水音の乙女   作:RightWorld

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第104話「ぶっちぎり天音ピンガー」

 

シアンタン諸島群の最も北に設置された簡易灯台の明かりが遠くで薄ぼんやりと見える真っ暗な海上。そこを白波を引いて泊地へ向かって進む水上偵察機と水上ストライカーユニットが通過した。

翼端灯を頼りに密集隊形を組むのは427空のウィッチ達。攻撃から帰ってきた優奈も隊列に戻り、上空にはリベリオンのアヴェンジャー雷撃脚2機が寄り添う。零式水偵の左斜め横に並ぶ天音の瑞雲の足元からは、青白い波紋や時たま真っ白な大きな波紋が全周囲に広がっていた。

 

「キョクアジサシが攻撃してから、方位290、距離9200mの4隻が動き始めました。東へ向け遠ざかっていきます。速度8ノット」

「遠ざかる? 逃げる気か?」

「キョクアジサシが撃ち漏らしたものです。見えてる範囲のネウロイはみんな離れていきます」

「不利になったって感づいたみたいだね。また誰か指揮してる奴がいるってことかな?」

 

勝田が葉山へ問いかけるように言った。葉山も頷く。

 

「一斉に行動する辺りがね。北水道への攻撃は諦めたのかな。ウミネコ、残ってる奴がいないか念入りに調べてくれ」

「了解。島に近い方もよく見てお……あ、新たに1隻発見しました。ウミネコからの方位112、距離7600m。島影に潜んでました。島の西側、深度8m、着底状態です」

 

ジェシカとジョデルが地図を確認する。

 

「それってペンジャリン島のこと言ってる?」

 

ジョデルが不審そうな声をして言った。

 

「すみません。島の名前までは知らないんですけど、沢山ある島のうち北東の端の方にあるのです」

「シアンタン諸島群の北東の端ならペンジャリン島だわ。そこはさっきあたしが飛んできた方だし、その時ネウロイなんかいなかった。深度8mならアヴェンジャーのサーチライトで見えたはずよ」

「そしたら後から来たんでしょうか。今は間違いなくいますし」

「さっきって、本当についさっきの事なのよ?!」

 

見過ごしたと指摘されているようで、ジョデルはむきになって言い返した。

 

「まあまあジョディ、これから確かめに行きましょうよ」

 

ジェシカが間に入った。

 

「こちらミミズク。ブッシュ少尉、デラニー少尉。我々も支援する。カツオドリ、ついて行ってやってくれ」

「カツオドリ了解」

 

先頭を行く水上ストライカーユニットが速度を上げて離水し、そのまま上昇して宙返りすると、アヴェンジャーの横にピタリと着いた。

 

「我々も距離を保って追随する。K2、HK05船団への呼びかけは続けてくれ。トビ、ペンジャリン島へ3kmまで接近」

「了解!」

 

零式水偵のプロペラの回転が上がった。水上滑走で進む扶桑の水上機隊は、零式水偵を中心に左へと舵を切り、千里の二式水戦はジェシカ達のアヴェンジャーと一緒にペンジャリン島へ向かって飛んで行った。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

ペンジャリン島に近付いたジェシカとジョデルはサーチライトで海を照らす。まずはペンジャリン島の突端の簡易灯台を目指して飛んだ。灯台守をしている海兵隊の兵士が接近してきたアヴェンジャーを見上げて手を振っている。

 

「あなた達、ネウロイは見た?」

 

≪ネウロイ? 近くにいるんですかい?≫

 

「見てないならいいわ」

 

探し物でもするようにサーチライトで照らしながら岬の周辺を飛ぶ。

 

「ジェシカ、何か見えた?」

「ううん? 見えなかった」

「それみなさい。やっぱ何もいなかったのよ。あんたも証言できるわね?」

 

ジョデルは千里の方に向いた。

 

「私には水中まで見る能力はない」

「なによ、あんた対潜ウィッチじゃないの? 固有魔法は?」

「……持ってない」

「なんだ。オプションなしのドノーマルか」

 

千里の頬がピクッと反応する。

 

「私は探せないけど、ウミネコの探知に間違いはない。もう少しよく見て」

「はあ? いないって言ってんのよ。ウミ何とかは間違いないけど、あたしらは信用できないっての?!」

 

突っかかってくるジョデルに対し、千里は暖簾に腕押しを決め込んだようで、無表情を貫く。

 

「ウミネコ、こちらカツオドリ。島の北端まで飛んだが、リベリオンのウィッチは何も見えないと言っている。もう少し詳しい場所を教えて」

 

≪カツオドリ、こちらウミネコ。突き出た半島みたいなのの先っぽから、西へ500mのところだよ。まだじっとしてるけど≫

 

「さっきの簡易灯台から西へ500mだそう」

 

千里がジェシカ達を呼び寄せる。

 

「こっち?」

 

ジェシカを先頭に簡易灯台を目印に西へ飛ぶ。500m付近で海を照らしながら円を描くが、ジェシカは首を振った。

 

「分からないわ。わたしにはサンゴ礁しか見えない」

 

ジョデルは鼻で笑った。

 

「ふん。水音の乙女なんて所詮そんなもんなのよ。これでよく分かったでしょう?」

 

途端にギュオンっと1回転してジョデルのアヴェンジャーの横に触れそうな程ピッタリと並ぶ千里。無表情が睨みつけた。

 

「な、何よ」

「……よく見ているといい。どっちがそんなもんなのか」

「はっ、まだ諦めないの? いないって言ってんのよ」

 

ジョデルの反応を見届けるまでもなく、千里はまたも1回転すると急降下していった。そしてフロートを展開し、着水する。

薄ら笑いを浮かべ、海上の千里を目の端で見下ろしながらジョデルが通信を送った。。

 

「扶桑のウィッチさん、こちらデラニー。何かと見間違えてるんじゃないの? サーチライトの光は海底まで届いてるけど、いくら見回してもやっぱりいないわよ。ブッシュ少尉もサンゴしか見えないって言ってるわ」

 

≪ウミネコです。おかしいですね、ずっと同じところにいるんですけど。今着水したのはカツオドリですか?≫

 

「その着水した人は役に立つの? 水中はおろか、何の固有魔法も持ってないそうじゃない」

 

≪なっ、カツオドリは爆撃の名手ですよ!≫

 

「ウミネコ、こちらカツオドリ。デラニー少尉の言う事はほっといて。着水したのは私。私から見てどっちにいる? 正確な位置が欲しい」

 

≪正確な位置ですね、了解≫

 

様々な色の細かい光の波紋が多数流れ通過していった。

 

≪いいですか、正確な位置言いますよ。北へ81.52m、西へ15.36m。ネウロイの上部まで水深7.97m。ネウロイの向きは044。頭は南の方です≫

 

極めて正確な位置を告げてくる天音に、千里も思わず口許が緩みそうになる。

 

≪爆弾落とすの? でも海面から8mだから水上から落とすには浅すぎない? 爆発に巻き込まれないかな≫

 

「そこは問題ない。デラニー少尉、私の北81mの海面を照らして」

「サンゴなんか吹っ飛ばしてどうするつもり?」

 

ジョデルは無駄なことはしたくないという感じで、照らしてくれそうにない。

 

「わたしが照らすわ」

 

ジェシカが千里の北方へ飛んで行くと、旋回しながら海面をサーチライトで照らした。

 

≪81m……ってこの辺かしら≫

 

「それでいい」

 

千里はエンジン回転を急激に上げると、水上滑走でジェシカが照らす海面へ向け走り出した。

 

「3番2号投下用意」

 

加速しながらジェシカのライトの中に入ったところでさらにエンジンが唸る。

 

「……投下!」

 

翼下の爆弾2発を切り離す。軽くなって少し浮き上がったタイミングで水面を蹴ると二式水戦はジャンプして離水し、そのまま機首を上にして急上昇した。

直後に爆弾を落としたところの海底が赤く光った。

 

「あっ!」

 

叫んだのはジェシカだ。海底の少し盛り上がっているところが赤く発光したのだ。そして2度3度揺らめくようにサンゴの海底の色が波打つと、今までサンゴだったところに艶消しの黒くて長い物体が現れた。

 

「ネウロイ! 擬態だわ!」

 

502JFWが初観測して以来、ネウロイに擬態能力を持つものがいることが知られるようになったが、そこにいた潜水型ネウロイは、タコが周りの岩に似せて色や形を変えて周囲に溶け込むのと同じように、表面の色や形をサンゴ礁に似せていたのだ。まさに擬態能力。可視光の目視で捜索するジェシカやジョデルの水中透視眼では見分けがつかなかったのだ。

しかし天音の水中探信はソナーとは言っても艦船が備えてるような音響ソナーではないので、目視以上にいろいろなものを識別できる。形だけでなく質感や内部も見透かせる事ができるその能力の前では、見た目は変化させても、明らかにサンゴとは違う金属質の肌と内部の材質までは隠しようもなく、天音にはバレバレだったのだ。

ネウロイが見つかってしまったことに気付いたときはもう遅かった。千里の落とした2号爆弾がネウロイの上と横で爆発し、中央で真っ二つに折れた。

 

「ネウロイが2つに折れたわよ!」

 

水中透視眼で見たジェシカと同時に天音からの通信が入る。

 

≪ネウロイが折れました。南側の方が浮き上がります。頭の方、コアがある方です≫

 

瘤のある頭の方が海面に飛び出した。

 

「ブッシュ少尉、そのまま照らしてて」

 

千里はフロートを展開したまま水面ぎりぎりまで降下し、片足のフロートを水面に少しつけながらネウロイの周囲を回りつつ、瘤を狙って20mm機関砲を発射する。既に表面装甲が脆くなっていた瘤は瞬く間に吹き飛び、コアを露出させる。

 

「コア!!」

 

ジェシカが叫んだ時には既に20mm弾が続けざまに撃ち込まれ、潜水型ネウロイは膨れ上がると破裂して、光の粉になって消し飛んだ。

 

「わあ、カツオードリ、ナイスシュート!」

 

ジェシカが右手を下から上へ大きく振り上げて喜んだ。

 

「くっ!」

 

一方で非常に悔しそうなジョデル。

千里が再び離水してきてジョデルの横に着く。ジョデルはぷるぷる震えて涙目になるとそっぽを向いた。

 

「水音の乙女を甘く見ないで」

 

後頭部に抗議の一言を浴びせる。と、興奮したジェシカが千里に飛びついてきた。

 

「カツオードリ、撃沈おめでとう! ひゃー、これが噂の427空なんだ!」

「カツオドリ」

 

テンションの上がりまくったジェシカの発音を冷静に訂正する千里。20mm機関砲を背中の所定の位置に戻してジェシカを離すと、指揮官機に報告を入れる。

 

「ミミズク、こちらカツオドリ。ネウロイを撃沈した。ブッシュ少尉によるとサンゴ礁に擬態していたらしい。目視では見つけられなかった可能性が高い」

 

≪ぎ、擬態だって?! あ、カツオドリ、ミミズクだ。ご苦労だった。ネウロイはサンゴ礁に化けてたって本当か?!≫

 

「ブッシュです! 凄い、やっぱり天音さんの探査力はめっちゃ凄いです! ウッキャーッ、もうやだー、はんぱなーい!」

「……ま、負けないんだから」

 

興奮しまくりのジェシカに対し、悔しさで肩を震わせるジョデル。見た目穏やかだが千里も大きく息を吐いて攻撃で高ぶったらしい気持ちを落ち着かせた。

 

「こちらカツオドリ。隊列に戻る。全員クールダウンが必要だと思う」

 

≪ミミズク了解した。皆大変だったようだな≫

 

点滅を始めた零式水偵のストロボライトを目指し、3機は横になって小島を後にした。

 

 

 


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