水音の乙女   作:RightWorld

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2018/3/17
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2019/12/31
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第23話:特殊潜航艇を探知せよ! その1

 

 

第1次輸送船団の戦闘詳報は、軍令部経由で霞ヶ浦航空隊にも送られてきていた。執務室でそれに目を通していた葉山少尉は険しい表情を崩せなかった。

 

戦闘詳報によれば、南下船団も北上船団も半数がやられるという一方的な戦いを強いられている。

 

「攻撃直後に見失うケースが多い。よほど機動性が高いのだろうか。それに船の被害も左列か右列に偏って受けている。陣形に問題があるのかもしれない……」

 

人類が水中の敵に対して戦術的にぜんぜん未熟なことがよく分かる。終始敵に振り回されっぱなしだ。やはり経験不足なのだ。

そしてそこはこれから我々が向かう戦場でもある。

 

『勝ち目はあるのだろうか。私達なら船団を守れるのだろうか』

 

深刻な面持ちで机に目を落としている葉山少尉に、基地司令の田所中佐が話しかけた。

 

「随分こっぴどくやられたものだな。どうした、怖じ気付いたか? まあ無理もない、古い艦が多かったが、商船護衛や潜水艦戦の訓練が豊富な部隊で編成された護衛艦隊がこの有り様だ。そこへ未経験の君らが行こうというのだからな」

 

机から顔を上げた葉山。強張った表情を無理にほぐした。

 

「いえ、決して怖じ気付いてなどは。それに私達はウィッチ隊です。過酷な戦場に赴くのは覚悟の上です」

「そうは言ってもウィッチと言えど万能という訳じゃないからな。何でもかんでもウィッチに丸投げして解決できるというものでもない。だがこの戦況だ。藁にもすがりたいところだろう。投入される方はたまったもんじゃないがな」

「大丈夫です。それに私達はこの為に一崎一飛曹を迎え入れたのですから。必ずや一矢報いて見せます」

 

田所中佐は窓辺に寄って、駐機場に並べられている水偵をちらりと見下ろすと、葉山の方に振り向いて言った。

 

「一崎か……。あの(むすめ)の能力は確かに高いかもしれないが、それは漁業や平時でのことだ」

「田所司令は疑っておるのですか? 横川少佐や竹井大尉も認めた力ですよ」

「実際の戦場でその力を100%出せるかどうかが問題だ。実戦というのは、計画の値や試験場で試した通りにはいかないのが常だからな。こちらの想定通りには動いてくれない実際の敵、戦場の緊張感、恐怖心、生死を分けるひっ迫した状況の連続、そういったものが想定を狂わす」

「そ、それは……。そ、その為の訓練です」

「その通りだ。しかしたった半月しかない。無茶もいいところだ」

「……」

 

葉山は何も返せなかった。

普通の女学生を半月でいきなり、職業軍人が束になってもかなわぬ敵のいるところに連れていき、戦えというのだ。それをやってのけた規格外な人が、ウィッチなら前例が無いわけではないが、尋常でないことには違いない。

 

「ふん。そこは新人教育に長けた横川君に任せるしかない。しかしまあ、第1次輸送作戦で扶桑のソナーはネウロイを捕らえたのだ。爆雷もネウロイに危害を加えられると分かった。あとはブリタニアの新型ソナーと爆雷投射機が揃えば、既存護衛艦隊でも倒せるのではないか?」

「そう願いたいですが……。撃破した実績が上がってくるまでは何とも言えません」

「ブリタニアの新型ソナーは扶桑の三式や四式探信儀より高性能なのだろう? 案外向こうの方が先に戦果を挙げるかも知れんぞ」

「それならそれで喜ばしいことです。ですがだからと言ってウィッチ隊が不要になるわけでもありません」

「それは君達次第だ。既存護衛艦隊は現有の戦力で、わずかだが抵抗できた実績を作ったのだ。しかしウィッチの実績はまだない」

「私達が戦果を上げられなければ、ウィッチは不要という話が出てくるとでも?」

 

葉山少尉は不信感を露にした。しかし田所中佐は淡々と続ける。

 

「結果次第ではな。だいたいウィッチでもない君をウィッチ隊の指揮官にした人事も少し変わっている。ああ、君達兄妹が士官学校で水雷を専攻し、その中で対潜戦闘も詳しく学んでいることは承知している。だから一見おかしくはないように見えるが、それでもウィッチ隊はウィッチ出身者を隊長に添えるのが今までの慣例だった」

「どこかでウィッチの活躍を阻害しようとする意図的なものが働いているというのですか?」

「わからん。だが今回神川丸の徴用解除が取り消しになって、南方への出撃に際し増設された航空隊は、ウィッチではない水偵隊だ。特設水上機母艦が作戦の要として浮上したとき、活躍の場として画策したとしてもおかしくはない。ここで任務を果たせば、海のネウロイに対してはウィッチがいなくともやれると大体的に宣伝できるしな」

「それをいっそう進めやすくするために、私の様な未熟者を隊長に添えたというのですか!」

 

葉山は怒りをこらえて言った。強く握られた右手が血の気を引いて白くなってゆく。

 

「いったい誰が! 艦長とかですか?」

 

田所中佐は首を横に振った。

 

「それはない。有間艦長や南遣艦隊の(ゆい)提督は、筑波一飛曹の進言を受けて一崎一飛曹を海軍へ引き込むことに一役買っているからだ。水偵隊だけを活躍させたいなら、一崎のことは無視したかっただろうからな。一崎一飛曹が現れたのはイレギュラーだ。あの(むすめ)によってウィッチ隊にもこの任務で力を発揮する可能性が出てきてしまったのだ。一崎が現れなければ、ウィッチがこうも期待されることはなかった。水偵隊で戦果を独占できるはずだったのだ」

 

葉山の怒りは別のものに変わった。

 

私はウィッチではないが、そんな狭い了見は持ち合わせていない。この潜水型ネウロイによって扶桑が、世界が危機に瀕しているんだぞ!

 

葉山の心中を察した田所中佐が、得意の硬い面持ちのままで笑いを浮かべて言った。

 

「我が海軍でも扶桑海事変の時や、ブリタニアのトレバー・マロニー空軍大将が失脚した事件の例もある。ウィッチの一方的活躍をよく思っていない連中は、予想以上に多いのだ」

 

だからと言って葉山は納得いかなかった。

 

手加減したらそれに合わせてくれる様な相手ではないのだぞ! ウィッチも一般将兵も全力で力を合わせなくして倒せるわけがない。

 

「言いたいことはなんとなく分かる。だがまずは自分達を鍛えることだ。今のままでは水偵隊を喜ばせるだけだぞ」

 

確かにその通りだ。対潜水艦戦のノウハウも練度も、一崎一飛曹の能力把握も、全てが始まったばかりなのだ。

 

「今日は沖に出るのか?」

「はい。特潜隊から応援を受けることになっていますので」

 

ちょうどそこに伝令がやってきた。

 

「葉山少尉、蛟龍(こうりゅう)8号艇より連絡。『我、間もなく潜伏海域』とのことです」

「了解した。予定通り演習開始すると伝えてくれ」

 

葉山少尉は書類をバインダーに畳んで立ち上がると、田所司令を仰いだ。

 

「恨まれるくらいに活躍してやります!」

 

 

 

 

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格納庫の前で、葉山少尉に対し一列で並ぶ第427航空隊のメンバーに、「今日は一崎の能力を把握するため沖へ出る」と葉山は宣言した。

ここ数日は機材の習熟に費やしていた天音達。ほとんどを基地内か、静かな霞ヶ浦、出かけたとしてもすぐ傍の海岸近くで活動していたので、沖へ出ると聞き427空のメンバーは舌なめずりをしたり、拳をぱきぱき鳴らしたりして意気込んだ。天音を除いて。

みなぎる闘志を感じ取って満足した葉山は説明を続けた。

 

「今日は一崎の能力を把握する。このために特殊潜行艇『蛟龍(こうりゅう)』を1隻派遣してもらっている。」

「こうりゅう?」

 

葉山少尉が蛟龍(こうりゅう)について説明した。

蛟龍(こうりゅう)は3人乗りの小型の潜航艇で、あの横須賀で天音がやった試験に使われた『甲標的』の拡大改良型だ。水中速力は若干遅くなったがそれでも16ノットは出せる、通常の潜水艦が5ノット程度であることを考えれば大変なスピードであったが、小型ゆえ電池の容量は小さく、短時間しか行動できないのが欠点だ。

母艦の大型潜水艦や輸送艦から発進して、厳重に警戒されている港などに忍び入り、停泊中の船舶を攻撃するというような運用に適している。ここでは、マルタ島に現れたような、海上に張り出しているようなネウロイの巣に、水中から接近攻撃するようなことが考えられていた。

 

「既に鹿島灘沖に展開済みだ。0800から1100の間、所定の場所に潜航して潜伏する事になっている。1200になっても発見されなかった時は、向こうから連絡してくる。この1週間、こいつ相手にいろいろ試して戦い方を実験するというわけだ」

「いよいよ本物を使って訓練か」

「攻撃もしていいのかな?」

「実弾じゃなけりゃいいんじゃないの?」

 

腕がなると喜ぶ卜部や勝田や優奈の横で心配顔で一杯な天音に向かって、葉山が真っ直ぐ向いて言った。

 

「ということだから、挨拶代わりに見つけてやってくれ」

「ええー? いきなりですか? どっちの方角にいるかも分からないのに?」

「今日は潜航したらその場から動かない事になっているから、まだ楽だろう。大まかな捜索海域は今から指示する」

「クジラ探す時みたいにやればいいんだよ」

 

優奈はクジラ漁で的確に相手の位置を探り出した天音を思い起こして、気楽に言ってくる。

 

「クジラは山見の人が潮吹きを見て、どの辺にいたか教えてくれるから、そこからそう遠くないところにいるもんだけど、これはちょっと違うよ。それにバイトはお小遣い出るし」

「天音。ここでは海軍からお給料出るのよ」

「え? そ、そうなんだ」

「アンタ、ここにボランティアで来たつもり?」

「そ、そういえばそうだよね」

「バイトとは額が違うと思うよ?」

 

むふふふと優奈は笑う顔を寄せた。

 

「・・・それって、その分責任の度合いも違うってことだよね」

「天音なら大丈夫! あたしだって何とかなってるんだから、あはははは」

 

豪快に優奈は笑い飛ばし、天音の背中をひっぱたいた。

葉山少尉から指示された捜索海域は、縦横50キロもあった。

 

「うえー、クジラ探すときとは全然広さが違うよ~」

 

葉山少尉がニヤリと笑う。

 

「明日からはもっと広くなるからな。それでは卜部機が着水して水中を捜索している間、筑波は上空で周囲警戒するとともに、状況把握と連絡中継をしろ。下妻は横川少佐から指示されている射爆訓練を継続。一崎が蛟龍(こうりゅう)を見つけたら急行して、蛟龍(こうりゅう)に対し対潜模擬爆弾の投下実習をする。以上、何か質問は? よろしい。早速始めよう」

 

一同はピシッと窮屈な海軍式敬礼をした。皆を見ながら恐る恐る見よう見まねで天音も敬礼する。

 

 

 




久々登場の主人公天音ちゃん、実戦を想定した潜水艦探知訓練を開始しました。見つけられるかな?
書いているうちに予定より長くなったので、天音ちゃんが登場したところでいったん話を切りました。

長くなったってしまったのは葉山少尉と田所司令の会話。特別待遇で召喚されたと思われた天音ちゃんですが、水面下ではウィッチ隊と水偵隊との間にきな臭いものが見え隠れというところ。ちなみに田所司令もウィッチではありません。しかも男です。明記してませんが。

この先スト魔女オリジナルの人達をちらほら登場させるための布石を打っていきます。
そうそう、前回のロンメル元帥からの電報もそうです。
ワールドウィッチーズと天音ちゃんを絡めていきたい、という大それたことを考えてます。



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