順位。
一位優希:36700
二位柚月:25900
三位咲 :24300
四位静希:13100
――東三局一本場――
――ドラ表示牌「{⑤}」――
(……状況を振り返ってみましょう)
現在、困ったことに桂静希は最下位だ。
それもこれも、全員が派手な上がり、連荘を繰り返し、一人焼き鳥を強いられているからにほかならない。
とはいえ、静希の手が遅いのはいつものことだ。今、さして気にする必要はない。
ここからが正念場なのだ。
少しずつ、自身の打牌から無駄を削ぎ落とす。後手必殺の闘牌スタイルは、天江衣を始めとする世代がひとつ、ふたつ違う雀士ならばともかく、柚月他、同年代の雀士にまで遅れを取るつもりはない。
(片岡優希は一日目の成績と二日目の闘牌を見る限り、東場でチカラを発揮するスタイル。柚月に関してはいつもどおりのやり方でやればいい訳です。出し抜かれる可能性もあるけれど、それよりも、自分が勝てる可能性を考えたほうがよっぽどいい。となれば――)
ちらりと、見る。
(前日の一次予選では総合二位だった。そして今日は総合一位。つまり、この中で一番強い相手。目下私が倒すべき相手は――宮永咲、この人でしょう!)
――静希手牌――
{
(チャンタか、はたまた無難な手筋で行くか。どちらにせよ遠い手牌。せめてもの救いは両面塔子三つ、ですね。多分、柚月や片岡さんを相手にするなら、素直に進めた方がいいんだろうけど……)
――今の相手は、宮永咲だ。
現状の第一打。選ぶべきは――
(生牌ではない牌。第一打からカンで攻めてくることは承知の上。絶対に、カンできない牌を切る!)
――宮永咲の闘牌は、カンを有効活用する打ち筋。
となれば、カンをさせないことが第一で、そのために生牌を絞ることは正解と言える。しかし、それでは手牌がごちゃごちゃになり、和了など到底望めない。
しかし、そこで意味を持つことがひとつあるのだ。
(槓材っていうのは、手牌に刻子があるから槓材です。でも、槓材っていうのは、どうやったって手牌に四つしか存在し得ない。私が絞る打牌のほとんどは、宮永咲の槓材以前に、未公開情報に眠ってる牌です。ツモれない牌よりも、ツモれる牌の方が多いのですよ!)
限られた槓材を抑えるという意味もある。そして同時に、七対子を狙う上で、最善の打牌選択をするという意味でもある――!
静希/打{東}
咲の第一打、{東}を払う。
そこから更に、
優希/打{北}
静希/打{北}
併せて、手牌を――
柚月/打{發}
静希/打{發}
切り払っていく。
静希/ツモ{二}・打{①}
この状況において、もっとも特筆スべきことは、七対子決め打ちという情報が、他者に伝わらないだろう、ということだ。
特に静希の打牌はまったくもって平凡のキワミと言える。
ここから七対子を読み取るとなれば、それはあまりに嗅覚が優れていると言わざるをえない。
優希/打{四}
柚月/打{1}
咲/{②}
(さて……ここからですよね。手牌が対子と生牌だけになってしまいました)
安易に打牌ができなくなった。
――当然、それならば打てる手は幾つもある。たとえば、だ。
――静希/打{三}
意図は単純。
優希の打{四}を見てのものだ。
この巡目に出てくる中張牌。その形は例えば{四四五}といった形であることが不自然がない。もしくは{四六七}だろうか。どちらにせよ。ここで切れた{四}周りは、比較的安全だ。
理想としては、優希の手牌に{三四五}があることなのだが。
「ッチ、鳴けないじぇ」
単にふかしているのか、思わず言葉が漏れたのか。
(ま、どちらも、でしょうねぇ。既に手牌が完成しているという余裕の現れ。……ですけれど、先に手を進めるのはこちらですよ?)
状況は明白において決しようとしている。
静希はそれをおよそ把握しようとしているのだ。
タン。
タン。
――タン。
と。
それから幾度か、それぞれは打牌。手を進めていく。行き着く所。この局の結末は――
「ツモ」
――鉄面皮。
未だ動かぬ静希の
だが、抑えこまない程度の覇気で、静希は手牌を晒してみせた。
――静希手牌――
{二二七七③④④⑧⑧5588横③}
「
静かに、だがだからこそ美麗に和了を決めて見せた。
――東四局、親静希――
――ドラ表示牌「{北}」――
/打{三}
「チー」 {横三一二}
/打{⑧}
「チー」 {横⑧⑦⑨}
(――おおう)
唸る片岡優希。
(……イケイケだねぇ、静希ねーちゃん?)
からかうように、桂柚月。
東場も終盤。
動いたのは静希であった。二連続で牌を喰い取り他家へと猛烈なアピールを示す。ここまで露骨な動きには、他者も手を止めざるをえない。――桂静希の捨て牌に、ヤオチュー牌は存在しない。
――静希手牌――
{⑧⑨⑨23東東} {横⑧⑦⑨} {横三一二}
(極めて良好な手牌です。ダブ東で打点を考慮しなくても良いのが実に良い。できることなら{1}を引き、高めハネの形を作りたいところですが――)
優希/打{發}
柚月/打{①}
咲/打{西}
(ぐいぐい押して来ますね。ですが、果たしてそれは正しいのですか? こちらの圧力に惑わされ選択を間違えてはいませんかね?)
――静希が相対しているのは中学生。まだ若く、判断も大人のそれとは少し劣る。静希の相手を慣れている柚月はともかく、他の二名が本来払うべき牌ではない牌を切り捨てている可能性は十分にある。
どれだけ強くとも、所詮は中学生。搦手には、当然弱い。
はずだ。
(危険を払うため、例えば赤で染めている相手に萬子をそうそうに払っていくのはまぁ無いではない。だからこそ、本来抱え手牌に組め込みうる萬子を払ってしまうことは無いではないわけです)
――これはそれと同じこと。
ならば、静希に手を惑わされた結果、後退しなければならないという状況は、往々にして考えられる。
(そして、これはその総仕上げ)
静希/ツモ{1}
(高めツモ跳満。実に良好です!)
静希/打{⑧}
誰がそれを気取っただろう。
おそらくは全員。気配読みに長ける感性の雀士、優希と柚月は危機感を覚えるはずだ。そして宮永咲も、これを見逃すはずもない。
優希/打{④}
――結局。
柚月/打{⑧}
優希柚月両名は、その勝負をオリたということができるだろう。残念ながらその打牌は、どこか精彩に欠けるものであった。
しかし、そうではない者もいる。
咲/打{1}
手出し。
明白な挑戦と言えた。
(怖くないのですか!? おやっぱねですよおやっぱね。そうでなくとも、親満直撃は絶対に避けたい事態。それをなんの躊躇もなく、ですか)
思考は巡る。
あくまで表情は静けさを保ち、しかし考えは猛烈に加速を極めていた。
(……何か、見落としをしている?)
そこではたと、静希は気がつく。
何か、この宮永咲という相手に対し、間違いをおかしている。そんな感覚が脳裏をよぎった。普段ならば一笑に付す与太話。しかし、その時ばかりは、それをどうやっても静希は払うことができなかった。
――咲のそれは、どうにも、年の離れた親友。天江衣や自身に取っては姉とも言える、あの“三傑”を相手にする時と同じように思えてならない。
決して、自分と同世代、同レベルの相手をしているとは言えないような。
――格上の感覚。
(気のせい、ですよね?)
そうとは、思えなかった。
気のせいという願望を肯定する要素は何一つ無く、ただ反証だけが浮かぶ。そしてそれは――
「――カン」 {裏55裏}
一つの形となって、襲いかかる。
(うっそ……!)
静希の驚愕。
まだ、表情に出ることはなかった。
「――――ツモ」
ツモを晒した右から、流れるように牌が倒され晒されて行く。
――咲手牌――
{三四五⑦⑦⑧⑧⑨⑨東横東} {裏55裏}
「嶺上開花ツモ、ドラドラ一盃口は、2000、4000です」
それは静希へ穏やかではない流れを与えながら。
――状況は、南場へと移っていく。
南一局。
この時点で片岡優希の気配が消え失せた。勢いがなくなったと同時、集中が途切れたと言う風にもできるだろう。
ともかく、散漫な優希から直撃をもぎ取ることは、さほど難しいこととはいえない。
「ロン! 3900」
ここで和了したのは柚月であった。速攻、彼女は未だ揺らがない。南場に入っても、優希のように流れを失わないことが柚月の最大の強みではある。
ともかく、その一時は、静希と咲の戦いは薄れ、柚月へと流れが向いた。
再び静希等が動き出すのは続く南二局。
桂柚月の親番からだ。
――南二局、親柚月――
――ドラ表示牌「{三}」――
(……前々局。あのカンは私が鳴いたから起きたカンでしょう。つまり、宮永咲はやりようによっては本来であれば槓材にならないものまで、卓を操り引き寄せてしまう)
複雑だが、ともかく咲には、槓材を察知する能力。そして状況を大いに操作する能力が備わっているということだ。
(オカルトで言えば、それそのものはさして大きなチカラではない。前者はともかく、後者に至っては“超人的”とはいえ一種の技能です。オカルトよりも、アナログに近い)
嗅覚とか。
直感とか。
ともかく、人が本来発揮することのない感覚的機能を大いに活用したアナログ、感性の麻雀。咲のチカラはそれに近い。正確に言えば、それを十二分に操った上で振るっているというだけだ。
本来、人は感性と一体化した上で、そのチカラを十分に発揮することしかできない。
つまり優希や柚月のように、思慮よりも直感を優先することで、チカラを振るうのである。
しかし咲の場合はその感覚を機能化、スキル化させることで意図的に、そして戦略的に闘牌を行っている。
(少し羨ましいですかね。私には柚月のような感性がない。そして柚月はその逆を、私に感じているはずです)
柚月はきっとこれからも、それを自身のチカラで埋めて少しずつ前へ前へと進んでいくのだろう。もしかしたら、気が付かないうちに、柚月と静希の間には、大きな溝が生まれてくるかもしれない。
(それは嫌です。私が柚月のお姉さんである以上。それは確かでなくてはならない。柚月に一歩先を行かれるならばともかく、置いて行かれるなどまっぴらです!)
決意する。
奮起する。
(柚月は感性。進むには段階が必要。けれども、私は思考。思考の解放は決して段階を踏む必要はない。――その意味は、私はいつでも進化できるということです!)
打牌。
(ようするに、宮永咲はこちらの手に対応することが巧い。だったら、逆にこっちから相手の手を躱していけばいいのです!)
「ポン!」 {九横九九}
鳴いた。
――桂柚月だ。
(柚月、チカラを貸してもらいますよ。私は打点の伴わない鳴きは好みません。ですが、誰かが無節操に鳴いてくれれば、それはそれでこちらの狙いは通る訳です)
咲の弱点は、自身の槓材を無意識にずらす鳴き。
それに対して柚月は感性、その鳴きは適任という他にない。
(後は私が――槓材を抑えてしまえば良いわけです)
――静希手牌――
{
静希/打{④}
(普段の私であれば、この{三}は当然残すにしろ、切るのは{1}でしょう。そも、誰だって{1}を切ります。ですが、今は生牌ではない牌を切るのは惜しい。私のテンパイまで、この{1}は引っ張らせていただきます)
その後、静希は順調にツモを引き寄せ――
静希/ツモ{四}・打{六}
イーシャンテン。そして。
――静希/ツモ{7}
(……テンパイ)
静希/打{1}
「ポン!」 {1横11}
鳴いたのは、柚月だ。
咲を見る。どこか不満気な表情が顔に見えている。ココらへんは少女の弱いところか。鉄仮面の静希とは対照的だ。
(これが、私の勝利ですよ――!)
「……ツモ。3000、6000!」
――静希手牌――
{三四五③④⑤⑧⑧34556横7}
――南三局、親咲――
――ドラ表示牌「{東}」――
静希には、年の離れた姉のような親友がいる。
当然それは双子である柚月も同様だ。二人は山奥の人がほんとうに少ない村で生まれた。子どもは六つも年の離れた三人しかいなかった。
――ある日そこに、一人の少女がやってくる。
その少女はちょうど柚月達とは三つ違い。六つ年上の三人とも同様。間に入る年齢だった。当然といえば当然か、少女は三人の少女達からも、静希達からも、仲良くしようとアプローチをかけられた。
それまで静希達と、その三人の少女達との間に交流と呼べるものはなかった。年が離れすぎていることもあって、少女達と静希達の関係は面倒を見る少し大人な子どもと、面倒を見られる幼い子どもという関係だった。
けれども、その緩衝材のような形になる少女がやってきたのだ。それを気に、彼女を介して、静希達と三人の少女達は接近した。
緩衝材となった少女はどこか一人でいるのを好み、どうにも輪の中に入るのを嫌がっていたのだが、誰もが彼女を構うのだ、やがては折れて、柚月達と、少女達――そしてその間の少女、天江衣の交流は始まった。
そんな折、天江衣はあるゲームを柚月達に教えた。それが麻雀であった。最初は単なる戯れのつもりだったのだろう。衣は強かったのだ。
やがては飽きて、更には衣自身も疎遠になれば、そんな考えがあったかどうか。
――しかし、そうはならなかった。柚月も静希も、特殊な雀士だ。圧倒的な衣に、拙いながらも一矢報いることは可能であった。
加えて、更に上級生である、後に三傑と呼ばれる少女達は、衣とほぼ対等にやりあえた。
そうして、だんだんと少女たちは接近していった。
今では切っても切れない関係で結ばれている。――既に三傑も、衣も遠くに行ってしまったが、静希はそれで間違いないと考えている。
やがて、自分たちも遠くで活躍する少女達と同じようになれれば、静希も柚月もそう考えた。
結果がこのコクマ選考会だ。
静希達は結果を残した。最上とは行かないかもしれない。それでも人々の意識に残るだろう結果を。
後は、この場で勝って、衣や三傑、年の離れた姉たちに己のチカラで会いに行くだけだ。
(――そのために)
見据えるは、自身の上家。静希は大いに気配を噴出させて、見る。
(まず、私が勝たなきゃ行けないのは、この人です!)
思う。
どこか、衣と咲の闘牌は似ている。だからだろうか、初めてやりあう相手でも、そこまで厳しいと感じることはない。厳しい相手でないならば――勝たなければいけないのである。
この南場。
静希は盛大に打牌を進めた。結果、
「ツモ! 2000、4000!」
ツモ和了。
きっちり満貫で、更に他家を突き放す。
現在の点差は、
一位静希:35800
二位優希:24100
三位咲 :22000
四位柚月:18100
オーラス。
静希は一人浮きの状態で、逃げ切るために打牌へと移る。
――オーラス――
――ドラ表示牌「{2}」――
静かに、手牌へ牌を引き寄せる。
やがて出来上がる十三と一つのスタートライン。配牌を終えるまもなくそれを、静希は勢い任せに叩きつける。
――静希手牌(理牌済み)――
{三四八九九①⑤⑧57西發中} {④}(ツモ)
静希/打{西}
――優希手牌――
{一二⑧⑨3347西西白白中} {西}(ツモ)
(満ツモ十分! 南場だけど、これくらいは気張っていくじぇ!)
優希/打{中}
――柚月手牌――
{一二二三四七八八④8東東北} {九}(ツモ)
(うわ、混一色ノミに走りたい。……でもやっぱこういう場で静希には負けたくないよな。問題は、その静希が今トップだってことなんだけど)
柚月/打{④}
――咲手牌――
{六六六②④⑥⑥23677中} {7}(ツモ)
(…………――――)
咲/打{中}
――何かが、ぼうと、淡い光を伴って熱を帯びる。
そこから、無言の打牌が続いた。
鳴きに走りたい優希の臨む牌がでることはなく、三巡、四巡と下る。川の流れが、ゆっくりと終局へ向けて走って行く。
そして、
(……さて)
――静希手牌――
{
(テンパイ……)
――柚月捨て牌――
{④8北97②}
{①東八}
幸いなことに、{八}は既に柚月が打牌している。そして、
(柚月は染め手、萬子の一通を作りたがってる。一通一盃口平和に混一色の跳満ってところですか? となると、それは絶対に完成しません。残念ですけれど)
――宮永咲は既に槓材として{六}を四枚集めているはずだ。
場は完全に成熟している。宮永咲はテンパイした時点でカンをして――その時点でこのゲームは終了だ。だが、そうはならない。
(私が間に合った。だからこのゲームは私の勝ちで終了です!)
静希は、
――牌を、
何らためらうことすらせずに、
――払った。
この時。
静希の落ち度を上げるとすれば、二つ。
まずひとつに、咲を見誤ったこと。
これは単純だ。静希は咲を“カンをしたがっている”という認識しかしなかったこと。そしてその副産物として嶺上開花を見ていたこと。
違うのだ。まず、先には嶺上開花という役があり、そこから槓材を集め、そしてカンで有効牌を引き寄せるチカラを身につけたのだ。
そして、もう一つは可能性を吐き捨てたこと。
咲は衣とどこか似ている。その点に気がついた時点で、そもそも静希は警戒するべきだったのだ。咲は何かを狙っている。そしてその何かは、静希と同様に手牌と捨て牌以外の部分に作用するものだということを。
咲の槓材{六}の持つ意味を――
「ロン」
え?
と、声にならないほどの声が、静希から漏れた。
「――――8000」
――咲手牌――
{六六六六七⑥⑥⑥33777}
それから、あ、と柚月、優希が声を上げる。
――この手牌。宮永咲は他家の手を“全て”潰して完成させた。{六}が消えることで一通の芽はなくなり、そして更に、ドラである{3}は握り潰された。優希は和了こそ可能だが、このまま和了しても、四翻には届かない。
完全勝利。
――もはや誰もぐうの音が出ないほど、咲の実力を思い知ることとなる。
(……負けた)
うつむき、自身の手牌を見やる静希、その表情がこの対局の結末を表していた。
対局室の照明が切り替わると同時、宮永咲は立ち上がる。
「ありがとうございました」
――彼女こそ、渡瀬々が見出した新星。
かの宮永照の妹にして、圧倒的な雀力を持つ打ち手。後に、清澄のリンシャン使いと呼ばれる少女の、公式戦初陣は、かくして幕を閉じた。
最終結果
一位咲 :30000
二位静希:27800
三位優希:24100
四位柚月:18100
何故か南雲機動部隊の方で更新してました。