咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『臨界決戦』先鋒戦⑤

 ――東三局一本場、親瀬々――

 ――ドラ表示牌「{南}」――

 

 

(ようやく、ようやくここまで来たんだな、アン。アンタと同じ場所で見る景色、高くて怖いぞ? よくこれで平気だな)

 

 ――瀬々手牌――

 {一二三四五六七九九⑦⑧⑧⑨(橫⑥)}

 

(こっちは確実に聴牌する、とはいえ打点がそれに伴わない。アンの場合、打点がそこに伴ってくるんだ。どんな手牌であれ、あいつは確実に二翻以上には仕上げてくる)

 

 それも、瀬々が要する乱れ気味の手牌変化に対し、相手は確実に、河が二段目に移る前にテンパイしてくる。速いから強い、のではない。アン=ヘイリーは。“速く”て“強い”のだ。

 

(じゃあリーチ? 違うね、それはセンスのないやつがすることだ。この手牌、リーチをかけなくても、いくらでも手牌は大きく膨らんでいく……!)

 

 瀬々/打{⑨}

 

 瞬間――動いた。アンの表情が、これでもかというほど瀬々の打牌に食いついた。

 大きく大きく、卓上すべての空気を吸い付くして消し飛ばしてしまうかのようにアン=ヘイリーは口を開いた。そこから咆哮が飛び出すまでには、一つ、間があった。

 

「――――――――ポンッッッ!」 {⑨橫⑨⑨}

 

(――やかましいな、まったくさぁ!)

 

 思考の中に浮かぶ瀬々は楽しげだ。対局する瀬々、一喜一憂する瀬々、選択する瀬々、悩む瀬々。渡瀬々の持ちうるあらゆる感情が、感覚の告げる鉄のボードに浮かび上がって、一斉に声を張り上げる。

 

 ――“楽しい”と。

 

 ――もっと、もっと“興奮を”、と。

 

 叫ぶ。

 ――叫ぶ。――――叫ぶ。――――――――叫ぶ。

 

 瀬々/ツモ{⑦}

 

(あぁ全くホント、なるほど、ね。リーチをかけて、その上で鳴かれていれば一発か! そうでなくともアンに当たり牌を掴ませていたのか。――いやぁ、惜しいことをした)

 

 全く、そうは考えていないような後悔を浮かべて、それからすぐさまそれを切る。自摸切りだ。乱されたツモの如何によっても、これは差して必要ない。もう一度、ずらされたって不要だろう。

 

 二度。

 渡瀬々は、たった二巡のツモの間に、二度も聴牌を拒否して打牌した。

 アンはどうか、聴牌はしていない。それは確かだ。しかし着々と速度を増して前に前進している。停滞する瀬々と、その上をゆこうとするアン。今、優っているのはどちらか。

 

 ――瀬々だ。和了には遠くとも、今の彼女は聴牌にもっとも近くある。誰よりも、聴牌をすぐさま取ることができるのだ。

 

 アン/打{三}

 

 瀬々/打{4}

 

 それぞれの打牌、アンは手出しで、瀬々は自摸切り。

 

(さて、遅れを取るのは、一体どっちになるのかね)

 

 瀬々のツモを鑑みるのなら、先に先制するのは自分自身だ。しかしもし、それに一歩及ぶような鳴きを、アンが見せるというのであれば――

 

「チーッッ!」 {橫⑧⑦⑨}

 

 ――その優位も、あっという間に、消えてなくなる。

 

(横から鳴かれた! ――まずいな、その牌は“見えなかった”。まぁこれに関しちゃ気にしたほうが負けだっていうのはよく解ってるんだが)

 

 ともかくこれで、またずれた。

 

(方向修正は……問題ない。むしろこっちのほうが速いくらいだ。――アンが打牌、それから白糸台が当たり牌を出さなければ、あたしとアンは同一だ)

 

 美砂樹/自摸切り{發}

 

(――二枚切れッ! 通るかっ?)

 

 逸る気持ちを抑える右手、この牌を掴むことは解っていた。その上で、それが通るかまでは、瀬々にはどうやったって解らなかったのだ。

 沈黙。重苦しいとそれを感じるのは、間違いない、瀬々がその場で最も空気に“呑まれている”のだ。

 

 麻雀をしてきて、これほど感情が奔るのは、きっと衣との対決以来だ。そう思うから、自信が牌をつかめた安堵に、瀬々は心の底から沈殿する渇望をどこまでも素直に、発露させていくのだ。

 

(――来た。最高のツモ――!)

 

 ――瀬々手牌――

 {一二三四五六七lil()九⑥⑦⑧⑧} {(ili)}

 

 

「……リーチ!」

 

 

 瀬々/打{横九}

 

 ピット伸ばされた右手指先のリーチ棒。ふっと手先を離れたそれは、カランと一つ音を立て、踊るように跳ねて指定の位置に収まっていく。

 

(さて、解ってる。あたしのツモはすぐにはこない。一発を待ったってよかった。けど、ここで勝負しないわけには行かないんだよね。しょうがないじゃんか、そうでもしないと右手が動かないもんでねぇ――!)

 

 高揚する意識。では、対するアンはどうか。――意識を向けて、声を大にして宣言する必要はない、もうすでに理解している。アンもそうだ。アン=ヘイリーもこの状況を最大限に楽しんでいる――!

 

 踊る右手が、勢い任せに宙を舞い、弧を描いては卓上へと消える。無数の軌跡、流星を思わせる無色のそれが、アンを祝福するように、アンの手牌の向こう側、河の少し手前で爆ぜた。

 

 アン/打{七}

 

(無筋の――牌! 勝負はするし、これが当たるはずもないと、確信しているってのか!? どれだけ判断できてるんだよ)

 

 あえて捨て牌の手前に飛び出したそれが、卓を滑って河へとつながる。揺れる波間は、美砂樹のツモを挟んで瀬々へと伝わる。――ツモ番は、ほとんど思考の時間を挟むことなく、渡瀬々へ繋がった。

 

 掴んで――沈黙。

 

(……危険牌、か)

 

 瀬々/ツモ{四}

 

 ここまで、瀬々が見てきた{四}はたったの二枚、筋の{一萬}もまた、河にはひとつたりとて踊りでていることはない。ヤオチュー牌の一つ、{一}がどこにも見当たらないのだ。だとすれば、考えられることは一つ明け。

 

(“理牌の様子”を鑑みてもそうだ。――アンの待ちは、おそらく{一}と{四}の両面待ち、ないしは、底に何か別のツモが重なった待ち――例えば)

 

 思考が、理解によって塗り替えられていく。不確かだった感覚の答えを、瀬々が確かな読み取りでもって変化させたのだ。それが、今瀬々によって為されている、ここでつかんだツモの意味。

 

(今は負けろ? ――と? ふざけんな。何を持ってあんたがあたしに負けを決めるんだ。この牌は、切る。リーチをしているからだ。けどもたとえ負けるにしたって、悔しさをそれに加えるつもりは毛頭ない!)

 

 ――瀬々は、ここに来てアンと、真っ向からの勝負を望んでいる。衣に自身のルーツを聞いたその時から、瀬々が意識する最初の強敵は、間違いなくアンであったのだから。

 

(だから、闘って負ける。意思すら表明することも叶わないほどぐちゃぐちゃに負けて、それで対局を終わらせてやる――!)

 

 ――瀬々/打{四}

 

 そして、

 

 

「――ロン、7700の一本」

 

 

 決着は、

 

(――――ッッ!!)

 

 アンの宣言で、現れていた。

 

・臨海 『118100』(+9000)

 ↑

・龍門渕『104400』(-9000)

 

 

 

 ――東四局、親美砂樹――

 ――ドラ表示牌「{9}」――

 

 

(たとえあたしが振り込んだって、流れは別に変わらない。そういうのと、あたしは無縁だ)

 

 ――瀬々手牌――

 {三四五六八①③⑤22678(橫②)}

 

(ノベタンのおかげで、比較的簡単に平和の付きそうな手。一巡目だから普通ならダブリーするけど、それじゃあこの手は少し足りない)

 

 瀬々/打{①}

 

(ここで考えるべきはタンヤオの複合だな。幸いすぐに{④}は引き直せる。{①}も……)

 

 ちらりと、理牌された三者の手牌を見比べて、鋭く突き刺すように目を細めた。ゆっくりと構えられた剣先がその場に出現したかのようだった。

 

(……たぶん、山の中にいっぱいある。こればっかりは、これからもっと経験をつんで判断しなくちゃいけないけど)

 

 ――瀬々手牌――

 {三四五六lil()②③⑤22678} {(ili)}

 

 瀬々/打{八}

 

 揺らめく切っ先は、手元で踊って地面を叩く。跳ねた牌は河へと消えて、流れて水面を駆け巡る。それぞれの打牌が、山の向こう側に、瀬々は思えた。

 

 直後。

 

「ポン」 {橫⑧⑧⑧}

 

 状況が動いた。鳴いたのはアンだ、勢い任せに牌を鳴き、叩きつけて打牌する。

 動かした牌は――ドラの{1}、手牌の隅にあるそれをなんら躊躇うこともなく河へ放った。甲高い音は二回、響いた。

 

 ツモがずらされ、潰された――瀬々は、瞬それを意識した。しかしすぐさま次の状況へと意識を切り替え前向きに、思考だけを回し続ける。

 

(意識させるような打{1}、{⑧}の側じゃない辺り、まだ聴牌どころか、一向聴にも進んでなさそうだが……アンのことだ、それ相応の打点を有しているのは間違いない)

 

 “速い”雀士は多くいる。第二回戦で闘った晩成の次鋒もそうだ。龍門渕には水穂という速攻のプロもいる。そして透華もまた、デジタルを突き詰めることにより結果的に速度へ注力していくたぐいの雀士。

 しかし、彼女たちが速度に重荷を負いた時、置き去りにしてきた事実が一つある。例外は、勢いづいた時の、依田水穂のオカルトだけだ。つまり――打点である。

 鳴いたところで、和了れる役はせいぜい三翻。特にこのインターハイルールでは赤ドラがないから、三翻すらも用意するのは難しいだろう。

 

 だが、その打点という制限において、それを全く意に介することのない雀士が、一人いる。

 

(……アン、あんただけは速度の中に打点を仕込める。その豪運が、アンタの技術に“応えて”いるんだ。とすれば、だ。見えてくる――自ずとアンの手牌が、見えてくる)

 

 ノイズにまみれた手牌、それがひとつの鳴きによって顕になっていた。霞がかった視界に移る一条の筋。光の群れはまさしく瀬々へと向けられている。

 ――瀬々はそれを、理解しているのだ。理解できる、チカラを有してここにいるのだ。

 

 雀士として、そのチカラを麻雀へと向けているのだ。

 

(すごいよな。こーいう手合いは単なる幸運だけで自摸ってねーんだ。……あたしに近い人だと、水穂先輩がそうだな。自分自身にこびりついた信条か――はたまた。……まぁなんでもいいけどな)

 

 改めて、アンの捨て牌を見る。一九牌が先に来て、更にそこから字牌が出てくる独特の打牌。そして筒子は一枚も出ていない。――確定だろう、アンは染め手で打点を確保しようとしている。

 

(染め手に対々和か、役牌――ないしは、完全に清一色で作れば満貫確定だ。こいつ好みの、速度ある聴牌になる)

 

 意識の隅、再びツモの機会を得たセーラの打牌、少しの逡巡から、手牌にある一枚の牌を選んで切った。

 

 セーラ/打{1}

 

(……あたしの{④}は、出ないみたいだな。どっちかというと、あたしじゃなくてアンを警戒してだろうけど……その手牌だと、結局アンタはその{④}を手放さなくちゃいけないんじゃないか?)

 

 見た限りでは、セーラに{1}を切ってまで{④}を抱える理由は薄い。それこそ、“和了る気がない”のでもないかぎり、ここでその打牌は完全に無意味と化すはずだ。

 

(だったら、チートイツにだけは警戒して、千里山はこの局スルーだな。白糸台もツモは悪そうだ、――この局、とりまアンだけを意識して打つ――!)

 

 ――瀬々/ツモ{④}

 

 どんぴしゃのツモ、アンが鳴いた時から解っていたことではあるが、ここでこれを引いてこれた意味は大きい。できることなら一発か、出和了りを狙いたい。ドラが期待できないのなら、裏と一発にかけるほかないのだ。

 

(裏ドラは、リーチをかければ{④}が乗る。つまりそこに、一発が付けばこの手は跳満に化けて変わる。あと四巡、すぎればそのまま跳満で和了だ!)

 

 ――ただし、その前に遊馬美砂樹かアン=ヘイリーが和了り牌を掴むことになるが。

 

(当然、出したら和了る。出さなきゃあがれん。その上で――リーチはかけずに黙で待つ! かけるとこいつらは間違いなく出さないからな)

 

 瀬々/打{⑤}

 

 瀬々のツモから、手牌が知れていないどちらかに、必ず{二}と{五}は渡る。当たり前だ、それ以外の場所にある二つの牌を足しても、純カラになることはないのだから。山の中に、彼女たちが掴む牌が何処かにある。

 それを思考した上で、もう一つ。

 

(――鳴くか?)

 

 筒子の、打牌。未だアンの手牌における全容は知れない。この牌が当たりであるかもしれないし、そうではないかもしれないという状況は、残さずそこにあるがまま、沈黙の事実を有している。

 

 真正面から向きあう視線、答えは、アンの瞳には映らなかった。

 

 

 ――そして、

 

(――鳴きませんとも)

 

 問いかけるような視線に、アンは流すような目つきで応えた。

 美砂樹の打牌を挟んで、それから自身のツモ。盲牌だけをして確かめたアンは、手牌の隅、右端にぽつんと残る牌を、倒して晒す。

 無音でほうられたそれは、山の向こうへ、消えてゆく。

 

 アン/打{四}

 

 そこから、誰も声を発することなく無言のまま二巡、流れた。

 

 瀬々はどちらも自摸切り。アンは、一度手出しで{4}をウチ、それから自摸切りで{一}を払った。――この{一}は第一打で切った牌。ムダヅモであった。

 

 ――直後、瀬々の打牌。即座に行われたそれであったが、アンは目を細めて状況を認識する。ムリもないことだ。瀬々は打牌の瞬間、確かに感情をぶれさせた。無理もない、ことだ。

 

 瀬々/自摸切り{⑦}

 

(解っていても、怖いものは怖い。貴方らしい二面性だ。そして、私にそれは必要ないですよ。残念ながら、貴方に私は期待していないのです。――むしろ)

 

 視線は向けない。ただ、手牌は右手を牌へと添えた。構えるような、スタイルだった。

 

(私が期待しているのは、この人の方です)

 

 

 ――美砂樹/自摸切り{五}

 

 

「ロ――――、」

 

 

「ロンです、1300」

 

 

 ――アン手牌――

 {四六⑥⑥⑥22444} {橫⑧⑧⑧}

 

・臨海 『119400』(+1300)

 ↑

・白糸台『86000』(-1300)

 

 宣言しようとした人間は、二人いた。宣言できたものは、一人だけだった。

 青天の霹靂。現れるはずのない亡霊が、今この場に現出したかのような衝撃だった。――瀬々の表情が、意識すら及ばない刺客から、急所を疲れたような物へと変わった。

 

「へ――?」

 

 思いがけなく吐き出した言葉もまた、そんな呆然を大いに含んだものだった。

 

「な……っ」

 

 同時に、美砂樹の言葉も、虚空に混じって、どこともしれぬ場所へと溶けて消え去って行く。ムリもないことだ。彼女には、二つの衝撃が全くの別方向から襲いかかっているのだから。

 

 凍りつく時間。その中で一人だけ、明らかに違う態度を見せるものもいた。――江口セーラだ。彼女だけは関心したと言わんばかりに、

 

「ほー」

 

 と、楽しげな声音を漏らした。状況を観察するような受動的選択をとっていたセーラであるから、その反応も何らおかしな点は存在してはいない。矛盾があるわけでは、ないのだ。

 

 ――それでも、違和感はあった。彼女の思考にはどこか“やはりそうだったか”というような感触も、含まれているかのように思えたのだ。

 

 

 無論、瀬々はそのセーラの表情を理解していた。正確には、たった今思い出したという表現が正しかろう。――そう、記憶の底から浮かび上がったのだ。江口セーラと、アン=ヘイリーには対戦経験がある。それも、一度ではなかったはずだ。

 準決勝と、決勝の二度。

 

 春季大会の場で、対決している。

 

「――インハイにダブロンのルールはありません、この場合は頭ハネです。私の1300だけが精算ですね」

 

 不遜に笑うその顔つきからして、まるで見透かしたかのようなアンの言葉に、瀬々は大きく、あまりに大きくため息を付いた。

 

(……まったく、こいつは本当に厄介極まりない手合いだよ。スタイルが、あまりに複雑で、理解しきれん)

 

 感情と、技術と、幸運と、あらゆるものを詰め込んだアンの雀風。世界すべてを知ろうという彼女らし傲慢で、真っ直ぐな思いの詰まった闘牌スタイルは、見てて心地良いものを浮かべるものだ。

 この場合、それはすぐさま瀬々の中においてもって、“戦闘意欲”へと変換される。――蓄積される。

 

 どうしようもないことだ。

 

 闘うという意思を持つ以上。諦めるという選択を持たない以上――――

 

「では……南入と行きましょう――!」

 

 

 ――それはどうしようもない、ことなのだ。

 

 

 ――南一局、親アン――

 ――ドラ表示牌「{③}」――

 

 

(――運がいい、私の闘牌を見る人の殆どが、私の強さをそう評価します。中にはそんな幸運を、強みであると言ってくれる人もいますが……それでもやっぱり、人は私を豪運の雀士と形容します)

 

 ――アン手牌――

 {ili(西)九西8北⑦⑥北7六⑤八⑥} {(ili)}

 

 アン/打{西}

 

(確かに私自身、それが強さの源であるのは否定しない。しかし、決して本質ではないのですよ)

 

 それに気がついたのはたしか去年の今頃だったか。日にちはズレるが、ほぼ一年ほど前のこと。――それまでアンは頂点を極めた格上中の格上相手に敗北することはあっても、同年代の少女に敗北することはなかった。

 豪運が、自分にはあったからだとその時までは思っていた。

 

 違ったのだ。去年のインターハイ決勝、大将戦で激突した白糸台の当時一年生であった現インハイチャンプ、宮永照。その強さは、言ってしまえば豪運とも思えるような連続和了によるものだった。

 しかし、違うのだ。彼女に在るのは強さだ。連続和了を行うに足る技量に、いわゆる支配と呼ばれるようなツモの気勢が応えているのだ。

 

 それは、アン=ヘイリーという一雀士も同様だった。

 

 幸運とは、強さではない。それを操ることもまた同様だ。――流れを信奉する雀士がいる。その流れを感じ取る雀士がいる。けれどもその流れに手を加えることは可能でも、流れそのものを支配することはできない。運というのはそんな、単純なものではない。

 

 通常、支配とはそういった流れとは全く関係のないところで行われる法則性の決定だ。“流れ”という存在そのものを、書き換えることは絶対にないのである。

 そう、絶対。流れはある。確かにそこに。それは運の偏りとして対局者に配牌をもたらし――時には微笑むように、時にはあざ笑うように確率のブレを見せるのだ。

 

 故に、動かない。

 流れる河は、“断ち切れない”。

 

(……もしも、もしもそんな流れを自身のチカラで支配下に置けるのだとすればそれは――おそらく、宮永照に匹敵するバケモノクラスでなければ、不可能でしょうね)

 

 ――アン手牌――

 {六七八九⑤⑥⑥⑦78lil(西)北北} {(ili)}

 

 アン/打{西}

 

 では、アン=ヘイリーはそれに対して、どうか。

 アンにそんなチカラはない。せいぜいが自身の振る舞い如何で、流れに影響を与える“支配”を作る程度。それは例えば特定条件下で牌を偏らせる、準決勝まで対戦してきた永水の薄墨や何かと同様だ。

 流れ事態を、操作する事ができるわけではない。

 

 ――とはいえ、それが宮永照にアン=ヘイリーが敗北するかといえば、そうではない。アン自身、宮永照への勝率はおよそ四割と踏んでいる。それは長く同卓し対戦するのではなく、団体戦のような限られた半荘内であれば、十分勝てる見込みのある数値だ。

 

(私が積み上げてきた、私の全力――貴方にすべて余すところ無く、お見せして差し上げましょう。……瀬々! これまでも、これからも、私のノンストップは貴方に止められることはない――ッ!)

 

 アン/打{北}

 

 風を切る一閃。上方からのライトを余すところ無く反射させ、打牌の速度すべてでもって躍り出る。その光の筋の到達点は、河であり、アン=ヘイリーの瞳であった。

 

 

(――三色、か? いやわからんが、せいぜいそれがなけりゃ平和ドラ一ってところか)

 

 ――アン捨て牌――

 {西西北北}

 

(幸運なことに、こっちも一通が門前で入った。それに加えて、その牌はドラでもある。当然ここは……押し、だな)

 

 ――瀬々手牌――

 {一一①②③⑤⑥lil()⑦⑧⑨23} {(ili)}

 

 瀬々/打{⑦}

 

 セーラ/打{九}

 

 アン/自摸切り{西}

 

(――聴牌、だろうなぁ。絶好の手牌を絶好の形に持っていく、如何にもこいつらしい“支配の”やり口だ。……字牌を払ったってことはタンヤオまで付くな。振り込めば、親ッパネは確実か――?)

 

 美砂樹/打{五}

 

(おそらく、そこら辺が待ちだと思うが、安目では和了らないってことか? ……まぁいいか)

 

 瀬々/ツモ{九}

 

(こいつで、当たる事はありえない。アンがもし、聴牌しているのなら、鳴くのも鳴かせるのも、難しいはずだ――! すくなくとも和了に向かうなら、あたしのリーチはスルーしなくちゃならない。だから行くぞ? ここが、正念場だ!)

 

「通らば、リーチ!」

 

 瀬々/打{九}

 

 

 ――瞬間。

 

 

 瀬々の感情が、あらゆる瀬々という仮面すべてが、危険信号とでも呼ぶべき感情の群れを徹底的に瀬々へと襲った。

 

「――――ッッッ!」

 

 かん高く跳ね上がる声音に、瀬々はようやく理解する。これはマズイ、と。感覚すべてがそれを告げているのだと。

 

 

「――通りませんね、ロンですよ」

 

 

「なぁ……っ!」

 

 ――アン手牌――

 {六七八九④⑤⑥⑥⑦⑧678} {九}(和了り牌)

 

・臨海 『127100』(+7700)

 ↑

・龍門渕『96700』(-7700)

 

(山越し――ッ! しかも、平和でもタンヤオでもなく、ノベタンによるあたし一人の狙い撃ち――! いや、やろうと思えば単騎待ちで誰かを狙うことは簡単か。……でも、今この時点であたしだけを狙っていたことは明白! してやられた、アン=ヘイリーに!)

 

「マヌケな瀬々ですね。貴方は一体誰と闘っているのです? コンピューターではないのですよ?」

 

 囁くように、言う。

 勝ち誇るように、言う。

 

 

「――貴方が闘っているのはアン=ヘイリー、世界最強の高校3年生と心得なさい」

 

 

 アンが、そこで、笑っている――――




アンが大暴れの回。基本的な実力は覚醒してようやく=なんです。
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