水音の乙女   作:RightWorld

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第139話「敵はまだいる」

 

煙幕で視界真っ白な中を護衛駆逐艦ハドソンの誘導だけで操船する貨物船マカレル号は、まもなく沈んでいる護衛駆逐艦の横を通過する。いや通過できるかは不明だ。船長は見張りに叫んだ。

 

「目ぇ見開いてろ! まばたきも禁止だ!」

 

その時、船のすぐ左に沈んだ護衛駆逐艦のマストと煙突の先っぽらしきものが幽霊船のようにぼうっと現れた。左舷見張り員が悲鳴を上げる。船橋の左ウィングにいた見張りも思わず叫んだ。

 

「危ねえ!」

 

左の船底の方からキイイイイっという金属を引っ掻いたような音が響いてくる。

 

「船底に接触!」

「誰か左舷側の浸水がないか見に……」

 

そこまで言いかけたところで駆逐艦の沈船が爆発した。煽られてマカレル号が右に傾く。

 

「うおおおお!」

「何だ?!!」

 

≪ネウロイが魚雷攻撃! 沈船に当たった模様!≫

 

「沈船が盾になったのか!」

「ラッキー」

 

≪こちらハドソン。面舵7度修正。これで北水道出口へ真っ直ぐだ≫

 

「もう少しだ、がんばれ! もう沈船はないぞ!」

 

沈船はないが、はるかに幅広い防潜網はある。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

煙幕で見えない中、防潜網の開口部で待つタグボートに船の近付く音が聞こえてきた。

 

「来るぞ!」

「下がれ! あっちは目隠し運転だ、俺達に当たるとも限らねえ!」

「後進一杯!」

 

タグボートが動き始めた時、靄の中からぬおっと貨物船の船首が現れた。

 

「ぎゃああ!」

「やべえ、こっち寄り過ぎだ!!」

 

ガリガリガリっと防潜網の鎖に貨物船の右舷側が接触した。タグボートの低い船橋の直前を、見上げるように高い貨物船の舷側の鉄の壁がぶつかる寸前で通過していく。

 

「うわああ下がれ! もっと下がれ!」

 

スピードを上げて通過していく貨物船の波でタグボートが激しく揺すられた。右舷側の見張りが驚いた顔で上からタグボートを見下ろしている。船尾の見張りも半身乗り出して見ていたが、過ぎ去り際にはタグボートに向かって大きく敬礼していった。

 

「こちらタグ6号。最後の貨物船が水道を通過!」

 

直後、靄から今度は小島のような黒い塊がタグボートの目の前を通過した。

 

「なんだこれは?!」

 

黒い塊からギラっと赤い光が発生し、船橋の乗組員は魔物に睨みつけられたような悪寒が体を走った。

 

「ネ、ネウロイだ。潜水型ネウロイの瘤の部分だ!」

 

ネウロイの瘤は北水道出口を通過すると水中に潜っていった。

 

「こ、こちらタグ6号! 潜水型ネウロイが北水道を今通過! 直後に潜水した!」

 

 

 

 

上空にはジョデルがいたが、北水道付近は煙幕が漂い海面がまるで見えない。ジョデルは焦りといら立ちを交えて語尾を強めた。

 

「これで水道から出られちゃったらどっちの方向へ潜るか分からない。今のうちになんとか見つけないとなのに!」

「ジョディー!」

 

ようやくのことジェシカが到着した。

 

「ジョディ、無線聞いてたわ。あと1隻の潜水型ネウロイはどこ?!」

「この煙幕の下よ! もう北水道から出ちゃった! でもどっちへ潜られたのか分かんない!」

「やだぁ、煙、船団の集結地の方に広がってきてるじゃない」

「このままじゃ煙幕と一緒に潜水型ネウロイも船団の中に連れていっちゃうわ!」

 

≪まあまあ慌てなさんな≫

 

煙幕の西の端を飛んでいた西條が会話に入ってきた。

 

≪煙幕は水の中までは入らない。ならうちのウィッチには見えてるんじゃないかな? ね、ウミネコちゃん≫

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

船と船の間を縫う2機の水上ストライカーユニット。後ろのウィッチの下から青白い波紋が定期的に広がる。言わずと知れた天音である。インカムに手を添えると西條の問いに答える。

 

「こちらウミネコ。北水道出口監視しています。先程防潜網から出ていく潜水型ネウロイを捉えました。しばらく貨物船を追ってましたが、速度を緩め向きを変えました」

 

≪ウミネコ、ミミズクだ。貨物船と潜水型ネウロイの向かった方向と位置を知らせろ≫

 

「はい。水道出口からの相対位置で伝えます。貨物船は方位350、距離520m。潜水型ネウロイは方位0、距離390m。針路は北北東」

 

≪なぜ針路を変えたんだ?≫

≪ミミズクさん、ブッシュです。潜水型ネウロイは船団集結地の中央に頭向けてます。恐らくですけど、船団を……沢山の船を見つけたからじゃないでしょうか≫

≪つまり目移りしたって事か≫

 

「あ、ウミネコです、潜水型ネウロイが浮上始めました! ジェシカちゃん!」

 

≪了解!≫

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

ジェシカとジョデルは天音が伝えた位置、北水道出口から真北、およそ400mへ向かった。

 

「煙幕が邪魔だわ!」

「ジョディ、私が爆雷をばら蒔くわ。水面で爆発させるから、爆風で煙幕が飛ばされたらネウロイをやって!」

「分かったわ!」

 

ジェシカは4発の爆雷を僅かに間隔を開けて投下した。横一列に爆発が起こり、上昇する爆発の雲に煙幕も吸い上げられ、水面が表れた。そこに潜水型ネウロイが浮上して姿を表す。

 

「いた、ジョディ!」

「任せて!」

 

ジョデルが潜水型ネウロイに真っ直ぐ突っ込み、アヴェジャーから爆雷を2発投下した。そこでネウロイの船尾から物凄い噴流が起こる。瞬間移動に使う水のジェット噴射だ。爆雷はネウロイのいなくなった海面に落ちた。

 

「往生際悪い!」

 

旋回するジョデルは高度を上げてもう一度爆撃コースを取る。その間に爆雷を使い果たしたジェシカが、船団方向への針路を邪魔するように機銃で攻撃した。潜水型ネウロイは水上航行のまま右に左に舵を切る。

 

「やだこのネウロイ、なぜ潜行しないの?!」

 

高度を取ったジョデルは急降下を開始した。頑丈なアヴェジャーは急降下爆撃もできるのだ。急降下爆撃の利点は、敵艦が回避運動を取ってもついて行ける事だ。だから命中率が格段に高いのである。

 

「これで終わりよ!」

 

回避しても間に合わない位置で爆弾が切り離された。右に曲がろうとしたネウロイだが、動くより早く瘤を殴るように爆弾が突き刺さり、爆発の後、ピカッと光ると花火のように白い破片となって飛び散った。

 

「潜水型ネウロイ撃沈!」

 

≪お見事、デラニー少尉≫

≪いい爆撃だった≫

 

見守っていた西條と千里が健闘を称える。だがジェシカは気に食わない顔で呟いた。

 

「気に入らないわね」

 

≪こちらミミズク。ブッシュ少尉、どうした?≫

 

「あ、はい。今の潜水型ネウロイ、潜って逃げようとしませんでした。水上にいる事にこだわってたように思います」

「そういえば潜水型ネウロイらしくなかったわね。水上艦のような回避をし続けてばかりで」

 

≪どういう事だ?≫

 

「私の想像ですが、水上にいて目視で確認したかったんじゃないかと思います。その、船団を」

 

≪船団を目で見たかったと言うのか?≫

≪でも沈んじゃったらしょうがないじゃん。見収め?≫

 

「あるいはそう命令されたか」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

零式水偵の偵察員席で葉山は大きく頷いた。

 

「……あり得る。今までの奴らの役割分担からも考えられる」

「指揮する奴がいるケースか?」

 

卜部が振り向いた。

 

「そうです。奴らは犠牲を厭わない。その身に代えて情報を探ったんです。そして奴らはどういう方法か分からないが情報を共有できる」

「じゃあ沈む前に仲間にはもう知らせちゃったって事?」

 

葉山の後ろの勝田も投げかける。

 

「ウミネコ、他に潜水型ネウロイはいないか?」

 

≪こちらウミネコ。わたしの探知範囲にはいません。てことは、それより遠くからでもお話しできるんですか、ネウロイは≫

 

「短波無線だって何百キロも届くからな」

 

≪あ、そうか、扶桑放送協会の海外放送は地球の裏側でも聞けますもんね≫

 

「地上の放送局は比較対象になるか分からんが……少なくともまだ敵はそこいらにいるってことだ。詮索は分析班に任せよう。報告はミミズクからする。ブッシュ少尉、デラニー少尉。君らは爆弾を使い切ったんじゃないか? サンガモンの指示を仰いでくれ。西條中尉とカツオドリも再爆装に戻ってくれ」

 

≪≪了解≫≫

≪≪ラジャー≫≫

 

 

 




ということで、まだまだネウロイはやって来ますですよ。


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