水音の乙女   作:RightWorld

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第119話「佐世保の秋山さん」

 

 

今日もCPOメスは豪勢なメニューが並んでいた。各ウィッチの前にはローストターキーにベイクドポテトがどどっと盛られ、野菜たっぷりのミネストローネ、パンとチーズがこれでもかと積まれている。

天音は腕まくりして、

 

「よーし、優奈に追いつくために頑張って食べるぞ」

 

とフォークをターキーにぶっ刺す。

 

「ざーんねーん、あたしも同じの食べちゃうもんねー」

 

優奈もターキーにぶっ刺す。

 

「こんなに食べていいんですか?! わはっ、わたしにもようやく成長する時が来そうです」

 

シィーニーも美味しそうにスープを啜る。

千里はまた50cmの長さの食パンを切らずにそのままもらってきて、中の白いところだけ先にくり抜いたように食べると、

 

「フリーガーハマー」

 

と、そこから向こう側の勝田を覗く。

 

「食べ物で遊んじゃいけません」

 

勝田に怒られた。

 

「ごめんなさい」

 

素直に謝って、砲身だった残ったパンの耳部分でターキーの皿のソースをきれいに拭き取って食べ、

 

「お肉お替わりしてくる」

 

と立ち上がった。

 

「なんで427空の人達はそんなに食欲あるんですか……」

 

ミネストローネだけを前に置いて、それさえも進まない秋山が、千里の席に10枚以上積み上げられた空皿を見て呟く。

 

「あれは特別だから」

 

と言う卜部は、モモ肉を手掴みで持って原始人のように食っていた。

 

「ご一緒してもいいですかぁ?」

 

ジェシカが自分の分をトレーに乗せてやって来た。

 

「いらっしゃい、ジェシカちゃん。大歓迎だよ」

「アマネ先生の隣、失礼しまーす」

 

ニコニコして天音の横に座った。

 

「ジョデルさんとかは?」

「ジョディとウィラ中尉は自分の母艦のスワニーに戻りました」

「あそっか。二人はお船が違うんだっけ」

 

そこに千里がポテトを10個くらい刺した串に、ターキーを5,6枚重ねた皿をドンと置いたので

 

「ひぎゃっ!!」

 

と悲鳴を上げて天音に飛びついた。

 

「人は食べないから大丈夫だよ」

「ヒ、ヒト食べたらただ事じゃないですよお! やだ、でも私、手食べられそうになったっけ」(105話のことです)

 

秋山も呆れて過ぎてもう感情が出てこなかった。

 

「そんなに食べて、宙返りしたらリバースしませんか?」

「ぜんぜん」

 

顔色一つ変えずに千里はさらに胃に食べ物を送り込む。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

食事もあらかた終わり、デザートではリベリオンの軍艦には必ず添え付けられているアイスクリーム製造機の出来立てアイスで舌鼓を打っていた。

 

「秋山さん、358空ってことは、佐世保ですか?」

 

優奈がにゅっと顔を出して聞いた。

 

「ええ、佐世保鎮守府所属です。大村飛行場に駐屯してました」

「優奈、詳しいんだね。日本中の航空隊覚えてるの?」

 

天音が感心すると、そんなわけないじゃんと返された。

 

「海軍の航空隊は番号でわかるのよ。2桁目が5とか6、7が佐世保鎮守府の航空隊。ちなみに横空(横須賀航空隊)は0、1、2。あたし達も2になってるでしょ?」

「427空……ほんとだ」

「一桁目が機種。4は水上機。秋山さんのとこは3だから局地戦闘機。艦これでよく出る601空とか634空とかの6は艦載機よ」

「艦これ?」

「佐世保ってことは、佐世保の英雄、雁淵孝美大尉とはお知り合いだったり?」

 

目を輝かせる優奈。優奈は有名どころのウィッチには目がなかった。どうやらこれが本当の聞きたかった事らしい。有名ウィッチをまったく知らない天音の事をよく罪びと扱いしている。

 

「あぁ、一応会った事はありますよ、航空予備学校時代に。どっちかていうと妹の雁淵ひかりの方が同期だから良く知ってるんですけど。あと三隅美也とか」

「雁淵ひかり、三隅美也。どっちも統合戦闘航空団にいる人じゃないですか! うわあ、やっぱり欧州に行く人は違うなあ!」

「いやそんな大層なものじゃなくて、単に私もブレパン1話に登場してただけだから……」

「統合戦闘航空団に一つの町から3人も行ってるなんて凄いね。そこにもう一人加わるんだから町中大騒ぎだったんじゃないですか?」

「佐世保の英雄 雁淵孝美。佐世保のお嬢 三隅美也。ひかりさんは最近まで秘密だったから二つ名付けられてないけど、欧州派遣団には何かしら付けられてるじゃないですか。秋山さんも何か持ってるんですか?」

 

天音と優奈が聞く。

 

「ええ? いえ、その……」

 

なになに? と二人は顔を突き出す。

 

「私達の部隊は防空隊だったから、降ってくるネウロイを遮る……」

「「さえぎる?」」

「……佐世保の雨傘……とか」

「……」

「か、カッコいい」

 

口を開けたまま固まった優奈に対し、天音も目を点にしてパチパチと手を叩いた。

 

「馬鹿にしてますね?! 呆れてるでしょ!」

「秋山さんにじゃなくて、それをつけた町のネーミングセンスに……」

「二つ名はともかく、欧州派遣軍に呼ばれるくらいだから、秋山さんもエリートの仲間入りだ、イヨッ!」

「ヨーロッパにスカウトされるのは、そんなに大変なんですか?」

 

一時スカウトされないかと勝手に期待していた事があるシィーニー。まだ一応希望は捨ててないらしい。すると優奈が憧れの芸能人を思い浮かべるようにちょっと上を見上げながら

 

「あたりまえでしょう。やっぱり技術も成績もトップクラスの人ばかり行ってるわよー」

 

と胸の前で手を組んで言った。

 

「うーん、ひかりはぜんぜん違ったけどねぇ。人一倍頑張り屋で、無尽蔵の体力持ちではあったけど」

「体力? 体力ならあたしも自信ありますよ!」

「体力だけで欧州行けるんだったら世話ないよ」

 

声を張る優菜に天音がたしなめるが、優奈は気にする様子もない。右手の拳を振り上げた。

 

「5千キロ無給油で飛べるよ! 24時間飛べるよ! 体力お化けウィッチとしてひかりさんより先に登場してるよ!」

 

優奈が本作に本格登場したのは2015年11月。ブレパン放送に先立つこと約1年前なのだ。

 

「固有魔法持ちも有利ですね」

 

とジェシカも会話に加わる。

 

「固有魔法かあ。こればっかりはどうしようもないな」

「持っててもアマネ先生も私も、今まで見向きもされなかった固有魔法だったんで、鼻にもかけてもらえなかったですけど」

「大丈夫」

 

千里がバケツアイスを持って首を突っ込む。

 

「大西洋に潜水型ネウロイが現れれば、私も筑波さんも、一崎さんとセットで行ける」

「わたしも! わたしも水上脚に乗り換えてご一緒します!」

 

シィーニーも手を挙げた。

 

「でもそれ、実際起こったらおおごとだよ?」

 

天音が不謹慎だなあと言うと、優奈がじゃあ、と秋山に向いた。

 

「秋山さんに『蒼莱』の乗り方教えてもらって呼んでもらうってのは? あの、でも『蒼莱』って教わればあたしでも飛ばせられるのかな」

 

ふふふっと秋山は笑った。

 

「勿論。母体の『震電』はよっぽど魔力の強力な人じゃないと扱えない機体だったけど、『蒼莱』はいろいろ仕掛けをして普通のウィッチでも飛ばせられるようにした機体だから。その代わり正しい使い方を身に付けないとちゃんと飛ばないし、すごく危ないの」

「はあ~、どうりでみんなまともに動かせられなかったわけだ」

「ん? みんながどうかした?」

「ああ、いえいえ! なんでも!」

 

みんなで勝手に寄ってたかって試運転を試みたなんて言ったら、「明日代わってもらいます!」って言われかねない。

 

「だけど筑波さんの偵察ウィッチとしてのセンスからしたら、『蒼莱』にはもったいないですよ。『蒼莱』は超短期決戦用だから、短距離走選手みたいな人の方がいいんです」

「へー。そしたら秋山さんも短距離型のカーッと一瞬で燃えるような人? そんなふうには見えないけど」

「うん、そこが難しいところで、全員が熱くなるようなタイプでもうまく行かないんですよ。局地戦闘は短期決戦なだけに目の前だけに集中しがちだから、一歩引いたところから戦況を見渡したり教えたりするには、中距離選手くらいの人が一人くらい混ざっている方がうまく回るんです」

「じゃあ、その中距離選手が秋山さんなんだ」

「そう、なんですかね? そんな自覚はないんですけど、隊長にはなんだかやらされてます」

 

自分を送り出した鶴田隊長を思い浮かべて、ゆっくりスプーンを口に運ぶ。

 

「隊長が放さないってことは、それだけ腕を買ってるってことだ」

 

卜部が言った。

 

「そして一人現場を任せたってことは、信頼もしてるってこと」

「そうなんですか? 卜部さんもいい隊員は手放さない?」

 

優奈が自分の隊長に聞く。

 

「当たり前だろ。いつヤバい任務を命令されるかわかんないのに、死線で背中を預けてもいいっていう仲間を簡単に他の奴らに渡せるか?」

「それあたし? あたしのこと?」

 

優奈はくいくいと自分を指さす。

 

「うちの隊員は全員そうだよ」

 

優奈は天音と千里それぞれに目を合わせて喜びを共有する。

 

「いい部隊ね。でも私のところは隊長と私しかいなかったから、ここへもどっちかが来るしかなかったんだし、そんな大層な事じゃないと思うけど」

「そんなことあるもんか」

 

卜部は秋山のいう事を否定する。

 

「こんな重大な作戦、責任を取ろうと思うなら隊長自ら来るだろう。それを任せたってことは、秋山上飛曹ならできるって思ったからだ」

「いえいえ、予定外の事だったから上層部との調整のため残らなきゃで、私が行くしかなかっただけですよ」

「上層部との調整とネウロイとやり合うの、失敗したらやばいのどっちだ?」

「えー? 上層部……」

 

秋山はそう言いかけて今一度考える。

鶴田隊長は射撃の腕だって上、操縦も上手い。秋山が優位に立てるとしたら、さっきの中距離選手の話だろうか。隊長は瞬間湯沸かし器と言われるほどいち早く戦闘モードに切り替われる人で、対応はめちゃくちゃ速い。敵を倒すスピードも圧倒的だ。でも目の前の敵に熱中して視野狭窄になりがちなことも自覚していた。だからだろうか。出発前にもう一度確認した時、鶴田が言っていたことを思い出した。

 

『十何機もネウロイがいるなら鶴田隊長が行ってばっさばっさと切り捨ててきた方がいいんじゃ……』

『いや、だからこそ秋山でいいんだ』

 

「現場は任せたって感じだったなぁ。欧州に行ってもそんなふうに何でもかんでも押し付けられちゃうのかしら……」

 

頼まれるとなかなか断れない秋山。航空予備学校時代はそれで随分とひかりに振り回されたもんだが、配属後は下手すると命に係わるようなこともあったので、さすがに今では何でもうんとは言わなくなった。断るのに四苦八苦はしているが……

しかし天音は安心したようだった。

 

「よかった。秋山さんはライトスタッフとして送り出されて来たんですね」

「え、なに?」

「一人芝居の主演者みたいに、秋山さん一人になんでも懸かってるような作戦を持ってやってきたから心配してたの。これって40隻の船と積んである荷物や兵隊さんを全部ひとりで背負わなくちゃいけないでしょ? そういう状況はわたしもよく分かるから」

 

秋山は目の前の小さな天音を見てはっと思った。

 

そうだ。外から資源を持ってこないと生きていけない扶桑が大動脈『海運』を閉ざされたとき、この娘()はそれをこじ開けるために連れてこられたんだった。それも、それができるたった一人のウィッチとして。

自分が感じている重責、いや、それ以上だったはず。40隻の船どころじゃない。扶桑臣民と欧州派遣軍、欧州派遣軍が守るガリア。それ全てを一時(いっとき)、一人で背負ってたんだ。

ワールドウィッチーズの主人公でもないのにそんな大任。やっぱり私には重いよ……

 

「でもみんなもそのこと判ってる。だからいっぱい支えてくれるんです。それぞれができる分野で。瞬間的には自分でやるしかないのは確かだけど、あとは意外とみんなに助けてもらってたんだなって、後になってよくわかりました。だから秋山さん、決して一人じゃないですよ。今回はわたし、支える側ですけど、それってつまり秋山さんの一部ですから」

「私の一部……」

 

さあーっと秋山の心の不安が流れ去って晴れ渡った空が現れたような感覚になった。

 

イメージできる。

 

はるか高空で戦う自分。でもそれは自分のほんの一部。すぐ下にはホワイト中尉とナドー少尉。胴体は天音さんを通じて水上に、いや水中、海底にまで届いている。大きく広げた足は東西南北の伊401や水上機達。それぞれ60km彼方の水上に足を下ろしている。

 

すなわち秋山の躯体はネウロイの暗黒の雲より大きいのだ。

 

「ありがとう一崎さん。少し、軽くなった」

 

天音はにっこりと笑った。

 

「アマネせんせぇ~、私皆さんより1時間早いから引き上げます」

 

ジェシカが天音の方を向いて敬礼した。

 

「あ、そっか。伊401と行くんだっけ」

 

イオナが軽く手を振った。

 

「うちの(フネ)、頼むね」

「がんばります!」

「私達も遅くならんうちに行くか」

 

卜部も427空に声をかける。

 

「「「はーい」」」

「スコーン食べたら行く」

 

千里はまだスコーンにアイスを山のように盛って食べていた。

 

 

 





作戦説明回の後に、まだのんびり飯を食ってる回が来るとは世にも思うまい。こんなペースの本作ですが、今年もよろしくお願い致します。
いい加減次回こそは出撃できそうです。多分さほどかからず投稿できるかと。

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