咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『頂点階段』大将戦③

 ――南一局一本場、親衣――

 ――ドラ表示牌「{西}」――

 

 

 天江衣が動き出したという事実は宮永照にとっても端的に言って、厄介だと言わざるをえないものだった。相手の雀力は相当なものだ。チャンピオンと呼ばれ、高校最強の称号を冠すると言っても、照は一介の雀士に過ぎない。

 

 少なくとも、自分の絶対性を過信できる、魔物のような強さは有していない。

 

(……とめられた。何もできなかった)

 

 少なくともあそこで副露をされなければ、ある程度衣を“停める”打牌を掴めた。しかしできなかった。衣とて凡百の魔物ではない。少なくとも準決勝で見た、もう一人の魔物、神代小蒔とは凡そ違う。

 相手が神代であれば、ここまで照は焦燥を覚えなかったはずだ。

 何せ魔物は他者を顧みない、神代はその典型だ。しかし、衣はその例から外れる。当たり前のように、他者を利用し照を穿つ。

 

 まさしく強者。勝負師にして、牌に愛されても居る。

 

(おそらく私も、広義的には“牌に愛されている”のだろうが、決して魔物ではないからな)

 

 困った、弱ったと嘆息をする。あくまで心底で。――弱みは見せられない。それが照の被った雀士としての仮面――否、生粋の闘牌スタイルだ。

 

(……とにかく、あまり気を取られすぎても行けない。もう少し稼がないと。いや……“稼ぎ切らないと”)

 

 ――照手牌――

 {四五六八八南南12③4④⑤}

 

 手はすでにできかけている。ほぼ三巡だ。速度としては上々、しかし――

 

(下家から聴牌気配。今度はリーチをかけない……周到なことだ。あいにく、ダマで構える利点はもう、この三巡で消えてしまったけれど)

 

 衣からも聴牌が見える。第一打選択時の気配からして言えるが、どうにも今の天江衣は攻めの匂いが大きく強い。当然ながら、原因は自分なのだろうけれど。

 ――ダマで取る最大の利点は横からの出和了りだ。

 幸い、トビが出るほど大勢が決していないため、横から稼いで照に迫るというのは選択肢として十分だ。

 

 しかし、第一打はともかく、二巡目、三巡目と衣がツモ切りを続けるのは明らかに異様だ。他家にも、聴牌の気配は感じ取られている頃だろう。

 

(ここでのポイントは、下家は卓の支配を完全に行っているわけではないということ。流れに干渉し、一時的に良い配牌を持ってきているに過ぎない。先ほど無理やり流れをねじ曲げたお陰で、今、下家に流れは余り無い)

 

 照が連続で和了することは、そういった流れを正し、無効化させる意味合いもある。流れ雀士と言うのは何時の世にも一人か二人はいるもので、対策としてはコレ以外にも幾つか方法がないではない。

 例えば、高速聴牌。速度が早ければ、流れ雀士特有の副露を仕掛ける手が出来る前に、宮永照が聴牌、和了する。

 

(覗いた感じ、下家は支配力を流れの制御に傾けているみたいだから、その制御を外す副露をする。それだけで下家が無理やり引き寄せた流れは――霧散する)

 

 連続和了に圧迫されていた流れが解き放たれて、その一瞬を衣が突いた。結果として先ほどの和了が在るわけだが、その流れもコレで終わる。

 

 照/ツモ{南}

 

 ――打{南}

 

 暗刻ができた時点で持っていた{南}を、切り崩して切る。コレをスレば、もしも{南}を持っていたとすれば横の二人どちらかが切る。

 緋菜はそれを切るのが当然の雀士であるし、タニアは違和感を覚えても、走りだした打牌を止めることはありえない。

 

 よって、

 

「ポン」 {横南南南}

 

 照は一度切った牌を、喰い直して手にすることになる。普通ならば“ありえない鳴き”。状況に逆らった、流れを切り裂く一陣の剣。

 

 照/打{4}

 

 吹き上がった衣の雰囲気が、一瞬爆発し、少しずつ収まっていくのを感じる。どうやらこれで、彼女の目論見は途切れたようだ。

 

(綱渡りというのは、些か否定できないけれど)

 

「――ツモ」

 

 ――――和了した以上、誰にも文句は言わせない。

 

 

 ――南ニ局、親タニア――

 ――ドラ表示牌「{5}」――

 

 

 この局、最初に仕掛けたのは間違いなく照だ。掬い取るように、指し示すように――

 

「ポン」 {④④横④}

 

 衣の牌を喰いとる。

 邪魔をした、されたの状態。

 

 ――照手牌――

 {二三四六七八ili()⑥⑥45} {④④横④}

 

 照/打{③}

 

 それは決して、不可思議と言える打牌ではなかった。しかし、横道にそれるような打牌であった。

 三色を捨てることは、高めドラ一で条件をクリアする照の特性上不可思議ではない。だがそれを行ったのが、衣に相対するためであるとなれば、些か無理を通そうとしすぎている。

 

 衣のツモを喰った、通常ではない形で。否応なく状況が動く。衣のツモがブレるのだ。

 ここが照にとっては攻め手に映る。揺らぐ、その揺らぎを衣は正さなくてはならないのだ。流れを支配している以上、その流れに沿ったツモを、衣は自分で作らなくてはならない。

 

 照の打牌。これを副露することも十分照は考慮していた。その上で打牌が{③}なのだ。副露するなら、それは刻子か、{①②③}の辺張でなければならない。そして後者は王道をそれる者の打牌だ。

 

 つまり――それは照と同様の方策であり、衣は照に“出遅れる”ということになる。

 照魔鏡を行使した限りでも、ここまでの対局を加味した限りでも、衣は自身が先制を取れない限り同じ方法で勝負を挑んでくることはない。

 否、在るにしても、勝算がなければ行わない。

 

 そして照を相手に、この状況での小競り合いは勝利の芽がない争い――のはずだ。

 

 よって、衣はここで勝負に出ない。おそらくその手は、平和中心の門前手。副露の照とは対象の手。

 

 衣/打{3}

 

 これみよがしに、衣は照の安目を出した。放銃である。しかし和了らないよってそれが放銃となることはない。衣はコトここに至っても、振り込むということがないのだ。

 とはいえそれはあくまで合理的な選択である。ドラ筋の危険牌など、照が“和了れない”という状況でなければ切れるはずもない。ヤモすれば、この後照はドラを増やして和了条件を増やしかねないのだ。

 

 直後、

 

 

「ポン」 {二二横二}

 

 

 衣が、鳴いた。

 

(――副露?)

 

 意識がそれに取られる。

 門前の手であると照は当たりを付けていた。照は分析型の雀士でもなければアナログの玄人でもない。よってその読みはあくまで感覚的なものに拠るが、それでも中々どうして正確だ。

 少なくとも、単なるオカルトでしかない能力を、牌に愛されるまでに消化させるのは照の実力に拠るものだ。それは――

 

 そこまで思考して振り払う。今、そのことは関係ない。

 

 無比とはいえずとも正確な照の予測、それが外れた。

 つまり衣が照の予測を上回ったということだが――それもそうだろう。照は衣を危険視しすぎているのだ。

 簡単なこと、衣にとって照は勝利が見えない強敵であるのと同様、照にとっても衣は得体のしれない強敵なのだ。

 

 お互いに、お互いを意識し警戒を強め“すぎている”。そこが問題なのだ。とはいえ、それはある種情緒でもある。

 さながら達人同士の読み合いが如く。

 

 打牌はさながら刀の鍔迫り合いだ。刃と刃ががなり合い、夜闇に浸った静寂が、けたたましくその存在を明らかにする。

 

(これは……困ったな)

 

 自分の認識が誤っていたという事実、それに顔をしかめる照。

 ――照を穿った一撃が、偶然に拠るものであることを不安と共に受け取る衣。

 

 

 ――照と、衣。風が両者を一陣凪いで、ただ言葉もなく、ただ――闘志だけを浮き彫りにする。

 

 

 否。

 

 

 それだけではない。

 決してこの頂上決戦を彩る牙は、一つではない。駆け抜けたのは風ではない。――もう一人、この場で動きを見せるものが居る。

 

 

 電光石火、名を――タニア=トムキン

 

 

「チー」 {横四三五}

 

 鳴き返した。

 つまりそれは、衣によってぶれた照準が、照の元へと回帰することを意味する。福音か、はたまた最後通牒か。

 

 どちらか、二つに一つ。

 照にとっては、狙いが再び舞い戻ってきた。最良の状態。しかしそれはあくまで衣との一騎打ちを前提とした場合だ。

 

 ここでタニアが副露して、打牌は{九}。それが大きな意味を持つ。――照の見る情景に、不確定の彩りが加わる。

 

 ――照/ツモ{一}

 

 ――タニア捨て牌――

 {8④5⑦(二)九}

 

 語るまでもなく、染め手の傾向。ただしこの巡目で萬子が飛び出るということは、一般的にはタニアは染めていないと見るのが普通。しかし、タニアの手が完成に近ければこれは――リーチと同じ形態の打牌となる。

 不透明が、死を誘う。

 

 照は考える。タニアが割り込んできた。照の望んだ状況に、自身を割り込ませ、衣の動かした状況に、真っ向から牙をむく。

 それは果たして、タニアの罠か? それとも――

 

(判断の要素は幾つもある。染めている色の牌を下家が出したこと。そもそもそれ以前に対面が萬子を出していること――それは下家も理解しているということ)

 

 これは、今これが衣の手のひらの上にあるということの根拠。

 

(対する根拠も幾つもある。下家の副露はそもそも私が“考慮に値しないと判断した”こと。そして、副露した直後の打牌がすぐそば――つまり元は{二二四}という形出会ったということ)

 

 これは、今これが照にとって追い風であるということの根拠。

 

 どちらを行くも茨の道だ。何せ進めば罠、退けば罠――選択を間違えた瞬間、それはすなわち罠に転じる。そしてそれが“選択するまで”判断できないということだ。

 

(――ならば)

 

 ちらりと、タニアを見る。ここで彼女が攻めに転じる理由はよく分かる。親番であるからだ。他人に和了されたくない。自分で和了し点を稼がねばならない。

 

 ――だからこそ彼女は前進する。その猪突猛進スタイルを一切曲げること無く、まっすぐに、純粋に。

 

 なれば照もそれに答える。

 

(綱渡り、上等……)

 

 照/ツモ切り{一}

 

 ――それは、

 

 天江衣の手牌を開くことはなく――

 

 

 ――タニア=トムキンの手牌を開くことにも、至らなかった。

 

 

 つまり、

 

(これで……)

 

「――――カン」 {④④横④(横④)}

 

 照の勝利が確定する。槍槓は無い。少なくとも衣はこの手にそのような仰々しい一発を打ち込むつもりはないだろう。

 もしも衣が、照の想像以上に照を警戒しているのだとすれば、たかだか二千の手に、そんな博打を打つはずがない。

 あくまで小手先は小手先で、簡単な牽制で照を征することだろう。

 

 だからこそ、つかむ。

 嶺上牌。これで和了ればたとえ安目でも制限クリアだ。一瞬よぎる誰かの顔を振り捨てて、即座に照はそれを叩きつけて晒した。

 

「ツモ。500、1000」

 

 問題はない。安目とはいえ条件を達成し和了した。行ける。衣相手でも、連続和了は継続しうる。

 

 それがわかればこの手はこれで十分だ。

 

 戦える。此処から先決勝戦は混迷を極めるだろう。少なくともこの大将戦に臨むもので、諦めを覚えている者は誰一人としてない。戦略として、人の心を折るということは十分に考えられる――忌諱されるものではあるが――選択肢だが、このメンバーに通用する者はいないだろう。

 

 ゆえにこそ、全力で。

 だからこそ、怯まずに。

 

 宮永照はチャンピオンであり続ける――――

 

 

 ――南三局、親緋菜――

 ――ドラ表示牌「{①}」――

 

 そして、オーラス直前、南三局。

 ここに来て照がギアを上げた。打点を一息飛びで上昇させたのだ。正確には、五十符三翻。そう、せざるを得なかった。

 

 動いたのは衣ではない。

 タニアでもない。千里山、穂積緋菜である。

 

 つまるところ親番に成功法で彼女が抜きん出た。聴牌効率を重視し、三巡目にして、嵌張ではあるものの喰い断ドラ三を聴牌。

 それを回避する必要があった。

 

 しかし回避するにはあまりに当たり牌は照の手に偏り、そして壁となりすぎた。ここから照が前進するには余程の遠回りをするか――

 偏った牌を、利用仕切る他にない。

 

 元よりその可能性を考慮していた照は、ひとつの選択で持って対応を取ることとした。それは緋菜の存在を端から認識していないかのごとく振る舞うこと。

 照の眼はすでに緋菜の当たり牌を考慮していた。故に、それさえ切らなければ後は、ツモ和了を阻止すればよいのである。

 

 よって、照は緋菜に関わらない形――つまり、衣への仕掛けという形で状況を動かすことにした。

 一打。誘うような有効牌。当然、それに釣られる衣ではない。

 

 ――ちらりと、視線だけが交錯した。お互い牌に目線を落として顔を下向きにさせたまま、そのままだ。

 ニ打。衣が嫌うような不敵な打牌。誘う意思は見られない、しかしあまりにあざといそれは衣の趣向にすらそぐわない。

 

 ――視線を交わすことすらなく、両者は手牌を注視している。

 

 そこから、更に誘うよう、二度手牌が揺れた。一度目はスルー、二回目はいよいよ衣が折れた。照が衣を意識している上に、流れを引き寄せているのだ――衣の手に最善と言える物が訪れるはずもない。

 よってここで副露しなければ、にっちもさっちも、全身ということが不可能だった。

 

 チー、発声がある。

 

 待っていましたとばかりに続くツモ、照が手牌を崩した。

 

「――カン」

 

 みたび、カン。

 しかしそこに、二度目の嶺上開花は絡まない。個人的に、そういった役は照自身が好まないのだ。狙ってできるものでもなし、そんなもの、最初から狙わないに限る。

 

 嶺上開花など、――偶然に依存したものの弱音だ、決してその華は美しくなど、ない。

 

 次のツモは聴牌に向かうツモ。これで緋菜の牙城が崩された上、続けざまに照が勝利を狙う。混迷だ、対局者達はたまったものではない。

 だからこそ、照は歯牙にもかけず緋菜を制した。凡人を、隔絶するように叩きのめした。

 

 そこに照の戦略という意思が絡むのはすなわち、緋菜が単なる凡人ではないことの証明であるのだが。

 

 直後、緋菜は手出しで打牌。純カラの嵌張をシャボに変化させた。

 

(――お見事。やっぱりこの人は平凡ではあるけど“普通”じゃない。でも、これでおしまい)

 

「……ツモ、1600、3200」

 

 

 そこから、

 

 

 オーラス、宮永照は再び和了した。即座に、明白に、決定的に、

 

 誰もその結末を、逃れる者も遮る者もいない状況で和了した。親満四千オール。そして、

 

 ――実況室――

 

『一本場』

 

「和了り止めはせずぅぅぅぅ! チャンピオン、ここで連荘だ! つまりこれは、チャンピオンから対局者への、死刑宣告にほかならない!」

 

 照は連荘を決めた。

 オーラス、ここから逃げ切る事を考えた場合、現在の照と衣は四万五千点差。それでは圧倒的に“少なすぎる”のだ。

 だからこそこの選択を誰もおかしいと思う者はいない。

 

 間違っていると思うものも、極少数だ。

 

 そう、少数。決して皆無ではない。とはいえあまりにも少なく、この会場内において間違いを指摘できたものは、ただ二人しか存在していなかったが。

 

 一人は語るまでもなく小鍛治健夜。文字通り日本最強のプロ雀士。

 

「……そうでしょうか。私にはこの連荘が、些か無茶なものに思えますが」

 

「――え? それは一体どういう意味でしょう、小鍛治プロ」

 

「状況ができすぎています。南三局でのこととこの連荘。もしも完全にそれが天江選手の想定であるとすれば……この一局で前半戦が終わります」

 

 当たり前のようなその発言に、会場中は大いにわいた。今のところ、天江衣は宮永照に追いすがる事はできても、追いぬくことはできないでいる。そういった共通認識が会場にはあるのだ。

 無論、それは健夜とて同様に考えており、しかし状況が動いたと、同時に言うのだ。

 

 宮永照のアドバンテージが崩れた。

 つまり、ここでオーラスが終わるとすれば、

 

「前半戦、最後に階段の頂点に立つのは、おそらく――」

 

 

 ――龍門渕控室――

 

 

「チャンピオンってば、無茶だよそれは」

 

 もう一人、状況を正確に理解している者。すなわち、天江衣の特性を良く理解し、なおかつ照のオカルトにおける根源すら見透かす者――渡瀬々。

 

「無茶? どういうことさ」

 

 小鍛治健夜は語らない。それはひとえにこの状況が衣のオカルトによって為されているためだ。通常、よほど明確な法則性を持つオカルトでもない限り、そういったチカラはデジタルのスタイル以上に解析が難しい。

 つまり、手の内が知られないことそのものがオカルトにとってのアドバンテージなのだ。よって、それをテレビの解説でひけらかすのはナンセンスといえる。

 

 ただしそれは個人の方針によるものであるため、何らためらいもなくオカルトを隅から隅まで解説するタイプもいないではないが。

 

 だからこそ瀬々は語る。

 彼女に、そういった事情は一切ない。

 

「衣のオカルトはさ、アレ、好き勝手に牌を持ってこれるじゃないか」

 

 現在の衣は人を罠にかけるような勝負師系の戦い方を好んで行うが、実際の彼女のチカラは支配。牌の操作はお手の物、他人の手を縛ることだって、絶好調の時ならば可能なはずだ。

 

「アレはまぁ、地獄だったかな」

 

 一も、どこか複雑そうに肯定する。実を言えばそこまで地獄とは考えていないが、客観的に見ればそうなのだろうと、感情の伴わない肯定を彼女はした。

 

「でさ、今の衣はそれを全部、流れの固定化に使ってる。いや、固形化か」

 

「――“固形化”?」

 

 複雑怪奇な言葉の並びだ。それではまるで、麻雀の流れが手に取れるかのようではないか。

 

「氷のブロックみたいなもんでさ、流れってのは水、無いしは河。固形化された流れは氷、もしくは氷河ってところだな」

 

「氷のブロック……?」

 

「切り分けるんだよ。流れは常に流動する。だから流れを操る場合、一つのアクションを起こさなくちゃならないし、そのアクションから影響を受ける流れは連続してなきゃいけない」

 

「――解るぜ? ダムを作るようなもんだろ? それで水の流れが変わればツモの調子だって変わっちまうもんな」

 

 横合いから、待っていましたとばかりに声が掛かる。純だ。生粋のオカルト雀士である彼女は瀬々の説明で、衣が何をしようというのか理解が及んだらしい。

 

「そもそも、物事が連続するのは当然だろ、未来と過去は何がしかのつながりが合って存在している。それを否定する奴はいねーはずだ」

 

 だろ、と問いかけて、否やはない。

 瀬々がそこからさらに引き継いで続ける。

 

「けれど、氷のブロックは連続しない。河を凍らせてその一部を凍らせる。そうして作られた氷を別の場所で溶かせばまた違う、けれども源流を同じとする流れが生まれるんだよな、つまり――」

 

 そもそものキッカケは、健夜の言う南三局のコト。

 照が衣に対して起こしたアクションが、繰り返されるように再現される。正確に繰り返しでないことは、“溶けた氷の流れを作るものは元の河とは別”であると考えれば不自然ではないだろう。

 

 それを見越せたのは、残念ながら瀬々と健夜しかこの会場にいなかったわけであるが。

 

「あくまで照魔鏡はオカルト染みた“超感覚”なんだ。結局は衣の“見”とかわんないわけ。しかもその照魔鏡は“一局”しか対局を消費しない。つまり――衣の見に、圧倒的に精度が劣る」

 

 

 ――これが、その差だ。

 

 

 照はこの時、六翻の条件を満たすために、鳴き清一色ドラ1の手を作ろうとしていた。

 

 ――照手牌――

 {一二二三三四四五五五八九白}

 

 ここから、ドラの{七}を鳴いて聴牌を取ろうとした。

 だが、それを遮るように、立ちはだかる魔の手があった。

 

 衣の手、月を掬い上げんとする白翼の如き手のひらが、言葉を失うほどの巨大な“腕”が。

 

 照の伸ばした竜巻を、封するように遮った。あらゆる角度、円を描くように集中する竜巻の中心点。そこを、腕が薙ぎ払い、消し飛ばす。

 

 照の右手。

 風神を象るかのような威圧的な風が、どこかへ――遠くとも知れない先へ、消えてゆく。

 

 そう、コレこそが、天江衣の真髄。

 山の支配、絶対的な魔物の支配。

 

 

「――――――――カン」 {七横七七七}

 

 

 大明槓だ。

 

 照の手を封鎖した。

 王者の旋風は果たして、巨人の手のひらによって押しつぶされ、失われ、消え、去っていった。

 

 だが、

 

 宮永照とてここで勝利を放棄することはない。

 彼女はすでに自身で勝利を目指すことを強いられたのだ。

 

 だからこそ、即座にツモで{白}を彼女は掴んだ。本来であれば不要だった役牌が、流れの変化で必要なものへと変わる。

 これは、彼女が牌に愛されているからこその手変わりと言える。

 

 そして

 

 もう一枚。

 

 宮永照は、その手に掴んだ。

 

 ――照手牌――

 {一二二三三四四五五五九白白(横白)}

 

「リーチ」

 

 照/打{九}

 

 ためらいはなかった。

 今の彼女に、ためらう理由が存在しなかったのだ。メンホンに三翻、十分ではないか。出和了りであれば裏が必要になるが、今回は出和了りを想定していない。ツモを前提に手を作っていたのだ。

 

 まさかこの宮永照のリーチに対し、危険牌をためらいなく切る者など――

 

 

 衣/ツモ切り{二}

 

 

 一人をのぞいて、居るほかない。

 

 しかし、照はここにきてまだ気が付かなかった。問題はその一人だったのだ。この状況を作り上げ、仕立て上げ、舌なめずりをシて、待ち焦がれていた雀士は誰であったか。

 彼女の照魔鏡は、語らなかったのだ。

 

 山に手を伸ばした瞬間。

 解った。――それが当たり牌である、と。

 

 そう、

 

 天江衣は宮永照にとって同等の相手。

 

 頂点を凌ぎ合う、真っ向からぶつかり合うほどの存在なのだ。

 ただ一度の様子見程度で、それが見抜けるはずはない。これは照にとっての油断、弱点の一つだ。

 彼女が只の人間であるかぎり、一切の弱点が存在しないなどあるはずがない。

 

 衣が、照に三連続で和了を許したのと同じように。

 

 

 今、この時、この瞬間。

 

 

 宮永照は、間違いを犯す。

 

 

 ――照/ツモ{九}

 

 

 何の挽回も、要素もなくそれは――彼女の判断ミス、それに尽きた。見誤ったと、理解した時にはすでに、彼女の手から牌はこぼれていた。

 

 もはや誰の目にもあきらかなほど、

 

 

「ロン」

 

 

 結果は照を嘲笑っていた。

 

 

「――――24300」

 

 ――衣手牌――

 {九②②②⑧⑧⑧111} {七横七七七}

 

 ドラ表示牌:{六} 裏ドラ表示牌:{①}

 

 

 前半戦終了。

 

 一位龍門渕:117300

 二位臨海 :115000

 三位白糸台:113800

 四位千里山:53900


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