咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『懸想する二人』

『インターハイの偶然。超常者たちの邂逅』

 

 などと銘打った新聞が、だいたい今日の朝方に発行された。なんとはなしに手をとって、思わず購入してそれから、アンは一日中それを眺めていた。無論、臨海チーム内でのミーティング中はそうでもなかったが、それでも部屋にこもって、羨ましそうにそれを眺めては、ハンナに胡散臭そうな目線を向けられていた。

 そうこうしているうちに、いよいよハンナがしびれを切らしたのだろう、胡乱げな目つきで鬱陶しそうにしながら、アンに声をかけてきた。

 

「一体何をそんなに後悔することが在るんです? 常在着の身着のまま放蕩娘の貴方が」

 

 ぼすんと、高3女子の平均少し上の身長に見合った、あくまで平均的な体躯を、白い肌を透かすネグリジェと共にベッドに押し付けながら、ハンナは面倒そうな声で問いかけた。

 

「いやー、羨ましいんですよ、これ」

 

 ベッドに腰掛けながら、物憂げにしていた通常通りのアオザイ姿なアンが、新聞を手渡しハンナに見せる。そのままの態勢でハンナがそれを受け取ると、なんとはなしに目を落とす。

 

「えー、なになに? インハイ会場で天江衣と宮永照……現在の日本で最も強い高校生と、それに比肩しうる高校生の邂逅ですか。宮永さん、会場に来てたんですね」

 

「そのようですねー、で、それで関係者に捕まって、帰ろうとしたら偶然ばったり、だとか」

 

 なるほど、それは……とハンナは納得する。そんな強者が集まる状況に、アンが興味を示さないはずはない。タニアのようにいつかどこかの場所で闘えればそれでいい、なんてタイプでは決してないわけだ。

 アンは人を知りたがる。知りたがるから惹きつける。なんだかハンナ的には少しもやもやする話だが、そういう意味ではアンという少女はプレイガールというやつだ。人誑し、とも言える。

 

(――ほんと、綺麗な顔しますよね。こんなトコロも、誰かを惹きつけて仕方ないんでしょうけど、ちょっとむかっときます)

 

 老若男女問わず、アンのファンだという人間は多い、かく言うハンナも、そんなアンに惹かれている、ファンの一人とも言えるのだ。

 

(んー? そういえば、インハイ会場でわざわざ天江さんが一人になる理由ってないですね。んん? そうなると)

 

 思考。それがぽつりとハンナから漏れて出る。決して意図したわけではない。無意識から飛びでたような言葉であった。

 

「……あそこには龍門渕のレギュラーメンバー全員が居た、ということになりますか」

 

「…………お、そういえば」

 

 しまった、と思った時にはもう遅い。アンははっとしたようにして、それから勢い良くベッドに倒れ込んでいた。

 見れば、悔しそうな顔は一層激しくなっている。

 

「はー、ということは瀬々まであそこに居たんですか……なんだか、急に瀬々に会いたくなって来ましたね、大会が終わったら遊ぶ約束、とりつけておかないと」

 

 ――大会中は、どうせ麻雀も打てないのだから、とアンは声をかけることもなかったのだ。どうやら渡瀬々は、アンにとってよほど興味をそそられる類の人間であったらしい。

 

「……何がそんなにアンをあの少女へ駆り立てるのです? そんなに新しい人がいいのですか?」

 

 少しばかり目を細めて、剣呑につぶやくハンナの言葉は、しかし意図したものかそうでないのか、アンの何の気負いもない言葉ですぐさま切り返される。

 

「いえまぁ、私自身、彼女に思うところがあるのですよ」

 

 唇をとがらせるハンナに見向きもせずに、倒れこんだままアンは続ける。

 

「私は今まで、いろいろな人を見て来ました。強い人、弱い人、強さの中に弱さを秘める人、弱くとも意思の強さで立ち上がろうとする人」

 

 ハンナは、曇らせていた表情を、何の偏りのない物へと変えて、黙る。口を挟まずに、次を待つことにした。

 

「中でもそうですね、自分から殻にこもったくせに、その殻から出たがっている奴は今のところ――おそらくこれからも、オンリーワンでしょうね。後は実態のない、幽霊のような意識の中に確固たる未来を描く、あの人とかね」

 

 言葉を、こぼしたかった。けれどもそれはできなかった。きっと、ハンナ自身がする必要のないことだと、理解しているからだろう。

 

「……そう、ですね。本当に、あの人は変な人です」

 

 代わりに漏れでたのは、アンと同様の印象を持つ、とある一人の女性のこと。近いけれども遠くにいる、そんなフカシギで、曖昧な世界を生きる人。

 

「そうですよ。瀬々は、そういったオンリーワンな人なのです。とはいえまぁ、そのオンリーワンが完成されすぎていて、私が手を出せる部分なんて殆ど無いんですけどね」

 

 ――なんとなく、安心した。

 ハンナは興味無さげにしながらも、大きく嘆息するように息を吐きだした。

 

「瀬々は、なんといいますか、弱い人です。けれども、同時に強い人でも在るんです」

 

「弱くて……強い?」

 

「――どんな人間にも、弱みというものはあります。私にだって、恐れるものくらいありますからね? 瀬々の場合、それが異様なほど強い……おそらくはハンナ、貴方以上ですよ」

 

「わ、私以上? ですが、あの人は貴方と同等に立てるほど、強烈な笑みを浮かべていましたよ? 普通、私以上の弱さを持っているというのなら、そんなことできるはずがありません!」

 

「サイコロ体、とでもいえばいいのですかね。物事には幾つもの見方というものがありますが、瀬々はその反射板のようなものです。――瀬々の立ち振舞には、“サイコロのような多面性がある”のですよ」

 

 良い人、悪い人、善い行動悪い行動、それらを判断するのは本人ではなく周囲の人の眼だ。つまり、見ようによってはそれは善にもなりうるし悪にもなりうる。それはサイコロ状の面によって成り立つのである。

 渡瀬々には、そんなサイコロと同様に、幾つもの顔がある。

 

 お人好しで周囲に合わせようと仮面を被る自分。

 面倒だ、鬱陶しいと他人を遠ざけようとする自分。

 天江衣の隣で、麻雀を思い切り楽しむ自分。

 それ以外にも、物憂げにする自分。強固な精神で幾度でも立ち上がる自分、心折れてしまった自分。数えきれないほどの瀬々がある。

 

「でも、そんなの人間であればだれだって持っているじゃないですか。アン、貴方の場合は自分の二面性が薄いから、そうやって考えてしまうのではないのですか?」

 

「――いいえ、違うのですよ。瀬々は違う。瀬々にとってそういった、普通であれば仮面でしかない自分が、違え用のない本当の自分であるのです」

 

 たとえば、人に媚びへつらうあまり、それが本当の自分になってしまったものが居るとしよう。しかしその人間は、本来であればもっと別の、ともすればもっと臆病な、誰とも仲良くすることのできない自分を持っているのかもしれない。

 

 ――そんな二面性は、ある種おかしくはない。嘘を本当に変える。実際の世界でも、創作の世界でもよくある光景だ。物語で例えれば、スパイとして主人公チームに潜入した者が主人公チームにほだされ、本来所属していた組織を脱する、といったところか。

 

「けれども、瀬々はそんなものではない。そんな単純な二面性では、測れないほどに“自分”を持っている。そしてそのどれもが、瀬々にとっての本物なのですよ」

 

「瀬々……渡瀬々、ねぇ」

 

 ハンナ=ストラウドは、渡瀬々をモニターの向こうでしか、見たことがない。たとえ在るとしても、それは遠目に、視界に入った一人物というだけだ。

 話に聞く少女は、気が効いて、世話焼きで。そして何より、モニターの向こうで楽しそうにアンと麻雀を打っていた。

 

「私は、麻雀が好きな人なら、どれだけ裏があっても、いつだって麻雀は楽しく打っていると思います。その瀬々という少女は、どうでしたか? 楽しそうに麻雀を打っていましたか?」

 

「楽しんでいるようでしたよ。それもまた、瀬々にとっての自分自身であるのでしょう。本当に楽しそうに――そして少しだけ悔しそうに、打っていました」

 

 ――悔しそうに、そう語ったアンの言葉に、ハンナはすぐ合点が行った。あの地和だ。あれを和了したとき、どうにも瀬々は不本意であるようだった。

 理由は簡単に想像がつく、あれは瀬々自身が望んで手繰り寄せたものではなく、得体のしれない何かに与えられたものであるためだ。

 

「――私にとって、麻雀とはとても楽しく、そしていつまでも打っていたいモノです。楽しい時間を、誰かと共有するために打つものです」

 

 ふと、漏れだすようにアンは語りだす。それはアン=ヘイリーの、歩んできた道であり、ハンナの良く知る、アンの後ろ姿であった。

 

「父と母と、見知らぬ人と仲間たちと、ライバルと強敵と、マダ牌に触れたばかりの者達と、麻雀を打つのが私の人生です。人々はともに卓を囲む中で、あまたの世界を見せてくれますから」

 

 ならば、渡瀬々とは一体何か――ハンナが言葉で問いかけるまでもないことだった。アンに取って遠い、果てしなく遠い別世界。手を伸ばしても届かない、しかし眼界の先に然りと存在している確かな世界。

 だからこそ、アンはそんな瀬々に惹かれるのだろう。手の届かない存在だから、伸ばそうとして、届かない場所に立っているから。

 ようやくわかった。アンにとってのハンナと瀬々は別の立ち位置に在る。ハンナは隣に、瀬々は遠くに。それならば、ハンナが瀬々のことをきにしていてもしょうがない。意味が無いことであるのだ。

 だというなら――

 

「ハンナ、私は明日、勝つつもりで決勝に望みます。瀬々に、龍門渕に、白糸台に。タニアだってそれは変わらないでしょう。だから――」

 

 準決勝、ふがいない形で自分たちが決勝に進んだことは紛れもない事実だ。副将戦までは、他者を寄せ付けないレベルでの闘いが可能であったが、大将戦は、そんなものをすべて吹き飛ばすような、戦いがあった。

 結局タニアも、三倍満を一向聴までは進めたものの、それ以上を進めることが叶わなかった。

 

 それがあるからこそ、アンは更にもう一つ分前を向き、言葉を選ぶ。

 

 

「――勝ちますよ、明日。何が何でも、あらゆる全てを賭けてでも」

 

 

 沈黙。少しだけ考えるようにして、ハンナはそれに応じた。

 

「……当たり前、ですよ」

 

 アンにとって、瀬々は敵だ。相対して、そして存在を確かめ合う存在だ。――ライバル、と呼び替えるのが正解だろう。

 だからこそ、アンは瀬々を、瀬々はアンを親しく接する。お互いの世界を、相手にしらしめるために。

 

 ならばハンナは、それに一つの華を添えよう。明日の団体戦、臨海の勝利で飾るために、自身に可能な最大限の方策を、打ってみようではないか。

 

「明日は――なりふりかまわず、全力で行きます。昨日の夜に永水だけをマークした打ち方はしません。本当の本気でもって、勝利を掴んで見せますよ」

 

 臨海女子は、本来であればとれたはずの最良のオーダーを、実力以外の理由からとれず、現在のオーダーは、無難ではあるものの、臨海が持つポテンシャルを完璧に利用することのできない不完全なオーダーになってしまっている。

 故に臨海はバケモノが大将に座る高校通しを一騎打ちの形でぶつけさせ、その隙間を縫い勝利する、そんな方策しか取れなくなっている。

 

 決勝に自分と龍門渕――龍門渕を選んだのは、大将が自分の意思で麻雀を打つため、宮永照との一騎打ちが永水の神代よりも期待できるためだ――を上げるため、永水を極端に抑える打ち方をした。その最もたるところが中堅のハンナであり、彼女は自分の持つ実力の殆どを、薄墨初美を抑えるために利用していたのだ。

 

 中堅戦では、それを目的とした枷が外れる。本来のハンナそのものの打ち筋で他家に挑める。きっとそのほうが、ハンナは対局でよく闘ってくるだろう。

 準決勝、臨海女子はふがいない戦いをしてきたのだ。それを悔しく重いからこそ、ハンナは勝利を望む。誰よりも強く、アンが勝利する姿を望む。

 

(――アン、貴方はあそこに、宮永照と天江衣の隣に混ざりたいと言った。それは私も反対しません。けれど、必要ないのですよ、必要ないのです)

 

 決意を新たに。

 

(貴方は必ず、私が勝利させて見せます。頂点の決戦なんて、なくていい。貴方が立つトップさえあれば、私は――それ以上の望みはないのです)

 

 

 ――ハンナ=ストラウドは、意識を明日の決勝へと、向けるのであった。




臨海女子の秘蔵っ子ことハンナさんは、まだIPS回想を残しています……!
次回は龍門渕御一行のお話。そして千里山白糸台のメンバー顔見せが終われば、先鋒戦スタートです!
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