咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『人並みに濡れた月』大将戦③

 モニターの向こうには、ここまで戦ってきた四校の点棒状況が表示されている。それは大将戦開始前からは考えられないほどの激動であった。

 

 トップを行くのは臨海女子、しかしその点棒は、思った以上に心もとない。ムリもないことだ。一度の役満親被りに、大将のタニアが思ったように稼げなかったのだから。

 

 ――タニア=トムキン:三年――

 ――臨海女子(東東京)――

 ――126200――

 

 続いて追いかけるのは永水女子。二度の役満を和了したものの、彼女は現状、永水の負債をすべて取り返す程度の活躍しかすることはできなかった。

 そんな彼女は、対局中の人とは思えない様相のまま、その場を立ち去る。

 

 ――神代小蒔:一年――

 ――永水女子(鹿児島)――

 ――108300――

 

 そして、その永水女子を追いかける立ち位置にいるのが宮守女子だ。小瀬川白望は難しい顔をしている。無理もない、現在の宮守女子はどん詰まりの状況、苦しい立場に置かれているのだから。

 

 ――小瀬川白望:二年――

 ――宮守女子(岩手)――

 ――84600――

 

 そして、天江衣はそんな対局室を後にする者達とは違い、その場に残り、椅子にもたれかかっていた。空を見上げる衣の画――美しく映える少女の瞳は、どこか遠くを見つめようとするものだった。

 

 ――天江衣:一年――

 ――龍門渕高校(長野)――

 ――80900――

 

 そしてそんなモニターを、ぼんやりとした目線で眺める少女が、一人いた。周囲には人の目はない。そこは丁度、中堅戦の最中に宮守女子の小瀬川白望と鵜浦心音が言葉を交わしたような、そんな穴場と呼べる場所だった。

 とはいえ、そんな少女の隣には、自身と同じ白いロングスカートのような制服を羽織った少女もいる。彼女が気分転換に、とぼんやりとした少女を連れだした張本人である。

 

「――あの人」

 

「……ん?」

 

 ぽつりと、漏らした言葉を、もう一人の凛とした少女が聞き返す。少女はどこか思考の読めない顔をしながらも、真剣そうな目つきでもって、――両手いっぱいに抱えたお菓子を頬張りながら――答えた。

 

「……龍門渕の、天江さん。あの人やっぱり――」

 

「天江衣がどうかしたのか? 確かにあれは異常だろうが」

 

「ううん、なんでもない」

 

「……? 変な奴だな」

 

 親友と呼べるだけの距離感から、冗談交じりに嘆息。それを来にした様子もなくお菓子を抱えた少女はぼんやりと思考する。

 

(――あの人、やっぱりあっちがわの人なんだ。強い、んだろうな)

 

 それは言葉になることはなく、甘いお菓子にとろけた頬を抑えながら、少女はモニターに食い入るように意識を向け続けるのであった。

 

 

 ♪

 

 

 席順。

 東家:小瀬川

 南家:トムキン

 西家:天江

 北家:神代

 

 

 ――後半戦――

 ――東一局、親白望――

 ――ドラ表示牌「{③}」――

 

 

 後半戦、開始早々に動いたのは、四巡目に速度を上げて動き始めたタニア=トムキンであった。

 

「チー」 {横435}

 

 タニア/打{⑤}

 

(やっぱり動いてくるか龍門渕。――天江衣が動いてくれなければ、最悪二位で決勝にいけただろうに。これはちょっと無茶をする必要があるかな?)

 

 悔しい話ではあるが、タニアの実力では、神代一人に勝利することもできず、二人がかりで暴れまわる魔物両名を相手にすることは不可能に近い。

 それでも、タニアはここで負けるわけにはイカないのだ。そのために、タニアの取りうる行動は1つだけ。

 

「ポン」 {横八八八}

 

(局を刻むことで、天江衣にプレッシャーをかける! そしてそれを私自身の手ですれば、点棒も稼げて一石二鳥だ!)

 

 ようは、神代と衣の潰し合いに状況を持っていけばよいのだ。どちらかがトップで、どちらかが三位になるような点棒状況に持っていければ、それがタニアにとっての最善といえる。

 ゆえに、つかもうとした。

 和了り牌を、自身に必要な、勝利の牌を。

 

(――ッ!)

 

 一瞬、盲牌の直後にタニアはハッとする。それからニィっとその口元を歪ませると、即座に牌を手元で晒した。

 

「ツモ! タンヤオ三色ドラ1……1000、2000!」

 

 ――タニア手牌――

 {三四③④⑤⑧⑧横五} {横八八八} {横435}

 

・臨海 『130200』(+4000)

 ↑

・龍門渕『79900』(-2000)

・宮守 『82600』(-1000)

・永水 『107300』(-1000)

 

 風が、タニアの頬を撫でる。

 それはまるで、タニアの勝利を祝福するようであり、タニアの強さを証明するものであるかのようだった。

 

 

 ――東二局、親タニア――

 ――ドラ表示牌「{2}」――

 

 

 タニアは、とにかく自分が和了って局を刻むことを考えた。それはある意味正解といえる。残り曲数が少なくなれば、それだけ魔物たちは焦りだす。それによって、魔物同士が完全に潰し合いの様相になれば、あるいは臨海は、トップで準決勝を抜けることも可能かもしれない。

 もしも自分があがれなくとも、宮守はこの速度合戦に参加してくるだろう。彼女には、少しでも点棒を稼ぐ以外の道はないのだから。

 

 同時に、タニアの速度は非常に素晴らしいものがある。打牌速度においてもそうであるが、テンパイ速度も同時にタニアは速い。それはアンの豪運に追いつくことはできずとも、競り合うことは可能なほどだ。

 だからこそ、タニアはある種高をくくっていたのだ。自分が速度で、負けるはずもない、と。

 

 しかし、違った。タニアの速度は、人間における最高潮に近いものであった。――それこそアンのような、バケモノと渡り合える、速度はなかった。

 存在、しえなかったのだ。

 

「――カン」 {1裏裏1}

 

 とにかく前に、そんなタニアの思いをあざ笑うかのように、一巡目だというのに、神代が牌を晒した。その状況に、前半戦オーラスの衣の顔が――重なる。

 タニアは思わずはっとした。体中から、熱といえる熱が引いていくのを感じる。体中が、凍りつくような感覚を、感じる。

 

(そん……な…………ッ!)

 

 タニアには、誤算があった。それは第二回戦での対局経験からくる、認識の違いであった。――二回戦、神代はこのチカラと似たような力を使ったが、それはタニアの速度に追いつくようなものではなかった。

 

 しかし、今の神代は――それどころか、衣ですら――タニアの速度を上回ろうとしている。

 そう、気がつけば、タニアは、魔物たちに置き去りにされようとしていた。

 

 

 ――タニアの速度は、人の頂点。そしてそれは、魔物の常識に辿りつけない、壁でもあるのだ。

 

 

 暗槓から、次巡。

 

「――ツモ、70符3翻は、2000、4000」

 

 静かな声で、神代が和了った。

 

・永水 『115300』(+8000)

 ↑

・臨海 『126200』(-4000)

・宮守 『80600』(-2000)

・龍門渕『77900』(-2000)

 

 

 ――東三局、親衣――

 ――ドラ表示牌「{七}」――

 

 

「……ポン」 {五五横五}

 

 この局、最初に鳴いたのは小瀬川白望。

 思わず条件反射的に牌を鳴き、一気にテンパイへと手を進めた。

 

 ――白望手牌――

 {六七八③④⑤⑥⑦22} {横五五五}

 

(テンパイ、だけど打点が足りない……加槓、できるかな?)

 

 ここから打点を上げていくには、ポンで引き寄せた牌にもう一つ牌を載せ、加槓でドラをめくりに行くしか無い。ただツモっただけでは、これは二翻(2000)の手でしかないのだ。

 

 故に、白望はそれを望んだ。誰かの暗槓もなくはないだろうが、期待するだけムダだろう。――と、直後。

 

(ありゃ……)

 

 白望/ツモ{⑤}

 

(微妙な段階で掴んできたなぁ、もうちょっと打点がほしい、けどまぁ)

 

「ツモ。500、1000」

 

・宮守 『82600』(+2000)

 ↑

・臨海 『125700』(-500)

・龍門渕『76900』(-1000)

・永水 『114800』(-500)

 

 

 打点が無いとはいえ、それは和了りを放棄するというわけではない。わざわざ鳴いて、手を進めたのだから、ここで和了らない意味は皆無といえる。白望が欲していたのは、速度の中にある打点であるのだ。

 

(多分、ここで和了らなかったら、そのうち槓材がきてたんだろうな。そしてドラが乗った後――神代さんが和了る。魔物の意思が絡むのなら、ここで和了らないって言うことは、そういうことだ)

 

 ここでなぜ、白望がツモ和了できたのか。それは間違いなく、神代がそうさせたからだ。和了でぬか喜びさせるか、それとも諦めずに挑む相手の意思を摘むか。おそらくはそのどちらかを想定していた。

 白望はその中で、神代の思惑通り和了した。それ以上のことは、できなかった。

 

(和了れたのが奇跡って、わけじゃ、多分無い。私が鳴いたのは神代さん。そして、神代さんのチカラは――)

 

 で、あるとするならば、神代小蒔は止まらない。

 速度で持って和了した、白望やタニアの上を行く。――あらゆる面で、魅せつけるのだ。

 

 

 ――東四局、親小蒔――

 ――ドラ表示牌「{北}」――

 

 

 四千点で、タニアが刻んだ。

 神代小蒔は倍を和了った。満貫だ。

 

 打点でどうにか勝とうにも、神代は悠然と努力の上を越えていく。そして同時に、タニアは五巡ほどで和了した、しかし神代は、たった二巡で和了した。

 

 そして、小瀬川白望は二千を刻んだ。

 で、あるのならば――神代小蒔は、一体いくつ刻む? 答えは単純、

 

 

「――ツモ、8000オール」

 

 

 ―――――十二倍(24000)だ。

 

 ――小蒔手牌――

 {一一二二三三四四五七七九九横五}

 

・永水 『138800』(+24000)

 ↑

・臨海 『117700』(-8000)

・宮守 『74600』(-8000)

・龍門渕『68900』(-8000)

 

 

「……、」

 

 白望が、そしてタニアが難しそうに顔を歪める。

 ――負けるつもりはない、最後まで諦めるつもりはない。それは大将として仲間達にバトンを任された少女たちが、思い描く最後の意地だ。

 

 しかし、

 

 ――何度、思った?

 

 

 ――負けるかもしれないと、なんど諦めそうになった?

 

 

 一度、いや違う。

 二度、そんなはずはない。

 三度、四度、五度、六度――? どれも、これも、全て違う。なにもかもまるっきり!

 

 

 ()()()()()()()()。それが答えだ。

 

 

 思い浮かべた敗北を、その度意思で打ち消して、ただただ前に進もうとして、それでも全く進めない。からからと、回り続けるサイコロのように、空回りし続けるかのように、それは少女たちを襲う、枷。

 

 速度で、打点で、あらゆるもので、普通の人間を越えていく。タニアには才能があり、白望には不可思議な感覚があり、人以上のチカラを持ってなお、それは神代に対する、挑戦権にすらならないのだ。

 

 それだけ、神代小蒔は絶対だった。

 

 

 それだけ、神代小蒔は――――強かった。

 

 

 しかし、

 

 

 ――東四局一本場、親小蒔――

 ――ドラ表示牌「{北}」――

 

 

「ツモ」

 

 

 そうではない、ものもいた。

 

 人では届かぬ境地にいるのなら、そこにたどり着く方法は二つ。――人の極端を目指し、あらゆる人間の頂点に至るか――

 

 ――その対局を、見つめるものが一人。

 

 ――臨海女子、アン=ヘイリー。

 

 あらゆるものを排するほどの、絶対的魔性を己の内に、宿すかの二択だ。

 

 ――そして、この卓に直接座るもの。

 

 ――龍門渕高校、天江衣。

 

 

 ――衣手牌――

 {三四五345③④⑤⑥⑦⑦⑦横⑧}

 

「――2100、4100!」

 

・龍門渕『77200』(+8000)

 ↑

・臨海 『115600』(-2000)

・宮守 『66500』(-2000)

・永水 『134700』(-4000)

 

 魔物として生を受け、人に拒まれ人に疎まれ、育ってゆくはずだった一人の少女は、しかし出会いによって人間を知った。敗北を知って、そして強さを知った。

 麻雀の舞台において、新たな世界を拓きたいとおもった。

 

 それが、今の天江衣。魔物にして、人。相反する、しかしどこかしっくりとくる二つの存在を内包するもの――!

 

 

 ――その天江衣が、ここに来てようやく、顔を上げた。目に闘志を灯して、和了した。

 

 

 前半戦、そして後半戦と、沈黙を続けてきた少女がここに来て、始めて動きを、見せるのだ――

 

 そして、後半戦は、南入である。

 

 

 ――南一局、親白望――

 ――ドラ表示牌「{四}」――

 

 

「衣のやつ、ついに本領発揮だな?」

 

「二回戦でもそんな感じだったね、余裕が有るのかな?」

 

 瀬々が楽しげに笑みを浮かべて、一が少しだけおかしそうに苦笑する。肩を並べて座る両名は、そんなふうに合わせて笑った。

 

「んー、ちょっと違う、かな? 衣にとって、第二回戦の相手も、今回の相手も、油断せずに行けば勝てるが、絶対に油断できない相手って位置づけなんだと思う」

 

「絶対に油断できない……だから万全を期して挑む、ってこと?」

 

 軽く覗きこむように体を落として、一が瀬々に視線を合わせる。ちらりとそちらを向きながら瀬々は一つ頷いて答える。

 

「そうそう、そのためにこの()は必要不可欠だったんだな。――多分、もう一つ上の段階になると、衣も最初から全力なんだろうけどさ」

 

 天江衣が負けたくないと思うから、そうしたのだろうと瀬々は言う。

 当たり前だ、負けるつもりで相手に挑む人間など、そうそういないのだから。どれだけ強い相手で、負けることが確定的であろうと、負けたくないという思いは、きっとある。

 

 そのために、勝てるのなら勝つための方法を取る。それが衣の、スタイルと言える。

 

「あたし達にしてみりゃ、後は安心して衣が勝つのを待てばいい。――衣はあたし達の、大将なんだからさ」

 

「そうだね……じゃあ後は、衣のぶっとんだ思考を楽しもうか」

 

 ――対局の状況は、現在六巡目。衣の手牌も、神代小蒔の手牌も、そうそうに完成が見え始めていた。

 

 ――衣手牌――

 {三三五八⑥⑦⑧246發發發(横3)}

 

 衣/打{6}

 

 衣の手牌は、これで役牌ドラ1の一向聴。待ちも広く、いくらでも手を進められそうな代物。門前で手を育てられれば、役牌が程よく“効いて”くることだろう。

 

「そーだな、じゃあまずは、あたしらでもできそうな神代対策を考えようか」

 

「二つくらいは……すぐに考えられるかな?」

 

 ――まずひとつは、タニア=トムキンの見せたツモ番の喰い取り。これで例えば、テンパイから別のテンパイに取り替えることが出来れば、そのまま和了り牌が小蒔から流れてくるのだ。

 ただし、小蒔のチカラは人外のそれ。そんな方法が有効なのは、せいぜい一巡が限度だろう。

 

「けども、それは前半戦で臨海にやられてる。一度別の神といれかわった、とかならともかく、神は絶賛継続して降臨してるわけだから、対策を打たないはずもない」

 

「マンガとかでよくあるけど、同じ技は二度通じない、ってやつだよね」

 

「そうそう、んで、そういう時の対処法はやっぱり、別の新しい技をぶつけるってことになるんだけど、麻雀だとそれはなかなか難しい。だから衣は、この方法に一つのアレンジを加える事で、別の技にしてしまおうって考えたんだよ」

 

 神代のチカラであれば、衣のテンパイに必要な対子、{三}を引き寄せて握りつぶすことができる。神代はそれを読み取って、これ以外の牌では和了のしようがないと、確信しているのだ。

 ずらされて自摸られるなら、ずらされないように牌を抱えればいい。すくなくとも、それは神代でなかろうと、可能だ。神代の場合、そこに魔物としての察知能力が加わり、ほぼ盤石といっていい状態を作れる。

 

 そして、衣はその隙を突くのだ。

 

 そう、和了れるはずのない状況から、テンパイできるはずのない状況から、無理やりテンパイを引き出すのだ。

 

 ――大明槓という、奇策によって。

 

『――カン!』 {發發發横發}

 

 衣/ツモ{六}

 

「う、わ――ほんとにテンパイまで持って行っちゃった。あそこで大明槓とか、たしかにこの点差なら考えるけど……和了りに行くために大明槓とか、ボクには無理だよ」

 

「でも、やるだろ? ――――できるだろ?」

 

 したり顔、といった風体で一に視線を向ける瀬々。自身に満ちた笑み。彼女の姿は、衣の隣にあるように一には思えた。

 それから――

 

「衣はさ、強いよ、間違いなく。でもそれは、衣が魔物だから、とか、月の衣がバケモノだから、とかそういうところから来る強さじゃないんだ。人間以上のことを、人間としてやるから――」

 

 

『――ツモ』

 

 

「衣の今の強さが、あるんだよ」

 

・龍門渕『89200』(+12000)

 ↑

・臨海 『112600』(-3000)

・宮守 『66500』(-6000)

・永水 『131700』(-3000)

 

 カンでテンパイ、韓ドラが乗って、ハネマンだ。たった二翻、ないしは良くて四翻の手が、一気に高打点のツモに、生まれ変わったのである。

 そしてそれを、確信とともにするのが衣だ。人とは違う感覚を利用して、人と同じ思考で持って、それをなして――そこに在るのだ。

 

 

 ――南二局、親タニア――

 ――ドラ表示牌「{4}」――

 

 

「――じゃあ問題。私達にもできる神代対策、その二は?」

 

「和了り牌をあぶれさせる、だよね?」

 

「……正解、そして多分、このツモからするに、今回はその応用になるだろうね」

 

 衣の手牌が、画面の向こう側で着々と進行していく。――しかし、それは神代もまた同様だ。神代小蒔は人ならざるチカラを存分にフル活用し、己のテンパイを極限まで早くする。

 あとは、自摸ればそれで勝てるように。

 

「神代の手は速い。それはその分、手の中に必要な牌だけが増えていく。――安牌は、基本的には増えないんだよな」

 

 しかし神代小蒔は対子を集める。安牌があれば二巡は最低でも稼ぐことが可能だ。その間に安牌が増えるのであれば問題ないが――

 安牌というものは、切れるときには切れるのだ。

 

 ――小蒔手牌――

 {七七七九九②②②⑥77南南(横7)}

 

「この状況で、衣は張ってる。それは神代にだって分かる。で、あるならば……だ、神代は一体どこを切ると思う?」

 

 この捨て牌で、だ。

 瀬々はそういいながら衣の捨て牌を指摘する。一はそれを軽く見通してから、腕を組む。

 

 ――衣捨て牌――

 {1發白9④六}

 

「どれも切りにくいけど、強いていうなら{南}か{九}かな? でも、衣の当たり牌が{九}、だから切るのは{南}だと思う」

 

 衣の待ちが{7}であるとすれば、シャンポン待ちはありえない。となれば{南}を役牌で持っている可能性は極めて低い。

 よって、ここはワンチャンスの筋で、絶対的な安牌である{九}を魔物の直感で躱し、{南}を打つ。そう一は読んだ。

 

「――だが、もし{南}が衣の手牌の中で雀頭になっていたら? ――小蒔の手牌に{南}が集まったのは、そういう意味だとしたら? 刻子一つあればそのままテンパイ振り替わりで和了られるぞ」

 

「……まさか」

 

「魔物だって、それは普通に考えるんだよ。なにせたった今衣にやられた奇策だからな。特に魔物はそういう駆け引きに疎いから、すぐに警戒しちまうんだよ」

 

 ――その点、{九}が雀頭だったとして、鳴かれる可能性は極端に低い。鳴かれても、{南}と{發}、{白}以外の衣が使用出来る役牌は二枚切れ、そうそう和了されることはない。

 

「おそらくは油断――だろうな。神代は最初から{九}を対子で抱えてたんだ。自身のチカラで、引き寄せたものだと思ったんだろうさ。本当は、衣の手牌に在った{九}に、反応していただけなのにな」

 

 小蒔/打{九}

 

「魔物でも……油断はするんだ」

 

 息を呑むような一の声。ムリもないことだ。――神代小蒔はここに来て、始めて他家に放銃するのだから。

 

「魔物だからこそ、だ。魔物は他人とはひとつ違う位階にいる。だから負けることは殆ど無いし、それを当たり前のように思ってる。――思わぬ所で、人に足をすくわれるまで――!」

 

 

『――ロン! 5200!』

 

 

 ――衣手牌――

 {四五六九九④⑤⑥44456横九}

 

・龍門渕『94400』(+5200)

 ↑

・永水 『126500』(-5200)

 

 そうしてすくわれたのが、今の衣だ。救われたのが――天江、衣だ。

 

「さぁ、ここまでがあたし達にでもできる人間の闘牌。――やろうと思う人間はすくないだろうけども、それでも手牌によっては可能な方法だ」

 

 で、あるならば――衣は未だ、人間の延長線上を、自分の感性で打っているにすぎない。故に、衣は人と魔物、その双方の延長線上では、まだ麻雀を打っていない。

 

「――ここからだ。ここからが、衣にできる、衣だけの闘牌だ。――――衣だけが、あたしらに見せてくれる闘牌なんだ」

 

 天江衣が、サイコロを回す。

 ――南三局、準決勝も終盤、衣の最後の親番が――始まる。

 

 

 ――南三局、親衣――

 ――ドラ表示牌「{二}」――

 

 

(月が夜の闇に満ち始めている。宇を照らし、人の視界に、己を浸し始めているのだ)

 

 ――衣手牌――

 {一三三四四七八⑥⑨23西西(横六)}

 

 衣/打⑨

 

 人が生き、人が棲むこの場所に、月は等しく己を晒す。たとえ己の巣箱に潜ろうと、己を何処かに隠そうと、意識を向けた空の上には、いつまでだって月がある。

 そして今――夜に染まったこの世界は、それがもっとも明らかである瞬間なのだ。

 

(月に閉じこもるのをやめた衣は、しかし今でも、そんな月が好きなのだ。一人ぼっちで、しかし誰の上にでもある。明るい太陽のような光もなく、ただ寂しく暗闇に怯えるしか無い――そんな月が、衣には、どうしようもなく愛おしく映る)

 

 ――衣手牌――

 {一三三四四七八⑥23西西(横三)}

 

 衣/打{⑥}

 

 なぜだろう、そう疑問に思ったことすら無い。

 いつからだろう、そう考える必要すら、無い。

 

 月が衣の側に浮かんでいるから。衣の上で、佇んでいるから。衣はその月に、何度だって手を伸ばすのだ。

 

(そらにはまばゆいほどの星々がある。しかしそれらはどれも、月のように近くはあらず、月の近くにありはしない)

 

 ――衣手牌――

 {一三三三四四六七八23西西(横四)}

 

 衣/打{2}

 

 かつて衣は一人ぼっちだった。誰にも認められず、誰にも好かれなかった。父も母も失って、最後の支えすら失ったような時も、在った。

 

 そんな時、衣にとって星々は、遠くにしか無い団欒としか、思えなかった。

 しかし今は違う。今の衣にとって、数えきれないほどの光の群れは、手を伸ばしたくて仕方ない、渡り歩きたくて仕方ない、そんな別世界であるのだ。

 

(衣は、衣は手を伸ばすべき隣人を手に入れた。宇に浮かぶ月ではない。衣はこの蒼き星の中において、渡り歩くべき翼を手に入れたのだ――!)

 

  ――衣手牌――

 {一三三三四四四六七八3西西(横西)}

 

 衣/打{3}

 

 一瞬だけ、神代小蒔、衣が目下打倒スべき相手としてみる、魔物の姿を視界に入れる。――無表情、さして意思を持たずに彼女は麻雀を打つ。

 麻雀が楽しいのか、楽しくないのか、それすら人に悟らせず。

 

(故に――見せてやろう。人と人をつなぐ別世界。そこに存在しない|汝(うぬ)に――異世界に身を置く汝に、人と魔物、寄り添うものの闘牌を――!)

 

 ――衣/ツモ{九}・打{一}

 

 衣の手は、これで完成形(テンパイ)

 故に神代小蒔の手には、和了り牌が集まる。衣はそこに狙いを定めるのだ。――テンパイも早く、十分先につかめる目もある多面張であったが、それでも衣は、その和了り牌を掴むことはなかった。

 

 そして、

 

 ――衣/ツモ{八}

 

 本来であれば必要のない牌。街を薄くし、神代によってすべての和了り牌を“掴まれる”であろう牌。衣が通常、こんな待ちを選択するはずもない。

 ――が、しかし。

 天江衣は、一切何のためらいもなく、ツモを手牌に組み入れた。

 

 衣/打{四}

 

 そう、これこそが衣の真髄。ありえない打牌を、当然の結果として変える。今この瞬間に、自分の存在を示すのだ。

 

 

 ――ならば、その意味は? 当然、神代のツモに意味がある。

 

 

 ここまで、衣は神代に当たり牌を掴まれていた。現在の神代の手牌は――

 

 ――小蒔手牌――

 {五五五六六六11244發發}

 

 以上の通り。しかしここに、更に当たり牌であろう{七}が流れば、どうか。それが刻子になれば、どうか――神代小蒔は、更に手配を進める。

 そうした時に、以下の形になるのが確実だ。

 

 ――小蒔手牌――

 {五五五六六六七七七44發發}

 

 四暗刻テンパイ。自摸って役満、出和了りでも、リーチをかければ高め跳満。当然リーチはかけないが。それでも、ここから数巡もすれば自摸和了りが可能であろうことは、神代の感覚が、一斉にそれを告げていた。

 

 ――しかし。

 

 

 小蒔/ツモ{九}

 

 

 神代のツモは、かすりもせずに生牌を引く。その意味は、誰かの当たり牌を掴まされた。――答えは明白、衣のものである。

 天江衣は神代がこの牌を掴まされる直前に、テンパイから“三度目の”手出しで牌を入れ替えている。とすれば――だ。この牌が指し示す意味も、自然と判断のつくものになる。

 

 故に。

 

 ――神代は、ここまでの状況全てを鑑みて、もっとも安全であろう、牌を打った。それはきっと、ここまで衣によって追い詰められた、神代の逃げに依るものが、多分に含まれていたことだろう。

 

 小蒔/打{六}

 

 

 それが、天江衣の放った最大の罠であることにも気が付かず。

 

 

「――ロン」

 

 

 ――衣手牌――

 {三三三四四四六七八九西西西}

 

 その瞬間だった。

 ――神代小蒔の瞳が揺らめく。驚愕であることは、誰に目からも明らかだった。

 

「……24000!」

 

・龍門渕『128400』(+24000)

 ↑

・永水 『102500』(-24000)

 

 吹きすさぶは、風。天江衣の顕にした打牌に。

 ――衣の神を前方に揺らして、それは準決勝の対局室を、勢い任せに、何度も叩いた。




新キャラ……一体何者なんだ……

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