咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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――エクストラステージ・その2――
『熱戦の開幕』


「福与恒子とー!」

 

「小鍛治健夜の……」

 

 長く息を合わせてきたことに寄る、声をかけずとも伝わる呼吸で、福与恒子と小鍛治健夜は、タイトルコールを行う。

 

「ふくよかすこやかインハイレイディオー!」

 

 インハイレイディオは基本的に、福与恒子と小鍛治健夜、夫婦漫才の如き息の合い方を見せる両者のトーク番組だ。

 内容は主にインハイの情報に特化しており、注目選手インタビューなどを行うことがほとんどだ。

 大会中は逐一その情報を伝えるし、そうでない時も大抵はインハイにまつわる話題が主となっている。

 

 しかし、一年の間、少しの時期だけインハイ以外の事が話題に登ることがある。それがこの秋に行われる日本最大のアマチュア麻雀大会。

 国民麻雀大会。

 

 いわゆる「コクマ」である。

 

「さぁ、ついに始まっちゃいましたね、すこやん!」

 

「……そうだね、コクマ第一次予選、今日からスタートだね」

 

 今日はその「コクマ」開催一日目。

 「コクマ」の出場条件はプロではないこと。そのため出場は他のアマチュア大会に比べ非常に簡単で、インハイやインカレのような、学生生活などを賭ける仰々しさのある大会ではない。

 つまり、お祭り。

 国民全てが熱狂することのできる、麻雀ファンの祭典だ。

 

「というわけで今日は、インハイレイディオならぬコクマレイディオ一日目! 予選の内容をピックアップしていきますよ!」

 

 このふくよかすこやかレイディオも、それに合わせてコクマレイディオとして情報を発信することとなる。

 主な内容は、インハイに関して伝えるラジオらしく、コクマで活躍する有力高校生雀士の紹介だ。

 

「まずはランキングを追って見て行きましょう!」

 

「今年はだいぶランキングも動きましたね……」

 

 健夜のつぶやきを証明するように、恒子はアナウンサーらしい声音で、ランキングをトップから読み上げていく。

 

 ランキング

 一位:大豊実紀(信濃大学)

 二位:天江衣(龍門渕高校)

 三位:宮永照(白糸台高校)

 四位:神姫=ブロンデル(帝都大学)

 五位:渡瀬々(龍門渕高校)

 六位:小津木葉(信濃大学)

 七位:宮永咲(英名中学)

 八位:松実玄(阿知賀女子学院)

 九位:赤羽薫(信濃大学)

 十位:辻垣内智葉(臨海女子)

 

「そうそうたるメンツですね! すこやん!」

 

「…………阿知賀女子」

 

「八位の子だねすこやん、なになに、気になるの?」

 

「うぅん……あまり聞かない高校名だなって」

 

「それを言ったら七位の娘は中学じゃない。コクマ始まって最年少でトップ10入り」

 

 ――ここでも、それは話題になっているようだった。

 というのもコクマにおいて中学生は、そもそも一次予選を突破することすら困難だ。一次予選は二日にわたって行われるが、現在一次予選突破圏内にいる中学生は三人だけ。

 そのうち一人はこの宮永咲であるからともかく。

 

 残り二人――全中チャンプ、原村和と、全中第二位、二条泉は、突破圏内であるが危険域だ。

 

 だからこそ、異常。

 中学3年生にして初めてのコクマ、しかも彼女は選考会から勝ち上がってきている。全中に進んで大きな成績を残していないからこその選考会。

 それが意味するのは、彼女は本当に直近で麻雀を始めたか、もしくはここ最近まで公式戦に縁がなかったということだ。

 

 とはいえ、世間が話題にしているほど、恒子も健夜も彼女のことについては扱わない。単純に彼女は中学生、インハイ視点で語るこのラジオでは、あまり注目を惹かない選手だ。

 

「トップは去年に引き続き、大豊実紀選手ですね。去年までは長野の風越女子でレギュラーをしていました」

 

「とても高い火力を誇る選手です。……身も蓋もない言い方ですけれど、麻雀は役満を和了り続ければ誰も勝てませんからね」

 

 とはいえ、あまり触れる点は無い。

 去年もトップであったという恒子の言通り、彼女がこの形式――得失点を競う形式だ――で無類の強さを発揮するのは当然のこと。

 そもそも、去年もそうだが、名だたる強豪を差置、一次予選で実紀がトップを取ることは、既定路線であるのだ。

 直接対決をしない以上、火力が高い選手はそのままトップに立つ、当然の摂理である。

 

「二位の天江衣選手も同じく火力型の雀士です。どちらかというと玄人風の打ち方をしますけれど、本質は火力速攻型ですね」

 

「インハイ個人戦でも、一次予選ではトップの成績を叩きだしてましたね。それでも優勝できないのは、なんというかくじ引きの魔物といいますか……」

 

 決勝の激闘。宮永照VS渡瀬々に話題を持って行かれがちであるが、個人戦本戦、第一回戦の渡瀬々VS天江衣も、麻雀ファンを魅了した名勝負である。

 その最後が熱中しすぎたことに寄る衣の負け確和了というのも、ある種の浪漫を呼ぶ原因だ、――無論、衣の迂闊さを批判する者も一定数いることにはいるのだが。

 

「特筆すべきは一位、大豊選手から七位まで、そして九位の赤羽薫選手は、この一次予選一日目を“全てトップ”で抜けています。つまり完全な団子状態。そこから順位を分けたのは、個人の火力というべきでしょう」

 

「面白いのは八位、松美玄選手ですね。彼女は非常に火力特化型の選手です。残念ながら赤羽薫選手と同卓してしまった関係か、全てトップとは行きませんでしたが、火力の低い赤羽選手を差し置いて、八位に座る力があると言えます」

 

 赤羽薫は一翻のゴミ手しか和了らない雀士。どうやったって火力は出ない。松実玄は“ドラを支配する雀士”。その火力は、語るまでもないだろう。

 更に恐ろしいことに――このコクマ、赤ドラは採用されていない。

 松実玄は、本大会で二番目に、役満を和了っている選手である。

 

「インハイ個人戦チャンプの宮永照選手、インハイ個人戦第二位の渡選手など、順当な選手もいますけど、すこやん的には誰が注目なの?」

 

「……十位、辻垣内選手かな?」

 

 辻垣内智葉。

 無名の選手だ。しかし、出身校は無名ではない。多くの外国人留学生を擁する東東京最強の高校。そこに所属する“日本人”雀士。

 

「多分、多くの外国人と切磋琢磨して来ていると思います。多分この中では、経験は神姫選手の次にあるんじゃないかな……」

 

「臨海女子が作り上げた和製雀士。彼女は今年のインハイで渡瀬々選手と準決勝で当たっていますね。かなり渡選手に食いついたとか」

 

「もしも渡選手が別ブロックにいれば、決勝卓までは、上がってきてたんじゃないかな」

 

 続けて、健夜は十位以下の主要な選手を挙げていく。

 当然といえば当然か、コクマの多くは高校生が占める。その主な理由は単純で、高校最強クラスの雀士は大抵の場合プロに行く。

 最強クラスとはこの場合、照や衣、瀬々のような魔物クラス、ないしは愛宕洋榎に江口セーラといった、全国優勝常連の名門校エースクラスを指す。

 故に、そこから連なる名前は愛宕洋榎、江口セーラ、白水哩、依田水穂、車井みどりなどだ。彼女と同クラスのプロ級社会人も幾人か名を連ねる。

 ……が、今回は有力選手である赤土晴絵の名前がなかった。健夜はそれを気にしているようだ。

 因みに赤土晴絵が出場していないのは、単純にチーム存続の危機によるゴタゴタと、プレーオフ出場に関わって、社会人リーグに集中するためだ。

 

「……他に有力選手は、インハイ団体戦で活躍した龍門渕透華選手と弘世菫選手かな」

 

「この二人は全中の頃から因縁のある相手でしたね。インハイ団体戦での結果を合わせて、確か今はイーブンだったはずです!」

 

 弘世菫は全中の頃から名のある選手だが、高校に入ってから大いに化けた。恐らくは宮永照の存在あってだろうが、ともかく彼女は白糸台で今年から部長を任せられるほどの人材だ。

 対して龍門渕透華は、龍門渕高校の御曹司であり、しかしその地位に依存しない確かな実力で団体でも安定した成績を残している。

 全体的に大きなプラスが少なく、成績自体はマイナス気味だが、龍門渕の優勝に、彼女の手堅い雀風が一つ噛んでいないはずはない。

 

「上位に連なる雀士は全員特徴的な打ち方をしています。しかし、彼女は徹底したデジタル打ち。それでありながら一次予選通過圏内どころか、二次予選通過すら見えている成績は、驚異的と言えます」

 

 以外なことに、龍門渕透華は現在一次予選どころか、二次予選すらも抽選によっては突破しうる位置にいる。

 彼女の特性を考えれば、本当に相手が良ければ、というレベルだが。

 

「それと……やはり面白いのは松実選手と、現在十二位につける園城寺怜選手ですね」

 

 ――園城寺怜。

 千里山女子所属の新鋭。今年、どころかこの大会で初めて頭角を現した雀士。当然ながら選考会からの叩き上げ。同じ関西の新鋭有力選手、松実玄とは同様に注目を集める存在である。

 

「今日の試合終了後インタビューによれば、彼女、ここ最近まで大病を患い、公式戦に出ることはできなかったのだとか」

 

「それに加えて、彼女の場合はその大病の経験から来る特殊な感覚が備わっているようにも思えます。特殊なツモを持つ選手というのは、思いの外多くいますけど、彼女の場合はそれとは少し違うようですね」

 

「そうなの?」

 

「驚異的な一発率といえば、渡選手を思い出しますね。彼女の場合、一発で和了しない場合もありますが、重要な局面での一発率は驚異的といえます」

 

「へー」

 

「そこを流さないでよ!」

 

 とはいえ、情報の少ない園城寺怜に、健夜の解説無くコメントを入れられるほど、恒子も麻雀に精通しているわけではない。

 

「病弱少女の奮闘! これにも期待したい所ですね!」

 

「……うん、そうだね」

 

 締めくくるように、健夜と恒子はそう語る。

 

「さて、明日はいよいよコクマ一次予選二日目。二日目の対戦カードは、既に一日目の結果を受け決定しています。そこで! コクマ一次予選二日目に、期待したいカードをすこやんちょっと教えてくれない?」

 

「軽いなぁ……」

 

 嘆息気味にそう言って、それから気を取り直したように健夜は語る。

 

「総当り式という形式の関係上に、更に加えて人数の多さもあって、インハイ個人戦や二次予選以降に比べ、一次予選は中々好カードが恵まれることはありません」

 

 実に数百人にも及ぶ雀士が一斉に対決するのだ、そうそう好カードなど生まれない。実力者が傑出し易い分、強い雀士を明確にすることは簡単だが、それでは盛り上がりに欠けることもまた事実。

 コクマにかぎらず、多くのアマチュア大会が、最終的にはトーナメントに近い形式を取る形に落ち着くのは、必然とも言えた。

 

「けれども、決して面白い組み合わせが生まれないかといえばそうでもないですよね! なにせ日本中の、最強クラスのアマチュア雀士がほとんど全員参加してるんだから!」

 

「うん、だから一次予選の有力者と同卓した人を見るっていうのは、コクマらしい楽しみ方だと思う。まだ芽吹かない新芽が、少しでも輝きを見せることは、このコクマでは決して珍しくはないんだから」

 

「詩的ですねぇ……」

 

 強い雀士の蹂躙劇は、それはそれで面白いとも言えるだろう。麻雀は運のゲームで、玄人を素人が圧倒することもある。逆に、圧倒的な実力を、玄人が魅せつけることもある。

 それらは人と人の幸運が交差しあう、麻雀だからこそ起こりうるのだ。

 

「とはいえ、対局数が多いから、スケジュールに目を通してその中から面白い対局を拾うのはちょっとむずかしい、かな。だからあえて、たまたまそれなりに強い人達が集まってるところを挙げると――」

 

 それから、健夜は四つの対局の名を挙げた。

 名を挙げた対局に関わる雀士は、全員が一時予選突破圏内にいる雀士。つまり、二次予選レベルの闘牌が期待できるカード。

 

 偶然にもそれは、三傑と、そしてコクマの女王、神姫=ブロンデルに関わるものだった。

 

 

 ♪

 

 

 対局その1。

 ――三傑、大豊実紀が座る卓。

 

「……いやぁまさか」

 

 一人。

 奈良の強豪、晩成高校の現部長にして新エース。

 ――小走やえ。

 そして、

 

「インハイの団体戦で矛を交えた相手と、こんな所で再戦とはね」

 

 ――宮守女子大将。

 小瀬川白望。

 

「千里山の二枚看板と、三傑の役満雀士と一緒というのは楽しみだけど、……やっぱり再戦っていうのは、一番燃える」

 

 ――そして千里山女子のレギュラー、蔵垣るう子。

 

「……面倒臭い」

 

 一次予選でわざわざあたる必要もない相手、白望はスケジュールを見てそう言って。

 

「気楽にやって、勝てる相手でしょうか――」

 

 蔵垣るう子は、そうそうたるメンバーに少しだけ気を重くする。

 

「ま、やってやりまっしょう!」

 

 ――大豊実紀は、勢い十分。

 

 

 対局その2

 ――三傑、小津木葉の座る卓。

 

「……清梅」

 

 ――一人は、永水女子元部長、土御門清梅。

 その名を呼ぶはもう一人の同卓者、備尊。

 

「清梅、清梅、清梅」

 

「……いや、たまたま一緒の卓にいて興奮しているのはわかるが、もっとこう、あるであろうこのメンツ」

 

「そんなことないわ、私は清梅と打てるだけで言いの。だって最近、清梅がなんだかかまってくれないし」

 

「仕方ないだろう。最近はあっちの事に掛り切りなんだ。さすがに後方要員の尊を投入するわけにも行かないし」

 

「……解ってるわよ」

 

 ――そしてもう一人は、晩成エース車井みどり。

 

「なぁやえ、勝てると思うか? このメンツ」

 

「お答えしかねますね、先輩」

 

 最後に小津木葉は――

 

「……すぅ」

 

 すでに、夜闇のまどろみへと、消えていた。

 

 

 対局その3。

 三傑が一人、赤羽薫とその同卓者。

 

「……えぇ」

 

 北門美紀。晩成高校の次鋒、根っからの速攻派だ。

 とはいえ、相手になるのは自分と同格以上の速攻派――

 

 ――一人は龍門渕の依田水穂、言わずと知れた速攻系。

 もう一人は鵜浦心音。速度は美紀や水穂ほどではないが、手作りは異様に速い。

 

 当然そこに、クズ手をそれこそゴミクズのように何の価値も無いかのごとく平然と和了し続ける雀士。

 赤羽薫。

 

 場違いのような、けれどもやはり、それなりの闘牌は演じられるのだろう。――こんな一次予選でその相手、美紀にとって気が重いと言わざるをえないが。

 

 

 そして。

 

 

「――面白いカードを引いたな、瀬々」

 

 衣が嗤う。くつくつとこらえるその表情は、瀬々の不幸を嘲笑うが如くだ。

 

「ほっといてくれ……」

 

 瀬々は既に布団にこもっていた。

 明日のことを考えると気が重い。

 

「ならしょうがないな。“一の所に行ってこよう”」

 

「いやそれは止めろよ大人げない……」

 

 ――神姫=ブロンデル。

 そして図らずとも彼女と同卓することとなった、渡瀬々。

 日本トップクラスの二人の局に、国広一は同卓することが決まってしまった。因みにもう一人は福路美穂子。もちろん、彼女も日本トップクラスのアマチュア雀士である。

 

「なんだ、楽しみじゃないのか。折角の機会だぞ?」

 

「むしろコワイよ、相手は得体がしれないんだぞ?」

 

「何を言う、それを“解きほぐしてやる”のが瀬々ではないか。理解せよ、瀬々は神の申し子なのだから」

 

「……損な役回りだ。それと、たとえなにかわかっても、ぜってー衣には教えないからな!」

 

「むしろ教えられても困る。それでは自分で謎解きをする楽しみがなくなってしまうからな」

 

 ――夜は更けてゆく。

 既にコクマの戦いはゴングを鳴らした。誰かの手で留まるなどあるはずもなく、瀬々と、衣と、それから多くの雀士達の戦いは、始まっている。

 




ぼちぼち再開します。一次予選終了までやっていければいいです。
ちなみに私、こういう話大好きです。強者の群雄割拠。
なお某ふとももの神様が出てくるのは、元々この話がエクストラ、おまけステージだからです。

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