「けれども、わからないんだよ。なんでそれがそうなるのか」
瀬々の声が、しん、と静まり返った室内に響く。透華が、水穂が、純が、智樹が、一が――その言葉に神経すべてを集中させているかのようだった。
「――なんで神代が、自分の和了り牌を――――」
瀬々は、言葉をたっぷりタメたわけではない。
しかしそれでも、瀬々の言葉には空白があった。時間が歪み、感覚が曲がった。故に瀬々が続けて放った言葉には、一の意識を、喰らうだけのチカラがあった。
「――――掴めないのか、って」
――小蒔/ツモ{白}
「――――、」
誰もが、放心したように言葉を逸した。何を伝えるべきか、迷いに迷った。――長かった闘いが終わる。その終幕に、自身が持ち込むべき言葉を、持ち合わせていなかった。
――衣が親倍を直撃させた時。
――神代が役満を聴牌した時。
――衣が国士を完成させた時。
――神代が手を進めていた時。
どれもこれもが、時を止めたかのようだった。だれもかれもが、時が止まったかのように感じた。
人外と、人外をその身に宿した少女の決闘は、それほどまでに、人の心を惹きつけるものがあったのだろう。手に汗握って緊迫し、手を叩いて歓声を上げ、何度も何度も、一喜一憂を繰り返す。
そんな、楽しくて、楽しくて仕方がない、そんな闘牌が――終わった。
――小蒔/打{白}
神代小蒔の一打でもって。
――天江衣の、発声でもって。
「…………ロン」
――衣手牌――
{一九①⑨19東南西北白發中横白}
「国士無双十三面――32000!」
インターハイ準決勝が、終了した。
♪
『大将戦、決着――!』
モニターの向こうで、天江衣が立ち上がる。威風堂々、順風満帆といった様子で、軽く一礼をしてから立ち去って行く。晴れやかな顔は、少女の心意をよく表していた。
――天江衣:一年――
――龍門渕高校(長野)――
――134300――
続いて、同時にこの準決勝を勝ち抜いた、臨海女子のタニア=トムキンがその場を後にする。――非常に悔し気な顔。彼女は言ってしまえば“生き残った”だけなのだ。
勝ちを狙えるだけの配牌を擁しながら、勝利につなげる事ができなかった。決勝に、大きな課題を残すこととなったのだ。
――タニア=トムキン:三年――
――臨海女子(東東京)――
――104500――
「……とんでもない闘牌だったな。まったく、お前も中々不幸だな」
「そうかな? べつに誰であろうと、私達は全力で勝ちに行くつもりだけど」
「…………そうだったな」
――ところで、と言った様子で、一人の少女がもう一人の少女に問いかける。
「ところで、最後のアレ。どういうわけであそこまで順調だった神代が掴めなかったんだ? あそこでいきなり{白}を掴んできたんだ?」
「アレは……多分神代さんの優先度が、当たり牌を刻子にするほうが高かった、っていうのと、神代さんが“地獄単騎を掴まない”っていうのが、重なったからじゃないかな」
――地獄単騎を、掴まない。それは神代小蒔が持つチカラの、おまけのようなものだった。これは端的に言えば、山の中に在る牌が一枚だけの場合、神代は掴んで来ない、というものだ。――つかめる牌は、王牌の中に収まっている、ということでもある。
神代小蒔は、{①}をつかもうとしても掴めなかったのだ。そしてそれはある種、衣が十三面を掴んだ時から決定していたことでも在る。
「確かに、今のオーラス、天江の手に一枚{①}があって、神代自身が一枚掴んでいたが……だったらうち二枚の――一枚は王牌だとして、じゃあもう一枚はどこに言ったんだ? 誰かの手牌にはなかったぞ?」
「……さぁ」
「さぁって、お前…………」
小首を傾げて表情のない顔でそっけない事を言った少女は、呆れる少女をよそにおいて、お菓子を口にほうばりながら立ち上がる。
「……準決勝終わったし、帰ろ?」
「…………そうだな」
嘆息一つ、もう一人の少女も立ち上がり、その後に続く。もとより人気のない場所であったが、その少女達が消えた先には――もはや人の姿は、どこにも影一つ残らないのであった。
♪
永水女子控え室。
――巫女少女たちの姿はない。役目を終えた神代を、二人が共に迎えに行っているのだ。それは神代小蒔への気遣いであり、――上級生である土御門清梅と、備尊を思ってのことなのだろう。
――永水女子(鹿児島)――
――102800――
「終わっちゃったわね、インハイ」
「そうであるな……」
たった二人だけの控え室。今はもうインハイを映すモニターは消してしまっているし、控え室は人の通る場所ではない。音一つすら掻き消えた世界で、清梅と尊は、肩を並べて三人がけのソファに腰掛けていた。
「お疲れ様、部活業と学生業、ついでに本業もやって、全部が全部大変だったわね」
「だが、不思議と満足しているよ。おかしいな、私は負けて、悔しいはずであるのにな」
ぽつりぽつりと、談笑する両名の声音は、信じられないほどに穏やかだった。実感が無い、というのがよく当てはまるのかもしれない。
ぐっと、体を伸ばして調子を確かめるようにする。はぁ、と漏れでたため息には、しかし熱を持っていなかった。どこか急遽なそれに、尊はもやもやとした表情を浮かべた。
「感情のオーバーフローね。自分でも自分が何を思っているのか、よくわかんないわ。それでいて、終わってしまったという時間がある。これは満足、と呼ぶべきものなのかしら?」
「尊にも私にも、個人戦があるわけだしなぁ……むしろ私は、レギュラーになれず裏方に回ってもらった、仲間たちに申し訳ないよ。巫女衆のチカラを借りてまで、今年は優勝を目指したというのにな」
過去を回想するように、腕を組んでそれから嘆息気味に言葉を漏らす。どことなく遠い目をしながら、自身のすべてをぶつけてなお、敗北してまず真っ先に思い浮かべたのは、自分のことではなく仲間たちの事だった。
不思議なことだ。実感が無い、というのもまったくもってその通り。清梅も尊も、今、自分たちがどうしてこうも平然としているのか、理解が及んでいないようだった。
それからふと、思い至ったように尊がポン、と手をたたく。
「そういえば――清梅って昔、自分には人を背負って立つ才能はないってぼやいてたこと、なかったかしら? せいぜい自分はお山の大将だーって」
土御門清梅は優秀な才女である。文武両道、麻雀から陰陽道まで、幅広く才覚を発揮する人間であるが、しかしそれでも、ひとつの分野において天才的な才能を発揮する――アン=ヘイリーのような――タイプではない。
器用貧乏の秀才。それが清梅自身が自負する己の才能であった。
それを思い出したと、ついでに指摘する尊。清梅にとっても、その言葉に偽りはない。これまで感じてきた、そして自分が甘んじてきた自評であるのだ。
「なんとなくだけど、そんな清梅にとって、インターハイで優勝を狙うっていうのは、ちょっと無茶だったんじゃないかしら」
「無自覚に、無理をしていたと? そんなつもりはないのであるが……」
ポリポリと、頬を掻く。無茶をしてきた自覚など、無い。インターハイでの優勝は、神代小蒔という魔物が居たからこそ考えたことであり、彼女に大将を丸投げすることで、始めて成立する可能性であったのだ。
先鋒として、清梅は奮闘したものの、勝敗の全ては、後続の巫女衆に任せるような布陣で永水女子はインハイに臨んでいた。
「もともと九州の界隈で、ちょっと名前が通ってるだけの清梅が、いきなり全国でその名を知らしめようなんて、無茶もいいところなのよ」
「……むぅ、そう言われてしまうと何も言えないのであるな」
当たり前だ。そう尊は楽しそうに笑う。備尊は、土御門清梅のことを、深いところまで知り尽くしているつもりだ。だからこそ、清梅が気づかないような視点で、清梅の本質を語ることができる。
そうして、尊は清梅の存在を、愛おしく、好ましく想っていくのだ。
「――私はね、そんな清梅の隣に入れてよかったと思ってる。あの夜に、貴方の秘密を知ったその時から、――貴方を深く知れた、その時から」
なんとはなしに、尊は視線を窓へと揺らす。暗闇はどこまでも広がって、きっと明かりがどこにもなければ、かつて清梅の秘密を知ったその時と、同じように暗黒が世界を染めるのだろう。
土御門清梅が、その中で悠然と、尊を救ってくれるのだろう。
「正直、今でもオカルトがどうとか、陰陽師がどうとか、よくわからないわ。でも、私はそれを“信じてよかった”そう思ってる。それはきっと、何よりも幸せなことなんだわ」
視線を、一気に隣の清梅に引き戻し、それからくすりと、笑みを浮かべる。尊にとって、今の自分は清梅の隣に座るために、練磨し前に進み続けてきたのだ。
この瞬間、目の前に映る清梅の姿は、どこか寂しげなものである。――そんな姿は見たくない、だから振り払いたい。意志を込めての笑みであった。
清梅は、そんな尊の顔を、ちらりと伺うように垣間見た。それが、清梅を見ていた尊の笑みと重なって、思わず尊は顔を赤面させる。
恥ずかしいところを見せてしまったような。こころを打たれてしまったかのような、ムズムズとする感覚、それをなんと呼べばいいのか、清梅には皆目検討もつかなかった。
「無理をしたから、その無理を自覚していないから、なんとなく心の整理がついていない。わからなくもないわ、私もレギュラーに選ばれた時、喜んでいいのかどうか解らなかったもの」
「そうである、な。とすれば、だ。――私はもしや、悲しいのかもしれないな。――悔しいのかもしれないな」
「だったらきっと、そのうち分かるわ。私が望まずとも、清梅が望んでいなくとも、ね?」
ゆっくりと目を閉じて、尊は己の側から伝わってくる、清梅の吐息を感じ取る。なんだかむず痒いような気がして、清梅は恥ずかしそうに頬を掻いた。
それから尊が、
「明日はきっと、雨がふるわ。私と貴方、二人分の雨が……ね」
そんな風に、そっと漏らした。
それから二人に言葉はなかった。どこか夢心地といった様子で、清梅も尊も、ソファに体をあずけるのだった――
♪
ふたりきりの控え室。それは、何も永水女子だけが、そうであるというわけでもなかった。四位で敗退した宮守女子もまた、上級生の両名が、控え室に居残っていた。
――宮守女子(岩手)――
――58500――
「――終わっちまったな、インターハイ」
「……そうだね」
両者ともに、大将戦オーラス終局間際には、立ち上がったまま両手を握りしめ画面に食らいついていた。誰よりも、この状況にのめり込んでいたと言えるかもしれない。
――結果、宮守は敗北。インターハイ準決勝で、最後の初出場校、ダークホースは姿を消すこととなった。
「楽しかったなぁ。最初は思い出作りと思って始めたけどサァ、白望達みたいな楽しい仲間もできたし、心音、アンタとも絆を再確認できた気がすんだ」
「……うん」
「なんとなく、私と心音の距離が、遠ざかってんじゃァないかって、思っちまったんだよな。今からしてみりゃ、私が勝手にそー考えて、微妙な距離を遠いもんだと勘違いしてたんだろうけどサァ」
「……うん」
顔を天井へ向けながら、饒舌に口を動かす早海に、心音は生返事と言った様子で顔を俯けて話す。
「そんでもって丁度、心音が麻雀を始めたーって聞いて、マァ私もルールくらいは分かるからって誘ってさ……こんなところまでコれたのは、正直想定してなかったかな」
「……みんな、強かったもんね」
「すげーよな、白望、胡桃、塞。三人とも、普通にはない才能を持ってる。特に白望は、この準決勝大将戦でも、かなり頑張ってもらっちまったな」
「……今のオーダーを決めたのは部長の塞だけどね」
心音も早海も、麻雀部を創設したのではなく、すでに存在していた麻雀部に参加したのだ。そのため部長は先に麻雀部を創設し、その部長となっていた塞であり、それは三年生が参加しても変わることはなかった。
「負けてもいい、てないうけどさ。ヤッパリただコテンパンにされたんじゃ、満足できるものもできねーよのよ。その点、ここまでこれたのは、本当に良かった」
「……そうかな」
「そぉだろ、全国に出場する芽もなかったような初心者が、いきなりこんな場所で名を残したんだぞ? 優秀なメンバーが奇跡的に揃った、っていうのはあるかもしれないが、そンでもだ」
「……そうだね」
少しだけ、チラリと視線を心音にやって。早海はそれから何度か目を瞬かせると、更に続けて言葉を紡ぐ。
「もう、思い残すことなんざない、ってな感じだ。そんくらい、満足してる。楽しんでこれたよ心音、私はな」
「――私は」
そこで、ずっとチカラのなかった心音の声音に、始めて意識と呼ぶべき者が点った。早海はそれを待っていたとばかりに、薄く笑みを浮かべて、それから続く言葉を待つ。
「負けてもいいって、本気で思ってた。無茶はしてほしくないって、思ってた」
心音は――鵜浦心音は。
「早海が無茶してるのは、いつも隣で見ててわかってた。でも、なんにも言えなかったんだよね」
体を、生まれたての子鹿のように震わせて。
「正直、言って否定されるのが怖かった。もっと無茶し始めないかって、そういうのが怖かった。――シロに背中を押してもらえなくちゃ、多分何も、言えなかっただろうなぁ」
顔を、髪で覆ってしまうほどにうつむかせて。
「それでさ、自分が思ってることを語って、それで満足して――後はもう、負けても笑ってかえるだけ、明日には、いつもの私になってる。そう思ってたはずなんだ」
――そして、
「――そう、思ってたはずなんだ」
一筋の、涙が頬を伝っていった。
「……心音」
一度決壊した堤防は、もはやその用を為さない。流れでた涙が、やがて止めどなく、鵜浦心音の瞳から流れていった。
――早海は、ぽつりと言葉を漏らして、それから何事か、言葉を躊躇うようにした。
「おかしいなぁ、涙がとまんないよ早海。悔しくなんか、ぜーんぜん、なかったはずなんだけどなぁ」
「……ごめん。無茶させちって。本当だったら、無茶をするのは私のはずなんだけどな」
――五日市早海が無茶をして、それを鵜浦心音が諌める。アクティブを担当するのが早海、パッシブを担当するのが心音、それぞれが、自身に在った役割を担う、それが本来の両名であったはずなのだ。
しかしそれが、早海の焦燥によって、少しずつ崩れ始めた。関係が歪み始めたことにより、心音は自分の中に行動性を、早海は受動性を、望まずとも多少は宿していたのだ。
そうしてそれらがこのインハイで、正しく元通りに解消された。故に、早海はそれまで抱えていた感情と、ようやく抱き始めた、自分にとっての正しい感情から、今まで耐えていた感情が、溢れだして止まらなくなったのだ。
「――心音」
「…………早海ぃ」
互いの名前を呼び合った。
確かめるように、たった一度だけ、自分の感情すべてを込めて、心音と早海は――名前を呼んだ。うわずった心音の声が、今にも声を上げて泣き出しそうな、そんな悲痛な音をひびかせる。
バッと、勢い任せに、心音が早見の元へ、抱きついた。
「……泣いても、いーんだぞ?」
「――ッ」
一言、心の鍵を開け放つように、放った早海のそれでもって、心音がついに慟哭する。耐えるように泣いていた少女の顔が、子どものように、悲しげに歪んだ。
「――――負けたくなかった! 勝ちたかった! もっと早海と一緒に打ちたかった!」
すがるようにして、崩れ落ちるようにして、心音は声を張り上げる。胸に残ったすべての感情を吹き飛ばしていくかのように。
「悔しいよぅ! 悲しいよぅ! あぁ、ああ、ァァァあああああああああああぁぁぁぁぁぁ――――」
精一杯、心音は泣いた。
――少しずつ歪み始めた心音と早海の関係に、メゲそうになって、泣きそうになって、こころをボロボロにしながらも、気丈に振舞い続けた少女の姿があった。
二人が共につながり合って、正しく、隣に在れる存在となるよう、祈り続けた少女の姿が――あった。
夏が終わって。少女たちの闘いは、思い出へと変わる。
早海は、むせび泣く心音を抱きしめて、ぽつり、ぽつりと言葉を漏らす。
「――たくさん泣いて、ゆっくりと休もう、心音。私は泣かない。心音が私の分まで泣いてくれるから。私はアンタを支え続けるよ、何があろうと。――だって」
言葉は、きっと心音に届くだろう。
長かった悪夢が終わって、それでも隣には大切な人がいて。これからもずっと、隣あって、進んでゆくのだから。
「私たちは――比翼恋理のようなものなんだから」
隣立ち、翼を広げる渡り鳥。それを己であると例えるように、早海は心音に語りかける。――そっと心音を胸から剥がし、向かい合うように、肩に手を添える。
二人の瞳が、ほとんど同じ位置で重なった。
頬を赤らめ、目をうるませて、心音はゆっくりと目を閉じる。早海はそれをおかしそうに笑って、そしてゆっくりと――――
♪
敗退し、涙をのんで姿を消すものが居る。
――その逆に、勝利によって、前を向いて一歩を踏み出すものが居る。龍門渕高校は、準決勝を激しい闘いの末、トップで勝ち上がることとなった。
先頭を行く、透華が後ろに控える者達に問いかける。言葉をかける。
「さて、今日は帰ってこのまますぐに寝ますわよ。正直、短期間でできる対策なんてたかが知れてますの。――純、智樹。対策はばっちり、抜かりなくって?」
ちらりとやった視線の先には、純と智樹が並んでいた。反対側には一と水穂。そしてその後ろを、瀬々と衣が、並んで歩いた。
「あぁ、問題ないぜ、決勝に出てくる奴は、対策なんて打ちようがないか、対策を打つほど、特徴的な打ち方をしない」
「……やっても無意味」
「そ、それを大丈夫というのかな?」
口をそろえる純と智樹に、一が軽く呆れ気味にツッコミを入れた。楽しげに水穂が笑い、透華もやれやれといった様子でため息をつく。
「どっちにしろ、対策を打てるような連中は明日も衣と地獄の特訓だからねー。透華だって、完璧ってわけでもないでしょ?」
「……まぁ、そうですわね。残念ながら」
「残念か? 衣は楽しいぞ!」
「いやー、まぁ残念じゃないのか? 衣だって別にあの状態で麻雀を打つのが楽しいってわけでもないだろうに」
瀬々のツッコミに、納得したように衣が頷く。
――周囲に人影はない。すでに観客は会場からはけているし、せいぜい残っているのは準決勝を闘った四校の選手と、一部マスコミ程度のものだろう。
入口手前の階段を降る。この先に執事であるハギヨシが待っているはずだ。
龍門渕のメンバーは、ごくごくリラックスした様子で、階段を下った。そうしてそれは、全員が階段を離れた直後に起こった。
――爆発的な気配。最初に気がついたのは、透華、そして衣であった。
「――ッ!」
声を殺して、勢い任せに振り返る。衣はすぐさまその正体を見つけた。顔を上げて、階段の先にいる、一人の少女を見つけた。
「――まったく、さっさと帰ろうとしたのに、どうしてそうすぐ迷子になれるんだ。結局マスコミの人に保護してもらってなかったらお前、一体いつホテルに戻れてたんだ?」
「迷ってない。それに、保護もされてない。あれはインタビューを受けていただけ」
「……同じだろ」
――その少女は、黒髪の長髪を持つ、一人の少女を伴って、そこに現れた。ゆっくりと入口に向かい、どうやらこのまま帰ろうとしているらしい。
しかし、階段に一歩、足を伸ばそうとした瞬間に、思わず少女たちは足を止めていた。
「あ――」
「ん? どうし――」
時が、止まった。
空間に、無色の間隔が、広がってゆく。
この場に居る誰もが、少女の名前を知っていた。インターハイを、特に今年のインターハイを語る上で、欠かせない人物のうち、一人。
去年のインターハイで、彗星のごとく現れて、東東京の、せいぜい一強豪校程度でしかなかった白糸台高校を、優勝に導いた立役者。
――名を、宮永照。
隣にもう一人の白糸台二年生レギュラー、弘世菫を連れて、――それは、運命という名に修飾された偶然か、はたまた誰かの決めた必然か。
このインターハイ準決勝を終えた夜。龍門渕高校の前に――
――天江衣の前に、現れた。
以上で準決勝、全対局が終了しました。
楽しんでいただけたのなら幸いです。