咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

55 / 102
『東門の青龍、北門の玄武』中堅戦①

 席順。

 東家:五日市

 南家:薄墨

 西家:ストラウド

 北家:依田

 

 

 ――東一局、親早海――

 ――ドラ表示牌「{發}」――

 

 

 中堅戦、開始早々のこの局は。ごくごく一部を除けば、非常に静かなスタートとなった。一段目を折り返し、九巡を過ぎてなお、立直の発生一つ、付くことはなかったのである。

 

 そしてその状況に、薄墨初美は待ったをかける。

 

(さぁて――)

 

 特徴的な長い袖を腕を上げてまくり上げるようにしながら、気合を入れ直して初美は周囲の状況を確かめる。

 まず第一に眼に入るのは――自分自身が手にした、その手牌であった。

 

(――――テンパイ、ですよー)

 

 ――初美手牌――

 {二四五六③④⑤⑤34577(横⑤)}

 

(最善と言えるかどうかはともかく、全くもって無理の無い待ちになりました。出来れば三色が欲しいですけど、さすがに無茶ですよねー)

 

 目を向けるのは、臨海女子の中堅を務める、ハンナ=ストラウドのあまりにも異様といえる――この局唯一の不可思議に――であった。

 

 ――ハンナ捨て牌――

 {三三三⑨①九}

 {發北7}

 

(最初の{三}は手出しですが、それ以降は全部自摸切り、つまり完全に裏目を引いたわけですねー。まぁそれもさることながら、そこからこの捨て牌は、なかなかできるものではありませんよ―?)

 

 ともかく、{三}は三枚も河に流れているのだ。そしてハンナの捨て牌には存在しない者の、残る一枚もすでに、誰の目からも明らかなよう、捨て牌へ晒され、捨てられている。

 ――捨てたのは、現在の親、宮守女子が中堅、五日市早海であった。二巡前に、{二}と合わせての手出し両面落とし。テンパイは近いだろうと初美には思えた。

 

(とはいえ一向聴がなんぼのもんですよ。こっちの手はタンヤオのみ手とはいえ三面張、{④}を引けな平和一盃口がつくのでリーチはかけませんが、それでもこの手で親と殴り合いをしないのは、私のスタイルに反します)

 

 北家でなければ、初美はどれほどの手を作ろうと、それは単なるツキの良し悪しだ。無論最低限の技術はあると自負しているものの、霧島神境に関わる六女仙のひとりとして、初美に求められていることは単なる麻雀の技術ではない。

 

(まぁ今は、この手を素直に完成させますよー、闇の中から黙ってリーチ……っと)

 

 初美/打{二}

 

 

「――ロン」

 

 

「……ふぇ?」

 

 唐突に、響き渡った宣言に、初美は最初に疑問を覚えた。何が在ったのかと、理解が少し、状況から遅れた。同時に開かれたのは――ハンナの手牌。

 

 ――ハンナ手牌――

 {二七七八八③③⑧⑧2244} {二}(和了り牌)

 

「3200――!」

 

・臨海 『153700』(+3200)

 ↑

・永水 『85700』(-3200)

 

(な……ッ! なんでこの人がその手でリーチをかけないんですか……ッ!)

 

 ありえないことだ。少なくとも第二回戦までのハンナであれば、この手にリーチと裏ドラ二つで跳満を作る、それくらいのことは当たり前のようにしてくる、はずだったのだ。

 

(チートイは単なる二翻の手ですから、それだけじゃあ手としては弱い、タンヤオが複合しても、たかだか3200の手にしかならない。この人には、リーチと裏ドラがあるのになんで……)

 

 手牌は、おそらく純チャン崩れのチートイツ。ハンナの場合、ヤオチュー牌よりも、その横の中張牌――持つにも微妙な二から三、そして七から八の数牌のほうが、よく引いてくる牌なのだ。

 とはいえ、最初から打{三}としている時点で、ある程度この状況は、ハンナが狙ってやったであろうことは分かるのだが。

 

(いや、とにかく安い点数で局が進むなら歓迎ですよー。私の本領は北家が訪れてから。それになんとなくツキの無い宮守の親番が流れても嬉しくはありませんが――)

 

 ――そして、ニヤリと初美は、その小柄な体躯からは考えられないほど、挑戦的で、大人びた蠱惑の笑みを貼り付ける。

 妖艶な、“人ならざる化生”とすら思えるそれが、初美の中には宿っているかのようだった。

 

 

(私は、親番だってきらいじゃないんですよー?)

 

 

 ――東二局、親初美――

 ――ドラ表示牌「{7}」――

 

 

 とは、言ったものの、初美にとって親番は、なんらチカラを用いることのできないアウェーの場、どれだけ次が北家とはいえ、どれだけ親が有用とはいえ、手放しで喜べるものでは決してない。

 

(まぁ……テンパイしてしまえば話は別ですけど)

 

 ――初美手牌――

 {三四四五④⑤⑤⑤⑥⑦⑧88(横二)}

 

(問題が在るとすれば……やはり臨海のリーチでしょうね)

 

 一見すれば、ハンナのリーチはさほど怖くはないように思える。

 

 ――ハンナ捨て牌――

 {東發二6①西}

 {③横一}

 

(“ハンナ=ストライドがドラを掴むことはない”。ということと、“この人は役牌をほとんど利用しない極端な門前派”であることを考えれば、この手牌はさほど高くはない)

 

 序盤から役牌が切り出され、直後に中張牌だ。すでに手ができているからこのような落とし方になるのだろうが、ハンナの場合、それだけ“中張牌がひつようない”、という事にもなる。

 

({④}を切ったところで、三色一通が複合している様子はないですから、おそらくこれは単なるリーチのみ。それも嵌張待ちの、かなり待ちの狭い手!)

 

 それでも、初美はその打牌をためらった。というのも、前局、ハンナから感じた違和感が、どうにも初美には引っかかって思えるからだ。

 

(とはいえ、この人の手はたかだか5200なわけですから、出和了りはさほど辛くはない――というよりも、自摸られた場合に一万二千点持っていかれてしまいますからね。それだったら)

 

 ――初美は意を決したように{④}を勢い良く掴む。派手に音がして、それから卓に、一度跳ねて、収まった。

 

(攻めなければ、意味が無いですよ――!)

 

 初美/打{④}

 

「通らば、リー……ッ!」

 

 瞬間、初美の感覚に、嫌というほど響き渡る警鐘が打ち鳴らされた。――こいつだ。この牌だ。それをその一瞬で、感じ取ったのである。

 

 

「――通りませんねぇ。ロン、ですよ」

 

 

 ――ハンナ手牌――

 {二三四③⑤⑤⑥⑦34577}

 

・臨海 『158900』(+5200)

 ↑

・永水 『80500』(-5200)

 

 思わず、初美はその手牌に安堵する。もとよりそうだとは予想していたが、その手はリーチのみのゴミ手だ。――しかし、初美が安堵したのはそこではない。

 

「――裏、二。5200です」

 

 ――裏ドラ表示牌:{6}

 

(やっぱり刻子にはなってませんでいしたねー。まぁ対子場でもなければこの人の手牌に刻子なんて出来ませんが……放銃はやっぱり怖いのですよー)

 

 ハンナも、そして初美も、これが初めての対決ではない。故に相手の特性というものはよくわかっているのだ。そしてわかっているからこそ、初美はそれを大きく意識する。

 ――が、ここからは、違う。

 

 初実の親番が終われば、次の初美は――北家だ。

 

 

 そう、悪石の巫女と呼ばれる少女の、本領がここにきて、始めて発揮されようとしているのだ――

 

 

 ――東三局、親ハンナ――

 ――ドラ表示牌「{9}」――

 

 

 風が、東北からの風が卓上を駆け抜けた。

 

 今、ひとつの扉が開こうとしている。

 

 ――それは、門だ。

 

 あらゆる魔が、災厄が、その方向からやってくる。それを開くか、はたまた封するか。――そのために必要な、一つの門。

 

 その存在は――薄墨初美の後方に現出を開始する。

 

 それをちらっと見やって、龍門渕の中堅、依田水穂があくまで冷静に思考する。

 

(……雰囲気が、ここに来て一気に永水へ流れたな。――瀬々の言ってたとおり、北家の薄墨は、魔物と同型のバケモノだ!)

 

 流れは、先程までの放銃を考慮すれば、むしろ永水に流れのようなものは来ないはず、次鋒戦のあの少女であれば、きっとそれを取り戻すべく、今頃躍起になっていることだろう。

 

(まぁでも、こちとらそんなヤツら相手に二年も麻雀打ち続けてきたんだ。バケモノの類人くらい、叩き潰せなくて何が龍門渕のレギュラーか!)

 

 その一瞬、今まで風を失った海原のように静けさを保っていた水穂の表情が、険しく、そして熱く燃えたぎったものへと変わる。

 水穂の中に浮かぶコロコロと変わる山の天気の如きそれが、今まさに、火を点火してエンジンをかけたところであるのだ。

 

 ――水穂手牌――

 {三四五八②⑧⑧1237北發(横發)}

 

(とはいえ、こっちも幸い、鳴いてくれと言わんばかりの好配牌。宮守の人がいることを考えても、そうテンパイは遠くないだろうねぇ)

 

 思考しながら、水穂は一度、手牌の右端、一枚浮いたオタ風へと手を伸ばそうとする。しかしそれもすぐに首を横に振って意識を切り替え――取りやめ。

 

(さすがにまだ{北}は打てないかな。まずは{東}が鳴かれてから出ないともったいない。テンパイした時に打てば、永水は二副露になるし、私はそれを追っかけられる。そこがポイント、かな)

 

 水穂/打{八}

 

 ――が、直後。

 

 初美/打{北}

 

 警戒していた本人から、その{北}が河へとこぼれ出る。――通常であれば何事か、違和感とともに相対することとなるだろう。

 無論、水穂にはそれがどういうわけなのか、解ってはいることなのだが。

 

(すでに三枚持ってたのか。となると完全にこっちが持ってるのはバレバレかな。――それに、永水の薄墨は今年からレギュラーになって、データが露骨に少ない。もしここでそんな打牌をすれば)

 

 

「――ポン! ですよー」 {横東東東}

 

 

(こぼす奴はかならずいる!)

 

 これで、一つ。もんが開いたことになる。今この場所にはない、どこか異質な東の風が、水穂の頬を撫でては消える。

 気持ち悪いと顔をしかめはするものの、それだけだ。水穂は勢い任せにツモを掴むと、グイグイ手を前進させてゆく。

 

 水穂/ツモ{⑦}・打{②}

 

 ――そして。

 

 ハンナ/打{發}

 

「それポン!」 {横發發發}

 

 ――水穂手牌――

 {三四五⑦⑧⑧⑧123北} {横發發發}

 

(テンパーイ!)

 

 ――水穂/打{北}

 

「それ、ポンですよー!」 {北横北北}

 

 これで、{東}と{北}、二つの門が開かれたことになる。薄墨初美の独壇場が始まる――はずなのだ。しかし現実はそうそう甘くない。

 

 続くツモは自摸切り、更にその次は手出し、と初美のツモは決して安定することはなかった。その間にも、水穂は牌を自摸れずにいたが――決着は、思わぬところからやってくることとなった。

 

「ロン! 2000」

 

・龍門渕『99700』(+2000)

 ↑

・宮守 『60900』(-2000)

 

「……はい」

 

 ――宮守、五日市早海の放銃。それにより、水穂の和了が確定――これが決着となった。初美はどこか残念そうな顔を隠さず――対局は、東四局へとうつる。

 

 

 ――東四局、親水穂――

 ――ドラ表示牌「{③}」――

 

 

 この局、再び仕掛けたのはハンナ=ストラウド。水穂が手にした流れを、活かす前に先手を打たれてのことだった。

 結果、水穂と早海はベタオリ、そして初美はといえば。

 

 ――初美手牌――

 {三四四九九九⑤⑥⑦⑧發發發(横四)}

 

(できてしまったのですよー)

 

 現物を処理した後に、出来上がったその手牌を眺めて――嘆息する。自分の周囲を流れる風が、卓の向こう側からくる向かい風であることを、初美は目敏く感じ取っていたのだ。

 そこはオカルトにどっぷり浸かった巫女として、最低限必要な技術と言える。

 

(できてしまったのはいいですけど、というかここから降りるのが考えられない手牌ですけど……でもやっぱり臨海が怖いのですよ。明らかに何かを狙ってる感じですし、打ち回しも二回戦の時と随分違って違和感があります)

 

 ――ハンナは思いの外、知名度の高いトッププレイヤーの一人である。

 無論、臨海女子に招かれレギュラーとして戦ってきた実績を考えれば、それはある種当然のことではあるが、それはつまり、ハンナのデータが通常よりも多く存在することを意味する。

 

(ハンナ=ストラウドはその特異なツモの偏りから、柔軟な打ち方が苦手な打ち手のはず。ですが――ここまで打ち方を変えられると、それも気のせいだったのではないかと思ってきますよ)

 

 第二回戦で、戦ってきたからこそ分かる。今のハンナは、さほど第二回戦の時ほど強くはない。しかし、明らかに何かを狙っていることがまるわかりなスタイルの変化――それも多くの牌譜の中に一切ない全く新しい変化だ――は初美にとって、ハンナに対する苦手意識を、大きくふくらませることにつながっていた。

 

(かなり高い手ですけど、残念ながらここはベタオリします。……攻めて龍門渕をツモで削ってくれればいいのですが)

 

 考え、考え、考えぬいて、そして初美の選択は、打{發}。すでにそれは一枚切れているため、国士でなければ安牌となる牌。案の定誰にも和了を宣言されることはなく、局は進み――

 初美がツモを願ったこの局――しかし、結果は流局。

 

「ノーテンですよー」

 

 そうやって手牌を伏せて、水穂と早海も同様だ。この局は、ハンナの一人テンパイで終わった。

 

 ――ハンナ手牌――

 {三三七八九⑥⑦⑧⑧⑧123}

 

(――三面張! 自摸る気はもとよりなかったというわけですか――そして待ちはすべて私の浮き牌。完全に狙っていましたね――!?)

 

 ちらりと、思わずと言った様子でハンナへと目を向ける。――相対したのは、獲物を狙う狩人の眼。それが初美を――見ているのだ。見定めているのだ。まるでその獲物が、初美であることを宣言しているかのように。

 

(ふ、ふふ。でも、それならそれで面白いってことですよー。そっちがその気なら、ここは私が和了らせてもらうまで――一気に北家まで状況を進ませてみせるですよー)

 

 思考。

 

 

 ――そして、

 

 

 ――南一局――

 

 

「ロン、リーのみ、裏はなしなので、1300に一本、1600ですよー」

 

 ――初美手牌――

 {七九①②③⑦⑧⑨⑨⑨234} {八}(和了り牌)

 

・永水 『82100』(+2600)

 ↑

・宮守 『58300』(-1600)

 

「……はい」

 

(三巡目リーチの安牌なし、しかも筋引っ掛け。読むのは私じゃなくたってむりだっつーの!)

 

 対局は――

 

 

 ――南二局――

 

 

「ロン、タンヤオ三色ドラ一は3900!」

 

 ――水穂手牌――

 {三四五⑦456} {⑦}(和了り牌) {横③④⑤} {横534}

 

・龍門渕『82100』(+5900)

 ↑

・臨海 『156000』(-4900)

・宮守 『57300』(-1000)

 

(――ぐ、やはりめくり合いに弱いのは今後の課題ですね)

 

 何の滞りもなく進行し――

 

 

 ――状況は、南三局を迎えようとしていた。

 

 

 ――南三局、親ハンナ――

 ――ドラ表示牌「{4}」――

 

 

(――まぁ、なんだ。ここまでなぁ~んもいいとこねぇじゃねーかよう。それに、なんかおかしいよな。――自分が、自分じゃない気がする。二回戦の時からずっと、だ)

 

 二回戦の中堅戦が終わって、早海は大きく失点したまま半荘二回を終えた。前半戦で稼いだ点棒も、敗北という形で、失った。

 ――決して戦えなかったわけではない。今のように、焼き鳥で終わってしまった、わけでもない。

 

 早海の全力を出しきって。

 そして負けて。

 

 ――それが終わって、振り返ってみれば、そこには何もかもが、存在しなくて。五日市早海にが、手にしたものは何一つなくて。

 寂しいと思うことも、悲しいと思うこともできず。今、もう一度早海はこの場所にいる。

 何もできないまま。何もすることはできず。ただただごくごく単純に、置物として、ここにいる。

 

(別に、何かをしたくないわけじゃない。私は宮守の、仲間たちとともに戦いたい。そのために、ここで止まってる、訳にはいかない!)

 

 ――早海手牌――

 {一三八③④⑨45555西北(横四)}

 

(手牌は絶好のドラ4手。四向聴だけど両面塔子も多くて、柔軟性の有りそうな手。これを和了らないと、もうずっとこれから、私に流れは来ないかもしれない! だから、この手は和了らないと、和了らないと、私に私の意味なんて――ッッ!)

 

 ――早海/打{西}

 

({北}を鳴かれた場合、最悪永水に役満を和了られるかもしれないことくらい私には分かる。けど、私にだって、何のチカラもないわけじゃ、ねーんだよ!)

 

 早海/ツモ{一}・打――{北}

 

「ポン、ですよー」 {横北北北}

 

(大丈夫だ、問題ねぇ! 私のチカラを考慮すれば、ここから和了ることはかなり難しい。東場の時みたいにさぁ! さっさと流されちまいなよ!)

 

 背けて、逸らして、逃げ出して。

 五日市早海の原点は、一体どこに行ってしまったのだろう。鵜浦心音とのこと、あの子とのこと、宮守の、仲間たちとのこと。

 どれをとっても、今の早海を説明する答えには成り得ない。なり得ないのだ。

 

 どれだけ大丈夫だと言い聞かせても、自分の中の違和感はじわりじわりとこころを侵して広がってゆく。それはどうしようもなく止め難く、逃げ出し辛いものだった。

 

(――いや、いやいやいや、何を迷ってるんだ。状況は私の味方をしてるんだぞ? 前局に龍門渕が和了った。二つ鳴かなきゃ永水は役満を作れない。だから――だからさっきよりも、全体的に見れば永水は御しやすいはず! はず、なんだ……)

 

 早海は、自分の思考、その意味に一切気がついていない。これだけの好配牌をもらって、ただ永水だけを警戒し、それでは何の意味もないのだ。

 勝ちたいと思わなければ、勝つことに最上の意味を見出さなければ、この勝負に自身の存在を見出すことは、できない。

 

 ――だから、そんな逃げの思考、その最大の前提が崩れたとしたら? その思考を盤石とする、自身のチカラが封じられたとしたら。

 

 

 ――そんな思考が、無意識のうちに第二回戦にも在ったとしたら?

 

 

 言うまでもない。

 

「――――カン」 {裏東東裏}

 

 早海の中にある、あらゆる感情の防波堤は――――決壊する。

 

「なっ……!」

 

 ――思わず漏れた声。それをすぐさま押し込めて、早海は後悔に思考を走らす。

 

(暗槓でもいいのか――!? クソ、それじゃあ私の支配は通じないじゃないか! それじゃあ、私はこいつに、負けるほかないじゃないか――!)

 

 たった一つの副露では、高度な支配は止め難い。それは水穂の時点で実証済みだ。ましてや水穂のそれはあくまで人間の域の延長線上。対して初美のそれは神の域にまで達したチカラによるものだ。強度など、今更語るべくもない。

 ――そして、暗槓は、唯一河を見出さない副露。早海のチカラの及ばない、決定的な唯一無二の弱点なのだ。

 

 だから、止まらない。

 薄墨初美は、止めようがない。

 

 この状況、止めに行くのは現在トップを行くハンナくらいのものだろう。そしてそのハンナが現在の親番。トップの点棒を大きく削れるのなら、水穂は必ず無茶はしない。

 そして早海も、自分の牙城が崩されて、それでも爪を振るうことは、彼女にできよう、はずもなかった。

 

 ――ほどなくして。

 

 

「ツモ!」

 

 

 この準決勝、二度目の役満が、この中堅戦の卓から飛び出した。

 

・永水 『114100』(+32000)

 ↑

・臨海 『142600』(-16000)

・宮守 『49300』(-8000)

・龍門渕『96600』(-8000)

 

 

 ♪

 

 

「それで、先輩は……どこまで知ってますか?」

 

 ――役満和了に沸く会場。しかしこの一角においては、その熱狂は果たして彼女たち、二名の少女には届いていないように思えた。

 

「いやー、あはは、まぁ……全部、って言っちゃって、いいかもねぇ」

 

「だったら……なんで言わないんですか?」

 

 小瀬川白望は、どことなくいつにもない様子で、問いかける。柄にもない真剣な表情。無論どこか気だるげではあるものの、その瞳にマヨイはない。

 

 ――迷ったからこそ、それ以上のマヨイは、白望には一切必要ないのだろう。彼女は多分、そういう人だ。

 

「……気恥ずかしいから、かな。早海にとっては一大事でも、私にとってはアタリマエのこと。それに、言おうとしたら、きっと私も歯止めが効かなくなるし」

 

「ノーコメントで」

 

「アハハ、まぁそういうわけだからさ。――前半戦が終わるまでには、覚悟を決めるよ。気恥ずかしさはあるけど、やっぱり今の早海は、見てらんない」

 

 ――自分で、気がついてくれればそれが一番良かったのだろうけど、結局そうは行かなかったのだ。早海が気づいてくれない以上。それを教えられるのは、きっと同じ事を知っている、心音以外は力不足だ。

 

「じゃあ、参考までに。――いつ、気がついた?」

 

「……見てればわかります」

 

 ――説明は、面倒だと視線をそらす白望。ただ見ただけで、早海の心の奥底にある悩みを全て引き出されては、親友である心音の立場がなくなってしまう。

 白望という少女は、やはり不思議なところのある少女だ。

 

「まぁ、――促してくれてありがとね? 多分、シロが気がついてくれなかったら。私達はこのままずっと前に進んで、気づかない所で――破綻してたと思う」

 

「思いは胸に秘めてるだけじゃ、たとえ両思いでも繋がり合うことはできない……」

 

「って塞が言ってた?」

 

 白望の言葉に付け足した語尾を、白望が無言で首肯する。心音はそれを楽しげに笑うと、勢い良く立ち上がって――

 

「……よし! じゃあ行ってくる」

 

 眩しい笑顔で言う。

 

「――私はこれから、――鵜浦心音は、これから人生最大の、一大告白を、してこようと思いまっす!」

 

 小瀬川白望は、そんな心音の楽しげな様子を、どこかダルそうな、しかし満足気な顔で――見送るのだった。




阿知賀編最終回! 生放送をこれを更新してから見るのでワクテカが止まりませんよ。
本作は次回が準決勝の一つの山場になるかな? おもにIPS的な意味で。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。