水音の乙女   作:RightWorld

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第101話「泊地包囲網」 その2

 

「南1番水道を守れ! ここを開けられたら魚雷が飛び込んでくるぞ!」

「ウィッチ隊発艦急げ! 南1番水道にネウロイを接近させるな!」

 

空母サンガモンとスワニーからウィッチが緊急発進し、サンティとシェナンゴもF4F(ワイルドキャット)を次々に発艦させた。

南1番水道は、北水道以外で唯一大型船が通れる広さと深さがある。角度によっては魚雷は浅瀬に邪魔されることなく中まで入ってくるだろう。とは言っても潜水型ネウロイが完全潜航できる程深い訳ではなく、ネウロイも姿を曝さないとなので、空から、もしくは水上艦のサーチライトで見つけることができる。

護衛駆逐艦が浮上状態で突っ込んで来るネウロイを発見した。

 

「距離1600ヤード、ネウロイ南水道出口へ接近!」

「近付けさせんな! 主砲撃てぇー!」

 

南水道を護っていたバックレイ級護衛駆逐艦の単装砲が次々に火を吹く。周囲に吹き上がる着弾の水柱にオレンジ色の火柱が加わった。同時にネウロイ特有の甲高い悲鳴が響く。

 

「当たった!」

「命中弾を与えました!」

「ネウロイ後退!潜航します!」

 

その姿を空からカッとサーチライトの白光が照らした。ジェシカのアヴェンジャーだ。

 

「捕捉しました! 攻撃お願いします!」

 

≪了解!≫

 

ジェシカに照らされた艦体目掛け、ワイルドキャットが爆雷攻撃を加える。高度が取れないためほぼ水平爆撃だ。

爆雷の爆発に巻き込まれるも、ウィッチの攻撃と違って魔法力が込められていないF4Fの小さな爆雷では致命傷は与えられないようで、破片をばら蒔きながらもなおも逃走する。程なく追跡するには危険な暗闇へと消えていった。

 

「逃げられた!」

 

≪ガッデム! 俺は爆雷補充に戻ります!≫

 

「お願いします」

 

攻撃機ではないF4Fは100ポンド爆雷を2発しか積めないのだ。すぐに使い果たして、飛んでるより爆雷搭載待ちになる機体の方が多くなった。

 

「やばいよ~、これじゃ止められないよ~」

 

他のところを照らしてみれば、突入の順番待ちをしてるようなネウロイがあちこちにいる。

 

「やっぱり30隻くらいいたんじゃないのー?! もうやだー!」

 

やだやだ言いながら、ジェシカはアヴェンジャーの爆弾倉を開けて爆雷をばら蒔いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

泊地の南で激しい防衛戦が行われている間隙を縫って、最も大きい北水道に暴れ狂う水飛沫が上がった。近くにいた護衛艦がサーチライトを向けてその姿を見た。

 

「ネウロイだあ!」

「ネウロイだ! 2隻いるぞ!」

 

ギザギザのノコギリ状のブレードを付けたネウロイが艦首を上下に振って進んでくる。3重に敷いてあった防潜網は引きちぎれてばらばらになった。しかも止まることなく奥へ突っ込んでくる。

 

「中に浸入されるぞ!」

「全砲門うてぇー!」

 

北水道の護衛艦が激しく射撃を始めたことで、報告を待たずともサンガモンでも北水道が襲撃されたことに気付いた。

 

「航空隊を北へ! サンティ、追加のF4Fを早く発艦させろ!」

「誰かウィッチは行けるか?!」

 

≪レア・ナドー、行きます!≫

 

船団の真中を飛び越えてレアのコルセアが爆音を響かせる。サンガモンの上空をレアが通過した。

レアは北水道にいる2隻のネウロイに照準を向けると、マイティラットを構えて一斉発射した。直進安定性のないロケット弾は、かえってうまい具合に散らばって、2隻のネウロイの全身に降り注いだ。大火炎とともにカッとコアが砕けた光が爆炎の中から漏れる。

 

「2隻ともやったぞ!」

「ナドー少尉、サイコー!!」

 

護衛艦の乗員が両手を挙げて大喝采をあげる。

 

レアに続いてウィラも飛んできた。

 

「ホワイト中尉、見ました? マイティラットはスゲェです!」

「ネウロイも犠牲を厭わない捨て身の戦法できてる。撃沈はお手柄だが、防潜網に穴を開けられてしまった。次がすぐ来るぞ!」

「え? ……もしかして、魚雷?」

「言ったそばから来たぞ!」

 

白い航跡が8本、北水道に向かって走ってくるのが見えた。

 

「ナドー少尉、ロケット弾補充してこい! こっちの攻撃が本命だ!」

「り、了解!」

 

レアのコルセアがロールをうって空母へ引き返す。残ったウィラは、マイティラットの信管を延発にセットして魚雷針路に目掛けて発射した。海面に着弾すると少し潜ってから弾頭が爆発し、水柱が2本、3本と上がる。魚雷の航跡は水柱のところで途切れた。だが水柱が落ちると、その下を通過して新たな魚雷が走っていった。

 

「2段構えか?!」

 

時間差で撃ってきていたのだ。それだけでなく、違う角度からも魚雷が走ってきた。

 

「ちぃ! 何隻いやがるんだ!」

 

北水道を抜けた魚雷は、先日の攻撃で着底していた貨物船や、横倒しで沈んでいる護衛駆逐艦に命中する。この沈船は北水道に撃ち込まれる魚雷の防壁になると期待されていたが、期待通りの役目を果たした。さらにこの沈船では防ぎきれない位置に、先程の護衛艦が配置されていた。そしてこちらにも魚雷が命中し、泊地の奥へ魚雷が飛び込むのを体を張って阻止した。

 

「右舷に2本命中!」

「総員退艦ー!」

 

命中するなり艦長が退艦を命令する。盾になる前提で配置されていたので、乗員も必要最低限にしており、機関科の兵など戦闘が始まってからは外に出ていて、逃げる気満々だったのだ。

 

「飛び込め! 急げー!」

 

さらに2発が命中した。

盾にされている半没した貨物船にも次々に魚雷が命中する。

 

「粉々にしてでもここに穴を開けるつもりか!」

 

盾なら粉砕してなくしてしてしまえ、という力任せの戦術。

ウィラのところにジェシカとジョデルもやって来た。

 

「魚雷を撃ってくるネウロイを攻撃してくれ! 魚雷の射線は、ここから方位0と020だ。その線上の近辺にいると思われる!」

 

言うやいなやウィラはやって来る魚雷に向けてマイティラットを発射した。

 

「了解! ジョディ、020の方任せた!」

「分かったわ!」

 

ジョデルが右に舵を切ると、交差するようにジェシカは左へと飛んでいった。

 

 

 

 

ジェシカはサーチライトを照らして魚雷の来る方向の水中を魔眼で見ながら飛ぶ。しかしいくら飛んでもネウロイの姿はない。振り返ると、最も北の簡易灯台の明かりはそろそろ見えなくなりそうだった。これ以上は行けない。

 

「移動したのかしら」

 

少し横にずらして探し直そうと思ったその時、魚雷が4本、前方から走ってきた。

 

「え? もっと遠くから撃ってきてるの?!」

 

簡易灯台の明かりが届くよりもっと外から、つまり今のジェシカやジョデルの捜索範囲の外から攻撃してきているという事になる。右を向くとジョデルのアヴェンジャーのサーチライトの明かりがぼうっと見えた。

 

「ジョディ、こちらジェシカ。ネウロイは北水道から5km以上の遠くから撃ってきてるわ!」

 

≪こちらジョデル。020ラインにネウロイの姿はない。もしかしてこっちももっと遠くから撃ってるのかしら≫

 

「やだ、それじゃ一方的に撃たれるだけじゃない!」

 

再びジェシカの前方の暗闇から魚雷が6本、白い筋を引いてやってきた。

 

「ジョディ、こっちまた魚雷がやってきたわ!」

 

残り少なくなった爆雷を魚雷針路上にばら撒く。3本は破壊したようだが、残る3本は北水道へ向かって真っ直ぐ白い尾を残して疾走していった。

 

 

 

 

北水道の上空では弾切れとなったマイティラットを肩に乗せて、次々にやって来る魚雷の航跡を見守るしかなくなったウィラが飛んでいた。

 

「ナドー少尉、早く戻ってきてくれ! ブッシュ少尉、ネウロイはいたか?!」

 

≪こちらジェシ《ザッ》ブッシュ、ネウロイは相当遠方《ザッ》攻撃してきてます! 捜索可能範囲の外から魚雷が来ます!≫

 

眼下で半没している貨物船に次々に魚雷が命中した。中央がそろそろ分離しそうだった。

 

「このままじゃじきに盾の役目を果たせなくなるぞ!」

 

 

 

 

ジェシカのところにジョデルがやってきた。

 

「ジェシカ、あたしがもっと遠くを捜索する! ジェシカはここで灯台になって!」

「ま、またあ?! もうそれ危ないからやめようよー」

「だけどこのままじゃ、いつか泊地の奥に魚雷が入ってっちゃうわ!」

「ジョディ、爆雷残ってるの?」

「……2発」

「それじゃあ見つけても1隻やれるかどうかだよ」

「攻撃してるの1隻かもしれないじゃない!」

「さっき魚雷6本来たよ。最低2隻はいるよー、だめだよー」

「だ、だからって!」

 

言い合っている下を8本の魚雷が走って行った。さすがにジョデルも声が出なくなってしまった。

 

「も、もうやだぁ~」

 

その時、沖の暗闇で赤い火花が上がり、少しして巨大な爆発音が轟いた。そしてピカッピカッピカッと眩い光が輝いた。コアが崩壊してネウロイが四散したときの光だ。

 

「な、なに?!」

 

闇の奥で燃え尽きた花火が落ちるように無数のネウロイの破片が降る方を、目を丸くしてジェシカとジョデルが見入っていると、その下から白い航跡が数本現れた。魚雷ではない。水上に真っ直ぐ描かれ、こっちへかなりの速度でやって来る。

 

「なになに?!」

「ひゃあああ、やだやだあー!」

 

二人抱き合って震えていると、次第にエンジン音、それもストライカーユニットや航空機のエンジン音が聞こえてきた。

と、その時、上空から二人のすぐ横を何かが風のように通り抜ける。

 

「うわっ!」

「ヒャア!!」

 

何かではない。ストライカーユニットだ。水面すれすれで上昇に転じたそれは、背面宙返りしてピタリとジェシカ達の横に着いた。

 

≪こちら扶桑皇国海軍。12航戦427空『カツオドリ』≫

 

程なく、逆三角の隊形で水上を疾走してくる集団が、アヴェンジャーのサーチライトが照射する中に入ってきた。

先頭で横に2機並んでいるのが水上ストライカーユニット、その後ろを水上機1機と、くっつくように1機の水上ストライカーユニットが水上滑走状態で走ってくる。

 

 

 


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