水音の乙女   作:RightWorld

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書くかもと言っていた最終戦闘終了後から支援部隊解散までの一晩、その1です。




第3章おまけ
第150.1話「奇跡の治癒魔法」


 

 

「あ、あの、宮藤少尉! ど、どうか助けてください!」

 

秋山はそう叫んで芳佳の足にしがみついた。

 

「ええ? どっか悪いの?」

 

「あ、あの、火傷なんです! 被弾してストライカーユニットが燃えちゃって! 治せますか?!」

 

秋山飛曹長、ウィラ中尉と一緒に成層圏の気象制御ネウロイへ奇襲攻撃を仕掛けたレア・ナドー少尉は、離脱時にネウロイの集中攻撃を受けてマイティラットロケットランチャーに被弾、破片がストライカーユニットを傷つけて火災を起こし、レアの左足はユニットの中で業火に晒されてしまったのだ。

 

「宮藤」

 

美緒に言われるまでもなく芳佳は即座に動いた。

 

「はい! どこ? 行こう!」

「ありがとうございます!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

ジェシカと秋山に案内させられて医療区画に駆け込んだ芳佳は、集中治療室(ICU)と書かれた扉の前に連れていかれた。その文字に治療相手がいかに大変な状態にあるかを悟る。

 

「これは……かなり重症みたいだね」

「な、治せるでしょうか?」

 

秋山は今にも泣きそうな顔をしている。

 

「まずは見てみないことには……。入っていいかな?」

「ちょっと待っててくださいね。失礼します」

 

ジェシカが呼び掛けると、中から軍医大佐が顔を出した。

 

「あ、ブッシュ少尉。よくご無事で。ネウロイ撃沈おめでとうございます」

「ありがとう。レアの具合どうですか? 魔法医を連れてきましたよ」

「魔法医?!」

 

芳佳がジェシカの後ろからひょこっと顔を出した。

 

「扶桑海軍のウィッチ、宮藤芳佳です。診させてもらってもいいですか?」

 

軍医の顔が安堵の色を見せた。

 

「た、助かります! ウィッチ特有の冬眠状態になっているのですが、それでも……」

 

そこまで言って軍医はジェシカと秋山の姿を見て言い澱んだ。

 

「この1時間で急に……」

 

空母、それも艦隊旗艦の軍医ともなれば腕も相当立つ人が乗っているはずだ。その人がこうも慌てているのだ。患者は冬眠状態に陥るほどの重症とわかった。それでも止められないほど酷いみたいだ。発言の中で言葉にできなかった行間の部分を頭の中で埋め、芳佳は部屋を見回す。洗面台を見つけると手を洗いに行った。

 

「冬眠状態でも目で状況変化が追えるほどですか? 分かりました。上着ありますか?」

 

芳佳は手際よく手を洗いながら聞く。

 

「そのロッカーに白衣が」

 

ロッカーから1着白衣を取り出して羽織ると、戦場でもあんなに大らかだった人が、きりっとした緊張感で声もかけ辛いほどになった。ジェシカも秋山もその変わりように驚いた。

 

「ジェシカさん、秋山さん。たぶんかなり時間かかると思うから、戻ってていいよ。案内ありがとう」

 

芳佳が奥に入ろうとしたところで秋山が踏みとどまった。

 

「あ、あの! 診たら状態、教えてもらえないでしょうか!」

 

足を止めた芳佳が振り向いた。真面目な顔で一瞬二人を見据える。

 

「分かった。10分待ってて。その代わり、どんな結果が出ても受け止めてね」

 

秋山の顔が強張る。

 

「その覚悟があるなら、待ってて」

 

ジェシカが秋山の手を取って握った。

 

「待ちます!」

 

芳佳は真面目な顔のままで少しだけ口元に笑みを見せた。

 

「すぐ診断してくるね」

 

そう言ってさっと中へ消えた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

ベッドに横たわっている長身のウィッチは、点滴をされ、ちょうど女性看護師2人が包帯などを交換しようとしていたところで、足が露になっていた。特に左足に巻かれていた包帯は絞れるほどに体液と血液で滴り、シーツにも大きな染みができている。包帯をはがした看護師はあまりの酷さに「ひっ」と声を漏らした。表皮はなく真っ赤。足の先に近付くほど黒く変色している。

芳佳は一瞥しただけで、動きを止めることなく魔法力を発動させる。

 

「魔法透視で状態を診察します」

 

そう言って青白く光る両手をかざして目を瞑った。

 

「す、すごい量の魔法力だ」

 

軍医と看護師がうなった。にわか医療関係者とは異なり、彼ら彼女らは当然これまでに治癒魔法を使うウィッチの治療現場に立ち会った経験を持っていたが、明らかに治癒力がそのどれとも違うのが見て取れた。火災を起こした方ではない右足の、軽度の火傷や裂傷が、今は左足の状態を診ているだけ(・・・・・・・・・・・・)なのに、溢れた魔法力によってついでに(・・・・)どんどん治っていってるのだ。

目を瞑ったまま芳佳は呟いた。

 

「膝から下は骨にまで達してる。太ももでも中層域まで焼かれてるところがあります」

 

看護師が「ひぃっ」と引き攣った声を上げた。口に手を当てて両の目には涙が溢れてくる。どう見ても左足は助からないのが明らかだった。ならむしろ一刻も早く切り落としたほうが感染症などを防ぐうえでもよい。それでも魔法医療ならと一縷の望みをかけていたが、その診断結果は絶望的だった。

 

しかし……

 

芳佳は時間をかけて診る。額に汗がにじみ出る。使えるところはどこか、希望を探し出す。

 

「……だけど、まだ生きてる細胞もある。これらを活性化させて、促成分裂させて組織を作り直してもらいます」

 

軍医大佐が信じられないといった顔をした。

 

「こ、これだけ損傷しても、まだ蘇らせることができるというのですか?!」

「ぎりぎりの数だわ。時間がもったいない。すぐ始めます。外で待ってる2人への説明はお任せしていいですか?」

「わ、分かりました!」

 

とたんにバアーッと部屋全体が魔法力の光で溢れた。二人の看護師は体中が気持ちの良い温かさに包まれ、体中の体毛が沸き立つのを感じた。

 

「ひぇぇぇ」

「こ、こんなことって……」

 

魔法の光の発生源である芳佳は集中しながらも診たてを述べる。

 

「この人、体力ありますね。まるで男の人みたいに。いい感じだわ。最初の1時間が勝負。先生、必ずよくなるからって伝えてください」

「……は、はい」

 

もはやあっけにとられて、返事はしたがその奇跡の光景に体が動けなかった。

 

「先生、早く行ってあげてください」

 

看護師の女性に急かされてようやく我に返った。

 

「はっ! す、すまん!」

 

ICUの外で待つジェシカと秋山も、扉の隙間から漏れてくる膨大な魔法の光と、自分の魔法波に干渉してくるほどの魔法力を感じ取って、うつむいてた顔を思わず上げた。

 

「やだ、なにこの波動」

「な、何が行われているの?」

 

ドアが開いて軍医大佐が姿を見せた。その背後からもの凄いエネルギーの魔法力が流れてきてビリビリする。

 

「か、体の中がざわつきませんか?」

「き、来てます。でも、気持ちいい」

「ウィッチ同士の方が同調するんでしょうね。そうか、だからウィッチの方が治癒が早いんだ。宮藤さんは時間が惜しい、今が勝負だと治療を始めました」

「治るんですか?!」

「治るんですね?!」

「正直、普通の医療目線で見ればもう手立てはない状態でした。でも、あの人には見込みがあるようです。必ずよくなるからって言ってました。奇跡です」

「ああ……」

 

秋山の目に涙が溢れる。ジェシカと抱きついて二人して肩を震わせた。

 

「たぶん、治療は数時間単位になると思います。一度戻られては。あの方も戦闘に出られてたのですか?」

「はい。最初の空襲で船団への攻撃を防いだのはあの人です」

「その後、ネウロイのコアが爆発するところにいた味方のウィッチをシールドで防いで助けたりとか」

 

そこまで言ってジェシカははっと目を大きくした。

 

「やだ、そんなに働いた後で魔法力持つのかしら……」

「そんなにやった後で、今もあの魔法力を?! 信じられません……」

「桁外れな人ですね」

 

廊下の向こうから声が聞こえてきた。軍艦に似合わない幼い声からしてウィッチに間違いない。

 

「ねえ、なんか体がむずむずしない?」

「うん。何かが流れ込んでくる」

「温かい感じがします」

 

ワゴンを押してやってきたのは優奈、天音にシィーニーだった。ジェシカと秋山が振り返った。

 

「天音先生」

「優奈さんにシィーニーさんまで」

「椰子の実ジュースの配達でーす」

「わあ、ありがとう」

「おおっと、ミヤフジさんにでーす」

「ええ?! ま、まあ、そうですよね」

「大丈夫ですよ、秋山さん。たくさんあるから。優奈なんかもう1杯飲み干しちゃったし」

「言わなくていい!」

 

ICUの前にワゴンを止めると、天音がグラスに注ぐ。

 

「差し入れできますか?」

「私が持っていきましょう。ストローありますか?」

「はいどうぞ。軍医先生の分も」

「す、すみません」

「この波動、ここからきてますよ」

 

シィーニーがICUの方を見入る。優奈が手を開いてを胸のあたりから部屋の方にかざすと、ジェシカに尋ねた。

 

「魔法波だわ。もしかしてこれ治癒魔法の?」

「そうみたいです」

 

天音が魔法力を発動し、黒ヒョウの耳と尻尾をひょこっと出す。いつものように尻尾の先端を持つが、膨らませないまま両脇に魔導針の輪が現れた。輪が薄暗く明滅する。

 

「水中探信してるときに感じる領域にも魔法波が来る。自分以外のでここに魔法波を感じ取ったのは初めてだよ」

「てことは、天音のめっちゃ低い波長と同じ魔法波を宮藤さんは出せるっていうの?」

「この波形だと水中は見れないだろうけど、来てるね。へぇ~」

「治癒魔法が使う帯域は、上から下まで機械では計測できないほど幅広いんです。それだけできるから細胞を刺激するんでしょうね」

「凄い人ですね。めちゃめちゃ丈夫なシールドの強さも関係してるのかな」

「魔法力のパワーが違うんだよ。部屋の外に漏れ出てくるくらいだもん。それでジェシカちゃん、治りそうなの?」

「はい。必ずよくなるって言ってたそうです」

 

ぱあっと天音たちは笑顔になった。

 

「秋山さん、よかったね!」

「はい」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

芳佳の治療は6時間以上に及んだ。出てきた時はさすがに芳佳もふらついていた。

ウィッチ達は病院区画の休憩所に代わりばんこで詰めていた。その時いたのは千里だった。芳佳が出てきたのに気付くと、インカムのスイッチを入れた。

 

「緊急警報。こちらカツオドリ。宮藤少尉を発見。休憩所に向かってくる。繰り返す、緊急警報。宮藤少尉が休憩所に向かって来る」

 

芳佳はドッカと休憩所の長椅子に座り込んだ。ふーっと息をつくと、目の前に千里が立った。無表情が見下ろす。その後ろからドドドドドドと地響きが次第に大きくなってくる。

 

「廊下は走っちゃいけないよねえ」

「軍艦は構わない。緊急時はむしろ走らないと怒られる。宮藤さんは一崎さんみたいな事を言うね」

「天音ちゃん?」

 

休憩所の入り口の前にずらずらずらっとウィッチ達が並んだ。皆はあはあと肩で息をしている。優奈以外で唯一呼吸の乱れてない美緒が声をかけた。

 

「首尾は上々か?」

 

芳佳は疲れた顔でも、あの穏やかな笑顔をみんなに見せた。

 

「はい。ちょっと大きな火傷くらいまで持っていけました。残りきちんと処置すれば傷も残らないと思いますよ」

 

わあっと大歓声が上がった。秋山とジェシカとジョデルが芳佳に泣いて飛びついた。

 

「ありがとう、ありがとう!」

「ありがとございます~うわーん」

 

ウィラが扶桑人でもないのに深々と頭を下げる。

 

「奇跡だ。この恩、忘れません」

「私ができる数少ない特技だもの。気にしないで。あ、シィーニーちゃん、差し入れありがとう。おいしかったよ」

「わは! わたしの数少ない特技です! 気にしないでください」

「早速真似するか」

「あーっ、植民地兵いじめですね!」

 

卜部に小突かれて直ちに反撃する。

ははははと笑いが出たところで芳佳のお腹がぐうと鳴った。

 

「ああ、お腹減ったあ」

「そりゃそうよねえ。戦闘から戻って休みなくですもの」

「士官食堂の一角を貸し切ってます。行きましょう!」

 

ジェシカが手招きした。

 

「わあ、ありがとう。後でお風呂も借りれるかなあ」

「勿論です! お湯使いたい放題を申請しときますね」

「ありがとう。ペナンからずっと入ってないだよぉ。優奈ちゃーん、一緒にお風呂行こー?」

「はーい。あ、でもリベリオンの軍艦はシャワーしかないですよ。湯船はないし、シャワールームも個室ですから一緒には入れないかなあ」

「……あ、そうですか」

「宮藤さんのお背中流してあげたかったのにな~」

「うう、優奈ちゃんノリノリなのに、なんで、なんでお風呂ないのー?」

 

芳佳が涙を流して悔やんでいる。

そんな芳佳を見て美緒は顔に射線を引いた。

 

「お風呂行くといつも千里さんに頭洗ってもらうんです! 千里さんは頭洗うのすっごく上手いんですよ。もお夢心地っていうか、あー、わたしもお風呂入りたーい」

 

天音のいうお風呂は扶桑の船に備え付けられているのではなく、もはや温泉宿の大浴場を指している。

 

「水の貴重な船では出来ない。洗ってあげられるのは上陸した時だけ」

 

千里はそこのところを正した。

 

「お風呂ー」

「温泉ー」

 

遠吠えのように嘆く芳佳と天音を見て、シャワーじゃ何が足りないんだろうと首を傾げるジェシカだった。

 

 

 





次回はお食事場面になります。


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