咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『終幕に向けて』大将戦⑤

 宮永照の連続和了が三回で途絶えた。当然、途絶えさせたのは天江衣であるが、その方法が方法ゆえ、結果として他校、臨海と千里山にも、最後のチャンスが訪れることとなる。

 

 東ニ局。ようやく刻まれたその数字に安堵するもの、危機感を覚えるもの。どちらにせよこの決勝戦もすでに終盤。

 

 穂積緋菜も――

 

 ――タニア=トムキンも。

 

 一様に表情を歪め、それでも前を向いている。これは戦場なのだ。戦場で瞳を前に向けないものは死んでいるのと同然。まさしく屍そのものといえる。

 

 だからこそ手を伸ばすのだ。死んでなどいられるものか。これは最後の戦いだ。四者誰にも等しくチャンスはあって、四者だれもが雌伏しそれを待ちわびている。

 

 飛び立つは二対。天江衣と宮永照。しかし、見送るものはいない。追随するはまた二対――先に飛び出したのは穂積緋菜。

 最後に残された二度の親番。その最初の一回にして、次のチャンスはもはやない。宮永照は流れを取り戻してはいないだろうが、それでも――今この瞬間、この手牌にしか、緋菜が誰かを穿つ機会はない。

 

 凡庸なる鳥。――百の数多からなる鳥の巣に、身を潜めた狩人が、鎌首をもたげて牙をむく――――!

 

 

 ――東ニ局、親緋菜――

 ――ドラ表示牌「{8}」――

 

 

 去年の今より少し先の時期。部長を任される上で、監督である愛宕雅恵に、一つ緋菜は問いかけをしたことが在る。

 

 何故自分なのか、ということはない。緋菜は自分が人をまとめる才能が有ることを自覚しているし、周囲からも今年の部長は緋菜であることが想定されていた。

 想定通りに任命されて、想定通りに仕事をこなすことになるこれから先の自分に、疑問を浮かべる余地はない。

 

 あるとすれば一つだけ。それは千里山女子が持つ、ある伝統を指してのことだった。

 

 その内容は、“なぜ大将は必ず部長が務めるのか”というものだ。

 姫松にエースは中堅を務めるという伝統があるのと同様、千里山で大将を務めるのは、代々部長だ。その実力は凡そナンバー2であることが多いが、今年のようにエース格が二人以上いる場合は、ナンバー3、つまり緋菜レベルの雀士が受け持つこともある。

 

 麻雀の世界では、先鋒にエース、大将にナンバー2を置くのが定石とされる。先鋒では必ず勝って帰らなくてはならないし、大将は勝敗の全てを左右するためだ。

 だが千里山では、大将の選定基準は大抵の場合部長であることだ。どうしても大将に置かなくてはならない事情のあるオカルト雀士がいる場合を除きはするが、凡その場合そのオカルト雀士が部長となる。

 

 帰ってきた答えは単純だ。

 

『大将の役目と部長の役目は類似しやすい』

 

 コレは特に、千里山のように“絶対に負けてはいけない”場合において特に言える。千里山は常勝の強豪校。その実力は全国トップクラスでなければならない。大将は負けることは許されず、自ずと必要以上の責任が生まれる。

 だからこそ、千里山はそのどちらも背負える人間を部長に据える。――それができるほど、人材が豊富ということだ。

 

 どこか世間ずれしているのも千里山部長の特徴だ。緋菜は自分の立場が、そこらの高校の部長と変わらないと考えている。超強豪の超名門にいながら、それを実感してはいない。“凡人”であるからだ。

 もはやそれは彼女の才能とすら言えるが、とにかく危機感というものを緋菜は覚えない。

 

(そういう意味で、やっぱり部長は竜華しかいないよねぇ)

 

 麻雀の腕にはそれなりの自負があった。だから進学先は千里山を選んだし、千里山でも、埋没しない程度の実力はあった。――まさか、レギュラーになれるなど、思っても見ないことだったが。

 とはいえそれは、詮無きことだ。

 

 思考が何処かへそれた。意図せずに、無理もないことだ。原因は手牌にある。配牌に得たこの手牌、緋菜はそれを勝機だと見るのと同時に、最後の華であることも直感的に理解してしまった。

 

 ――緋菜手牌――

 {三四五六⑤⑦134899東} {⑥}(ツモ)

 

(……こんな場所で、こんな配牌。まるで何かを持っているようではあるけれど、決定的には届いていない。まさしく“こんなものか”、って感じ)

 

 悪いものではない。次もコレと似たような配牌が得られるかもしれない。まだ十分に親番と、逆転のチャンスはあるのだ。役満一つ、倍満二つあればいい。それで足りないのなら、さらにもう一度上がりに行くだけだ。

 

 ――要するに、そこに行き着く。今がコウなのなら、次もそうであることを願う。宮永照に対して、勝利できる方法を願う。

 

(そこで行き止まるのが私の限界……かなぁ。そこまで悪いものでもないとは思うんだけど――)

 

 緋菜/ツモ{7}・打{1}

 

 この直後、更に緋菜は{2}を引き入れて聴牌。勢い良く、点棒を収めるケースを開いた。打牌の直後、ようやくこの後半戦で初めての発声をする。

 

(――妥協はできない、絶対に。私が凡人である以上。私が千里山の大将で、部長である以上!)

 

 

「リーチィ!」

 

 

 その声は、大きく響いた。

 緋菜の言葉は、彼女だけではない、対局者に。マイクを通して多くの観客に、震わせるように、響き渡った。

 

「……ポン」 {六六横六}

 

「――ッ!」

 

 同時に、それを食い破るように宮永照が発声する。すでに何度、彼女の声が対局を震わせたことだろう。憎らしいほど、だ。そしてそれは同時に、笑えないほど圧倒的で、決定的だ。

 

(けれども、今は違う。この局。まだ宮永照は聴牌していないはずだ。前局に何があったかは知らないけれど、とにかく今のチャンピオンは“なにかおかしい”だから、ここで和了るのは、私で間違いない)

 

 焦燥感が生まれるのは避けようがなかった。何せ相手はチャンピオンなのだ。勝利は99%確信できたとして、残りの1%に敗北の可能性があるというのなら、それはつまり最悪で、緋菜の全てを折りかねないのだ。

 

 だから、最初のツモ。思いの外早く回ってきたそのツモを、大事に抱えるようにして、盲牌もすることなく、緋菜は手元に引き寄せた。ゆっくりと目元に持ち上げて、思い描くようにして右手に抱えて。

 引き寄せた牌を、そうして開く。

 

(……あぁ)

 

 本当に、憎らしいほど。

 

 恨めしいほど。

 

 言いたいことは山ほどある。照に対して、衣に対して、タニアに対して、今対局を見守る、千里山の仲間たちに対して。

 

 それら全てを総合し、あえてひとつの形にするなら。きっとこんなふうになるのだろう。心の奥底でだけ緋菜は、言葉を確かに、露わにした。

 

 

「――ツモ」

 

 

(…………ありがとう)

 

 

 ――と。

 

 

「4000オールです」

 

 ――緋菜手牌――

 {三四五⑤⑥⑦2347899}

 

少しだけ、照と衣の両名が驚いたように緋菜を見た。どちらも、表情に感情が浮かばないタイプの雀士だ。その驚愕の本意が、如何に強大かは伺えない。そも、大きいか、小さいか――そんなこと、緋菜には対して関係はないのだ。

 点棒を受け取り、それから山の牌を開いた先に押し込む。ふと、自分が本来つかむはずだった、リーチ直後最初の牌が目に入る。

 

 ――{六}

 

(……やっぱ、人生ってよくできてるなぁ)

 

 敵わない。照と衣、両名に対しそう思いながらも、どこか晴れやかな気持ちで、緋菜は点棒を――一本場の積み棒を引き出した。

 

 

 ――東ニ局一本場、親緋菜――

 ――ドラ表示牌「{發}」――

 

 

 続く一本場、未だ宮永照の流れは彼女のもとに戻らない。そこで動いたのはタニアと衣、それぞれ手牌は数巡で聴牌を迎えたようだった。

 

「ポン」 {東横東東}

 

 その時、衣の牌を喰って、照が動く。ごくごく単純に衣から奪われた流れを取り戻すためだ。照は衣のオカルトを照魔鏡で覗き見ている。故に対処法も解る。衣から流れを奪って和了するという状況が、衣打開のために必要なのだ。

 

 とはいえ、それは先ほど緋菜の和了で阻止された。あの状況で、まさか緋菜が一発でツモを引き寄せるとは、想定もしていなかった。

 何もない、だが何かを持っている。その強さは驚嘆に値する。だがそれだけだ。この局を和了し、再び流れを引き寄せる。

 

 ――だが、それに待ったをかける者がいた。

 

「チー」 {横⑦⑤⑥}

 

 衣のツモを、タニアが喰った。照と衣の争いに、混迷と呼べる風を呼ぶ。

 

 ――タニア手牌――

 {二三四③⑥⑥56788} {横⑦⑤⑥}

 

 タニア/打{③}

 

 わかっている事がある。衣と化かし合いをするにしろ、照と殴り合いをするにしろ、後ろ向きでは何も変わらない。しかし、前向きであっても届かない。

 だからこそ、回り道をするようにタニアは手を動かす。

 

 だが、この回り道こそが突破口なのだ。タニアの回り道は周囲にも影響をもたらす。衣にしろ、照にしろ、状況はタニアによって横合いから“ずらされた”その結果は、誰も今走ることができないのだ。

 

 そして――

 

 

「ツモ」

 

 

 タン、と。

 それはあまりに小さく響いて、牌は静かに、卓へとさらされた。手牌を開いたのは――衣。照の思惑を排し、タニアの横槍を“すり抜ける”ようにして和了した。

 

 ――衣手牌――

 {四四88②②二二6655七横七}

 

「1600、3200の一本」

 

 少しずつではある。衣の戦術により、状況は大きく動いた。その中で、少しずつタニアと緋菜の動きが一時的であるにしろないにしろ、動き出し始めた。

 

 そして局は東三局。静かに動き始めた時を追い求め、後半戦初めて――タニア=トムキンが加速を始める――――!

 

 

 ――東三局、親衣――

 ――ドラ表示牌「{三}」――

 

 

 しかし、この局。最初に動きを見せたのはタニアではなく、宮永照であった。――少なくともタニアは加速までに三巡を要する。それは決して欠点ではないが、速さという面においては、別段“速すぎる”わけではない。

 そう。“速すぎる”行動とはつまり、

 

「リーチ」

 

 ――こういうモノを言う。

 

(……ダブルリーチ! 飛ばしてるね!)

 

 照が最初に打牌した牌を曲げた。おそらくは、多少強引にでも流れを引き戻すため。とはいえそれは、衣のオカルトという情報が足りないタニアには、想像も及ばない部分ではあったが。

 

 最初に一翻を和了しないということは、照にとっては珍しい。少しずつ刻んでいくのが彼女のスタイルである以上、二翻であるダブルリーチは、さほど歓迎すべき手ではない。

 

 それでもした。照が動いた――衣にとって照がそうであるように、照にとってもまた、衣は脅威であり、絶大な敵である。

 

(……天江衣だけ、かなぁ?)

 

 しかし、とも思う。強敵が、果たして衣だけかといえばどうだろう。――そんなはずはない。現状の状態は、思い返せば去年のインターハイ決勝大将戦に似ている。前提の条件はどうあれ、照が苦戦し前に出れずにいる。

 大将戦後半の場において――その東場に置いても、というところまで含めて、似ているとタニアは繰り返し思考した。

 

 ――その時は、照を三人が押さえ込んだ。

 

 けれども、今はそれ以上の場が作られている。天江衣という存在が土台にはあれど、衣と、緋菜と、そしてタニアがそれぞれの方法で、それぞれの立場で照を抑えこんでいる。

 同等にないのだ。同様に三者が協力を行っている訳ではない。勝利のための行動の結果、タニア達は照を抑えこんでいる。

 

(やっぱそういうのって、嬉しいよね。――そっか、なんとなくわかった)

 

 嬉しい、という感覚が浮かぶ理由は簡単だ。何せ少なくとも照の苦戦は去年、アン=ヘイリーが他校と同時に行っていた行動の結果だ。

 そして同時に、それが現在のタニア達と同様の姿だというのなら、それほど嬉しいことはない。

 

(……今まで、私は誰かを追いかけ続けてきた。それはアンだったり、アンのお父さんだったり、ハンナのとこの爺さんだったり)

 

 三傑であったり――“あの人”であったりする。

 

(一年前のアン達ではある。一年前のアンは強かった。でも、今はもっとアンは強い。少なくとも、単独で宮永照に勝つつもりだったみたいだ)

 

 そしてあの先鋒戦、渡瀬々が“何か”を突破しなければ、勝っていたのはアンだった。急激な成長を遂げた瀬々はおそらく宮永照とも同等にやりあえる。

 だからこそ、アンはあの、どちらが勝つかも解らない状況で戦えていた事実は今のアンと昔のアンの、確固たる違いを感じる。

 

(……それでも、私はアンに追いついた。追いつけることを理解した――! だったら私は、私が勝てるように前に行く。たとえその時、私がしわくちゃのおばあちゃんになっていたとしても…………!)

 

 思考。

 

 そして、直後。

 

 

「ポン」 {九九横九}

 

 

(――ッ!)

 

 天江衣が牌を喰った。タニアの牌だ。そして衣が鳴いたということは、ほとんど追加ドローに近い形で、タニアにもう一度牌が回ってくる。

 それは――

 

 タニア/ツモ{7}

 

 

 ――宮永照が、掴んでいたはずの牌だ。

 

 

 ニィィ。

 瞳が、顔が、笑みへと歪む。心底、愉しそうにタニアは笑った。

 

(これは……いらない牌。そう考えたからこそ私にコレを流したのだろうか。私ごと、宮永照を自沈させるために!)

 

 侮られたものだ。

 全くもって度し難い。

 

(確かにコレは聴牌には必要のない牌。天江衣、あんたの読みは正しいよォ!)

 

 ぞくり、と、身体の奥から熱が浮かび上がってくるのを感じる。血管という血管に張り巡らされた情熱が、その行き着く先を燃え上がらせる。

 湧き上がるような恍惚感に、ビクン、と身体が一度震えた。

 

「……んっ」

 

 思わず漏れだしそうになった声を必死に堪える。恍惚に呆けた顔は、朱が交わって背徳的で艶美な笑みが、タニアの“女”をのぞかせる。

 

 狡猾で、

 苛烈で、

 情熱的な――勝負師としての、タニア=トムキンが。

 

(――でもぉ、でもでもでもでもでもねぇ! ダメなんだよねぇ間違ってるんだよねぇ! ミステイクだよ龍門渕!)

 

 結果としてそれは天江衣をサポートする結果につながるだろうがそれでも、意味はある。天江をかいくぐり、無茶をする照を刈り取ることができるのはタニアであると――誰にも解るように、魅せつけるために。

 

 ――勝負師タニアが、姿を見せる。

 

(確かにこれは“必要ない”。けれど“使えない”わけじゃあ、ない!)

 

 ――タニア手牌――

 {四五六②②④⑥⑧34777(横7)}

 

 

「――()()」 {7裏裏7}

 

 

 緋菜に対しても、照と衣は驚いたような顔を浮かべた。緋菜が、彼女たちの予想を越えうる雀士であることを証明している。

 そしてこれも同様に。しかし、今度こそ本当の本当に、

 

 

 心底から、照と衣は驚愕を浮かべた。

 

 

「リーチ!」

 

 タニア/打{⑧}

 

 ――新ドラ表示牌「{4}」

 

 状況がタニアを味方した。単なる幸運にも思えるかもしれない。しかし、衣が行動を起こし、照がそれに対応を見せた。その状況があったからこそ、タニアはこの行動をとれたのだ。

 極細の糸の上を綱渡りするかのような、奇跡的な状況構築。文句なしにそれはタニアにとっての最善といえた。

 

 照/ツモ切り{發}

 

 緋菜/打{⑧}

 

 衣/ツモ切り{9}

 

(本当に、……本当に)

 

 タニア/ツモ切り{東}

 

 

 ――照/打{5}

 

 

(長かったなぁ。……いや、“長い”なぁ)

 

 

「……ロン。8000!」

 

 小さな声で発声をして、そこから駆け上がるように、タニアは点数申告の声を高らかに、轟かせるように響かせた。

 

 

 ――東四局、親タニア――

 ――ドラ表示牌「{七}」――

 

 

(…………やっぱり、こうなるか)

 

 ある程度、想定していたことではある。インターハイもしかも決勝となれば宮永照を殺しきる雀士も現れてくる。ここが大将戦の場であることも考えれば、そうそう絶対的な強者が現れることはない。

 ――例外はそれこそ、“天江衣を大将に置く”という選択肢を取れるほど層の厚い龍門渕位なものだろう。

 

()たところ、千里山にも、臨海にも、今の対局に“偶然”以外で和了できる要素はなかった。――否、偶然が助力しなければ彼女たちのチカラは十二分に発揮されることはなかった)

 

 認める。

 穂積緋菜も、

 タニア=トムキンも、インターハイにおいて十指に入るかといえるほどの強敵だ。少なくとも、照が今年これまで闘ってきた相手のなかで、二番か三番に数えられるほど。

 

(違いはなんだろう……やっぱり“場数”?)

 

 戦場は人を組み替えるもっとも重大なファクターだ。強者が弱者を前進させる推進剤となる。その場数を多く踏み、この決勝戦にまで辿り着く者が、経験を積んでいないはずがない。

 

(なら……問題ない。場数で言えば間違いなく)

 

 ――照手牌――

 {一六七九②④⑧1447發中}

 

 難しい手牌に見える。ドラが不確定である現状、手を出すには些か不安が残るだろう。だが、照からしてみれば、これは絶好に和了に向いた牌。

 そうそう一翻から手が上昇することがないのだから。

 

 タニア/打{③}

 

(私が一番――格上)

 

「――チー」 {横③②④}

 

 打。

 

 

 速度に任せて卓の端に牌がたたきつけられる。

 

「ポン」 {4横44}

 

 打。

 

 続けざまに、牌が動く。

 

 打。

 

 打。

 

 打。

 

「――ロン」

 

 タニアの手が止まった。

 

「……1000」

 

 {五六七⑧⑧77横7} {横③②④} {4横44}

 

 衣の表情が、ここに来てぴくりと歪んだ。小さな歪み、しかし、戦いに意思を向ける上でそれはあまりに歪であった。

 綻び、照はそう名をつけて呼んだ。

 

(……流れが向いていない?)

 

 衣は強者だ。――だが、照もまた絶対的な強者である。自意識ではなく客観的な事実として、宮永照は“最強”なのだ。

 

(……偶然に足元を掬われた?)

 

 そして彼女の強さは、何もかもを見透かしているかのような判断力にある。照魔鏡という才能もそうだが、照は往年の玄人のように、裏道を突く戦い方を好む。

 

(……無茶をして裏をかかれた?)

 

 だが、それが強さだというのなら、それと同様に玄人好みの闘い方をして、その点においては照の上を行く衣が、誰もかなわないバケモノに転じる。第二回戦、衣とやりあったあの雀士達が、誰よりも強いということになる。

 だが、衣の強さがそこだけに集中しないように、照の真骨頂――本来の強さは別にある。

 

 ――それは、言うまでもなく、圧倒的な聴牌速度と――――和了スピード。

 

(――関係ない。それなら私は、技術(スピード)で全てを薙ぎ払うだけ)

 

 

「――南入」

 

 

 ――南一局、親照――

 ――ドラ表示牌「{8}」――

 

 

「ツモ、800オール」

 

 

(――速いかッ!)

 

 衣の中に、何かが生まれる。

 それは言葉にするにはあまりに小さく、もろく、不確かなもの。だが、間違いなくなんら気のせいでもなく、根付いてしまった一つの感覚。

 

 宮永照が息を吹き返した。

 

 たった四巡。それだけの間に、一切の副露もなく一つ和了した。

 

(だが、次は三翻程度。まだ追いつける。――衣に流れは消えていない!)

 

 はず、だった。

 

 

 ――直後、身体をそのまま崩壊させられるかのような暴力をともなった激烈の群れ、風圧の塊が衣を襲った。

 

 

 対面、照からのもの。白の気流にそまった幾つもの爆風が、一方通行に流れて消える。千か、万か、幾億か。数えることすら困難なほど、照は威圧を複数向けた。

 

(……が、は?)

 

 意識が、遠のいてくのを感じる。

 

 ここにきて、宮永照は何て顔をしている。瞳に、先ほど以上のチカラが宿っている。収まりは見えない。

 

(……衣にもはや退路はなし、か。ギアを上げたな? であれば次は……!)

 

 ちゃ。

 音が聞こえた。続けて照の発声――「一本場」。対局は終わらない、河の流れが濁流の如く変わるように、怒涛がごとく、水嵩を増す。

 

 

 ――南一局一本場、親照――

 ――ドラ表示牌「{白}」――

 

 

 ――衣手牌――

 {二三九九發發④⑥23②45(横4)}

 

 衣/打{⑥}

 

(……、)

 

 

 ――タニア手牌――

 {八九④⑦⑦5666東北白發(横北)}

 

 タニア/打{東}

 

(んっ……うふふぅ……)

 

 

 ――照手牌――

 {四四六六八八③③99西西6} {9}(ツモ)

 

 照/打{6}

 

(――、)

 

 

 ――緋菜手牌――

 {④⑥⑦12234668中中(横9)}

 

 緋菜/打{④}

 

(~~♪)

 

 

「チ――」

 

 

「ポン」 {④④横④}

 

 ――閃いた。

 衣の伸ばした右手の先にある牌が、掠め取られるように横から吹き付けた風にかき消される。爆発によってたたきつけられた牌は白煙を刻みつけ――

 

 照/打{西}

 

 照の続く打牌がともなった。

 ねじ伏せるかのような鳴き。衣は、改めて手にとった牌を、そのまま放り投げるように捨てた。

 

 衣/ツモ切り{東}

 

 更に一巡、それぞれが牌を切った。全て手出し。――ツモ切りは、更に次巡のタニアであった。

 

 タニア/ツモ切り{四}

 

「――カン」 {横四四四四}

 

 鳴いて、すでに照は聴牌していた手を完成させる。

 

 ――新ドラ表示牌「{三}」

 

 最低でも親満が確定、二翻あれば跳満になる――――誰もが理解した。この局。和了するのは宮永照だ。

 

 衣は“薙ぎ払われた”。

 

 

 衣が自身の戦力、オカルトをして照を押さえ込んだように、今度は衣が照のチカラに圧されている。

 

 

「――ツモ」

 

 

 ――照手牌――

 {六六③③999横③} {横四四四四} {⑧⑧横⑧}

 

 

 このインターハイ、最強は宮永照だ。チャンピオンとして、君臨するのは彼女である。無言で、単なる一つの認識で、

 

「――6100オール」

 

 

 彼女は、語った。


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