咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『無色月光』大将戦②

 ――南一局、親小蒔――

 ――ドラ表示牌「{白}」――

 

 

 風が流れた。しかしそれは、この場に在る者たちを、等しく祝福するものではない。世界の違う別の風、真向から受けて、気分のいい存在は――ここには一人しかいなかった。

 そしてその風は、神代小蒔を後押しするように、ふく。まるで彼女の後方が別世界に変わり、そこから風が押し寄せるように――ただ、彼女の座るその席が、その場に無いものとして、変質している。

 

「――ツモ 3200オール」

 

 ――小蒔手牌――

 {四四④④⑧⑧⑨⑨118北北横8}

 

 ――ドラ表示牌:{白} ――裏ドラ表示牌:{發}

 

・永水 『99800』(+9600)

 ↑

・臨海 『126200』(-3200)

・宮守 『91100』(-3200)

・龍門渕『82900』(-3200)

 

(――和了られた! それも、良い感じにこっちの邪魔をしてくれちゃって!)

 

 ――タニア手牌――

 {三五③⑤⑦⑧⑧2345發發}

 

 神代の変質、それはタニア=トムキンにとって喜ばしいものだ。楽しいと思えて、しかたのないことだ。――しかし、いけない。彼女の存在は、いけない。彼女は自分の麻雀を打っていない、しかもそれを為しているのが、タニアとは全く別位相の存在であることが、全くの問題であるのだ。

 

 タニア=トムキンは強者との闘いを望む雀士である。そして同時に、自分の世界が広がっていくことを、喜ぶタイプの人間でもある。

 

(やっぱりアンみたいに、この状況を鬱屈だと思わずに打つことは難しい。そーなんだよねそーなんだよね、私はきっと、誰かの世界を自分のものに感じていたいんだ!)

 

 強さを実感していたい。

 それに違和感を感じたくない。――アンや、今ともに卓を囲んでいる天江衣は、そういう意味では理想といえる。そんな天江衣に真っ向から挑んで、点棒をもぎ取っていく小瀬川白望も――!

 しかし、神代小蒔は違う。

 

(ただ勝っても仕方ない、私には、こいつを直接潰す強さもない。だから――できることなら自分の麻雀を、私に教えて欲しいものなんだけどね……!)

 

 アンの言う本物――最初にそれを聞いたときは、あの宮永照や三傑、そして何より“あの人”のことを思い浮かべたというのに、蓋を開けてみればこれだ。

 臨海女子を束ねるアンの、洞察力は日本で並び立つものがいないとは解ってはいる。しかしそれでも、その本質までを覗き見ることは、一見だけでは不可能と言えた。

 

(でもま……ただ闘うだけなら、これほど倒しがいの在る相手はいないか。私――敵はあんまり作りたくないんだけどねー)

 

 準決勝と、第二回戦。神代のチカラはそれぞれ違うものであった。それでも神代は強かったし、そして気配で言えば準決勝はそれ以上だ。

 ――それでも、逃げ切る自身はあるものの、ここには天江衣だっている。

 

 決して油断はできない状況だ。

 タニア=トムキンは、湧き上がる無数の感情に胸を抑えて、最大限の闘志でもって状況に答える――

 

 

 ――南一局一本場、親小蒔――

 ――ドラ表示牌「{北}」――

 

 

「……まずいな」

 

「だね、あの神代って人、なんか怖いな……」

 

 瀬々の嘆息に、一が面倒そうに肯定する。うんざりといった目線は神代へ向いていて、それはきっと昨日の衣との特打ちからくる“魔物”に対するトラウマのようなものだろうと、瀬々は判断した。

 その程度には――昨日の衣は、魔的に夜へ染まっていたのだ。

 

「それ以上に、だ。あいつ対子そのものも集めてるみたいだ」

 

「――牌が重なりやすいってこと?」

 

「あぁ、どうもあれで神代の最強じゃないみたいで、刻子になることはないが、通常の状態でも牌が対子手になりやすいみたいだ。――どんな打ち方をしてもな」

 

 魔物と呼ばれる少女は麻雀を“打たない”、“打つ”のではなく“打たされる”のが魔物の麻雀。神代のそれは、きっとその典型なのだろう。

 息を呑むような、意識にこびりつく沈黙が続いた。

 

「しかも、だ。あいつ他家の有効牌まで食ってやがるぞ? これは対子の偏りによるものだから二枚までしか手牌にはいかないが、それでも全山生牌の嵌張まちが、あっという間に二枚枯れに早変わりだ」

 

「それ……どうやって勝てっていうのさ」

 

 一の重苦しいため息。もはや言葉も無いといった様子で、周囲は沈黙を更に重く苦しいものに変えていた。そんな中で、最初に口を開いたのは、瀬々を除きこの中で最もオカルトに造形の深い井上純だった。笑みを浮かべ――それは少しばかり虚勢じみてはいるものの――自信たっぷりといった様子で、語る。

 

「けどよぉ、別に対処法がないわけじゃないだろ?」

 

「……あぁ、そうだよ」

 

 瀬々は一言肯定し、それから向こう側の対局を眺める。丁度ツモ番はタニアであった。彼女の手牌が、特徴的な動きを見せる。

 

 ――タニア手牌――

 {二三四五七八①②⑦56東東(横7)}

 

 タニア/打{②}

 

「……え? 二筒? なんで?」

 

 辺張で待つ{③}は現在場に一枚も出ていない生牌である。その全てが山の中に眠っていることは、タニアのチカラであれば推察することは容易のはず――

 

「そこだよ、確かに{③}は全山だ、そうでなくともここなら普通一向聴を取る。――が、それじゃあダメなんだよ、そんなことすりゃあ、あの神代がその{③}を二枚、持っていくんだからな」

 

「――あ」

 

 腑に落ちた、という様子で一が言葉を漏らす。

 当然のことでは在る。二枚しか無い有効牌よりも、八枚以上存在する牌を、といったところだ。もしそれでテンパイしようものならば、あっという間にすべての牌を抑えられてしまう。最悪でも嵌張待ちもしくは辺張待ちは、テンパイ時に完成させ無くてはならない。

 

「ひたすら待ちの多くなるような手を作る。牌効率以上に、効率を気にした打ち方が必要、ってわけだよ」

 

 瀬々の言葉がひとつの会話を締めくくる。モニターの無効では、状況が更に動こうとしていた。

 

 

 神代小蒔が和了り牌をガメる。すでにそれを三者は肌に感じ取っていた。もとより異常なほど洞察力の高い相手だ。神代小蒔のオカルト、神のチカラはすでに彼女たちにとって、顕となっている情報なのだ。

 

 故に、考える。

 

(私達にもできる、神代小蒔の対応法!)

 

 ――タニア手牌――

 {二三四五七八⑦567東東東(横六)}

 

(とりあえず三面張。これで後は他の連中が手を作ってくれるのを待つ!)

 

 思考渦巻くタニアの口元、浮かぶのは必勝の、思いを込めた笑みかそれとも、獲物を狙う狩人の笑みか。何であろうと、彼女の狙いは変わらない。タニアは迷いを浮かべないのだから、後は手を一心不乱に進めるだけだ。

 

 

 タニアのテンパイ、そこから更に四巡たって。

 

(……んー)

 

 小瀬川白望はどこまでも面倒そうな顔でいる。それが本人の心のありようであるからだ。めんどうだ、めんどうで、あまりに面倒で仕方ない。

 

 それでも、

 

(――できた、かなぁ?)

 

 やるべきことははっきりしていた。やらなくてはいけないから、手を進めた。――思考には若干の迷いが在る。迷い続けて、そして選ぶのが白望の打ち筋、そこにおかしな点は何一つ無い。

 

 ――白望手牌――

 {345③④⑤⑥345677(横7)}

 

 揺らめく瞳、幻影か、はたまた迷いの行く末か。選択肢は無限のように思えてならず、しかしその実答えは明白、一つしか無いのだから当然だ。

 タニア=トムキンが、この状況を望んでいたように。小瀬川白望も、ここを目指して右往左往しているのだから、選ぶ道は、迷いのようで、迷いではない。

 

 白望/打{⑥}

 

「リーチ」

 

(これでまず、手牌は完成。あとは誰に当たり牌をこぼしてくれるかな……)

 

 思考。

 神代小蒔は包囲されている。逃げ場は一切存在せず、故に後は状況を待つだけ、和了るのであれば、これほどわかりやすい手は他にない。

 そして、

 

「――ポン」 {横⑥⑥⑥}

 

(……む)

 

 動いたのは、天江衣だ。まるで謀ったかのように牌を鳴いた。事実そのとおりだろう、この鳴きは、何かを見越した鳴きには違いあるまい。

 となればその意味は――

 

(ずらされた……かな。これで多分、ここからどうやったって和了るには、出和了りするしかなくなったわけだ)

 

 まるで時間すらも切り裂くような鳴きだった。止めどなく流れてゆく大河の中に、一筋の閃きが過ぎゆくような――そんな瞬き。

 

 夜の闇を、天江衣の流星が――駆け抜けていった。

 

 後は、人が神を下す番だ。

 

 

 ――神代小蒔は和了り牌を集める。ならば、手牌すべてを和了り牌にしてしまえばいい。誰だって思いつく、あまりに単純な対処法である。

 しかし、それはをたった一人で成すことは通常であれば難しい。国士無双十三面、純正九蓮宝燈などなど、“通常ではない”手が必要となる。

 とはいえそれは一人で和了り牌をあぶれさせようとした場合。

 

 ――二人がかりとなれば、話は変わる。

 

 ここまで、テンパイしたのはタニア=トムキンの三面張と、小瀬川白望の五面張。たった一枚しか無い上に、そもそもタニアが握っている牌を除いて、系七種の牌が神代の下に集まることとなる。――それは当然、時間差で。

 

 神代の手牌は、一瞬にしてレッドゾーンの危険牌に染まる。すべてが全て、他家の手牌を開く鍵になる。図らずも、神代はテンパイのために必要な牌を引いてきた所で、それに気がついた。

 

 ――小蒔手牌――

 {二二二五五五八233666(横3)}

 

 そも、神代の手牌はノベタンであったタニアの手に反応し、現在の形が作られた。タニアテンパイ時に手には三枚ずつの{二五}――もとより、回避の術は存在しなかった。

 

 故に、切るしか無い。一瞬だけ神代は考えて、それからムダを悟って打牌を選ぶ。――選んだのは、火力の低い白望に対する打牌であった。

 

「――ロン、メンタン裏一……5500」

 

・宮守 『96600』(+5500)

 ↑

・永水 『94300』(-5500)

 

 それでも白望は躊躇わず、少しだけ満足気に嘆息を漏らすのだった。

 

 

 ――南一局一本場、親白望――

 ――ドラ表示牌「{四}」――

 

 

(和了った! 和了った! 和了られた! やばい、楽しい! 正直単なる運ゲーみたいなもんだけど、それでもやっぱテンパイは楽しい。これでもっと、神代小蒔が楽しんでくれればいいのにな!)

 

 無理からぬ話では在る。神代は神、人ならざるものを身に降ろしている。そしてそれが、人間のこころを真に介することはありえないのだ。

 

 だから、タニアは白望に意識を向けた。

 

(おめでとう宮守、和了れたことは、素直に称賛してあげる! でもね、でもまだそれじゃあ終わらない。ワタシもまだまだ、終われない!)

 

 白望の出和了りは、タニアと白望の協力プレイによるものである。しかしそれでも、点棒を得たのはすべて白望だ。で、あるのならば、あの対局は経過はどうあれ勝者は白望であるということになる。ならば素直にそれを称賛することは、タニアの意識からしてみれば何ら違和感のないことであった。

 ――と、いうよりも、もとよりトップを行くタニアに、――しかも満貫クラスの打点に、切羽詰まったとはいっても神代が振り込むはずもないのだ。故にこれは必然の勝利。白望が必然的に、得ることを約束されていた結果論なのである。

 

 だからこそ、とタニアは思う。

 白望は勝利を掴んだ。ならば自分は? ――このまま、黙って半荘を終えるなんてことは、少なくとも考えることすらできない。

 故に、タニアは、どう行動するべきか。

 

(――だから、今度は私の番だ。次は私が全力で、全開で、自分の勝利を、取りに行く――――!)

 

 一巡、二巡、そして三打で飛び出して、全速力でテンパイに向かう。たとえ二枚しか手牌にあがり牌がやってこないことがわかっていようと、それでもタニアは止まらなかった。彼女のスタイル、そして彼女の感覚が、それを止めることを許さなかったのだ。

 

 ――そして。

 

(……できた、タンヤオ、ノミ手。すでに一枚切られている嵌張待ち、神代の手に二枚在るであろう牌――最後の一つ…………自摸って、やったぞ!)

 

 ――タニア手牌――

 {三五④⑤⑧⑧⑧226778(横四)}

 

 タニア/打{7}

 

 勢い任せに、打牌は空を突き破り、卓に音を震わせる。それが己の役目であるのなら、ただひたすらに、タニアの指先で、踊るのだ。

 視線。意思。タニアの感情神代の無情。人はただ立ち上がることを願い、神はただひれ伏すものを愛していた。

 

 相いれぬもの、背中合わせの別世界。タニアはそこに、自分の意志で風穴を入れる――!

 

(――――和了り牌をガメるっていうんなら、例えばさぁ)

 

 神代小蒔に対抗しうる、タニアが有する2つ目の手札。考えられるなかでももっとも確実性の高い方法。そう思うからこそ――タニアは、そこに活路を見出す。

 

(ツモ番を、ズラしちまえば、じゃあどうなる? ずらしても掴むか? けど、ずらさなかった場合のツモは、変わらないだろ!)

 

 神代のツモ番を喰えば、和了れるやもしれない。しかし神代も、ただ鳴ける牌を切ることはないだろう。故に――たったひとつの、隙を突く――!

 

 神代/打{⑧}

 

「――カンッ!」

 

 ――――新ドラ表示牌:{⑦}

 

 大明槓なら、可能のはずだ。

 そう考えたから、そう打った。タニアはそのまま、嶺上牌をツモ切りする。――それが動くことはない。そのまま、次巡までツモが流れた。

 

 

「――ツモ!」

 

 

・臨海 『134200』(+8000)

 ↑

・龍門渕『80900』(-2000)

・宮守 『92600』(-4000)

・永水 『92300』(-2000)

 

 喰いタンに、ツモは4つで満貫だ。

 白望に続き――タニアが和了った。魔物を差し置き、少女が和了った。行けるのではないか――? だれもがそう考えることは、無理からぬことだった。

 

 

 ――南三局、親衣――

 ――ドラ表示牌「{1}」――

 

 

 タニア=トムキンは、二回戦の時と、今の神代は同一だと、思った。

 強力な相手だ。どうしようもない絶望感を与える圧迫もある。それでも、決して御しきれない相手ではない。逃げ切れない相手ではない。――行ける。あの二回戦の時のように。

 

 小瀬川白望は、やってやれないことはないと、感触していた。

 確かに神代小蒔は強い。しかし絶対的な卓の支配者では決して無い。それこそ二回戦の終盤で自分自身が経験した、魔物を超えるそれ以上のバケモノによる、蹂躙劇はありえない。

 

 タニアも、白望も、魔物と呼ばれる存在に対して、勝ちは望めないながらも、決して負け続けることはない強さを持っていた。

 だからこそここでは負けない、そうも思ったし、負けたくないと勝負を挑めるだけの気力があった。――しかし、違うのだ。

 

「――小蒔ちゃんは、決してそれだけじゃ終わらないのよね」

 

 永水女子の控え室。尊が少しばかり楽しげに言う。ただ沈んで終わるのが、今の神代ではない。それを彼女は知っていた。

 

「ここからが、本番であるということだな」

 

 土御門清梅が、それに追従するように言う。両者は肩を寄せ合い体を預け、楽しげに自信たっぷりの笑みを浮かべる。――チームの強さ、その自負がたっぷり在った。

 

「頑張ってほしいわね」

 

「無茶をさせてしまって申し訳ないですけどねー」

 

 石戸霞も、薄墨初美も、当然といった様子で対局を見ている。神代小蒔が負けるはずはない。少なくとも単なる強者でしか無い者達には。

 それは、彼女たちの意識が物語る確信であった。

 

 ――神は、たかだか人間程度など、塵にも思ってはいないのだ。――いや、神代に宿る神は人と共にある精霊の頂点。人を認めた上で、それでもなお絶対的な実力差を見せつけるのだ。

 

 そう。

 

 

 ――このように。

 

 

 それは、たった三巡での出来事だった。

 まさしく電光石火としか言い用のない、

 

「ツモ」

 

 神代の宣言。

 そしてそれは、勝利へ向けて足を一歩踏み出した――タニアと白望に、多少の絶望を与えるには十分過ぎるものであった。

 

 

「――8000、16000」

 

 

 ――役満和了。

 

(――また!?)

 

(和了られた――!?)

 

・永水 『124300』(+32000)

 ↑

・臨海 『126200』(-8000)

・宮守 『84600』(-8000)

・龍門渕『64900』(-16000)

 

 白望とタニア、両者の思考がシンクロする、全く同じ声音でもって、全く同じ感情でもって、タニアが――そして白望が――悲鳴混じりの声を上げる。

 

 

(――しかも、別の役満で……ッ!)

 

 

 ――小蒔手牌――

 {東東南南西西北北白白發發中横中}

 

 

 ――そんな、二者の表情とは裏腹に、一人静かに点棒を取り出す少女がいた。――天江衣だ。彼女はこの局の親番――つまりもっとも点棒を削られた位置にいながら、いかにも平静と言った様子でそれをみていた。

 今の衣は夜の月、闇に一人ぼっちで浮かび続ける、さびしんぼうの白いまんまるだ。

 

 そして一人ぼっちであるということは、孤独の壁で、自分自身を守るということである。意識の中に浮かぶ一人だけという感情を呼び起こし、衣は卓の上でも引きこもるのである。

 

 さすがに他家の親被りを防ぐことはできずとも、まもりにおいては完璧で堅固な城となる。故に衣は、そこから卓を眺めていたのだ。

 

(……大七星、か。もしも採用されていれば勝負はここで決していただろうが……どうやらこれであらかたの“神”を窺い見ることができたようだ)

 

 南場をかけて、神である神代と、人であるタニアと白望の対決が続いた。細々と神代から点棒を削ろうとしていた二名をあざ笑うように、役満和了で更に稼いだ。それを衣はただ見続けていたのだ。防ぐことも、割って入る事もせず。

 もとより、ある程度の小細工は受け持つが、それ以上はしない。しかしそんな準備期間も、ようやくこれで終了だ。

 

(――然り。これで神代の神たる頂点が見えた。底はしれずとも、行いうる限界を見た。ならばここからは、衣がその限界を超えてゆく――!)

 

 しかし同時に、考えられる手立てはどうしても限られる。衣がどれだけ流れをつかもうと、一の操る術を、神が御しきれないはずもない。

 全力で潰すのならば――だ。最低でも、神も人も、魔も聖を、一切合切ないまぜにして、神を引きずり下ろす他にない。そんなこと、わざわざこの大将戦の場で行う必要もないのだ。

 

(これが終われば、この神以上のバケモノが衣を待っている。そのバケモノに、衣を晒すのは得策ではないしな。――故にだ。衣の取るべき選択は、一つ。最大限の奇襲でもって、即座に相手の点棒を刈り取る!)

 

 前半戦の今頃から、攻め入ってはだめだ。神代小蒔に対応されて、衣はさらに手札を晒す必要が出てくる。ならば最小限の手札で、労力をかけずに潰すのが、この場面における正解なのだ。

 

(よって、今はマダ沈黙だ。しかし焼き鳥のまま、振り込みもないというのに圧倒的最下位を甘んじる趣味は衣にはない。一度だけ、一度だけならば通用する奇襲がある。それを使わせてもらう!)

 

 サイコロの音が、卓に響いていた。カラカラと回るそれは少女たちに焦燥と呼べる感覚を与える。事態は混迷、大荒れの台風のようだと評しても、それが大げさになり過ぎないほどの対局。

 

 そこに、たった一つ真っ白な月が、ぼんやり浮かび始めた。

 ――直後、

 

 

 猛烈な、爆発。風であろう、というのは――それがすべて終わってから気がついた。

 

 

 準決勝大将戦、台風のごとき雷雲が轟くようであった。少女たちは異質を感じ、異物を判じた。神代小蒔は、それほどまでに圧倒的であった。

 彼女が持ち込んだ、暗雲立ち込める闇に染まった雲の中。白望とタニアは囚われて、意識をそこに押し込められようとしていたのだ。

 

 しかし、気がつけばそれは――たったひとつの輝きで持って、――世界一つを等しく覆って染め尽くしてしまうかのような、白の、“月光”でもって、かき消されていた。

 

 光が、天辺から海底を駆け抜けて、貫いて、あらゆるものを喰らい尽くして、それでもなお飽きたらず、ただただただただひたすらに、破壊し飲み込みそして――

 

 

 たった一つ、あらゆるものが消え去った空に、天江衣の月が、浮かんだ。

 

 

 ――オーラス――

 ――ドラ表示牌「{2}」――

 

 

「……カン!」 {白裏裏白}

 

 ――それは、第一巡での衣の行動であった。当たり前とでも言わんばかりに、牌を晒して、嶺上牌をさらう。

 

「――続けて、カン!」 {中裏裏中}

 

 更に、牌を晒して、もう一度。衣はただ笑みだけを浮かべて、それから牌を手牌から切る。それは――衣が第一打で掴んだ、最初のツモ。

 嶺上牌を掴むという動作がなければ、それはつまり――自摸切り、という意味を要した。

 

 

「――リーチ!」

 

 

 叩きだされた牌は、超越的な暴圧を含んでいた。その意味を、白望とタニアは理解した。――今この場には、二つの魔物がいる。魔物同士が卓を囲んで顔を向け合い、火花を散らしているのだ。

 

 胸を締め付ける圧迫感。――故に、白望達は覚悟した。

 この一局、間違いなく恐ろしい何かが宿っている、と。

 

 ――龍門渕控え室――

 

「……衣が、本領を発揮した?」

 

「昨日の夜の衣が、また出たの……?」

 

 瀬々と一、今モニターの向こうで戦っている、バケモノたる衣と、真っ向から対局を重ねた少女たちが、まっさきに衣の変化に反応した。

 

「どうやら……そのようですわね、昨日のアレ以上にやばいのが、ビンビンここまで伝わって来ましてよ」

 

 透華は自慢のアホ毛をピン、と立てながら神妙な面持ちでつぶやく。とはいえ、それは衣を心配してのものではない。仲間として、衣の見せる新たな一面に、喜びを覚えているのだ。

 

「……にしても楽しそうだな衣のやつ。昨日の対局中もそれなりに楽しそうだったけど、あれは私達がめげずに何度も挑んでくるのが楽しいって感じだったからな、対局自体は別にそうでもなかったみたいなんだけど……」

 

「それだけ、あの魔物との対局が楽しくて仕方ない、というだけの話ですわ。……たしか衣は、これがああいう手合いとの初対決出会ったはず……楽しくてしょうがないのも、無理は無いですわね」

 

 ――透華は、どこか羨ましそうにつぶやく。衣にとっての魔物、神代小蒔は、それこそ透華にとってのデジタル神、のどっちとの対局と同等の意味があるのだと、理解しているのだ。

 己が目指す極地の体現者。デジタルにオカルトの両極端であり、その種類こそ大きく違いがあるものの、そんな雀士との対決が、楽しくて仕方のないというのは、衣にとっても透華にとっても、無理からぬものであるのだ。

 

「――強者との対決を楽しむ、か。アンの奴相手にひーこら言ってたあたしにはちょっとわかんないな。……けど、やっぱ似てると、あんたと衣」

 

 透華の方へと視線を向けて、瀬々はどこかゆるく溶けたような笑みで語りかける。透華はといえば、少しだけ目を瞬かせて、それからすぐに優しい笑みを浮かべると、答えた。

 

「従姉妹、ですもの。当たり前ですわ」

 

「……そっか」

 

 ――交わされる言葉、そして状況は、神代小蒔のツモへと映る。

 

「……これは、どうなるかね」

 

「おそらく衣が罠を張っているとすれば、この方でしょうね」

 

 ――一瞬、掴んだ牌を引っ込めて、それから更に牌を選ぶ。そんな思考が、二度、三度続いただろうか。やがて神代が選んだ牌は――

 

 

『――ロン』

 

 

 ――衣手牌――

 {四五六77⑥⑥横⑥} {白裏裏白} {中裏裏中}

 

 ――ドラ表示牌:{2} 裏ドラ表示牌:{7}

 ――新ドラ表示牌:{⑥} 裏ドラ表示牌:{發}

 ――新ドラ表示牌:{六} 裏ドラ表示牌:{①}

 

『――――16000!』

 

 

 大将戦、前半の終わりを告げる、引き金となった。

 

・龍門渕『80900』(+16000)

 ↑

・永水 『108300』(-16000)




連日更新も多分ここまで。日をおうごとに更新が遅くなっていくのが見ればわかりますからね。
さて、大将戦は後始末まで含めて後三話、もしくは四話ともみれる感じになりました。乞うご期待ー。

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