水音の乙女   作:RightWorld

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2019/12/29
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報告感謝です。 >全自動洗濯板さん




第115話「水中雷撃戦」 その4

 

ネウロイが作り出した暗雲に包まれた海上は新月の真夜中のようだ。そんな漆黒の闇を切り裂こうとするかのように一筋の光線がやってくる。卜部の零式水偵が水平線に向けて照射する探照灯の光だ。しかしその光は広がらず、反射もせず、急速に減衰してしまう。暗雲を形成している漂う黒い粒子が全く光を反射しないで吸収してしまうからだ。これが霧ほどの密度をもっていれば視界は1mもなかっただろう。だが幸いに黒い粒子の密度はさほど濃くはなく、その代わり直径120kmもの広い地域をすっぽり覆っている。

こんな中でも探照灯の光は2,3千メートルくらいは届く。もっともそこまで離れると豆電球のようであるが、真っ暗で他に何もない闇の中では意外と目につくのだ。

 

その豆電球が見えるぎりぎりのところをジョデルのアヴェンジャーが飛んでいた。アヴェンジャーもまたサーチライトで海上を照らしている。こちらは遠くを照らすというよりは少し先の海面、あるいは海中に向けられていた。

その光が照らす範囲の中に細長いものが入る。

 

「魚雷1本を発見! 針路150、速度10ノット! あ、その後方に潜水型ネウロイ!」

 

ジョデルはネウロイが魚雷を発射したのだと思った。それにしては同じ速度で走っているのは妙だ。しかしそんなことに思考を巡らすよりやっつけなければ。味方の潜水艦が危ないのだ。ジョデルはすかさずアヴェンジャーの爆弾倉の扉を開く。

 

「これより攻撃に入る!」

 

ネウロイを後方から爆撃するべく大きく旋回しようとしたところで天音が止めに入った。

 

≪待ってジョデルさん! こちらウミネコ。そのネウロイは大丈夫。もう少し先ちょい左にも1隻います。そっちを狙ってください≫

 

「う、りょ、了解」

 

何が大丈夫なんだろうと思っていると、ネウロイの後ろから猛スピードでもう1本の魚雷が現れ、ネウロイを追っていった。そしてジョデルが飛び越えていった後ろで青白い光の爆発と巨大な水柱が上がる。

 

『あの光は魔法力を帯びた弾頭による爆発?! 魚雷に魔法力が込められていた!』

 

水柱がキラキラ光るのは、結晶化したネウロイの身体が混じっているからだ。魚雷はネウロイのコアまでをも吹っ飛ばしたのだ。普通の魚雷ではたとえ扶桑の誇る酸素魚雷であっても一発でネウロイを葬ることはできない。しかし魔法力が込められているなら話は別。しかも扶桑の潜水艦が搭載する95式魚雷は弾頭の炸薬量が400kgもあって航空爆弾よりも多い。例えば扶桑海軍の艦上攻撃機が積める最大の80番通常爆弾(対艦攻撃用爆弾)の場合、弾体全体は800kgでも、炸薬量は320kgでしかない。

 

「あのネウロイはもう狙われていたってこと? 近くに別のウィッチがいるんだ。てかそれが接近してる潜水艦ね。昼間だったらこれくらいの距離あたしだって見えるのに、悔しいわね」

 

暗闇をものともしない天音の探信魔法に舌を巻くとともに悔しさを滲ませていると、もう1隻のネウロイが見えてきた。

 

「いたわネウロイ! 味方の潜水艦は?」

 

先程の魚雷がやってきた航路の延長線上を追うが暗闇の中だ。水中は爆発の影響で揺らいでいた。

 

「この様子だとソナーは使えてないわね。よし、こんどこそ!」

 

旋回して爆撃の好射点に向けて移動する。その間もサーチライトでネウロイを捉え続けた。

 

「爆撃針路に入る!」

 

するとネウロイの後方に水流が渦巻き始めた。

 

「なに?!」

 

次の瞬間、白濁した泡混じりの水を残し、ネウロイが猛ダッシュした。

 

「あっ!!」

 

ジェット噴流でネウロイがロケットのようにすっ飛んでいった。直後、そのネウロイが元いたところを魚雷が3本、矢のように通過していく。

 

『うわっ! 味方の潜水艦、潜水型ネウロイと真っ向からやりあってる!』

 

いや、でもいくらウィッチの魔法力を帯びた魚雷があったとしても、人類の潜水艦が潜水型ネウロイにケンカを売るのは無謀すぎる。中心まで金属が詰まったネウロイと違い、潜水艦は装甲なんてなくペラペラの鉄板で覆われているだけだ。どっちが打たれ強いかは考えるまでもない。当たらずとも至近弾一発で致命傷になりかねない。

 

『一発も撃たせるわけにいかない!』

 

≪ジョデルさん、こちらウミネコ。ネウロイが瞬間移動しました! 針路は130≫

 

「大丈夫、捉えてるわ!」

 

ネウロイはジェット噴流で移動した後も惰性でスーッと移動し、ゆっくり旋回していた。そしてその舳先には……

 

「味方の潜水艦!」

 

ネウロイが頭を向けたその先、サーチライトの光がほのかに届くところに巨大な潜水艦がいた。ネウロイの上部前側にある瘤が獲物を捉えて赤く光る。

 

「撃たせない!」

 

アヴェンジャーの爆弾倉から魔法力を帯びて青白く光る爆雷が4発切り離された。

ネウロイが魚雷を発射しようとしたその瞬間、ネウロイの左と後部上方で爆雷が破裂した。アヴェンジャーの通過した後ろの海面にも爆発による灰色の丸い盛り上がりがぼこぼこと上がってくる。

 

「ネウロイに至近弾! くそう、慌ててたからちゃんと狙えなかったわ! 船体左と後部上甲板に損害を与えたが致命傷にならず! 魚雷は撃たせなかったと思うけど」

 

≪ウミネコです。ネウロイが魚雷を撃った形跡はありません≫

 

ジョデルは大きく旋回し、止めを刺すべく再びネウロイへ向け針路を取る。だが、ジョデルが爆雷を落とすことはなかった。必要なかったのだ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

≪ネウロイのいた方向で大規模な爆発! さらにネウロイの悲鳴です!≫

 

爆発の衝撃が水中を伝ってきて伊401も大きく煽られる。そんな水中の喧騒の中でもネウロイの悲痛な悲鳴が伊401の艦内にも届いた。

 

「な、何が!」

「構わない、奴のいたところへ魚雷撃ち込め! 操舵手、艦の水平保て! 艦首が持ち上がってきてるぞ、トリム取れ!」

「手の空いているものは艦首へ走れ!」

 

士官食堂のイオナがスックと立ち上がってシィーニーの手を取った。

 

「軍曹、走れ!」

「ええー? な、なんです!?」

「ダッシュ、ゴーッ!」

「わひいー!」

 

艦首へ向かってシィーニーとイオナが走った。狭い隔壁の通路をひらりひらりと潜り抜けて走れるのはさすがに最前線のウィッチだ。シィーニーとイオナは魚雷発射管室まで他の乗員よりいち早く駆け抜けた。

 

「ま、待って、置いてかないでくださーい。ふぎゃっ!!」

 

二人を追いかけてきた秋山がゴーンと音をたてて隔壁に頭をぶつけて倒れ込んだ。

 

「トリム安定しました」

「発射管注水完了!」

「外扉開け!」

「外扉開口完了!」

「7番、8番、発射!」

 

発射管に噴出する圧縮空気の音とともに魚雷が艦外へ放出される。

 

「急速潜航! 近いぞ、総員衝撃に備え!」

 

伊401から発射された魚雷は右にカーブして直進したとたん、一発が潜水型ネウロイに突き刺さった。魔法力を帯びた弾頭はネウロイを突き抜けようとするかのように中心まで突き進み、ど真ん中で爆発した。コアなど爆発する前に叩き割られてしまい、3つに割れたコアはそれぞれが粉々に砕けた。

魔法力で強化された魚雷の爆発と、コア粉砕によるネウロイ自身の破裂で、水中は大爆発となった。

伊401は……?

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

上空ではジョデルのアヴェンジャーが爆発で吹き上げられた水柱の周りを旋回していた。水柱と共に撒き散らされる結晶と化したネウロイの破片。しかしそれを見るまでもなく、ジョデルは潜水型ネウロイに魚雷が命中して、ネウロイが内側から破裂する様を水中透視眼で生で見ていた。

 

「ネウロイ撃沈しました! 味方潜水艦が沈めました。……信じらんない、水中戦闘で潜水艦がネウロイに勝つなんて」

 

しかしその味方の潜水艦は? サーチライトで照らし水中透視眼で見る海中は、泡とネウロイの破片で白濁して視界が効かない。

 

「ウミネコ、こちらジョデル! 水中は爆発で掻き回されて濁って見えません。味方潜水艦の所在が不明! まさか、一緒にふっ飛んじゃったんじゃ……」

 

水柱が落ちてザブンザブンと揺れる海面。ジョデルは船の破片や油が浮いてないか凝視した。

 

≪こちらウミネコ。大丈夫、潜水艦は深度90mに逃れてます。危なかったです。ジョデルさんの攻撃がネウロイを止めたんで潜水艦の攻撃が間に合いました。グッジョブです、ジョデルさん!≫

 

水中では爆発の力は上に向かって広がっていく。伊401は急速潜航したことで爆発の下へ逃れ、多少の浸水はあったが大きな被害を受けずにすんだのだ。

潜水艦が無事だと聞いて、ジョデルはホッと胸をなでおろした。

 

「いいえ。……グッジョブはあなたよ。ウミネコがこっちのネウロイを指示してくれなかったら、あたしは最初に見つけたネウロイを攻撃するのに躍起になってた。その間に味方潜水艦がどうなってたか……考えたくないわ」

 

≪うううん。わたしじゃ見つけられても攻撃はできないし、この真っ暗な中で瞬間移動もされたから427空の人でも難しかったと思う。わたしがネウロイの細かい位置を伝えなくても攻撃できたジョデルさんだから間に合ったんだよ≫

 

ジョデルは顔を赤らめると、もうそれ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

≪ウミネコ、ミミズクだ。他に潜水型ネウロイはいないか?≫

 

「広域探査、海底探査ともネウロイの姿ありません」

 

≪了解。伊401は?≫

 

「ゆっくり浮上中です」

 

≪ありがとうウミネコ。さあ迎えに行こうか≫

 

「はい!」

 

零式水偵と瑞雲はジョデルの照らすライトの方へ白い航跡を引いてスピードを上げた。

天音はそれまでトローリングのように後ろに流していた尻尾を水中から引き上げた。種型に膨らんだ尻尾の先で光る、左右の魔導針の輪が天音の顔を青白く照らす。天音はその尻尾をあやすように撫でた。

 

「やったね、使い魔さん。今日も守ったよ」

 

尻尾が誇らしげにピンと伸びて反応する。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

まだ爆発の余波で泡がブクブクと湧き立つ海面に、艦橋、機銃甲板、格納筒、そして上甲板と、大きな艦体が水中から浮き上がってきた。艦橋側面に白いペンキで大きく描かれた『イ401』の文字が浮き立つ。艦橋てっぺんににょき、にょきと生えるように人が立った。

 

艦橋に立った千早艦長は、上空から伊401を照らすリベリオンのマークを付けたストライカーユニットのウィッチと、水上を滑走してくる水上機、そして水上機が灯すライトにシルエットになって浮かぶ水上ストライカーのウィッチを認めると、艦内に通じる通信機のマイクを取った。

 

「艦長だ。ウィッチのお出迎えが来てる。水上ストライカーはたぶん天音君だろう」

 

それまで声を押し殺していた艦内から一斉に「わあっ!」と歓声が上がった。

 

「アマネさん?!」

 

魚雷発射管室から士官室に戻ったシィーニーが、外の空気が流れてくる司令塔の方へ向き直った。

 

「外、行こうか」

 

いつも澄ましているイオナがシィーニーと秋山にニッコリと笑顔を向ける。

 

「はい!」

「さ、酸素! 広い空間!」

「艦橋へ。ウィッチ隊は対空警戒のためこれより甲板に出る」

 

ウィッチの特権を生かして3人は我先にと艦橋への梯子に群がった。

 

 

 




追手のネウロイもやっつけ、これで伊401にイオナと晴嵐、蒼莱のパイロット秋山、そしてシィーニーちゃんも天音たちと合流できました。役者も勢ぞろいしたので、次はいよいよ黒い雲を取り払いにかかります。

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