瀬々や衣にいたっては、常人には持ち得ないチカラをもっている。――どれも、一には決して無いものだ。

 

(正直、自分が場違いなんじゃないか、と思うことはある。あと少し、純くんたちが来るのが早ければ、ボクはレギュラーじゃ無くなっていたんじゃないか、そう思うことだって、ある)

 

 それは一が、自分に足りないのものを自覚しているから。一が決して“弱い”わけではないのだ。ただごくごく単純に、当たり前のように――“足りていない”のだ。

 何かを欠乏させているから、一は弱い。技術は誰よりもあるつもりだ。――打ち筋だって、何一つ間違ってはいないはずだ。それでも、一はまだ、適わない。

 

(それがわかればいいんだろうけど。――それがわかってしまえる人なら、すごく良かったんだろうけど……悩みの答えなんて、きっと瀬々にだってわからないよね)

 

 ――解ってしまえるなら、そう思った。しかしそれは、答えを知る瀬々にですら不可能なこと。彼女は人間のこころを覗くことはできない。だから、人間の答えをしれない。――だから瀬々自身、自分の中で何かに迷っているのだろうけど。

 そして、わからないからこそ、一は誰かに答えを、聞くことだってできないのだ。

 

(……でも、いい。それが悩みなのなら、ボクはその悩みを抱えて生きる。多分それが、“人間”ってことなんだ)

 

 

 ――そのためにも、

 

 

(だから……まずは、この半荘を終わらせる)

 

 ――一手牌――

 {一三五八九⑦⑨⑨199北白(横2)}

 

(バラバラな手牌だ。でも、だからこそ狙える手は、多くある。可能性は、無限に近い。その中で、ボクはこの手牌から――正解を作り出す)

 

 意識するのは、同じこの次鋒戦の卓に座る、少女。シャロン=ランドルフ。異国情緒と日本風情を二つで足して割り、さながら芸術品のドールを思わせるような美貌を持つ、少女。

 彼女には、何かを知る感覚がある。――それはきっと、瀬々のような、答え合わせのチカラに近い。だが、瀬々のそれ以上に、彼女のチカラは自分自身に迷いを与えない。

 

 ――他家のテンパイを知っても、同様の必要がないように、当たり牌まで解ってしまう。それさえわかれば、シャロンはもう、放銃の邪念から解き放たれる。

 だからこそ、シャロンの打牌には迷いがない。――それはきっと、シャロンの中で、揺らぎのない信念となるのだ。

 

(さぁ……始めよう、ボクの、ボクらしい――正統派(まっすぐ)な闘牌で――!)

 

 一/打{北}

 

 羨ましいくらい、直線的なシャロンの信条。それを思うからこそ、一は自分の闘牌を、どこまでも鋭く、正しくあろうとするものに変えていこうとする!

 

 五巡、それぞれのツモが流れて、手牌が組変わってゆく。一の手牌も、ここで大きく――姿を変えようとしていた。

 

 ――一手牌――

 {一二三五八九⑦⑨⑨1299(横3)}

 

(辺張が埋まった。これで一通の芽も、三色の芽も消えたかな。――{六}が二枚に、{⑧}と{⑥}が一枚ずつ切られてる。{⑥}を切った宮守の人が{⑧}を使ってそうだ)

 

 逆に、{六}を切った永水は染めて気配、{七}が使われている可能性は非常に薄い。そうなれば、この手の理想系も、自ずとその場に顕になってくる。

 

(――この手牌の完成形は、{七}ツモでの{⑦}切りシャンポン待ちリーチ。満貫クラスの手、必ずここで完成させる――!)

 

 一/打{五}

 

 それから、臨海のシャロンが牌を掴んで自摸切りをする。難しそうな顔をして、それから打牌を選んでいる。親番ということもあって、簡単な手で済ませたくはないのだろう。

 

 続いて、永水の尊が牌を選ぶ、彼女の視線はせわしなく捨て牌の中を動き回っている。シャロンがそうであるように、彼女もまた状況を難しい顔で見ていた。

 

 最後に宮守の塞、こちらはテンパイが近いのか、手に一切のよどみもない。――彼女の打牌が終わって、ようやく一へとツモが戻った。

 

 だが、そこではまだ一はツモらないもう一巡、それぞれに打牌が回った。

 

 一向聴から、二巡、一はテンパイに要した。勢いのないにしては上出来なほどの速さである。それはだれもが、感じる所であった。

 

「リーチ!」

 

 そこから、選択は迷わない、一の手にそれ以上の打点上昇はありえず、また同時に、これ以上の手変わりも望めない。完全に最善のツモ。――一自身が描いた、{七}ツモからの――シャンポンリーチ。完全に、状況は一に味方しているかのように、思えた。

 

 ――同卓する三者の顔が一斉に驚愕へ変わる。無理もない、ここにきて目立たない一年でしかなかったはずの一が、急にすべての流れを引き寄せ始めたのだから。

 

 しかし、その驚愕は、驚愕だけでその場で終わる。誰にも一は止められない。

 

 

 ――今この瞬間の、一はただ、一人の勝者だ。

 

 

「――ツモ!」

 

・龍門渕『88700』(+8000)

 ↑

・臨海 『159500』(-4000)

・宮守 『88900』(-2000)

・永水 『88900』(-2000)

 

 一発は、つかず。

 満貫――裏はなしの五翻。この後半戦始めての、高打点和了であった。

 

「2000、4000!」

 

 高らかな、一の声が響き渡った。

 

 

 ――オーラス――

 ――ドラ表示牌「{8}」――

 

 

(――張った、最高の形で)

 

 ――シャロン手牌――

 {二三四②④⑤⑥234556(横③)}

 

(この時点で張ってるのは龍門渕の国広一だけ――その当たり牌である{②}を手牌に加えた状態で、テンパイできた!)

 

 ちらりと、見やった一の手牌、すぐさまその手牌の様子が――シャロンの元へ伝わってくる。

 

 ――一捨て牌――

 {二三9157}

 {東五白⑤}

 

 濃厚な一極手牌臭、打点までは気配に依る考慮しかシャロンには不可能であるが――混一色のみの、出和了りであれば5200であろうことは、待ちから分かる。

 ――一の待ちは、リャンカンから{⑤}を切っての嵌張待ちなのである。

 

(そう考えれば、おそらく国広に使われてるであろうあたしの待ちは三枚。六枚残りの三面張でなら――三枚待ちの嵌張に、十分勝負は打てるはず――!)

 

 このテンパイ時、シャロンはまずこう考えた。嵌張待ちに対して三面張で勝負ができると判断するなら、ここで仕掛けるのはダマではなくリーチではないか――と。

 ここでリーチをかける利点はいくつかある。――その最大の一つが、

 

「――リーチ!」

 

 ――シャロンのリーチに対する。

 

「――リーチ!」

 

 一の、追っかけ自摸切りリーチであった。

 普通、ここまで混一色の気配を出せば、インハイ準決勝にまで駒を進める高校のレギュラーが、それに放銃するとは思えない。だから一はリーチをかけなかったし、かけずともツモ和了であるなら、満貫クラスの打点が保証されているのだ。

 それに、これはシャロンの預かり知らぬことではあるが、一の手には雀頭として役牌が二枚対子になっている。{①}か{③}、どちらかを自摸れれば、それを活かすことも可能となる。

 そうすれば、リーチとツモに、高めで跳満の手が完成するのだ。

 

 よって、テンパイ直後は一もダマテンを選んだ。しかし、ここにシャロンのリーチがかかれば話は変わる。

 

 放銃の可能性が、生まれるのだ。それも――本来であれば絶対に放銃などありえないような人間から、リーチ宣言という形で――放銃の可能性が現出した。

 

(――そう、これを見越しての、あたしのリーチ。そしてその勝負は、直後のあたしのツモで決まるンだ。そういう気配がする)

 

 一リーチ、直後のツモ。シャロンの右手が大きく上空を揺らめいて踊る。狙いを定める大鷲のように、獲物めがけて――右手を突き出す。

 牌の山の、またその一つ、シャロンが掴むべき牌にそれが直撃した、瞬間。シャロンの右手が爆発的な豪風を伴って、振り上げられた。

 

(こいつがあたしのツモなら、この勝負、あたしの勝ちだ。高めだろうと、安めだろうと、その時点であたしはツモを宣言して半荘を終える。――けど、もしもこれが国広のツモなんだとしたら――――その時は、)

 

 引き寄せて、手元まで持っていく。

 ツモは、感触が、手に馴染む。まさかこれが絵なしの{白}というわけもないだろう。――だから、シャロンは、ゆっくりとその牌から、指を離す。

 

 

 ――シャロン/ツモ{②}

 

 

 一瞬、沈黙。

 それからふぅ――と、大きく息を吐きだした。

 

(――その時はこの勝負、あンたに一度あずけてやンよ! 国広一――!)

 

 シャロン/打{②}

 

 

「――ロン! 8000!」

 

 

 こうして、

 

・龍門渕『97700』(+9000)

 ↑

・臨海 『150500』(-9000)

 

 長かった勝負が、二名の雀士の手で――――決した。

 

 

 ♪

 

 

 次鋒戦が終了し、一礼とともに臼沢塞が対局室から姿を消した。総合的にはマイナスであるが、失点はほとんどといっていいほどない。対局相手を鑑みても、非常に無難に、対局を終えたといっても過言ではないだろう。

 

 ――臼沢塞:二年――

 ――宮守女子(岩手)――

 ――64600――

 

 そして直後、シャロンと一が同時に立ち上がる。

 

「龍門渕の国広――いや、一! この勝負、決勝に預ける。つぎはぜってー負けてやンねーぞ!」

 

 ――シャロン=ランドルフ:三年――

 ――臨海女子(東東京)――

 ――150800――

 

「こっちこそ、次は必ず稼がせてもらいます」

 

 ――国広一:一年――

 ――龍門渕高校(長野)――

 ――98000――

 

 互いにたっぷり睨み合って、それから踵を返し背を向け合う。彼女たちが向かう出口は、全く同一の場所にある。しかし背を向けあってそれから――どちらも視線を交わすことは、なかった。

 

 ――最後に、一人の少女が残される。

 備尊は深々と腰掛けた椅子に、一度体全体を沈め、それから勢い任せに立ち上がる。

 

「はーあ、終わったわぁ」

 

 長い半荘だった。最後は蚊帳の外に置かれたような気分にもなった。しかし、そこに在る結果だけを見れば、この勝負に、言えることは間違いなくある。

 

「私の勝ち……ねぇ」

 

 大きく伸びをしながら、ゆっくりと尊は対局室の中央に設置された卓へ登るための階段を下る。

 

「清梅に自慢してやんなくちゃねぇー」

 

 ――備尊:三年――

 ――永水女子(鹿児島)――

 ――86600――

 

 かくして、それぞれの次鋒戦は終了した。奮わなかったもの、届かなかったもの、勝利したもの、次を望むもの。それぞれの思いを載せ、団体戦は次なるステージ、中堅戦へと移ろうとしていた。

 

 

 ♪

 

 

 昼の休憩を挟んで、中堅戦は午後からの開始となる。それを間近に控え、宮守女子の先鋒と大将、鵜浦心音と小瀬川白望はふたりきりで人気のない自動販売機の前に来ていた。

 どうやらここは穴場であるらしく、近くには準決勝の様子を映すモニターと、いくつかの椅子があるというのに、二人以外の人はいない。完全な穴場、と言って良いだろう。

 

「それで――」

 

 口火を切りながら、心音はたった今買った缶ジュースを空ける。――プシュ、という音が周囲に響いた。

 

「――用事は、何かな?」

 

 対する白望は、受け取ったジュースの封を切りながら、少しだけ飲んで、手近な椅子へと腰掛ける。丁度心音と白望は、真正面から向かい合うようになった。

 

「えっと」

 

 ――モニターでは、実況の声がけたたましく響く。四者が卓に付き、まもなく中堅戦が始まろうとしているのだ。半荘十回のウチ五回目、ここが勝負の転換点。

 

 依田水穂。

 ハンナ=ストラウド。

 薄墨初美。

 そして――五日市早海。

 

 四者の顔が、一度ずつ、映し出された。

 

「言わなくちゃいけない、と、思いまして」

 

 どことなく、たどたどしい様子で白望が言う。単純に敬語が面倒なのだろう。心音とて気にはしないだろうが、真面目な話だ――いつものように、とは行かない。

 

「ん?」

 

 それはわかっているのだろう。

 しかし心音はあくまで平常といった様子で首を傾げ、次の言葉を待つ。

 

 白望は、

 

 ――一拍の空白を伴って、言った。

 

 

「――早海先輩の、こと」

 

 

 同時に、

 

 

『――――中堅戦前半、スタートですッッッ!!!』

 

 

 ――声が、響いた。

 




普通に一話分の文量になりましたので分割という形で完成。
一話一話をもう少しコンスタントに投下できればいいんですけどねー。

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