水音の乙女   作:RightWorld

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第145話「伝え行く魔眼の技(2)」

 

 

≪ジョディ、あと2隻よ! どこ行った?!≫

≪隊列の真ん中の方のが残ったはずよ!≫

 

アヴェジャー2機が乙の字捜索をする。すると海底近くでサンゴ礁に擬態したまま移動している潜水型ネウロイを発見した。

 

「見つけた!」

 

ジェシカが旋回して速度や深さなど爆撃に必要な諸元を測定する。

 

「目が慣れてきて擬態してても分かるようになってきたわ」

「天音さんの言う、タコ漁師の域に達したってことね」

「デビルフィッシュ? げろげろー」

 

潜水型ネウロイは瘤の目を上に向けて水上の様子を見張っていた。ウィッチが上で旋回し始めたことで発見されたと察すると、瞬間移動に使う水噴射を威力を弱めて海底に向け吹き付けた。すると海底の砂や泥を巻き上げ、あたかも煙幕を張ったようになる。

 

「ああ! 見えなくなる!」

「やだ、そんな技どこで覚えたのよ!」

 

2隻の潜水型ネウロイは水噴射を巧みに操作し、広範囲に砂を巻き上げている。砂と泥の幅広い煙は北の方へかなりのスピードで伸びていった。北へ、つまり潜水型ネウロイは船団をしっかり目指して移動しているということだ。

 

「天音さんなら見えてるんじゃ……」

「そ、そうだわ。ウミネコ先生、こちらジェシカ・ブッシュ。ネウロイが水中で煙幕みたいなこと始めて視界不良で見えなくなっちゃいました! そっちから捕捉できますか?!」

 

≪ジェシカちゃん、こちらウミネコ。ウミネコからの方位172、距離7250m。不規則に蛇行しながらこっちに来るよ≫

 

「さすがウミネコ先生!  あわー、でもウミネコ先生を起点にされるとどこだかわからないです。私達からウミネコ先生見えないですし」

 

≪で、でも近くに相対位置の起点にするものがないよ。どう伝えたらいいんだろ≫

 

「427空だとどうやるんですか?」

 

≪わたし達は水上ストライカーだから、水上に降りてくれれば、そこからの位置を伝えられるんだけど……≫

 

「アヴェジャーは水上に降りれないですもんね。やだぁ、困りました。」

 

≪501JFW(統合戦闘航空団)の坂本だ。私が降りよう≫

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「501JFW(統合戦闘航空団)の坂本?! 坂本美緒少佐ですか?!」

 

優奈が飛び跳ねた。優奈は海外で活躍する扶桑のウィッチに対して信仰に近いほどの憧れを持っている。

 

「天音! 急いで追い付くわよ!」

「なあに? また三羽烏の誰かなの?」

 

優奈がいつも見せないアイススケーターのような綺麗な急ターンを描いて天音の肩を掴む。

 

「何度言えばわかるの?! リバウの三羽烏の坂本様よ!! いい加減覚えなさい!!」

「ゆ゛ゆ゛、ゆ゛う゛な゛、ぞんな゛に激じぐ揺すっぢゃだめ゛! 意識が、いじぎが飛ぶ!」

「伝説の501JFW(統合戦闘航空団)の戦闘隊長がすぐそこに…… 急がなきゃ!」

「わあ、置いてかないで! 優奈、魔法障壁で海を静めてくれるのは?!」

「もう時化収まったでしょ!」

「あーん、楽チンだったのにー」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「501の坂本少佐って怖いんでしょ?」

 

ジェシカがちょっと不安な顔をする。

 

「そう言われてるけどね」

 

≪リベリオンの対潜ウィッチ。こちら坂本美緒少佐だ≫

 

「リベリオン海軍CVW(空母航空団)771のジェシカ・ブッシュ少尉とジョデル・デラニー少尉です。よろしくお願いします」

 

≪こちらこそよろしく頼む。2人は同じ固有魔法なのか?≫

 

「はい。感知系魔眼の水中透視眼です。水の影響受けずに、水がないみたいに水中を見ることができます。天音さんの水中探信(アクティブソナー)とは別の魔法になります」

 

≪そうか。水中透視眼か≫

 

そう呟いたところでしばらく通信が途切れ沈黙の時間が続いた。ジェシカとジョデルは顔を見合わせて首を傾げる。零式水観はジェシカ達と同じ高度をこちらへやって来る。

しばらくして零式水観が横に付いた。だが水上に降りる気配はなく、ジェシカ達と一緒に飛んでいる。ようやく無線を通じてインカムに美緒の声が入ってきた。

 

≪水中はどんな塩梅だ?≫

 

「はい。ネウロイは海底の砂や泥を巻き上げて煙幕のようにして身を隠しながら艦隊の方へ進んでいます」

 

≪ネウロイを見ることはできないのか?≫

 

「砂煙の中までは……」

 

ジェシカが少しおっかなびっくりに言う。

 

≪ふむ……。おまえ達の水中透視眼はまるで水がないように水中が見えると言っていたが、見渡せる広範全体がそんなふうに見えるのか?≫

 

美緒の問いかけにジョデルが答えた。

 

「そうですね。視野は普通の視界と変わらないです」

 

≪そうすると魔眼が可視光の特定波長を強調して、普通の目を介して視ているのかもしれないな≫

 

「普通の目?」

 

≪魔眼だけで見る世界は普通の目で見るのとはちょっと違った見え方をする≫

 

「ええ?! あたし達は魔眼だけで見てるんじゃないんですか?」

 

ジョデルが驚いて聞き返した。

 

≪どんな風に見えるかは個人差があるから一概には言えないが、大概は目標物以外の周囲はぼやけると言うか、見えてないというか、意図的に無視してるというか。ああ、私はもうあがり(・・・)を迎えてしまったが、ウィッチだった時は私も固有魔法は魔眼だったんだ≫

 

「やだあ、ストライクウィッチーズ坂本少佐の魔眼は超有名ですよ。ネウロイのコアを見つけられたんですよね!」

 

声がいつもより上ずってる。ジェシカが興奮気味なのはしぐさからも分かった。

 

≪それはついでで、本来は遠距離視だ。いいか、魔眼の制御には我々の眼が普通の眼とは異なるということを認識することが重要だ。これはカールスラントのガラント……、今は中将か。当時は大尉だった。彼女からの受け売りだがな≫

 

「アドルフィーネ・ガラント中将?!」

 

≪ああ。私は当初魔眼を制御できなくて苦労してたんだが、あの人に色々教わってだんだん使えるようになったんだ≫

 

「そうなんですか? やだ、すっごい裏話聞いちゃった」

 

≪あの人はこう言った。我々が見たいと思えばそれは視える、とな≫

 

「みたいと思えばみえる?」

 

≪さっきも言ったが、我々の眼が普通の眼とは異なるということを認識することが魔眼の制御には重要なんだ。だからその違いを使い分けられるようになると魔眼は本領を発揮する≫

 

「はあ」

 

≪普通の目は可視光を捉えるものだが、魔眼の場合はそうとは限らない。微弱にしか届かない可視光の一部を強調して視る場合もあるが、多くの場合は別の何がしかを捉えて視ているのだ≫

 

「別の何がしか? あたし達は太陽光が水中に届いて物体から跳ね返ってきた可視光線を見ているのではないのですか? 夜になると見えなくなりますよ?」

 

≪太陽から降り注がれているのは光だけじゃないかもしれないぞ。とにかく魔眼は別のものを捉えられるのだ。例えばネウロイのコアだが、あれは別にネウロイの体を透かして見てるのではなく、表面に漏れ出ているコアから放射される何かを魔眼によって視ているんだ≫

 

「そ、そうだったんですか!」

 

≪おまえ達の水中透視眼も何かを捉えている。それを通常視界で見られるのは凄いことだと思うが、先程言った見たいと思えば視えるという見方は、視たいものに対して物凄く集中する必要がある。ガラントさんが照準器で視界を限定させるのはその為だ≫

 

「集中して見ると何が視えてくるんでしょう。今でも水の中は見えてますよ?」

 

≪私は以前リバウにいた時に、オラーシャのウィッチで水中透視眼をもつ人に会ったことがある。不時着時の行動資金用に貰っていた銀貨を川に落としてしまって途方にくれていたら、その人が水中透視眼で見つけてくれたんだ≫

 

「そういうの、あたし達の得意分野だわ」

「水の中の落とし物と言えば必ず呼ばれるもんね」

 

≪だがその川はすぐ上流での戦闘で土砂崩れがあって水が酷く濁ってた上に、土砂が厚く積もっていた。にも係わらず、その人は泥の中(・・・)から銀貨を見つけたのだ≫

 

「茶色く濁った水で?!」

「しかも泥の中?!」

 

≪その人はこう言っていた。大量に水を吸うと泥や砂も見通せるようになるんだと。だから水は透けているのではなく、水を媒介にして見ているんじゃないかとな≫

 

「水を大量に含んだ泥!」

「水は水中を見るための媒介?!」

 

≪水中透視眼はとても珍しくて私もその人以外に会ったことはないが、ひさしを作るように視界を狭くして見てたから、私の魔眼と根本は同じだと思った。ガラントさんが言った通りだ≫

 

「あたし達のも同じ水中透視眼だとすれば、水中にあるかぎり砂煙でも泥煙でも見透かせるはず?」

「それどころか、天音先生みたいに砂の中に埋まって隠れた潜水型ネウロイだって見つけられるかもだよ?! やだあ!」

 

ジェシカとジョデルは顔を付き合わせて目を輝かせた。

 

 

 

 

零式水観がすぐ横を通過した。ターンすると降下していった。

 

「目標の場所がわかっているところでやってみようか。付いてこい」

 

そう言うと美緒は零式水観を少々波の高い海に着水させた。

 

≪ウミネコ、こちら坂本だ。水上機を着水させた。どこだかわかるか?≫

≪坂本さん、こちらウミネコ。わたしから見て方位169、距離7600mに降りたのがそうだと思います。フロート3つの水上機ですね?≫

≪ちょっと天音! 坂本少佐と呼びなさい! あの方はあんたよりずっと上官、いえレジェンドよ!≫

≪はっはっは、そのままで構わない。私をネウロイの上まで誘導してくれ。にしても7600m先からフロートの数まで数えられるのかお前は。電探の比じゃない探査力だな≫

≪分かりました。西側にいる1隻の方へ案内します。針路348へ向かってください。およそ500mです≫

≪了解した。ジェシカ、ジョデル。私からの相対位置はわかったか? 魔眼でその辺を見てみろ。余計なものが目に入らないように手で視界を狭めると集中できていいかもしれない≫

 

「手で視界を狭めて……」

 

ジェシカは両手で目の上に屋根を作って零式水観の500m先を見る。

 

≪坂本さん、ウミネコです。ネウロイが針路変えました。008へ変針して下さい≫

≪了解≫

 

零式水観が右へと曲がる。ジェシカとジョデルは零式水観を飛び越え、ネウロイの予想される上で旋回しつつ水中を凝視する。

ジェシカが呟いた。

 

「海底から巻き上がる砂煙でいっぱい。これが見えてるってことはまだ私は本当の魔眼で見てないってことかな」

「どうやって見ればいいのよ」

 

少しイラついたようにジョデルが言う。一度目を離し、上を向いてぎゅっと目を瞑った。今まで瞬きをしてなかったのだろうか。目にじわっと涙が沁みて目頭が熱くなる。

再び開くと視界を海面に戻す。振り返って美緒の零式水観の方を見た。零式水観の横の水中にも砂煙が広がっている。

ふと急にその砂煙が、みぞれが溶けて水になっていくように消えていき、黒い物体を捉えた。

 

「え?!」

 

目をぱちくりする。だが瞬きしたらいつも見る水中透視眼の景色に戻っていた。もう水中は舞い上がる泥のもやでいっぱいだ。

 

「ウ、ウミネコ、こちらジョデル。もう1隻の潜水型ネウロイはどこにいますか?」

 

≪ジョデルさん、ウミネコです。実はちょっと気になる動きをし始めてて、ぐるっと東へ回って今南へ向いてます。位置は水上機からの方位062、距離310m≫

 

「それって……さ、さっきそれ見えたわ!」

「ジョディ?」

「どうやって見えたのかしら。たしか雪が水の上に落ちて溶けていくようなイメージで泥や砂の煙が消えていって……」

 

両手で双眼鏡を作るようにして視界を限定させ、目をこらして零式水観の東側を見る。

ジョデルの赤紫に光る目の奥が虹色にさらに輝く。砂煙のもやが溶けてなくなっていく。全てが融け切ったとき、目線の先に右へ回頭する潜水型ネウロイが現れた。

 

「い、いた! 見えた!」

 

≪ジョデルさん、潜水型ネウロイの動きが怪しいです! 向きを変え……水上機の方を向きました!≫

 

ジョデルは潜水型ネウロイの艦尾が渦巻いてくるのを見た。

 

「ジェット水流?! 坂本少佐、水上機を至急移動させて下さい!!」

 

美緒は間髪を入れずスロットルを開ける。さっきからいやな感覚で尻がうずいていたのだ。

動き出した零式水観の後ろで海が盛り上がった。

 

 

 




ストライクウィッチーズ零でのガラントさんによる坂本さんへの講義、途中で終わってしまいましたが、あの書かれていないところをでっち上げ、水中透視眼に結びつけるのはずいぶん苦労しました。

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