咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『嵐の夜』

 アンからのメールは、以下の様な内容であった。

 

『長野にて、プロ雀士が訪れる雀荘があるそうです。

 私達高校生も入ることのできるフリー雀荘、一度そこに訪れて見ようと思います。

 そこで、同じ長野の民である瀬々を誘ってみようと思い立ちました。

 どうですか? 今週の土曜、その人が来るそうなので一緒に行ってみませんか』

 

 ――正直に言えば、プロ雀士というものには興味はない。今のところ瀬々にはプロになるつもりもないし、なったとして、その雀士がその時現役かどうかもわからないのだ。ただまぁ、アン=ヘイリーが興味を持つプロ雀士ということは、弱いということはないのだろうが。

 けれども、アンがわざわざ瀬々を誘ったというところに瀬々の関心が向いた。それに、せっかくの頼みをむざむざ断るのも悪い。

 

 その日一日を暇で潰すよりもずっと有益な時間になるだろう、――と。その時は思い、アンの提案を了承したのだ。

 

 

 ――が。

 

 

「……お客さん、さすがにあの人は来ないんじゃないですかのう」

 

 癖のある緑髪とメガネが特徴的な店員が、ふとそんな風に言う。解っている。言われずとも解っているのだ。

 

「――この大雨じゃあのう」

 

 急に、というほど急ではないが、誰も予想がしていなかったほどの大雨がその日、長野の某所を襲っていた。局地的というわけでもないが、それでもこの辺り一帯が、最もその日降水量が多かったのだと、その次の日のニュースで瀬々は知ることになる。

 

「まぁそれは解ってますって。ただですねー、どうにもウチの連れ、この雨の中ここに向かってるらしいんですよ」

 

「あー、わざわざ出迎えご苦労様」

 

 東京からくる連れを待たせて欲しい、と既にこの緑髪のメガネ少女――染谷まこには伝えてある。

 降りだしたのは昨日の深夜からではあるが、急に強くなりだしたのは半刻ほど前だ。

 

 雨足が強くなりだしたことも在って、瀬々以外の客は既にこの雀荘を離れていた。現在、ここには瀬々と店員であるまこしかいない。

 そして瀬々も、アンが来るというのでなければ、既に帰っているところだ。

 

「それにしても奇特な友人じゃのう。確かにうちには藤田プロが来る。ですけぇそのためにわざわざ長野まで遠征するのははっきり言って変じゃ」

 

「アン=ヘイリーって言うんですよその友人。知ってるでしょ? 変人なんですよ」

 

「ほー。インハイ第二位は交友範囲も広いんじゃのう」

 

 思いの外、インハイ個人戦準優勝というネームバリューは大きいらしい。今日、雀荘で瀬々と打った者で、瀬々を知らない者はいなかった。

 自分が有名人だというのはなかなか新鮮な感覚ではあるが、否定されるような立場ではない以上、悪い気はしなかった。

 

「それにしても、ホンマに全部テンパイでスタートなんやね」

 

 瀬々はインハイ団体戦でも活躍したが、どちらかと言えば個人戦プレイヤーとしての知名度が高い。天江衣と対等にやりあい、宮永照にもあと一歩まで迫った。当然、その際の闘牌が最も印象に残っているのだ。

 特に、配牌が必ずテンパイからスタートする、というオカルト染みた特徴は、有名だ。

 

「欲しいかって言われて、だれもいらないって言うんですよね。打点がゴミすぎて使いものにならないって」

 

 とはいえ、同時にその配牌が、絶対に一翻以上が付かないことも有名だ。リーチをかけても、ダブルリーチのみ。ツモと一発でようやく満貫になる程度。

 瀬々のように、自分のツモが解りでもしない限り、使いこなすことは難しいのだ。

 

 自然と、瀬々とまこは麻雀の事で話が弾んだ。まだ客がいた頃、一度まこと瀬々は対局したが、面白い相手だと瀬々は思う。

 メガネを外した染谷まこは、うまい具合に立ちまわって、必ず瀬々の前に立ちはだかった。彼女曰く、さほど特殊な捨て牌ではない瀬々の手牌は、まぁ対応は難しくないのだとか。

 

 話は数十分、一時間弱続いた。瀬々も人当たりが良いというのはあるが、まこもなかなかどうして話し上手だ。雀荘という特殊な場所で、接客という形で人とコミュニケーションを続けてきた経験値がある。だてに修羅場はくぐっていない、というわけだ。

 

 そして二人で話し込んでいると、ようやく店の入口が開いた。

 ――アン=ヘイリーの登場である。

 

「やーや、おはようございます皆さん。今日はこの悪天候のなか、よくぞご無事で」

 

「よくぞご無事なのはあんたの方だろ。びしょ濡れじゃないか。さすがに傘一本でここまで来るのは無茶だぞ、アン」

 

「そうはいいますがね、瀬々。私は瀬々に会えると思うと、嬉しくてしかたがないのですよ。瀬々と、私と、藤田プロに後一人で卓を囲めるならこれほど嬉しい事はない」

 

 ――の、だが。

 どうにもうまく世界は回っていないらしい。

 

「あー、もう一人いれば打てるというのに、三人しかいないのでは三麻しか打てないではないですか。私、三麻は苦手ですよ正直に言って」

 

 アンは豪運と技術の雀士。大抵の場合では負けないが、事故がないというわけではない。三麻の場合、その事故率が増加するのだとか。

 

「ウチは三麻は基本やってないけぇ、そもそも打とういうても打てませんですけどね」

 

 まこが言う。

 

「そもそも、あたし達がいなけりゃ店じまいみたいなもんだしさ」

 

「そうは言いますがね、どうしても私は今日、ここに来る必要があったのですよ」

 

 アンはあくまで自信に満ちた声で言う。瀬々とアンの付き合いはそこまでではないが、彼女には押しの強さがあることを瀬々は身にしみている。

 嘆息。わかっていたことではある。雨脚が強まり始め、それでも帰らないというのを聞いた時点で、コレ自体は諦める他にない。

 

「――いちおう聞こう。何でだ?」

 

「今日、ここに来ればいいことがある。そんな予感がしてならないからです」

 

 何だそれは、とまこの表情が訝しげなものに変わった。瀬々も、胡散臭げな顔でアンを睨む。解ってはいる。彼女の天性の勘は本物だ。

 人に言えた義理ではないが、それを麻雀の外にまで持ち出さないで欲しいものだ。

 

「良い予感……ねぇ」

 

 ――と、そう口にして。

 

「……?」

 

 何かに気がついたように、瀬々は視線を店の入口に向けた。雨音だけが響き渡る雀荘の外。アンがその視線を追うように、振り返り、そして――

 

「――だれか、いるのか?」

 

 言葉の直後。

 扉が、開いた。

 

 

 ――風が、圧を伴って周囲を襲った。

 

 

「……ッッッッッ!」

 

 思わず、と言った様子でアンが目を見開く。体中に駆けまわる感覚、瀬々もそれは理解できた。これは、いわゆる魔物に類する存在と相対した時の感覚。

 まこも、どこか違和感を感じたようで、瞳を少し細めている。

 

(……そういえば、似たような感覚をつい先日感じたばかりだな)

 

 その感覚は、どことなく瀬々のしる魔物クラスである、一人の少女に似ていた。彼女は魔物というには人間に近く、しかしアンのような超人的というには、魔物に近い存在。

 

(“宮永照”の、感覚に似ている)

 

 その気配の主。――少女だ。おそらく瀬々より一つ下、中学生だろうか。彼女は少しだけ所在なさげに、扉の向こうから顔を覗かせて。

 

 

「――あの、すみません。雨宿りをさせてもらって貰えませんか?」

 

 

 そんな風に、頼んできた。

 

 

 ♪

 

 

 宮永咲、と少女は名乗った。

 

 

 ――瀬々は自分の感覚が訴える答えを腹の底に沈めながら、その少女との歓談に講じた。なんでも、雨脚が強くなる前に家を出て用事を済ませようとしたのだが失敗。父がこの辺りを通るということで、父に送り迎えを頼む形になった。

 ――のだが、父がやってくるまでに大分時間がかかるということで、目についたこの雀荘に雨宿りをさせてもらえないか頼みに来た、というわけだそうだ。

 

「そりゃあ難儀したのう。あー、確か烏龍茶ならのこってたけぇ、それくらいならおごりってことにしちゃる」

 

「いえあの、いちおうお金はあります。買い物の帰りなので」

 

「ほー。そいならいろいろあるけぇ、ちょっとオマケしちゃるわ」

 

 ――と、そこでまこは瀬々とアンに視線を向けた。

 

「……」

 

 なにやら、モノをねだる視線がアンから感じられる。この少女がいなければ、この雀荘は臨時休業、暇な時間を作れたはずなのだが――

 

「……ま、ええじゃろ。あー、渡さんの方はどうします?」

 

「ん? あ、あたしは言いです。それよりもですね、少し頼みたいことがあるんですけれど」

 

「――頼みたいこと?」

 

 瀬々は一拍おいて、ちらりと少女――咲の方を見る。

 きょとんとした様子で、少女はその視線に疑問を返した。――瀬々の瞳が鋭くなる。もとよりどことなく剣呑としたジト目のような半眼気味であるために、それ自体は違和感となることはないのだが。

 

「あぁちょっと……」

 

 そうして。

 

 

「――麻雀を打ちたいんですけれどね」

 

 

 ふぅん、とアンが鼻を鳴らして興味深げに瀬々を見る。まこも、机にしていた卓を立ち上がり、背を向けていたのを反転、瀬々を見る。

 

「……“宮永”さん。麻雀、打てますよね?」

 

「――え? な、なんでそう思うんですか?」

 

 咲は知らない。この雀荘では三麻が打てない。瀬々と、アンと、そして店員であるまこ“だけ”が知っている情報。

 別にそれ自体が大きな意味を持つというわけでもないが、これから三麻を打つのか、と思っていた咲には寝耳に水だ。

 

「いやだって、少なくともそこにお店があったからって、何の躊躇いもなく入れる場所じゃないと思いますよ、雀荘って」

 

「……まぁ、そりゃそうでしょうけど」

 

 アンがなんとは無しに同意する。

 ――たとえ、ここ、『雀荘roof-top』がいわゆる賭けをしないフリー雀荘であったとしても、中学生にとっては足を運びにくい場所であることは間違いないだろう。

 それこそ、麻雀を打ち慣れているような場合でもない限り。

 

(……ま、単なるこじつけだけどな)

 

 とはいえ、瀬々にとってその理由付け自体は単なるこじつけ。もとより解っている答えに、肉付けを下にすぎない。

 ただそれでも、事実なのだから――咲はわざわざ否定するようでもない。

 

「そう、です。……いちおう、小さいころに麻雀を打ってました。でも、最近は全然打ってません」

 

「でも……宮永さん、あなた強いでしょ?」

 

 ――アンが突っ込んだ。別に瀬々がそれをする必要もないわけだが、アンが勝手に続いてくれるのなら、その援護射撃に頼ろう。適当に放り投げるように瀬々は言った。

 

「どーかな。お金はかかるけど、それ自体はあたしかアン……負けたほうが出すから」

 

「……ん、そういうことならええんじゃないかのう」

 

 まこも同意した。

 ――最近は打っていない。本人には、麻雀を打たない理由があるのだろう。瀬々はそう推察する。打ちたくないといえばそれでもいい。麻雀を打つ、という話はお流れだ。

 だが、そうはならないだろうとも考える。

 

(どうも、この宮永っていうのは、麻雀自体は嫌い……打ちたいとは思わないみたいだ。けれども、もともとは麻雀が好きなんだろう。そして、何をキッカケにしたかは解らないけど、麻雀に対して関心を取り戻しつつある)

 

 だからもしも、周囲が麻雀を打ちたいという雰囲気になれば、それを理由に、自分の心を説得するのではないか。

 そう、踏んだ。

 

 そしてそんな瀬々の読みは――

 

「……はい、じゃあ折角ですし」

 

 案の定、正解であったようだった。

 

 かくして、雨の脅迫染みた沈黙に支配されていた雀荘に、麻雀卓の駆動音が、響き始めた――

 

 

 ♪

 

 

「……あ、ツモです。嶺上開花ツモ、赤一で2000、4000」

 

 こと、と咲が牌を置いて手牌を開く。

 南三局。ここまで沈黙を貫いてきた少女が、偶然とは言える形だが、初めての和了を見せた。

 

 因みにルールはありありで25000点持ちの30000点返しという、非常にオーソドックスなルール。

 余談であるが、基本的に赤あり麻雀をしない瀬々は、赤ありで脅威度の増すアンを、抑えるのに四苦八苦するのであった。

 

 現在の点棒は以下のとおり。

 

 一位アン:49900

 二位咲 :28700

 三位まこ:10800

 四位瀬々:10600

 

 大きくアンが飛び出した形ではあるが。全員ここまで飛ばずに来ている。それというのも、とにかく全員が堅い。咲も、そしてまこも、驚くほど放銃をしない。

 

(それにしても……お急ぎだな)

 

 瀬々は、和了した咲を見遣りながら自信の手牌にも目を落とした。

 

 ――瀬々手牌――

 {六七八⑦⑦⑧1145667}

 

 瀬々の感覚に従えば、この手牌は次巡、{8}を自摸ってテンパイしているはずだった。アンに邪魔でもされない限り、さらにその次でツモ。高打点を和了しているはずだった。

 

 それが、咲の和了で邪魔された。

 

(……あの槓材は配牌時からあった槓材だ。それをテンパイと同時に晒した。さて、どこまでこっちが“見えてる”のかね)

 

 手牌を倒し、そのまま崩れた牌と共に開いた空白へと押し込んでいく。次はオーラスだ。次はアンの親番。速攻で逃げ切られるか、ツモできっちり捲るか。

 どちらにしろ難しいだろうが――

 

(そんなことは、まぁどうでもいいんだけど)

 

 瀬々がこの半荘で意識していることはアンとの対決ではない。おそらくそれはアンも理解しているだろう。しかし、実質的な賭けをしている手前、瀬々に意識を向けないわけにも行かないはずだ。

 

 ちらりと見やる。彼女の風貌はいつもどおり、涼しい笑みを浮かべてはいる。しかしその実、心底肝を冷やしていることだろう。瀬々が何をしようとしているか、彼女には解らないはずなのだから。

 

 サイコロが回った。

 

 瀬々は浮かび上がる山へと手をかけながら、周囲へとどこか異質な力を漏れだし始める。

 

(――やっぱ、“こういう時”くらいしか、力は貸してくんないよね)

 

 瀬々のチカラは、ある特殊な存在によってもたらされたものだ。瀬々が自在に利用してはいるものの、そのチカラの言うなれば“最終決定権”はその存在にあるのだ。

 普段であれば、こういったチカラの使い方はその存在が認めない。

 

 チカラがあまりに強大すぎるのだ。麻雀に対する“チカラ”でありながらそのチカラは、ある意味麻雀にたいする最大の冒涜となるのである。

 それを、その存在が認めるはずもない。

 

 だが、今回は違う。これをつかえば、きっと“大局”は思わぬ変化を見せるだろう。そしてその変化は、瀬々に対するものではない。別の誰かに対するもの。――決して悪いとはいえないだろうモノ。

 だから――

 

 

 ――オーラス。

 

 

「――――()()

 

 

 瀬々は、一切の躊躇いもなく、牌を晒した。

 途端に、先ほどまで周囲を漂う程度であった爆発的な勢いの奔流が世界そのものをかき乱し始める。アンも、そこまで行けば理解セざるを得なかった。

 最初から瀬々は、この対局をぶち壊すつもりだったのだ。

 

「地和。――8000、16000」

 

 正しく、瀬々の行った事を理解できたのは、かつて同じ状況を間近で体験したアン=ヘイリーのみであった。

 それ以外の両名は、突然のことに呆然とするしか無い。

 

「これで……プラマイゼロとは、行かなかったよな」

 

 だが、その一言はアンの理解からすらも外れた。意味の分からぬ言葉。どういうことだ――反応を見せたのは、思いもよらぬ少女であった。

 

「――なん、で?」

 

 咲。この場に偶然居合わせた、麻雀の打てる中学生。瀬々の本命はアンではない。この少女だ。

 

「解るんだよ、あたしには。こと麻雀という点に関してあたしに読み取れないオカルトは無い。そっちの店員さんのタネも、アンが実ははったりかましてるだけだってのも知ってる」

 

「……ひどい言い草ですね」

 

 冗談めかして、アンが茶々を入れた。瀬々は一切それに頓着すること無く、続けた。

 

「――一見異様なオカルトのように見えるけれども、実際には一種の技術をオカルトの域まで高めた特殊性。そしてその特殊性の内に秘められた異様なまでの“状況利用能力”」

 

 知っている。瀬々はその雀士を知っている。

 

「よく似てるよな。さすがに、育った環境が同じだと、麻雀の打ち筋まで似てくんだね。なぁ――――」

 

 そうして呼びかけるのは、ほんの気まぐれのようなもの。瀬々にとって、彼女の素性を明かすことで得られるメリットは無に等しい。

 それでも、“そう”したのはきっと、大いなる興味と、あの雀士へのある種のあてつけ。そして瀬々本人ですら理解の及ばない、複雑な何かの発露であったのだ。

 

 

「インターハイ、個人戦チャンピオンの妹さん?」

 

 

 瀬々だからこそ解る。瀬々にしかわからない。それでも、言葉にしてしまえばもはや否定もしようがない。

 途端に襲いかかる動揺。それが咲とインハイ個人戦チャンプ――宮永照の関係性を明らかにしてしまうからだ。

 

「……いや、確かに宮永さんはあの宮永照と同性じゃが。あの人は東京住まいじゃろ」

 

 まこが非常に冷静にツッコミを入れる。が、アンはそれとは別の反応を見せた。

 

「――あぁなるほど、誰かに似ている打ち筋でしたが、照とでしたか」

 

「……えっと」

 

「別に否定してもいいが、その言い分に対して、あたしはいくらでも解答ができる。この際言うとだな、あたしがあんたに聞きたいのは、悔しくなかったか? ってことだ」

 

 咲の言葉を遮って、瀬々は更に言葉を連ねた。

 

「宮永さんさ、あたしのこと知ってるでしょ。そしてあたしの事を“警戒した”闘牌をしていた」

 

 わかりやすい点で言えば南三局。瀬々の和了直前で見せた嶺上開花。――咲にはカンで有効牌を引き寄せるオカルトがあるが、よほどの状況でなければそのオカルトは見せないはずだ。

 疑問に想われない程度とはいえ、それを使ったということは、咲はそれを使わなければならない相手と闘っているということだ。

 

 ――最初から、そう認識している相手と闘っている、ということだ。

 

「……何で、こんなことをしたんですか?」

 

 問いかける咲はどこか冷静に瀬々を観察していた。よく似ている。その瞳は、あの時戦った――インターハイ個人戦決勝の宮永照に似ている。

 

(きっと、宮永照はあたしのオカルト、その本質すら理解しているはずだ。自分の過去すらも見透かしかねないオカルト。気持ち悪いと思われたってしょうがない。だのに、――チャンピオンは、今、宮永さんがしているのと同じ瞳をしてくれた)

 

 あくまで敵を、倒す。

 立ちはだかるものを越えていく者の瞳。咲のそれは照が持つ瞳と同じであった。きっと咲は、瀬々が宮永咲という少女の過去をおおよそ把握していることを理解しているのだろう。それでも、そう問いかけてくる表情に嫌悪はない。

 

 ただ、敵を見定める表情が、浮かんでいるだけだ。

 

「別に宮永さんの事情に踏み込むつもりはない。ただあたしは、面白そうな相手に、薪をくべているだけ」

 

 咲は今、悔しくてしょうがないはずだ。プラマイゼロをオカルトの域にまで持っていくその思考。ある種それは思い入れとも言える。

 自身のオカルトを揺さぶった相手に、咲はどうしようもない敵意を抱いている。越えたいと、思っている。

 

 どこか剣呑ではある。しかし、その剣呑な雰囲気に挟まれたまこも、アンも、どこか楽しげな顔をしていた。

 

「そのうち、国民麻雀大会っていうのがある。それは出ようと思えば誰でも出れて、宮永さんは――」

 

「咲、でいいです。何だか、貴方は私と一緒に、おねえちゃんを意識している気がします。だからわかりにくいので、咲でいいです」

 

「――咲は、受験生かもしれないけど、貴方のお父さんに出たいって言えば、取り計らってくれるんじゃないか?」

 

 ――その大会には、当然宮永照も出場してくる。

 とはいえ、それが咲の目的となることはきっとないだろう。瀬々もあえて指摘しない。きっと、咲と照。両者が邂逅する時は今ではない。もっとずっと未来の話。誰かに手を引かれるように、瀬々の言葉を借りずとも、咲が麻雀の世界に足を踏み入れる時が来る。

 

 その時でいい。今は、ある意味おまけのような一瞬だ。

 

「それに、コクマでいい成績を残せば、どんな高校だって狙い放題なはずだしな」

 

 最後に、瀬々はそう茶化すように、言った。




エクストラステージなので、基本的に出せる人はどんどん出していく方針です。

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