水音の乙女   作:RightWorld

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2019/12/30
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第128話「名人芸再び」

 

 

「イオナさん、ストップ! ストップ!」

 

晴嵐の両フロートを進行方向に対して真横に向けてイオナが急制動をかけた。後ろを振り返り、引っ張っている浮き輪の上のレアに目をやると、気を失っているレアは首が後ろに反れて、そっくり返って頭が海の中に浸かっている。

 

「頭が水ん中に入っちゃってます! 息できなくなっちゃいますよ」

「曳航は難しいかな。抱えて飛ぼうか。天音、秋山上飛曹を担げるか?」

「あ、はい。僚機が飛べなくなった時のため何回か練習はしてます」

「問題はこの暗闇で人抱えたまま密集飛行することだ。まだ視界は回復してないから、かなり私に接近して飛ばないといけない」

「ふぇ?! そ、それはちょっと心配です。ぶつかったら一緒に墜落しちゃいますよね?」

「かといって離れすぎては見えなくなってはぐれる可能性がある。もし私を見失ったら、自力で暗雲の外まで飛んでくれ」

「ええ! 置いてかれちゃうんですか?!」

「はぐれたところで探すったって、この視界じゃ衝突するかもしれないし危険だ。その時は暗雲を出るまで東へ針路を取れ」

「ひ、東……。ジャイロコンパス点検しとかなくっちゃ。……ん? なんか音しません?」

「……エンジン音?」

 

その時、強力なライトと聞きなれた金星発動機の音が頭上を通過した。

 

「零式水偵?!」

 

 

 

 

一方、その零式水偵。

 

「卜部さん、方位300に下げ舵のまま」

「はいよ」

「……卜部さん、なんで270に行くの」

「いや、ちょっと補正を」

「いらないって。勝手に煽られて流されるから」

「もうちょっと左じゃねぇ?」

「そんなことないよ。こんなもんだって。あっ、卜部さん、海面近いよ」

「頭蹴らない程度に低空飛行するぞ。探照灯点灯、機首上げ!」

「わっ!」

「わわわ!!」

「いたーっ! どんぴしゃ!」

 

探照灯が照らした海上に、浮き輪を引っ張った水上ストライカーユニットのウィッチが2人、上を見上げてこっちを指差していたのだ。

 

「うははは! なんだこれ、私らすごくねえ?!」

「ボクの航路計算のおかげだね」

「私の補正のおかげだ」

「とにかく」

「「まぐれ当たり、すっげー!!」」

 

 

 

 

零式水偵は海上の天音達をぐるりと一周すると、一度暗闇に消えて、距離を取ってアプローチラインを決め着水してきた。ピタリと天音達のところに現れて止まる様は、お茶らけていても流石と言うしかない。

 

「卜部さん?!」

「よぉー、一崎。偉いな、ちゃんと見つけて救助できたみたいだな?」

 

風防を開けて卜部が覗く。

 

「わあ、どうしてここが分かったんですか?」

「長年の経験と技術と勘さ」

 

卜部が胸を張って操縦席で立ち上がると

 

「(ぼそぼそ)勘が9割くらいだったかな?」

 

勝田が聞こえないような声で言う。

 

「さっすがー。わたしの固有魔法に負けてないじゃないですか」

「うん、驚いた」

 

天音とイオナは本気で感心する。

 

「それで、助けたのは2人?」

「ナドー少尉と秋山さんです。上では大変だったんですか? ホワイト中尉は?」

「もう1機は空戦しながら視界の外へ行っちまった。逃げ切ってくれてる事を祈るぜ」

「それより天音。2人の容態は?」

 

勝田が聞く。これにはイオナが答えた。

 

「ナドー少尉が左足を大火傷して重症だ。秋山上飛曹は魔法力切れで意識が戻らないが怪我はない」

「分かった。そしたらナドー少尉をこっちに。一番近い医者は伊401かな」

 

勝田が偵察員席から出て翼に立つ。魔法力を発動すると、レアのバックルにフックを引っ掛けて機上に引き上げ、偵察員席に乗せた。

 

「よっしゃ、伊401へ向かうぞ。皆ついてこい。天音、秋山上飛曹を頼むぞ」

 

卜部が手を上げて合図する。

 

「わかりまた」

「天音、私も手伝う。離水したら零式水偵の左へ」

「ありがとうございますイオナさん。了解です」

 

零式水偵の強力な探照灯に照らされ、うねりの大きくなった海面からイオナの晴嵐、天音の瑞雲、そして零式水偵が飛び上がる。秋山は天音とイオナに左右から支えられ、零式水偵に付いて暗雲の中を南東へと向かった。

 

 

 

 

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伊401は暗雲の南の海上にいて、艦橋だけ出して浮いていた。いわゆる浸洗に近い状態にあり、少しでも発見されにくいようにしていた。

艦はディーゼルエンジンを稼働中だが、シュノーケルを使って空気を取り入れており、空気はエンジンルームにだけ流し込むようにしている。通常浮上中は艦橋の昇降口からエンジン用を含む空気を艦内に取り込むが、それだと暗雲の粒子を艦内に吸い込んでしまい、艦内が暗闇になってしまう。なので浮上中にも係わらず艦は潜航状態と同じ態勢を取っているのだ。

艦橋では頭上でシュノーケルからゴウゴウと空気を吸い込む音が唸り、薄い排煙が時折降りかかってくる。当直員と一緒に立つ千早艦長は双眼鏡で暗雲の上を見ていた。

 

「暗雲がどんどん吹き飛ばされていきますね」

 

当直員が言った。双眼鏡から目を離さずに千早艦長が受け答えする。

 

「ああ。だが戦闘機隊が降りてこない。時たまネウロイが見えることがあるが、うろうろしてすぐ戻ってしまう。暗雲を修復しようとしてるようだが、何もできずに困っているみたいだ」

 

その姿勢のまま手を伸ばして無線機のマイクを取る。

 

「ブッシュ少尉、デラニー少尉。そちらから戦闘機隊は見えないか?」

 

≪こちらブッシュです。降りてくるのは見ていません。我々は低空を飛んでるので視野が広くないのですが……≫

 

対潜ウィッチのジェシカとジョデルはもともと潜水型ネウロイを警戒して低空から海を監視しているので、上空にはあまり目を向けていないこともありなおさらだった。

 

「他のところに降りていればいいが」

 

≪こちら発令所。対空電探に機影。北東方向≫

 

ホワイト中尉達のF4U(コルセア)か秋山の蒼莱が降りてきた事を期待し、双眼鏡をそちらへ向ける。が、何も見えない。双眼鏡を外して広く見回す。

 

≪距離3.2マイル。反応の大きさからしてウィッチです≫

 

5キロ先の小さな人となると探すのはさらに大変だ。せめて高度の情報があればいいが、潜水艦は積極的に対空戦闘をするわけではないので、伊401は対空電探でも高さを測る電探を積んでなかった。機影を捉えたらまずはすぐ潜航するので、そんな精度で探知しなくてもいいからだ。代わりにジェシカが教えてきた。

 

≪高度2700フィートです。扶桑の水上ストライカーユニットですね≫

 

程なく通信が入った。

 

≪こちら427空のキョクアジサシ。伊401聞こえますか?≫

 

ようやく低い位置に黒い点を捉えた。

 

 

 

 

 

伊401の近くに着水した優奈によって高空での戦況が伝えられた。

 

「それじゃあ北東の方で今捜索中ということか」

 

≪はい。時間が経てば暗雲は晴れるんでしょうが、一刻を争うかもしれないからって卜部さん達は暗雲の中に零式水偵で突っ込んでちゃって……ワケわかんない方法で探すんだとかなんとか≫

 

「そうか。その辺は卜部少尉は専門家だから任せた方がいいな。落ちたのは秋山上飛曹とF4U(コルセア)のどっちかてことだな? 軍医長、艦長だ。患者の受け入れ準備をお願いします」

「捜索隊が救助したとして、本艦の方に来るでしょうか。泊地の方に行くのでは?」

「空戦は暗雲の東側でやったようだから、容態が悪ければ泊地よりこっちの方が近い」

「成程、了解しました」

 

ゴオッと南から嵐の前触れの強風が吹いた。それに押しやられて暗雲はさらに北へ追いやられ、どんどん薄らいでいく。

 

 

 

 

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「勝田、現在位置把握できてるか?」

「推定位置、伊401待機地点まで7、8Kmって辺りかな」

「了解。海上付近の暗雲はしつこいみたいだな」

 

なかなか暗雲の外に出れないので、卜部は飛ぶ方向間違えてないか計器を再確認する。勝田のナビを疑っているわけではない。その精度の高さはもう十分に知っている。全く視界もなければ目標物もない中を何度も方向を変えていても位置を見失わないのは、長年の実戦の中で鍛えられた2人の技術だ。

零式水偵が前方から強い向かい風を感じた時、急に風防の外が明るくなった。

 

「暗雲が切れるぞ!」

 

卜部が叫んだとたん、バアッと周囲の暗雲がなくなり、眩しい光に目が眩む。

 

「抜けた!」

 

勝田が嬉しそうに言う。すぐそばに天音とイオナ、そして2人に担がれた秋山が飛んでいた。

 

≪うわ、眩しいよぉ!≫

 

と天音が手を目の前にかざして叫んだ。視界が開けたところで勝田は習性ですぐさま周囲を見回す。

 

「左後方に機影、ウィッチだ。……あれは千里かな? あ、気付いた気付いた」

 

すぐ気付いたという事は、暗雲の切れたところから海上捜索をしていた千里も集中力を切らすことなく仕事していたことの証だ。その機影はみるみる接近してきて零式水偵の上を通過した。

後を追う様にやって来たもう一人のウィッチが零式水偵の左に並ぶ。西條の瑞雲だった。

 

「さすがだね卜部さん、救助できたんだ! 天音君もいるってことは、最初に見つけたのは天音君かな?」

「えへへ。でも応急処置はイオナさんです。わたしは慌てちゃっておろおろするばかりで……」

 

勢い余ったのか意図的だったのか、皆の上を飛び越した千里の二式水戦が戻ってきた。ぐるりと集まったメンバーを見回した卜部がすぐに次の指示を出す。

 

「北と東と暗雲内の待機組がみんな集まったな。もう海上待機は不要だ。西條中尉は西側海上の晴嵐2機のところへ行って状況の伝達と待機解除を連絡してくれ。泊地で会おう。我々は伊401と合流し、救助者を引き渡す。カツオドリは上空援護を頼む」

「「「「了解」」」」

 

西條が手を振って右に旋回し、北へと飛んで行った。まだ消え切らない暗雲を北から回り込んで西へ向かうのだ。

 

「勝田、水上電探で伊401を捜索。それほど遠くないところにいるはずだ」

「はいな、水上電探で捜索中。波が立ってきたから分かりにくいね」

「もう潜水艦の近くまで来たんですか? 何にも見えないトコずっと飛んでたのになんで分かるんだろう」

「天音がそれ言うか」

 

勝田が苦笑する。

 

「わたしの場合は固有魔法で“見えて”ますから」

 

イオナが口を挟む。

 

「これで本当に近くで見つかれば2人の推測航法技術の高さによるものってことだ。勝田飛曹長、伊401は浸洗状態でいるかもしれない。そうだとすると案外目視の方が分かるかもしれない」

 

その時、千里が加速して前に出た。

 

≪方位320に飛行物体≫

 

そう言い残し千里は皆を飛び越して左前へすっ飛んでいった。目を向けるとずんぐり太ったストライカーユニットのウィッチが見えた。

 

「千里の獲物を見つける目も一目に値するな。カツオドリ、銃を向けるな。あれはアヴェンジャーだ。ブッシュ少尉かデラニー少尉だろう」

「わあ! 千里さん、ジェシカちゃん達は獲物じゃないよ! 撃っちゃだめだよお!」

 

≪大丈夫。味方は撃たない≫

 

程なくジェシカがやって来た。

 

「よかったあ。皆さんお揃いですね。一瞬銃を向けられたような気がして、何か間違えたかと思いました」

 

だが上空から千里が降りてくると、前にも狙われたことがあったので笑顔が途中で引きつって止まる。

だがそれより天音とイオナが秋山を抱えてることにびっくりした。

 

「あ、秋山曹長?! だ、大丈夫ですか?」

「こっちは魔法力切れだからそれほど心配ない。それよりナドー少尉だ」

 

イオナが目で指した零式水偵の中央の席に、煤けた顔のレアがぐったりしているのを見て、ジェシカは真っ青になった。

「レア?!」

 

零式水偵に飛び付いて風防に貼り付くジェシカ。

 

「ちょっと冗談、もうやだ、レア!」

「被弾してストライカーユニットが炎上したんだ。急いで伊401の軍医に診せたい」

「わ、わかりました!」

「伊401はどこだ?」

「前方あと2マイルほどです」

 

天音がびっくりした顔をイオナに向けた・

 

「本当に近くまで来てた!」

「素直に感服する」

 

近くまで来てたのに見つけられないでいる勝田の方が焦った。

 

「ありゃ、電探では分かんなかったや。もしかしてこれかな?」

「勝田さん、 あれじゃないですか?」

 

天音が指差した先に、水面下に沈む細長い艦体と突き出た艦橋がうねる波間になんとか見えた。

 

「確かにこれは目視の方が分かるね」

 

天候も悪くなってきて海は波頭が立ってきており、レーダー波が波頭に当たってしまうので判別が難しくなってきているのだ。一方で巨大な艦体は水面下数メートルに沈んだだけではとても隠しきれるものではなく、上からはその姿が黒く見えていた。

 

「だけどキョクアジサシは潜望鏡だけでも電探で見つけるの上手いぞ。勝田が下手なだけだろ」

「ぶーっ。まあその通りかもしれないけど。若い娘は機械に強いからねー」

 

ウィッチ隊の接近を確認したらしい伊401は浮上してその大きな艦体を水面上に現した。

 

「だいぶ波が大きくなってきたな。カツオドリは引き続き上空直掩。イオナ少尉、ウミネコ。ホバリングで秋山上飛曹を下ろせるか?」

「私は問題ない。天音次第」

「う。だ、だいぶ風も出てきてますね。で、でも頑張ります。早く秋山さんを下ろしてあげないと」

「いい覚悟だ。伊401は甲板が広いから大丈夫だ」

 

ストライカーユニットでのホバリングは非常に難しい。その難しさの一つはバランスだ。ラジコンのプロペラ飛行機でホバリングさせるのがあるが、あれはプロペラを上にして機体は下に位置する。これだと重力が機体を真下に引っ張るのでバランスが取りやすいが、ストライカーユニットではプロペラが下になり、人間とエンジンなど重い部分は全部プロペラの上に来るので、直立状態を維持するのは大変なのだ。更にこの場面では腰を折って秋山をぶら下げなければならない。しかも2人で。

とは言っても、このバランスというのは自転車や一輪車に乗れるようになるのと同じような次元のもので、十分乗りこなせるようになれば体が勝手に反応してできるようになるものだ。

伊401の後甲板では、先に降りて収容されていた優奈と水兵達がマットレスを用意していた。

天音とイオナは速度を落とし、ゆっくりと後ろから伊401に接近する。徐々に体を起こし、ホバリング体制に移った。

「その調子だ。そのままマットの上へ」

 

右舷側から近寄っていたが、急に強い横風が吹いてきて煽られた。

 

「いやあああー!」

「あまねーっ!」

 

一瞬にして優奈の頭上を飛び越え、後甲板を横切ってしまう。

 

「うああ、戻らなきゃ。ひゃあ!」

「慌てるな、落ち着け」

 

とは言っても風が舞っている。天音はふらふらするが、一方でイオナも秋山を抱えているので、天音は思うように自分の好きな姿勢になれない。もしバランスを崩して墜落したら秋山が溺れかねない。

なんとか体勢を持ち直したところで、今度は伊401の方に向かって風が吹いてきた。

 

「天音、この風に乗って甲板に近付くぞ。君が先導しろ。私が合わせる」

「は、はひ!」

「もう少し高度を落とせ。通過しながらマットの上に落とす!」

「お、落とす?!」

「止まらなくていいが、穏便に下ろしたかったらできる限り速度落とせ」

 

速度を落とすが、今度は高度が上がったり下がったり上下にふらつき出した。伊401では優奈をはじめ、見ている者達がはらはらしながら「右だ」「左だ」「もう少しだ」と騒いでいる。そしてちょうどマットレスの上で高度が下がった瞬間。

 

「今だ、手を離せ!」

「うわああ秋山さん、下手くそでごめんなさーい!」

 

3メートル弱の高さから秋山が落とされた。下で水兵達がすかさずマットレスを真下に調整する。

ボサアッと音を立てて秋山はマットの中央で受け止められた。

 

「やった、やった、イオナさん、やりました!」

 

さしものイオナも大きく肩を下ろした。

 

「お疲れ。……ほんと疲れた」

 

マットレスの上では

 

「きゃあ! な、なになに?!」

 

と落ちた衝撃で秋山が目を覚ました。

 

 

 




伊401が浮上中にシュノーケルを使っていることにご指摘をもらったことがありましたが、話中の説明の通りに設定設けました。99話に沢山加筆してありますので、まだの方は読み直してみてください。

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