秋山とレアが暗雲の中に落ち、一人残ったウィラは西に向けてネウロイと揉み合いながら飛んでいた。
「二人を追ったネウロイはいないな?」
ウィラは少し安堵した。傷付いて無抵抗なところを追撃されたら手の打ちようがなかったが、海上までなんとか降りて不時着できれば、救助される可能性は高まる。後は海上待機組の仲間を信用するしかない。
向かってくるビームをかわしマイティラットを撃つ。ファン部分に命中し、体の半分を吹き飛ばされたネウロイが1機脱落した。
「もう少し引き付けてといてやる。二人共無事でいてくれ!」
暗雲は南から崩壊してきているので、まだ暗雲の濃い北へと旋回する。よもやネウロイが撒いた暗雲がこっちの隠れ蓑になろうとは。飛行型ネウロイは暗雲の中は見えないようで、中まで追ってくる様子がなかった。
「さあてこの辺でおさらばだ!」
急ロールを打って斜め下へ急降下する。ビームがやや遅れて後を追うがもう遅い。レアは暗雲の中に突っ込んだ。
「船団泊地はこっちの方角だな」
あとは計器飛行で空母のいるところへ向かうだけだ。
照明の灯ったコンパスの数値を読み取っていると、急に暗雲が吹き飛んだ。
「何?!」
振り向くと、気象制御ネウロイがその大きなファンを回して暗雲を吹き飛ばしている。
「何だと?! もう暗雲を維持できないからって自ら壊しにかかるとは!」
しかもいやらしい事に前のネウロイと違い嵐を発生させてしまうような冷風ではなく、強風だけを送り込んでいる。
「この短時間に学習までしてやがる!」
残る暗雲を目指すが、追ってくる3機もの気象制御ネウロイのファンが雲を吹き飛ばす方が早い。
「ちいっ、これでは泊地にも行けない! ネウロイも連れていってしまう!」
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「レーダーコンタクト。東の方角、高度2万フィート、距離11.2マイルに2つから3つ反応あり。まだ暗雲の影響があり正確な数が分かりません」
船団泊地は早い段階から暗雲が晴れ、レーダーはかなり復活してきていた。
「どっちへ向かっている?」
「ぐるぐる回っているようです」
「ネウロイが暗雲を修復しようとしているのかな?」
「時折小さい反応があります。これは……小さい反応はウィッチではないでしょうか」
「何?! ウィッチの反応はいくつだ?!」
「現れたり消えたりしてますが、おそらく1機です」
「1機か。その1機が少なくとも3機のネウロイと空戦しているということだな?!」
エアボスが振り向く。
「司令、迎えの増援を出しましょう。
「シィーニー軍曹は出さないのか? 敵の迎撃だからシンガポールの注文にも合っているぞ」
「軍曹は船団を守れる最後のウィッチです。別のネウロイが船団を襲ってくるかもしれません」
「レーダーはどの範囲まで見えているんだ? 暗雲の晴れ具合から推測するしかないかもしれんが」
「西、および南はだいぶ晴れてきています」
「ネウロイは南側にいるとの予想だった。その南側の雲が晴れてもネウロイの反応がないということは、ウィッチを追って移動していったのではないか?」
「つまり東の方に移動して、こっち側にはいないと?」
「もしそうならシィーニー軍曹を温存するのは得策ではない。攻撃隊は燃料、弾薬も厳しいと思われる。一刻も早く帰還させなければならない」
「分かりました。シィーニー軍曹に迎えに行ってもらいましょう。船団上空は
「護衛艦各艦、対空戦闘用意!」
◇◇◇
≪シィーニー軍曹、発艦用意≫
放送を聞いてシィーニーはガバッとデッキチェアから跳ね上がった。整備兵や誘導員もはっと顔を上げた後、走り出した。
「わわ、出張所片付けなくちゃ!」
「それは俺達がやります! 軍曹はユニットケージへ!」
「ご、ごめんなさい!」
≪本艦の東、高度2万フィートで攻撃隊のウィッチとネウロイが交戦中と思われる。ネウロイをインターセプトし、攻撃隊の帰還まで掩護せよ≫
ユニットケージに駆け上がりながら命令を聞き、シー・グラディエーターに足を通す。ケージに掛けてあった大ナタを腰に収め、別体式のエンジンを背負う。ベルトを調整し体にフィットさせると整備兵に目を向けた。親指をぐっと突き出してくる。
「電源入れてください」
ひゅうぅ~んとスターターが回りだす。
「エンジン始動します!」
バスンバスンと排気管から黒煙が吹き出す。やがてドドドドドと全シリンダーが爆発して同調し、排気煙も薄い白色に変わる。ウェポンベイから7連装『マイティ・ラット』が出てくると、それを担ぎ上げた。ブライドルワイヤーがシー・グラディエーターに掛けられる。
各部を一通り動かして確認したシィーニーは準備よしと顔を向ける。周囲を回って最終チェックした作業員もOKを出すと、カタパルトオフィサーが「エンジンフルパワー」を指示した。グラディエーターのエンジンが軽快に回りだす。
「撃ち出してよければ合図してください!」
「はい! 敬礼するんですよね」
カタパルトオフィサーが下がり、シィーニーは左右、前方、後方の安全を確認する。
「よっし!」
お腹に力を入れると敬礼を返した。カタパルトオフィサーがパドルを艦首前方に向けて振りかざす。一拍おいてドンっと力強く前へ引っ張られた。
「いやっほーっ!」
叫び声とともにシィーニーが空中へと舞い上がる。飛行甲板から見上げる水兵達には、旋回するシー・グラディエーターに描かれたハイビスカスの赤が陽の光を浴びて鮮やかに映え渡った。
≪シィーニー軍曹、こちらサンガモン・コントロール。針路100へ。空戦空域まで距離11マイル、高度2万フィートです。優勢高度から攻撃するため2万3千フィートまで上がりますか?≫
「ずいぶん高いですね。それでは上がるまで10分近くかかっちゃいます。現場の下までは5分もかからないで着くのに」
旧式機なので上昇力は蒼莱などとは比べるべくもない。時間かけて上がっても、その差5分でウィッチの運命などいかようにでも変わる。5分持ちこたえろというのがどれほど酷な注文か、シィーニーは身をもって理解していた。
「高度はわたしに合わせてもらいましょう」
最大限上昇しながら現場への直行を優先する。その時までに登れた高度で戦うしかない。
暗雲はどんどん吹き飛んでいる。ネウロイの黒い体、そして赤いビームに追われる小さな点が雲間に見えた。
「あれは
≪シィーニー軍曹?! どこだ?!≫
「下の方です、高度1万フィート!」
ひらりとダイブしてくるウィッチの姿が見えた。降下するウィラを追ってネウロイ3機もぐんぐん高度を下げてくる。
「あそこ! いいですよ、いいですよ!」
シィーニーは前方の薄雲に入り、ウィラの方へさらに向かう。ネウロイは雲に隠れたシィーニーにはまったく気付いていなかった。そして薄雲の上へズポッと出たところで見上げると、目の前に巨大ネウロイが迫っていた。大迫力!
「でも空中にいる潜水型ネウロイの方がもっとでっかいですよ! いっけーっ!」
マイティ・ラットの引き金を引く。目の前が何本もの噴進炎で真っ白になった。
「え、あれー?!」
7本の煙が上へ向かって螺旋を描いて飛んで行った。
「ああーっ、一斉発射モードになってた!」
あらかじめ弾頭に魔法力を込めてあるロケット弾が適当に散開しながらネウロイの集団に突っ込んでいった。そして2機のネウロイに3発と2発が命中した。魔法力込みの弾頭の大爆発で2機とも一瞬にして爆散した。
「うわ、なんて威力!」
爆発の煙と散ったネウロイの破片をぶち破って、残りの1機が目の前に現れる。
「ぎゃーっ!」
慌てて引き金を引くが、全弾打ち尽くしたロケットランチャーはうんともすんとも言わない。だがそのネウロイは横から飛んできた煙と交差して爆発した。シィーニーの攻撃によってできた隙を使って立て直したウィラが放ったマイティ・ラットだった。体の中心に命中したロケット弾はコアを吹き飛ばし、このネウロイもパアンと白い破片と化した。
「助かったぞ、シィーニー軍曹」
ウィラが寄ってくる。
「え? えへへへ」
「今ので全弾打ち尽くした。本当に危ないところだった。ありがとう」
「えへ、えへ……わたしも弾切れです」
「え?」
軽くなったマイティ・ラットを見せる。
「出撃して5分で弾切れは最速記録です」
「機銃もないのか?」
「はい。あとは護身用の拳銃くらいしか持ってません。機銃まで持ったらグラディエーターが遅くなっちゃいます」
大戦初期でも旧式と言われていた2枚羽のグラディエーター。これで大型ネウロイに突っ込んでくるのだから、考えてみれば尋常ではない。それで少なからず戦果も挙げているのだから、ウィラはブリタニア軍もこの植民地兵にちゃんとした装備をさせた方がいいのではないかと思った。
「次の敵が来る前に戻ろうか、軍曹」
「了解!」
ぴしっと敬礼する。船団泊地へとロールを切るウィラに続いてシィーニーも複葉脚をバンクさせた。
その時ウィラの目に、旋回するグラディエーターに描かれた赤い花が目に入った。
「なかなか鮮やかなマークを着けてるじゃないか軍曹。今まで暗かったから気付かなかった」
「マレーの花、ハイビスカスです。もう見えなくなんかさせませんよね、中尉。おっと、報告入れなきゃ」
魔導無線機のチャンネルを合わせると声高らかに送信した。
「こちらシィーニー。サンガモン・コントロールへ。ネウロイを撃破! ホワイト中尉と合流しました。これより帰還します!」
≪こちらサンガモン・コントロール。軍曹よくやった!≫
管制官の声の後ろには歓喜に沸き返るバックノイズが聞こえていた。
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シィーニーの報告に沸き返る空母サンガモンの
「展開中の全機と連絡取れました。西側待機チームは間もなく船団泊地に到着します。北、東側待機チームは南の伊401と合流、船団泊地に向かってます。伊401はナドー少尉と秋山曹長を収容済み。なお、ナドー少尉が重症とのことです」
「重症?!」
やはり10機以上もの大型ネウロイがいるところへの殴り込みは、相応の損害から免れられなかったか。
スプレイグ少将は手が白くなるほどに拳を握りしめた。
「分かった。病院は受け入れ準備を。天候がどんどん悪くなってるな。気象担当、今後の見通しは?」
「気圧の降下が想定以上です。もしかしてハリケーンの接近が早まっているのではないかと……」
「何?! いかんな。他の艦の気象担当とも連携を取って至急予報を作ってくれ。ハリケーンが来る前に船団を出発させたかったが、泊地を出る前にやってきてしまうなら考え直さねばならん」
エアボスも、時たま吹き荒れる風雨に作業員が煽られてる飛行甲板を見て言った。
「ハリケーンの影響がどんどんでてきています。ホワイト中尉、シィーニー軍曹が着艦したら、上空直掩機も急いで収容させます」
「分かった。レーダー監視怠るな。嵐の中を飛行型ネウロイが襲ってきたら、当面は艦隊の対空射撃で耐えるしかない」