『開闢の時』
空が晴れ渡るその一日は、人の意識を上向かせる、よき日であることは間違いない。暑さに意識の回らない者たちも、そこに一つの意識を伴わせれば変わるだろう。
――インターハイ決勝戦。最強の高校を決める最後の決戦、当日である。
幾つもの高校が、この場所を目指し闘ってきた。自身が歩む青春の頂点として、目標を持って歩み続けてきた。
強豪だろうが、弱小だろうが何一つ関係なく、たったひとつの明白な目的に向かって、少女たちは行動を続けてきた。
けれども、敗れてしまったものはいる。少数ではない。数多に満ちた、あらゆる少女たちがそうである。決勝に進み、卓に着くことが許されるのはたったの二十人。
日本中のすべてを背負う、二十人である。
最強の女子高生雀士を決める、たったひとつの大一番。一年にたった一度きりのお祭りにして決戦は、今日、この日を持って行われようとしている。
少女たちの涙と想いの終着点に駒を進めたのは、強豪と新鋭の名を冠する高校たち。
一つは、長野の地から、突如としてこのインターハイ決勝に姿を表した古豪にして新鋭。――龍門渕高校
かつては全国に進んだとして、一回戦で姿を消すのが関の山であった高校が今年、化けた。怪物天江衣を筆頭に、インターミドルで名を馳せた龍門渕透華、そんな透華に比肩しうるデジタル的技術力を持つ国広一、国麻で活躍する依田水穂に、あのアン=ヘイリーに食らいつく実力を有する渡瀬々。非常に豪華な面々である。
一つは、白糸台高校、去年のインターハイ覇者にして、現全国高校ランキング第一位、文字通り現在の最強たる高校であるが、その歴史は思いの外浅い。
もとより、白糸台は全国においても、二回戦に駒を進める程度の実力はあった。しかし準決勝にまでそれを進めることは殆ど無い、言ってしまえば、奈良の晩成や兵庫の劔谷に近い実力を持つ高校であった。去年の実績を持ってもなお、白糸台は“新鋭”と言えた。
それに変化をもたらしたのは、インハイチャンプ、宮永照。日本で最も強い、高校生雀士である。
――そして、それら新鋭の快進撃を阻まんとするのは、日本有数の伝統校。東と西、両雄と呼んで違いない強豪である。
一つは関西の名門、千里山高校。北大坂最強の高校にして、強豪ひしめく関西において、姫松高校とともにツートップを走る関西の頂点。
長い歴史からくるその豊富な人材は、時に多くのプロを排出してきた。特にここ最近は十年近い間、県代表の座を守り、多くの場合シード校としてこのインターハイにも参加している。今年は――同じ伝統校である姫松、新道寺にも言えることだが――二年生エースを起用した若々しいオーダー。今後に期待を持つとともに、今年の活躍を熱望される高校である。
そして、最後の一つは、日本において最も異色な強さを誇る強豪、臨海女子。全オーダーが外人縛りであるこの高校は、好き嫌いこそわかれるものの、日本トップクラスの高校であることは誰の否定も入らない。
特に今年は“自称”世界最強の三年生、アン=ヘイリーを先鋒に据えた布陣で挑む。そしてその親友、タニア=トムキンとハンナ=ストラウド、世界でもその名を轟かせる雀士たちが、最高学年としてチームを引っ張るのである。
隠して出揃った決勝進出校。先鋒戦の開始が、その最初の顔合わせとなる。
♪
「セーラ、相手は割りとやばい相手やけど、気張ってくんやで?」
長い黒髪、日本人らしい“正統派”と呼ぶべき美少女然とした容姿。名を――清水谷竜華。彼女の声援を背に、一人の少女が立ち上がる。
江口セーラ、全国にその名を知らぬ高校生雀士はいない。インターミドル、インターハイ、国民麻雀大会。数ある日本の大会において、まったくもって歳相応でない非凡な成績を残す強者の一角。
「頼んますよ、セーラちゃん?」
「お願いしますー。最初が肝心だからね?」
その後に続くのは、少し野暮ったいショートヘアーを、つまめる程度に一房結った茶色味がかった髪が特徴の少女。
快活さをにじませるつり目と、八重歯をのぞかせる笑みは、どこかすばしっこい動物を思わせる。スレンダーかつ小柄な体型は、いよいよ彼女を健康そうに見せていた。
――七野紗耶香:三年――
――千里山女子(北大阪)――
もう一人は言葉遣いこそ訛りはないものの、聞けば分かる程度にイントネーションに訛りがありありと覗ける少女。
黒髪のオカッパと、清浄な白泡を思わせる肌色が、おとなしめな印象を与える。身長はセーラとほぼ同等程度、平均ほどだろうか。
――穂積緋菜:三年――
――千里山女子(北大阪)――
「はい、行ってきます!」
元気よくそれにセーラがはにかんで答え、最初の一歩を、力強く踏み出す。――そこで、更に後を押すように、千里山レギュラーメンバー、最後の一人が立ち上がり声をかける。
――蔵垣るう子:三年――
――千里山女子(北大阪)――
ふんわりと、内側にウェーブがかった黒のセミロング。ロングスカートに両手を前に組んだ姿は、おしとやかさを十分に魅せているが、同じタイプの緋奈と比べると、若干緋奈のほうがクールさを持っているだろうか。どちらかと言うと竜華に近い、お嬢様タイプと言えた。
「……セーラさん、おまかせ、しますね?」
多少の訛りは、京都の方に近いだろうか。常態が敬語なのだろう、それがより一層、楚々としたるう子の雰囲気を際立たせていた。
「まっかせてください! ちゃんとオレが、エースとしての仕事をしてきますから」
もとより気の良い性格であるセーラ、軽く振り返り浮かべる笑みは、どことなく自身に満ちた、晴れやかなものであった。
♪
決勝に向かう新鋭校がひとつ、前年度覇者は今年も健在である。そんな白糸台高校の一番手――三年生の少女が立ち上がる。
――遊馬美砂樹:三年――
――白糸台高校(西東京)――
白糸台高校の代表たる部長を務め、このレギュラーチームにおいても指揮をとる。その笑みはどこか大人びた艷を含んだもので、同時に自身に満ちた、カリスマを感じさせるものだ。
「――先輩」
――宮永照:二年――
――白糸台高校(西東京)――
そこに、少し特徴的な癖のある髪を持つ少女、宮永照が、少しばかり小さな音量で有るものの、声をかけた。
「……お願いします」
「あぁ、こちらこそ――」
ちらりと、残る三人の少女に目を向ける。
「よろしくですのぉ」
――鴨下宮猫:三年――
――白糸台高校(西東京)――
三人がけのソファ、その右端を陣取り、ひざ掛けに体重を預けたまま、半目気味の少女がぼんやりと手を挙げる。特徴的二股にわかれた“耳のある”ニット帽が、動作によって軽く揺れる。
「よろしくねっ! 美砂樹さん!」
――彦根志保:三年――
――白糸台高校(西東京)――
茶色の髪を束ねてポニーテールにした、少女が元気よく敬礼のように右手をピシっと頭のあたりでポーズを決める。
「お願いします、先輩」
――弘世菫:二年――
――白糸台高校(西東京)――
最後の一人、弘世菫の言葉を持って、それに答えるように美砂樹がその場に立ち止まる。
「――後は任せたわ」
たっぷりと抑揚をつけて、余裕たっぷりに思える、たったその一言でそれに答えて、美砂樹はインターハイ決勝の舞台へ向かう。
♪
『さぁー、ついに始まりました、日本最強を決める、全国一万人が目指してやまない最終決戦の地、インターハイ、決、勝、戦っ!』
インハイにおける対局室は、四十八校の中からたった一校の生き残りを決める一回戦会場。少しばかりのグレードアップが施された、二回戦以降から使用される会場。
そして決勝戦のために特別に敷設された決勝会場の三つに分けられる。
中でも決勝会場は、その広さからして、一回戦会場のほぼ倍以上は確実に存在する上、決勝卓は中央に設けられた人間の体一つ分の高さはあるであろう舞台に設置されている。まさしく“頂点”というにふさわしい、といったところか。
『誰もがこの日を待ち望んだことでしょう! インハイをこよなく愛する麻雀ファンも、涙をのんで敗退した青春を生きる高校生も、そして――この舞台に実際に足を運ぶこととなる二十人の猛者たちも、――待たせたな、今この瞬間が一年にたった一度だけ許された、世紀の瞬間だ
――ッ!』
頂上決戦の舞台に、最初に訪れたのは、小柄な体躯と、クセのある長髪を肩の辺りで結んだ、すこし無愛想な少女。
――龍門渕高校の一年生、渡瀬々である。
一年生のレギュラー、というのはさほど珍しいものではない。龍門渕のようにメンバーの内四名が一年生という、極端なオーダーはほとんど無いが、それでも確かな実力を持ってレギュラーを任せられる人物は多くいるのだ。――わかりやすい所で言えば、準決勝で敗退した永水女子の神代小蒔がわかりやすいだろうか。
しかし、一年生の先鋒、というくくりでみれば、“まったくいない”というのが正しい。準決勝に進んだ高校の中で、一年生を先鋒に据えていた高校は一つもない。
ここ数年で見ても、一年生から先鋒を努め、準決勝まで駒を進めたのは新道寺の白水哩程度のものだ。
故に、決勝にまで
――で、あるならば、それが同時に、最強の先鋒であるかどうか、というのを決めるのは――この決勝戦の舞台が、相応しいに違いない。
『――実況は、私、福与恒子でお送りします! そして解説は、ご存知我らが日本最強!』
『え、えっと……小鍛治健夜です』
『日本最強を否定しないところがいつもの小鍛治プロですね!』
そんな瀬々の前に立ちはだかるのは、高校3年生最強を自称する海外からの刺客。臨海女子のカリスマ、アン=ヘイリーだ。
『さぁ、まずはその前哨戦、決勝の今後を占う大事な一戦、先鋒戦だ! 決勝会場には続々と先鋒の選手が会場入りしているー!』
いつだって崩さない不敵な笑み。それこそが、彼女の歩んできた歴史の証拠であり、彼女を形作る上で、最も浮かびやすい、象徴である。
思うがままに一歩を踏み込み、自由気ままに立ち振る舞う。それが、アン=ヘイリーの、強者としての矜持であるのだ。
『中でも注目は一年生で唯一、この決勝戦に駒を進めた先鋒レギュラー、渡瀬々と、今年から先鋒として縦横無尽の活躍を見せる最強を“自称”する三年生、アン=ヘイリー!』
「――久し振りですね、瀬々。私のことを懸想して、一日中悶々としていませんでしたか?」
「……悪いね、あたしは衣との逢瀬に忙しいんだ。浮気している暇は無いんだよ」
無愛想に応えた瀬々。その様子に、アンは少しばかり残念そうにする。どうやら相変わらず瀬々には、冗談は言えても、それを笑って嘯けるほどの余裕は持ち合わせていないようだ。
「瀬々、貴方は答えを見つけるのが得意だそうですが。自分に足りないものの答えというものを、解っていますか?」
「さてね、アンタは答えを知ってるんだろうが、あたしは知らない。知ろうとしても解らなかったから、これからちょっと聞きに行くことにする」
「――聞きに行く、ですか。いいですね、知ろうとすることを諦めるのでなければ、私はそれを肯定しますよ」
両者ともに、インターハイの入り口に並びたっての、誰に聞かれるでもないような会話だった。アンが瀬々を意識しているのは有名な話だが、アンと瀬々の間に、一定の交流があることを知るものは、直接両者に関係のある者しか知らないことだ。
そうして、
「あー、やっぱ制服ってなんかスースーするぅ」
襟元をパタパタとさせながら、江口セーラがその後を追うように入場する。瀬々とアンの間にあった会話の雰囲気も、その頃には完全に霧散していた。
「インターハイ決勝……なんだかゾクゾクしちゃうわね」
どちらかというといたずらっぽい、子どものような笑みを浮かべた美砂樹がそれの次に登場する。――これで四人だ。
この中で最も早く決勝卓の舞台へのびる階段を駆け上ったアンが、四つ並べられた牌の内、一つをめくってから振り返る。
「さて――」
瀬々がそれに続き、セーラが次に駆け足で階段を登りきり、牌をめくる。最後に少し間をおいて、美砂樹が自信の牌を掴んだ。
「――――この決勝戦、最高の舞台にしましょうか」
アンの一声。
――アン=ヘイリー:北家―ー
それぞれの席に手をかけて。
――渡瀬々:南家――
対戦者を鋭い視線で睨み据える。
――江口セーラ:東家――
それから、
――遊馬美砂樹:西家――
アンは顔いっぱいに笑みを広げ。
セーラは楽しげに好戦的な目つきを周囲につきつけ。
美砂樹はなんとも言えない胡散臭い表情でそれに答える。
――そして瀬々が一人、黙するように眼を閉じて。
――四者は、先鋒戦開始の合図を待った。
というわけで先鋒戦、アンの無双を誰が止めるのかー、ということで次回を待っててください。