脅威が去り、零式水偵と天音の周りにジェシカとジョデル、そして千里が集まる。
「ありがとうございます、センリ曹長! もういやですよぉ、今まで伊達に威嚇してた訳じゃなかったんですね」
自然に礼を言うジェシカに対し、ジョデルは少しもじもじした。千里とは初対面の時やり合ったせいだろう。
「サ、サンクス、曹長。……助けられました。本当にそれ戦闘機なのね、水上ストライカーなのに」
ジョデルが改めて二式水戦を眺める。
「あなたも、チームの一員ね」
ジョデルも千里の事を認めたようだった。ノーセンスと言っていたが、その確かな技量は今さっきだけでなく何度も見せられてきた。
「毎晩沢山ご馳走してもらってるからには、働く」
その反応から見るに、千里的にはチームというより、餌付けしてくれるところが仲間というのが感覚なのかもしれない。
「あら、そしたらウチに来ればいつでもCPOメスで食べさせてあげるわよ」
ジョデルの引き抜きのような誘いに、表情は乏しいが涎が垂れそうになってることで感情は読み取れる。
「……み、魅力的」
「心揺れてんじゃねーよ。私が許可しないっつーの。427空の防空担当はあげないよ」
水上ストライカーユニットが少なくなる中、扶桑にしかない実用水上戦闘脚を扱える千里もまた貴重な存在なのだ。卜部が手放すはないのだった。
下を見ると、伊401が泊地南水道に到達した。防潜網が開き、巨大潜水艦を迎え入れる。ジェシカ達が近辺の水中を監視する中、伊401が泊地内に入り、防潜網が閉じられる。
卜部が号令をかけた。
「航空隊作戦終了。全機帰投せよ。艦で会おう。ストライカーユニット脱ぐまで気を緩めるなよ」
「「「了解!」」」
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空母は船足は止まっているが風上に艦首を向けて着艦を手助けしていた。ジェシカだけでなくジョデルもサンガモンに着艦するよう指示が出た。デブリーフィングをやるとのことだ。二人はサンガモンへと着艦のアプローチを取る。
水上機隊は大型商船が風を防いでいる海面へ着水し、サンガモンへと水上滑走していった。ハリケーンの風雨で波は荒れてはいるが、環礁と島に囲まれた泊地は外洋と比べれば遥かに穏やか。今朝時点の天音ならこれでも大騒ぎだったかもしれないが、荒海から離着水してきた今の天音には拍子抜けする程に凪いで見える。実戦は一瞬にしてウィッチのレベルを引き上げるのだ。
天音と千里は空母にクレーンで引き上げられた。零式水偵もハリケーンに備えて、海上係留ではなく空母の飛行甲板へと引き上げられた。
◇◇◇
護衛空母サンガモンの格納庫では天音、千里、卜部、勝田の水上機隊を、シィーニーと葉山、西條、それに降りたばかりのジェシカとジョデルが出迎えた。そこにサンガモンの隣に停泊した伊401から
「皆さん、おかえりなさい!」
「ただいま、シィーニーちゃん」
「ああ、無事でよかったわ天音。よくあの荒海で飛べたねえ」
「うん。優奈のおかげ」
「ん? あたし何かしたっけ?」
「零式水偵は?」
千里が勝田に聞く。
「飛行甲板に係止されてキャンバス被せられてるよ。フロートあるから格納庫には入らなくてネ」
「しかたない」
「レア!」
ジェシカとジョデルが駆け寄った。
「全然意識が戻らなくて……」
「やだぁ、大丈夫なの?!」
付いてきた伊401の軍医が説明する。
「ウィッチ特有の活動休止状態になりつつあるようでな。大怪我には違いないが生命に危険があるほどではないのだが……」
ウィッチは生命に危険が及ぶほどのダメージを負うと、生命維持の為冬眠のように体の活動を停止させることがある。雁淵孝美が502JFWへ任官するとき、北極海で負傷した時のようにだ。レアをサンガモンの軍医が引き継いだ。
「ここからはサンガモンの整った医療設備に入院させますのでご安心ください」
「お願する」
「ここまでありがとうございました。秋山曹長も看護ありがとうございました。処置が終わるまでは暫く面会はお控えください」
「……分かりました」
車輪付きの担架に乗せ換えられ、レアは医療区画へ運ばれていった。
みんなが心配そうに見送る中、シィーニーだけが腰を折って斜めに体を傾けて秋山の後方を覗いている。
「!? な、なんですか? シィーニーさん!」
「あ、いえ……」
「あれでしょう、ズボンですね?! も、もう着替えてあります!」
「あ、なんだ。そうですか、いやぁよかったー。あのままだったら空母乗組員に刺激あり過ぎて、何か事件が起きるかもなぁって思ってたんで」
「シィーニーさん、なんで知ってるの? 秋山さんのズボンのこと……」
優奈が顔を赤くして聞いた。天音は手を口に当てて少し驚く。
「あ、やっぱりあれ、普通じゃなかったんだ。最初救出した時に見えたんだけど、新しいデザインの水錬着かと思ってた。支給されたらどうしよかと思ってたんだよね」
「わたしは成層圏へ登っていく時の護衛で、ずうっと下からじっくりと……」
「きゃあああ、なんてことするのよ、この植民地兵!」
襟首つかんでがくがくとシィーニーを振り回す。
「レア少尉も! わたしだけじゃなくてレア少尉も!」
「だからレアさんはバチが当たったんです!」
怖えぇ~、秋山の食い込んだズボンを眺めてたゆえに生命の危機……
「何のことだ?」
「何のことだい?」
「何があったの?」
事情を知らない卜部、勝田、西條、葉山はきょとんとし、それ以外はさーっと血の気が引いた顔をしていた。
「あ、アテンション!」
ジェシカがぴしっと背筋を立てて直立不動になった。他のウィッチも慌てて整列する。スプレイグ司令と参謀達、そしてウィラ中尉が入ってきたのだ。ウィッチ達の敬礼に答礼すると、皆の前に立つ。
「休んでくれ。みんな、一人も欠けることなく帰ってきてくれてうれしいぞ」
「す、すみません。……ナドー少尉に大変な怪我をさせてしまいました」
秋山が首を垂れて小さく言った。
「いや。作戦の要、秋山曹長が無事戻ってこれた事は誇らしい事だ。大型飛行ネウロイ12機に殴り込みをかけて、損害はあったが戦死者もなく作戦を成功させたのだ。司令部は大いに満足している。諸君の活躍に感謝する」
ウィラが前に出た。
「だがまだ関門の一つを越えたに過ぎない。ハリケーンが通過したら船団を停泊地から出し、シンガポールへ向かわせなければならない。恐らく泊地を出るとき、ネウロイはまた襲ってくるに違いない」
「泊地に閉じ込められてる状況が改善されなくて、やな感じだわ」
ジェシカが不満でぷくっと頬っぺたを膨らます。そんな彼女の手をジョデルは取る。
「改善してるわ。今度の朝には邪魔だった暗雲はないわ。いつものあたし達の力を見せる時よ」
ジョデルがきっぱり言うと、ジェシカはすぐ機嫌が直った顔になった。
「そうだよね。リベリオン空母の対潜哨戒機が全部使える。私達だけでなくアマネ先生達もいる。やだ、潜水型ネウロイにはばっちり対抗できるわ」
そろりと天音が手を挙げた。
「あの。飛行型ネウロイは? 気象制御ネウロイはあと何機残ってるのかな。他にはいないのかな」
空中戦には全く自信のない天音。飛行型ネウロイが現れたら水中探信なんかやってられなくなるからだ。だがウィラはそれも心配ないという顔で答えた。
「私とリベリオン空母の戦闘機隊がいる。ナドー少尉は休暇を先取りしたが、その分はシィーニー軍曹が埋めてくれるだろう」
「わは! やりますよ。わたしでもやっつけられると分かりましたし」
「シィーニー軍曹、もしかして墜としたんですか? 気象制御ネウロイ」
秋山が目を丸くして聞く。
「イェイ、2機」
「え?! 作戦希望撃墜数ですよそれ?!」
「出撃して5分で撃墜しました」
「出撃して5分?!! な、なにそれ、私いらないじゃない! 何だったのあの成層圏での苦労は! ちょっと待って、グラディエーターで?!」
「勿論です」
シィーニーがいくらも発達してない胸を張る。
「シィーニーちゃん、すごーい。じゃあ空は安心だね。千里さんもいるし」
ウィラは面白そうに笑っていた。
「シィーニー軍曹はインチキ臭いが、どんなであれ事実は事実。どんな手でも敵を墜とせる術を持ってる」
「インチキなんですか?」
「ホワイト中尉、酷いです、助けてあげたのに。ブリタニア空軍は抗議します」
「秋山曹長も蒼莱を徹夜で整備させるから、空の守り頼むぞ」
「うわ。そ、蒼莱直っちゃうんだ。うわぁ誰か代わってくれないかなあ」
そんな秋山の肩を後ろからもみもみして、勝田がニヤつきながら皆に言った。
「ここにウィッチ何人いるのさ? これで何もできなかったら笑われるよ?」
見回してみると確かに、負傷のレアを除いたとしても、上がりリーチなのも含めれば3か国12名ものウィッチがいる。希に見る規模だ。こんなに多国籍ウィッチが集中運用されるのは太平洋戦域ではあの部隊だけだ。優奈がそれに気付いた。
「もしかしてこれ、統合戦闘航空団?! 508JFW以来の統合戦闘航空団?!」
「規模だけならねー」
「実力が遠く及ばないと思うが」
勝田とイオナが冷静に分析するが
「何事もまずは形からですよ!」
と優奈は意に介さない。というかモチベーション上がりまくっている。
「いいじゃないか、統合戦闘航空団。そのつもりで明日は挑もう」
スプレイグ少将も508並みの統合戦闘航空団司令の疑似体験と気持ちを新たにする。
「明日はハリケーンが収まり次第、対潜ウィッチと哨戒機による安全海域の確保、船団船舶の引き出しと整列、そして出港となる。ウィッチ諸君は速やかに休息を取って備えてくれ」
「「「「「了解」」」」」
「「「アイアイサー」」」
大きな障害だった暗雲を取り払うことに成功したHK05船団。だが目的地シンガポールへ行くにはもう一度海のネウロイの包囲網を突破しなければならない。天音達は船団を無事脱出させられるのか。
既にHK05船団は6日の遅れを出している。輸送量が激減している今、積み荷を待つ側から見れば予定通り到着していても満足な量は得られないというのに、この遅れは大きい。
それ故、待てない者も中にはいる。
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シンガポール チャンギ港 扶桑海軍根拠地隊基地
「HK05船団まだ到着してないんですか?! 沈められちゃったとか?」
「いいえ。アナンバス諸島というところでネウロイに囲まれて動けないでいるのです。扶桑も12航戦からウィッチの応援を送ったりしてるのですが……」
説明する士官は地図で船団が閉じ込められているシアンタン群島を指差した。
「これじゃまだ当分着きそうにないですよ。どうしましょうか。せっかく欧州から来たのに」
「なあに、『船まで取りに行く』という命令に何ら変更はない。船のいる場所が違うだけの事だ」
「うわぁ、まだ行くんですか?」
「零式水上観測機を借りてもいいか? さっき水上機基地に何機か止まっているのを見た」
「手配しましょう。しかし零水観では往復できませんよ?」
「向こうに行けばリベリオン空母がいる。補給してもらうさ」
「それ、12航戦の水上機隊と同じ事言ってますよ」
「そうか。私もいよいよあの老練な神川丸の域に達したか。光栄なことだ。……まあ冗談はさておき、準備でき次第出発する。お前は震電を輸送機から降ろして積み替えとけ」
「はーい」
暗雲を取り払う長い1日がようやく書き終わりました。つぎ船団脱出の1日もどれくらいかかることか……。形が出来上がるまでしばらく、気長にお待ちください。