水音の乙女   作:RightWorld

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第130話「植民地軍出張所」

 

 

だいぶ時間は巻き戻って、ここは船団泊地上空。

 

成層圏へ向かう秋山達を見送ったシィーニーは、護衛艦が上に向けて照らすサーチライトを辿って船団に戻ってきた。

空母の回りにはライトに引き寄せられて現地人の小さな舟が何艘か浮いていた。低空に降りて上から覗いてみると、魚を獲っているのもあれば果物や野菜などを積んでるのもいる。船団の船に売りにきたらしい。

 

「あっ、ヤシの実! 後で買いに行こう~」

 

≪こちらサンガモンコントロール。シィーニー軍曹、着艦いつでもどうぞ≫

 

「おっとっと」

 

攻撃隊を見送ったシィーニーは次の出番までひとまず待機という事になっていた。つまり味方が戻ってきたかネウロイが襲ってきたかするまでお休みという事だ。待機中は空母の整備員がストライカーユニットの燃料補給と整備をしてくれる。シィーニーは休息を取って少しでも魔法力の回復に努めなければいけない。

 

しかしそこで問題があった。

 

全ては空母に着艦してからの話しだ。シィーニーは空母から飛び立ったのが今日初めてであれば、着艦も初めてという事になる。

 

「ええっと、どうやって降りるんでしょう? 指導してくれるウィッチの方は?」

 

もちろん他のウィッチは全員出撃していて誰一人船団には残っていない。

 

 

 

 

空母の航空管制ではみんなして青ざめていた。

 

「艦載機と同じって事でエアボスお願いします」

 

ウィッチではない普通の男の士官である飛行長が指導するはめになった。ウィッチを長年運用してきたサンガモンやスワニーであったが、最前線に立つ空母なので離着艦訓練は練習空母ラングレーなどで済ませた者ばかりが着任してきていたので、初めて着艦する者の指導などしたことがない。しかも今回の生徒は海軍ではなく空軍。座学知識さえも無いのは勿論だ。さらに夜と変わらぬ暗雲の中ときた。おまけに他国のウィッチである。

 

「もし死なせたりしたら俺の人生終わりか?」

「出来る限りの事はしてやる。家族の事は心配するな」

 

77任務部隊第1群(タフィー・ワン)の司令スプレイグ少将は肩を叩いて送り出した。

 

「せめて風上に向かって走って合成風力が作れれば……」

 

着艦時は風上に艦を立てる。止まっていても向かい風はその速度で飛んでいるのと同じ空気の流れを翼の上に起こすので揚力が発生する。加えて艦がスピードを出せばそれでも向かい風が起こるので、さらに揚力が得られるようになる。これら向かい風で得られる対気速度の分、飛行機は速度を落とせるので、空母との相対速度が縮まり着艦しやすくなるわけだ。これが合成風力を利用する理由である。

我々の世界ではベトナム戦争でサイゴンが陥落したとき、セスナで逃げた南ベトナム軍の空軍パイロットと家族が、全速で走る米空母ミッドウェイに着艦した例がある。着艦フックなどついてない機体が降りられるほど合成風力の恩恵は大きいのだ。。

だが船団泊地は無風なうえ、空母は潜水型ネウロイが怖くて外に出て走ることができない。シィーニーは合成風力の恩恵を得ることが全くできないのだ。

 

「シィーニー軍曹、一度練習しましょう。着陸灯を点灯。サンガモンの飛行甲板を後ろから前に向かって失速しない程度に速度を落として通過してみてください。高さは艦橋の上くらいを目指しましょう。アレスティング・フックは降ろさないでください」

 

≪了解≫

 

サンガモンは飛行甲板を広範囲にライトで照らして全体が見えるようにした。シィーニーは空母の後方に回ってアプローチを開始する。

 

「軍曹。飛行甲板にライト付きのパドルを持った着艦信号士官がいます。左右の位置や高度が合ってない場合は教えてくれるので、指示に従って下さい」

 

≪あ、あの光ですね。分かりました≫

 

ゆっくり降りてきたシィーニーはしかし、左右外れることなく飛行甲板の後ろ端まで到達し、着艦信号士官はほとんど見守ってるだけで終わった。

 

「軍曹、見事です! 速度もいいですよ」

 

シィーニーはさらに艦橋の辺りで高度を落として甲板に一度ストライカーユニットを接触させた。そしてそのまま艦首を通り抜け、ゆっくり高度を上げていった。

 

「軍曹、本当に初めてですか? 完璧なタッチアンドゴーです」

 

≪無風なので横風もないですから左右に流される心配もないので、結構思った通りにいけました。次降りてみます≫

 

「何? もう降りるのか?!」

「大丈夫か?!」

「軍曹、本当に降りる気ですか?!」

 

≪イエス、やれそうな気がしますので≫

 

シィーニーは陸上に落とされた150m級潜水型ネウロイの上に、爆弾持った状態のボーファイターで着陸したこともあるのだ。いつも無茶ぶりされているので、土壇場での強さには意外と自信があった。

 

「わ、分かりました! 軍曹、止まれなくてもネットでキャッチします!」

「防護ネット展開せよ!」

 

それは故障した機体などを絡め捕まえて止める為の(すだれ)のような装置だ。飛行甲板の前の方に垂れ幕が展開されるのを見てシィーニーがびっくりした。

 

≪ちょっ、それじゃ飛び越えらんないじゃないですか!≫

 

「そうです! 何があってもここで完全に止めます!」

 

≪かえって怖いんですけど~。それ痛くないですか~?≫

 

「痛くなりたくなければ、ぶつかる前に確実に着艦フックで制動索を捉えて下さい!」

 

≪難易度上げてる! もしかして植民地兵いじめ?≫

 

「軍曹に戦闘と関係ないところで何かあったらこっちの首が本当の意味で胴体から飛びかねません。軍曹のお命だけは何としても守らせてもらいます!」

 

≪す、すみません。うちの上官の無茶ぶりのせいで。し、慎重にやりますんで≫

 

国が違う軍隊だというのに、ろくな調整もせず送り出してきたシンガポールのバーン大尉。おかげで現場はどうシィーニーを使っていいんだか困惑して胃を痛くしている。

 

「まったく艦載脚使いでもない者を空母へなど、ブリタニア軍もよく派遣する気になったものだ。しかも指揮官もなしにウィッチだけ、それも植民地兵を寄こして。この先もこっちの思うように好きに彼女を使っていいのか?」

「エアボス、まずは降ろしてからにしましょう」

「そ、そうだな。好きなように使うにしても、降ろして生きてればの話だ」

 

艦橋にいる者は皆、艦尾の方に回ったシィーニーに注目した。

それにしてもゆっくり飛んでいる。さっきにも増して速度を落として侵入してきた。

 

「向かい風もないのにあの速度ではまずいのでは」

「軍曹、失速しますよ! スピード落としすぎないで下さい!」

 

≪大丈夫です。もう少し落とします≫

 

「まだ落とすだって?」

「もしかしてネットにぶつかるのが嫌で……?」

「慎重にと言っても程がある!」

「やり過ぎだ、墜落するぞ!」

 

皆が顔を真っ青にしている中、不思議とシィーニーは落ちることなくやけにゆっくりと飛行甲板の端に到達し、やんわりと着艦フックは制動索を掴み、ネットのはるか手前で制止した。

 

「そうか、グラディエーターか!」

 

シィーニーのストライカーユニットを改めて見たエアボスは指を鳴らした。

 

「グラディエーターは複葉脚。二枚羽だから単葉機の倍とはいかなくても揚力が段違いにある。だから速度を落としても簡単には失速しないんだ」

 

なおシンガポールに届いているシィーニーの次期専用機らしい艦上雷撃脚『ソードフィッシュ』はさらに遅く飛べる。そのぶん速くも飛べないが。

貧弱な装備もかえってメリットにしてしまう強運の植民地兵に、艦橋のスプレイグ少将も大笑いした。

 

「はっはっは! 早いとこ休ませてやれ! 要望は何でも聞いてやれよ!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

スクランブル待機のはずのシィーニーは、戻るなり先ほど空から見かけた現地人の小舟を空母の舷梯に呼び寄せていた。今タラップの下に3艘ばかりが横付けされている。

 

「おじさん、ヤシの実積んでなかった? あ、それそれ! 若い実が欲しいです」

 

すると小舟の船頭が立ち上がると敬礼してきた。

 

「おめぇさんは海峡植民地軍のシィーニー軍曹だね?」

「え? ど、どなたですか?」

「ブリタニア連邦ナトゥナ植民地軍のクェダイ・カック・エマ伍長ずら」

「え?! ここの植民地軍の兵隊さん?」

「まさかヤシの実だけで本当に会えるとは思わんかったぇ」

「どどどういうことですか?」

「シンガポール空軍のバーン大尉殿から極秘電文を預かってるずら。黒い雲に包まれる直前に届いてたずら」

「バーン大尉?!」

 

田舎の漁師のような人から恐ろしい人名が出てきた。伍長さんはポケットから紙を取り出すと、バーン大尉の極秘電文を読み上げ始めた。

 

「『ヤシの実なんぞに(うつつ)を抜かすとは緊張が足らん。お前をリベリオン海軍に居候させるのに2日で1ポンドの食費代その他の経費を払っているのだ。何の戦果もなく帰れると思うな。』」

「ぎゃあ! どどどどどどこから見てるんですか? バーン大尉!!」

 

必死にキョロキョロと周囲を見回すシィーニー。どう見てもリアルタイムに見られているとしか思えない内容だ。

 

「『どうせリベリオン軍の言いなりになってるのだろうから、ブリタニア軍としての行動指針を伝えてといてやる。哨戒や警戒のような当てもなく飛ぶだけの任務はなしだ。断っていい。敵が現れた時のみ出撃する。その代わり敵のえり好みはしない』」

「うえ、さっきの護衛みたいのはやらない方がよかったのかな」

「『ヤシの実はくれてやる。他に荷物を積んでるようならポケットマネーで買ってやれ。以上』。だそうずら。こっちがリベリオン軍の偉いさんに渡す用の通信文。同じような事が書いてあるずら」

 

伍長さんから封筒を受け取る。

 

「……はい。わかりました、と返信してください。返せるならですけど」

 

そこへシィーニーが小舟を呼び寄せていると聞いて、艦の料理長がやって来た。

 

「いい物ありますか?」

「あ、料理長さん。そうですね、マンゴーは今旬ですよ。熟れたの沢山ありますね。その魚は新鮮ですか? いつ獲ったの? うんうん。ついさっきだそうです」

 

シィーニーが通訳して積んである物を物色する。

 

「じゃあこれ一山買います! シンガポール航空隊のシィーニーに宛てに請求書回してください」

 

果物や魚など結構な量だが、ウィッチのお給金は相当出てるので、シィーニーと言えどこれくらいできるのだ。しかし伍長さんは首を横に振った。

 

「いいずら。全部持っていきぃよ」

「で、でも……」

「マレーの英雄、シィーニー軍曹に恥をかかせるわけにゃいかん。東南アジアの植民地軍は皆おめえさんを応援しとるっきにゃ」

 

伍長さんに加え、後ろの2艘の舟の人達も笑顔で手を振った。シィーニーの顔が思わずほころぶ。

 

「わあ、ありがとうございます! 料理長さん、これ差し入れ! わたし達植民地軍からです」

「ええ、いいのかい? リベリオン海軍が買うよ?」

「ドル札もらっても使うところないでしょうし。その代わり島の人達や村もネウロイから守ってくれるよう司令官さんにお願いしてきます!」

 

通信文の入った封筒を手に艦橋へと駆け出して行った。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

シー・グラディエーターは整備も終わりユニットケージに収まってカタパルト前にある。尾翼に描かれた赤いハイビスカスも暗い暗雲の中ではくすんでほとんど目立たない。

 

シィーニーは飛行甲板にテーブルとデッキチェアを出して、『シンガポール空軍シアンタン島出張所』とかいう幟を立てて、グラディエーターを整備した整備兵達にヤシの実ジュースを振る舞っていた。待機という事になっているが、魔法力の回復は睡眠や横になって体を休める事だけでなく、精神的な安らぎも回復の力になる。だから楽しい事をしているシィーニーにはこれでも休養になっているようだった。

 

「整備ありがとうございます。ささ、飲んでください」

「おいしいですシィーニー軍曹!」

「わたしの自慢の配合です。塩をちょびっと入れて甘さを際立たせるのがコツなんですよ。ヤシの実取ってきてくれたらまた作りましょう」

「取ってきます、取ってきます!」

「でも軍曹が貰ったヤシの実、まだまだ沢山ありますよ」

 

さっき小舟から降ろしたヤシの実は軽トラの荷台が半分埋まるくらいの量があった。

シィーニーの周りにいる整備兵はみな東南アジアやアステカなどからの移民で有色人種の人ばかり。彼らもリベリオンでは差別されることも多い人達なので、シィーニーには親近感があり自然と集まってきた感じだ。デッキチェアに横になって自らもヤシの実ジュースを啜ると、大きく息を吐いて、つきたての餅が垂れ下がるように顔を緩めた。

「あぁ~、これ飲んでるとなんだかいつものシンガポール基地にいるみたいで寛げますねえ」

 

ふと、ざあぁーと周囲の島からヤシの木が揺れてざわめく音が届いてきた。甲板にいた水兵達も隣の島を見やった。

 

「風だ……」

「風?」

「風だと?」

 

シィーニーも立ち上がる。

 

さわさわさわ……

 

「風が吹いてる!」

 

飛行甲板をぶおっとぬるい空気が通り抜けた。

手の空いている者達が次々に甲板に出てきた。

ざわめく木々。さざ波が立つ水面。

 

「風だ!」

「風が戻ってきた!」

 

それが意味するものとは……

 

「ネウロイの天候支配が崩れたぞ!」

 

隣の空母スワニーやサンティでも飛行甲板に沢山人が出てきて騒いでいるのが見える。

風が吹いてくる南の方を見ると、空が心なしか明るいように見える。ゆらゆらするのは雲が流れる様子に似ている。よく見ると暗雲が流されているのだ。揺れて見えるのは暗雲の粒子の濃さが変わるからだ。そしてそれは確実に明るさを増していた。

 

「雲が晴れるぞ!」

 

シィーニーの周りにも若い兵隊達が集まってきた。

 

「ウィッチがネウロイを倒したんですね?!」

「はい! 秋山さん、やったんですね」

 

船団の上の空全体がどんどん明るくなり、黒い雲は凄いスピードで流れていく。時折青い空さえ垣間見える事もある。何日も闇に閉ざされていた船団の人達には眩しすぎる光だった。そして空と同じように心も明るくなっていく。ましてや感情をストレートに出すリベリアンが乗った艦である。護衛艦隊は祭りのような騒ぎになった。

久しぶりに空母のマストの上のレーダーアンテナが回転し出し、浮かれる水兵達を司令部が気を引き締めにかかる。

 

≪総員配置に戻れ。対空監視を強化せよ≫

≪簡易灯台守をしている海兵隊員を引き上げさせる。回収班出発準備≫

 

全艦に放送が入り、水兵達ははしゃぎながら散っていった。

 

 

 


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