時間は前後する。
ラジオにて、小鍛治健夜が注目といった対局は、さほど間をおかずに行われる。幸運なことに、それらはすべて一つずつ時間がずれている。
まず大豊実紀の闘牌から始まり、続いて小津木葉、そして赤羽薫の闘牌だ。更にその次に瀬々対神姫という、一次予選最大のカードが組まれている。
この四連戦に期待を寄せる者は多い。特に瀬々対神姫は、それそのものが好カードということもあるが、一部の有力者は瀬々の動きに注目している。
神姫=ブロンデルという雀士は数年もの間公式戦に顔を出し、それでもオカルトの詳細を全てつかむことのできていない雀士だ。
手牌の動き自体は非常に普通の雀士でありデジタル的な牌効率は一流。アナログ的な流れなどの動きにも長けるオールラウンダー。
スタイルを注視して解るのはそこまでだ。
そして、その本質は同卓した時――幽かながら理解することができるのだが、それは今は置いておこう。
さて、実紀の対局が開始する。時間を前後して、木葉、薫の対局を追いかけることとする。
♪
――木葉対局――
――東一局、親木葉――
――ドラ表示牌「{發}」――
「……ポン」 {横中中中}
清梅/打{南}
(……清梅が動いたわね)
――対局が始まるまで、異様なほど熱視線を清梅に送っていた尊は、対局が始まった途端、異様なほど冷静な視点で、清梅の動きを確かめていた。
彼女のチカラはまがい物のオカルト。彼女には流れなどというものは一切読めないが、それを理解するために、意図して冷徹な意識が必須である。
あくまで状況を見下ろし、流れといえる状況を見つけ出す。尊のオカルトはロジカルのオカルトであった。
(南場スタート、恐らく安定のオカルトを使用しているはず。清梅曰く、麻雀は儀式的要素が強いから、いちいち別々の陰陽術を使うより、一つの術を半荘ごとに使うのがベター)
安定のオカルト。
これは単純にムダヅモをひきにくくなる、リーチ後の一発率が驚異的となる、など手牌から無駄を奪うのが特徴だ。
元よりこの状態の清梅はとにかく聴牌スピードが速い。
加えてこの副露、速度どころか、打点すらも軽くボーダーを超える代物だ。もしもこれが清梅の親番であれば、尊は流れを乱してベタオリを選ぶ。
親番ではないいじょう、ただの
(……気になるわね、なぜ小津木葉は清梅に牌を鳴かせたのかしら。そんなことをすれば自分の流れを吸わせてしまうことになる。なぜこの人はそんなことをするの?)
問題は、それをさせたのが小津木葉――流れを操るゲームメイカーであるという点だ。
木葉の特性は非常に単純、自身の臨むように流れを操作し、それに合わせてゲームを作る。時として変幻自在と称されるそのスタイルこそが、彼女の強みそのものである。
(読めない。この人の打ち筋は本当に読めない。……神姫=ブロンデルのような得体のしれなさは無いけれど、それでもこれは――厳しいわね)
車井みどりも、そして{中}を鳴いた清梅すらも、苦々しい顔をして木葉を見ている。彼女は、闘牌が終わるその瞬間まで、狙いと呼べる者が見えない。
特に今回は、その傾向が強いのだろうと見て取った。
(私の様に流れをロジカルで操る輩には、こういう霧のような打ち筋は幻惑として有効なわけね)
流れをオカルトとして操るものであれば、むしろオカルトとしての麻雀を全面に出すことで警戒を呼ぶのが良いだろう。
対して、今回の場合尊のオカルトはまがい物だ。そしてまがい物であるがため、状況を客観的に把握しやすい。
オカルトは基本的に主観の世界だ。主観と客観の視野の違いを、木葉は巧みに利用している。
「ポン」 {9横99}
木葉が動いた。鳴いたのは尊から。それぞれはそれを不思議に思いながらも、育ちつつある手牌を意識する。
和了はそれから二巡のこと。
「……ロン」
――みどり手牌――
{四五六八八八②②④⑥678横⑤}
「……1300だ」
みどりが木葉の打牌を打ちとった。
けれども、和了した本人は非常に苦々しい顔をしている。無理もないだろう。木葉は三傑の中で最も堅い打ち手だ。
それがこうもあっさり放銃するということは、通常ではありえないことである。
されとて木葉は決して放銃が零の雀士ではない。放銃する時は、あっさりと放銃する。それは例えば――
(……差し込みかしら?)
差し込みを行うような状況だ。
今回の場合は、四翻を聴牌していた清梅の手を流すため。しかし、それはあまり説明としては説得力不足だ。
(でも、それじゃあ結局マッチポンプじゃない。本当にマッチポンプというわけではないでしょうけれど、じゃあ一体どういうわけ……? それの説明が付かないわ)
訝しみながらも切り替える。
次は清梅の親番、連荘だけは絶対に避けたい場面だ。
――東二局、親清梅――
――ドラ表示牌「{2}」――
「チー」 {横234}
両面仕掛け。
早い話が、尊が清梅の流れを喰い取ろうと仕掛けた鳴きだ。幸い現在の清梅はストレートなツモによるムダヅモ零の強運型。
それを少しずらしてやれば、すぐには復帰できないだろう。
対する清梅の出した答えは――
「ポン!」 {横東東東}
副露、これもまた正統派な副露勝負である。
単純な話だが清梅は親番だ。故に安く和了しても次がある。一度が安くとも、二度三度安い手がつづけば、無視できない和了になってくる。
ここらへんはお互い手の内を知り尽くしている以上手慣れたもので、どちらが先を制するかは、完全にその時の機運と――周囲の同卓者によるだろう。
みどりは正統派な打ち筋を続けている。
状況の観察に努めているのか、はたまた前局の内容に意識を傾け、今を疎かにしているのか。
おそらく、みどりは尊の味方にも敵にもならないだろう。
現在は様子見という面が大きいし、わざわざ親の連荘を助ける理由がみどりにはない。なればこそ、現在尊とみどりには、消極的な不戦条約が締結されているといっても過言ではない。
無論、みどりが好形聴牌でリーチをかけてきた場合はその限りではないが、その時はその時、むしろ清梅の相手を任せられて好都合だ。
とはいえ――
――尊手牌――
{
(こっちの手牌がいい感じなので、おそらく車井みどりより、私のほうが速いから無問題ね)
尊/打{三}
となれば当然問題になるのは――得体のしれない三傑、小津木葉。
何をしようとしているのか、読めない相手。意思の薄い表情は、さっきからずっとポーカーフェイスを保っているし、手の動きにも一切淀みがない。
流れが理解できない相手である。
(流れに惑わされない相手。たとえばあのアン=ヘイリーや、渡瀬々のように流れもなにもあったものじゃない相手なら……こっちに有利な流れだけを意識すればいい。けれども、この人の場合、それが正しい気がしないわ!)
聴牌まで、あと一歩。
遅かれ早かれ聴牌するだろう。けれどもそれより、きっと清梅の方が聴牌は速い。副露できれば話は変わるが、そこまで上手く事が運ぶだろうか。
(運んだとしたらそれは――)
――思考は、そこまでだった。
同時刻、木葉の打牌。――打{⑧}。
「――ポン!」 {⑧⑧横⑧}
食らいついた。
尊/打{⑦}
あからさまな捨て牌である、けれどもここでそれは考えようだ。木葉にとっても、この場における清梅の連荘は辛いはずだ。
――狙いは全く見えてこない。
けれども、自分からわざわざ失点するような真似をするのだ、誰か一人が突出する状況は好まないはず。
「――ロン」
想像通り、続く打牌は{七}、放銃である。
「2000!」
現状、尊がこの状況に風穴を開けることはできない。情報がたりなさすぎるのだ。ゆえにこそ、今は木葉の策に乗ってでも、ゲームを前に進めるしか無い。
不透明、行き先不明。
あまりにも、あまりにも、何かに覆われた状況。何か――すなわちそれは、小津木葉の策謀にして他ならない。
♪
――実紀対局――
――東三局、親実紀――
――ドラ表示牌「{八}」――
異質。
思わず小瀬川白望は頭を抱えそうになった。無理もない、白望の周囲には、異様なまでの莫大な気配が、押し尽くさんとしているのだから。
それはチカラ。
爆発的な支配を伴う、もっとも明白的で、最も決定的なチカラの奔流。
麻雀というゲームにおいて、それはある一つの名前で呼ばれる。
――役満。
――実紀捨て牌――
{三七⑨⑧白}
あからさま、それはただ一色のみを手牌に揃えることで成立する役満の一種。色は緑、新緑なる繁みの他に、存在すらも許さない揺るぎなき森羅の結露。
役満――緑一色。
(やばい……張ってそう)
嫌な気配は既に体中を覆い尽くしていた。
それこそ、繁み切った森の圧力に、身体が飲み込まれてしまったかのような。木々に埋もれる息苦しさだ。
既に実紀は東一局、役満気配を匂わせている。
それが正しかったかどうかは、やえと白望の連携によって、流してしまったために伺えないが、その時は今以上の圧力であった。
――原因は単純、蔵垣るう子によるものだ。
その時、るう子の捨て牌にはヤオチュー牌がなかった。るう子は牌を対子にできない。ゆえにこそ、国士無双という役満を、最高の形でテンパイすることが可能だ。
あまりそれをすることはしないが、それでもあの局、異様なほど緊張が高まっていたのは、間違いなくるう子のせいだ。
とはいえ今は、るう子もやえや白望と同じく実紀の役満に頭を悩ませる側、とことん、引きずり回して、迷惑をかけてしまおう。
――と、しかしるう子は動じない。
――るう子/打{9}
殺す気満々で、やえと白望に笑みを向けた。
(……この人、完全に自分の道を行くつもりだ……!)
言ってしまえば、るう子はこの中で二番目の実力を持つ相手、やえや白望が単体で相手にしても、恐らく叶わないであろう相手。
るう子は最初から一人で実紀を封殺するつもりなのだ。
(一昨年の、インハイの借りでも返そうとでも?)
当時のるう子が実紀と直接対決したことはないが、実紀はるう子にとってひとつ各が上のプレイヤー、挑んでみようというのが実際か。
(まぁ……やるしかないか)
――白望/ツモ{5}
(――これ、嫌な予感がする)
まずいものを引いてしまった。
無論、これで役満に振り込むことはありえない、けれども相手は役満モンスター、大豊実紀である。その意味を考えれば、この牌は安易に切れない。
(しょうがない、私が絞ろう……ダル)
こんなこと、普通ならばあまり考えたくないことだ。けれども、無視できない怪物が卓の上で暴れているのなら、どうしたって誰かが行動を起こす必要がある。
(小走さん、ちゃんとこっちの意図を組んでくれるといいんだけど)
その時、白望は明確に不可思議な打牌をした。
やえに差し出すような牌。それを、やえは躊躇わず喰った。やえの手牌が加速する。安くともいい、ここは何がなんでも親の役満を防ぐしかない。
共通認識が、やえと白望の間で流れた。
(……不思議なものだけど。夏のインハイで死闘を演じた相手と、今度は決死の協力体制、かぁ)
けれども、それは決してダルくはない、と白望は思う。
単純な話――一人で相手にするのはすごくダルい相手がこの卓についてしまっているからだ。
否応なしに打牌は進み、後方に迫る緊張感を、白望はなんとか受け止めた。
それは――周囲の望まぬ形で、結実する。
「ツモ」
声は、実紀だ。
けれども、覇気はない。
それもそのはず、彼女が晒した牌は{5}――役満ではない。
「2000オールです」
――実紀手牌――
{2334466688横5} {發發横發}
ふう、と漏れた嘆息は、三者の誰かのものなのか、はたまたこの場には存在しない、対局者達以外の代弁か。
実紀は、自身の役満を放棄した。
安目と高めでは、数倍もの打点の違いがあるこの手を、安目で和了した。通常では考えられないことだ。
――けれども、今は実紀の親番で、更に行ってしまえば、実紀は半荘に最低二回は役満のチャンスがある。
ここでタネを明かそう。
東一局、実紀は役満など聴牌していない。ただ単に、{東}と{西}を鳴いての速攻を狙っただけ、そこに偶然、{北}と{南}が見えない状況が生まれただけだ。るう子に関しては知ったことではないが、ともかく。
半荘はまだまだ続きが存在している。
後一回は役満のチャンスがあるわけで、しかも、一回ではない可能性も十分にある。実紀の半荘における役満配牌の期待値は三回と少し。
十分だ。――そう考えたからこそ、安目でも和了した。
実紀は役満モンスターである。
けれども、役満のみに意識を傾ける人間ではない。あくまで柔軟かつ大胆な、役満を利用した戦術が彼女の持ち味だ。
――そして。
続く東三局一本場。
そこにも実紀の最も特徴的な、そして最もオーソドックスなスタイルが、つめ込まれている。
――東三局、親実紀――
――ドラ表示牌「{發}」――
「――チー」 {横五四六}
――実紀手牌――
{一六八九①②9西北白中} {横五四六}
実紀/打{9}
不可思議な副露である。
だがこの鳴き、実紀としては鉄鳴きのチーである。まず大前提としてこの手牌は役満ではない。若干ヤオチュー牌に寄ってはいるが、ごくごく普通のゴミクズ手だ。
こんなもの、和了しようとするほうが間違いな手牌。
それを実紀はどうするか、打点が伴わなくとも、強引に和了へ持っていくのである。
実紀/ツモ{白}
――ここから狙える手は複数ある。
まずは当然、役牌ツモ、{白}か{中}か、どちらかでもツモれば役が完成する。次に染め手、若干手牌が字牌と萬子に寄っているため、狙おうと思えば狙える。
が、今回は{白}を普通にツモたため、平常運転を前提とする。
実紀/打{西}
続けざま、
「チー」 {横七八九}
実紀/打{北}
萬子を副露。苦しい形ではあるが、これで二向聴。あとは{白}を叩けばぐっと和了が近くなる。――が、しかし。
――実紀/ツモ{一}
ここで{一}が対子と成った。
が、これはさして悪い手ではない。{二}か{三}を積もれば張替えが容易、{一}を自摸ったその時は、それこそ染め手に向かえばいい。
ここで実紀は、{中}を抱えることを諦め、染め手かバックか、はたまた一通振り替わりか、の三択を意識することとなる。
――実紀の雀風は、役満を前提としたスタイル。
役満以外の手はさっくり流し、役満を待つ。また、役満による打点確保が容易であるため、多少のことでは引いたりはしない。
せいぜい、親がリーチをかけてきた場合くらいか。
(今回の場合は、親が私なもんでして、引くには理由が足りなすぎるねー)
幸い、手牌以外の調子は悪くない。
結局安目で終ったとはいえ、役満和了の勢いは、決して零とは言わないだろう。
実紀/ツモ{③}
パーツは揃った。
不出来ながらも、手牌は決して悪くない。
(あんな配牌から、ここまで育てた。ま、聴牌だけるだけありがたいんだよねぇ――この親番でぇ!)
実紀のチカラは、戦いが長引けば長引くほど、脅威となりうる力だ。役満を引き寄せることに制限はなく、また弱点もない。
直線的であり派手。
そして直線的であるがために、無駄がない。それが大豊実紀の、強さなのである。
「――ツモ! 600オール!」
きっちりと、バックの{白}を掴んで和了。
和了まで数巡、鮮やかな手管であった。
これが、大豊実紀。
三傑率いる、一雀士。