咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『シャープシューター』副将戦②

 ――南三局流れ二本場、親紗耶香――

 ――ドラ表示牌「{①}」――

 

 

 一人落とした。今まで沈んでいた点棒も、親ッパネで盛り返した。次は千里山か臨海か――どちらであるにせよ、それぞれを一度ずつ撃ち落とす。この半荘の目標として定めたことだ。

 

(――手牌は、)

 

 ――菫手牌――

 {一五六八①②②④⑥⑧⑨4東(横⑦)}

 

(見た感じは一通の見える良い手と言えるな。ドラが二つあるが……タンヤオがつかない限りは聴牌した時に切り離そう。問題は、これで“誰が”狙えるかだ)

 

 困ったことに、どうやら自分自身のオカルトは使えないらしい。宮永照の照魔鏡によって切り開かれ、血の滲むような努力の末に体得したチカラを、無に帰されるのはいささか癪だ。

 しかし、それでも消えなかったチカラがある。一体誰がオカルトによる支配そのものを支配しているのかはしれないが、どうやらこのチカラが及ぶのは“卓上で牌を操作する支配”だけらしい。つまり、それが例えば牌の内一色を独占するのであれば、その独占は解除する。しかし、一巡先が見えるような、自己の中で感覚的に認識する“支配ではないオカルト”には通用しないようだ。

 

 よって、菫のチカラの一つである“浮き牌を読むチカラ”にまでこれは作用しないということになる。あとはその有効活用だ。

 できることは昔よりも多い。射抜くのに、必要な材料が増えているのだ。

 

(正直なところ、眼を養うだけでは限界があったからな。照には感謝してもしきれない。それでもあいつの足元にも、私は及ばないわけだが――)

 

 掴んだ牌を、そのまま勢い良く振り下ろす。肩の辺りに手を回し、それはいうなれば“矢を番えるような”動作であった。

 

(――――ここにいる連中を、なんとかするくらいなら十分だ)

 

 菫/ツモ{6}

 

(こいつではない……が、もう少し待機だな。少しだけ絞ろう)

 

 ――狙う方は、もう決まっている。紗耶香か――ダヴァンか。菫が狙うのは、この局もっとも手の進みが“凡庸”であるものだ。早くとも、遅くとも行けない。そういう意味では前局透華の、あの急加速染みた手牌の進み具合は、心胆を震わせられるものであったが、

 

 一度射抜いた以上、もう気にする必要はあるまい。

 

(――いや、もう一回射抜いておきたいな。あくまでこれは“借り”を返しただけだ。とはいえそれは、今ではないが)

 

 チームの状況。そして自分自身の思考を考慮した上で、菫はそう判断した。大将には、おそらく宮永照と唯一張り合える天江衣が龍門渕には配されている。しかも龍門渕透華は一昨年の自分が敗北した積年の相手。ここで一度、負かしておきたい相手ではある。

 とはいえそれは、後半戦での話だが。

 まずは七野紗耶香も射抜いておくべきだ。

 

(相手に私を意識させる。それだけでグッと動きやすくなる相手と、そうでない相手。特徴のある打ち手はほぼ、前者だ)

 

 ――照のように、意識させても無意味な相手。意識させないほうが有効な相手も少なからずいる。渡瀬々などがそうだ。彼女は柔軟な雀士であるから、一度捉えられると中々抜け出せないだろう。

 第二回戦で、奮戦したものの結局敗北した鵜浦心音がいい例だ。

 

(とかく――、七野紗耶香はこう狙う)

 

 ――菫手牌――

 {四五六八①②②④⑥⑦⑧⑨46(横3)}

 

 菫/打{八}

 

(こういう手合から直撃を狙う場合、通常浮いて出るのは染めている色以外の色だ。今の七野は索子染め。萬子か筒子で待った方がいいと思える。――が、それはこちらの手牌が早い場合だ。今はさほど速度は変わらないからな、あまり意味は無い)

 

 染め手を狙い打つ上で、必要なのは“浮いて出る他色の牌”ではないのだ。

 

 ――そう、浮いて出る“染めている牌”で待つ必要があるのだ。

 

(私を意識すればするほど、狙ってくるであろうと意識する牌は“自分に必要のない牌”であると思えてくる。そこが行けない。特にインターハイではその狙い方しか私はしていないからな――今回の場合、意表をつくには十分だろう)

 

 本来の菫の打ち筋を知る透華を、まず第一に射抜いた。このシュートを意識してみると、今までの――高校に入って磨いた打ち筋のものに見えてならない。

 意表をつく“直撃”であるだけのはなしだが、それを理解するには、オカルトを知る、照のようなチカラが必要になるだろう。

 

 この場に、そんなチカラを持つものはいない。

 

(もしも、私に狙われていることを理解できたとして、その牌が、どうして自分に必要な牌を狙っていると思う? 思わないだろう。そこが甘い、狩人は油断の中にこそ急所を見るのだ!)

 

 ――直後、聴牌。

 結局一通はつかなかったものの、代わりにタンヤオが着いた。タンピンドラドラの四飜だ。前局が透華のリーチ一人聴牌で終了した――彼女はデジタルの権化だ、流れを気にするほど手牌に意識は向いていない――ためリーチ棒と少しが菫の元へと還元される。

 これで十分に、旨みがあるのだ。

 

 そして――

 

 

「――ロン」

 

 

 射抜いた。打牌を終えた紗耶香の体を、もはや何もこさないとでも言うように、無色の一閃が菫の下から放たれた。

 

 

 ――オーラス――

 ――ドラ表示牌「{②}」――

 

 

「リーチ」

 

 意識させるのが良い相手。

 特にそれが顕著なのが、いわゆる技巧派といえるアナログタイプの打ち手。流れを気にして迷彩に当たり牌を隠す、そんなタイプの雀士だ。

 

 一応、菫もその範疇に入る。だからこそよくわかるが、とことん直撃を狙う相手に、そういったアナログのタイプは弱い。意識してしまうからだ。

 自分が狙われていることに、感覚か、経験からか、理解が及ぶ。理解できるからこそ考える。菫の狙いは一体何か――と。

 

(考えて守りの麻雀を打つタイプは、当たらないだろうという慢心の裏をかくのが良い、がしかしだ。問題がある。アナログの雀士はそういった当たらないだろうという慢心が薄い。むしろ、それこそが危険だと経験上理解している。故に切らない)

 

 ベタオリを狙うので無い限り、そういった牌は抱えられる。傍から見ていて、なぜあれを止められるのかと疑問に思うほど、彼らは手堅く打ち回す。

 

 ――だが、だからこそ隙がある。

 

 今回の打ち筋は、かつて――インターミドルの頃に多用していた狙いを絞るのではなく、狙いを付ける打ち方だ。

 端的に言えば、相手の進路上を事前に察知し、超長距離から矢を放つ。単純に言えばそれだけだが、それだけ以上に――読みが必要となる。

 

 かつての菫は、それを得意としていたのだが。

 

(――勘は、鈍っていないか……いや、鈍りようがない。私の勘は勘などという曖昧なものから、もっとカッコとした、論理的オカルトへと昇華したのだから)

 

 分からない、はずもない。

 ――ダヴァンの瞳が揺れている。思考しているのだろう。その道先にはいくつかの選択肢がある。中には菫に一切合切関わりを持たない選択肢もある。

 しかし、おそらくそれは選ばないだろう。

 

 大将の宮永照や天江衣。彼女らと渡り合うために必要な点棒は多く無くてはならない。ダヴァンだってそれはわかっている。だからこそ、削れる内に削るのだ。

 

 そこを狙って撃ち放つ。引き絞られた弓から放たれるのは、和了と言う一撃必殺。リーチは、彼女をおびき寄せるための罠にすぎない。

 

(オカルトとしての私を意識すればするほど、今の私には、その獰猛で狡猾な玄人の牙は柔らかく見えてならないぞ!?)

 

 視線の先、添えられた矢。

 放たれるは閃光、そこに向かうは、狩人の獲物とかした肉食獣。それは果たして――

 

 

「ロン」

 

 

 メガン=ダヴァンを、慈悲なく、甲斐なく、容赦なく。撃ち貫いて、仕留めてみせた。

 

「――7700」

 

 ――――弘世菫のしたことは、ごくごく簡単だ。リーチでメガン=ダヴァンに自分を明確な形で意識させた。それこそが、罠。隠れていた木陰から身を乗り出して、体を獣に差し出すかのような、罠。

 

 意識をさせて、捨て牌を“見せる”。後は簡単だ。その捨て牌から読み取った、相手が切るであろう牌を待ちにすればいい。

 ――では、相手が切るであろう牌はなにか。

 簡単だ。玄人は余程のことがなければ絶対に当たらないだろう、という牌は切らない。それを切って振り込めば、後にもう自分の流れがないからだ。

 

 流れを守るため、それでも雀士達が勝負にでるならそれはつまり、“一番通りそうに見える牌より通りそうに見えない牌”だ。この場合、それはつまり、二番目に通りそうな牌、となる。

 

 ――それを理解したのだろう。ダヴァンは少しだけ苦々しげに顔を歪めてから点棒を差し出した。

 

「前半戦終了、だな」

 

 菫の声は、三者に突き刺さるように響き渡った――

 

 

 ♪

 

 

 席順。

 東家:龍門渕

 南家:ダヴァン

 西家:七野

 北家:弘世

 

 順位。

 一位臨海 :120300

 二位龍門渕:112400

 三位千里山:83800

 四位白糸台:83500

 

 

 ――東一局、親透華――

 ――ドラ表示牌「{發}」――

 

 

(……困りましたわね)

 

 配牌しながら、思い出すのは先ほどの会話。前半戦終了後の休憩時間、かなり慌てたように透華の元へやって来た瀬々との会話だ。

 

『すまん! 弘世菫のオカルトを、あたしが理解しきれてなかったみたいだ!』

 

『いえ、あなたのそれも完璧ではないとは思っていますけど、理由は分かりますの?』

 

 不意を突かれたのは透華の手落ち。しかし不意をつく直前に、それを察知できなかったのは、ひとえに情報の不足があったためだ。

 弘世菫のオカルトは、他家の聴牌前に聴牌した場合、他家の浮き牌に合わせて“引き絞る”ようにツモり狙い撃つことのできる支配、というものであった。

 しかし、その際に狙う浮き牌を“知る”チカラがあるということを、龍門渕の面々は知らなかったのだ。

 

 原因は単純、瀬々にある。

 ――彼女はオカルトの根幹を全て解き明かす反則じみたチカラがあるが、今回の場合それが正常に作用しなかった。それに気がついたのは、透華が直撃を受けた後のことだった。

 

『理由は、だな。あたし達のオカルトが神のものであるってことは、透華も知ってるだろ?』

 

 言ってしまえば、借り物だ。人智を超えたチカラを、神と呼ばれる存在から間借りしている。透華と瀬々で、シェアしているのだ。そしてそれを貸し出す神がいる。

 その時透華は、言葉もなく頷いた。必要もなかった。

 

『つまりあたし達にチカラを貸し出す神が、秘密にしてたんだよ』

 

『――は?』

 

『自分の弱点を、さ。“支配が卓上にしか及ばない”ってことを』

 

 卓上に支配の及ばない雀士は、これまで誰一人としていなかった。正確に言えば臨海のシャロンがいるが、彼女はその特性がわかりやすかった。加えてそれを解るのが当然だったからこそ、瀬々のチカラは答えを示した。

 しかし、弘世菫のような、察知が“おまけ”に過ぎない類の雀士には、瀬々のチカラは反応しない。

 ――無論、今回のことで弱点が露見した以上、隠す意味もないのだろう。瀬々のチカラは菫のオカルトに正確な答えを出していたが。

 

(厄介なことには変わりありませんのね……オカルトそのものは、私が抑えている以上作用しない。――つまり、今私の眼の前にいるのはインターミドルの頃の弘世菫)

 

 透華/打{③}

 

(――の正統進化!)

 

「リーチ!」

 

 狙われているのは自分ではない。それは捨て牌からなんとなく読み取れる。オカルトとしての彼女ならばともかく、インターミドル時代の出和了りの牌を“引き出す”スタイルならば、読み取ることは可能だ。

 

 問題は、菫の和了に自分自身が間に合うか。何もできずに先に越されるという可能性もある。弘世菫とはそういう少女だ。

 そしてその菫は明らかに――

 

 

「ロン」

 

 

 ――二年前よりも、速い。

 

「タンヤオドラ一、2600だな」

 

 放銃したのは透華ではない。透華が切ればそこから和了るだろうが、掴まなかったために本来の目的、千里山の七野紗耶香から和了したのだ。今度は当たり前のように染めていない色を狙った。

 

 先を越された、そう思うも、もう遅い。掴めなかったのは事実。掴もうとして失敗したのは自分だ。嘆息と、それから意思を込めて一度瞬きをした。

 

 

 ――東ニ局、親ダヴァン――

 ――ドラ表示牌「{東}」――

 

 

 今度は、自分が狙われている。それはなんとなく理解できた。

 

 ――透華手牌――

 {二三四六六七③④34567(横2)}

 

 ここから聴牌に持って行くには、{七}を切る必要がある――が、そこに菫の捨て牌が邪魔をする。

 

 ――菫捨て牌――

 {東西⑨六1④}

 {中六}

 

 通常、壁になっている{六}の存在から、{七}は切れるものだと考える。しかし、それが菫のねらいだとすれば、この{七}は切れなくなる。

 穿ち過ぎとも思えるが、弘世菫とはそういう雀士なのだ。狙うと決めたら、確実に、徹底的に、こちらを誘い出すように牌を引き出す。

 

({六}はどちらも手出し。意図してそれを切ったのは、多少ごまかしても見え見えでしてよ!)

 

 透華/打{六}

 

 しかし、それが結果として敗北を招く。わかってはいるのだ。しかし振り込むわけには行かない。おそらくだが、振り込んだ方がこの一局マイナスは多くなることだろう。

 

 だからこそ菫のツモは強いのだ。遠回りをすれば、それだけ透華の手が遅くなる。対して菫の手は速い。彼女の強さは、引きの強さでもあるのだ。

 

「ツモ、1000、2000」

 

 ――菫手牌――

 {八九③④⑤⑦⑧⑨22789横七}

 

(こちらが対子を作るのに四苦八苦している内に、辺張をゆうゆうとツモ。昔以上に、勝負強い。――感覚が優れている、とでもいうのかしら)

 

 負けていられない。

 なんとか前に進まなくては、弘世菫に和了させない。それは、自分自身の和了で手を進めていくべきだ。

 

 

 ――意識しての第三局。

 透華は積極的に鳴いた。早々に二つ牌を吊り上げると、即座に聴牌。タンヤオのみを菫に当てる。しかしそれはどうにも違和感のあるものだ。

 差し込まれた、とも取れる。とはいえあくまで推測。問題は、その打点がたかだか千点である、ということだ。

 

 ただ速度を意識しただけでは 打点を疎かにし無くてはならない。それではいくらでも直撃でこちらを穿てる菫に、手を伸ばすことができないのだ。

 

 届かない。届かせるには、打点が必要――それを手にすることができるのは、いわゆる流れに味方されたものだけ。運の良し悪しでしか、今の自分は彼女に届かない。

 

(……もしも、のどっちなら……そうではないかもしれませんね。気にすること無く、速度で弘世さんを上回れるかもしれない。……それなら、それならどうでしょう。七色は? ――七野紗耶香は、どうですの?)

 

 確証はない。

 彼女が七色であるとは思えない。わかっているのは、彼女が七色と同じ雀風で、三麻を得意としているということだけ。それでも彼女の三麻は、おそらく七色だ。

 

 嘆息。

 

 そこまで考えて、他者に向けた考えを、差し戻して終わらせる。イケナイ、そんなことでは。らしくない思考だと、自分で自分を罵倒する。

 

(気にしている暇はありませんわ。今は機を待つべきです。たとえ弘世菫に勝利できなくとも、一瞬でも和了に辿り着けることは解った。それならば、勝てる土俵で、あの人を上から見下ろすまで――!)

 

 菫が連続で和了しようとも、意識を切り替えて前に進もうとする者はいる。むしろ、この卓に、諦めるということをする人間はいない。

 

 七野紗耶香も、メガン=ダヴァンもそうだ。

 

 

(――弘世菫が超強い。今まで黙ってたのは何でだってくらい強い。多分機会をじっと待ち続けて、流れを一気に引き寄せたんやろうけど、それをとっても圧倒的や。――けど)

 

 ツモが、風を伴って下へ流れる。振り上げた手が手牌へと降ろされて、配牌、全十四枚の“スタート地点”があらわとなった。

 ニィ、と口元を釣り上げて笑みの形を、精一杯の挑発を作る。誰のものか、――虚勢でなければ、きっとそれはあらゆる皆に対してのものだ。

 

(――――けど、それでも決して、和了れずに終わるわけやない。準決勝の、宮永照みたいなことは、この人には絶対できへん。せやから!)

 

 瞳を、焔の赤に染め上げる。情熱が、体中の血液にどうかするのを紗耶香は感じた。それくらい体が興奮に火照っているのだ。

 

 見えている地平も、また赤い。染め手の赤。萬子の一色。

 

(こんな時こそ、私の染めが手牌を拓く! いつだって、何時(なんどき)だって、ピンチであっても、私の麻雀は揺らがへん!)

 

「チー!」 {横二一三}

 

 ――この局、ドラは萬子、{九}であった。当然、そこで染めていくということは、ドラの圧迫感を他家に晒すということだ。

 果たしてそれは、染め手の高打点か、はたまた迷彩の打点か。

 

「――そいつもや! チー!」{横四五六}

 

 ここまでくれば染め手と迷彩、そのどちらもがあることは容易に知れる。{九}が暗刻になっていれば、一通ドラ3はほぼ確定、そうでなければ、染め手に振り込んでジエンドだ。

 

 どちらを取るか。警戒か、前進か。

 

 ――結局。

 

「ロン! 2000」

 

 前進を選び、前進を選んだ龍門渕透華に対する和了で、東場が終わった。

 

 

 そして南場。

 ここではメガン=ダヴァンが動き出す。

 

(意識を切り替えてみましょう。別に弘世菫が無敵であるわけでもないのです。加えて手牌を守りに寄せれば、そうそう直撃をもらうこともない)

 

 ダヴァンの決めた意識的な打牌。それはチートイツであった。対子という、牌効率以上に純粋な運が必要となるシロモノを大きく左右するのは読みだ。

 山読みはデジタルにおいても可能だが、アナログ的な感覚の読みも決して無駄ではない。

 世の中には対子をこよなく愛し、対子をあるがままに操る雀士もいる。それは、きっと感覚でなければできないことだ。

 

(――三つ以上の対子があるのであれば、チートイツに決め打ちとします。私を狙っていることが捨て牌から読み取れた場合、適時必要な牌を選択していきます。――オリ打ちのようなものですね)

 

 ここまで守りに偏らなければ、弘世菫は打倒し得ない。

 それほどまでに彼女は強大だ。白糸台が誇る二枚看板――たとえその片方が大きすぎるものであったとして、もう片方が小さいわけでは決して無い。

 これまで相対した中でも、一二を争う強敵に、ダヴァンは驚嘆と闘志を同時に覚えるのであった。

 

 ――打牌が淡々と進み、一度の鳴きもなく十巡目。

 

(聴牌、しましたね)

 

 出来上がったのは、満足の行く待ちとなる牌。山の中にはどちらも三枚ずつ眠っているはずだ。どちらを切っても問題はない――が、ダヴァンは即座に選択をした。

 迷う必要など、端からなかった。

 

「リーチ!」

 

 果たしてそれが正解であったかは、すぐに分かる。

 ――一発の牌をダヴァンは翻す。和了である。

 

「ツモ! 2000、4000!」

 

 菫もさすがにこれは手の出しようもあるまい。――かくして二度、彼女は不覚を取ることになる。無論魔物の域に達しない菫であるのだから、当然といえば当然であるが、それでも、彼女の瞳を揺らすには、それは十分なほどだった。

 

 

 ♪

 

 

 ――オーラス――

 ――ドラ表示牌「{④}」――

 

 

 菫はすこしばかり歯噛みをし、それを隠して龍門渕透華を見る。前局、――今はオーラスの二本場だ――直撃が取れなかったことを含め、南場に入り、どうも思うように和了することができなくなっていた。

 警戒度が上がったというよりも、周囲の調子が上がりはじめているのだ。菫自身流れを失っていないからこそ、前局も満貫クラスを和了できたものの、コレ以上は限界であることが明白だ。

 

(後は照にまかせてもいいがその前に――しておくべきことがひとつある、な)

 

 前半戦が終わってから、今の今まで弘世菫はもっとも直撃をとりたかった相手から直撃をとれないでいる。どころか、逆に自分が放銃を許しているのだ。ある程度想定の上での放銃とはいえ、それではいけない。

 出和了りで敵を刈り取る、弓の狩人としてのプライドに関わる。

 

(――浮き牌は、{五}か。なるほどちょうどいい)

 

 ――透華の手牌は、さらされている牌が{4}、ポンで他家から食いとったものだ。それ以外は静かな手牌。浮き牌が一枚であるというところから一向聴だろうと推測できるが、そのおかげで随分と菫は楽ができそうだ。

 

 ――菫手牌――

 {四六④⑤⑤⑤⑥456678}

 

(こいつなら、確実にそれを仕留めることができる)

 

 ここまで、龍門渕透華は大きな失点を背負っている。大将につなげることを考えるなら、当然ここは攻めなくてはならない。

 

 だからこそ、捨て牌に小細工はいらない。真っ向から喰われにやってくる餌を、まっていればそれでいい。

 そう、考えた。

 

 ――それが、全ての間違いであることに気が付かず。

 次の瞬間だった。菫の思考していたあらゆる前提、それを崩しうる絶対的な答えが、龍門渕透華から示される。

 

 

「――――カン」 {五横横五}

 

 

(……は?)

 

 ――新ドラ表示牌:{2}

 

 一瞬、理解が遅れた。

 それからすぐにその意味を察知する。嵌められたのだ。浮き牌――つまり聴牌に進むために不必要な牌。その内容までは菫とて理解できる。しかしだ、それが果たしていかなる意味を持つかまでは、菫に判断を付けることはかなわないのである。

 

 よって、こうなる。

 ――槓材を、浮いた牌と勘違いする、事態が起こる。

 

 当然、嵌張待ちの菫はこれで手が純カラ、更に透華は手を完成させているということになる。嶺上牌のツモ切りは、その宣言とも言えた。

 ――――前局。龍門渕透華は“当たり牌を最後まで出さなかった”今のカンとその時の粘りはまた違うものであろうが、透華はこの後半戦、菫の打ち筋に対応してみせたのだ。

 

 それは、染め手を強引に進め、自分の麻雀を押し通そうとした七野紗耶香にも。

 受けの麻雀で、後手の攻めしかすることのできなかったメガン=ダヴァンにも。

 

 できなかった芸当だった。

 

 ――だが、それでも菫はまだ歪まない。

 まだ、全てが終わったわけではない。

 

 菫/ツモ{四}

 

 張替えだ。

 勢い良く掴んだ牌。

 

(――どうやら私は、とことん龍門渕透華を“倒しきれない”らしい。だからこそ、ここは絶対的な点差の決着を、みせつけてやる他にないな)

 

「――――通らば、リーチ!」

 

 菫/打{六}

 

 次の瞬間だった。吹き上がる風、まるで周囲をさまよう無数の直線で出来上がった闘いの空気を、全て同一の方向に向けるかのような突風。

 

 白糸台へ――

 

 

「――通りませんわね」

 

 

 ――龍門渕から、一条の、直線だった。

 

「ロン」

 

 ――透華手牌――

 {七八②③④33} {五裏裏五} {4横44}

 

「――5800」

 

 ――――後半戦、終了だ。

 

 

 ♪

 

 

『なんと、なんと、なんということだぁぁぁああああああああああ!』

 

 実況、福与恒子の声が会場どころか、日本中、インターハイを見守るあらゆる人間の下へと響き渡った。無理もない、それだけ日本が、興奮で一体と化しているのだから。

 

 原因は、単純だ。

 

 ――千里山女子(北大阪)――

 ――76200――

 

 ――臨海女子(東東京)――

 ――122000――

 

『副将戦後半が終了し、トップは臨海、四位は千里山。それぞれ苦闘の末そこに位置を追いた。しかし、それ以上に驚異的なのは、龍門渕と白糸台――!』

 

 白糸台控室。

 副将戦の終わりを持って、最後の少女、一人の雀姫が立ち上がる。魔物とすら呼ばれる日本最強の一角。――宮永照だ。

 

『弘世菫の驚異的と言える追い上げの末、これまで最下位を甘んじていた白糸台は最下位を脱出――どころか、』

 

 龍門渕控室。

 そこには、一つの何かがあった。雀士として、鬼と、人の到達点を併せ持つ究極の少女。その全貌はもはや誰も知ることはないだろう。――天江衣だ。

 

 両者が、ほぼ同時刻、まったく同じタイミングで、立ち上がる。

 

 ――福与恒子の実況は続いた。

 

 

『龍門渕と、同点三位だァ――!』

 

 

 ――白糸台高校(西東京)――

 ――100900――

 

 ――龍門渕高校(長野)――

 ――100900――

 

 ――インターハイでは、基本的に順位はその対局が終わった時点での席順で決まる。このような場合、先ほどまで東家として座っていた龍門渕が、現行の二位ということになる。

 無論、大将戦が始まった時点で白糸台の席順が前になれば、白糸台が二位となるが、ともかく。

 

『両者、大将にはとんでもない怪物が控える高校です。それが、まったく同じ点数、ほぼ原点といえる位置で並び合っている。このまるで運命染みた状況は、きっと天の神すら予想し得なかったことでしょう!』

 

 照が、衣が、控室出入口前で振り返る。

 照はひとつお辞儀をし、衣はニカっと楽しげに笑った。

 

『さぁ、決着の時は来た、野郎ども刮目しろ! 全ての決着が、この先、インターハイ決勝、大将戦にある――――!』

 

 二人が、控室を出る。

 

 

 ――日本最強を決める最後の戦い。そこへ赴く魔物――牌に愛された少女たち。仲間たちの下を飛び出して、決戦の場へと足を進めようとしていた。




南雲機動部隊の凱旋はいつもどおり十六時更新です。

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