なんかバッドエンドしかないキャラに転生したようです。 作:あぽくりふ
―――放り出されたのは、陰鬱な黄昏色の空の下だった。
直後に足の裏に感じるのは固いコンクリートの感触。唇を舐め、膝をたわめると俺は全速力で駆け出した。
「"大陸間高速道"、か」
このステージの構造は単純であり、まっすぐ伸びる高架道のみ。重心を全力で前に倒し、取り敢えずは手頃な遮蔽物を確保するべくダッシュする。
―――バレットオブバレッツの予選はプレイヤー同士の
「......チッ」
視界に入るのは横転するトラック、無人のバス、墜落したヘリ。大小様々なオブジェクトは記憶にある無数の配置パターンの一つであり、これらを見るだけで残る遮蔽物の位置は把握できる。今俺がいるのは細長いハイウェイの東端。つまり、ピトフーイは西端の何処か―――少なくとも500メートル先に転送されているはずだ。
―――どう来る。
"FN・FAL"に7.62mmNATO弾を装填しつつ、トラックの陰に身を潜める。GGOにおいて、もっとも重要なのは"敵の位置"。無知とは最大の敵であり、情報とは最強の武器だ。だからこそこういう何の手懸かりもない状況では"経験"―――すなわち敵の行動を予測することで大まかな位置を割り出すことが重要になってくる。敵を視認さえできれば、バレットライン不可視の狙撃をドタマに食らっての即死、という事態は防げるのだ。全てにおいて優先されるは敵の位置の把握。
「......左から迂回。いや、そう来るのを俺が読むことを読まれている、か?」
如何にして相手の裏をかくか。ある程度ある"
「............そうか」
―――いや。ピトフーイの気質を考えてみる限り、奴が正攻法で来るとは思い難い。奴は型だとかそういったものを破るのを好む。
故に最も可能性が高いのは一つ。すなわち―――
「正面突破、か!」
数秒の思考の末に結論を出し即座にトラックの陰から転がるようにして飛び出す。両手でFALを構え、即座に前方を確認。全集中を前に向け、僅かに銃口を上へと向ける。ピトフーイの気質からして、奴は必ず此処から来る―――!
「―――
「やっば、読まれてた―――!?」
反射的に引き金を引くが、ピトフーイはギリギリで回避。セミオートで刻むように吐き出された弾丸がピトフーイの越えてきたバスの側面に突き刺さり、食い荒らしていく。
「チィ―――」
さすがに対応が早い。先制は此方が取ったが、一発たりともまともに当たっていない。さすがに掠りはしたが、減少した体力は微々たるもの。アドバンテージはゼロに等しい。
「殺してやるよ、ピトフーイ......!」
自然と体が動き、ダッシュしながらもプラズマグレネードを放る。凄まじいスパークと放電の中、俺は軋むような笑みを浮かべる。
―――一分に満たない序盤は終了。互いにほぼ無傷なまま、近接戦へと事態は縺れこんだ。
「容赦ないわねェ......!」
新川恭二......すなわちシュピーゲルが次に取った行動は、最大火力であるプラズマグレネードの投擲。―――だがそれはピトフーイも同じだった。
ピンを抜いて投げられた電磁手榴弾―――奇しくも空中で衝突しあったそれらは、放電しながら球状の電磁結界を展開する。
互いに選んだ最適解。それは、ど真ん中にあったバスを跡形もなく消し飛ばした。
「開幕の号砲―――なんてね」
煉瓦模様の刺青が刻まれた頬に凄惨な笑みを浮かべ、ピトフーイは駆ける。彼女の肩を掠めて飛んでいった弾丸は、その飛翔音と発砲音からしておそらく7.62mmNATO弾。加えてその弾を使えるアサルトライフル、そしてあの速射力から絞りこむに―――シュピーゲルの武器は十中八九"FN・FAL"だろう。あの凶悪な速射力はAGI特化型との相性が良い。
「―――ちィッ!?」
と、そこまで思考したところで、ピトフーイは転がるようにして回避する。背後から放たれた銃撃は彼女が先程までいた場所を抉り、粉砕していく。
「速すぎるのも考えものねェ!」
「避けるなよ、綺麗に風穴開かないだろうが」
―――速い。
ただ純粋な速さで以て、一方的に弾丸を叩き込んでくるシュピーゲル。それを前にしてピトフーイは小さく舌打ちする。まさに暴風と言うべき強襲だった。その手に握られたFN・FALも
だがピトフーイもこの程度でやられるはずもなく、そのまま回転回避をしつつ遮蔽物となる車の陰―――その中でも唯一安全なエンジンブロックの向こうへと転がりこむ。
「いったぁ......ったく、シュピちゃん予想の三倍増しくらいには速いんだけど。なにあれ何処のニンジャ?」
口を尖らせつつ、ピトフーイは被弾箇所を確認する。
開幕から続くシュピーゲルの一方的な攻撃―――だが幸運なことに目立った被弾は肩や腿に二、三発貰った程度。軽く痺れるものの戦闘そのものに支障はなく、六割にまで削られた体力も応急治療のキットで回復可能である。
横転した車の陰―――その中でも唯一安全と言えるエンジンブロックを盾にしつつ、ピトフーイはストレージから取り出した治療キットを首筋に突き刺す。これは即時回復するものではなく時間経過と共に回復するものだ。かと言ってこの車の陰に長いこと隠れていれば、またもやシュピーゲルの強襲を受けることは間違いない。というかそもそも、自動車というオブジェクト自体がそこまで優秀な遮蔽物ではないのだ。あんな薄っぺらい金属のドア程度、ライフル弾ならば紙同然にスパスパ貫通してしまう。安全と言えるのはエンジンブロック、もしくはタイヤのホイールくらいのものだ。
「......ま、速いのはわかってたし、対策もたっぷりしてきたしね―――」
此所に留まる、というのは真っ先に選択肢から抹消される選択だ。だが、そもそもピトフーイには隠れる気など毛頭ない。
「逃げるなんて性に合わないし、面白くもなんともないもの―――そう思わない?」
誰にともわからない問い掛け。当然ながら答えなど返って来るはずもなく。
鈍い輝きを放つレミントンM870を片手に、ピトフーイは車の陰から飛び出した。
「―――マジかよ」
陰から飛び出してくるピトフーイ。それを視認したシュピーゲルはやはりか、息を吐く。そして即座に撤退を選択した。
―――"レミントンM870"。それはシュピーゲルと致命的なまでに相性が悪い
通常、アサルトライフル等に用いられる弾はライフル弾は言わば"線"。射程が無限の槍であると解釈すれば、シュピーゲルのように馬鹿みたいな速さがあれば避けられないわけではない。が、ショットガンが用いるのは散弾―――すなわち"面"。貫通力を破棄した代わりに手にした圧倒的な面制圧能力は、回避特化であるシュピーゲルを完全に殺しにかかっているのだ。散弾であれば速い敵であっても十分に対応できる。そうして弾をばらまきつつ、生命線とも言える足を狙ってくるのはシュピーゲルからしても容易に想像できた。
そして―――厄介なことに、シュピーゲルに現時点でこのショットガンに対する対応策は"ない"。どう足掻こうと、ショットガンを持ち出された時点で退避以外の選択肢はシュピーゲルの中に存在し得なかった。
「......クソったれが」
―――どうする。
正面突破など論外。だが搦め手など存在しない。逃げるにしてもジリ貧、隠れるにしてもそもそも場所が限られている―――いや。
「狙撃......しかないか」
弾き出された苦肉の策は"狙撃"。だが当然ながら彼が
―――7.62mmNATO弾の射程は最大でも700メートル。そのうちFN・FALでシュピーゲルが当てられる距離は500メートル。そして、確実に当てられるという自信があるのは300メートル。四方一キロしかないこのステージならば妥当と言えなくもない射程だ。
「やるしかないか」
シュピーゲルにとって、狙撃とは鬼門に他ならない。彼自身も狙撃は苦手な分野に入るし、その狙撃でもって殺されたことは数知れない。バレットラインが視えるならば避けようもあるが、視えない状態から回避するのはそれこそ"第六感"とかいう意味不明な運命力が必要になってくる。殺気を感じる、なんて芸当は電子で構築された仮想世界では不可能であり、彼からすれば不可視の狙撃は天敵だった。
「......くそッ」
だが、四の五の言っていられる状況ではない。やるかやらないかではなく、やるしかないのだ。そう―――間違いなくキリトやシノンと並ぶほどの実力者であるピトフーイを相手に、300メートルの近距離から悟られることなく狙撃を成功させる必要がある。
とりあえず、ピトフーイから距離を取るべくシュピーゲルは駆け出した。完全に人間離れした脚力は最高で時速80キロに達している。アスファルトに積もった土埃を巻き上げつつ、瞬く間に200メートルの距離を駆け抜けていく様は駿馬に似ている。
そして轍を刻むようにブーツの踵で急ブレーキをかけると、ふとシュピーゲルの視界に狙撃に都合の良いオブジェクトが飛び込んできた。
―――距離も丁度良く、高さもそれなりにある大型の観光バス。もはやこれ以外に良いモノがないことを悟ると、AGI補正を発揮した大跳躍で割れた窓から二階に飛び込む。そしてピトフーイがいるであろう方向へと銃口を向けた。
「ふぅ―――」
動悸を抑えるべく息を吐く。そして割れた窓から銃口を突きだし、シュピーゲルは取り付けられたスコープを覗きこんだ。
......ヘリの陰。横転する自家用車の横。道路脇に立つ外灯やトラックの周辺などに次々と焦点を合わせていくが、ピトフーイは見つからない。銃声一つしない不気味な静寂。
そして、ふと気付いた彼が400メートル先にある同じような観光バスに照準を合わせた瞬間、その体は凍り付いた。
―――浮かぶのは嘲弄に似た笑み。構えられ、こちらに向けられているのは彼女の愛銃である"KTR-09"。弾は7.62×39mmが75発。黒い銃身が此方を嗤うかのように輝く。
(―――筒抜けだったッ!!)
シュピーゲルは内心で悲鳴を上げる。完全に"読まれていた"。狙撃を画策することも、此方に逃げることも、そしてこのバスを使うであろうことも全て―――!
「ッ、クソがッ!!」
だが今更引くことなどできはなしない。弧を描く口元を睨み、バレットサークルが収縮する瞬間を狙い―――
「ッ、ぐぁ―――」
同時に
一発目は回避。そして、間断なく放たれる二発目は―――
「ッ」
今度は左肩を弾が貫き、シュピーゲルが思わず呻く。そして彼が放った弾は寸分違わずピトフーイの額に放たれたものの、一発目で彼がやったのと同じように首を倒すことで回避される。―――バレットラインが見えているというのは、こういった超人技をも可能とするのだ。
「――――――」
―――どうする。
再度の自問。バレットラインが見えている限り、千日手―――もしくはピトフーイの正確無比な狙撃に倒されるであろうことは明白だ。先程左肩を狙われたことも痛い。地味に痺れた肩では狙撃を外すことも考えられる。
ならばどうする。どうすればいい。一秒が何倍にも伸ばされた高速思考の中、反芻される自問の嵐―――
(......あ)
そうだ―――バレットラインがあるから避けられるのだ。ある前提で考えるからややこしくなる。
ならば、
「―――ハッ」
余りにも馬鹿げた考えだ。バレットラインをなくすということはバレットサークルも消滅するということ。つまり―――現実と同じように、システムに頼らず命中させる必要があるのだ。
命中確率は数十分の一にまで下がる。とてもじゃないが、こんな土壇場でやるようなものではない。こんな机上の空論染みたことを、何の練習もなしにやるような奴は馬鹿に違いない。
そこまで思考し、シュピーゲルはふっと息を吐いた。
そう―――だから、俺はきっと馬鹿なんだろう。
「頼むぜ、相棒」
バレットサークルは、引き金に指が触れることで発生する。そしてそれに伴うようにして、バレットラインは発生するのだ。つまり、バレットラインを無くすためには撃つその瞬間まで
―――
400メートル―――バレットサークルがあれば、外すことなど有り得なかったに違いない。だがそれは
彼にそんな芸当は不可能だ。故に、ここから先は運試しに等しい。表か裏か、イチかゼロか。
「分が悪いにも、程がある―――」
だが賭ける他にない。
シュピーゲルは諦めたように笑い―――博打の引き金が引かれ。
「―――あは」
轟音と共に、"
FAL 「やったか?」
シュピ「おいバカやめろ、それフラグ......!」