水音の乙女   作:RightWorld

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第127話「不時着水」 その3

 

 

天音は指向性のある魔法波を北に向けて発信し、落ちたものを調べていた。

 

「うわぁ、また何だか分からないものです。3m位の大きさのものが水面に広がってます。厚みは全然なくて……クラゲとかかしら」

「でも空から落ちてきたんでしょ?」

「空からなのかわかんないですけど、とにかく急にバシャンって……。イオナさん、人間ってぺちゃんこにつぶして伸ばしても3mも広がらないですよね?」

「さぁ。やったことないから知らない」

 

明確に答えられたとしたら、その方が恐ろしいが。

 

「だからこれ人間じゃないですよ。うん、きっとそうだ。これはクラゲかなんか」

 

自分に言い聞かせるように唱える天音。

 

「見えた、あれだ」

 

イオナの晴嵐の着陸灯が照らす前方、うねりで持ち上がった海面に薄っすらと丸い白い膜を敷いたようなのが見えた。

 

「ほ、ほら。やっぱりクラゲですよ。すっごく大きいやつ。巨大イカってこともあるかもって思ったけど、イカなら細長いはずですし……。あ、信じてないですね? 海の生き物は陸のと違って物凄く大きくなるんですよ!」

 

確かに扶桑近海でもエチゼンクラゲなどは人間よりずっとでかい2mくらいになるものがいるし、巨大イカといえばダイオウイカだ。これも触腕を除いた長さで4mにもなるものがいる。

 

「海洋生物には詳しくないけど……あれは生物じゃなくて、パラシュートじゃないか?」

 

水面の形と同じに揺れ動くそれは浮いているというより覆っているという方がしっくりきた。

そしてたどり着いてみると、確かにそれは生物やその残骸などではなく、人工物の布のようであった。

 

「ほらやっぱり。これは扶桑海軍機のパラシュートだ」

「扶桑? てことは秋山さんですか?!」

 

イオナと天音は急いでパラシュートを手繰り寄せる。定置網のごとく巻き上げてやっとのこと出てきたのは、疲れきって目の下にクマを作って気を失った秋山だった。

 

 

 

 

少し時間を巻き戻そう。

 

魔法力を蒼莱の魔力強制注入機に吸い尽くされた秋山は、気を失って暗雲の中に落ちていった。

蒼莱は魔力を吸い取りすぎてしまうことにかなり注意をはらっていて、万が一ウィッチの魔法力が尽きてもストライカーユニットが抜けないようにしたり、魔法力が注がれない状態で急降下を1千メートル続けた場合などは墜落していると判断してパラシュートが開くようにするなど、いろいろ安全機構を備えていた。

このパラシュートは開いても直径2m程しかないが、魔法繊維で浮かぶ呪文が縫い込まれており、両足とも開けば十分な減速ができるようになっている。ただ爪先の方を上にして開くという欠点がまだ解決されてなかった。つまりウィッチは頭から逆さまに落ちてくるという事になり、海上や河川に降りるならともかく、陸地ではどうするつもりだろうか。

 

幸いここは海だったので、ハリケーンの風が入ってきていたこともあり、秋山は斜めに引きずられるように接水し、首を折ることなく着水した。

しかし水に落ちても秋山の意識は戻らず、体の上にはパラシュートが覆い被さり、外からは白い幕が広がっているだけに見えていた、というわけだ。パラシュートの下では着水したことで洋上回収装置が動作してストライカーユニット先端付近に収納されていたブイが開き、秋山は仰向けでプカプカ浮いている状態になっていたのだ。

 

 

 

 

天音が準備した救命浮き輪に秋山を乗せると、イオナが手早く容態を診た。

 

「魔法力が尽きただけのようだ。体に怪我はない」

「よかったあ」

「秋山上飛曹の曳航は天音に任せる」

 

後ろを振り向くと、レアも意識を失って浮き輪の上でぐったりしてる。

 

「ナドー少尉の方が重症だな。急ごう、暗雲の外へ」

 

イオナは晴嵐のエンジン回転を一挙に上げて急加速しだした。

 

「わあ! 揺らさないで下さい、ナドーさんが落ちちゃいます!」

 

気を失って緩み切ったレアはどこに掴まるでもなく手足を投げ出したままで、当然浮き輪の傾きを修正するようなこともしないので、傾いたらそのままひっくり返りそうになったのだ。秋山も同じ状態である。

 

「むむ。スピード出せられない」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

暗雲の外の待機組、北側の卜部達は、優奈の零式水偵脚にできるだけ高空へ昇らせ、戦闘の様子を観察させていた。

 

優奈は遠くまで見渡すため、暗雲から少し離れた所で高度を上げた。しかも戦闘は南の方で行われていたので、見えるところまで行くと待機位置よりかなり南東に移動することになり、状況を伝える優奈の通信は東で待機する西條・千里組にも届き、千里達も状況を把握することができていた。

 

≪1機が火を吹いてゆっくり落ちていきました! その後で別の1機が猛スピードで上昇しながら攻撃し、ネウロイを破壊。攻撃後、推力を失ったかのように下へ落下していきました!≫

 

「燃料切れとか、魔法力切れか?」

 

≪たぶん、そんな感じの落ち方でした!≫

 

「もう1機は?」

 

≪ネウロイと交戦しながら西の方へ、見える範囲の向こうへ行きました≫

 

「2機が暗雲の中に落ちていったということだな」

「どうしよっか卜部さん。南の方で戦闘して、そこで雲の中に落ちたとなると、ボク達のいる暗雲の北まで飛んでくることはないよねぇ」

「海上まで降りたとしても暗雲の真っただ中だな」

「てことは、まさかまさかの天音頼り?」

「万が一の備えがまさか役に立つとはな。ただし一崎の探知範囲に落ちればだけど」

「キョクアジサシ、こちらK2。暗雲はどんな塩梅だい?」

 

≪こちらキョクアジサシ。暗雲は南の方から散らかってどんどん消え去りつつあります。ネウロイも右往左往してますが、もうどうしようもないって感じです≫

 

「ネウロイを何機かやって気象制御できなくするってミッションはやり遂げたってわけだ」

 

卜部は零式水偵を水上滑走させた。

 

「勝田、風の観測頼む。ちょっと流されてみないか?」

 

勝田は歯を出して笑う。

 

「ストライカーユニットではやってたけど、零式水偵では初めてじゃない?」

「同じようなもんだろ」

 

波頭を利用して飛び上がると、ぐんぐん高度を上げた。

 

「こちらトビ。今飛び上がったところだ。キョクアジサシどこだ? 暗雲のてっぺんが低いところあったら案内してくれ。」

 

≪あたしの目の前が低くなってきてるけど≫

 

「カツオドリ聞いてるか? 暗雲が薄らいだところから西に向かって海上捜索を開始しろ。2機が落ちた可能性がある」

 

≪カツオドリ了解≫

 

「西條中尉、上空からネウロイが襲ってこないか警戒しててくれ」

 

≪了解した。トビはどうするの?≫

 

「墜落した2機を捜索する。ウミネコの近くに落ちてればいいが、あいつの探知範囲外だったら急がないとだからな」

≪え? でも暗雲の中で見えないし、不時着した位置もわからないのに?≫

 

「暗雲はじき晴れる。それに落ちた辺りの近くに先回りしてりゃ晴れてから見つけるまでの時間短縮にもなるからな」

 

≪近くにはどうやって行くの?≫

 

「そこはな」

 

卜部と勝田は見やってニヤリとした。

 

「そこは技だね」

 

零式水偵は優奈の近くにやって来た。

 

「筑波、落ちたのはどの辺だ?」

「ここから南南西20キロちょっとってとこだけど。こんなんでどうやって近くまで行けるの?」

「嵐の中を突破して移動しなきゃならない時はどれくらい流されるか風向きや風速、気圧なんかを実観測して偏差を考慮して推測航法するだろ。それの応用で、何もしなかったらどこに流されるか推測して、そこへ向かうんだ」

「これまで墜落機の捜索で何度もやってきた方法さ」

 

扶桑海事変での水偵ウィッチ隊の救助活動は水上機部隊では有名だった。特に最後の決戦は台風の中で空戦が展開された為、撃墜され海上に落ちたウィッチの救助は絶望視されていたが、何人もが発見、救助されている。

 

「へぇー! そうなんだ。それで何機も助けてきたんだね!」

「半分も当たらなかったけどな」

「え?」

「時間経つ程に風向きなんかどんどん変わってくからね~」

「えー?! そしたら全然ダメじゃん!」

「行くぜ勝田!」

「ほいよ、観測は任せて!」

「ちょっと!? そんな当てにならない事しないで持ち場離れない方が良くない?!」

 

優奈の制止など聞こえないかのように零式水偵は暗雲の方へバンクして行った。

 

≪やらないよりましだって。30%の確率だったとしても馬鹿んなんないんだぞ。野球の3割バッターって強打者だろ?≫

≪キョクアジサシは伊401に状況を伝えに行ってくれ。この分だと自力であっちへ行く奴はいなさそうだからな≫

 

卜部と勝田の乗る零式水偵は雲に出たり入ったりしながら奥へと向かい、やがて暗雲の中へと消えていった。

 

 

 


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