水音の乙女   作:RightWorld

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書くかもと言っていた最終戦闘終了後から支援部隊解散までの一晩、その4です。




第150.4話「スワニーのアルバム」

 

 

レアは一寸目を覚ましただけで、すぐまた眠りについた。意識を取り戻した時、ウィッチ全員が生還し、船団も無事に脱出できたことを聞き、安心しきったようだった。火傷した足も魔法医が治療したのでもう心配ないと言われ、止めに秋山の見舞いを受け、泣いて抱きつかれた挙句、「帰ったら抱きしめてキスしてくれるって言ってましたよね」と迫られて、熱い接吻を交わし、全てが満たされた顔になってスヤスヤと休んでいる。

 

他のウィッチ達もシャワーを済ませ、売店でお菓子などを買い込み、女性区画の談話室に集まっていた。消灯まで自由時間だ。

 

「スワニーからアルバム持ってきたわ」

 

ジョデルが1冊のアルバムをテーブルの上に置く。

 

「皆にスワニーにも来てほしかったけど、サンガモンは艦隊旗艦だし、宿舎にもなってるし、作戦会議とかレアもこっちに入院してるしで、利便性考えると仕方ないもんね」

「ジョデルさんの母艦の空母スワニーですか?」

 

天音が尋ねると、ジェシカが代わりに答えた。

 

「戦歴はスワニーの方が一枚上手ですからね。その痕跡がところどころにあって、知ってる人には人気のある艦です」

「サンガモンより早く完成したの?」

「いえいえ。護衛空母に就役したのはサンガモンの方が1ヶ月くらい早いです。その後スワニーと一緒に行動してたんですが、サンガモンは故障が見つかって途中で引き返してしまったんで、その間にスワニーが一足先に初陣を飾ったんです」

 

ジェシカはアルバムを開いた。

 

「その時の写真がこれ」

 

みんながアルバムの周りを囲った。

大海原を行く空母の飛行甲板に、ずらりと並ぶ複葉の戦闘機が飛び込んできて、シィーニーが喜ぶ。

 

「わは! 複葉機です。いつですか?」

「1942年。大西洋で訓練中の時のスナップね」

「4年前ですね。その頃ならわたしのグラディエーターも現役バリバリで……」

「それはないわね」

 

しょげるシィーニー。

 

「でもリベリオンはその頃まだ複葉戦闘機使ってたんですか。千里、これなんてのか知ってる?」

 

優奈が指差した複葉戦闘機は、寸胴で、ぶつかって縮んだんじゃないかというくらい前後が短く感じられ、引き込み脚が採用されてるというのに全く軽快さが感じられない。これに比べると固定脚でもグラディエーターはずっとスマートだし、密閉式コックピットなので胴体は複葉機とは思えないほど近代的だ。

戦闘脚使いの千里は即答した。

 

「グラマーF3Fフライングバレル」

 

美緒が写真を覗き込んだ。

 

「F3Fか。この頃のリベリオンは欧州参戦に本腰入れ始めたばかりで、装備品の生産がまだ軌道に乗ってなかったら、主力のF4F戦闘機は正規空母の方に優先的に回されて、護衛空母には古いのしかこなかったんだろう」

「今のリベリオンからは想像つきませんね」

 

アルバムのページが捲られる。

飛行甲板から緊張した面持ちで飛び立つ2人のウィッチ。

うわ、ウィッチを複葉戦闘機の上翼に座らせて飛んでる!

損傷したのか薄煙を上げている4連装砲塔を持つ大きな戦艦。その上を飛ぶウィッチと艦上爆撃機。

飛行場でひっくり返った複葉の戦闘機の前で笑顔で並ぶ3人のウィッチとパイロット等々。

天音はジョデルに質問した。

 

「ここ、どこなんですか?」

「西アフリカのダカールよ」

「聞いたことある。わたし達が護衛してる貨物船も寄る所だよね」

 

大きな弧を描く海岸の沖で煙を上げる複数の巡洋艦や駆逐艦が激戦を物語る。

 

「大西洋、西アフリカ……。スワニーって世界を股にかけて戦ってたんだね」

「神川丸もこうやって活躍できるといいなあ」

 

感慨深げに写真を見つめる天音と優奈。

ページを捲ると、一変して笑顔のウィッチ達が甲板上でストライカーユニットを整備しているところや、空母の上で編隊飛行して手を振っているところなどになった。

 

「戦いが終わった後かな」

 

その疑問にジェシカが肯定する。

 

「ダカールを襲ったネウロイを撃退して、リベリオンに帰還する時の、帰りの大西洋で撮った写真ですね」

 

写真にウィッチの名前が書き添えられている。

スワニー隊セシリア・E・ハリス中尉。スワニー隊サミー・L・シルバ中尉。南方正統ガリア空軍ジョーセット・ルマール軍曹。

天音と優奈はあれっと思った。

 

「あれれ、この人はガリアの人?」

「はて? 聞いたことあるような……」

「ルマール、ルマール……もしかしてルマール少尉ですか? 502JFWの!」

 

秋山が叫んだ。

 

「お知り合いですか?」

 

シィーニーが尋ねる。

 

「知り合いの知り合いです。同期の雁渕ひかりがいる502JFWで、一緒に戦ってる治癒魔法使いの人だ」

「ひかりちゃんのお姉さんの雁渕孝美さんを最初に治療した人ですね~」

 

ニコニコ顔で一緒に輪に加わって見ていた芳佳が何気なく言った。

 

「雁渕大尉の治療……?」

「あ、しまった」

 

芳佳が慌てて口を塞いだ。横でじろっと美緒が睨んだ。

 

「雁渕孝美大尉の負傷説ってやっぱり本当だったんですか?!」

「えへへへ、軍機軍機。ごめんね言えないんだ」

 

秋山と優奈がじと~っと芳佳を見る。当の本人は、一生懸命目線を逸らして音の出ない口笛を吹いている。

 

「その反応は、そうだって言ってるようなもんです」

 

しれっとシィーニーが指摘する。

 

「の、喉乾いたね、お茶入れようか!」

 

芳佳は慌てて立ち上がって脱出を図った。

 

「あ、お茶だったらいいのありますよ」

 

天音も立ち上がると芳佳を追った。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

暫くして天音と芳佳がお盆にティーカップを乗せて戻ってきた。

 

「どうぞ」

 

天音がティーカップを卜部と勝田の前に置く。

 

「お、緑茶じゃないか」

「カップだから紅茶かコーヒーと思ったよ」

 

芳佳も嬉しそうにカップを置いていく。

 

「リベリオンの酒保では緑茶も売ってるのかと想ったら、神川丸から持ってきたんですって」

「お茶っ葉なら嵩張らないし、緑茶はリベリオンの料理の後でも合いますから。湯呑はさすがにないからカップで申し訳ないですけど」

「嬉しいよー。実は501では切らしちゃってたから。次の補給までお預けだったんだよ~」

「坂本さんもどうぞ。……あの、飲めますか?」

 

妙に慎重になって天音はカップを置いた。

 

「ああ、ありがとう。コーヒーよりこれの方が有り難い。そう気を使うな、私は病気じゃないんだし、お前もいつかは来るものだ。それに味覚が変わってしまったりして大変なのは妊婦だ」

「ほぇぇ、妊婦さんかあ……」

 

天音は少し頬を赤らめてほっこりした。

天音からお茶をもらった卜部は、カップをくゆらした後、美緒の方に向いた。

 

「坂本は除隊しないのか?」

 

緑茶を一口啜ると意外そうな顔で言った。

 

「私は除隊などする気はないぞ。あがりを迎えてもなお水偵に乗り続けてるお前に言われるとは思わなかった。

ネウロイを滅ぼして世界平和を取り戻すつもりだったが、残念ながら私がウィッチの間には果たせず、未だ道半ばだ。だがウィッチでなくてもできる事はある。なら私はこの身が動く限り目的を完遂するまでやるだけだ」

「せっかく普通の人に戻ったというのに。結婚でもして子供作った方がいいんじゃないか? 私の遺伝子よりお前のを残した方が世のためになりそうだし」

 

お茶を配り終えた天音は恥ずかしそうに美緒に目線を向ける。

 

「坂本さんはようやく子供生める体になったんですね。やっぱり赤ちゃん欲しいとか思うようになったりするんですか?」

 

いかにも乙女チックな問いかけを久々に耳にして、若干ジェネレーションギャップのようなのを感じてしまう美緒。大空のサムライもたじろいだ。

 

「な、なぜそんな疑問を?」

「適齢期の女性の体に戻ったんなら気持ちも変わるんじゃないかなーって。……ウィッチになると、その間は子供が生めなくなるんですよね?」

「え? そうなんですか?」

 

カップから顔を上げたシィーニーが聞き返す。天音はもじもじと答えた。

 

「だって月に1回やってくるものがないもの。坂本さんは、来るようになったってことはその……」

 

女性の神秘の一つである周期的に起こる月経は、子供を授かるための仕組みだ。遅れ気味の扶桑でも初等教育の最後に女学生は授業で習う。男子学生は受けないところがまだ遅れているのだが。

 

「今は子供より、ネウロイをやっつけたい。その意志の方が強いな」

「そうですか……」

 

天音、少し残念そうに俯いた。

 

「天音は魔法力発現したの早かったよね。7歳だっけ?」

 

優奈が聞いた。

 

「うん」

「そうすると……初潮もないの?」

 

今度は千里。

 

「あったよ。12のとき。……でもその1回こっきりで、もう家族にもあれはなんか違うものだったんじゃないかって言われるようになっちゃった。

優奈は13歳になる直前に発現したから……」

 

「初潮は11の時。だから何回か生理も経験したけど、ウィッチになってからはなくなったわね。楽だわぁ~。男子ずるいって思っちゃったもん」

「あ~、なんか怖くなってきたなあ。やっぱり大変なのか?」

 

自分も近付いてきてると思った卜部が不安な顔をして美緒に聞く。

 

「まあ確かに、こんなに痛みがあったり憂鬱というか気持ちが不安定になったり、世の女性は凄いなとこの歳で実感させられて、悩んでもみたが、ウィッチでない女性兵士も軍には大勢いるじゃないか。彼女らはこれと普段からうまく付き合って仕事をこなしているんだ。それを考えたら、なんらやめる理由にならないと気付いたんだ」

「サンガモンもこの女性専用区画を利用してる普通の女性兵士が40名ほどいますよ」

「そ、そういや神川丸も主計科や航海科、機関科なんかに女性兵がいるもんな」

 

ジェシカの話に卜部も神川丸の見知った顔を思い浮かべた。

 

「卜部少尉、なんか忘れてないですか?」

 

そう言ったのは葉山だった。

 

「あっ。そ、そういや葉山少尉はウィッチじゃなかったな」

 

葉山はしたり顔で卜部にすり寄った。

 

「卜部少尉。その時はた~っぷりと教えて差し上げますよ。私もこの道10年やってますから。安心して大人になってください」

 

痛いですよ~苦しいですよ~と脅しをかけている。卜部が蒼くなっていた。

そこに、

 

「ボクはウィッチになってから3回くらい来たことがあったけど」

 

と勝田が加わる。

 

「あれ何だろ。いつも怪我して入院してるときだった。気分も晴れなかったなあ。もっとも怪我の痛みが酷かったからかもしれないけど」

「ああ、それはですね」

 

芳佳が医療の専門家らしく解説した。

 

「負傷時に生理が来るのは、卵子や子宮内膜が負傷の時に傷ついたからです。もう役目を果たせないから生理と同じ仕組みで外に出されるんですよ。それと天音ちゃん」

 

芳佳は天音へ向き直る。

 

「天音ちゃんはいつでも子供作れるんだよ」

「え?!」

 

 

 





原作と違うかもしれませんが、本作において考えていたウィッチの設定です。使う機会がなかったので、おまけの回を利用して。
次回は女性の話の後編です。


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