水音の乙女   作:RightWorld

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第109話「高高度局地戦闘脚」

 

寝入り端を叩き起こされた秋山典子は、眠い目を擦って内火艇で神川丸に向かっていた。

 

「鶴田隊長、何があったんですか? 積み荷の私達が航海中に何かやることなんて……」

 

一緒に内火艇に乗っている、鶴田と呼ばれた髪を後頭部でお団子状にまとめている2種軍装の女性士官に、眠そうな声で尋ねた。

 

「秋山はこの船団の1つ前に出たシンガポール行きの船団のこと聞いてるか?」

「リベリオンの空母が護衛についてることくらいしか知りませんが」

「昨日今日とこの船団の護衛部隊のウィッチを見てないだろう?」

「そういえば」

「救援に向かったらしい」

「え? 攻撃されたんですか?」

「詳しいことは聞いてない。だが、これから聞かされるんじゃないかな」

 

船旅のおかげで久しぶりに取れた休養をバカンスのように楽しんでいた秋山だが、軍事教練中の敵襲を想定した訓練(睡眠を取っても寝付いたと思ったとたん空襲がやって来て叩き起こされる、というのが繰り返えされた)を思い起こすような呼び出しに、戦時へと無理やり引き戻された感じだった。

 

『欧州の土を踏まなくても、扶桑を1歩でただけで外は戦場なんだな』

 

初めての海外赴任、その洗礼を秋山は受けた気がした。

 

秋山典子上等飛行兵曹は佐世保航空予備学校の出身で、雁淵ひかりや三隅美也の同級生だ。ちなみにブレイブウィッチーズ第1話にちゃんと出ている。卒業後は同期も半数が国外に出たが、欧州に行ったのは今のところ雁淵ひかりと三隅美也だけで、他は国外と言っても太平洋各地や南洋島、或いは東南アジア方面である。任務が終わって戻ってくると、国内にいるメンバーで同期会が開かれるが、欧州に渡った2人だけはいまだ帰ってきたことがない。

ひかりは学校の途中で行ったっきり。三隅も507JFWに行ってから帰ってこない。だから欧州に派遣されると大陸の魔物に飲み込まれてしまうんだと同級生達の間では恐れられていた。

 

元々後方支援が希望だった秋山は海軍配属後、雷電などの局地戦闘脚というどちらかというと防空戦闘機隊が使うストライカーユニットを履くことになり、本土防空の任に就いていたので国外に出ることはないと思っていた。だがとある新型試作機が運び込まれて、テストや戦術研究などに携わってしまってから、いつの間にか自分のレールも欧州に向いていってしまったようだ。

 

私もあっち行っちゃったらもう戻れないんだろうか。

その前にここはまだ欧州じゃない。まだ出番じゃないはずなんだけど……。

 

 

 

 

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「第358航空隊 鶴田少佐、秋山上飛曹入ります」

「ああご苦労様。夜分すみません」

 

神川丸の三田村副長が迎え入れる。

 

「眠気覚ましにコーヒーを入れましょうか?」

「は、ぜひ。お願いします」

「あ、わたしはコーヒー苦手で……」

「それじゃ秋山上飛曹には紅茶入れましょう。ブリタニアから上等のセイロンティーを貰ってるんですよ」

「す、すみません」

 

秋山は恐縮しまくって首をすぼませた。と、有間艦長がずかずかとやって来た。鶴田と秋山が立ち上がって敬礼する。

 

「まあこの話を聞けば目も覚めるだろ」

「何事ですか?」

「護衛総隊に聞いたんだが、少佐は今度新設される新型ストライカーユニット部隊の指揮、秋山君は操縦指導員を兼ねた隊員として欧州に向かっているところだとか?」

「そうです。残りの隊員はヒスパニア駐留の陸上飛行隊のウィッチを中心に機種転換する予定です」

「俺は水上機ばかり相手にしてるから局地戦闘機には疎いんだが、この新型機は高高度迎撃機なんだって?」

 

書類をめくりながら有間館長が老眼鏡の上から鶴田の顔を見る。

 

「はい。大型ネウロイがどんどん高高度で飛翔するようになったので、高高度での空戦に特化したストライカーユニットとして開発されました。戦闘空域は1万から1万4千メートルを想定しています」

「航続距離380kmなんて、本当に海軍機か?」

「局地戦闘機ですから。遠くの敵をやっつけに行くのではなく、真上にやって来た敵を相手にするだけなので、そんなスペックなんです。それに魔法力を短時間で物凄く消費するので、いずれにしろ遠くへは行けません」

「母体となったストライカーユニットのせいだとも聞いたが?」

 

三田村副長も質問する。三田村の方がこういう知識は豊富だった。

 

「母体となったのは『震電』です。しかし震電は強力な魔法力を持ったウィッチしか飛ばせられませんでした。そこで普通のウィッチでも飛ばせられるように改良したのが、高高度局地戦闘脚『蒼莱』です。強力な魔法力がいらない代わりに、魔法力を吸い取る量を増やして補ったんです。

以前カールスラントの試製ジェットストライカーが魔法力を吸い尽くす失敗をしたらしいんですが、その仕組みを逆手にとって、普通のウィッチでも大量の魔法力を注ぎ込めるようにしました。そのぶん航続距離は震電の半分にもなりませんが」

 

有間艦長は例のニヤリを始めた。

 

「正にうってつけだ」

「艦長の勘にはいつも驚かされますね」

「私らをどうしようと?」

「実ぁ、HK05船団がアナンバス諸島の停泊地でネウロイに囲まれて身動きとれないでいる」

「その噂は何となく聞いてます」

「潜水型ネウロイに包囲されてという事だったから、うちの対潜ウィッチ隊を差し向けたんだ」

「この1日2日ウィッチが飛ぶのを見てませんからね。恐らくそうだろうと思ってました」

「さすが抜け目ないな。さてここからは最新情報だ」

 

秋山もごくりと唾を飲み込む。

 

「ネウロイはアナンバス諸島シアンタン島周辺を半径5、60kmの真っ黒な雲で覆ってしまって、この中は視界もきかないし電探も通信も使えない状態だそうだ」

「?!」

 

秋山は状況を想像した。

 

見えない。電波誘導もできない。空を飛ぶこと自体無理がある。そんな所でネウロイを倒せと?

向かった対潜ウィッチ隊はなんて気の毒な。私ならこの状況下で出撃しろと言われても何も出来ない自信がある。

でもこれが実戦なんだ。まだ東南アジアくんだりにいるというのにこれじゃ、欧州で戦うなんて、私無理じゃないの?

 

元々がつがつした性格じゃない秋山は、三隅のように自信もなければ、ひかりのように未知の事でもやってみなくちゃ分からないなどというチャレンジャーな精神も持ち合わせていない事を自覚していた。だから後方部隊を希望してたのに。

有間艦長は話を続けた。

 

「この雲の中は異常気象になってる」

「ぼ、暴風とか雷の嵐ですか?」

「逆だ。周囲より気圧が高く、全くの無風だそうだ」

「ほぉ……」

「そしてこの黒い雲は上空1万2千メートルまで広がっている」

 

鶴田少佐がピクッと反応した。

 

「そしてそのちょい上を飛行型のネウロイがたくさん飛び回ってるらしい。10機以上を確認している」

 

ここで鶴田少佐は腕を組んで考え込んでしまった。

 

「偵察した潜水艦伊401によると、この飛行型のネウロイは1年ちょい前欧州のペテルブルグに現れた、人工的に寒冷前線を作り出したネウロイによく似ているらしい」

 

秋山はだんだん想像するのが難しくなってきて、盛んに首を捻りだした。

 

「恐らくこのネウロイは気象をコントロールできるのだ。黒い雲はたぶんこのネウロイによって維持されている」

「もしかしてそのネウロイを私達に撃墜しろと?!」

 

秋山が問う。

 

「そうしてもらいたい」

「無理です!」

 

秋山は即座に否定した。

 

「視界も電波誘導もできないところでどうやって飛ぶんですか? 航続距離だって蒼莱は380kmしかない。10機以上相手に戦闘するとなると、せいぜい飛んで行けるのは片道100kmのところですよ。ここからそのアナンバス諸島まで何キロあるんです? 当然100km以内じゃないですよね」

「いや、その前に」

 

鶴田が片手で秋山を制止した。

 

「我々は蒼莱を手元に持ってない」

 

まくしたてる秋山にもニヤニヤした表情を変えなかった有間艦長や三田村副長だったが、鶴田の言葉には驚いた顔になった。

 

「名古屋丸に積んでないんですか? いや勿論組み立てられた状態にあるとは思ってないが」

「機材、部品は先に送ってあるんです。名古屋丸には人員関係だけが乗ってます。基地設営隊や整備兵、主計科、そしてパイロットとして秋山と隊長の私」

 

三田村副長は困った顔になってしまった。

 

「機材を積んだ船はどこに? 船の名は?」

「特設航空機運搬艦『葛城丸』です」

 

有間艦長は船団の編成表を開いた。暫く指を這わしていたが、俯いたまま口を開いた。

 

「……問題ない。むしろ好都合だ」

 

鶴田は理解できず眉をねじ曲げた。

 

「葛城丸はHK05船団にいる。その高高度局地戦闘脚があるのは気象制御ネウロイの真下だ」

 

秋山にはそれでも何が好都合なのか分からなかった。

 

「そ、それは、航続距離の問題が解決したという事ですか? でも今度はパイロットがいないですよ。リベリオンのウィッチに飛ばさせるんですか? 無理ですよ、訓練しないとあれは簡単には飛ばせられません」

 

有間艦長は船団編成表を勢いよく閉じると、もう解決したとばかりの笑顔で言った。

 

「飛ばすのは勿論秋山上飛曹でいいよ。送り届けてあげるから」

「え、え?! いえ、でも、私10機ものネウロイと戦えるほどの経験も技量も……」

「伊401の千早艦長は1機、できれば2機墜とせば十分と言ってる。詳しい事は千早艦長に聞いてみてくれ。それに……」

 

有間艦長は鶴田少佐の方に顔を向けた。

 

「好都合だと言ったのは、君らの上の組織を説得する手間がほぼ無くなったからだ」

 

腕を組んだままやや上目使いで有間艦長を見据える鶴田が一呼吸おいて言葉を繋いだ。

 

「船団救出作戦に私達を駆り出す為の口実、もしくは説得、ですね。我々の機材が閉じ込められた船団にあるとなれば、そこで沈没でもして失った日には我々も欧州に行く意味がなくなってしまう」

「そうだ。君らもせめて葛城丸だけでも救出したくなるはずだ」

 

鶴田はフーッと長く息を吐いた。

 

「上も首を横に振ることは無いでしょうね」

 

有間艦長は椅子から立ち上がった。

 

「今夜は神川丸に泊まっていくといい。明日一番の零式水偵で秋山君を伊401へ運んであげよう。鶴田少佐はすまんが残って上層部との交渉に付き合ってくれ。あと蒼莱を組み立てるのに指示を出せられる整備の人を一人今夜中に神川丸まで呼んでくれ。秋山君と一緒に行かせる」

 

鶴田は諦めた風で立ち上がると敬礼した。

 

「了解しました」

「副長、明日一番で428空の零式水偵1機、零観1機を準備。その分こっちが手薄になるから、陸上基地に対潜哨戒機を飛ばしてもらうよう調整を頼む」

「了解」

「秋山君はウィッチ用の待機室に案内しよう。そこでゆっくり休んでくれ。誰もいないから使いたい放題だよ。もっともあそこは俺も踏み入れらない所だから、何があるのかとんと知らんがね」

 

秋山は自分の意思が入る隙間もなくいろんな事が決定されていくのをリアルタイムに見て、これが戦場かぁ、とあらためて感じ入った。

 

 

 




 
秋山典子上飛曹は、ブレイブウィッチーズ第1話で佐世保航空予備学校の生徒として雁渕ひかりと訓練してた娘です。
もう一人の鶴田正子少佐は、元ネタは震電の開発・テストパイロット鶴野正敬の、紺碧の艦隊における転生者 鶴田正敬であります。

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