水音の乙女   作:RightWorld

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2020年「ストライクウィッチーズ ROAD to BERLIN」に捧ぐ、『水音の乙女』第3章最終回!




第151話「3章エピローグ ~わたし達の使命~」

 

その後、芳佳の6時間に及ぶ魔法治療により、レアの足の死にかけていた細胞組織は修復され、通常の医療処置で治る程度にまで回復した。

 

ウィッチ達は一晩の休息と睡眠、食事をリベリオンの空母で取ると、翌朝には早くもそれぞれの原隊へと戻っていった。

 

美緒と芳佳は震電で使う部品を持って零式水上観測機で一足先にシンガポールへ、そして欧州へ。

 

427空も神川丸との合流ポイントへ向け出発した。西條の瑞雲のフロートに開けられた穴は、空母の整備兵によって朝にはきれいに修理されており、何の問題もなく水上滑走することができた。

 

シィーニーは当初の命令通り空母サンガモンに残り、シンガポールまで運んでもらう。

 

秋山も358空への合流はシンガポールでいいと鶴田少佐からの連絡を受け、シィーニーと部屋を分け合ってシンガポールまでの僅かな船旅をジェシカ達と共にすることになった。

 

イオナは伊401に戻り、HK05船団とは別行動でシンガポールへ向かった。

 

 

 

 

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2日後、HK05船団は予定より8日遅れでシンガポールに到着した。

 

そのすぐ後に神川丸が護衛するHK06船団が入港したので、2個船団分の貨物船によってジョホール海峡は所狭しと船が並んだ。補給、準備の整った船から欧州へと向かい、ひと月もすればこれらの船が次々と入港して、欧州の港は久々に忙しかったかつての活況を思い出すだろう。

 

 

 

 

すぐに再会することになった427空とCVW(空母航空団)771のウィッチ達だが、それにシィーニーとイオナ、秋山を加えてシンガポール市庁舎(現在のシティ・ホール)に集められ、軍の宣伝も兼ねたリベリオン軍主催の盛大な勲章授与式とパーティーが行われた。

閉じ込められた船団救出への貢献と、今回のネウロイは水上型や擬態ネウロイ、暗雲による広範囲な空間支配など初物が沢山あったこと、そして小さな巣ともいえる母艦級の巨大ネウロイ含めアナンバス諸島方面のネウロイを一掃したことが受勲につながった。

 

シンガポールに支局を置いている各国の新聞社や記録映画会社が華々しい式典を撮影し、可憐なウィッチ達を写し、人類の戦果を配信する。

 

シィーニーにとっては初の晴れ舞台だったが、シンガポール基地で留守番していたバーン大尉とブリタニア人ウィッチのジェシカ・アンウィン曹長がブリタニア軍関係者として出席していたため、リベリオン海軍にジェシカ・ブッシュ少尉がいたこともあり混同されて、ブリタニア軍ウィッチとして新聞の写真に載っていたのはアンウィン曹長の方だった。バーン大尉も訂正を求めなかったので(意図的?)、結局マレー人植民地兵のシィーニーが知れ渡ることはなかったのである。

一方の天音は、ジェシカ、ジョデルと3人並んで大活躍の対潜ウィッチとして写真を飾り、水中を見る能力のあるウィッチの募集広告にも一役買ったのであった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

式典と取材対応の後の立食形式パーティーは、どちらかというとこれからシンガポールで活動を盛んにする事になる新参者のリベリオンが、地元の有力者や政治家などに顔を売り込むのが目的のようで、領事館の者や佐官将官クラスの人があちこちで挨拶に回っている。もちろんウィッチも、笑顔と握手だけだが外交の一部を担わされていた。その点、地元のブリタニア軍や、先に活動していた扶桑組は比較的のんびり喫食を楽しんでいた。

 

疲れた顔でリベリオン海軍TF77.1(第77任務部隊第1群)司令のT.スプレイグ少将とCVW771(第771空母航空団)ウィッチのウィラ・ホワイト中尉、ジェシカ・ブッシュ少尉、ジョデル・デラニー少尉が帰ってきた。

 

「ご苦労だったな。まあ冷たいものでも飲んで一休みしよう」

 

扶桑海軍第12航空戦隊『神川丸』の有間艦長が、スプレイグ少将に虎のマークのビールを瓶のまま差し出した。

 

「お疲れ様、少将。こっちのビールはライトテイストだから乾いた喉を潤すにゃ最適ですよ」

「ありがとうございます。ティーガービールは現地とネーデルランドの合弁会社が作ってるんじゃなかったですか? ネーデルランドは陥落したのに工場は動いてるんですか」

「スマトラの製油所なんかもそうですが、国へ帰れないので、そのまま居座って操業してるのがほとんどです。彼らは生活の為でもありますが、我々としても助かってます」

「危険な欧州へ無理矢理帰って逃げ回るよりは、その方がよっぽど安全ですか」

 

カチンと瓶をぶつけあってグイっとあおる。

 

一崎天音一飛曹と筑波優奈一飛曹もマンゴージュースの入ったコップを持ってやってくると、ジェシカ達に配った。

 

「大変だったねぇ、ジェシカちゃん。顔が営業スマイルのまま固まってるよ?」

「えへ、えへ、やだもう、元の顔がどんなだったか忘れちゃいました」

「あ、シィーニーちゃんだ」

 

ジェシカは顔を上げたものの、見えたのは恰幅のいいおじさんと、笑みを見せているが何故か嫌味がじっとりと滲み出ているブリタニア人士官だった。

 

「有間大佐」

 

やって来たのはシンガポール空軍司令のスミス大佐とバーン大尉だった。

 

「一足先に現場の者はお世話になりましたが、これから本格的によろしくお願いします」

 

既に少し酔いが入ってご機嫌のスミス大佐に、有間艦長も笑顔で応対する。

 

「素晴らしい素質をお持ちのウィッチですよ。来ていただける事に感謝します」

 

司令より偉そうにバーン大尉がその先を受け持った。

 

「補給路を守ることは世界をネウロイから守る事の屋台骨。ブリタニアが見ぬふりをすることは出来ません。では軍曹、くれぐれも我々の評判を落とすことがないように」

 

バーン大尉からロンドンの冬の冷気を浴びせられたように震えながら前に出てきたのは、マレー人植民地兵のシィーニー・タム・ワン軍曹だ。

 

「シィーニーちゃん、本当に12航戦に来てくれるんだね」

「シィーニーさん、大歓迎するよ!」

 

天音と優奈が駆け寄る。

 

「ご、ご指導のほど、どうぞよろしくお願い致します」

 

『(ぼそぼそ)硬いねシィーニーちゃん』

『(ぼそぼそ)某大尉がいなくなるまでの辛抱です』

 

「この後12航戦はどうするんですか?」

 

スミス大佐とワインをがぶがぶ飲み始めた有間艦長に優奈が聞いた。

その向こうで第22駆逐隊の水雷ウィッチ艦長達が、また子供と間違えられて警備兵に連れて行かれるのが目の隅に映ったような気がしないでもない。

 

「12航戦はシンガポールのセレター軍港のドックに入り、大規模な整備を行う。その間は暫く休暇だな」

「やった、休暇だ」

「やっと休暇だー」

「待ちに待った休暇だー」

 

天音と優奈に加え、勝田佳奈子飛曹長が両手を上げて全身で喜びを体現した。

 

「艦は長期ドック入りするが、私達は一足先に招集して水上機基地で訓練だからね」

 

対潜指揮官の葉山里見少尉が浮かれる連中にくぎを刺す。

 

「水上機基地って、チャンギ港のところのですか?」

 

天音が葉山に聞き返す。

 

「いや、ルダン島だ。この間のHK06船団で、名古屋丸が施設員と物資を下ろしていった。休暇が終わったころには水上機基地として出来上がってるはずだ」

「ルダン島?!」

「あのリゾート基地ですね?!」

 

ルダン島はHK02船団の時に休息地として使ったマレー半島の東側にある島だ。奥行きのある静かな湾と珊瑚礁、真っ白できれいなビーチを備えた、めちゃめちゃ美しいところだった。

 

「リゾートだー」

「休暇の続きだー」

「いいなあ。僕はこれで最上に戻っちゃうから一緒に行けないよ」

 

がっかりしてるのは航空巡洋艦『最上』から427空に応援に来ていた西條中尉だ。

 

「ちがう、訓練だ。訓練に行くんだ!」

 

葉山が正す。

 

「勝田、私は水着を新調していこうと思ってるんだ」

「それよりでっかいゴムボート買おうよ、卜部さん。零式水偵で引っ張ったら迫力あるんじゃないかな」

「卜部さん、私達訓練に行くんでしょう?!」

 

葉山が427空飛行隊長の卜部ともえ少尉に必死に食い下がって抵抗するが、もうみんなリゾートで遊ぶことで頭の中が一杯である。結局葉山はぜーぜー肩で息を切らすだけだっだ。その背中を天音はさすりながらリベリオンのウィッチに話しを向ける。

 

「その間の船団護衛はジェシカちゃん達がやるんだね」

「はい! 皆さんの分もがんばって輸送航路を守ります!」

「交代する前に一緒に戦っていろいろ教われたのは、我々にとってはラッキーだった。特に対潜ウィッチはな」

 

ウィラがジョデルに目を向けると、ショデルも頷いた。

 

「ええ。あの数日間で得たものは、今までの訓練の何倍も濃かったわ。ありがとう天音先生」

「ジョデルさんまでやめて。本当の水中透視眼の使い方は501JFWの坂本さんに教わったんでしょう? ジェシカちゃんもジョデルさんにコツを教わるんだろうから、今度の先生はジョデルさんにしてよ」

「やだ、ウィッチが海のネウロイに何ができるかのお手本は永遠に天音先生です!」

「はぁ……」

 

358空の鶴田正子少佐と秋山典子上飛曹が挨拶にやってきた。

 

「パーティーの最中だが、名古屋丸が出港するのでこれで失礼します」

 

有間艦長とスプレイグ少将が秋山に歩み寄り、手を差し伸べると破顔で握手をした。

 

「結構無茶な命令だったが見事完遂した事は素晴らしかった。頑張れよ」

「今回は本当に助けられた。ヨーロッパでも活躍を期待していますよ」

 

ウィッチ達も集まってきて、秋山に励ましの言葉を掛けると握手や抱擁をした。そこにリベリオンのレア・ナドー少尉が車椅子でやってきて「ノリコ」と声を掛けた。秋山が涙で頬を濡らして抱きついてくる。

 

「レアさ~ん」

「ノリコ、治ったら会いに行くからな」

「それだけを頼りに生きていきます」

「それじゃあ秋山上飛曹の武運を祈って、バンザーイ」

「「バンザーイ」」

 

勝田と卜部、西條が音頭を取ると、扶桑組が皆して万歳した。あっちで伊401の霧間イオナ少尉と千早艦長が小さく手を振る。

何だなんだと会場中から注目されたので、秋山は恥ずかしくなって後ろを向くと、下妻千里上飛曹とバッチリ目があった。丁度食べ物を取ってきたところで、両手は倒壊寸前まで積み上げられた食べ物の塔が立っている皿で一杯である。

 

「すまない。両手が塞がっているので。バンザーイ」

 

千里は口だけで送り出した。

 

「秋山さん。お互い戦闘脚使いとして、ガンバ」

「あ、ありがとうございます」

「そして世界を平和にして、皆で戦闘脚でないストライカーで飛びたい、な」

 

そう言うと食物の塔のてっぺんにあった鳥モモをパクっと咥えた。

 

「そ、そんな日が来るでしょうか」

 

不安で心配でという顔の秋山を、シィーニーと優奈と天音が取り囲む。

 

「秋山さんはでっかい気象制御ネウロイに、もっとでっかい島みたいなネウロイとも渡り合ったんですよ。もう怖いものなんてないです。シンガポールを一人で守ってたわたしが言うんです、間違いありません」

「グラディエーターで戦っちゃうような怖いもの知らずのシィーニーさんに言われてもなぁ」

「勲章持って欧州入りなんて、あっちじゃ頼られまくっちゃうね」

 

天音が笑顔で言うと

 

「か、代わりに欧州行ってください」

 

と青い顔して呟いた。

 

「アジア出るだけでこんなに大変なのに、欧州……。遠いですね。いつ帰ってこれるんだろう」

「もうホームシックですか? 扶桑食材ならあたし達がしっかり護衛してちゃんと届けさせるわよ」

「お友達のひかりさんもあっちにいるんでしょ? 宮藤さんもいるし、わたし達とも海で繋がってる。何かあれば駆け付けるよ」

「天音さん達が欧州に来るときは、あっちの海が本気でヤバイ状態ってことでしょう?」

「こっちの海のネウロイ全部やっつけちゃって、暇になったから行くのかもしれないわよ?」

 

楽観主義者の優奈らしい見通しである。

 

「本当に欧州まで戦いに来ますか? ひと段落すればせっかく国に帰れるのに。わざわざ危なところへまた?」

 

秋山は一人ずつ顔を見やった。

天音が真っ先に答えた。

 

「行くよ」

 

秋山はびっくりした。

 

「ほんとに?」

「行くよ。わたしは海軍に来てくれって言われたとき、忘れかけてた思いを優奈の言葉で思い出してから、もう迷わないって決めたんだから」

 

「ねっ」っと天音は優奈を見上げた。

 

「ふふ、そうだよ。その為にウィッチになったんだもん」

「ユーナさんの言葉?」

 

シィーニーがハテナ顔をする。

 

「427空皆の思いでもあるわ。千里、卜部さん、勝田さーん。あ、葉山さんも!」

 

427空を集める優奈。

 

「どうしたの?」

「円陣組むわよー!」

「はは~ん」

「シィーニーちゃんもきっと仲間だと思うよ?」

 

天音はシィーニーの耳元でこしょこしょと伝えると、シィーニーがにーっと笑顔になった。

 

「はい! 秋山さんも仲間に入れたいです!」

 

427空メンバーの組む円陣に秋山も有無を言わさず組み込まれる。

優奈が天音の顔を見て言った。

 

「あたし達の思い!」

 

天音も優奈に笑顔を向けて言った。

 

「わたし達の使命」

 

肩を組みお互いの顔を見合わせると、ウィッチ達の気持ちが一つになった。

 

「「「「「「「一緒に人類を救おうね!」」」」」」」

 

 

 

 

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1946年5月。

 

海にまで進出したネウロイは、さらにパワーアップして人類に牙を剥いてきた。

だが様々な能力と個性を持ったウィッチ達の力によってネウロイに打ち勝つことができた。

しかしそれは人類がまだまだネウロイに翻弄させられ、防戦で手一杯だという事を改めさせられた事件でもあった。

 

ユーラシア大陸の多くはネウロイに支配されたままである。海の外からの支援なしにユーラシアの人類の拠点は維持できない。反抗もまた然りである。

 

その事を欧州のまともな指導者たちは理解している。

だが彼らは、まさか我々には、という不安を心の奥に抱きつつも口にはしなかった。

それは海のネウロイに人類が対抗できると分かったからか。天音達ウィッチの成功があったからだろうか。

 

その不安が現実のものになったとき、天音達は行くのだ。

海が繋がっている限り、人類を海のネウロイの脅威から救うために。

 

 

 




以上をもちまして第3部も完了となります。
長らくお付き合いくださいましてありがとうございました。

第2部では主にHK02船団護衛(1946年1月7日香港出港、1月15日シンガポール着)の話を1年かけて掲載したのに対し、第3部は2018年から連載開始なので2年でHK05船団(1946年5月6日香港出港、5月25日シンガポール着)、そのうちの気象制御ネウロイへの攻撃から泊地脱出・巨大ネウロイ撃沈の2日間(5月21~22日)をなんと、2019年の1年間かけてずっと書いてました。∑( ̄ロ ̄|||)
時代にそぐわぬ展開の遅さもここまでくると……

おまけとして端折っちゃった最終戦闘終了後から支援部隊解散までの一晩を書くかもしれません。
ほっぽったままの誤字報告も対応しなきゃ。

2020年はいよいよストライクウィッチーズRtB。楽しみです。
ベルリンの巣が陥落するようなら、もしかするとオリジナルでは1946年はないのかもしれない。
水上ストライカー、出ないかなあ。
ではまたお会いできる日まで。


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