水音の乙女   作:RightWorld

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2021/01/04
誤字修正しました。報告感謝です。>皇聖夜





第129話「名人芸引き継いでます」

「きゃあ! な、なになに?!」

 

秋山は目を覚ますと、そこは大きなマットの上だった。さらに見渡すと海の上、船の上である。

 

「私どうしたんだっけ? 確か魔法力が切れかかって……ネウロイ撃ち落として……」

 

足元を見た。足には貴重な高高度局地戦闘脚『蒼莱』がはまっている。

 

「よかった、蒼莱ちゃんと着いてる!」

「秋山上飛曹、大丈夫ですか? ここは伊401です」

 

優奈がマットの上に登ってきて声を掛けた。

 

「伊401?!」

 

そうだ、最後の空戦で完全に魔法力が尽きたんだった。それで気を失って墜落して……きっと緊急落下傘が開いて……

 

「偶然にも伊401の上に落ちてきたのね! わあっ、私ってなんてラッキーなんでしょう。……あれ? でもどうして筑波一飛曹がここに?」

 

≪呑気な奴だ≫

 

インカムからイオナの飽きれ声が入る。見回すと伊401のすぐ横にイオナが着水していた。

 

≪私と天音がどれだけ苦労してここまで連れてきたと思ってる≫

 

イオナの横に天音も波に揺られながらやって来た。

 

≪まあまあイオナさん、無事でよかったじゃないですか。わたし何度秋山さんを落っことして溺れさせるかと思ったことか≫

≪そもそも天音がいなかったら見つけてももらえなかったぞ。それに途中で落として溺死させたとしても遺体は遺族に届けられたろうしな。代わりに石ころの入った骨壺が届くよりよっぽどいい≫

 

「え? いったい何の話をしてるんですか?」

 

≪勘の悪い奴だ≫

 

秋山が頭の上にハテナを飛ばしていると、伊401の整備兵がストライカーユニットを脱がしにやって来た。

 

「任務達成おめでとうございます、上飛曹。ストライカーユニットを外しましょう」

 

だが優奈が慌ててそれを止める。

 

「あっ! ちょ、ちょっとまって! いえ、あのあの、あたしが外します」

「は、はあ」

 

不思議がる整備兵。秋山も「どうしたの?」という顔をする。近付いてきた優奈が耳元で小声で囁いた。

 

「秋山さん、戦闘でズボンどうかしました? そ、その、随分と食い込んでます」

 

秋山、途端に思い出した。着替えで持ってきたのが小さかったのか、後ろに付いて飛んでたシィーニーやレアにも指摘されてた事を。

 

かあああああっと秋山の顔がみるみる真っ赤になる。

 

「そ、蒼莱は扱いが難しいストライカーユニットなんですよね。あはっ、あはっ」

 

優奈が整備兵の方をチラチラと見ながらたどたどしく言い訳を言う。

 

「そ、そ、そうなの! 何しろ超最新型だし!」

 

慌てて調子を合わせる秋山。そして小さな声で優奈に謝った。

 

「す、すみません。年下に気を使わせちゃって……」

「い、いえ。わあぁぁ……」

 

蒼莱を脱がすのを手伝っている優奈は、案の定30cmもない至近距離から問題のズボンの食い込みを目にすることになった。なんとも言えない恥ずかしさで顔が緩んで頬をピンクに染める。

整備兵がやってたら、整備兵がこれを見ることになったのだ。図らずも見てしまった整備兵もびっくりして手が止まり、急変した態度によてって痴視行為が発覚し、幸運な、いや不孝な整備兵はおそらくウィッチに対する強制わいせつ行為で営巣入り、本国へ強制送還されて重大な刑が課せられたうえ、社会的に抹殺されたに違いない。

 

「せ、整備兵さん、ユニット外したから預けるわ。海に浸かっちゃったから洗浄からしないと」

「こちとら水上脚を扱う整備のプロですよ。お任せ下さい」

「秋山さん、あたしの肩に、つ、掴まって下さい」

「あ、ありがとう。魔法力切れで少しふらつくの」

 

と秋山は具合悪そうなふりをして優奈に掴まり、やたらとぎくしゃくしながら垂直姿勢を保ってマットから降りた。マットの中央にいたときは重みで窪んでいたので、マットを支えていた水兵達からも見られることはなかった。

こうして優奈のおかげで不慮の事故は未然に防げたのである。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

≪ウミネコ、こちらK2≫

 

「はい、ウミネコです」

 

≪こっちも今着水した。ナドー少尉を移送したいから、伊401の横の波を静まらせてくれるかな≫

 

「え、え?」

 

≪魔法障壁着水法の要領で静まらせるんだよ。前に優奈から弁当受け取るのにやったろ? あんな感じで≫

 

「あ、はい!」

 

≪伊401、トビだ。零式水偵を横に着ける。クレーンで引き上げてくれ。この波だ。ボート下ろすより早い≫

≪こちら伊401。だいぶ荒れてきましたから手こずるかもしれません。零式水偵は大きいので下手するとぶつけてしまう危険があります≫

≪こっち側は抑えるからそんなに心配いらないよ≫

 

零式水偵が飛沫を上げて伊401に近付いてきた。天音は左舷前甲板の横へ来て待機する。カタパルト横の甲板の溝に格納されていたデリック・クレーンが立ち上り、クレーンを操作している揚収員が身構えている。少し緊張しているようだ。艦橋では千早艦長も身を乗り出して見守る。

 

「一崎、始めてくれ」

「はい!」

 

天音が両手を下へ向けて差し出した。魔法陣がぱあっと開き、シールドモードになる。途端にバシャアっと水が弾き、魔法陣の形の穴が開く。魔法陣は次第に大きくなり、水偵が入るくらいの大きさになった。そして徐々にシールドの威力を弱めていくと海のうねりが戻ってくる。

 

「卜部さん、準備できました」

「了解。魔法陣の中に入る」

 

艦橋に秋山と優奈も上がってきた。

 

「さすが天音。魔法力のコントロールがうまいなあ」

「筑波さん。一崎さんは何をやってるの?」

「ふふ、水上脚使いしかやらない技ですよ」

 

零式水偵が天音の張る魔法陣の中に入った。すると天音はシールドの威力を徐々に上げていく。魔法陣の周囲で水が弾き始めた。それがどんどん激しく水を飛ばすようになる。暫くするとそれの意味が見えてくるようになった。

 

「わぁ!」

「ほう、これは凄い」

 

秋山と千早艦長が感嘆の声を上げる。海水は単に弾かれているのではなく一定の大きさの中に入らないように押し留められているのだ。零式水偵はあたかも透明な筒の中にいるようであった。そしてコップの中の水に浮いている様にほとんど揺れていない。

 

零式水偵が移動するのに合わせ天音は魔法陣を移動させる。そして伊401の側までやって来た。勝田が通信員席から立ち上がり、クレーンを回せと合図する。揚収員がクレーンを旋回させケーブルを垂らす。揺れない零式水偵に対し、この場合伊401の方が揺れているので、ケーブルがぐるぐる回っている。だんだん勢いが増してきて掴まえるには見るからに危なそうになってきた。

 

「すまない。あいつは今回の航海で初めて乗り込んだ奴なんだ。こういう場面の練習不足だな」

 

千早艦長が口に手を当てて大声で指示を出す。

 

「一度巻き上げろ! それから垂らし直せ!」

 

今やっている水兵もクレーン操作のためだけに乗っている訳ではない。潜水艦では潜航中や浮上航行中、あるいは潜水・浮上時、そして航空作戦時と、乗組員には状況別に配置が割り当っている。潜航中は前後釣り合いタンクの移水ポンプ操作をしているかとおもえば、航空作戦時はカタパルトの操作を担当したりという具合だ。

 

一旦巻き上げられてから再び下ろされたケーブルは、先程のように暴れてはなかったが、艦の動揺があるので上下には揺れている。しかし勝田は慣れた手付きでケーブルを掴み、フックを零式水偵の釣り上げ金具に引っ掛けた。そして巻き上げを合図する。

 

「巻き上げーっ」

 

零式水偵が釣り上げられる。浮き上がった零式水偵から勝田が海上の天音を見下ろした。

 

「天音、ご苦労さん。上手だったぞー。シールド徐々に戻せー」

「了解」

 

天音か再びシールドを弱めていく。急にシールドを閉じて大波が艦を叩かないよう最後まで気を抜くわけにはいかない。

 

「早く飛びながらできるようにならないとな~」

「ふぅ。これを飛びながらとか、着水しながらやるなんて、勝田さんどれだけ器用なんですか」

 

一部始終を見ていた千早艦長は興奮気味に優奈の方へ振り向いた。

 

「驚いたな! 私も士官候補生だった頃に一度見て以来だ。すっかり忘れていたよ! イオナもやった事ないし、出来る水偵ウィッチがもういないんじゃないか?」

「はい! あたし達、神川丸のウィッチだけです」

 

自慢げに優奈が答える。

零式水偵はカタパルトの上に回されると、台車に下ろして固定された。

 

「救護担当は急いで患者を下ろせ!」

 

担架を担いだ水兵が零式水偵に駆け寄るのを見て、秋山が今更ながらに驚く。

 

「え? 誰か怪我人が?」

「ナドー少尉ですよ、秋山さん」

「ナドー? レアさん??!」

 

秋山は血相を変えて艦橋から甲板へ飛び降りていった。

 

「ああ! 待って秋山さん!」

 

優奈も慌てて後を追う。

偵察員席からレアが引き出され担架に乗せられる。甲板に下ろされると、そこへやって来た秋山が膝をついて覆い被さった。

 

「いやあああ! レアさん!!」

 

格納塔の所までやってきた軍医長がその場で足に被せていたポリエチレンの袋を取った。巻かれていた三角巾は赤や黄色に染まってグショグショに濡れていた。海水で濡れたのではなく、血液や体液によるものだ。

 

「これはいかんな。士官食堂に処置台準備できてるな? 急いで運んでくれ」

「レアさん、しっかり!」

 

秋山も担架に寄り添っていく。そしてその横というか後ろというか、秋山のお尻を隠す位置にくるくる回って優奈も付いていくのだった。

 

 

 


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