席順ぎめの偶然か、白糸台と龍門渕の、かつて共に卓を囲んだ者同士が正面に座ることとなった。
副将戦、もっとも期待されるのは一昨年のインターミドルで行われた激戦以上の闘い。弘世菫と、龍門渕透華の真っ向から全てをぶつけあう決戦だ。
席順。
東家:ダヴァン
南家:菫
西家:紗耶香
北家:透華
サイコロが回る音をバックに、菫と透華の間――そして何より、そこにダヴァンと紗耶香を加えた四人が顔を合わせての、決戦が今始まろうとしていた。
――東一局、親ダヴァン――
――ドラ表示牌「{東}」――
三巡目、誰よりも早い段階で親のダヴァンが仕掛けた。牌を曲げ、リーチである。
当然速度で彼女に誰も適うはずもなく、それぞれは一手遅れた状態から更に、ダヴァンを意識しての前進を強いられることとなった。
直後、動いたのはまず、七野紗耶香。千里山において、去年の秋季大会から初めてレギュラーを手にした選手だ。
「ポン!」 {北横北北}
リーチ宣言牌として切り出したダヴァンのオタ風を副露。振るった右腕の先から、牌が踊って滑って駆け抜けた。
音は連続して二つ。角に辿り着いた副露と打牌。
――紗耶香手牌――
{一二③⑥⑦⑨2白白發} {北横北北}
紗耶香/打{二}
直後の透華は安牌である{北}をツモ切りだ。すでに一発は消えているものの、ダヴァンは最初のツモを余裕をコメた笑みと共にめくり、しかしすぐにツモ切る。
いちいち気障たらしい動作は、他家の心象を揺さぶるためのものだ。
「チー」 {横⑧⑦⑨}
更に紗耶香の手が動く。
リーチをかけたダヴァンなど、気にするふうですら無く。更に打牌の{一}を切る。
そのダヴァンは少しばかりヒヤヒヤした様子で見ている。まさか攻めてくるとは思わなかった。基本的にダヴァンに筒子は全て通る。それがわかれば向こうもオリて来るだろう。そう考えてのリーチだった。
攻めてくるのであれば嵌張待ちに引っかかってもらえばいい。“嵌張だから”ダヴァンはリーチをかけたのだ。打点が足りないのもあるが、両面待ちであれば、わざわざリーチでツモを待つ必要もない。
ダマでもどこかしらで出さざるをえないだろう。
とは言え困った。
今の流れは紗耶香から当たり牌が出る気配はない。こういった、タダの雀士が独特な癖を持つというのは、ダヴァンのようなタイプからしてみれば、流れに拠る法則を崩されていけない。
その上で強さを伴っているのだから、彼女も一般的にはオカルトと言われるたぐいではなかろうか。
アンはそうではないというのだが、とかく。
最終的にこの局、勝利したのは七野紗耶香だった。
「ツモ! 500、1000」
染め手ノミ、いわゆるバカホンでの和了だ。{白}が対子になっていたのだが、高めを引けずこの結果となった。
――東ニ局、親菫――
――ドラ表示牌「{2}」――
配牌を見やって、ふむ、と嘆息気味に思考する。
落とされた先には、七野紗耶香にしてみれば違和感のある手牌であった。
――紗耶香手牌――
{
(……少し匂いが薄い。これじゃあ和了りにもちょっときっついやろか?)
手牌をふと眺めるようにしながら、打牌選択に対する思考を回転させる。
答えが出るよりも先に、選択した牌が、河に出た。
紗耶香/打{⑨}
(まぁそれでもやりようはある……か。それやったら、やってみよか)
紗耶香/ツモ{六}・打{⑧}
打牌から即座に、透華からこぼれた{北}を叩く。
「……ポン」 {北北横北}
打牌は“当然”{④}だ。染め手を狙おうというのである。
直後に出た{八}を副露し、数巡後。
(よし、聴牌)
――紗耶香手牌――
{
少しの逡巡もなく手牌から牌を切り出した。完全に狙い打った状況に持って行ったのだ。ここまでは、紗耶香が他者に一歩先ずる形になる。
(……あららぁ? 誰もオリへんの?)
少しだけ疑問に思ったが、確かに見えてる限りでは単なる安手である。先ほどの染め手と同様だ。少しキツ目の牌をそれぞれが打ってくる。
聴牌と読んだのではない、聴牌と読みをした上で、それぞれの判断上、押しを選んだだけのこと。
加えて、押しを選ぶだけの度胸があるということだ。
(――それやったらしゃあない。調度良く、)
引き伸ばした右手。掴んだ先には、一枚の牌が握られている。
ツモは――{北}
「――
そう、宣言して卓の右横、晒した{北}の刻子に更に{北}を押し付ける。明槓だ。
(――私のドラも、来たことやし)
紗耶香/ツモ切り{6}
――新ドラ表示牌「{2}」
即座に、他家の瞳がかすかに揺れる。反応は、間違いなく紗耶香に対するものだろう。直後の透華は、紗耶香の現物を切り出してきた。
ダヴァンも同様。紗耶香はここで一気に他家を引きずり下ろしたのである。
(……まぁ、さすがにここまで大々的にやると、技巧派は全然出さなくなるねんな。それはどこも同じやし、私の“ドラ4”は怖ろしかろうて)
最終的にこの局を制したのは紗耶香だ。しかし、その手牌はある種の迷彩が施されていた。当たり前のように、そうであることが必定だと、宣言するように。
「――ツモ」
――紗耶香手牌――
{一二三四五六3横3} {横八七九} {北北
「2000、4000」
声は朗々と高く、しかし威圧を持った重厚さを伴って拡がっていった。
――東三局、親紗耶香――
――ドラ表示牌「{六}」――
「透華が言うには、あの七野紗耶香ってやつ、どうも打ち方が似てるらしいんだとよ」
龍門渕控室、七野紗耶香の闘牌を眺めながら、井上純がひとりごちる。周囲の眼が彼女に向いた。
「どういうこと?」
問いかけたのは国広一。視線を向けたのは彼女と水穂で、衣と瀬々は話半分と言った様子で聞いている。智紀はもとより純と共に、紗耶香の雀風を調べあげているのだ。
「あいつが良くネットで麻雀打ってるのは知ってるだろ?」
「あーっと、なんて言ったっけ? のどっち、ってすごい雀士がいるところだよね?」
水穂がなんとはなしに問う。彼女はネットで麻雀をすることはあまりないので、よく知らないようだ。対して一は透華に付き合ってアカウントを持っているので、ネット麻雀と言われればピンと来る。
しかし、七野紗耶香と似ている闘牌スタイルの雀士など、一の記憶には一切ない。
考えこんで記憶をほじくり返す一をよそに、そうそう、と頷いて純が続ける。
「四麻であんな打ち方しても普通は勝てねぇぜ? だからさ、違うんだよ。七野紗耶香は“三麻”で有名な雀士に似てるんだ」
「……三麻? ――もしかして、“七色”さん!?」
ガッテンが言った様子で、一がその名前を上げる。そのとおりだと、純は肯定した。
――七色。
そのネット麻雀における四麻最強の雀士がデジタル神、のどっちだとすれば、七色と呼ばれるその雀士は“三麻最強”の雀士にして、そのネット麻雀で良くも悪くも最も知名度のある雀士だ。
「こいつの特徴は、とにかく染めを多用するんだ。狂ったように染めるうえ、それで勝つ。――つってものどっちみたく成績は安定してないから段位はずっと十段でストップだがな」
一色――萬子を抜いたことにより、染め手が作りやすくなったとはいっても、三麻で毎回染めようとして、それが上手く行くはずもない。
しかし、この七色という雀士はそれを可能とするのだ。“殆どの場合”染め手を上がる。狂ったように、和了り続ける。
「それで、その人は特に大会なんかではめざましい活躍をして、必ず優勝争いに絡んでくるんだって。一度同卓した人のほとんどが、もう二度と闘いたくないっていってたよ」
一が引き継ぐように言った。ふぅん、と水穂が漏らし、ちらりと瀬々の視線が揺れる。別に聞いていないわけではない。それは衣も同様だ。
「変わりに、普段の打ち方が打ち方なもんで、ファンは多いが嫌いな奴も多い。……が、まぁそのほとんどは“一度も七色と戦ったことの無いやつ”だ。七色はとにかく“闘ってて怖い”手合だからな」
トップをとりにガンガン攻めてくる、そんな雀士はどこにでもいるが、運に味方されたこれら雀士は相手をしたくなくなるほど強い。
七色の場合、言うまでもなく“強い”のだ。この、運に味方されたガン攻め雀士以上に面倒な相手であることは言うまでもない。
「で、その七色さんと千里山の七野紗耶香がどう似てるっていうのさ」
「まぁ簡単にいうと、同じなんですよ、染め手を思うがままに上がるっていうところと――」
思い出すのは、前局。七野紗耶香が和了ってみせた手牌。あれは――染め手ではなかった。いつでも染め手に変化できる手であったものの、染めず、喰い一通のドラ4として仕上げた。無論元より、それが紗耶香の狙いだったのだ。
――そう、
「染め手で和了るよりも、普通に上った時のほうが高い打点で和了る、ってところが」
そうなのだ。
七野紗耶香は染め手を思うがままに和了する。しかし、その打点はほとんどが染め手のみか加えて一翻。三翻程度にしかならない。
彼女が和了する手牌の“ほとんどが”染め手ではあるものの、ごく一部、ときたまそうではない手牌で和了することがある。
そのほとんどが、満貫以上。つまり、七野紗耶香は染め手を好むが、染めていない時のほうが打点が高いのだ。
「――おそらくは、」
そこで初めて、瀬々がなんとはなしに口を開く。
此処から先はオカルト、ないしは“オカルトめいた謎”がはびこる部分だ。説明慣れどころか、存在にすら馴染みのない普通の雀士には、いささか複雑すぎる話だろう。
純は流れを操る雀士だが、法則系のオカルトに関しては門外漢だ。
「わざと、ではないだろうな。そういう風に“打てばいい”って感覚で打ってるんだ。正確には“三麻の時と同じように打つ”っていう感覚で、千里山の福証は闘ってるんだよ」
“同調する”といえばいいのかな、瀬々は一言漏らすように付け加えた。更に純達へ向けていた視線をモニターに戻し、
「マンガなんかでもあるだろ? ルールも知らない素人主人公が、もともと得意としていたことを活かして才能を発揮するってタイプのスポーツ漫画」
受け身を取るのが上手い気弱な少年が、それを活かして柔道で才能を発揮する――といったような、これは当然“特殊な才能を活かす素人”という意味では瀬々も該当するのだが、わざわざ本人は指摘しない。
――たとえを聞くまでもなく、だれだって瀬々を連想し、理解していることだろう。と、わかっていても、瀬々は続ける。
「こいつもそうだな、“三麻での技術”を感覚的に“四麻での才能”に変化させているんだ。無論ただそうしただけじゃ意味が無い。活かすべき才能そのものが、他人には無い特殊なオカルトめいたものだ、ってのが重要なんだよ」
他には無いタイプだな、そう嘆息気味に瀬々は言った。そこで話はおしまいだ。ちょうど衣が歓声を上げるように――
「透華が攻めた――!」
と透華のリーチを嬉しそうに語っている。先制リーチだ。追いかけるのは親番の紗耶香程度だろう。
そして――――
♪
染め手はいい、最高だ。
いつ、どこであろうと、どんな麻雀であろうと染め手は紗耶香の必須役である。これがなくてはまず麻雀自体が成り立たない。誰がなんと言おうと、紗耶香は染めを狙っていくし、それが強さになるのだから、趣味と実益というのはなんとも良い感覚だ。
(さぁ、張った張った、私の染め手がまたできたで! 当然ここは、攻めていく!)
――紗耶香手牌――
{三四五五六七八八八
紗耶香/打{西}
どこまでも透き通るような感覚だ。ここまでくれば後は匂いが染め手を追ってくれる。龍門渕の副将が、構わずこちらに攻めてきているものの、それでもすぐに自摸ることは感覚の上では明白の理。
(私の染めに何かをぶちまけたのかいな? それを咎めるつもりはないけど。ここで私が引き負けるつもりも無いで!)
感覚の中で何かがなくなったのは理解している。おそらくはそれが龍門渕のチカラによるということも。おそらくは一年の分析マニアが言っていた“支配の支配”。
不可思議を不可思議で抑えつけるそれを、その少女は“神の所業”とすら呼んでいたのだが、なんということはない。
その神様も、一人の少女そのものを、奪うことはできないようだ。
視線が交錯する。透華のツモ切り、打牌は{一}、現物ではない危険なところだが、そこではない。そこでは紗耶香に当たらない。
ニヤリと笑むと、少しだけ静かな、氷に閉ざされたかのごとき視線で返してきた。――矛盾している。彼女の闘志はまさしく燃え上がるかのようで、浮かべる表情は挑発的なものだというのに、そこだけだ、瞳だけが常軌を逸している。
これが異能、異質であるということなのだろう。
しかし、気にすることはない。掴んだのは、透華ではないのだから。
「―ーツモ! 2000オール!」
宣言。紗耶香のものだ。当然、彼女が自摸ったのは{四}。早速の和了である。
しかし違和感はある。それは紗耶香が四麻をする上で感じ続けてきた違和感。物足りない部分を感じざるをえないのだ。
(……相変わらず、少し足りへん。さっきも安目を引いたし、今度も一番低い符数や。三麻のようには行かへんなぁ)
思うように自摸れない、というのはもどかしいものだ。
ともかくそれを考慮しても、十分な符数だ。何せ打点に変化はない。
そういうものなのだろう。四麻を初めてすでに何度も、繰り返し何度も何度もそう言い聞かせてきたことだ。
「――一本場」
生まれる違和感を振り払うように、紗耶香は積み棒を積んだ。サイコロが、その直後に回り始めた。
――東三局一本場、親紗耶香――
――ドラ表示牌「{發}」――
「リーチ」
再び攻めるのは龍門渕透華。再三のリーチは、彼女の意思を表しているようにも見える。強い意志だ。瞳はひどく冷たく、触れたいとは思わないものの、それが意思を曲げているわけではない。
神めいたなにかを制御しているからこその、冷たさと相反する熱。
「ポン!」 {發發横發}
あいも変わらず七野紗耶香は染め手一直線だ。役牌ドラを鳴いてくれば、染め手以外も十分ありうるが、紗耶香はそんな打ち筋を絶対にしない。あくまで染め手と見せて、その上でどちらか二択とするのが彼女だ。
それを鳴いては、染め手ではないと吹聴してまわっているようなものだ。
――高い染め手は和了らないわけではない。しかし、警戒される染め手は割にあわないというのが紗耶香の言い分。安いバカホンだと周囲に知られているからこそ、気兼ねなく染め手を狙うことができるのだ。
ともかく聴牌。三翻であるから当然、そこまで高い手ではない。直撃をとれれば話は別だが。
そこに、
「ポン!」 {7横77}
待ったの声が、響き渡る。
――メガン=ダヴァン。臨海女子の二年副将。その副露は、一見意味のないものに見える。単なる副露だ。手が進んだか、どうか。
しかし、透華も紗耶香も、そうとは一切思わなかった。ダヴァンの意思は、果たして“自分の存在を忘れるな”と言いたいのか、それとも“自分も混ぜろ”と言いたいのか、そこまではっきりしてはいないが、それでも二人だけの戦場に思えた副将戦に、彼女の存在を高らかに刻んだ。
この局の終幕は直後。
――紗耶香/ツモ{8}
沈黙。そして一度透華の捨て牌を見る。
――透華捨て牌――
{三四7一(發)横東}
{③4九}
(正直、当たるとは思えないんやけど。少し違和感あるねんな。……せやからこれは無視するべき違和感や。他に危険な牌はいくらでもある。それを危惧するよりもずっと、この牌は切って放銃するにふさわしい!)
ツモ切りだった。
そこをすくい上げるように、透華が和了した。
「ロン、リーチ七対子の一本場――3500!」
――チートイツ。わかりやすい手だ。いつ振り込んでもおかしくはない。特に今回は染めての迷彩。ドラが二つあれば紗耶香だって良く打っていく手。
違ったのは、それが様々な取捨選択の末の、デジタルとしての透華の待ちと。染め手一本でド直球に進んでいく紗耶香の、違いであった。
続く東四局。
ようやくメガン=ダヴァンが動き出す。あいも変わらず染め手を目指す紗耶香に対し、待ったをかけるかのようなきれいな絞り。無論上家ではないためそこまで厳しいマークではなかったものの、全く綺麗に、完璧とすら言えるほど、紗耶香の有効牌をダヴァンは手牌に組み込んだ。
そして八巡目、聴牌、しかしツモ切り。――否、それは聴牌を隠すための小手返し。特にネット麻雀に慣れ親しんでいれば、おそらくは気が付けないだろう精密なもの。
透華は、それ以上に実際の小手返しを見てきたのだが。
――この局、ダヴァンの打牌はとにかくデジタルが光った。選択のほとんどが正解といえるような正着打。綺麗に紗耶香の有効牌を組み込んだのは、傍から見れば技術だろう。
とうぜんそうだ。しかしその技術とはデジタルに対する技術ではない。――ダヴァンはデジタルを得意としている。通常はあまりひけらかさないだけで、高いアナログ技術の根底に、透華に匹敵するとは言わないまでも、一級品のデジタル技術が潜んでいるのだ。
デジタルと、アナログの複合。流れを読み切り、正解の打牌をデジタルの中から選択する。確率を二つの方面から高めるためだ。
その極みとも言えるのが、この手。流れの中から紗耶香への警戒を作り出し、牌効率の中から八巡という中々の速度による和了へとこぎつけた。
振り込んだのは、紗耶香であった。
「ロン、――8000」
ツモで跳満まで打点の行く手。惜しくはあるがそれは一面だ。透華からみれば、上手くやり過ごせたといったところか。この局の透華は攻めるような手ではなく、更にダヴァンの聴牌を悟って、ベタオリをせざるを得ない状況だった。
その上で、紗耶香の放銃は非常にありがたい。跳満親被りの危機は、脱したのである。
――三者三様。
それぞれが意思を交わして牌をツカミあった。振り込み、和了り、つかんで和了。二転三転するかのような状況が、それぞれの熱狂を高めている。
透華の和了を挟んで、そして――
――それ、は彼女たちの前に舞い降りた。
――南ニ局、親菫――
――ドラ表示牌「{④}」――
この局は、ようやく手牌に勢いの乗ってきた透華が先んじていた。六巡目。ようやく、とも言えるがとかく、これが聴牌間近――一向聴である。
――透華手牌――
{
(うふふ、悪くはありませんわね。高めドラの三面張もある手牌。当然、それにリーチで答えないのは無粋というもの)
――無いしは、ドラを副露しての速攻もいいかもしれない。ドラを鳴けば警戒するだろう。打牌に迷いがなければダヴァン辺りは迷うはずだ。
状況が自分に味方している。透華はそう確信していた。
だからこそ、打牌に一切の迷いはなかった。
あくまでとうぜんの意識でもって、打牌を選び、切り払う。
透華/打{七}
――――その時だった。
透華の体を襲う“何か”、衝撃であるということは、少し遅れて、気が付いた。
「ロン」
低い、ドスの効いた声音だ。
「――18000」
「な、はっ……!?」
押し戻される空気の群れが、疑問の言葉を漏らして消える。透華がそうであるように、紗耶香も、ダヴァンも、驚愕、一点を見ていた。
――この副将戦、期待されていたのは技術と技術のぶつかり合いだ。海外からの刺客、メガン=ダヴァンと全国最強クラスのレギュラー、七野紗耶香は言うに及ばず。去年のインターミドルで活躍した龍門渕透華も期待を大いに受けていた。
しかし、人々の中で浮かび上がっていた期待が、それだけであるはずもない。
そう、もう一つある。
――この対局中、一切の発声も、動きすら見せずその姿を隠し続けた少女。ただ一点のチャンスと流れを待ち続け、そしてこの一瞬を確実にものにして見せた少女。
かつてのインターミドル、龍門渕透華と同卓し、しかしその時は敗北した少女。
ただ一点のみを少女は見ていた。この一瞬を待ち続けていたかのように、“射殺す”かのようなイメージが、透華の脳裏に浮かんで消えた。
しまった、そう思ってももう遅い。
彼女は和了しているのだから。――その姿をこの一瞬に、さらけ出しているのだから。
引き絞った弓を放つように、ただただ待ち続けてきたこの瞬間で、和了という形を決めて。龍門渕透華に直撃させた。
――名を、弘世菫。
白糸台のシャープシューターは、何もかもを貫くような視線でもって、ただ一言。
「――――まず、一人」
それだけ、呟いた。