水音の乙女   作:RightWorld

12 / 193
2017/6/24
誤字修正しました。
報告感謝です。 >(ΦωΦ)さん

2019/12/31
体裁修正しました。千里ちゃんの口調を修正しました。






第12話:もう一人の推薦者

 

北極圏基地支援任務を終え、母港に帰港間近の特設水上機母艦『神川丸』では、最後の豪勢な食事が出されていた。

筑波優奈は下士官食堂で同僚のウィッチ、下妻千里とその豪勢な食事に舌鼓を打っていた。

 

「千里はこの後どうするの?」

 

静かにもくもくと咀嚼していた千里は、ごっくんと牛肉の塊を飲み込むと、これまた静かに答えた。

 

「艦上機に機種転換して、空母乗りかな。水上機母艦だった千歳、千代田も空母に改装されてしまったし、リベリオンから護衛空母もそのうち届くと聞いてる。引く手あまただと思う」

「そっかー。あたしは水偵乗りだから、利根型航空巡洋艦あたりに乗れたらいいなあ」

 

『神川丸』はこの航海を最後に海軍の徴用を解かれ、元の船会社に返されて商船に戻る予定だった。

リベリオンやブリタニアが商船改造の小型空母を大量に建造する体制が整い、世界的に水上機母艦の役目は終わろうとしていたのだ。水上機乗りは戦艦や巡洋艦の水偵要員として引き取られるか、通常の陸上・艦上ストライカーへ機種転換しつつあった。

 

「ところがそうはならんようだ」

 

そこにやってきたのは艦長だった。

食事中の下士官達が椅子を立とうとしたが、

 

「ああ、そのままそのまま。食事を続けていい」

 

と手で制止した。

優奈と千里の座っているテーブルに着くと、懐から1升瓶を出して

 

「誰か湯飲みくれんか」

 

と言って隣の椅子に足を投げ出した。

湯飲みを持ってきた下士官の一人は、ついでに小鉢も出した。

 

「おやじさん、最後の漬物っす。底に残ってたやつですから、しょっぺぇですよ」

「いいねえ」

 

ひょいと手掴みで口に放り込むと、こりこりといい音を立てた。

艦長と下士官というが、商船からそのまま船・乗組員ごと徴用され、軍属扱いになっている乗組員たちである。本来の軍艦と違って士官・下士官の垣根は低く、アットホームな船であった。

 

「あの艦長、“そうはならん”って、どういうことでしょうか?」

 

優奈が聞いた。

 

「神川丸の徴用解除は保留になった。帰港後は整備・補給の上、次の指令が出るまで待機。

っと先ほど連絡があった。嬢ちゃんたちもだ」

「徴用解除保留?」

「北極圏で何かあったんすかね?」

「でも優奈嬢ちゃんが偵察して、脅威になるものは何もなかったんでしょう?」

 

優奈は今回の作戦で、その体力を買われて北極圏を広範囲に航空偵察する任務を実施し、その目的を無事果たしたのだった。

艦長は先任下士官の湯飲みに酒の返礼を注ぎながら、しゃがれた声を発した。

 

「北極圏じゃあねえと思う。実はここんところ、南シナ海の南の方が騒がしいらしいんだ」

「南シナ海ですか」

「ああ。そこで何隻もの船が沈められている」

「沈められている?」

「誰に?」

「ネウロイだって噂だ」

 

ざわっと周囲が騒がしくなった。

 

「南シナ海の南ってどの辺っすか? ボルネオ島とか、ジャワ島とか? あ、でもって船ってから、港が襲われたっすよね?」

「それが、シャムロ湾とかインドシナのサイゴン沖。それも海の真っ只中らしい」

「海?」

「海?」

「海?」

 

みんなから同じ単語がバトンリレーのように部屋中を回った。

 

「ネウロイって水のあるところにゃこないんでしょう?」

「そう聞いてるがな。ところがそいつは海って言っても、水の中から攻撃してきたとかいう話だ」

 

みんなはまさかという顔をした。

 

「んなわけねえでしょう」

「水の中にネウロイだなんて」

「ありえねえ」

「まあ詳細は戻ってみねえとだ」

 

顔を見合わせるみんな。

 

「本当に水の中から襲ってくるとしたら、それどうやって防ぎゃあいいんだ?」

「そこに俺らの船がどう絡むんかねえ」

 

みんなが首をひねりながらも食事に戻る。下士官食堂はしばらく静寂に包まれてしまった。艦長がたてる漬け物をコリコリとかじる音だけが響く。

 

そんな中で、しばし手元の皿に目を落としていた優奈は、顔を上げると艦長に顔を近付けた。

 

「あの、もし本当に水の中の話だとしたら……」

「んん?」

 

艦長は湯飲みを口につけたところで一時停止した。

 

「あたし、ちょっとうって付けの人知ってるんですけど」

 

艦長はしばらくそのまま一時停止を続けたが、くいっと煽って湯飲みの中身を口に流し込んだ。

 

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 

シンガポールでは、新型ネウロイの調査と、その討伐についての話し合いを終えたブリタニアの調査団が、帰国の準備をしていた。

調査団団長のハリソン大佐にあてがわれていた執務室に、ブリタニア左遷組トップなどといわれている、シンガポールブリタニア軍司令スミス大佐が訪れていた。

 

「ロンドンは寒そうですな」

「まったく。しかしここは暖かいが、湿気が多くてたまらんですな。北アフリカも寒暖の差が激しいというし、ブリタニア連邦の影響下には意外と過ごし易いところがないですな」

「北アフリカと違ってシンガポールは水も食料も豊富。はるかに過ごしやすいですよ。

……ところで」

 

スミス大佐はいつもにはない厳しい目でハリソン大佐を見据えた。

 

「ブリタニア本国はシンガポールの将来をどうお考えなのですかな?」

「……と言うと?」

「今回の潜水型ネウロイの討伐で、ブリタニアは駆逐艦を3隻を派遣。その他は新型水中探信儀と新型対潜爆雷投射機の供給のみ。船団護衛も航空哨戒もほとんどは扶桑とリベリオン頼りではないですか」

「我々は本国、ならびにヨーロッパ大陸の対応で手一杯なのですよ。それに東アジアは扶桑の本国が近いわけだし、彼らの分担が大きくなるのは当然ではないですか」

「ブリタニアの影響力が下がってきているのが顕著でなりません。このままでは近いうち、この一帯は遠巻きに扶桑の勢力圏になってしまうのではないですか? 彼らは同じアジア人ですし、現地人の受けもいいでしょう。

欧州各国が本国を追われ、影響力が衰えたのを機に東アジアの植民地が次々と独立しようとしている。それもインドシナを例に見ても、宗主国の影響下から極力外れようとしている。ガリアもネーデルランドもルシタニアも、極東で今までのような権益はもう得られないでしょう」

「ブリタニアはシンガポールを手放さないし、人を引き上げる気もないですよ」

「そのシンガポールも実質はマレー人やインドネシア、インド人といった現地人兵士に守られている。あなた方が尋問したウィッチだって、現地の娘ですよ。ブリタニア兵がそうそう来られないのは解りますが、なら尚更現地人兵、いや植民地の人民には気を配らないと」

「……」

「シンガポールは地政学的にも要です。ブリタニアがシンガポールに拠点を残し続けたいのなら、ブリタニアのここでの植民地運営はもっと洗練すべきですよ」

「……何が不満なのです?」

「資源を搾取され、与えられた超旧式兵器は、国土と民を守るのではなく、宗主国の搾取システムを守るためだけに使われるばかり。彼らのためにならないのなら、いつかネウロイがいなくなった時、余計な火種を生みますぞ。

ブリタニアとカールスラントも、昨日の様子からだと、ネウロイがいなくなればどんな仲になることか……」

 

スミス大佐のことをブリタニア連邦の東の果てに左遷されてくすぶってるだけと思っていたハリソン大佐は、意外や政治・戦略面で情勢を見ていることに、内心驚いた。いや、数少ないブリタニア人として、現地人に囲まれて暮らしていると、視線や態度を感じるのかもしれない。

本国が忘れかけている危機感。

もし彼が身の危険を感じ始めているのなら、実際ブリタニアにとってシンガポールの将来はまずいところまで来ているのかもしれない。

 

「しかしスミス大佐、一介の調査団団長にそんなこと言われても……」

「植民地省に人脈がおありでしょう? ちょっとばかり危機感を持つよう進言して下さらぬか」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

調査団一行は、駐機場に停まっている連絡機に向かって、先ほど降ったスコールで濡れた滑走路を歩いていた。脇で咲くハイビスカスが手を振って見送るようにそよ風に揺れている。

 

タラップの所まで見送りに来たスミス大佐がハリソン大佐に、

 

「先ほどの、よろしく頼みますぞ」

 

と手を差し出した。

 

「必ず、伝えておきましょう」

 

見ると、タラップの横にはバーン大尉と小さな少女が立っていた。顔を見てすぐ分かった。少女はシィーニー軍曹だ。

 

「大佐、お気を付けて。シィーニー軍曹を途中まで護衛に付けます」

 

バーン大尉が敬礼しつつ言った。

厳しい尋問も終わって、一仕事終えて後は帰るのみということで、気持ちにもゆとりができていたハリソン大佐には、改めて見るシィーニーは、色のちょっと黒い、まだあどけない現地の少女でしかなかった。

 

『こんな少女に俺は厳しい質問を投げていたのか……。こんな娘でも、国を守りたいという気持ちは一人前なんだな』

 

昨日のネウロイのクアラルンプール襲撃を迎撃させてもらえず、格納庫で喚いていたのを思い出した。

 

『この子がここを、ブリタニアの権益を守ってるんだな』

 

何千kmも離れていてもブリタニア連邦の一角。それをこの少女たった独りのおかげで維持できているのだ。だが我々はそれだけの為に、ブリタニア人ウィッチの代わりにこの娘を現地採用し、ここに置いている。家族や村の人々は、この子が国を護ってくれると信じて送り出したに違いない。それに応えたくても応えられない。それではいつかこの娘も、ブリタニアの為に働いてくれなくなるかもしれない。この娘だけでなく、シンガポール、マレーを守っている植民地兵士誰もが、ブリタニアにそっぽをむくかもしれない。

スミス大佐の話を聞いて、シィーニーの顔を見て、改めてそれを感じ取ることができた。

だが何かできるものでもない。本国も苦しいのだ。

……いや、本当に何もできないのだろうか。

 

「最初の経由地はマドラスですか?」

 

スミス大佐に聞かれてハッと我に返った。

 

「ええ。インド軍にもたまには会っておかないとですし」

「おや、元々予定に入ってたのですか」

「植民地省にいた経歴のおかげで、いろいろついでを頼まれてましてな」

「そうですか。これは私も良い方とお知り合いになれた」

 

これは随分と期待されたなとハリソン大佐は思った。

ならついでだ。

ハリソン大佐はタラップの横で上を向いて立ってるシィーニーに声を掛けた。

 

「軍曹、この機会にシンガポール防衛の先頭に立っている君から、何かブリタニア本国へ伝えておきたいことはないか?」

 

思いがけぬ言葉に、スミス大佐もシィーニーも一瞬驚いた。シィーニーはスミス大佐の方に向いて顔を見上げてしまった。

まあいいじゃないかというハリソン大佐の合図にスミス大佐も頷き、スミス大佐はシィーニーに手で構わんよと促した。

シィーニーは両手を前で握り締めた後、意を決して頼んでみた。

 

「あの、もっと航続力があって、火力も強いストライカーを補充してもらえませんでしょうか。遠くのネウロイを迎撃に行けないのは、今のストライカーが弱っちくって遠くまで飛べないからなんですよね?」

 

あまりにも純朴なシィーニーに、ハリソン大佐は驚きを隠せなかった。そういいくめられているんだろうか。だがそれよりも、自分達の土地を、民を守りたいという純真な想いに打たれた。

 

「そうか。善処しよう」

 

大佐の返事に、シィーニーの顔がぱあっと明るくなった。

 

「スピット! スピットファイアがいいです!」

 

途端にパシンとバーン大尉に脳天を叩かれた。

 

「調子に乗るんじゃない」

「はっ、はひい」

 

連絡機のエンジンが回り出した。プロペラが巻き上げる、やや排ガス混じりの亜熱帯の空気が、そこにいたみんなを洗った。

 

「この後インド軍に寄る予定がある。スピットは難しいが、グラディエーター MkⅡなら5機ぐらい届けられるぞ」

「……グ、グラディエーター?!」

「護衛、よろしく頼むぞ。軍曹」

 

そう告げると、ハリソン大佐はささっと軽快にタラップを上って機内に消えていった。既に他の団員も乗り込み終わっていて、ハリソン大佐が乗り込むとすぐに扉が閉まった。

 

「あ、た、大佐!」

「軍曹、急いでストライカーへ! 連絡機はすぐ飛ぶぞ!」

 

バーン大尉に急かされ、仕方なしに格納庫へ走るシィーニー。

 

「“まーくつー”はこないだ新型だとか言ってもらったばっかですよー。せめてハリケーン~」

 

未練がましく振り向き振り向き、エプロンの所まで出されていたグラディエーターへ走るシィーニーの声は、もちろんハリソン大佐に届かなかった。

 

 

 

 

しかし、まだ少し先に事になるが、ハリソン大佐の進言でシィーニーのところには一風変わったストライカーがやってくることになる。

 

 

 




今回もいつもより字数多く。
天音ちゃんを呼ぶ舞台作りは大体こんなところで終わろうかと思います。
次回以降はいよいよ天音ちゃんのところにスカウトを走らせたいですね。しばらく構想にふけりたいと思います。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。