咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『暗中模索の決戦』副将戦②

 ――後半戦――

 

 席順。

 東家:龍門渕

 南家:鹿倉

 西家:ダヴァン

 北家:石戸

 

 順位(後半戦東一局開始時)

 一位臨海 :144400

 二位龍門渕:102500

 三位宮守 :92000

 四位永水 :61500

 

 

 副将戦は、後半。その対局を一言で表すのであれば、“一騎打ち”という言葉が的確であろう。それを為したのは現在トップを行くメガン=ダヴァンと、鹿倉胡桃。それぞれ、打牌の読み合いから発展した勝負――それは後半東発から始まっていた。

 

「――ツモ! 500、1000!」

 

 速攻。六巡目の和了。――またたく間の出来事であった。閃光のごときそれは、ダヴァンの右手に宿る。誰も手の出しようのない一撃であった。

 

 ごく、一人の少女を除いては。

 

 ――ダヴァン手牌――

 {二三四八八八③④23455横⑤}

 

 ――ドラは{五}。タンヤオドラ一のツモである。

 

(――さすがにこれは、安めで和了らざるをえないでスね)

 

 思考、ダヴァンの感覚が告げる答え。――胡桃の手牌にその答えはある。

 

 

(ふふ、そうだよね、和了るしか無いよね。どうせ結果は――変わらないんだもの)

 

 ――胡桃手牌――

 {一二八九②②⑧②④68發發}

 

 高度な読み合いによる、手牌の察知、ダヴァンは理牌読みも多少なりとも得手としている。その上で、これみよがしに{②}であろうと推定される牌を寄せられてしまっては――和了る他になくなってしまう。

 たとえそれが、あからさまな虚実であるかもしれなくともだ。

 

(ともかくこれで、最悪跳満クラスになってた手は潰した――次は私が攻めて出る番だね)

 

 ――東二局――

 

 胡桃の親番、当然胡桃は、速度に任せた攻めを打つ。そこに、最低限の手牌が伴うのだ。

 

 ――胡桃手牌――

 {二二三六九③④⑧468西北中(横5)}

 

 胡桃/打{西}

 

 音が響いて、それがこの局最初の一打となる。

 

 ――胡桃手牌――

 {二二三六九③④⑧4568北中(横1)}

 

 胡桃/打{北}

 

 ――胡桃手牌――

 {二二三六九③④⑧14568中(横九)}

 

 胡桃/打{中}

 

(――、)

 

 ――胡桃手牌――

 {二二三六九九③④⑧14568(横七)}

 

(ここ、かな)

 

 胡桃/打{8}

 

 ここで生まれるかすかな変化――この直後霞には{五}のツモが入る。それを一瞬だけ見ると、即座に辺張となっていた{89}の内、{9}を掴んで打牌。手の内に抱えこむ。

 

 そして胡桃は続くツモで{一}を抱え{⑧}を打牌、二度の自摸切りの後{1}を手出し――{②⑤}待ちのテンパイとした。予見していた通りの状況。完全にドンピシャのまま、手を和了直前まで持っていったのである。そこからは――あっという間だ。この胡桃のテンパイに対し、前に出たものが一人いた。

 

 ダヴァンである。――打牌は{②}、ドンピシャの当たり牌。ドラは{發}――ダヴァンの視点からは三枚見えている、が故の攻めだった。

 結果、直撃。ダヴァンの打牌に、胡桃の稲光がぴしゃっと光って収まった。

 

「――1500」

 

 打点は単なる平和のみ、しかし状況が、胡桃に勝利をもたらしたことは――事実。そして――一本場。

 

 

「――ツモ、800、1400」

 

 ――ダヴァン手牌――

 {三四五六七②③④⑤⑤456横五}

 

 卓上を、舞うように揺らめくその右手。ダヴァンの手は弧を描いた。振り下ろされた手、顕になった牌。しかしそこに、ダヴァンの挑戦的な目つきは伴わない。

 

(今度はドラの{八}を抑えられているようデスネ! いよいよ持って、私の手を尽く潰してくれマス! ――マズイですネ。このままでは、いくら私が和了ろうと、ジリジリ負けていってしまいますヨ――!)

 

 手が届かない。一歩ずつ、ほんの一歩ずつ前にゆかれる。今ダヴァンがあるのはその状況だ。

 

 ――東三局――

 

「ロン、2000」

 

(――今度は引っ掛けまで使ってきますか!?)

 

 鹿倉胡桃の手は変幻自在、闇の中から現れて、再びその中へと消えていく。いつ現れるのか、いつ襲いかかるのかも不明瞭、何もかもがあからさまなまでに異様といえる、それはきっと、胡桃がそうであろうと牌を握っているからだ。

 

(小さな体に、一体どれだけパワーを貯めているのでしょうね。沈黙は、それを隠し、そして吐き出さないためのものデスカ!)

 

 ――いつだったか、臨海女子に所属する日本人のメガネな友人から聞いたことが在る。カクラサマ――日本に存在する古い伝承のなかで、そんな風に呼ばれる神様がいる。

 子どもたちにいいように扱われるが、それをしかるべからず。叱ったものにこそ、祟が訪れる、のだとか。イマイチピントコなかったが、なんとなく分かる。

 

(突っかかっていった私が祟られている、流れを逸しているというわけですカ? 第二回戦、突っかかっていあ龍門渕は見事に撃墜――いえ、そんなはずはナイ。そもそもあの二回戦、鹿倉胡桃はマイナス収支デス)

 

 ――つまるところ、胡桃の闘牌に最もたるところがあるとすれば――そんなものはない、そう答える他にない。鹿倉胡桃はあの天江衣や神代小蒔、アン=ヘイリーのようなバケモノでもなければ、渡瀬々、タニア=トムキンのように、それに真っ向から張り合える超人雀士でもないのだ。

 

(ならば――ならバつまり、負けていると? 私がこの少女に、真っ向から敗北していると――?)

 

 ――否、断じて否。メガン=ダヴァンはまだ敗北していない。鹿倉胡桃に、負けてなどいない。だからこそ認める訳にはいかない。認めて、本当の本当に“負けてしまう”訳にはいかない。

 

(何より――)

 

 ――東四局、親霞――

 ――ドラ表示牌「{東}」――

 

 

「――ツモ!」

 

 ――ダヴァン手牌――

 {二三四八八八⑦⑧⑨1156横7}

 

 ――ドラ表示牌:{東} 裏ドラ表示牌:{1}

 

「――リーチ一発ツモは、1000! 2000!」

 

 

(――何より、納得がいかなイ! この程度のことで、私がネをあげるナド――!)

 

 

 ――これで、半荘戦の半分はおしまい。

 そしてここからが――南入だ。

 

 

 ――南一局、親透華――

 ――ドラ表示牌「{2}」――

 

 

「ここまで、うまく鹿倉選手は半荘を乗り越えていますね☆」

 

「そうでしょうか、現状後半戦は鹿倉選手とダヴァン選手の激しい削り合いのように思えますが」

 

 改めて確かめるように――そんな様子で瑞原はやりが言う。疑問を呈するのはアナウンサーの仕事だ。――現状を見れば、この半荘戦の様相は簡単に見えてくる。しかしそれを、はやりは胡桃の綱渡りだと評しているのだ。

 

「それは単純に、鹿倉選手が致命的にならないようギリギリのところでダヴァン選手の手を狭めているためだと思います」

 

「と、いいますと?」

 

「わかりやすい例を挙げると、まず東一局、次に東二局一本場、どちらも鹿倉選手がダヴァン選手の打点を下げています、がそれもかなり紙一重であったことは否めません」

 

 ――間に{⑧}をかませてごまかしていたが、東発のあの時、まだ一枚山の中に{②}があった。あそこでダヴァンが妥協せずにフリテンでも、とリーチをかけていれば――そんな想像は、IFの世界では生まれてくるのも止め用はない。

 

 同様に東一局一本場で抑えたドラも二枚。いつそれを掴まれてもおかしくはなかったのだ。一つ歯車の噛み合い方が違っていれば――そんな対局、そして場面がごまんとあった。

 それを踏まえての、この状況。――胡桃がどれだけ神経を研ぎませ、ここまで手を進めてきたか推し量ることは決して難しいことではなかった。

 

「この半荘戦、簡単に状況を説明してみるのなら、ダヴァン選手の猛攻を、鹿倉選手がすべて巧いようにかわした――そう現すことは可能だと思います☆」

 

 ――胡桃は強い、しかし胡桃には打点がない。完全ダマテン戦法は、状況を作るのに有効ではあるが、決して最強であるかといえばそんなことは全くない。

 リーチをかけた時よりも打点は下がるし。出和了りに必要な役を作るのも一苦労だ。

 

「つまり――ダヴァン選手は鹿倉選手に()()されていた、というわけですね☆」

 

 そんないくつかの欠点を乗り越えて、故に生じる胡桃の強さ、それが――

 

 

『ロン! 6400!』

 

 

 胡桃という存在を形作っているのだろう、そんなふうに思えた。

 

 

 ♪

 

 

 親指と中指で掴んだ牌を、一瞥だけくれて胡桃が打牌する。ちらりと向けた視線。ダヴァンは動かない、自身のツモヘテを伸ばしそれから一瞥もせずにそれを卓上へ叩きつける。彼女の手元から、風が凪がれて周囲へ散った。

 

 そこから、どこか不満気な透華のツモが続き――

 

 

「ツモね。三翻だから1000、2000かしら」

 

 

 こと、と静かな音が、その対局の終了を告げた。

 ――“南三局”和了は南二局に引き続き、永水女子の石戸霞が決めた。

 

(さて、親番。あまり使いたくはなかったけど、他の人達がちょっと勢いありすぎね。――姫様に、無茶はさせられないわ)

 

 代わりに六女仙の代理として霞の“それ”を祓うこととなる――本来であれば門外漢であるはずの――清梅には申し訳ないが、状況は霞に日和を許してはくれない。

 

(さぁ、行きましょう。この副将戦、ここに一つの“究極”を見せることとしましょうか)

 

 ――神を宿す、それが神代小蒔の持つチカラ。霧島神境の姫である小蒔のチカラ、それは9つの“神”から成り立つが、それとは違う、もっと“オカしな”何かが、9つの神ではない何かが、時折小蒔には振ってオリテクル。

 

 その存在が――たった今霞が呼び起こそうとするものの正体だ。

 

 

 光が、準決勝の卓を起点として、会場中に爆発的な勢いで広がってゆく。稲妻の如く枝分かれしたそれは、同時に台風のような、暴力的な“勢い”が――

 

 

 ――オーラス――

 

 

 人ではない、この世にあらざる感覚を逆なでする感覚。ハッとするように胡桃とダヴァンが目を見開いた。瞬く間に広がり、襲いかかるそれ、完全に虚を突かれた少女には、一歳の為す術とて、存在を許されてはイないのだ。

 

 

 ――霞手牌――

 {一三三三七八九西西北發中中(横中)}

 

 

 誰の目から見ても明らかだ。それが、人どころか、異質なるオカルトの枠すら超えた、正真正銘、純血と純粋を体現する、神のモノであるということは。

 

(さぁ、天下無双と、語ろうかしら――?)

 

 鹿倉胡桃と、メガン=ダヴァンの一騎打ち、それは突如として現れた人外の存在によって粉々に砕け散り――掻き消えた。

 まるでそこには“最初からそうであった”かのように、たった一人の独壇場だけが――存在しているのだ。

 

 石戸霞がそれを作った。

 石戸霞がそれを望んだ。

 

 

 ――故に、それはあった。

 

 

 しかし、

 

 

「――――通らば」

 

 

 それは、

 

 

 本当に、

 

 

 本当の、意味で――真実ではないことを、すぐに霞は悟らされることとなった。

 

 

「――――――――リーチ」

 

 

 宣言、それも一巡目のそれは――ダブル立直と呼ばれる特殊役が生まれる。驚愕、霞の感情がマズイ、マズイと警戒心を最大にさせる。

 だが、そのリーチは――龍門渕透華のリーチは――それだけで終わることは、なかった。

 

 ――透華/打{三}

 

(――――ッ!!!?)

 

 状況が、一変した。わけもわからない異質に支配されたはずの卓上は、しかし透華のダブル立直宣言により、一瞬にいて誰の目から見ても静かな、しかし波乱に満ちた卓へと変貌した。――石戸霞の意思を超えて。

 

(――まさか、この手牌は“たまたま一色に固まっただけだった”? いえ、それは明らかにおかしい。私は間違いなく“アレ”を私自身に降臨させたはずよ、となれば――)

 

 突如として、この卓にそんな神以外の何かがふり降りたというのだ。それも霞の宿そうとしていたそれよりも数倍“とんでもないもの”であるはずのそれが。

 

(――――龍門渕、透華。龍神を祖とする土着の主……ッ! まさかこの準決勝でも、神を“宿した”というの? ……いえ、だとしたら姫様のように意識を奪われないのはおかしい)

 

 ――霞/ツモ{③}・打{發}

 

(だとしたら、――()()()。この人も、私の“それ”と同様に、その“龍神”を手懐けた、とでも――?)

 

 ――霞/ツモ{⑥}・打{一}

 

 

「――ロン」

 

 

 ――透華手牌――

 {一一③④⑤⑤⑥⑦456西西横一}

 

「裏はなし、2600ですわ」

 

 語らう、透華の瞳に意思はあり、信念もあり、信条もあり。そこには一切、人とは呼べない何かの介在は、存在する様子すら無いのであった――

 

 

「――副将戦、終了ですわね?」

 

 

 ♪

 

 

『副将戦決着――! トップは変わらず臨海女子。ここにきてのマイナスは果たして大将戦にいかなる結果をもたらすか――!』

 

 副将戦も終わり、残すは大将戦のみ、ということになった。泣いても笑っても半荘戦は後二回。その二回で、最後の決着がここに決まるのである。

 

 臨海女子のアンカーはタニア=トムキン。名門臨海で、大将――実質のナンバー2ポジションを背負う雀士。

 

 ――タニア=トムキン:三年――

 ――臨海女子(東東京)――

 ――141100――

 

『二位と三位はほぼ同点、鹿倉選手はこの副将戦唯一のプラス、二万点もの稼ぎはまさしく驚異的の一言――!』

 

 そして、その宮守副将、鹿倉胡桃からバトンを受け取るのは、同じ二年生の少女にして、胡桃の親友であるところの、もう一人。

 

 ――小瀬川白望:二年――

 ――宮守女子(岩手)――

 ――98000

 

『追い上げに失敗しているのは永水女子、若干何かに戸惑っているようだ――!』

 

 ――神代小蒔:一年――

 ――永水女子(鹿児島)――

 ――61600――

 

 

 そして、

 

 

「――では、行ってくる」

 

「……やっちまいな、衣」

 

 大将戦を務める最後の一人が、龍門渕にはいる。それは絶対的な強さと、それを裏付けるための数々の知識、そしてなにより経験があるのだ。

 そう、龍門渕が大将。

 

 

 ――天江衣:一年――

 ――龍門渕(長野)――

 ――99300――

 

 

 ――天江衣の、登場である。




短い(確信)
というわけで副将戦でした。次は大将戦。本作においてはおそらく始めての、魔物対魔物の勝負になります。

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