上空に付きまとうジェシカを鬱陶しいと思ったか、母艦ネウロイはあちこちにある赤いパネルからビームを放つ。ジェシカが携行していたM1919機関銃で反撃すると、今度は三角形の甲板の中央付近に穴が開き、上空へ向けH型の何かが多数飛び出してきた。それは上空で蜂の群れのように旋回し、わんわんと唸るとジェシカの方へ向けビームを発射してきた。
「ひゃあああ! やだ、飛行型ネウロイが出てきたあー!」
ジェシカのアヴェジャーは雷撃脚。空戦できる機体ではない。飛行型が現れた時点で逃げるしかなくなった。
「こちらジェシカ・ブッシュ! 母艦ネウロイが飛行型ネウロイを射出しました! 数12機! アルファベットのHのような形してビーム砲1門を搭載、物凄く高機動です! もうやだ、逃げます!」
≪ミミズクよりカツオドリ。 ブッシュ少尉の援護急げ!≫
≪カツオドリ了解≫
緊迫する無線の中で、1人冷静な声が返事する。だがその冷静な声とは似ても似つかぬカミソリのような殺気が、シアンタン島の方角から飛んできた。逃げるジェシカと追う飛行型ネウロイの間に飛び込んできたのは二式水上戦闘脚。機関砲の射撃音と共に横一文字に横断すると、先頭のネウロイがパシャッと光の粒に変わる。
「千里曹長!」
後ろを横切ったフロート付きのストライカーユニットを識別してジェシカが叫んだ。
新たな敵の出現で飛行型ネウロイが戸惑った隙にジェシカはビームの射程外に逃れた。そして一足遅れてやってきた西條と合流する。西條は12.7mm機銃を撃ってネウロイを牽制した。千里も反復攻撃はせずジェシカを追い背後を守る。
H型の飛行型ネウロイは深追いせず、そこでくるりと向きを変えると、母艦ネウロイの上へ戻っていった。
◇◇◇
ジェシカからの母艦ネウロイの詳細な報告を聞いていた空母サンガモンでは、皆さらに深刻な表情になっていた。
「最も恐れていたビーム砲を持つ水上型ネウロイか!」
「飛行型ネウロイも射出したという事は、空母機能も持っています」
「潜水型ネウロイの母艦でもある。こうなると小さなネウロイの巣だ」
その時、連絡の為艦橋に訪れていた水兵がいきなり大声で叫んだ。
「インペリアル級だ!」
「な、何だ?」
「単艦で戦域制圧できる搭載能力と砲撃力を有する、まさにこれはインペリアル級戦艦だ。飛行型はタイ戦闘機に間違いない。オレはそいつを知っている!」
みんなが一斉に大声の主へ振り向いた。
「なんだと? 知っているだと?!」
「誰だ君は!」
「はっ! 通信班連絡隊員のジョセフ・ルーカス上等兵です!」
ルーカスはまくし立てるようにインペリアル級について説明し始めた。彼はやけに細部まで詳しく、しかもその外見は報告の母艦ネウロイと著しく一致している。知っているというのは本当なのか……。そしてルーカスは奴の弱点についても言及した。それは艦橋部分だという。
「あいつの船体は強力なシールドで守られていますが、艦橋部分はセンサーを邪魔しないようシールドが弱くなっているんです。艦橋を破壊すれば制御不能に陥ります」
「本当かそれは!」
「私はあいつを知っているのです」
その真剣な眼差し、彼の説明するネウロイの細部の酷似に、船団の危機に対し藁をもつかむ思いの司令部はルーカスに賭けた。
「よろしい、詳しく攻撃ポイントを教えてくれ」
「はっ!」
◇◇◇
ルーカスの情報に基づき、砲撃力のある艦が選出された。護衛艦隊で1隻だけいるフレッチャー級駆逐艦『トラーゼン』と、護衛駆逐艦で唯一12.7cm砲を持つジョン・C・バトラー級護衛艦『エヴァソール』だ。
「大砲の口径だけならもしかして船団最大か?」
伊401の千早艦長は艦橋の上で笑いながら言った。伊401は14cm単装砲を1門後部甲板に持っていた。
「もっとも電探連動もない砲側での照準機構しかないから、相当接近しないと当てられないだろうが、魚雷なら超逸品だ。俺達は雷撃のチャンスを窺うとしよう」
伊401もエヴァソールに続いて船団を離れる。
攻撃は艦船だけではない。哨戒に出ていなかった各空母の
そして母艦ネウロイの前衛に展開している潜水型ネウロイ。これを排除しないと砲撃に向かう駆逐艦が接近できない。その任務に当たるのは勿論対潜ウィッチだ。ジェシカ、ジョデルだけでなく天音にも向かうよう命令が出た。天音のサポートに優奈が就き、対潜ウィッチ隊の指揮を卜部機に乗る葉山が執ることになった。
4隻の空母から飛び立った
「ブッシュ少尉、大型爆弾にしますか? それとも魚雷ですか?」
「いつもの対潜爆雷を急いで積んで! 母艦ネウロイの前にいる潜水型ネウロイを片付けなきゃ! マイティラットも持ってくわ!」
ストライカーユニットを一旦脱いで歩いてくるジェシカに秋山が不安な顔一杯で聞いた。
「ジェシカ少尉、母艦ネウロイってそんなに大きいんですか?」
「何て言うのかしら……島?」
「島?! うう、行きたくないよぉ」
「秋山さんは母艦ネウロイの上にいる飛行型ネウロイを叩き落として下さい。そうしないと攻撃機隊は近寄れないんです」
「そ、そうですよね。分かってます。分かってますとも。……分かってるんですけど……」
航空隊が向かっていく空をちらっと見てブルブルっと身震いした。
二人が会話している時、空母の上、いや船団上空は一瞬空っぽだった。それに誰も何とも思わなかった。巨大な母艦ネウロイに頭がいっぱいだったからか。だが、ネウロイはその一瞬を待っていたのだ。
◇◇◇
「CIC、こちらレーダーです。おかしいです。巨大ネウロイに向かっているF4F戦闘機隊がレーダーから消えました」
「何だと?! 防空指揮所、味方戦闘機隊は見えているか!」
≪防空指揮所からは遠ざかりつつある戦闘機隊が見えています≫
「レーダー、水上艦や島は見えているか」
≪水上目標は見えています≫
「対空レーダーの故障か?」
「スワニーからです。我、対空レーダーに異常」
「本艦だけでなくスワニーもだと?」
「同時に壊れるなんて……まさか!」
その時、船団の正面上空に雲を突き破って黒い塊がいくつも現れた。
まとわりついた白い雲の靄が風に飛ばされて取れていくと、そこには大きなファンを付けた腕を持つネウロイの姿があった。
「き、気象制御ネウロイだ!!」
電波妨害物質を撒きながらレーダーを無効化しつつ接近の機会を窺っていたのだ。絶妙のタイミングで生き残りの気象制御ネウロイ4機が高空から船団を強襲してきたのだった。ワイルドキャット戦闘機隊、シィーニー、千里は母艦ネウロイに向かっており、ウィラ、秋山はまだ発艦準備中。船団の上空はがら空きだった。
「しまった!!」
気象制御ネウロイが一斉にビームを発射した。
「うわああ、やられる!!」
ジョセフ・ルーカス上等兵の元ネタは映画監督のジョージ・ルーカスです。って言うまでもないか。