咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『小刻み雀士』副将戦①

 ――東一局、親霞――

 ――ドラ表示牌「{北}」――

 

「リーチ、ですわ」

 

 高らかな宣言、状況の火ぶたを切ったのは龍門渕高校、龍門渕透華であった。勢い混ざりに牌を横に曲げ、リーチ棒を即座に振るう。

 動くものはいない、その局の状況が大きく決した瞬間だった。

 

 ――実況室――

 

「いったー! 龍門渕選手、先制リーチ、副将戦のスタートをここで高らかに宣言。六巡目リーチが他家に向けて襲い掛かる――!」

 

 ――透華手牌――

 {二二三四五⑥⑦⑧123東東}

 

「リーチとツモの高めで跳満ですから、これで正解だと思います☆ 高めのドラも役牌で、他家がつかめば出ない面子ですからね」

 

「鹿倉選手と石戸選手は非常に低い放銃率が特徴の選手です。ダヴァン選手も――」

 

 ――そこで、ダヴァンのツモ。まるで引き寄せられてしまうように、彼女が{東}をツモってしまったのだ。当たり牌、完全な掴ませである。

 

「おーっと、ダヴァン選手は辛いところだ。二副露からこれは……押しでしょうか」

 

「いえ、さすがにダヴァン選手は降りるとおもいます。そういう所が“巧い”選手ですから」

 

 それに一瞬目を細めるダヴァンであったが、それ以上は表情を崩さない。どこか自身を保った表情で、勢い良く牌を切り出す。

 

「現物落としだー、ここから攻めるとしてもかなりきついでしょうから、テンパイは難しそうですね」

 

「そうですねー、現物を落とすには両面を崩さなくてはなりません。崩した後のもう片方が危険牌ですから、おそらくこのままオリるしかないと思います☆」

 

 メガン=ダヴァンの“巧さ”というのはそこに在る。ここまで二副露、六巡目にしてはかなりグイグイと攻める形で泣いていたダヴァンが、ここで迷いなくベタオリを選択した。

 この見切りの良さが、まず一つの強み。

 

 そこからは見事なものだ。一切手牌を晒していない胡桃と霞も、安牌がなくなろうと迷うことなく打牌する選択眼は言うに及ばず、すでに六つの牌を晒し、選択できる打牌も少なくなったであろうダヴァンも、正確な読みから確実に巡目を刻み――そしてそのまま、流局を迎える。

 

 ――対局室――

 

「――テンパイですわ」

 

「ノーテン」

 

「ノーテン」

 

「ノーテン」

 

 結局、透華の和了り牌であった{二}と{東}は、{東}が一枚ずつダヴァンと胡桃に、{二}が二枚とも、霞の元へ流れる形となった。

 

(出和了りが望めないからリーチをかけましたのに、自摸れないのでは意味がありませんわ。一枚くらいなら自摸れてもよいのではありませんこと?)

 

 状況は、おそらく最悪と呼べるものになった。この面子であれば出和了りは難しい、しかし同時に放銃することもほぼありえない。そう判断したからこそのリーチ。通常であれば、自摸れてもいいようなものであるが――流局した。

 

(麻雀ではよくあること、と言いたいところですけれど、これだけ速い巡目でリーチをかけて和了れないことよりも、誰かに追いつかれて逆に和了られる確率のほうが高いですわ)

 

 簡単な計算と経験による思考、正しいものであるかはともかく、体感的にはそのほうが“当たり前”なのだ。故にリーチ、しかし外れた。

 

(これは……なかなか嫌な予感ですわね。こういう時に一番警戒しなくてはならないのは臨海のダヴァンですわ……手堅く、手堅くいきますわよ)

 

 現状、龍門渕は他家とそれなりに点差をつけた二位。そして永水が大きく凹んでいる状況。好ましいことだ。故にできうる限りの失点を減らすことを考える。

 不本意ではある。――しかし同時に、面白くもある。

 

(臨海のダヴァン、永水の石戸――宮守の鹿倉は言わずもがな、誰も彼も手堅いまもりの雀士ばかり。守り合いというのも、面白くはあるものですわ)

 

 ふふん、とどこかすまし顔で透華は笑みを浮かべる。

 その顔が難しい物へと変わったのは――次局、八巡目のことであった。

 

 

 ――東二局流れ一本場、親ダヴァン――

 ――ドラ表示牌「{八}」――

 

 

(――むむむ、これはなかなか難しいですわ)

 

 ――透華手牌――

 {四四六八①①③④78東東東(横⑤)}

 

({五}が二枚見えていますから、どちらも有効牌は六枚。リーチはかかっていませんし、引く理由はありませんが……こうなると少し迷いますわね――警戒するべきはやはり――)

 

 ――ダヴァン捨て牌――

 {發⑧白六9七}

 {①2}

 

(普通に考えれば、どこが当たるかなんてわかりません……ですが、この人の場合それを利用しようとしているのかもという思考は働く)

 

 ――ダヴァンの捨て牌、そしてダヴァンの表情。デジタルの情報と、リアルの情報。考慮すべきは、本来デジタルであるというのが正しい判断。しかしそれ以上に、透華はダヴァンの顔に、意識を向けざるをえないのだ。

 ダヴァンには、先鋒のアン=ヘイリー程ではないにしろ、独特の存在感を持つ選手だ。――威圧感、とでも呼ぶべきだろうか、他家に否が応にも自分自身を意識させる我の強さがある。

 

(この辺りは臨海女子すべての雀士に言えますわね。誰も彼も我の強い個性の持ち主。――おそらく、濃い人材という意味では、永水や宮守、そして私達も負けてはいないのでしょうけど)

 

 ――臨海女子は、特に“前にでる”我の強さが特徴だ。メガンイコールダヴァンの強さは、特にその中でも“誘い出して狩る”そんな強さを持つ雀士。

 ここまで幾度か出会ってきた、愛宕洋榎や小走やえ、そして何より、天江衣のような雀士。

 

(振り込んでもいいからとりあえず選ぶなら……ここ、ですわね)

 

 透華/打{四}

 

「――ロン、ですヨ」

 

(……むぅ)

 

 打牌と同時に、差し掛かった声。正解はこの手牌の中にはなかったのではないか――流れなどというものを信じるわけではないが、どうにも今の自分には覇気がない。

 

 ――ダヴァン手牌――

 {二三⑥⑦⑧22345678} {四}(和了り牌)

 

「2900は3200ですよ」

 

 何かが咬み合わないような感覚。――おそらくは、気配を感じ取るようにある種“改造”された、とも言える透華の感覚器官が、それを訴えているがためだろう。

 

(第二回戦の一ほどではないですわね――となれば、どうせ和了れないのです。私は裏方に徹しさせていただきますわ。――今日の私はオカルト仕様、目立つのはオカルトを知る相手だけで構わないのですわ)

 

 続く、一本場、ここからは――メガン=ダヴァンの戦場だ。

 

 

 ――東二局二本場、親ダヴァン――

 ――ドラ表示牌「{1}」――

 

 

「さー、続く一本場、動いたのはまたも臨海女子、メガン=ダヴァン!」

 

 実況の声が、会場中に響き渡る。そしてナマの声は実況室に、瑞原はやりの元へのみ、広がって消える。はやりはと言えば、その特徴的な声を震わせながらに言う。

 

「ダヴァン選手の巧いところは、デジタルだけでは説明出来ませんね」

 

 ――ダヴァン手牌――

 {二二三四677} {五} {横⑤④⑥} {22横2}

 

「ここまで順調なツモでテンパイ! 鳴きの加速が心地良い、快速順風タンヤオドラドラ! ドラを自摸っても対応可能だ!」

 

「それに加えて――」

 

 ダヴァン/打{7}

 

「自摸切りだ――! 否、違う! 自摸切りではない、これは自摸切りに見せかけた打牌!」

 

「小手返し。有名なところだとシニアリーグの大沼秋一郎プロが得意な技術ですねー☆、あの人はそもそも牌のすり替えレベルですが、これもなかなかえぐい。見慣れてないとまず気がつけませんよ」

 

 事実、石戸霞と鹿倉胡桃は、それを不可思議だとは思わない。これがど真ん中の強打であるならともかく――単なる{7}の自摸切りは、気をつけようはずもない。

 

 しかし、例外もこの卓にはいる。

 

「――このタイミングで龍門渕選手はベタオリですか」

 

「先程の放銃と、東発の流局が効いているのだと思います。ここで追いかけても和了れない、と考えてるのでしょう☆」

 

「ですが、今の小手返しは気がつけますか? 私も一瞬見逃しましたけど」

 

「そうですね……龍門渕選手は慣れているのではないでしょうか、ああいった細工に☆」

 

 ――何もこういった小手先の技術を使うのは、何もダヴァンだけではない。この準決勝にも、もう一人いる。それこそが龍門渕の大将、天江衣だ。

 衣もまた、こういった技巧によって麻雀を打つスタイル。小手返しだって、幾度も見てきて、何ら違和感はない。

 

 なるほど――アナウンサーが簡単にそう頷いた時だった。

 

『――ツモ!』

 

 ダヴァンのテンパイから、二巡後。テンパイを悟らせずの――ツモ。

 胡桃と霞の表情が、それぞれ呆けたようなものへ変わる。どちらもリアクションの激しいタイプではない。軽く受け止めたようにそれを見やると、点棒を渡して、そこまでだ。

 

 再びサイコロが回り、三本場が始まろうとしていた。

 

 

 ――東三局三本場、親ダヴァン――

 ――ドラ表示牌「{7}」――

 

 

 ――さて、とダヴァンは思考を回しつつ周囲に意識を向ける。向けざるを得ない。自身のテンパイによって慎重にならざるをえない状況が回ってきたのだ。

 ダヴァンの手は高め一通の平和手、リーチをかけるにしろかけないにしろ、十分な打点であることは誰の目から見ても明らかだ。

 

 問題は、そこから勝負に出れるかどうか。――ダヴァンの手は雀頭を埋めての両面テンパイ、そのために切り出さなくてはならない牌は手牌から完全に浮いている。

 それが果たして他家に通るのか、という部分が大きな問題である。

 

 場は異常に索子の高い状況。理由は龍門渕の濃厚な緑色の混一色集。無論役満ではなかろうが。そして、他にもだれか一人、索子を多く持っている者がいるはずだ。――それにより、残る二名は完全に索子絶一門の状況なのである。

 

 とはいえテンパイに切る必要があるのは{③}、状況に押し出されている索子混一色とはさほど関係のない手である。そも、このツモはその龍門渕透華の安牌であるのだ。

 ――問題は、そこではない。

 

(問題は――果たして残りの索子は、どこへ行ったのカ)

 

 たった一人のツモが偏った所で、他家の手が完全な絶一門となることは珍しいことだ。染めている者がいなければ、自分以外に大きく偏っているのだとわかるが、この場合はそうではないだろう。少なくとも、透華以外の二名が、索子に牌を寄せているという様子はない。ちょっとした索子のダブリ、程度が関の山。

 

 そこに該当するのが誰であるか、それはひとつの問題であるのだ。

 

(状況的に、鹿倉胡桃はテンパイの可能性がありマス。――そして、{③}は決して安牌ではナイ)

 

 もしも読みを間違えば、それだけ点棒を持っていかれる事となる。

 

(索子はそれぞれ石戸も鹿倉も一枚ズツ――どちらがそうであるかは、判断がつかナイ)

 

 最悪この{③}を抱えたまま回し打ちをする必要がある。だからこそ自摸るには――ここでこの選択を間違えるわけには行かないのだ。

 

(判断の要素にできるものはひとつダケ。ならば、ワタシはそのひとつを選ぶまでデス)

 

 その一つ、胡桃が{6}を切り、霞が{5}を切った。――遠いからこそ必要であったという思考。それは――ダヴァンの意思となり、瞳に宿る。

 

「――通らバ、リーチでス!」

 

 ちょくご、胡桃の顔がクスリと微笑むような笑みに変わる。――もとより、胡桃の表情は、笑みのそれではあるのだが、ダヴァンはその変化を見逃さなかった。

 見逃しよう、はずもなかった。

 

「残念、通らないな」

 

 ――ガシャン、と音が響きわたって、

 

「ロン、5200は――5800」

 

 ――胡桃手牌――

 {二三四②④⑤⑥⑦⑧⑧234} {③}(和了り牌)

 

(……なるほド、多少は持っていた――それが正解でしたか)

 

 萬子は、ダヴァンが抱えている。筒子は、胡桃。そして索子が透華なのだろう。多少なりともダヴァンに流れた{③}が、胡桃の網に引っかかった。

 

(それにしても、まさか本当にテンパイしているとは――テンパイ気配の薄い選手だとは思っていましたがなるほど――考えている、のですね)

 

 これもまた、その一つ。

 鹿倉胡桃の打牌選択には、ある一つの共通点が在る。ダヴァンの行う技術以上に、デジタル的で――無音の世界に属するそれが。

 

 

 ――東三局、親透華――

 ――ドラ表示牌「{發}」――

 

 

「鹿倉選手は特殊な打牌選択をしますね☆」

 

「そうですか? リーチをかけないこと以外は至って普通に見えますけど」

 

 はやりの言葉に、即座にアナウンサーが問いかける。それに合わせるように、はやりがちらりとアナウンサーの顔を見ながら、答えた。

 

「たとえばここ――次の打牌でよくわかると思いますが☆」

 

 ――胡桃手牌――

 {六六七②②⑥⑧236789(横⑦)}

 

「いい形の三色ですね。リーチを掛けたくなります」

 

「鹿倉選手はかけないんですけどね☆ それに関しては完全に個人のプレイングによる相違ですが――ここで、どの牌を切りますか?」

 

「え? ……{9}ですか?」

 

「そうですね☆ ですけど、ここはどうせ最後に{六}を外すので、{六}も無しではないと思います」

 

 胡桃/打{六}

 

「本当に{六}を切りましたね」

 

「おそらくはテンパイ気配を隠すためだと思います。最終手出しが{六}である場合と、{9}である場合ではだいぶ他家からの見られ方が違いますから☆」

 

 ――なるほど、とアナウンサーが頷く。

 鹿倉胡桃の特異な点はここにある。彼女はごくごく自然な様子でテンパイ気配をもみ消す打牌をする。それくらい、彼女の“ダマテン”は静かで、臭わない。

 それが鹿倉の打牌選択。

 

 沈黙による、必勝法なのだ。

 

 続くツモ、{4}、テンパイ時打牌は{9}とした。これに、気がつくものは果たしているか。三者の反応は、ほぼ同一と言ってよいものだった。

 

「……全員、多少迷ってますけど押してますね」

 

「多少、警戒している。ということなのでしょう☆ この卓に座っている人たちは全員手堅い打ち手です。多少違和感を覚える打牌だったのでしょう。そこから攻めるかは、それぞれの雀風によるとおもいます」

 

「これは……はっきり別れましたね。龍門渕選手は押し、石戸選手はベタオリでダヴァン選手は回し打ちのようです」

 

「デジタル的には龍門渕選手は押し、石戸選手は引きですからね☆ 石戸選手はそれだけではなく、まもりに気を使う打ち方だからだとおもいますが。ダヴァン選手はこういった回し打ちのだはい選択は巧いので、もしかしたら追いつけるかもしれません」

 

 状況は、霞を除いた三名での三つ巴。そして、それを先じているのは鹿倉胡桃だ。

 

「――鹿倉選手は、とにかくリーチをしないことが特徴です☆ これは個人の技術による“テンパイ隠し”を大きく作用させるための手段といえます」

 

「リーチをかけない事により、いつテンパイしているのかを悟らせない、リーチをかけていないのに常に圧迫感が存在する、それが鹿倉選手の持ち味というわけですね」

 

 会話を端に捨ておいて、胡桃が勢い良く牌を掴む。ゆっくりと右手を手元に寄せて、幾度か盲牌。確かに笑んで、勢いを付けずに牌を晒して――

 

 

『ツモ! 2000、4000』

 

 

 胡桃の宣言は、突如として広がって、あっという間に突き刺さる――

 

 

 ――東四局一本場、親胡桃――

 ――ドラ表示牌「{二}」――

 

 

 配牌直後、自身の手を理牌してちょくご、霞は一人思考する。同時にツモへ手を伸ばし、手牌の上部に収めると、剣呑な目つきでそれを眺めた。

 

(ふんふむ、別にただ引きこもって点棒を抱えているつもりはないから、ここは攻めていきたいわね)

 

 ――霞手牌――

 {三五六六②③④⑦⑧14西中(横5)}

 

 霞/打{西}

 

 それから二巡、手牌に揃っていた不要なヤオチューを払う。多少は洗練された手を眺めながら、つづく周囲の動きに目を向ける。

 

(ここから……攻めが前傾なのは宮守さんかしら? ――いえ、この人をそう判断するのはちょっと保留、ね。打ち方を絞る必要は、おそらく無い)

 

 霞/打{1}

 

 そこから、更に手を進める。ダヴァンは迷わず、するどく打牌。透華は静かなものだ、しかし迷いはない。胡桃の打牌。一瞬考えて、打牌。それぞれが、多少の癖を持ちながら、それぞれ自身の思考に則って手を進めている。

 

 大きな変化は――それから数巡後。

 

(一向聴、けど宮守の人が張っていそうね)

 

 少しだけ難しそうな顔をして、胡桃を見た。――反応はない。こちらもそれを求めてはいない。難しい相手だ。判断がつかない、それをどうにも実感する。

 

(さっきは臨海の人が押して失敗していた。一向聴から危険牌を切るのは危険……ね)

 

 ――二向聴に手を戻す。進めるために必要な牌を抱え、前進。潜り抜けるように、通り抜けるように。勢い任せに、流れるように。

 

 やがて手が完成するのが――十三巡だ。

 

(すこし遅い手。両面であることはいいことだけど――押せるところまで、押せるかしらね)

 

 テンパイ、そこから更に、二度霞は押した。どちらも安牌、押さない理由はなかった。透華はもとより胡桃の気配を察したのかオリ、ダヴァンは難しそうにしているが、霞のテンパイを見とってオリ、だ。

 ここは完全に、霞と胡桃の一騎打ちとなった。

 

 ――直後。

 

(……あら、あら。こうなるの、ね)

 

 

「――ツモ、1100、2100ね」

 

 

 和了れるとは、思っていなかった。先に危険牌を引きベタオリ、そんな状況を想定していたのだが――思いもよらず、状況は霞に勝利を運んだ。

 

 

 ――南一局、親霞――

 ――ドラ表示牌「{發}」――

 

 

「石戸選手も、鹿倉選手も非常に手堅い打ち手ですね。龍門渕選手もそうですが、彼女は理想的なデジタル雀士、まもりはあくまで実力の内です☆」

 

「ダヴァン選手もそうですね、守るのはあくまで技術の範囲。攻めを得意とするのは龍門渕選手と同一です」

 

 はやりの言葉に、アナウンサーが補足する。

 現在、状況の中心はその守り手、霞と胡桃によって構成されていた。ダヴァンと透華が守らざるをえない程度に、それぞれの手が重いのだ。

 

「ダヴァン選手も龍門渕選手も速攻で喰い仕掛けからスタートしたい状況ですが、うまく他の二人が絞っていますね。その上で、その絞っている二人の手ばかりが進んでいきます」

 

 アナウンサーが、軽く状況を説明する。現状、副将戦はだいぶ場が重いのだ。胡桃が一人浮いているとはいえ、その胡桃が攻めに対して消極的ともなれば――状況が混迷するのは当然と言えた。

 

「鹿倉選手と石戸選手はその闘牌スタイルがそれなりに似通っています。ダマテンを武器とする鹿倉選手は多少攻めを志向していますが、それでも石戸選手と同様に、守りに特化していることは語るまでもないと思います☆」

 

「ですが、そんな鹿倉選手と石戸選手には在る一点において、大きな違いが存在しています。それは――」

 

 状況が動いたのは――十二巡目のこと。動かしたのは、永水女子、石戸霞。ツモった牌を一瞬考えるようにして、それからひとつの選択をする。

 

 ――それが、鹿倉胡桃との決定的な相違。

 

 

『リーチ』

 

 

 牌を曲げるという、スタンスの違い。

 

「――石戸選手はリーチをかける。それもかなりいやらしいタイミングで」

 

 まるで図ったかのようなそれに、思わずアナウンサーは声を低くして雰囲気を醸し出す。

 霞のはなったリーチ、しかし霞はその直前から役牌のみでテンパイしていた。――良形を待っていたか? いな、そんなことはない。もとより霞の手は両面待ち。このリーチによって出された牌は、同じ牌を入れ替えただけなのだ。――故に、異様。

 それが霞の打つ、リーチの選択であった。

 

「通常、リーチにはリスクが伴いますが、石戸選手はそれを限りなく少ない状態でリーチを打ちます☆ むしろ、石戸選手のリーチは和了るためのリーチではない。他家をおろすためのリーチなのです」

 

 十二巡目、ごくごく平均的な速度に見えるテンパイ。しかし同時に、他家はそれに追いついていないことは状況から――現在霞一人が牌を曲げている――明らか。霞の視点からは胡桃のテンパイは読み取れないが、無茶はしないだろうことはすぐに分かる。

 故に、霞はリーチを打った。この状況で打てば、誰もが攻めを諦める。――他家の手が、堅いからこその一手。

 

 ――結局、南一局は流局により終了――霞の一人テンパイで状況を終えた。




分割場所がここしかなかったので、次回はそれなりに短いです。
それなりに、ですが。

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