ハリケーン通過中の船団泊地。
ここは護衛空母サンガモンのウィッチ用の2人部屋。空母はゆっくり大きくピッチングしている。それをゆりかごのようにして、2段ベッドの上と下では天音と優奈がすやすやと寝息を立てている。
隣の部屋には千里、そして秋山が横になっている。秋山は頻繁に寝返りを打っていた。眉間に皺を寄せて無理やりぎゅっと目を瞑っている。寝れてないようだ。
伊401からずっとレアに付き添っていた秋山だが、レアはサンガモンの病院に入院すると精密検査や処置にずっとかかりっきりで、見舞いもできない状態だった。そしてようやくの事聞かされたのは、
レアは一向に目を覚まさなかった。ウィッチは生命に危険が及ぶほどの怪我を負うと、生命維持の為冬眠のように活動を停止させてしまう事がある。レアは命まで危ない状態ではないが、火傷の影響が相当大きくショック状態になったようだった。左足の損傷状態はかなり酷く、表面の皮膚だけでなく、よりさらに下の組織も奥までダメージがいっていた。軍医の見立てでは足を切断するしかないということだった。
しかしウィッチ特有の活動停止は足組織の壊死を阻止または遅らせており、今慌てて切断しない方がよいという結論に至った。
それを聞いた秋山は仰天して、レアが目を覚ますまで付き添おうとしたが、ここは戦場。秋山も兵士である。目立った怪我もない秋山に選択の余地はなかった。だが仰天したのは秋山だけではない。レアの同僚であるジェシカ達はなおのことだ。
彼女らを前に卜部は言った。
「こういう怪我には魔法医にかかるのが一番いい。つまりいち早くここを脱出してシンガポールに運び込むのが最善策ということだ。シィーニー軍曹。シンガポールには腕のいい魔法医はいるか?」
「はい! シンガポールにはマレーやスマトラ、ジャワなんかのジャングルから来てるシャーマンウィッチがいます。たいがいババアですが、すんごいらしいですよ」
何がすんごいのだろう。姿だろうか。
怪しげなシィーニーの現地情報に、卜部はそんな祈祷師には関わりたくないなあと顔をしかめたが、レアの症状はそんなこといってる場合ではないので秋山への語りかけを続ける。
「その為には何をしなきゃいけないか分かるな?」
卜部に問われて秋山は頷いた。
「……休んで、明日に備えます。ネウロイを突破してシンガポールへの道を切り開かなきゃ」
卜部はふんぞり返って首を縦に振るとみんなの方を見回した。
「そういうことだ。それが今の私達の仕事だ。各位、水分、栄養を補給の上、寝ろ!」
扶桑メンバーだけでなく、リベリアンのジェシカらとブリタニア植民地兵のシィーニーまでひっくるめて、経歴では一番先任の卜部がサンガモンにいるウィッチ達を代表して訓示を告げた。
「あ、もし寝れそうにない奴がいたら言ってこい。添い寝してやる。んじゃ、解散」
敬礼と答礼を返し、ウィッチ達はばらばらとばらけていった。
「やだわ、扶桑の隊長さんは面白いわ。ウィラ中尉も見習ってみたら?」
「サラトガでやったら頭壊れたと思われて入院させられるぞ」
「卜部さーん、シャワー浴びちゃだめ?」
天音が手を振って問う。
「その方がよく寝れるかもな。いいぞ。ただし着替え含め3分だ」
「3分?!」
「戦場ではもたついてる暇ないよ、行こう!」
「ひゃあ!」
優奈が天音の手を引いてダッシュした。
「秋山上飛曹もさっぱりしてこい。めーれーだ」
「は、はい!」
卜部にしっしと手で追いやられた。
その後簡単な食事を取ってベッドに入ったのである。
だが空母を発艦してから気を失うまでを繰り返し想い出し、火が出るレアのコルセアを思い出し、焦げとずる剥けのレアの脚を思い出し、何がいけなかったのかを何度も何度も問い詰める。
どう見ても、何度もレアに援護しに来てもらわねばならなかったような不甲斐ない戦いをした自分に原因があるとしか思えない。だが自分も初陣だったのだ。そんないきなりうまく立ち回れるはずがない。気が配れるはずがない。
やっぱり代わってもらえばよかった。
ピチピチになってたズボンももっと見てもらえればよかっ……
いやそれはどうだろう。
≪ウィッチ隊起床せよ≫
艦橋からの通達でウィッチ全員が起こされた。
◇◇◇
「「「おはようございま~す」」」
ウィッチ達は部屋を出て廊下で顔を会わすと、
「すみません、せっかく気を遣ってもらってベッドに入ったのに……」
「横になっただけでも全然違うから気にすんな。神経が高ぶるとそうなるのは仕方ないって」
勝田に背中を撫でられるが
「すみません……」
と肩を落とす秋山。魔法力回復してるだろうか。
扶桑組のウィッチは格納庫に一旦集合する。扶桑組ではないがシィーニーも後ろに並んでいた。
「まだ随分揺れてるねえ」
「風も収まってないよ」
天音と優奈が、これならもう少し寝てられるんじゃない? とぶつぶつ言う。そこに葉山少尉がやって来た。
「みんなおはよう。見ての通りまだ台風は通過中だが、気圧が上がってきてるからまもなく抜けるだろうと気象予報官が言っている。風がある程度収まり次第、航空隊は活動を開始する。準備に入るので起こさせてもらった」
「どんな段取りになりそうだ?」
卜部が聞く。
「北水道から船団を出します。防潜網を開ける前に対潜ウィッチと対潜哨戒機で潜水型ネウロイがいないか調べて、その後護衛艦を出して海域を確保。空母、商船の順に船を泊地から出していくそうです」
「最初に出るのはジェシカちゃん、ジョデルさんか。わたしはどうしますか?」
「一崎にも出てもらう。船団集結地の北側で広範囲にネウロイの接近を監視してくれ。西條中尉と下妻上飛曹はタンジャン島の波の静かなところで待機。潜水型ネウロイを発見したら出撃する。427空は基本的に一崎の探知情報で行動する」
「空の方は?」
「レーダーには今のところ飛行型ネウロイは映ってません。対潜ウィッチと同時にシェナンゴとサンティが直掩機として
「わあ……蒼莱直っちゃったんですね」
「それでは30分後にここに再集合。朝食は士官食堂で準備してある。フィッシュバーガーだそうだ。シィーニー軍曹が買った魚だって言ってたぞ?」
「へえ、シィーニーちゃんが?」
「あ、昨日ここの植民地軍の人が届けてくれたんです。シンガポール空軍シアンタン島出張所のシィーニー宛にと直々に。えっへん」
「え?! 冗談じゃなかったのか?」
「むふふー、戦闘終了後にはヤシの実ジュースもお出しする予定です」
「ヤシの実ジュースもあるの?!」
「優奈、わたしやる気出てきた!」
「おーし、みんな取りかかるぞ」
「「「はーい」」」
お久しぶりでございます。
まだ細部煮詰まってないところもありますが、秋めいて涼しくなってきたし、そろそろ再開といたします。
泊地からの船団出発のたった“1日”を、また数か月かけて書いていくことになるかと。(^^;